【3101】 噂のリコカットなんて事言うんだ  (ケテル 2009-11-28 00:21:03)


クゥ〜様SS
(ご注意:これは『マリア様がみてる』と『AQUA』『ARIA』のクロスです)
【No:1328】→【No:1342】→【No:1346】→【No:1373】→【No:1424】→【No:1473】→【No:1670】→【No:2044】→【No:2190】→【No:2374】→【No:3304】

まつのめ様SS
(ご注意2:これはクゥ〜さまのARIAクロスSSのパラレルワールド的な話になると思います)
【No:1912】→【No:1959】→【No:1980】→【No:1990】→【No:2013】→【No:2033】→【No:2036】→【No:2046】→【No:2079】

(言い訳:ここから下のSSは『 AQUA 』『 ARIA 』のクロスとして書かれたクゥ〜様、まつのめ様のSSをベースにケテルが勝手に妄想した三次創作です。 相談したわけでもなく読み解いたわけでもありませんので、多分に反論、お叱りなどもあると思いますが、その辺りもコメントしていただけると幸いです)

 ―――― 書いたら見てもらいたくなるSS書きの悲しい性をお許しください。 ――――


乃梨子視点

【No:3091】>【No:3101】>【No:3111】>【No:3126】

 由乃視点

【No:3156】>【No:3192】>【No:3256】】>【No:3559】

《 ―― その、天空と真紅の夕凪は… 》


『空のお釜に薪くべる
怒りんぼうの馬の尻尾
 マッチ箱の車は 危機一髪』



 白いハッピを着てしかめっ面のポニーテール男が、腕を組んでゴンドラの客席にどっかりと座っていた。

「あ、あの〜……」

 恐る々々声をかけて見ると、クワッっと目を見開く。

「遅いぞ! 俺様をいつまで待たせる気だ!」
「って?! あんただれ?! これあたし達が乗って来たゴンドラよ!」

 自分達のゴンドラに無断乗船された上に仲間が怒鳴られて黙っている由乃さまじゃあない、コメカミの辺りがピクピクしているし。

「うるさい! モミ子とガチャペンはどうでもいいが、アリシアさんにどうしてもと言われたからしかたなく出向いてやったんだ。 さっさと俺様を浮島行きの空中ロープウェー乗り場まで連れて行かんか」
「あ〜次は暁君でしたか」
「お〜、アル、久しぶりだな」
「次は?」
「先ほどお話しました火炎之番人=サラマンダーをしている僕の友人で出雲暁君です」
「で、でも…。 え〜と確か見習い(ペア)は…」
「見習い(ペア)はお客さんを乗せてはいけない決まりなんですが!」

 そうそれ。 由乃さまが言ったとおり教本に確か書いてあった。

「何を言う、友達ならばその限りではないだろう、モミ子は文句も言わずに乗せてくれたぞ」

 無銭乗船の常習者ですか?

「あんたと友達になった憶えは無いわ!」
「モミ子、ガチャペン、アリスと、アリシアさん、アテナさん、アニキとこれだけ共通の知り合いがそろえば友達と言って差し支えないだろう!」
「モミ子、ガチャペン、アニキというのは…?」
「灯里さんと藍華さんと晃さんの事ですね、まあ暁君にとって一番重要なのはアリシアさん…」
「は〜、なるほど、アリシアさんLov…」

 名乗ったわけではないけれど、たぶん駅前広場の前でゴンドラから落ちそうになった私を助けてくれたのがアリシアさん、かな? ARIAカンパニーはこの宝探しに加担しているんだろうけど、面が割れているのは灯里さんだけ、アリシアさん(仮)は多分に私の望……いや、私の好み……。 好みって?! 二度目だ……。

「そこアル! 余計な事言うんじゃない!!」
「ちょっと乃梨子ちゃん! そんな所でアルさんと和んでないで加勢しなさいよ! ってアリシアさんLoveなんだ」
「でも、共通の知り合いに僕が含まれていなかったのは、なぜなんでしょうかね?」
「貴様! 俺のアリシアさんへの想いはLoveなどと言う軽い言葉で表せないほど遥かに崇高なものなのだ!」
「そんなうっざい髪の毛してるようじゃあ、いくら崇高な想いなんてほざいたって届きゃしないのよポニ男!」
「由乃さんは、藍華さんがつけたのと同じアダナを暁君に言いましたね」
「やっぱり…同属なのかな?」
「髪形は関係ない! 聞け! 俺様のアリシアさんへの熱い想いは髪型や時間すら超越するのだミケ子よ!!」
「ミケ子?! なによ、ミケ子って?!」
「その立派なつり目は、ミケ子と呼ぶのにふさわしかろう!」
「ぬわぁんですって〜??!! 人の身体的特徴を揶揄するようなアダナ平気でぬかす様なヤツが崇高な想いなんてチャンチャラおかしいわ!」

 え〜と、”姫屋様”の店先でこの大騒ぎは、非常に申し訳ないのですけれど。

「 すわっ!!! 」

 そろそろ止めに入ろうかと思い始めたときに後ろから響く怒声一発。 昨日散々聞いた怒鳴り声、いやそれ以上の大声を発したのは、もちろん晃さん。

「おまえら! 人の店の前で大声で喧嘩とは何事か!! 営業妨害もはなはだしい!!」

 正論だと思います。 一瞬何か言い返そうとした由乃さまだったが、晃さんの怒鳴り声で周りの人だかりに気が付いて、恥ずかしそうに顔を真っ赤にして黙り込んだ。

「まったく。 こういう時押さえるのが乃梨子ちゃんの役目じゃないのか? アルもアルだ、なぜ止めなかった?」
「いや〜、仲よさそうだったのでつい……」
「確かにそうですが、ヒートアップした場合きっかけが無いと収まりませんから」
「…まったく…」

 そういいながら髪をかきあげる晃さん、まだプリプリしている暁さんと赤い顔をして恥ずかしそうに俯いている由乃さまを見ている。

「それはそうと晃さん質問なんですが」
「おう、どうした」
「暁さんが私達のゴンドラで浮島行きの空中ロープウェー乗り場まで連れて行けと言われているのですが。 これって認められる行為なんでしょうか?」
「…シングル以下のウンディーネによるゴンドラを使用した営業行為は原則禁止だ…」
「そうですよね、教本に書いてあったと記憶していたんですが念の為と思いまして。 では、宝探しはここまでと…」
「だが、金を取らずに人を同乗させること自体は禁じられていない。 親戚とか友達とかな。 ま、ギリギリの裏技だ、あまり使って欲しい手ではないんだがな」

 ”まったく、あいつらは……”とつぶやいた。 あれ? 宝探しをやる事自体は知っているけれど、詳しい内容は…多分藍華さん灯里さん辺りに任せたと言う事かな?

「ウンディーネの指導員を乗せるならともかく、そうではない他人様を乗せるとなるとやっぱり不安です。 ことに私達は…」
「ふむっ。 まあ確かに、あんなのでも乗せるとなると多少不安だろうな」
「はい、ホントにあんなのでも…」
「”あんなの”とは何だ!」
「うっせ! だまれポニ男!!」

 わあ〜、思いっきりだなぁ〜。 由乃さまが暁さんに向かっていい気味だと言うように”ベェ〜ッ”と舌を出している。

「いい度胸だな…。 しょうがない、私が指導員として同乗しよう」

 アテナさんが手を貸そうとした時は止めたのに、まあ、この場合何か周りから言われた時の方便として成り立たせるためだろう。

「あの、お仕事の方はいいんですか?」
「気にするな、この後は仕事は入っていないから」
「あれはどうするんですか? 荷物扱いでいいんでしょうか」
「それでかまわんぞ」
「乗せなきゃいいんですよ」
「それだと浮島に着いた後困ると思います。 嫌ですけどあきらめましょう由乃さま」
「おい、こいつらに任せて大丈夫なのか?」
「そのゴンドラに乗ろうとしていたのはおまえだ。 あ〜そうだ、この二人はゴンドラを漕ぎ出してまだ三日目だ、大船に乗ったつもりでいるといい」

 こうして珍道中が始まった。





「よ〜〜し、よくがんばった! 今日の感じを忘れないようにしっかり練習に励め!」
「「 はい〜〜… 」」
「声が小さい!」
「「 はい! 」」

 いや、予想できたことだけど。 『他社だろうが見習い(ペア)だろうがビシビシいく』と言うのが晃さんの方針。 当然、指導員として乗り込んだからには容赦の無い指導が待っている、しかも最短コースを通ってきたわけではない。 先に漕いだ由乃さまは、まだぐったりしているんだからそのあたりは察して欲しい。 あ、暁さん、おとなしいと思ったら青い顔して縮こまってるわ。

「よし、ここは私がやっておく、おまえ達は早く浮島へ行って来い」

 由乃さまと目を見合わせて頷き合って、ゴンドラを係留しようとしている晃さんの手元を見る。

「ん、どうした?」
「ゴンドラの係留方法を見せてもらってます」
「……なんだ、アテナに教えてもらったんじゃなかったのか?」
「いえ、改めてと言うことで」
「………いいか、まず…」

 晃さんは丁寧に二度実演したあと、実際に私達にもやらせてくれて注意点なども細かく指導してくれた。




「あれって何だろうね?」
「なんですか? 由乃さ…先輩」
「……ねえ、中学の時には普通に使ってたんじゃないの? ”先輩”って」
「そのはずなんですけど……で、なんですか?」
「あれよ、ロープウェーのケーブルの上に付いてるあの丸いやつ」
「何でしょうね? ”重力石”が有るくらいですから、これは ”反重力石”…とか」
「飛行石とか?」

 たぶん知っているだろう暁さんは、ムスッとしたまま腕組みしてこちらを睨んでる。 『あんなの』呼ばわりの『荷物扱い』でしかも『遠回り』したものだから機嫌が悪いんだろう。 乗り心地も悪かっただろうし。



 1/4も登って来ただろうか、急角度で登っていく空中ロープウェーからネオ・ヴェネツィアが一望できる。

「あそこがサン・マルコ広場で…あの高いのがカンパニーレ……、でドゥカーレ宮殿……あ、マルコポーロ宇宙港か…宇宙港って単語がなんか信じられないけど」
「たしかにその単語は信じがたいようにも思いますけど。 これから行くところだって十分信じがたいですよ…」
「まったくだわ。 え〜と、横の運河の真ん中くらいにあるのが溜息橋…よね。 どうよ?」
「合ってます」
「ふふ〜ん、どうよどうよ!」
「あの近辺はネオ・ヴェネツィアへの入り口で、観光の中心でもありますからね…そう言えば、姫屋があの近くなんですね」
「ん? あ〜…そうね、あの建物だわ……オレンジ・ぷらねっとは〜…ネオ・フラーリ広場? ちょっと離れてるのね」
「ゴンドラに乗るの自体は街中にある船着場からでしょうし…」
「あと予約とかあるんだっけ?」
「そうですね。 でも、思ってる以上に運河が複雑に入り組んでますね…」
「運河もそうだけど、昨日アリスに案内されたところとか…小道=カッレとか広場=カンポとか水路以上にわかんないわ」

 ARIAカンパニーの場所は、まだ知らない。



 1/3くらい上がってきた。

「ど〜ど〜、ドライアイス」
「…スイス」
「す……スルメイカ」
「か…か…か…カフカ」
「か? カンボジア」
「あ…あ…、アジア」
「あ………アップルパイ」
「い…い…い…憩い」
「い? ………イルカ」
「か…か…か…片田舎」
「か? ……単純に、カンパニーレ」
「れ…れ……れ………れ…………レデントーレ」
「…ねえ、それ大変じゃない?」
「…かなり……」



 1/2くらい?

 パンパン
「イチゴ」
 パンパン
「赤子」
 パンパン
「りんご」
 パンパン
「…血飛沫…」
 パンパン
「………トマト……」
 パンパン
「…肉片…………」
「もう…いいです。 私の負けで…」




 ようやく2/3。

「…不思議なもんよね……私達って知り合ってから結構たつけど、あんまり二人で話した記憶って無いわよね」
「そう言えばそうですね。 やっぱりあれですか」
「令さま「志摩子さん LOVE過ぎたから??」」

「「はははははははははっ」」

「やっぱ他の人達ともコミュニケーション取らないとだね」
「そうですけど。 できますか由乃先輩?」
「え〜〜? ……まあ…なんとかなるもんよ」





「おい、とっとと行くぞ」

 ロープウェーの浮島側の駅に降り立つと暁さんは、こちらの歩く速度など委細かまわずズカズカと歩いていく。
 たぶん暁さんは『怒りんぼうの馬の尻尾』ポニーテールだしね、似合ってるかどうかは知らない。 ここではぐれるわけにも行かないので、暁さんに合わせて自然と早足になる、結構辛い……。
 改札を出てから、少し歩くと観光客でいっぱいの展望スペースに着く。

「まあ、案内するようにアリシアさんから仰せつかっているからな。 ここからだとネオ・アドレア海が一望できる。 見ておいて損はない」
「「うわあぁぁ〜」」
「すっごい…」「きれ〜…」

 ほんの少しだけ赤味が見え始めている日差し、コバルトブルーとエメラルドグリーンとディープブルー。 犬吠埼から見たことのある地球のそれより丸まっている水平線の彼方から迫るバイオレット。 遠くの島が少し黄色に染められて、左下の方にネオ・ヴェネツィアの街。
 彼方の海の上に、別の浮島が薄っすらと見える。

「アクアはマンホームより太陽から離れているからな、放って置くと気温が下がってしまって快適には過ごせない。 そこで俺達火炎之番人=サラマンダーが大気を暖めているってわけだ。 マンホームにも気象制御ユニットが浮かんでいるがあっちは全自動制御だからな。」

 それはアルさんから聞いて大体の事は把握している。 どうせなら暖めてる所を見てみたいところだけれど、さすがに立ち入り禁止なんだろうな。 でも、浮島の大きさとかを実感できる。 下から見ていても大きく感じたけど、やっぱり大きいわ。

「よし、もういいだろう。 ついて来い、めったにお目にかかれない所へ連れてってやろう」

 余韻に浸るまもなく、またズカズカと先に歩いていく暁さん。 たぶんアリシアさんとだったらこんな歩き方しないんだろうな……。 アリシアさんと歩けるかと言うと……無いだろうな、うん。

「なんか…鏡見てる気分だわ…」
「え?」
「令ちゃん令ちゃんな私と、アリシアさんアリシアさんなポニ男。 他に気が回ってないとことかもう…」
「………」

 志摩子さん志摩子さんな私……私の鏡でもあるのか。




 ガタンゴトンガタンゴトンガタンゴトン

 ガタン!

 全線細い橋脚の上を走っている小さな汽車、極細いパイプみたいな物を土台にしているため車窓から下の海は丸見え、しかもその細い橋脚に駅や家や木製の道なんかがくっついてる、安全基準とかどうなっているんだろう?

「あそこに見えるのが俺達火炎之番人=サラマンダーの仕事場”AFI-0078”炉、この浮島の本体だ。 あの炉から膨大なエネルギーを放射させている」

 いくつか駅を通り過ぎて窓から見えてきたのは……。

「おぉ〜、でかい玉ネギね」
「玉ネギ言うんじゃねぇ! ミケ…」
「ここまでちょっと熱来てるわね」
「かなりすごいですよね…」

 大きい玉ネギ、色もなんかそれっぽい、大きいじゃ足りないわね、デッカイ玉ネギです…アリスさんの……。 意識して設計してるのかなこれって…。 4ヶ所くらいの煙突から盛大に煙を出していて熱気がここまできている、こんなのがアクアの空に無数に浮かんでいるという……確かに見える範囲に2基、展望台の方にも1基見えてたし、この星を維持するのってすさまじく大変なんじゃないかな。
 何か言葉をつごうとした暁さんだったが、何も言わずに手招きをする。 車両の後ろ、おもむろに”ガコン”っとレバーを捻るとデッキが……。

「…どうした? 臆したか?(キラ〜ン)」
「「 …………っ! 」」

 由乃さまと顔を見合わせて、手をつないで思い切ってデッキに出てみる。


 ………………
 …………
 …?!


 ネオ・アドリア海の上空  流れる空気  鳥の視点……そう、鳥になったみたいだ。
 

「「 ぜっけいだ〜!! 」」



 居住エリアの一角、長い長い木の橋の先にある突き出た木のテラスのような所、下を見ると土台らしい物が無い。 ……あのアニメ映画の天空の城からもこんな風な見え方をするんだろうか。
 ホントに水の惑星だ、思っていたより陸地が少ない。
 ……そう言えば、オリンポス火山ってどこなんだろう? 後で聞いてみよう。

「……違う星なんだ…」
「え?」
「…ここ。 地球じゃないんだ……。 私達の知ってる時代のニュースで見た赤茶けた火星……そことも違う星なんだ……」

 木道の上にしゃがんで、微風を浴びながら遠くを見つめている由乃さまの表情は、悲しんでいるような、怒っているような、何かを期待しているような……。





「で? 結局『マッチ箱の車』って何なのでしょう?」
「今まで乗ってたじゃない」
「え?」

 振り返ってみれば、小さな路面電車のような車両。 確かにあの汽車は乗るだけで危機一髪っぽいですけど。

「夏目漱石の『坊ちゃん』に普通より小さい汽車を表現するのに『〜マッチ箱の様な汽車だ〜』ってのが有ってね、たぶんそうかなって思ったの。 まあ、出題者がそれを意図したわけないと思うけどね」
「はあ…、なるほど……」
「意外? 剣客物ばっか読でたわけじゃあないのよ」

 …『坊ちゃん』ってこの時代でも読まれてるのかな?

「でも、私達宝箱探してませんけど?」
「車両とかに置いておいたんじゃあ、誰かが持ってちゃう可能性があるでしょ、不特定多数が乗る生活の足なんだから。 アパじいさんの時もその人本人が持っていたじゃない。 と言うわけでポニ男、謎解いたんだから宝箱を渡して」
「そんな言い方をされて素直に渡せるとでも思っているのかミケ子!」
「ミケ子いうな!」

 持ってるって言っちゃってるわ暁さん。 そのことに気が付いて自然とクスクス笑う。

「そこ、なにが可笑しいきん太!」

 …あれ?
 由乃さまは腕を組んで胸をそらし身長差が有るのも関わらず暁さんに対してなぜか堂々の上から目線だ。

「……ばらすわよ、アリシアさんに」
「ぬなっ!?」
「面白おかしく…」
「ぐぬぬっ…」
「しかも言われてた任務を果たさなかったなんて知れたら……どう思われるかしらねぇ〜〜」

 薔薇さまがいるし……。 ”ぐぬぬぬっ”っと悔しそうにポケットに手を突っ込んでゆっくりと宝箱を取り出す。 得意げに手を出している由乃さまに……ではなく私に押し付けてきた。

「…まあいいか」
「ふん! そら、もうそろそろロープウェーが出る、ミケ子もきん太もさっさと行くがいい」

 シッシッっと猫を追い払うような手つきをして、私達を追い立てる。
 ベェ〜っと舌を出す由乃さま。 そういう態度もできない私は、一礼してから改札口を抜ける。



 ロープウェーに乗り込んで、ちょうどよく空いている席に腰掛けてから宝箱の中身を改める。 また紙切れだ。


『セイレーンの休む場所
 姫様の寝所の裏の裏
 お日様の匂いいい香り』


「ふ〜〜ん、また暗号だわね」
「暗号ですね。 セイレーンと言うと歌を唄って船頭を惑わせて船を難破させる妖精。 セイレーンのお姫さまの寝室?」
「…なんか違う気がする……」
「…ですかね……。 なにかの情報が足りてないですね」
「『お日様の匂いいい香り』…」
「「干した布団」」
「ありがちよね」
「どこのでしょう?」
「それが分かんないわね……」

 首を捻って考える二人を乗せて、ロープウェーは宝石箱のようになりつつあるネオ・ヴェネツィアへと降りていく。

「でも、乃梨子ちゃん。 よく怒らなかったわね」
「なにがですか?」
「ポニ男よ、乃梨子ちゃんのこと”きん太”って呼んでたけど」
「……き、きんた…」
「たぶん金太郎から…マサカリ担いで、赤い前垂れに金の文字…」

「 ・ ・ ・ ・ ・ ?!  ポ〜ニ男〜〜〜!!! あとでおぼえてろ〜〜〜!! てめ〜〜〜!!!」

 浮島の方を振り向きざまに指差して、ロープウェーの中にもかかわらず怒鳴り声を上げてしまった。

 ………髪形…変えようかな……。



「あれ、晃さん?!」
「お、戻ってきたわね。 どうだった成果のほうは?」
「また暗号です。 それより晃さん、もうとっくに帰られてると思ってました」
「ん、帰ろうと思ったんだけど、浮島に行って探検してからまた戻ってくるとなると、暗くなって前方が見えにくくなる。 由乃ちゃんも乃梨子ちゃんもまだゴンドラになれてないから、事故を起こして怪我したら大変だろ。 さ、乗った乗った」

 っという事は……。

「晃さんが漕いでくれるんですか?!」
「ああ、そうだ、とくと見とけよ。 っと、その前に……ちょっと隠れさせてもらうぞ」

 ニカッっと笑ったすぐあとに、し〜っと口先を人差し指でふさぐとゴンドラの陰に隠れる。 何かと思っていると遠くの方から『お〜ほ〜〜い、由乃ちゃ〜ん、乃〜梨〜子ちゃ〜〜ん』とこちらを呼ぶ声がする。 あれは…。

 街灯に照らされて白いゴンドラが近づいてくる、水色のラインで模様が描かれているARIAカンパニーのゴンドラ、乗っているのは灯里さんと……。

「ぷいぷいにゅ〜」

 白くて丸い二頭身の物体…え〜〜と〜アクアマリンの瞳? …火星猫…の一種なのかな?

「アリア社長、この人達は新しいお友達の島津由乃ちゃんと二条乃梨子ちゃんですよ〜。 由乃ちゃん、乃梨子ちゃん、うちのアリア社長。 今日は猫好きのお客さまがいたので一緒に来てもらったの」

「ぷいぷいぷいにゅ〜!」

 そう言うと(?)アリア社長は挨拶をするように手(前足?)を上げる。 わ〜、おなかがもちもちだ。

「あ…あたしが…島津由乃よ」
「二条…乃梨子です…」
「ぷ〜にゃにゃ〜にゃん♪」
「ごきげんですね〜、アリア社長〜」
「あ〜〜か〜〜り〜〜〜〜〜」
「は、はひ〜っ?! あ、あ、あ、晃さん〜〜?!」

 なんかワタワタと逃げようと足掻き始める灯里さん。

「すわっ!! 私から逃げて後でどうなるか覚悟は出来ているんだろうな!? ここに来て正座!!」

 涙目になった灯里さんは、そろ〜〜っとゴンドラの陰に隠れていた晃さんの方を振り向く。 晃さんは…うぁ…すっごい怒ってる。 灯里さんはガタガタ震えながら素直に晃さんの前に正座する。

「おまえらな、見習い(ペア)のゴンドラに指導員でもない人間を乗せるとはどういう了見だ?!」
「えぇぇ〜…そ、その〜、お、お友達と言うことで……」
「ちゃんとした漕ぎ方を身に付けさせる前に、そういう裏技を使わせるとは何事か! ゴンドラ協会にでも知れたら、下手をしたらこの二人の見習い(ペア)の登録を取り消される事だってありえるんだぞ!!」

 青い顔をして晃さんの前で正座している灯里さん、なぜか由乃さまの膝の上でプルプルしているアリア社長。

「まあ、おまえ一人だけを叱ってもしかた無いことだな、藍華とアリスには後で落し前つけるとして、後で三人とも罰ゲームだ。 それはともかく、これからこの二人をオレンジ・ぷらねっとまで送っていく、ゴンドラはオレンジ・ぷらねっとの物だ、その後、私を姫屋まで送ってもらうぞ」
「は、はひぃ〜」
「そういうことだ、待たせたな二人とも」
「い、いえ」
「どうした二人とも硬くなって?」
「い、い〜〜え〜〜、滅相も無い!」
「? なんか妙な言い回しだな……。 まあいいか、じゃあ行くぞ、しっかり見ておけよ」

 晃さんは舫いを解くと、ゴンドラを横にスルスルとスライドさせるように移動させて航路の手前でクルリと定点ターンさせてそのままスッと流れに乗せる。 どう漕いでいるのかよく分からない。
 舳先から灯したランプが、ほのかにやわらかくあたりを照らす。 晃さんの操るゴンドラは滑るように運河を進む。

「それで、由乃ちゃん、乃梨子ちゃん。 暗号の謎は解けたの?」
「それが…何かの情報が足りていないのか場所の特定が出来ないんです」
「ほう、どんな暗号なの?」
「これです」

 何の躊躇も無く暗号の書かれた紙を晃さんに手渡そうとする由乃さま、今までも特に躊躇してませんでしたけどね。

「ん? ちょっと待った。 脇見運転出来るような時間じゃあないんでな、すまんが読み上げてくれないか?」
「あ、それはそうですね。 では…『セイレーンの休む場所 姫様の寝所の裏の裏 お日様の匂いいい香り』…です」

 由乃さまは読み終わると併走している灯里さんの方を『これって何ですか?』っと言うように視線を向ける。

「『お日様の匂いいい香り』は、おそらくお日様に干した布団のことだと思うんです。 いい匂いですからね」
「うん、よくある表現ではあるな」
「ただ、『セイレーンの休む場所 姫様の寝所の裏の裏』が。 判断材料が少なくてなんとも…」
「ウンディーネの人達には常識なんでしょうか? セイレーンが関係する場所…とか?」

 描写が崩れた顔をして晃さんは灯里さんの方を睨んでいる。 灯里さんはまた盛大にワタワタしている…。 晃さんは一つ溜息をつく。

「由乃ちゃん、乃梨子ちゃん。 ウンディーネの階級については知ってるね?」
「……見習い(ペア)、半人前(シングル)、一人前(プリマ)のことですか?」
「ああ、これは中世ヨーロッパの手工業ギルドに倣った徒弟制度と競争試験を組み合わせた階層システムなんだ。 言い方を変えれば、見習い(ペア)は徒弟、半人前(シングル)は職人、一人前(プリマ)は親方、と言い換えることも出来る。 それぞれ昇格には試験がある。 それぞれの試験内容については省くが、半人前(シングル)から一人前(プリマ)への昇格が認められたとき”通り名”が送られるんだ」

 何か閃いた、由乃さまと目が合う、たぶん私と同じ。 いきなりウンディーネの講義でも始まるのかと思ったけど、通り名。 

「ちなみに私の通り名は『真紅の薔薇(クリムゾンローズ)』、灯里ちゃんは『遥かなる蒼(アクアマリン)』だ。 何か掴めたかな?」

 そう、私も由乃さまも知っている”セイレーン”という名に値するだろう歌声の人を。 このアクアに来て2日目に聴いたあの歌声を今も覚えている。
 こちらの様子を見て晃さんは満足げに微笑むと、航路標識とブリコラの事に話を移していった。




「しかし、二人とも教えがいがある。 感は鋭いし、飲み込みも早いし、察しがいい。 まあ、体力はやってる内に自ずと付いて来るものだ。 本当にどちらか姫屋に来ないか?」
「…でも、私達はアテナさんに…」
「わかってるよ。 だが、私も本気だ。 前にも言ったが選択肢の一つに考えてみてくれ。 じゃあがんばれよ」

 オレンジ・ぷらねっとの船着場で、灯里さんのゴンドラに乗り換えた晃さんはそう言うと『さあ、行こうか』と、さっきまでの怒っている時とはまるで別人のように、灯里さんを促す。 しかし少し行った所で『 そうだ 』っと言うと灯里さんにゴンドラを急停止させる。

「宝が宝でない事もある。 だが、二人にとって掛替えの無いものだと思うぞ。 何かあったら相談してくれ、悪いようにはしないから」

 『じゃあな』と晃さんと灯里さんは帰っていった。
 『宝が宝じゃない』でも『掛替えの無いもの』……なんか矛盾しているような気がする。

「取りあえずアテナさんの所だね。 まずは目の前の問題から」
「そうですね」

 立ち止まっていてもしょうがない、由乃さまの言うとおり目の前の問題から。



「そう『天上の謳声(セイレーン)』は私の通り名よ〜」

 アテナさんはあっさり認めた。 自分達の部屋のようにアテナさんの部屋に戻って暗号の謎解きを披露した、由乃さまが。

 『セイレーン休む場所』はアテナさんの部屋。 私達の事は大っぴらに話せないわけだから、他人の部屋に『姫様の寝所』があるわけが無い、アリスさんの通り名は分からなくても『姫様』がアリスさんだろう事は間違いないだろう。 『お日様の匂いいい香り』は布団か枕、『寝所の裏の裏』は、たぶん但し書きかな? 普通物を隠すとしたらベットなら下だろうし。 まあ、概ねそんな感じで。

「と言うわけでアリスさんのベットを探らせていただきたいんですが」
「う〜〜ん、私が許可するわけにはいかないかしら。 『黄昏の姫君(オレンジ・プリンセス)』のベットだもの」

 さすがの由乃さまも、アテナさんが見ている前でアリスさんの領分の探索はどうかと思ったらしい。 でもそうか、アリスさんは『黄昏の姫君(オレンジ・プリンセス)』っていうんだ。

「由乃さ…先輩、推理も概ね合っていたらしいですし、場所は分かっているんですから、アリスさんが帰るのを待ってもいいのではないですか?」
「……私が何か?」
「あ、アリス。 おかえ…り…。 だ、大丈夫? なんかずいぶん憔悴してるけど」
「あ、あ、あ、アリスちゃん、大丈夫? どこか具合悪い? 医務室へ行く?」
「いえ…そうではないのですが。 アテナ先輩、でっかい気にしないでください」

 フラフラと部屋に入るアリスさんは『まぁ〜』っとぽてぽてよって来たまぁ社長をを抱き上げる。 私の横を通り過ぎるときに小声で聞いてみる。

「…晃さんですか?」
「…あたりです。 罰ゲームはこれからですが…」
「大丈夫ですか?」
「いいんです。 でっかい自爆でもありますから…あっ」

 あからさまに『しまった』という顔をされてしまった。 ……自爆…ですね。


        
       〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜 3話へ つづく 〜・〜・〜・〜


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アテナさんの船謳『コッコロ』『バルカローレ』の歌・作詞、『ウンディーネ』『ユーフォリア』『スピラーレ』の作詞者の河井英里さん、肝臓癌で亡くなってらしたんですね(2008年8月4日)…知りませんでした。 遅まきながらご冥福をお祈りいたします。


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