【3079】 ああっマリアさまっケーキだけ食べて解散  (ケテル 2009-10-10 22:19:11)


「ごきげんよう。 すみません、遅くなりました」

 水曜日、お昼休み。
 「三年生を送る会」まで残すところ後二日。
 薔薇の館では今日発行されたリリアンかわら版のデート特集号を見ながら、昨日の半日デートのことと、思い出したように三年生を送る会の仕事のこと、などを話しながら比較的のんびりと昼食をとっていたところへ、教室は一緒に出たもののパンを買いにミルクホールへ行っていた瞳子がようやくやって来た。

「あ〜、瞳子」
「遅かったね瞳子、ミルクホール混んでたの?」

 祐巳さまのおさげがうれしそうにピョコピョコ揺れる。
 瞳子と別れてから少し時間が経っている。 パン当番が注文を取っているので基本的に買いそびれることはないけど、昼時のミルクホールはかなり混むからなぁ〜。

「混んではいたけれど何時もと変わりないわ。 ただ、ちょっと・・・・・・衝動買いを・・・してしまって・・・」

 そう言いながら、サンドイッチとパック飲料の入ったコンビニ袋ともう一つ、白い箱の入った袋を掲げながら中に入る。

「衝動買い? 瞳子、なに買ったの?」
「箱からするとケーキワンホール位ありそうだけど、祐巳さん甘いもの好きだし『お姉さまに食べさせた〜い(ハート)』・・・とかね」
「これは・・・イチゴの匂いね」

 志摩子さんが言ったように、瞳子が箱を机の上に置くと確かに甘いイチゴの匂いが漂ってくる。 でも・・・。

「でも、ミルクホールにケーキワンホールなんか置いてましたか? カットされた物は以前見たことはありましたけど」

 それも少量だけだった。 裏門から少し行った所に洋菓子店があって、そこから仕入れているんだそうだ。 なんでも『午後のお茶の時間に口さびしいので置いて欲しい』と言う希望があったためだとか。 まあ、茶っ葉から入れた紅茶を飲みつつクッキー食べながら執務してる山百合会にいる私が言うのもなんだけど、ホントにお嬢ってのは……。

 しかし、教室を出てミルクホール、くだんの洋菓子店、薔薇の館というコースは、たとえ全力疾走したとしても、この時間で完走することは出来ない。 それに瞳子の呼吸は乱れていないし、汗もかいていない。 つまり、外に買いに出たという線はない。

「ミルクホールの商品すべてを知っている訳ではないのだけれど、”衝動買い”と呼べるような価格の商品って有るのかしら?」

 もと華族の子女も通ったお嬢様校とはいえ、そこは平成の世、学生の財布の中身などたかがしれている、『500円あればサンドイッチ2パックとパック飲料一つ、放課後缶ジュースを買ってもお釣りがくる』それが購買って物の正しいあり方だろう。 もっとも、瞳子がよく買うマスタードタラモサンドはちょっとお高いけど。

「ケーキワンホールは当たらずとも遠からずですね。 一つ有るんです。 イヤッホォオォウゥを満たしてくれる物が。 この季節限定で」
「この季節限定?」
「瞳子、2ch自重。 って、どこの板見てるのよあんたは」
「……私の口からはちょっと………」
「って、なんで祐巳さまが答えるのですか?」
「え? いや〜、この前……」
「お姉さま!」
「イヤッホォオォウゥ? 2ch?」 
「あのね……(コショコショコショ)……」
「由乃さま!」

 お願いします、志摩子さんには後で私が手取り足取り腰取り教えますから、あんたは手を出すな!

「…季節限定だったわよね・・・・・・・あ、ひょっとして・・・・・・」
「んん〜〜・・・、私は降参〜・・・なんなのこれ? でもいい匂い・・・」
「私もわからないわ」
「私も」
「由乃さまはわかったのですか。 でも、噂くらいはみなさん聞いたことはあると思います。 これは・・・・・・」

 そう言いながら瞳子は箱に手をかけ、もったいつけるようにゆっくりと開ける。 イチゴのいい香りが柔らかく部屋全体に広がる。

「冬季限定イチゴタルト・リリアンスペシャルです!」
「やっぱり」
「へ? わぁ・・・始めて見たわ」
「これがそうなの?!」
「?」

 し、志摩子さん・・・。

 まあ、私も噂には聞いたことがある。

 ”冬季限定イチゴタルト・リリアンスペシャル”
 それは、幻とも言われる。 リリアン女学園限定販売というとんでもないスィーツ。
 厳選した材料をさらに厳選し、パティシエ(と言っても、さっき出た町の洋菓子店。 ただ、ここのケーキはめちゃくちゃおいしい)のお眼鏡にかなった物が仕入れられなかったら作られず、入荷数0なんてことも珍しくない、最も多く入荷した時でも5個しか入荷しないと言う稀少性。
 そして、ワンホール3675円(税込み)と言う、リーズナブルをもって良しとする購買において、もはや喧嘩売ってんのかという価格設定、故に『卒業するまでに口にできた者より、口にできない者の方が圧倒的に多い』と言われている。 なんせ作っているお店の店頭にも並ばず、作られた物はすべてリリアン女学園内でのみ販売されると言う。

 私なんかはたぶん口にせずに卒業だろうなぁ〜と思ってたんだけど。

「去年の今頃、剣道部の送別会で出たのよ一つだけね。 三年生へってお出ししたんだけど、お姉さま方、人数分切り分けられた物をさらに半分にして二年生の主だった部員に分けてくださったのね、っで、その中に令ちゃんが含まれてたのねよ。 もちろん一年だった私の所までは回ってこなかったんだけど、令ちゃん私にも食べさせたいって何とか再現しようとしたんだけど、遠く及ばないってあきらめちゃったんだわ」

 由乃さまが腕組みをして去年のことを話す。

 普通ならこんな入荷の不安定な物は取扱商品から除外されるんだろうけど、時期と稀少性そしてなんと言ってもそのおいしさ故に、部などでお金を出し合って卒業される三年生のお姉さま方のためにとの購入希望が多いそうで、アンケートを取っても取り扱い継続希望第一位だそうだ。

「令さまがねぇ〜」
「まあ上手いと言っても趣味でやってるだけだからね、そんな簡単に真似出来たら商売にならないでしょ」
「確かにそうだけどね。 でも良い匂いだな〜」

 祐巳さまがイチゴの香りを、また深呼吸する。

「お姉さま、お弁当の後で切り分けますから。 皆さんもご一緒にいかがですか?」
「うあ〜〜い、やった〜!」
「え? いいの? そりゃあ食べたいけど・・・」
「ちょっと申し訳ないような気もするわ」
「お分かりになると思いますが・・・・・・衝動買いって・・・すっごく気持ちいいんです!」 

 瞳子は胸の前で手を組んで、まるで夢見る乙女って具合で語り出す。 語ってるのが衝動買いのことでなければ良い絵づらなんだろうけど、どこか間違ってるような気がする。

「一種ハイな気分で、後先考えるのを忘れて勢いに任せて買うのです。 後先考えるのを忘れて買ってしまうのですから、手元の品の扱いに困ったりします。 まさに今の私がそうです……」

 ・・・おいおい・・・。 まあ、分からなくもないけど・・・私も仏像の写真集をよく衝動買いしたり写真部から志摩子さんの写真買ったりするしね。

「だいたいワンホールなんて一人じゃあ食べ切れませんし、食べ切ったとしたら体重計に乗るのが怖くなっちゃいますし……女優としては致命傷です。 そうですね・・・どうしても適当な理由がほしいのなら・・・・・。 明日演劇部のゲネプロ(最後の通し稽古)で山百合会の仕事に出られない新前蕾のお詫びの貢ぎ物とでも思っていただければ」

 祐巳さまだったら一人で楽勝じゃあないかな。 瞳子が衝動買いして、祐巳さまが衝動食い。

「ん・・・まあ、劇部との両立は了承事項だけど・・・そう言うことにしておこうか、って言うより食べたい! と言うことで、ありがとうね瞳子ちゃん」
「いえいえ、どういたしまして」
「瞳子ちゃん、いただくわねありがとう」
「どうぞ白薔薇さま」
「まあ、取りあえず礼は言っておくわ」
「乃梨子”さん”、後でお話があります」
「あ〜り〜が〜と〜〜〜〜瞳子ぉ!」
「お、お姉さま!? ちょ、ちょっと止めてください!」

 あ〜あ、祐巳さまに抱きつかれて幸せそうにまぁ〜。




 お昼ご飯も食べ終わり、私はタルトを切り分ける物を探しに流し台の所に来た、確かフルーツナイフくらいしか無かったはずだけど。 瞳子は下げて来た湯呑みを洗い出す、次は紅茶だね。
 用意したフルーツナイフを持って、さて切り分けようとテーブルに向かいかけて”はたっ”と立ち止まる。

「五等分って切り分けにくいわね〜。 でも六等分だと現状一つ余る……。 ねえ瞳子、例の技で可南子さんでもポケットから引っ張り出せ…んっむぐっ?」

 横にいた瞳子に口をふさがれる。 あんた手濡れたままじゃん! 制服濡れちゃうだろ! 真顔で口の前に人差し指を立ててる瞳子。 って、早くタオル取らせて!!

「それは皆さんの知らない別のSSでのお話。 あの技の事は禁則事項です。 八等分にして、もう声は掛けてあるからそろそろ来るわ」

 胸元が濡れていく………私も後であんたに話しあるわ…瞳子……。

 八等分ね、紅薔薇さまと黄薔薇さまにでも声かけたのかな? ……でも、それだと七人で一個余り、状況に変わりは無いじゃない。 ……まあ、いいかスポンサー(?)の思し召しって事で八等分にしますかね。

 階段を昇る音がしてきた。 複数人数。

「ごきげんよう〜。 当日の取材についての打ち合わせという口実で来たわよ〜。 あ、これね瞳子ちゃん! ごちそうさま」
「ごきげんよう。 私は撮影の打ち合わせって口実で。 おぉ〜、おいしそうだね何枚か撮っておこうか」
「ごきげんよう。 あ、あの、口実無いんですけど瞳子さんに御呼ばれしたので…」
「真美さん、蔦子さん、可南子ちゃん、ごきげんよう。 あ〜入って入って〜」
「ちょっと、瞳子……」
「…紅薔薇さまと黄薔薇さまにも声は掛けたのよ、掛けたんだけれど『自分達はいいから』と」
「だからって……」

 このチョイスってどうよ、可奈子さんはともかく。

「わたし達とお姉さま達との共通の知り合いで、お呼びして躊躇無く薔薇の館に上がり込む人という観点でのチョイスなんだけれど。 何か質問はあります?」
「………………まあ…………そうなる……の………かな?」
「人数多い方が楽しいでしょ?」

 …………………………………ふむ……。

「……そうね……」


 切り分けたタルトを持って志摩子さん、祐巳さま、由乃さまとスナップショットを撮る蔦子さま。 真美さまはタルトを仔細に観察してなんかいろいろメモを取ってる。 そこまでご大層なもの……かな? まあいいか。

「ほらほら、乃梨子ちゃんも瞳子ちゃんも撮るからこっち来て」

 あ、やっぱり? ちょっと時間かかちゃったけど私と瞳子も写真に収まって、それから極上のイチゴタルトをいただいた。


 お味? ふふふ、親友のちょっとした変化と相まって……。




                   〜〜〜〜〜〜・・・ 了 ・・・〜〜


















「そしてそれから数日後、まさかあんなことが起こるなんて………」
「変なナレーション付けんな瞳子!! 私は忘れたいんだから! まさか志摩子さんまでつるんであんな事するなんて……」 


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