No.296 No.301 と平行ってことで。
「覚悟っ!」
「ひいぃっ!」
間一髪、木刀の一撃を回避した。
木刀を取られたのは失敗だった。
二人いるなら片方を排除すればいいと思い立ったのは同時だったのに、たまたまあっちが部屋の隅に立てかけてあった木刀のそばにいたのが災いしたのだ。
同じ場所に竹刀も置いてあったけど取りに行く隙など無かった。
あいつの放った一太刀をかわしてその一瞬の隙に、部屋から飛び出した。
目指すは令ちゃんの家の道場。
あそこに共用の木刀がおいてある。
廊下に出て振り向かずに走り、階段を一気に飛び降りた。
足の裏がじんじん痛むがそんなことは気にしている暇は無い。
三歩後ろに敵がいるのだ。階段をのんびり降りていたら間違いなく飛び掛られる。そしてマウントポジションを取られて木刀の柄でしこたま殴られたことだろう。私なら迷わずそうする。
靴なんか履かずに玄関を出て一つにつながった庭を抜けて令ちゃんの家の道場へ向かった。
「木刀一本の差は大きいわね」
後ろから声が聞こえた。
聞こえ具合から少しはなれている事がわかる。
追いかけるのをやめたようだ。
「そこの入り口はいつも鍵かかってるの忘れたの?」
「くっ、わ、忘れてなんかいないわよ!」
「嘘よ。私も今思い出したんだもんあなたも忘れてたはずよ」
くそう。私が相手じゃやりにくいことこの上ない。ここは道場への近道だが、裏口が閉まっていれば二家に挟まれた袋小路だったのだ。
しかしこの程度で追い詰められる由乃様ではない。
「ふん、木刀一本で勝ったつもり? おめでたいのね」
「負け惜しみなんて言わないことね」
「負け惜しみなんかじゃないわよ。一撃で倒せる自信があるのかしら?」
「なによ」
「所詮、私の剣道の腕前なんてタカが知れてるってことよ!」
「うるさいわね。そのへらず口ふさいであげるわ!」
「いいわ、やれるもんならやってみなさい!」
一撃をかわせば懐に飛び込める。上手く鳩尾に決めれば一発だ。そうでなくても掴みあいに持っていける。あっちは木刀を持ってる分対応は遅れる筈。
双方走り寄り、ちょうど剣の間合いに入ったそのときだった。
「由乃ぉ〜!」
二人の間に割って入ったのは令ちゃんだった。
〜 〜 〜
「それじゃ、令ちゃんは二人仲良く朝稽古してたわけ?」
ちゃぶ台を囲んで真ん中に令ちゃん。両側に向かい合わせて由乃。
朝起きたら二人になっていたのは由乃だけでは無かった。
さっき由乃たちの間に入った令ちゃんは鳩尾パンチと首筋に木刀を食らって気絶した。そして今だに目覚めないでベッドで横になっている。
「信じらんない、なんでそうなるのよ?」
「信じらんないのは由乃の方だよ。なんでいきなり喧嘩するの?」
従姉妹同士でもこんなに反応が違うのか。
「やっぱ決着つけたくなるじゃない?」
「なんの決着よ?」
「いや、アイデンティティを賭けた戦いというか」
「ねえ、由乃?」
「なによ」
「じゃなくて、そっちの由乃」
令が顔を向けたのは令から向かって右側の由乃。何故か令の部屋に移動してからずっと黙ってる。
「何で黙ってるの? もしかして、どこか痛いの?」
「え? べ、別になんとも無いわよ」
「……」
令は無言で右側の由乃の左肩を掴んだ。
「いたっ!」
「やっぱり。庭で転んだとき痛めたのね」
「痛い、痛い、離して!」
「あ、ごめん。でも何で黙ってたのよ?」
「だって……」
こちらを睨んでる。
大方、知られたら不利になるからって黙っていたのだろう。
だから言ってやった。
「もう休戦よ。これ以上争っても令ちゃんが巻き添えになるだけみたいだし」
そう。令ちゃんが気絶した時点で戦意は萎えてしまっていた。
「それに令ちゃんが二人居るんならこれ以上争う理由ないでしょ」
「あっ!」
向こうの由乃の顔がぽんっと赤くなった。
「「えっ!?」」
令ちゃんの声が後ろと前から重なった。
というか、そんな顔で見つめないでよ……。
「あ……ぁぅ」