初めてのSSです。お目汚し失礼します。
シリアス展開になってしまいました。
一応続き物ですがふさわしく無いようでしたらこれっきりにします。
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これはいったい何の罪なんだろう。
志摩子さんが一度も目を合わせてくれない。そんな日々が、既にもう一ヶ月以上続いている。
私は、あの大切な人に、いったい何をしてしまったんだろう・・・。
<1st Day>
どうして? と尋ねてみた。
答えて? とすがってみた。
ごめんなさい! と理由もわからないまま土下座までしてしまった。
最初のたった一日で、私はもう、すっかり混乱して、悲しくて。
人目も気にせず志摩子さんを追いかけて、帰りのバスにまで強引に乗り込んだ。
山百合会の仕事を終えた時間、ガラガラのバス。
一番後ろの席には、今日一日それしか見られなかった、悲しげな横顔の志摩子さん。
駆け寄って隣に座ると・・・。
すいっ と席を立ち、志摩子さんは発車間際のバスを降りてしまった・・・。
完全な拒絶に打ちのめされて、私は、そのまま動く事が出来なかった・・・。
† † †
「志摩子さん。」 と声に出せば、いつもあの人は振り向いてくれた。
白薔薇の名にふさわしく、誰よりも優雅に。
そして、私だけへの特別製だと信じていた、ふわふわな笑顔を見せてくれた。
子犬みたいに駆け寄れば、私の目を覗き込むようにして名前を呼んでくれた。
「乃梨子。」と。誰よりも、神様よりも、私を安心させてくれたその声、その瞳。
そして頬に添えられる掌の温もり。このまま、永遠に失ってしまうのだろうか・・・。
嫌。絶対に、嫌!このままなんて嫌。
だから考えろ私。考えろ。どうしてこうなってしまったのか。あの優しいヒトを傷つけたのは・・・どうせ、絶対に、私のほうだ。
志摩子さんが何の理由も無くこんな事をするはずが無い。何をやりやがった乃梨子!
自分を責めながら涙が止まらなかった。一度「白薔薇の蕾・・・」と声を掛けられたが、私は差し出されたハンカチを振り払った。
息を呑む相手の顔を見ることが出来ないまま、立ち上がって頭だけを下げた。
折角の親切に、酷いことをした。こんな程度の人間なのだ私は。・・・だから? だから、志摩子さんは・・・?
どこかを確認しないまま、開いた扉に向かって走り、飛び降りた。背後で扉が閉まり、バスは去っていった。
さっきバスを降りた志摩子さんの姿を思いだす。
あんなときでも志摩子さんは、綺麗だった。今の私のように、みっともなく裾も髪も息も乱して、飛び降りたりしなかった。
それがなんだか、決定的な違いみたいな気がして、頭を振って思考を止める。
もともと釣りあわなかった・・・なんて考えたってダメだ。
あのヒトの笑顔を取り戻すためになら、私は何だって出来る。何だって捨てられる。
「大好きなんです、志摩子さんのことが・・・。」
小さな声で呟いてみて、はっとする。
この思いが・・・全部の原因なのかもしれないという、これが、一番悲しい「心当たり」だった。
† † †
道に迷ったり、分かっていても遠回りをしたり、深夜の手前になって歩いて家に帰った私を、菫子さんは遠慮なく怒鳴りつけた。
怒鳴られながらぼうっとしていると、電話が鳴った。身体が勝手に動いた。椅子を蹴倒す勢いで電話に出た私の耳に聞こえてきた声は、優しい志摩子さんのものではなく、実家の母だった。
「・・・うん、ごめん・・・。バスに間違えて乗っちゃって・・・歩いて戻ろうとしたら何所だかわからなくなちゃって・・・」
こんな有り得ない理由でも、声を聞いて安心したのか、交通事情で中学浪人をしかけた大ドジの過去が有るせいなのか、母は納得してくれた。
電話を代わった菫子さんが「どうも熱があるみたいだ」とフォローを入れてくれている。「普段は可愛げ無い程しっかりしているくせに、時々盛大におっちょこちょいなところは相変わらずだよ」
とこちらを見ながらウインクして見せてくれた。笑顔になったかどうかは分からないけれど一応笑って見せて、そのまま自室に引っ込む。足が棒のようだったが、その痛みさえ遠く感じた。
この胸の痛みに比べたら・・・。
「志摩子さん・・・」
名前を小声で呼ぶと同時に、また涙が出た。
あなたは、今どうしている?
きっとあなたなら、ご両親に心配掛けることなくキチンと一日を終えたんじゃないかって思うけど・・・。なんだかもう何もかも自信が無いよ。
私のこと、考えてくれてはいないかな・・・もう思い出すのも、嫌になってるのかな・・・。
声が聞きたい。
電話をしないのは時間のせい。怖いからじゃない。そう思い込んで目を閉じる。
電話を終えた菫子さんがサンドイッチを持ってきてくれたけど、ごめんなさいと断った。
「志摩子さんからは、電話は無かったよ。」
「わかってる。」・・・わかってる。わかってる。
「制服は掛けて置きなさいよ。まあ、眠っちまいな。そのためにこんな時間まで歩いたんだろうし。」
ああ、そうだったのかナ・・・。
「志摩子さんには、電話して無いよ。どうせ、志摩子さんのことなんだろ?」
「・・・志摩子さんは悪くない。」つい、飛び起きて言う。その私の頭をガシっとつかんで、
「だからしなかったんだよ。」と、菫子さんはにっと笑った。
「志摩子さんが一緒ならハメ外したってこんな時間にならないだろうし、志摩子さんも遅くなっていれば、お家が遠い分、藤堂さんのほうからこっちに問い合わせてくるだろうしね。だから、アンタが1人で馬鹿やってるんだと思ったからさ。どうだい? 恥の上塗りしないで済んだだろ??」
・・・亀の甲よりなんとやらだ。口に出してそう言って笑えば、菫子さんも安心するだろうけれど、何も言えなかった。
「ちゃんと眠って、その無駄に考えすぎる頭すっきりさせて、明日、ちゃんと謝りな。」
そう言ってぐしぐしと頭を撫でると、菫子さんはお皿を机に置いて出て行った。
もそもそと制服と靴下を脱ぐ。下着姿のままハンガーに制服を掛ける。クローゼットの内側の姿見に、自分の姿が写っている。
大切なロザリオの掛かる胸元。貧弱だけれど、高校生の女の子の身体。志摩子さんと同じ、女の子の。
オトコになりたいなんて思ったことも無かった。
オトコであったところで、志摩子さんに愛されるとは限らない。
でも、可能性は有る。少なくとも、嫌悪されることを恐れず、告白することくらいは許されるだろう。恋をしていること自体を、ひた隠しにしなくてもいい。自然で当然な恋心を、勇気とか情熱とかに変えて、まっすぐに思いを伝える事が出来るだろう。
あのヒトの全部を守りたいのに、この身体じゃいけないんだ・・・。
何だか、構うもんかという気になって電気を消すと、そのままベッドに転がった。
風邪を引いて明日学校を休んだら、志摩子さんはお見舞いに来てくれるだろうか・・・。
こんな事態になっているのにまだそんな甘えたことを考える自分の浅ましさと女々しさに吐き気がした。
眠れるもんかと思ったけれど、目を閉じたら、もう開くのが面倒なほどに疲れていた。今日はもう何も考えたくなかった。
だから、逃避だと解っていたけれど、「明日は笑顔の志摩子さんに逢える」とお祈りみたいに頭の中で繰り返して眠りに付いた。
「そばにくっ付いて離れない」と約束した、ロザリオを握り締めて。
神など信じていないのにそんな事をしたせいだろうか。
目覚めると、ロザリオの鎖が切れていた。首には食い込んだような痛みがあるだけで、ベッドに半身を起して掌を開くと、十字架は音も無く身体を離れ、シーツの上に落ちてしまった。