出来心で書いた紅薔薇編【No:3061】
これでいいのか黄薔薇編【No:3071】
1.白薔薇家次女志摩子
居間の方で姉の聖と妹の乃梨子が言い争う声が聞こえた。
「どうしたの?」
二人に声をかける。
「聞いてよ、お姉ちゃん! 聖ちゃんがね、私が録画する時間に録画したいって言いだすんだよ。この時間は私が録画で聖ちゃんが生で見るってこの前話し合って決めたのにさあ!」
私の顔を見るなり乃梨子が訴える。白薔薇家にはDVDデッキが生憎1台しかない。そして、それで録画できる番組は1本しかない。
「だって、今日は友達と約束があるんだもん。『趣味の仏尊』はMHKでしょう? 夜中に再放送とかあるから、それを録画すればいいじゃん」
お姉さまが言い返す。
「『趣味の仏尊』はMHKじゃなくて、東テレだから再放送ないもん。聖ちゃんはケータイのワンセグも見られるんだから、そっちで見ればいいのに」
ちなみに乃梨子は携帯電話を持っていない。
「だから、蓉子に呼ばれて見られないから録画するって言ってるんじゃん。友達に録画してもらって。タクヤ君とか」
蓉子さまはお姉さまの親友で、タクヤ君は乃梨子の趣味友達である。
「聖ちゃんこそ、景さんに録画してもらえばいいじゃない!」
景さまはお姉さまの大学の友人である。
言い合ううちにだんだんヒートアップする二人。
「まあまあ、二人とも落ち着いて」
私は割って入った。
「お互いに譲れないのはわかったわ。じゃあ、こうしましょう。これからゲームをして、勝った方が録画する。負けた方は友達に頼む。それでいいでしょう」
私の提案を二人は考えた後に受け入れた。
二人はトランプを持ってきて向かい合って座る。
「お姉ちゃん、聖ちゃんがズルしないように見張ってて」
「志摩子、乃梨子が変な事しないように見張ってて」
ほぼ同時に二人に言われて、私はそのまま二人の間に座る。
ゲームが始まる。
二人とも怖いぐらいに真剣にカードを操っていく。そして──
「よっしゃ!」
「くっ」
ギリギリでお姉さまが勝った。満面の笑みでガッツポーズをして喜ぶ。
一方の乃梨子は悔しいのか、プイ、と横を向いてしまった。
「じゃあ、今日は私が……って、番組終わってるじゃん!」
お姉さまが驚いて時計を見て叫ぶ。
気がついたら、2時間以上が経過していた。
「あ、そのままになってたから『趣味の仏尊』録れたみたい」
ボソッと乃梨子が呟く。
「ズルい! ズルい!」
食ってかかるお姉さまに乃梨子が言った。
「聖ちゃん、それより蓉子さんとの約束、いいの?」
悲鳴をあげて、お姉さまは慌てて携帯電話で連絡をとる。
お姉さまはかなり謝っていたが、会話から察するに蓉子さまは怒って帰ってしまったらしい。
「だから、今から行くから……ああ、切られた……」
番組は見られない、約束はすっぽかした、最悪の状況になってしまったお姉さまはがっくりと落ち込んで部屋に戻ってしまった。
「……ところで、お姉さまは何の番組を見たいと言っていたの?」
「うーんとね、これ」
乃梨子が指したラテ欄にはこう書いてあった。
『ドキッ! 女だらけ丸ごと水着水泳大会 お約束ポロリもあるよ』
「……」
「聖ちゃんは、いろんな意味で駄目だと思う」
乃梨子は言った。残念だけど、この時ばかりは否定できなかった。
2.白薔薇家三女乃梨子
「乃梨子、お願いがあるの。物置の片づけを手伝ってくれないかしら?」
夏休みのある日、志摩子お姉ちゃんにそう声をかけられた。
「あれ? 昨日聖ちゃんに手伝ってもらう約束してなかった?」
昨夜、一応姉である聖に、お姉ちゃんは物置の片づけを手伝ってもらうようお願いして約束を取り付けていた。台所で洗い物をしていたから細かい部分は聞いていなかったけど、間違いない。
「ええ。でも、約束を忘れて出かけてしまったらしくて」
さっきまでいたのに、とお姉ちゃんが呟く。
「まあ、宿題も終わってるし、今日は予定もないからいいよ」
「本当?」
お姉ちゃんが嬉しそうな顔をする。
「うん、その代わり、ちょっとお願いがあるから、後で聞いてくれる?」
「あら、何かしら? ちょっと怖いわ」
「大した事じゃないよ。それより、早く済ませよう」
夏の暑い日、風通しが悪くてもちろん冷房のない物置の片づけは重労働だった。
暑い日差しの照りつける庭に一回物置のものを運び出す。
汗は容赦なく流れ、顔は真っ赤になる。
「あったわ。かき氷を作る機械」
ちょっと古いけど、大切に箱に入れられて、更にビニールに包まれてそれは出てきた。
「こんなの家にあったんだ」
「ええ。乃梨子は小さかったから覚えてないかもしれないけど、お父さんが買ってくれたのよ」
「ふーん。そうなんだ」
ちょっとだけ感慨に浸って、後は一回出した物置のものをしまう。
もちろん、これから使うであろう秋のものを手前に置く事を忘れない。
最後の方は熱さもあってフラフラになった。
「ありがとう。乃梨子」
片付け終わって、家に戻った。クーラーが聞いていて気持ちがいい。
お姉ちゃんは冷蔵庫からカルピスの原液を取り出す。
「それより、お願いの事なんだけど、それなんだよね」
「それ?」
「うん。カルピス。いっつも指二本だから、今日は特別に指三本で飲んでみたいなあって」
白薔薇家ではカルピスを飲むとき、コップの底の方に指を並べて添えて指二本分の原液を注いで水で割るのがオキテである。
子供が濃い状態で飲んだりしないよう配慮したものと思われるが、なんとなく薄いんじゃないかなってずっと思っていたので、一度やってみたかったのだ。
「ね? いいでしょう? 指三本入れてよ」
「指三本入れるの? いいけど、濃ければいいというものでもないと思うわよ」
笑いながら、お姉ちゃんはコップの底の方に指を並べて添えて、ちゃんと指三本で原液を注いでカルピスを作って乃梨子にくれた。
自分のはいつもの通り指二本で作っていた。
熱さでのどはカラカラである。二人で飲み始めた。
「あ、いいな。私にもちょうだーい」
と、そこに聖ちゃんが帰ってきた。
「お姉さま、どこへ行ってたんですか? 昨日物置の片づけを一緒にするようお願いしたのに」
「ああ、悪い悪い」
聖ちゃんは笑いながら謝っているが、あれは面倒くさくなったのですっぽかした顔である。
「それより、帰ってきたからのど乾いちゃって……あれ、乃梨子の色が濃くない?」
こういうところだけ、目ざとい。
「お手伝いしたご褒美に、指三本で作ってもらった特製だもん」
取られないように、コップを抱え込んだ。
「えー、乃梨子ばっかり! 私も指三本がいいなー。志摩子、指三本入れてー」
熱い中甘えるようにおねだりする聖ちゃん。こくりと頷き、お姉ちゃんが冷蔵庫の扉を開ける。
そして、取り出したのは、「そばつゆ」。
「……」
「……あの、志摩子さん」
恐る恐る聖ちゃんがお姉ちゃんに声をかける。
「指三本ですよね。わかってますわ」
「いや、そうじゃなくて」
お姉ちゃんはコップの底の方に指を並べて添える。
「それ、そばつゆですけど」
「知ってます」
「いや、おかしいでしょう?」
「いいえ。お姉さまはカルピスとは一言もおっしゃいませんでしたわ」
と、お姉ちゃんは女神のようにさわやかに微笑みながら、ゆっくりとそばつゆの原液を注ぎ始めた。
「ちょっと、マジ!? 指二本でも厳しいでしょ! って、いうか、蕎麦用意してよ、蕎麦。ちょ、ちょ、ちょっと、うわ! この人、本気だよ! って、指三本は本気で勘弁してって言うか、マジでそこまでやるんですかって言うか、いや、だから、うわっ、本当に水で割って、マドラーでかき混ぜて、お待たせしました召し上がれはないでしょう!?」
いろいろ聖ちゃんが言っていたが、お姉ちゃんは一切無視してカルピスを作るようにそばつゆを水で割って笑顔で聖ちゃんに差し出した。
「いや、だから、そんな風に微笑まれてもだね……」
「……」
「……」
今日はいろいろな事を学んだ。
このコップにカルピスの原液は指二本ではちょっと薄いが、指三本ではちょっと濃いという事。
そばつゆをカルピスのように飲むと人間は大変な事になってしまうと言う事。
そして、志摩子お姉ちゃんを絶対に怒らせてはいけないという事。
ちょっぴり大人になった夏だった。
3.白薔薇家長女聖
もうじき大学の長い夏休みも終わる。
高校はもう始まっていて、妹たちは忙しそうだが、私は暇で一人でテレビを見ていた。
テレビからお気に入りのあるCMが流れていた。
目の前を何者かが通って行く。
我が家の飼い猫ゴロンタ(♀)だった。
「お母さん」
とゴロンタを抱きしめた。
お気に入りのCMでは一家のお父さんが犬になってしまったという設定で、誰もいないから真似してみたくなったのだが、ゴロンタは猫でメスなので、お父さんではなくお母さんだなって思ったからだ。
「……」
不意に視線を感じて振り向くと乃梨子が冷ややかな視線で私を見ていた。
「うわあっ!」
見られた。
「どうしたの?」
志摩子が乃梨子の後ろから現れて聞いた。
二人とも制服姿、帰ってきたばかりといった感じである。
「聖ちゃんが、白戸家のCMの真似してゴロンタに『お母さん』だって」
聞かれてた。そして、バラされた。
「……魔が差す、って事、ありますよね」
フォローのつもりなのか、志摩子だから馬鹿にしているという事はないだろうが、そう言われた。
でも、傷ついた。
もの凄く。
二人とも着替えるためにいなくなった。
ゴロンタを抱きしめたまま、傷心のまま一人でぼんやりしていた。
「……まったく、あなたはもう少ししっかりしなさい」
誰もいないのにそう言われた。
テレビの音声かと思って見たが、バンドが演奏をしていて台詞なんかなかった。
「何やってるの、聖ちゃん」
また声がする。
「ここよ、ここ」
声がするところ、それは自分の胸元、ゴロンタの所なのだ。
「まったく、お母さんを無視するんじゃないの」
「お、お母さん!?」
思わず叫んでいた。
「聖ちゃん、まだやってるの?」
背後から再び冷ややかな声がする。
乃梨子が着替えて戻ってきたのだ。
「いや、ゴロンタがCMのお父さんみたいに喋ったんだよ」
「……お姉さま、二回目は魔が差すとは言いません」
志摩子にそう言われて、また傷ついた。
「いや、本当なんだって!」
二人は憐れむようにヌルイ視線を浴びせて、おやつを持って去って行った。
もはや、関わりたくないってことらしい。
「聖ちゃん、日ごろからしっかりしてないからこういう目にあうのよ。もっとお手伝いとかしなさいね」
ゴロンタに叱られて落ち込んだ。
しばらく私は立ち直れなかった。
ゴロンタの首輪に小型のスピーカーをつけてからかっていた小賢しい妹の犯行が露見するのは三日後の事である。