【3102】 伝説の巨人  (朝生行幸 2009-11-29 18:24:42)


 人気が無くなった、夕暮れの分かれ道。
 マリア像におざなりな祈りを捧げて、細川可南子が立ち去ろうとしたその時。
「お待ちなさい」
 彼女の背に、制止の声がかけられた。
 一瞬、憧れのあの人かと思ったが、考えてみれば、今更そんなことをするような人でもないし、声も全然違う。
 訝しげに振り向いた可南子の視線の先には、逆光で良く見えないけれども、やはり別人のシルエットが一つ。
 ゆっくり歩みを進める相手の顔が、ようやく認識できる位置に来たところで。
「……武蔵野博士?」
 リリアン女学園発明部部長、通称『武蔵野博士』。
 代々の部長が世襲する一種の称号、イメージとしては、『お茶の水ナントカ』とかあんなヤツに近い。
 リリアン博士でも良いのかも知れないが、それじゃ『ドラ○もん博士』とか『ポケ○ン博士』のような、リリアンに詳しいだけのマニアみたいになってしまうので、それは避けたい方向なのか。
 もちろん本名はあるが、通称の方があまりにも有名なため、咄嗟には可南子の頭に浮かんで来なかった。
 なにせ、薔薇様に匹敵するほど有名な二つ名なのだから、そちらの方ばかりが先走っても、已む無しと言ったところか。
 もっとも、表に出て来ることは滅多に無いが。
「ごきげんよう、細川可南子さん」
「ごきげんよう。……何か御用ですか?」
 発明部の部長が、バスケット部所属の自分に、一体何の用があるというのだろうか。
「リリアンで『伝説』とまで言われたあなたに、一つお願いがあるの。このプレゼントを貰ってくれないかしら?」
「受け取る理由はありませんが」
 何を貰えるのかはサッパリだが、例え貰って嬉しい物だったとしても、理由もなく受け取る訳には行かない。
「説明はこれからするから、判断はその後で良いわ。とりあえず、これに着替えて」
 博士が取り出したのは、リリアンの制服。
 ただ、若干重たそうで、パッと見た目でも、なんだかゴツゴツしている感がある。
「着替えろと言われても……」
 場所が場所だけに可南子が困惑していると、博士が「大丈夫よ」と言いつつ指差した先には、いつの間にか木の枝にぶら下げられた簡易更衣室。
 渋ってはみたものの、相手は上級生。
 無理難題を押し付けられたのならともかく、少なくとも相手に悪気は窺えないので、年功序列が原則の校風であるが故、従わないわけには行かない。
 軽く溜息を吐いて、制服を受け取り、更衣室に入る。
 リリアンの制服はワンピースなので、ずぼっと脱いで、ズボッと着るだけだから簡単だ。
 一分もかからずに着替え終わった可南子だが、やはりこの制服、ゴワゴワしていて妙に着心地が悪い。
 肩、二の腕、背中、腰周り、太腿に異物感がアリアリ。
「言われた通り、着替えてはみましたが……」
「ふふふ、サイズがピッタリで良かったわ」
 リリアンでトップクラスの身長を誇る可南子に合うサイズの制服なんて、なかなか入手し難いだろうが、どうやって知ったのか、ちょうど良いサイズだ。
「なんだか、着心地が悪いのですけど」
「それはそうね。なんせその制服には、あちこちにミサイルを搭載しているのだから」
「脱ぎます」
「待って待って! 大丈夫、本物なんて載せていないから! まだ実験段階だから、発煙弾しか載せていないの」
 いくら発煙弾だとしても、どうしてそんな物を搭載する必要があるのか。
 しかし、恐らく聞いても無駄だと思うので、とりあえず脱ぐのは止めて、先を促した。
「手首のところに、グリップがあるでしょ。それを両手に握って」
 説明されるがまま、両袖に仕込まれたグリップを引っ張り出し、それぞれの手に持つ。
「そして、ちょっと前傾姿勢で、両手で頭を庇う様な格好で……そうそう、そんな感じ」
 裾を持って上着を脱いだ瞬間のような格好になる。
「その状態で、人差し指のトリガーを引くと……」
 両手のトリガーを同時に引いた。
 と同時に、制服のあらゆる場所に搭載されたミサイル──といっても今は発煙弾──が数十発、凄まじい勢いで一斉に射出された。
 辺り一面に、もうもうとした煙が立ち込める。
「素晴らしい! 素晴らしいわ可南子さん! 『全方位ミサイル』大成功だわ!」
 可南子はしばらく呆然としていたが、なんだか焦げ臭い匂いと、体中に穴が開いた制服に、はっと我に返った。
 二重構造になっているようで、幸いにも肌の露出は見られないが。
「……物騒にも程があるのでは?」
「あらそうかしら? もしこの制服が実用化されれば、非常に心強い味方になるわよ。例えば、不審な男性が言い寄って来た場合とか」
 博士の言葉は、可南子の心の琴線に触れた。
 男性嫌いで知られる可南子は、リリアンと交流がある近くの男子校、花寺学院の生徒会役員ですらも、嫌悪の対象になっている始末。
 ましてや、何処の馬の骨かもしれない野郎共など、それこそミサイルで粉砕しても飽き足らないくらいだ。
「しかも、二回分の弾薬が搭載できるのよ。これで夜道も安心ね。慣れれば、集中砲火も不可能ではないわ」
 まぁ二度も狙われるような羽目には会いたくないが、万一一発目が不発だったとしても、二発目があるならば、気分も楽になろうというものだ。
「流石、『伝説』とまで謳われた可南子さんだわ。これぞまさしく『でんせつきょじん……』」
 それを聞いた可南子、思わずカチンと来た。
 何故なら、『きょじん』のところが、『巨神』ではなく、明らかに『巨人』のニュアンスだったのだから。
 身長にコンプレックスを持っている可南子に対して、言ってはならない禁忌の言葉。
 無言で彼女は、高笑いを続ける博士に向かって、例のポーズを取り、グリップを握り締めると、掛け声と共にトリガーを引いた。

「カミューラ・ランバン・アタック〜!!!!」

「ぎゃぁあああああああああああ!!!!」

 発射された全ての発煙弾が、武蔵野博士を直撃した。

「う……、くっ、こ、これが……」
 未だプスプスと燻り続ける博士が、立ち去る可南子の背に向けて、息も絶え絶えで呟いた。
「これが本当の、『必殺の技が撃つのはわが身なのか』と言うやつなのね……ガク」

 悪は滅びた。


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