【No:309】の続きです
古い温室から走り出しかけて、ふと祐巳は立ち止まる。
(私ったらいったいなにをやってるの?)
瞳子ちゃんを追ってきたはずよ。志摩子さんが瞳子ちゃんをなぐさめているのなら、なぜ逃げなきゃいけない、祐巳。しっかりしなきゃ。
なんだかぐちゃぐちゃになった想いの整理のつかないまま温室へ戻る。飛び出してきたので傘も持っていなかったから、ぐしょ濡れで寒い。でも、中へ入れずになんとなく扉からのぞき込む祐巳。
瞳子ちゃんはまだ、志摩子さんの肩にもたれて泣いているらしい。
動けない。
「祐巳さん。」
「えっ?」
気づかれた?
「いるんでしょう?そこに。こっちへ来ない?」
こうなってはどうしようもない。古い温室の中へはいる。
ぴくん、と志摩子さんから離れてうつむく瞳子。
「ふふふ。こんな時に私に遠慮してどうするのよ。」
「志摩子さん!」
「もし、乃梨子がぐしょ濡れで駆け込んできたら、祐巳さんならどうする?」
「え・・」
「なにかなぐさめる言葉でも思いついた?」
「・・・志摩子さんと同じことをした・・・と思う・・・・。」
「梅雨の時、祥子様とすれ違いがあったときにお姉さまが関わってたのよね? 詳しくは知らないけれど。そういう役って回ってくるものでしょう?」
「志摩子さん・・・・・・ありがとう。」
瞳子は黙ってうつむいたまま聞いている。
「で、瞳子ちゃん。ひとつ聞いていいかしら。」
「はい、白薔薇さま。」
「あなたは、祐巳さんのことが好き?」
「う・・・・・・。」
さすがに本人を目の前にして即答できない。ただ、顔から火を噴きそうに真っ赤になっていることだけが、心の内を表している。
「答えを聞くのは祐巳さんだけでいいわよね。私は帰るわ。」
「白薔薇様・・・・。」
「志摩子さん、ありがとう」
「ごきげんよう。」
「ごきげんよう。」
「瞳子ちゃん。」
きっ、と顔を上げて祐巳を見つめる瞳子。
「祐巳さま、私は」
「大丈夫、わかってるわ。私が悪かったの。」
ふっ、と力が抜けて下を向く。
「だからね、瞳子ちゃん。これを受け取ってくれない?」
祐巳がロザリオを差し出した。
「私、私、これからだって祐巳さまにつっかかりますよ。素直じゃないですよ。びしびしご注意しますわよ。いいんですか。」
「それが瞳子ちゃんだもの。そういう瞳子ちゃんを妹にしたいの。」
見つめ合う二人。
「お受けします。」
祐巳が、瞳子にロザリオをかけた。
「祐巳さま、びしょぬれですわ。傘も持たずに。」
「瞳子ちゃんだって。それに、『祐巳さま』じゃないでしょう。」
「あ・・・。」
「お、ぉねぇさま。」
「その発声じゃ劇場の後ろの席までとどかな〜い。」
「おねえさまあぁっ」
「はい、瞳子。」
うるうるしながら、ほほえみながら見つめ合う二人だった。
今夜は月は見えそうもないけれど。
ロサ・キネンシス一輪だけが見ていた。