【308】 祐麒は可南子にもったいない平穏無事  (西武 2005-08-05 01:17:58)


土砂降りの中、女の子が雨宿りをしている。
「入らない?」俺はそういって傘を差し出した。

この娘は、実は花寺では有名人だ。何人もの命知らずがもろに当たって砕けているし、普通に話しかけた連中も例外なく辛らつな返事を頂戴している。その彼女がこんないわば相合傘で歩いているのは意外なようだが、それには理由がある。
「申し遅れました。わたし、細川可南子といいます」
「あ、わたしは」
「知ってます。福沢祐巳さまですね、紅薔薇のつぼみの。ご一緒できて感激です」
…つまりは、そういうことだ。

ちなみに俺がこんな格好をしているのは、当然、趣味でしているわけではない。すべては偶然と柏木先輩のせいである。今日は生徒会の集まりがあって、そこでちょっとした罰ゲームをうけることになったのだが、たまたま俺が祐巳の制服をもっていて、柏木先輩がなぜか2本お下げのかつらを用意してた、というそれだけのことだ。それで今は買出しの途中というわけだ。

やっとM駅が見えてきた。これでお役御免だ、そう思ったとき駅の中に祐巳の姿があるのに気がついてしまった。ちょうど帰るところなのだろう。
「可南子ちゃん、せっかくだからお茶でもしましょう」
「あ、喜んで。祐巳さま」
とっさとはいえ、自分から誘った以上、黙っているわけにもいかない。幸い本の趣味は合うようで案外話が弾んだ。けっこう頭のいい娘だと思う、推理小説にも詳しいし。以前はバスケもやってたそうだが、どうも触れたくなさそうなのでやめておいた。
「そういえば、今日の夕食の献立をまだ決めてませんでした。何がいいでしょうか」
「ハンバーグ…」
祐巳の好物を思い出して、ついそう言ってしまった。俺の得意料理でもあるのだが。
「くすくす、子供っぽいところもおありなのですね」
「そう、かな」俺から見ればそのものだが。
「いえ。親しみやすくていいですわ。そうですね、家もそうします」
そう言うので、俺も自分なりの工夫を2、3話してみて、いっしょに買い物に行ったりしたのだった。


後日、可南子ちゃんが山百合会に出入りしていると聞いて驚いたものの、それで何も気づかれないのはさすが祐巳というか…。
しかし、支倉令さんの冗談には正直寿命が縮んだよ…。


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