【3088】 まったり温泉旅行  (bqex 2009-11-08 01:34:06)


打ち上げ旅行【No:3082】【No:3083】【これ】【No:3108】【No:3129】【No:3152】【No:3165】(完結)



 祐巳、祥子、瞳子、K先生の四人は浴衣に着替えた。
 宿のロゴの入った浴衣に羽織という温泉地の定番のスタイルである。

「この後はどうなさいますか?」

 祐巳が聞いた。

「夕食まで随分時間もありますしね」

 瞳子が時計で時間を確認する。

「これから混んでくる前に温泉に入らない?」

 と、提案したのはK先生だった。

「お姉さまは? お休みにならなくて大丈夫ですか?」

 夏に別荘に行った時の事を思い出したように祐巳が聞く。

「ちゃんとバスの中で休んでたから大丈夫よ。あなたたちこそ、随分はしゃいでいたようだけど、大丈夫?」

 逆に祥子は祐巳と瞳子に聞く。

「私は大丈夫です。瞳子は──」

「平気です」

「じゃあ、決まりね」

 と、四人は大浴場を目指した。

「あ、すみません。お風呂はこちらですか?」

「ええ。この時間はこちらになります。夜中に向こうの男湯と入れ替えるので入れ替え時間の間は入れません。また、変わった後も注意してください」

 にっこりと従業員の女性が答え、それから、と付け加える。

「別館の方にもお風呂があります。別館は露天風呂が人気で普段は混んでるんですが、今日は生憎の吹雪で露天は使えません。ですが、内風呂は使えます。向こうは空いていましたよ」

 よろしかったらどうぞ、と言われ、四人は空いているという別館に向かった。
 別館へ向かう渡り廊下を通って、露天風呂に着いた。

《現在、悪天候のため露天風呂は閉鎖しております。申し訳ありません》

 という看板が立っているが、入口にのれんが出ていて内風呂と呼ばれる室内の浴場施設は使えた。

「本当に空いてますね」

 四人の他に二、三人が入浴しているだけだった。

「あの看板のせいでここが全部使えないとみんな勘違いしているのでしょう」

 脱衣ロッカーのカギを開けながら祥子が言う。

「『内風呂は使えます』とひと言添えた方が親切ですよね」

 瞳子の言うとおりだが、そのおかげでこちらの浴場をゆったりと使う事が出来るのだから、ちょっと複雑な気がする祐巳だった。
 浴場は洗い場と中くらいの湯船が一つ、小さい湯船がもう一つのシンプルなものだった。
 外に行くガラスの扉の向こうは先ほどよりは治まってきてはいるもののまだまだ雪が降り続いている。
 雪の中、この宿自慢という露天風呂が見える。屋根のついた檜風呂と、屋根のない岩風呂が見え、寒さのせいか湯気が立ち込めとても幻想的だった。

「本当にこんな季節に雪なんてね」

 K先生が呟く。

「瞳子」

「何ですか、お姉さま」

「私ね、やってみたい事があるんだけど」

 祐巳がニヤニヤしながら言う。

「却下します」

「まだ何も言ってないけど」

 ひどいなあ、という顔で祐巳が言う。

「どうせ、『湯船で泳ごう』とか、『どちらが長い間潜れるか』とかそんな事でしょう」

「そんなんじゃないよ」

「じゃあ、なんですか?」

「背中、流してあげようか?」

「え」

 瞳子はぎょっとした表情で固まる。

「だってずっとやってみたかったんだもの、温泉で背中の流しあい」

 タオルを片手に祐巳が迫る。

「子供じゃないんだから、平気ですってば」

 瞳子がずりずりと後ずさる。

「いいじゃない、照れなくても」

「照れてませんってば」

 瞳子は全身真っ赤になってしまう。

「祐巳」

 後ろから祥子が祐巳を呼ぶ。

「は、はい」

「そんなにやりたいなら、私があなたの背中を流して上げましょうか」

「えっ」

 今度は祐巳が固まって、次に真っ赤になる。

「お、お姉さま。お姉さまがそのような事を。そういう事はお姉さまにさせるような事では──」

「あら、あなた今瞳子ちゃんにやろうとしてたじゃない」

 その通りである。

「いえっ、そのっ、あのっ」

 祐巳がずりりと後ずさる。

「あら、照れなくてもいいでしょう?」

 タオルを片手に祥子が迫る。

「おおおおおおお姉さま」

「それとも、私に背中を流されるのが嫌なの?」

「滅相もない!」

 強く首を振って祐巳は否定する。

「わかった。私の背中を流したいのね」

「ええええええええっ!!」

「そっちの方が嫌なの?」

「そんな事ありません」

 首と一緒に手を振って祐巳は否定する。

「では、お姉さまの背中は私が流して差し上げましょう」

「と、瞳子!?」

 形勢逆転のチャンスと見て瞳子が申し出る。

「お姉さま、瞳子の背中は流せても、流されるのはお嫌なんですか?」

 ちょっと甘えながら拗ねる演技のおまけつきで瞳子に迫られた。

「そ、そんな事はないよ」

「じゃあ、いいじゃないの」

 祥子が決定する。

「しかしですね──」

「あなたってば、こういう時は本当に手間をかけさせるわね。大人しくなさい」

「ひっ」

 K先生は素早く洗い終えるととっとと湯船につかって、紅薔薇三姉妹の様子を観察して、ニヤニヤしている。
 祥子と瞳子にタッグを組まれて祐巳は陥落した。

「じゃあ、瞳子ちゃんの背中は私が流しましょう」

「いいんですか、祥子さま?」

「今さら遠慮する事もないでしょう?」

「ありがとうございます」

 お互いの背中を流しあって、紅薔薇三姉妹はゆっくりとお湯につかった。



 ちょっと時間を巻き戻して、由乃、志摩子、江利子、H先生は浴衣に着替えていた。

「あらら、ちょっとこれ、大きいわ」

 由乃が着た浴衣はちょっとサイズが大きかった。

「あら、私のはちょっと小さめだから、取り換えましょうよ」

 と志摩子が申し出る。
 そこで由乃と志摩子は浴衣を脱いで、お互いの浴衣と取り換えて着替え直す。

「あ、由乃さんの温もりがする。温かいわ」

「そこはいちいち言わなくてもいいじゃないの、もう」

 微笑む志摩子に、ちょっと赤くなって横を見る由乃。
 それを見て江利子はくすくすと笑う。
 羽織を羽織って財布を持って志摩子はドアノブに手をかけた。

「あら、どこへ?」

 H先生が聞く。

「下の売店へ。乃梨子と待ち合わせしているので。鍵はかけてしまっても構いません」

 そう言い残すと志摩子は部屋を出た。

「由乃ちゃん」

 江利子が呼びかける。

「瞳子ちゃん、どうしてると思う?」

「まだ気にしてらしたんですか?」

「そりゃそうよ。私はめったに彼女と会う機会がないんですから」

「どうしたの?」

 荷物を整理していたH先生が聞く。

「ああ、先生ならご存知かもしれませんね。瞳子ちゃんの『縦ロール形成の秘密』を」

「いや……実は私も……」

 由乃と江利子は同時にえっと声を上げる。
 この世に存在しているものや仕組みが分かっているもの以外の絵画や彫刻などは作者が想像力をフル回転させて生み出した芸術の産物である。
 しかし。

「先生でもご存知なかったとは」

「ああ、これは見たい。ぜひあの縦ロール形成の瞬間を見たい」

 由乃と江利子は再び気になりだしてしまった。

「あれっていつも巻いてるのかしら?」

「前に一度だけ巻かずに学校に来た事がありましたね。あ、それから劇の時も巻いてなかった」

 由乃が思い出して言う。

「水泳の授業の後は巻いていた?」

「……あっ、そういえば巻いてました!」

「じゃあ、ある程度は『形状』を保っているのか、それとも思っているより簡単に巻けるものなのか……」

 江利子は顎に手を置いて考える。

「……取り外し可能?」

「……本気で言ってます?」

 由乃が聞き返す。

「いや、なんとも」

 H先生が微妙に返す。

「取れるんですか?」

「簡単に取れるんじゃないですか? 『だからドリルは取れと言ったのだ』ってどこかの人が言ってましたし」

「うわっ、菜々!? いつの間に」

 三人が固まって話しているところに気がつくと菜々がちょこんといた。
 由乃は驚く。

「何回かノックしても返事がないのに鍵が開いていたもので。巻いていた、いないのあたりからいましたよ」

 菜々は平然と言う。

「結構前からいたのね」

「でも、『だからドリルは取れと言ったのだ』はちょっと違うかも」

「では、あれが取れないものと仮定して、どのような仕組みになっているとお考えですか?」

「……寄生虫」

「……形状記憶ロール」

「そんなの、現実的じゃないじゃない」

 四人は結局自身を納得させる答えを導き出す事は出来なかった。

「たぶん、お風呂に入った後は下ろしっぱなしにして、明日の朝には平然と巻いているでしょうね」

 江利子の言葉に全員が頷く。

「菜々ちゃんは瞳子ちゃんと一緒の部屋じゃないの?」

 H先生が尋ねる。

「いえ。蓉子さま、聖さま、令さま、乃梨子さまとご一緒させていただいてます」

「あ、そう。じゃあ、明日の朝菜々の手引きで洗面所に突入って言うのは厳しいわね」

 由乃がため息をつく。

「ええと、そうしたら瞳子ちゃんはK先生、祥子、祐巳ちゃんと一緒か……」

 全員の意識がある一方に向かっていたため気づくまでに間があった。

「……祐巳ちゃん、もしかして両手に花状態?」

 最初に気付いたのは江利子だった。

「というか、なんで紅薔薇さんのところだけ姉妹で固まってるのかしら? ……ちっ」

 由乃は舌打ちする。

「小笠原力?」

 菜々が呟く。

「菜々ちゃん、そういう発想はやめなさい」

 江利子がもう一度ため息をついた。

「これは読めなくなりましたね。三人一緒なら待ち合わせたりしないでそのまま一緒に行動してるわけですから」

「どうしましょう?」

「大浴場に行ってみますか? 運が良ければ巻いてるかもしれませんよ」

「そうね」

 三人は支度をはじめ、菜々は4023の部屋に一度戻った。

「もうお風呂に行くの? ご飯の後って言ってなかった?」

 菜々の後ろに令がくっついてきて、でもちゃんと入浴の支度をしてきて言う。

「いいじゃない、別に」

 菜々は令に何のために今からお風呂に行くとは言わなかったようだ。
 五人は本館の大浴場に向かった。
 露天風呂が悪天候の影響で使えないせいか結構混んでいた。
 素早く体を洗って、混雑した湯船につかる。
 しかし、サウナや岩盤浴のスペースにも瞳子の姿は見えなかった。



 またちょっと時間を巻き戻す。
 店内の売店で乃梨子は蓉子と一緒にお土産などを眺めていた。

「一応全部『北海道産』なのね」

 お菓子の箱の裏の製造者の表記をチェックしながら蓉子が言う。

「ありますよね。全然違う産地のお土産って。京都なのに『埼玉産』とか」

 乃梨子が相槌を打つ。

「このご当地限定子猫もどうなのかしらね。子猫が着ぐるみ着せられちゃって。嫌って言いたくなる時だってあるでしょうね」

 蓉子が眉を下げる。

「嫌とは言えないんじゃないですか。この子猫は口がありませんもの」

「あ、そうか」

 蓉子はポンと手を叩いた。
 乃梨子はクスリと笑う。
 蓉子は何気なく隣にあったマスコットを手に取った。

「これは」

 それは北海道限定のゆるキャラで、いわゆる下ネタ系キャラクターだった。

「……流行ってるのかしらね」

「……かもしれませんね」

 気まずそうに二人はマスコットを見つめたまま沈黙した。

「乃梨子、お待たせ」

「うわあっ!!」

 志摩子に背後から声をかけられ、乃梨子と蓉子は思わず大声を出した。
 志摩子はびっくりして固まっている。

「ど、どうなさったんですか? 蓉子さままで大声を出されて」

「な、何でもないわ」

 蓉子は手を振って否定する。が、その手には先程手に取った例のマスコットがあった。

「あら、それ」

 志摩子がそれを見つける。

「え? あ、あら」

「初めて見ますけど、それは何ですか?」

 志摩子がよく見ようとして顔を近づける。

「えーと」

「志摩子さん、お父さんにお土産買うんじゃなかったの?」

 乃梨子がさりげなさを装って志摩子の興味をマスコットから引き離そうとする。

「あ、そうだったわね」

 その隙に蓉子は素早くマスコットを戻した。

「ここのお菓子は全部北海道産だったわ」

「蓉子さま、全部チェックされたのですか?」

「ま、まあいいじゃないの」

「はあ」

 蓉子は自然に離れた。
 志摩子は乃梨子と一緒にお土産を見ている。
 売店ではお土産の他にコンビニのようにジュースやスナック菓子が並んでいた。
 空の冷蔵庫が部屋にあったのでここで買ったものを部屋に置いておける。
 蓉子はそれを買おうとしてやめた。
 そういった事はスタッフに任せておけばいいのだ。
 そう思って苦笑する。

「蓉子。見てー、見てー」

 目の前に不意に人が現れた。聖だった。

「何よ」

「これ」

 差し出されたのはさっきの下ネタキャラのストラップだった。

「さっき見たわよ」

「つまんないの。恥ずかしがったりするかと思ったのに」

 ガッカリしたように聖はマスコットを戻す。

「そういうのは私じゃなくて他の子にやりなさいよ。その辺に志摩子がいたわよ」

「いやいや。やるなら祐巳ちゃんでしょう」

「本当に、あなたは」

 蓉子はため息をついた。

「もう、お土産買うんだ」

「ええ。あ、そうだ。あなたにも買ってあげるわ」

 これ、と蓉子はまんじゅうの箱を一つ取る。

「なんで?」

「夜中に起きだして、寝ぼけて食べてもいいように」

「失礼な。そんな風に見える?」

「見えるから言ってるんじゃないの」

 それはひどいや、というように聖は肩をすくめる。

「夜中に起きだして食べるなら別のものにする」

「そう」

「例えば、蓉子とか」

「ふーん」

「……すみません、調子に乗りすぎました」

 聖は謝った。
 蓉子は笑った。



 志摩子と乃梨子は土産物を買い終え、宿の中を見て歩いていた。

「あら」

 向こうから祐巳、祥子、瞳子、K先生が歩いてきたので志摩子が声をかける。

「別館に露天風呂があって、天気が悪いから露天風呂は使えないんだけど、露天風呂にくっついて内風呂があるのよ。で、そっちは使えるんだけど、表に『露天風呂は閉鎖』って看板があって、みんなそこの浴場ごと使えないって思ってるみたいで今なら余裕で入れるよ」

 祐巳は志摩子にそう教えた。

「お姉さま、もうすぐ夕食の時間ですよ」

「あ、そうか」

 瞳子に指摘され、祐巳はそういう。

「でも、その調子なら後で入る時も空いているかもしれないわね」

 ありがとう、と志摩子は微笑んだ。

「じゃあ、私たちもそろそろ戻りましょう」

 お姉さま、と乃梨子が言うので、志摩子たちは四人に合流して戻った。
 志摩子が部屋に着くと、由乃、江利子、H先生が戻ってきていた。

「あら、由乃さんたちもお風呂に行っていたの?」

「ええ。結構混んでて大変だったわ」

 髪を乾かすのも満足に出来なかったようで、由乃は部屋で髪を乾かしていた。

「本館は混んでるのね」

「本館はって……あれ、別館のは露天風呂でしょう? いくらなんでもこの天気じゃ露天風呂は閉鎖じゃないの?」

 由乃が志摩子に聞く。

「それが、露天風呂だけが閉鎖で、併設されている内風呂は空いていたって祐巳さんたちが言っていたわ」

「ああーっ!」

「別館だったか〜」

 由乃と江利子は同時に声を上げて落ち込んでいた。
 事情を知らない志摩子だけが首をかしげた。

「夕食は部屋で食べるのかしら?」

「あ、それはスタッフさんに聞いたんだけど、宴会場があいてたんでそっちにしたって言ってたわ」

「宴会場?」

「別に踊ったりさせないわよ。食べてはしゃぐだけでしょう」

 江利子がそう言った。

「さて、そろそろ行きましょうか」

 と一同は宴会場に集まる。
 本格的な宴会は次回へ。

→【No:3108】


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