【3099】 それだけで幸せなの  (篠原 2009-11-25 04:25:06)


 望むことは、一つだった。


 『真・マリア転生 リリアン黙示録』【No:2953】から続きます。


 さて、今回はまたちょっと時間を戻して魔王召喚の少し前の頃のこと。
 黄薔薇姉妹が手合わせしていたり紅薔薇さまこと祐巳が地下に潜って特訓していたりした頃、白薔薇のつぼみこと乃梨子もやっぱり修行らしきことをしていたというお話。

 同じつぼみの瞳子に圧倒されたことは、乃梨子にとってもそれなりにショックだった。プライドを傷付けられもしたし、危機感を抱きもした。
 志摩子から多少の手解きを受けはしたものの、忙しい(ハズ)の志摩子の手をあまり煩わせるのも気が引ける。そこで乃梨子が利用したのはメシア教が独自に管理している実戦トレーニング用施設だった。祐巳同様、アクマと戦って経験値を稼ごうというわけだ。
 お御堂から地下に潜ったところにその施設はあった。地下に広がる大迷宮を利用していると噂されるそんな施設を誰がどう造ったのかは乃梨子の知ったことではない。役に立てばそれでいい。

 入って最初に現れたのは、鳥だった。なんでこんな所に鳥が。
 見ていた乃梨子に気付くと、その鳥はひょいと体を起こして直立するような姿勢のままピョンピョンと跳ねるように近づいて来た。
 そして近くに来るとむくむくと膨れ上がってあっというまに人間大になった。……普通の鳥なわけないよね。しかもなんかアレだ。縮尺というかバランスが狂っている。
 足の長さなど鳥よりも明らかに人間としてのバランスに近くなっている。2本足(まあ鳥だし)で人間大の、鳥。
 もちろん、見かけでの判断は無意味。何せ相手はアクマだ。

「我は『堕天使』カイム」

 その鳥は偉そうに名乗りを上げる。本人(本鳥? 本アクマ?)曰く、剣の達人だという。
 鳥なのに剣の達人って、どうやって剣を持っているのだろう? 謎は深まるばかりだった。
 アクマを人間の常識ではかることがそもそも間違いなのだろうが。
 微妙に気をそがれながらも、乃梨子は二刀を構える。

「二刀流とは面白い。この『堕天使』カイムが貴様の力を試してやろう」
 そう言うや、カイムはその場で一回転した。
 ふわりと広がった翼はマントに。
 顔には鳥の頭部を模したマスク。
 腕も足も、衣装の中で見えないが外形は人間のそれに近い。
 鳥の姿から、鳥っぽい装束の人間の姿になったカイムは、手にした鋭い剣の切っ先を乃梨子に向けた。
 なるほど。と乃梨子は独りごちる。

 『堕天使』カイム。
 ソロモンの72柱の悪魔のうちの1柱で、30の軍団を従えるアクマである。
 天使階級から堕ちた堕天使であり、鶫の姿で現れるという。

「では始めようか」
 乃梨子の構えを見て、カイムは即座に踏み込んできた。
 (速っ!)
 鳥だけに、飛ぶように距離を詰めるや手にした剣を振り上げ、斬り下げる。乃梨子はその攻撃を、左の一刀で受けた。
 次の瞬間、右に現れた切っ先が逆から乃梨子を襲う。
 (えっ!)
 右の一刀を薙ぎ払うようにしてかろうじてその攻撃をはじく。
「いいぞ。よくしのいだ」
 一旦離れたカイムは満足そうにそう言って頷いた。
「……」
 自称剣の達人というのもあながち嘘ではないらしい。
 乃梨子は冷や汗をかきつつ構えなおす。しのげたのは僥倖だったと言っていい。

 二刀流というと難しそうだが、少なくとも乃梨子の戦い方はある意味単純と言える。
 一刀で受け、一刀で反撃する。あるいは一刀で牽制し、一刀で攻撃する。基本的にやっていることはそれだけだ。
 もちろん二刀を同時に持ってそれを振るうのだからそれなりの技術はいるが、少なくとも乃梨子自身は、それほど高度なことをやっているつもりは無かった。
 一見攻撃的なイメージもあるが、元々乃梨子が二刀を持ったのは防御を強化する目的だった。基本的に一刀は盾の役割だ。余裕があれば攻撃にも用いるが、逆に一刀で相手の攻撃をしのぎきれないようなら二刀とも防御にまわす。それぞれの役割をはっきりさせておけばこそ、二刀を振るえるともいえる。

「さて、次はどうかな?」
 何故か嬉しそうにわざわざそう言ってから、カイムが再び動く。
 正面からの打ち込みにあわせて受けにいった乃梨子の一刀が空を切った。
「!?」
 目の前から相手の姿がかき消えた。
 (後ろっ!?)
 気配に反応。振り向きざまに振るった一刀が相手の剣とからみ合い、両者の動きが一瞬止まる。その瞬間もう一刀を横薙ぎに振るう。が、それをヒラリとかわしながら離れ際に放たれる斬撃を、今度はもう一刀を跳ね上げるようにしてはじく。
 (油断も隙もない)
 特殊な能力というわけではない。ただ、今の乃梨子には追いきれない程に相手が速いというだけだ。かろうじてしのげてはいるけれども。
 乃梨子はあらためて二刀を構えなおす。
 それにしても……、いきなり相手が強過ぎないか?





 もの問いたげなゴロンタの視線に、志摩子は書類仕事のかたわらに呟やくように答えた。
「乃梨子なら大丈夫よ」
 そう言いつつも、視線を落とした書類のページは先程からあまり進んでいない志摩子である。無意識に紅茶のカップに手を伸ばし、それが空になっていることに気付いて苦笑する。
 乃梨子の修行に付き合って、その後で二人で仕事をした方が効率が良かったんじゃないだろうか。





 それは渾身の力を込めたカイムの一撃だった。
 乃梨子は二刀をクロスさせて横から振り抜かれるその斬撃を受け止める。

 ビキィ

 止まらなかった。
 十字に合わせた部分から刀が折れる。
 とっさに乃梨子は後に跳んだ。が、振り抜かれる剣の方が速かった。
 (防御!)
 ミシリと嫌な音をさせて攻撃が脇腹に入り、そのまま豪快に吹き飛ばされる乃梨子。
「ガハッ」

 乃梨子が防御特化に進み、『鉄壁』とまで呼ばれるようになったのは『志摩子の盾』となる為だった。
 まあ、志摩子さんには盾なんて必要無いけどね。などと思ってちょっと切なくなったりもする乃梨子だったが、肝心な時に何の役にも立てない情けなさに比べれば余程マシだろう。
 それはさておき。

「はあっ、はあっ」
 大きく息を付きながら、乃梨子はのそりと立ち上がる。右手の刀が落ちた。
「大したものだな」
「どこ、が」
 どう見てもやられただけの乃梨子はボロボロな状態で思わず突っ込む。
「2刀でとっさに受けたことも。自ら後ろに跳んだことも。何より、多少威力をそいだとはいえ、あれをくらってなお立ち上がったこと。快心の一撃だったのだがな。なるほど防御に定評があるとは聞いていたが」
 それは本当に感心したように、そして少し残念そうに。
「だがその様子ではもう戦えまい」
 乃梨子は折れた刀を持ったままの手を前に突き出す。
「ブフ」
 氷結系単体攻撃用基本呪文による氷の刃が相手を襲う。が、剣を一振りしてそれをあっさりと薙ぎ払うカイム。
「無駄だ。……む?」
 乃梨子の体が淡く発光しているように見えて、カイムは口調を変える。
「魔力、か?」
「ブフ」
 先程よりは多少威力の上がっていた呪文もやはりあっさりと弾かれる。
「剣士のお前が苦し紛れの魔法など使ったところで、今更どうなるものでもないだろう」
「何か勘違いしているようですけど、私は別に剣士ではありませんよ」
「剣士でなければ何だというのだ?」
「ただの『白薔薇のつぼみ』です。だから、白薔薇のつぼみとしてなすべきことをするだけです」
 白い光に包まれた乃梨子が更に呪文を唱える。
「ブフ」
「無駄だと言っている!」
 またもや剣の一振りで弾くと、今度はそのまま突っ込んでくる。
 相手が前に出るのにあわせて乃梨子も距離を取るように後にさがる。
 同時に。
「ブフダイン」
 乃梨子が直前まで立っていた場所から氷の柱が立ち上がる。先端の尖ったそれは大地を割って生えてきたかのように天に向かう。
「っ!」
 あわやというところで、カイムは体を強引に捻りつつ剣を振り抜いた。
 その一撃で氷の柱が砕け散る。
「外した!?」
 飛び散る氷の破片に映る乃梨子の顔に驚愕の表情が浮かぶ。
 上手くいけば下から串刺しだった。外れる間合いではなかったが、あのタイミングでかわされるとは。
「こんな切り札があったのか。しかしやり方は少々いただけないな」
「切り札? 単に使える呪文の一つにすぎないですよ」
 大きく息を付きながらも呼吸を整える乃梨子の体がまた淡く光っているのを見て、カイムは警戒しつつも前に出る。
 乃梨子は下から上へと指を振る。パシッと足元からの小さな音に前進を止めるカイム。
 が、
「ブフダイン」
 動きを止めたその瞬間を狙い撃つかのように、今度は正面からの攻撃がカイムを襲う。
「っ!!」
 だがまたしても、カイムの剣の一閃が氷の柱を砕く。
 氷の欠片がきらきらと舞うさまは傍から見れば綺麗ではあったが、当人達にしてみればそれどころではなかったろう。
 次の瞬間にカイムが見たのは、乃梨子が左手に持っていたはずの折れた刀だった。
 剣を振り抜いたあと姿勢からさらに体を捻って避けようとするカイム。
 刀は頬をかすめ、血飛沫が舞った。
「!」
 それに気を取られたのはほんの一瞬だったろう。
 次の瞬間、カイムの目の前に乃梨子の顔があった。
 ドンッと大地を抉るかのように踏み込んだその勢いのままに、乃梨子は渾身の一撃を打ち込んだ。
「ごふっ!!」
 まともにくらって背後の壁に叩き付けられたカイムはそのまま崩れ落ちた。
 脇をおさえながら歩み寄った乃梨子に倒れたままのカイムが視線を向ける。
「剣に魔法、最後は無手か」
「だから勘違いしていると言ったでしょう。素手がベースの近接直接戦闘が白薔薇の基本スタイルですよ」
「素手がベース、だと」
「素手にこだわるわけではないから何でも利用しますけど。普段刀を使っているのはそれが手っ取り早いからです。
 ちなみに本来得意な呪文の系統は回復と破魔。私が戦いながら回復していたのには気付かなかったみたいですね」
「クククッ」
 乃梨子の説明を途中から呆れたように聞いていたカイムはやがて笑い出した。
「……?」
「なるほど、なればこそか。見事だ。さあ、とどめをさすがいい」
「……いや、勝負はついたんだからもういいでしょ」
 思えば、最初から調子が狂いっぱなしだった気がする。
「そうか」
 乃梨子の言葉にカイムはまた笑った。
「では、望むのならば仲魔となってお前に力を貸そう」
 どうやら気に入られたらしい。
「いえ、結構です」
「……」
「……ああ、私はこれでも一応ロウの陣営に所属しているので」
「ほう?」
 カイムの声に意外そうな色が滲んだ。
「そこは本当にお前のいるべき場所なのか?」
「……ええ」
 乃梨子は微かに苦笑する。前にも似たようなことを言われた覚えがあったからだ。
「そうかな? 本当にそう思っているのか? 何かに囚われているのではないのか?」
「私はもう決めてしまったから。最後まで志摩子さんに付いて行くって」
「ふむ」
 乃梨子の様子を見ていたカイムはやがて一つ頷いて言った。
「我は元来無口なのでな」
「嘘つけ」
「一つだけ未来について助言しよう」
 ツッコミを華麗にスルーして話を続けるカイムに、乃梨子は苦笑を禁じえない。
 アクマの助言とは。なんと危険そうな贈り物であることか。
「そこに居ることはお前にとって決して良い結果にはならないだろう。いずれ道は分かたれる。行き着く先は見えているはずだ」
「さっきも言った。最後まで付いて行って、志摩子さんが望む世界を実現させる」
「それが正に問題だな。誰が何を望み、誰が何を望まぬのか。よく考えてみることだ。本質を見誤らぬようにな」
 思わせぶりなことだ。
「まあ、この程度の助言は誰にでもできる。要はそれをどう捉え、どう答を出すかだ」
 要は意味無いってことじゃないのか。
「気が変わったらいつでも我を呼ぶがよい。気が変わっていなければ、いつでも力を貸してやろう」
 ……おかしなアクマだ。

  誰が何を望み、誰が何を望まぬのか。

 乃梨子はもう一度その言葉の意味を考えようとして、すぐに首を横に振った。
 自分で言ったことだ。もう決めたのだと。志摩子さんに付いて行くと。志摩子さんの望みこそ乃梨子の望み。
 志摩子さんが幸せであれば、それだけで。


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