打ち上げ旅行【No:3082】【No:3083】【No:3088】【これ】【No:3129】【No:3152】【No:3165】(完結)
祐巳たちが部屋に戻ってくつろいでいるとスタッフが訪ねてきた。
──夕食は小宴会場『ななかまど』になりましたのでよろしくお願いします。
「はい。わかりました」
時間を聞いて瞳子が時計をちらりと見ると部屋を出て行こうとする。
「瞳子。気が早いねえ」
祐巳が素早く瞳子の後ろから両肩に手を置いて言った。
「いえ、こういうところはあまり来た事がないので、どんな所なのかちょっと見に行こうと思っただけです」
瞳子の言葉を聞いて祐巳は手を離さないで言った。
「じゃあ、私も。しゅっぱーつ!!」
ぐい、と祐巳が瞳子の背中を押す。
「お、お姉さま? この体勢で行くんですか?」
慌てて瞳子がブレーキをかける。
「駄目?」
おねだりするように祐巳が瞳子に聞く。
「当たり前ですよ。公共の場なんですから。汽車ごっこなんて、もう。高校三年生になったんですからもう少し落ち着いてください。リリアンの紅薔薇さまがそんなことでいいんですか?」
「いいのいいの。こんな感じのことを聖さまにも令さまにもされたことがあるから。二人ともそのとき薔薇さまだったし」
へへ、と祐巳は笑う。
「そんなところは見習わないでください。恥ずかしいじゃないですか」
ちょっと怒ったように瞳子が言う。
「照れなくてもいいのに」
つまんないな、と祐巳は瞳子の耳元でささやく。
「わ、わかりました! わかりましたから手を離してください。一緒に行きますから」
「えー。手くらいつなごうよ」
「子供じゃないんですから。はしゃぎすぎですって」
「こういうところではしゃがなかったら、いつはしゃげばいいのよ。瞳子は固い。どーれ、お姉さまが凝り固まった瞳子をもみほぐしてあげよう」
「いりませんって!! さ、祥子さま! どうしてお姉さまの暴走を見過ごされるんですかっ!!」
瞳子はずっとそばで見ていた祥子に向かって助けを求める。
「可愛い二人をずっと見ていたかったから、かしらね」
クスリと祥子が笑うとがっくりと瞳子が肩を落とす。
「ほらほら、可愛いって」
「もう、お姉さまったら」
瞳子はため息をついた。
小宴会場『ななかまど』の前に乃梨子と菜々が着いたとき、宿の仲居がまだ支度をしていた。
「あら、もういらっしゃいましたか」
ちらりと時計を見ながら仲居が二人に声をかける。
「あ、いえ。どんなところかちょっと覗いてみたかっただけです」
「もう大丈夫ですよ。どうぞ」
出直そうかとも思っていた時に仲居にそう声を掛けられて、乃梨子と菜々は、それじゃあ、と中に入る。
「お、二人とも早いじゃない」
と声をかけたのは由乃で、その後ろには志摩子がいた。
「あ、みんなもう来てたんだ」
と横から祐巳の声がする。一緒にいる瞳子は澄ましている。
「みんな考える事は同じね」
ふふ、と志摩子が笑う。
年長者を立てるリリアンの校風に従って、年少組はお姉さま方の来る前にやることがあれば済ませておき、お姉さま方をお迎えしようと思ってつい早めにきてしまったのだ。
たとえ自分たちがするような事はほとんど仲居が済ませてしまっているとわかっていても、万が一はないか、とばかりに六人揃ったことがそれが当たり前になっていることを示していた。
スタッフが現れた。
──今回は皆さんが主賓ですので、雑用などはこちらでやります。
「えー、でも」
「何だか悪いわ」
年長者のスタッフの申し出に六人は顔を見合わせる。
──そのためにいるスタッフですから。こちらの仕事を取らないでください。
「そこまで言われちゃあ仕方がないわね」
「あ、いらっしゃったようね」
残りのメンバーが現れた。
K先生とH先生を上座に迎えて、年長者から決めてあったかのように席についていく。
そして、スタッフが両先生にビールを、他のものにはお茶を注いで回ろうとするが、やり慣れていないのか戸惑っている。
普段やり慣れているつぼみたちが自然にお茶を注いでいた。
──申し訳ありません。恐縮です。
「いえ、こちらこそ」
全員が席に着く。
「先生から何かお言葉を」
蓉子が言う。
「まあ、硬い挨拶はやめましょう。えー、みなさん。『マリア様がみてる 祐巳祥子編』お疲れさまでした。今日は楽しく過ごしましょう。じゃあ、さっそくかんぱーい」
とK先生の音頭で乾杯して、夕食となった。
「これは何かしら? カニみたいだけど」
──毛蟹です。
「毛蟹ね〜。山奥なのに毛蟹」
「山奥なのに」
「毛蟹って山奥にいるのね〜」
一応春なので地元の山菜も天ぷらになって並んでいる。
喜んで食べている志摩子。一瞬硬直する祥子。
「祐巳、これは何なのかしらね?」
天ぷらをさして祥子が聞く。
知りたければ自分で食べた方が早いんじゃありませんか、と菜々が心の中で突っ込む。
「何でしょうね……あ、おいしいです」
祐巳が天ぷらを一口食べておいしそうに言う。
「今のはウドじゃないかしら。他にもふきのとうや笹竹があったわ」
横から志摩子が補足する。
「そう言われてよく見るとこれがウドね。ウド。ウドぐらいは知ってるわよ。ウドはね」
その御存知のウドだが、祥子にとってはかなり高いハードルのようである。
「あ、ウド美味しい」
K先生も喜んで食べている。
「これは進みますね」
聖も天ぷらを塩で味わう。
「今日の料理は量が多いから食べきれないかもしれないわ」
「そうだね」
瞳子と乃梨子の会話が聞こえてくるが、何故か祥子にとっては、量が多いから食べきれませんでしたという言い訳は通用しませんよ、というプレッシャーのように聞こえてくる。
「そろそろ煮えてきたかな」
「じゃあ、こっちもいいよね」
「あー、タラバガニの足が入ってる」
楽しそうに令と由乃と菜々が鍋のカニを食べ始めている。
「取ってあげようか、聖」
「ありがとう」
ちょっと鍋から離れている聖の分を蓉子が取り分けている。
「ネギたっぷりね」
江利子がいうと、蓉子はたっぷりとネギを掬う。
「ネギばっかりそんなにいらないって。カニお願いします。カニ」
「好き嫌いしちゃ駄目よ」
と言いながら蓉子はネギを半分に減らしてカニを入れたとんすい(取り鉢)を聖に渡す。
「ああ、やっぱり蓉子は優しいわ。それに比べて江利子は」
カニと戦いながら聖は言う。
「そんな事ないわよ。ねえ? 令」
「……はい? 何でしょうか、お姉さま」
不意に名前を呼ばれて慌てて令が返事をする。
ツボに入ったように聖が笑う。
「……いい!」
拗ねたように江利子はそっぽを向く。
「ど、どうしたんですかお姉さま」
急に拗ねられて、令はオロオロする。
「いいってさ。令も気にしないで食べなよ」
聖がそうフォローする。
「あ、先生。お注ぎしましょうか?」
「あら、自分でやってるからいいのに」
蓉子はH先生のコップにビールを注ぐ。
──お茶のお代わりいりませんか?
「お願いしまーす」
楽しく料理が進む。
そして、ようやく祥子が決断した。
「試してみるわ」
そう言うと自分の前に置かれたウドのてんぷらを半分に切って、祐巳と同じように天つゆにつけて、口にした。
「ど、どうですか? お姉さま」
「ん……」
ゆっくりと祥子が咀嚼している間、祐巳と祥子の時間が止まったように感じる。
それとは別にもう一人、カニと格闘していて時間が止まったようになっているものがいた。
「……」
「乃梨子、どうしたの? カニの殻でも刺さったの?」
乃梨子に志摩子が聞く。
「……いやあ。つい夢中になってしまって。でも、北海道カニ食べ放題。いいっ!」
カニを堪能して乃梨子が言う。
「乃梨子、そんなにいいなら住んじゃえば?」
瞳子がからかう。
「いやいや、仏像事情を考えたら、今の方がいい」
「ちょっと、仏像基準で住むところ決めちゃうの?」
由乃が聞いていて笑う。
「由乃さまは太秦映画村に住んでみたいと思った事はありませんか?」
乃梨子が聞く。
「……そういうことね」
妙に納得して由乃が頷く。
「そういうことですよ」
乃梨子も頷く。
「お姉さま、残念ながらお姉さまの腕前では侍になるのはとても厳しいと言わざるを得ません」
小声で菜々が言う。
「知ってるわよ! 住んでるだけで剣の腕が上達するならとっくに段ぐらい持ってるわよ。ねえ、令ちゃん?」
由乃は令に話題を振る。
「お姉さまぁ……え、何? 由乃どうかしたの?」
また不意に名前を呼ばれて令が振り向くといつものやつを食らった。
「令ちゃんのばか」
「えー、だからどうしてそうなるの?」
オロオロする令を肴にH先生がビールをあおる。
──お茶のお代わりいりますか?
「はーい、お願いします」
その頃、ようやくウドを食べ終えた祥子が言った。
「ま、まあ。食べられないはずはないのよ。だって、料理として出されているものなんだから。じゃあ、次は何にしようかしら」
「祥子さま、カニ鍋は召し上がらないんですか? 乃梨子に全部食べられちゃいますよ」
瞳子が聞く。
「全部は食べてないってば」
乃梨子が反論する。
「こうなったら、カニ鍋だろうがなんだろうかかかってきなさい」
「お姉さま、別に戦ってるわけじゃありませんって」
勇ましく宣言する祥子に祐巳が言う。
「あら、そうだったわね」
「でも、早く食べないと本当に乃梨子ちゃんに全部食べられちゃいますよ」
由乃が言う。
「いえ、ですから私だけが食べてるわけではなく……」
実際菜々の方が食べているのだが、乃梨子の方がカニと格闘している時間が長いため、すっかりそういう印象になってしまった。
「ん? カニないの? こっちにまだあるよ」
聖が言う。
「ではそちらの鍋からいただきます」
祐巳が返事をする。
「じゃあ、それ貸して」
江利子がそういって祐巳のとんすいにカニをたっぷり入れる。
「ありがとうございます」
江利子が微笑んだまま祐巳を見ている。
「えーと、カニをいっぱいありがとうございます」
にっこり微笑んだまま江利子は何かを待っている。
「うーんと、江利子さまの盛り付けてくれたカニはとても美味しいです」
微妙な江利子の様子に祐巳は次々と付け足す。
「祐巳ちゃん。江利子はねえ、『わざわざ盛ってくれてお優しい江利子さま』って言われたいみたいなんだよ」
と聖が言う。
「……ああ。ありがとうございますお優しい江利子さま」
「って、私が無理やり言わせてるみたいじゃないの」
「そうじゃない」
しれっと聖が言う。
それを合図のように次々と他のものが口を開いた。
「お優しい江利子さま、私もお願いします」
「お優しい江利子さま、そこの醤油取っていただけますか」
「お優しい江利子さま──」
「私が間違ってたから、もうやめてよ! 変なギャグになってるじゃない」
両手で払いのけるようにして江利子は制した。
「なんで蓉子に対抗しようと思ったわけ?」
聖が聞くと、真っ赤になった江利子はバシン! と聖の肩を強く叩いた。聖はわざとオーバーアクションで倒れていくが、途中で何かをひっかけた。
「うわっ!!」
それが志摩子だったと気づいて、聖は慌てる。
「ごめん」
「大丈夫です……」
何ですかその乙女チックな反応は、と乃梨子は激しく突っ込みたかったが、志摩子が何故か嬉しそうなのでやめた。
「何やってるの?」
不思議そうにスタッフにお茶を注いでもらっていた蓉子が聞いた。
「別に何も」
「あ、この茶碗蒸しギンナンじゃなくて栗が入ってる」
菜々が言う。
「あー、残念だったね。志摩子さん」
「気の毒だったわね。志摩子」
「またチャンスはあるよ、志摩子さん」
「気を落とさないでください。茶碗蒸しはこの先いくらでも食べられますよ。白薔薇さま」
「あの、私はギンナンだけを食べて生きているわけではないのよ。ギンナンが主食という事もないから」
変に慰められて志摩子はそう釈明する。
「私、そんなにギンナンばかり食べてるイメージあるのかしら?」
逆に志摩子が聞く。
「だって。朝からソワソワして学校のギンナン拾ったりしないでしょう。普通」
祐巳がつい口を滑らせた後、しまった、というように口を塞いだ。
「えー、志摩子ってそんな面白いことする子だったの?」
「学校のギンナン拾って持って帰ったの?」
「朝からソワソワって」
知らなかった者もいて、志摩子に注目して聞く。
志摩子は反応が予想外だったらしく、ちょっと驚いている。
原因を作った祐巳は、ごめん、という顔をして頭を下げた。
「ええ。先生に以前聞いたら、『欲しかったら持って帰ってもいい』っておっしゃったので」
「先生の許可まで貰って!」
由乃が笑う。
「あれって許可貰ってたんだ。黄薔薇革命の時なんかクラスメイトから逃げるついでにギンナン拾ってたのかと思ったよ」
またつい祐巳が余計なことを言ってしまい、令と由乃が一瞬ピタリと止まる。
──デザートのアイスです。
「あ、手伝います」
ころ合いを見計らってスタッフがアイスを出すのをつぼみたちが手伝う。
祐巳はホッとして息を吐いた。目のあった祥子は「馬鹿ね」というような顔をして祐巳を見ていた。
「あ。色が全部違う」
「抹茶あるかな?」
「これは何ですか? 柚子味?」
「わー、イチゴだ」
上の方から順々に気に入ったものを取っていく。
「あ。牛乳の味がする」
祐巳が一口食べて言う。
「えー、いいなー。一口ちょうだい。私の一口食べていいから」
「うーん、いいよ」
と、祐巳と由乃はお互いのアイスを一口ずつ交換して食べる。
「あ、本当だ。牛乳の味がする」
「あ、これって柚子味だったんだ」
「どれ?」
と聖がスプーンを伸ばして素早く祐巳のアイスをすくう。
「あ。本当だ。お礼に祐巳ちゃん一口食べていいよ」
と聖が自分のアイスを差し出す。
「じゃあ、遠慮なく」
と祐巳は聖のアイスを一口貰う。
「これってコーヒーだったんですね」
「うん」
「あら、キャラメルだと思ってこっちにしたのに」
「じゃあ、食べてみる?」
と今度は蓉子と聖がお互いのを一口ずつ交換して食べ合う。
「瞳子のは何?」
「ごま味」
「ごま味?」
と、瞳子と乃梨子も一口ずつ交換する。
「これ、ブルーベリーね」
「うん。これは好きかも。志──お姉さまも食べますか?」
「ありがとう。これは黒みつだけど大丈夫?」
「うん。平気」
と、志摩子と乃梨子も一口ずつ交換し合う。
「お姉さまのは何味でしたか?」
祐巳が聞く。
「祐巳と一緒のミルク味よ」
──たぶん片方が塩バニラで、片方が北海道ミルクです。
「……どう違うのかしら?」
「比べてみますか?」
お互いのを一口ずつすくって食べてみる。
「塩バニラの方がコクがありますね」
「ミルクの方がさっぱりするわね」
という具合に皆で交換し合って数種類のアイスを味わった。
「お腹いっぱい」
「食べたー」
「さて、じゃあそろそろ」
「温泉と言えばあれでしょう」
と全員が宴会場を後にしてある場所に向かったのだが、それは次回。
→【No:3129】