初投稿です。拙い文章ですが、広い気持ちで読んでいただければ僥倖です。
祥子がリリアン女子大に入学してから約一月たち、入学当初のごたごたもGWをすぎた頃には落ち着きをみせ、授業の方も本格的に稼働しはじめていた。
その日、祥子はあたえられた課題のレポートを夜遅くまで作成していた。提出期間には余裕があり、急いでやらなくとも良いのだが興味深い課題だったため時間をわすれてレポート作成にいそしんでいた。
気がつけば日付も変わりいつもの就寝時刻を2時間も過ぎていることに驚きつつ、祥子はあわてて明日の(実際には今日のだが)授業の準備をはじめた。
そこで祥子は英語のテキストが一冊無いのに気が付いた。
記憶をたどり、たしかあれは前日リビングで開いたのが最後のはず、と祥子は思った。
よくわからない部分をちょうどそのとき小笠原邸を訪れていた柏木優に質問をしたのだ。婚約解消後、優は祥子とリビング以外の場所で二人きりになることを自然と避けるようにしていた。もはや婚約者ではない以上、若い女性の私室にうかつに入らないようにする優の気遣いだと思う。
とにかく、テキストは必要だということで祥子はリビングに取りに向かった。朝に弱い祥子ではうっかり忘れてしまうことは想像に易い。すでに廊下の照明は必要最低限だけが灯されいたが、歩くだけならば問題はない。とはいえ、あまり夜更かしをしない祥子にとって真夜中の小笠原邸は少し気味が悪かった。普段、親しんでいる場所の裏の面をみているようであり、はたまた自分を残してみんなが消えてしまったかのような錯覚がしてくる。
「そういえば」
ふと、独り言を祥子はもらした。和室も多い小笠原邸には座敷童子がいるのではないかと子供のころに疑ったことがあった。
座敷童子は祥子の小さな恐怖であった。
座敷童子で栄えた家は座敷童子がいなくなれば不幸がおとずれる。幸福を招く座敷童子はすでに裕福な小笠原家の運命をにぎっているに等しい存在に思えたからだ。無論、理性的な祥子にとって、所詮おとぎ話のことにすぎなかったが、福の神が疫病神に思えるような奇妙な感覚はいまもまだ心の中にある。
もの思いにふけっていたせいか、それを認識するのに少し時間がかかった。
祥子が階段を下り、リビングのある廊下にさしかかったとき、リビングの扉が開き、中から若い女がでてきた。
祥子は驚愕のあまり、声をも出せず、その場で固まっていた。
それはリリアン高等部の制服を身にまとった、髪の長い女性であった。女性はゆっくりとリビングから祥子と反対方向に移動しているので後ろ姿しか見えない。
いま現在、この家でリリアンの制服を着る者はいない。可能性としては瞳子がいるが、今日、小笠原家にいるわけもないし、そもそも あの特徴的な髪型でもなかった。
そう、ちがう。
あれは、あの姿は。
「私だ。」
祥子は低く、つぶやいた。
ドッペル・ゲンガー
自分とそっくりな分身であり、自分自身でそれを見たものは数日以内に死ぬという。もとはドイツ地方の伝承であるが、日本でも目撃例があるという。
そんなことを思い出しつつ、驚愕から解放されると祥子は大急ぎで女性を追った。
はっきり言ってこわかった。
しかし、ここで正体を確認しないとそれこそ恐怖に押しつぶされそうな気がしたからだ。
「おまちなさい」
廊下の端で祥子は女性を捕まえた。
女性がゆっくり振り向くのを息をのんで見守った。たとえそれが自分自身の姿であっても決して無様に悲鳴など上げないと決心して。
しかし振り向いたその女性はまた別の意味で祥子にショックを与えた。
「祥子さん、どうしたの?」
母、清子であった。
髪の長さからすれば清子が当然のごとく浮かんだはずだが、リリアンの制服=若い女性という錯覚をおかしていたようだ。いや、そもそも母の世代が着るような服ではない筈だ。
こっちこそどうしてと祥子が言おうとしたとき、
「さーこ、もういいかい?」
後ろのリビングから父、融がのんきなな声で現れた。
その父の姿をみて祥子はなんとなく、全ての謎がとけた気がした。
父は花寺学院の制服を着ていたのだ。
その後、祥子がリビングで両親からの事情聴取をおこなったところ、
「新年会のときに、私の昔の振り袖を着た祐巳ちゃんを、私と間違えて融さんが抱きつこうとしたでしょ、それでその後で私も昔の振り袖を着てみたの。そうしたら融さんがよろこんでくれて」
どうやら食いつきがよかったらしい。
ちなみに融はあらぬ方向をむいて祥子と目を合わせない。
「でも、古い服もそんなに残していないから、残念ねと言ったら、融さんがこれを着てほしいと持ってきたの」
と自分のリリアンの制服を引っ張ってみせた。
「着てみたら融さん大変が喜んでくれて」
ものすごく食いつきがよかったらしい。
ちなみに融はあらぬ方向をむいて、鳴らない口笛を吹きはじめていた。
リリアンの制服も父が自分で用意したものだったので、祥子にも両親を非難する気はなかったが、赤裸々な夫婦の夜の生活を見せつけられるのは、うれしいことではない。これならドッペル・ゲンガーのほうがましだったかも?と思いつつ、なぜ、リビングにいたのかは追求せず、今日のことはもう無かったことにしようと祥子が決心したとき清子がおずおずと口をひらいた。
「それで、その、あとで折りをみて話そうとおもっていたのだけど… 」
頬を染めて清子は続けた。
「どうやらおめでたみたい」
祥子の驚愕の声があがる脇で、融はエアギターの演奏を始めていた。
その後、超音波診断で胎児は女の子らしいとわかった。
小笠原祥子 今年中にリアル妹誕生!