【3055】 飛来する騒然  (朝生行幸 2009-09-05 23:58:12)


「黄薔薇……」
 中庭に佇む黄薔薇さま島津由乃。
 彼女は、目の前にある巨木に向かって、構えを取っていた。

「ビイイイイイイイイィィィィィィムゥゥゥゥゥ!!!!」

 指が添えられた由乃の眉間から発せられたエネルギーの奔流が、木の幹を薙いだ。
 直径50cmはあろう巨木が一瞬にして切断され、地響きを立てて倒れる。
「祐巳さん」
「うん」
 由乃は、勝ち誇った笑みを浮かべて、同僚の紅薔薇さま福沢祐巳を促した。
 倒れた木の傍に立った祐巳は、半身になって構える。
「紅薔薇……」
 まるで連獅子のように大きく振りかぶると、

「インフェルノォォォォォォォォォォォォオオオ!!!!」

 祐巳の束ねた二房の髪から、凄まじい勢いの炎が噴出し、倒れた木を一瞬にして燃やし尽くし、灰燼と化した。
「素晴らしいわ! 月をも両断すると言われる“黄薔薇ビーム”の破壊力と、木星をも焼き尽くすと言われる“紅薔薇インフェルノ”の火力さえあれば、リリアンを牛耳るのも赤子の手を捻るようなものよ!」
「そ、そうだね」
 やたらハイテンションの由乃に、やや引き気味の祐巳。
「さぁ祐巳さん、私たちの力をもってして、リリアンを支配するわよ!」
「そうはさせないわ」
『誰!?』
 二人の誰何に、薔薇の館の陰から姿を現したのは、白薔薇さま藤堂志摩子。
「志摩子さん、まさか邪魔をする気?」
「由乃さんには悪いけど、あなたの野望は阻止させて貰うわ」
「黄薔薇ビームを食らいたいの?」
「ふふふ、出来るものならやってみなさい?」
「言ったわね、後悔するんじゃないわよ! 黄薔薇ビーム!!!」
 やはり由乃の眉間から、志摩子に向かって、一条の光線が放たれた。
「あなたにビームが、祐巳さんにインフェルノがあるように、私にも技があるのを忘れたのかしら」
「何!?」
「白薔薇さまの役割は、黄薔薇さま、紅薔薇さまが万が一暴走してしまった場合、その行動を阻止すること。故にあなたたちの攻撃は、残念だけど私には通用しない。何故なら……」
 光速に近い速さのビームが発射されているにも関わらず、悠長に会話しているが、そこは演出なのでツッコミ無しで。

「白薔薇バリヤー!!!!」

 掛け声と共に、志摩子の全身を、レース織りの様な白い光が覆う。
 白光は、ちょいーんとマヌケな音を立てて、黄薔薇ビームを空の彼方へ跳ね返した。
「そんな!?」
「まさか!?」
 驚きを隠せない由乃と祐巳。
「ふふふ、超新星爆発すらも凌ぐと言われる“白薔薇バリヤー”。これがある限り、私に勝つことは不可能だわ……」
「くっ……!」
「由乃さん」
 歯噛みする由乃の袖を、後からくいくいと引っ張る祐巳。
 相手の「もう止めようよ」と言いたげな表情を見た由乃は、軽く鼻で息を吐くと、
「……ふ、冗談よ冗談。今更イチイチ支配しなくても、薔薇さまってだけで、支配したも同然だからね。この話は無かったってことで」
 肩を竦めて、事実上の敗北を宣言した。
 もっとも、祐巳が志摩子を抑えて、由乃が単独で行動すれば、事は成ったも同然なのだが、そこまで思い付かなかったのか、そこまでやろうとはしなかったのかは不明ではあるが。
「分かってくれれば良いのよ。さ、二階に戻りましょう」
「はいはい」
「はーい」
「まったくもう、二発もビームを撃ったから、お腹がすいちゃったわ」
 中庭を立ち去りかけた三人の頭上が、急速に翳る。
 空を見上げた三人の目に映ったのは、炎と煙を噴き上げながら落下してくる、やたら凹凸のある巨大な機械のカタマリ。
『どひゃぁあああああ!?』
 大慌てでダッシュした三人の背後に、凄まじい轟音を伴ったカタマリが墜落した。
『きゃぁああ!!』
 衝撃に吹き飛ばされ、ゴロゴロ転がる三薔薇さま。
「みんな、大丈夫!?」
「うん、何とか」
「怪我は無さそうね」
 お互いの安否を確認しつつ立ち上がり、燻り続ける巨大な物体に、恐る恐る近づいた。
 巨大巨大と思っていたが、実際の大きさはワゴン車ぐらいで、太陽光発電プレートのような、アンテナのようなものが突き出ており、上半分は鋭利な刃物か何かで斜めにバッサリと切断されたかのようで……。
「ねぇ、ここ見て」
 祐巳が指差したその場所には、星条旗と四つのアルファベット。
「げ……!?」
 思わず顔を見合わせた三人は、これ以上ないぐらいの連携を見せた。
「いい? 私たちは何も知らない」
「うん、中庭にいたら、たまたまコレが落ちてきただけ」
「前後の経緯はまったく分からない。良いわね?」
 同時に頷きあった祐巳、由乃、志摩子は、知らぬ存ぜぬを決め込むことにした。

 一時騒然としたリリアン女学園高等部。
 警察、消防、軍隊(米軍含む)、JAXA職員(NASA職員含む)が訪れ、墜落した人工衛星(下半分)が、ほんの数時間で回収された。
 あまりにも人為的な破損だったため、アメリカでは、某国の新型エネルギー兵器によるものだとか、地球外知的生命体の攻撃によるものだとか、いろんな意見が百出したが、結局原因は解明されなかった。

 薔薇さま三人を問い詰め、詳しい事情を聞いた学園長シスター上村は、やはり関わり合いになることを恐れ、なかったことにすることに決めた。
 何故なら、真の原因は学園の生徒にあるとはいえ、弁償する気にはなれないから。

 150億円にもなろうかという金額なんて──ねぇ?


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