【3109】 照れた感じの表情で祐麒を  (ピヨ吉 2009-12-14 00:52:48)


「と、いうわけで貴女たち二人に勝負をしてもらいます」

「・・・・・」

「・・・・えぇと」


江利子さまの宣告に由乃さんは無言で、志摩子は困惑気味な返事をして佇むしかなかった。
なぜ、こんな事になっているのだろう。
2年生コンビはアイコンタクトで見事に思考をシンクロさせつつ、目の前の魔の手からの脱出のチャンスをうかがっていた。

しかし、卒業したとはいえ“あの”鳥居江利子を相手に逃げ切ることが出来るだろうか?
ニンマリ笑顔の先輩から、彼女の背後の窓から見える空へと視線を移す。
そこには、どこまでも晴れた空が広がっていた。





〜〜〜  照れた感じの表情で祐麒を  〜〜〜





バレンタイン企画も滞り無く終了して久しい今日この頃。
放課後の薔薇の館では志摩子と由乃さんの二人がお茶を楽しんでいた。
薔薇の館でこの二人きりというのは珍しい組み合わせであるが、気心知った二人はゆったりとした時間に浸る。

紅薔薇の3人は先ほど仲良く帰っていった。3人でデートらしい。
おばあちゃんと孫に引っ張りだこで祐巳さんも大変だ。まぁ本人は嬉しそうではあるが。
由乃さん曰く、令さまはクラスメイトの方達と遊びに行くそうである。
卒業が近いだけにクラスメイトとの思い出作りにいそしんじゃってさ、と笑いながら由乃さんが愚痴をこぼしていた。
志摩子の妹の乃梨子はお家の用事があるらしく、今日は薔薇の館に来れないと昼休みに聞いていた。

すぐに片付けなくてはならない仕事があるわけでもなく、薔薇の館に来る必要もなかったが、何となく志摩子は帰る気になれずにいた。
そんな時、廊下で由乃さんと出会い、それじゃあ二人でお茶でもしようという流れになったのだった。




紅茶を飲みつつ、お菓子片手におしゃべりしていると、突然ビスケット扉が勢い良く開かれた。
いきなりのことに目を見開いて志摩子と由乃は扉へと視線を向けると、そこには―――


「ごきげんよーう。二人だけ?ちょうど良かったわ、話があるの」


と、言いつつ客人がズカズカと入って来た。
まだ動けないでいる二人をよそに、客人はニコニコしながら自分用のであろう紅茶を用意している。

ニコニコしながら?
一瞬、何かに引っかかりながらも志摩子は慌てて立ち上がる。


「あ、あの。私がやりますから、どうぞお掛けになってお待ち下さい、江利子さま」

「そう、じゃあお言葉に甘えようかしら」


そう言って江利子さまは、志摩子と由乃さんが座っていた位置の間にわざわざ椅子を持ってきて腰掛けた。
あ、由乃さんがあからさまに嫌そうな顔をしている。

江利子と自分たちの3人分の紅茶を用意しながら志摩子は考える。
江利子さまは何をしにいらしたのだろう?
そもそも階段を上がってくる足音がしなかったから、部屋の扉が開くまで気付かなかった。
いくらおしゃべりしていても、二人しかいないので足音を聞き逃したりしないはずだ。
それに卒業生とはいえ、去年一年お世話になった先輩の足音を自分たちが分からないはずがない。
特に由乃さんなんかは、自分のおばちゃんにあたる方である。もっとも昔から由乃さんは江利子さまに対して警戒心むき出しではあったが。
そこで、ふと思い当る。
足音がしなかったのではなく、私達(特に由乃さん)に気付かれないようにココまで来たのではないだろうか。
それにあのニコニコ笑顔だ。
江利子さまのニコニコ笑顔は珍しく、一瞬だが志摩子は誰が来たのか分からなかったほどだ。
それに以前、お姉さまである聖さまが言っていた。
ニコニコ笑顔の江利子は要注意、と。いつになく真面目な顔をしておっしゃていたのを鮮明に覚えている。


「どうぞ」

「ありがとう、志摩子」

「・・・・・」


紅茶をそれぞれの席の前に配り終えると、志摩子は静かに椅子に腰かけた。
それを見計らってから、由乃さんはうんざりしたような顔をしながら口をひらいた。


「それで、今日は何をしにいらしたんですか、江利子さま」

「二人に話があって来たのよ」

「そうですか。せっかく来て頂いて申し訳ないのですが、私も志摩子さんも忙しいのでまたの機会にお聞かせ下さい。ではごきげんよう、お帰りはアチラからどうぞ」


と、由乃さんは扉へと誘導するように手を広げて立ち上がった。
そんな由乃さんを無視して紅茶を一口飲んでから、江利子さまはこう宣告された。


「と、いうわけで貴女たち二人に勝負してもらいます」と。



+ + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + +



帰り道、困惑気味な志摩子はゲンナリした顔の由乃さんと並んで歩く。
志摩子としてはまだ状況が理解できないでいた。
この何とも言い難い空気を作りだした江利子さま、言いたいことだけ言って早々に帰っていった。

江利子さまによる突然の宣告の後は大変だった。
頭痛い、と呟いた由乃さんが主に理由を聞き出しつつ抵抗をしてみせてくれたが、敢え無く失敗に終わった。
志摩子としては、話についていくのがやっとで、到底口を挟めるような感じではいられなかった。
とりあえず落ち着いた今、先程の話を整理してみるとこうだ。
 



先日、江利子と聖で会う機会があった。
その時、ひょんな話から来年度の薔薇さまの中で誰が一番モテるかという話になった。
結果、両者異論無く祐巳だろうということになった。(これについては、由乃も志摩子も異論を唱えなかった。)
なったはいいが、では次にモテるのは由乃と志摩子のどちらだろうかとなってくる。
そうすると当然江利子は由乃の、聖は志摩子の肩を持つ。
話はエスカレートしていき、ではどちらがより相手をメロメロに出来るか勝負だ、なんておかしなものになっていたそうだ。
それで今日は勝負内容を由乃と志摩子の二人に伝えるために江利子が来て、聖は審査員である(二人がメロメロにしなければならない)相手をスカウトしに行っているという。

勝負の内容は、土日のどちらかの半日デートである。
つまり土曜に由乃と相手がデートを行へば、日曜には志摩子がデートを行うというものである。
勝手に内容を決められ、あまつさえバレンタイン企画の後に、しかも見ず知らずの相手と強制的にデートさせられるとあって、由乃さんはかなり難色を示して抗議したが、誰だかは明かせないが二人の顔馴染みである、という江利子さまに強引に押し切られた。
相手は山百合会幹部ではないが、公平を期すために山百合会幹部への相談や報告は無し。
代わりに江利子と聖とがそれぞれ当日まで相談を受け、当日も各々陰ながらサポートするという。

余談として、単に私達のデートを面白がって見たいだけじゃないですか、と今日一番のキレを見せた由乃さんの顔が印象的だったのは言うまでもない。
そんな抗議も右から左なのか、江利子さまはニンマリ笑顔のまま説明を続けた。

半日デートの日取り(由乃と志摩子のどちらが土曜か日曜か)は、デート相手にクジ引きで決めてもらう。
なお、デートのプランは由乃と志摩子で決めること。ただし費用は各デート1万円以内とする。(費用は江利子と聖から支給される)
相手には勝負であることを言ってはいけない。


「当日まで相手は内緒だけど、聖曰く、二人が嫌いな相手じゃないらしいから。何事も経験よ。そうそう、当日は失礼のないように精一杯オシャレしてくるように」


という一言と、ウインクを残して江利子さまは去っていった。
ニンマリ笑顔に心なしかオデコもキランと輝いいていたように志摩子には見えた。




はぁ、と隣で由乃さんが溜息をつくのが聞こえた。マリア様へのお祈りを終え、もう校門まではすぐそこだった。
気持ちはわかる。志摩子とて、誰とも分からない相手とデートしろ、などと言われれば憂鬱になる。
しかも由乃と志摩子の週末の予定など、お構いなしで決まってしまったことだ。


「何か、変なことになっちゃったわね」

「そうね、デートと言われても、どうすればいいか」

「うん、自分でプランを考えるのって大変そう。普段は令ちゃんに任せっきりだし。志摩子さんところは、乃梨子ちゃん主導?」

「ええ、私も少しは提案するのだけど、大体は乃梨子が決めてくれるから」

「そっか、なら私と同じようなもんか」

「江利子さまにアドバイスは?」

「私があの人に聞くわけないじゃない。そういう志摩子さんは?」

「私もお姉さまの意見はちょっと。信頼はしているのだけれど・・・」


確かに志摩子はお姉さまを信頼しているが、お姉さまが発案のデートにまともなアドバイスだけを与えてくれるとは思えなかった。
そうなると与えられたアドバイスを自分で選り分けなくてはならなくなり、逆に混乱しそうだった。
それなら初めからアドバイスを聞かない方がいいかもしれない、と志摩子は思っていた。


「まぁ、なるようにしかならないか」

「そうね」


お互い溜息を吐きつつ「ごきげんよう」の挨拶もそこそこに二人は各々の家路へと向かった。



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その夜、お姉さまから電話がかかったきた。
夕方の件もあり、一応デートプランについて試案していたところだったので、突然母に呼ばれた時はビックリして声が上ずってしまった。


「やっほー、志摩子。元気してる?」

「はい、今晩はお姉さま。元気です。お姉さまもお変わりありませんか?」


久々に聞く姉の楽しそうな声に、志摩子も嬉しくなる。
しかし用件に予想がつくだけに、喜んでばかりもいられないのだった。


「そうそう、もう聞いてると思うけど半日デートの件でさ」


聖の口から続けられる言葉を聞きながら、あぁやっぱりと思う。
同時に、ちょっとした喪失感に襲われる。
志摩子と聖の姉妹は確かにデートなどしたことない。だからと言って他の誰かとデートしているのを見てお互いに距離を感じるということもない。
それくらい二人の間には、確固たる絆があるからだ。
しかし、姉の口から他人とデートしてきなさい、と言われたら複雑な気持ちになるというものだ。
そんな志摩子の気持ちが通じたのだろうか、聖は


「心配しなくても大丈夫だよ、相手は良い子だからさ。当日は一緒には行動しないけど、私も近くで見てるし。勝負なんか関係なく、思いっきり楽しめばいいよ」


優しくそう言って電話を切った。
お姉さまに見てもらえている、そのことだけでテンションが上がり、デートの事を少し前向きに考えられるようになった。
今の自分はなんだか祐巳さんみたいだなぁ、と志摩子は思った。



自室に戻り、聖から聞いた内容を整理する。
まず、志摩子と由乃のデート相手への交渉は滞りなく終わったとのこと。
クジ引きの結果、土曜は由乃の、日曜は志摩子のデートとなった。
当日、S駅の駅前に11時に志摩子、聖、デート相手の3人が集合。聖から軍資金を受け取り、志摩子と相手はデート開始となり、その後の展開は志摩子次第であること。
なお、M駅でなくS駅集合になったのは当日リリアンの生徒(主に新聞部)に見られて、後日混乱を招くのを防ぐためであるらしい。
これでいよいよもって、志摩子はデートに向けての準備に本腰をいれなければならなくなった。



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日曜日、S駅の駅前広場。
志摩子は聖に指定された場所で、やや緊張気味に立っている。
オフホワイトのタートルネックのセーターに薄ピンクのプリーツスカート、靴はダークブラウンのブーツを履いている。オシャレには自信はないが、一応相手がどのような格好で来ても変にはならないよう気を使ったつもりである。
余談ではあるが、前日の晩、聖に最終確認の電話をした時に「下着は新品の物をつけてくるように」などという本気か冗談か分からないようなことを言われた。
相手とどうこうなる訳がないし、なっても困る。
冗談だろうと思いつつ、散々迷ったが、別に新品では駄目な理由もないので素直に指示に従った。ないとは思うが、聖の検閲が入るかもしれないし。

志摩子は腕時計で時間を確認しようとして、視界の隅に聖の姿をとらえた。
聖の後ろに誰か着いてきているようだが、はっきりとは確認出来ない。
軽く手を挙げて聖の方へ振ると、聖がそれに気付いたようでゆっくりと歩みよってきた。
と、そこで聖の後にいた相手の姿も確認できた。


(―――なんてこと。そんな、・・・・まさか。)


あまりの出来事に思考が上手くまとまらない。
茫然と佇む志摩子の前に二人はやってくると、にこやかに挨拶をした。


「ごきげんよう、志摩子」

「こんにちは、藤堂さん。今日はよろしくね」


志摩子の前に姿を現した相手。どうやら今日の志摩子のデートの相手は福沢祐麒のようだった。
これは、山百合会には内緒にするわけだ。祐巳さんが知ったら何て言うか。
聖と祐麒が何かを話しているのを茫然自失のまま聞きながら、志摩子はそんなことを考えていたのだった。



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「ええと、それで。これからどうします?」


そう言って小さく首を傾げた祐麒を見て、何だか祐巳さんみたいだなぁと思う。
志摩子と祐麒の二人は今、映画館から出てきた道の端で並んで立っている。
デートの相手が祐麒だと分かった直後は、志摩子にこんなことを考える余裕は無かった。

そもそも志摩子と由乃の顔馴染みで、尚且つ聖と江利子の知り合いであると聞いた時、必然的にリリアンの在学生を思い浮かべてしまっていた。
バレンタイン企画の後だったというのも関係があるかもしれない。自分たちがデートする、イコール、女性二人でデートすると思い込んでいた。
それが実際は祐麒さんという男性とデートすることになるなんて、夢にも思わなかった。
世間では普通デートというものは、男性と女性のペアで行うものだったなぁ、と今日改めて認識させられたようなものだった。
きっと昨日は由乃さんも、やって来た祐麒さんを見て驚いたに違いない。

思えば誰が一番モテるかの話も、リリアンでという話では無く、世間一般的にというものだったのかもしれない。
その辺りの主語を江利子さまから聞いた話の中でも、お姉さまとした話の中でも出てこなかったような気がするし。
デートの相手はお楽しみと言っていたことから、恐らくあのお二人は全部分かっていて、志摩子と由乃に隠していたに違いない。
まさに確信犯だ。




言われるがまま聖と別れて歩き出した後、志摩子と祐麒の二人は、取り合えず歩きながら今日の予定など話すことになった。
もっとも志摩子はまだ呆っとしていたが、祐麒の「えっと、かわいい服だね」という言葉に急速に意識が回復した。

言われた言葉に頬を赤らめつつも志摩子は、詳しい話は早めのお昼ごはんを食べながらと祐麒を促して近くのお店に足を踏み入れた。
全く看板を見ずに入ったのがお蕎麦屋さんだったので、同い年の男性をリードしなければならない若い乙女としては少し気恥ずかしかったが、祐麒は楽しそうに天ぷら蕎麦を注文していた。
ただ志摩子が狸蕎麦を注文しているを聞いて、少し苦笑していた。なぜだろうか、未だに疑問である。



お昼ごはんを食べながら、祐麒から色々なことを聞けた。
お姉さまからは、今日は志摩子の買い物に付き合って欲しいといわれたこと。
ちなみに買い物とは、父と兄へのプレゼントを選ぶのに若い男性の意見を聞かせて欲しいから、という理由で連れ出されたらしい。
志摩子はお礼がしたいと言うだろうから、ついでに遊んでくれば志摩子も納得するだろうと言っていたそうだ。

昨日は由乃さんとバッテングセンターに行ったこと。理由は菜々ちゃんに負けたのでリベンジの為の特訓に付き合うこと。
令さまに付き合ってもらはなくていいの?と質問したところ、クラスメイトと遊びに行っているらしくNGだったそうだ。どこかで聞いたような理由だ。
ちなみに昨日、待ち合わせの段階でいたはずの江利子さまには死んでも教わりたくないと、激昂していたそうだ。
他にも色々回ったそうだが、詳しくは聞かなかった。
今はこれからの自分のことで一杯だし、由乃さんとカブっていても志摩子には代案をたてる自信がなかったからだ。

志摩子の方から祐麒へは、次に映画に行くことを伝えた。
色々考えたが、やっぱり無難なところで落ち着いた。
プランを考えている時には相手が分からなかったし、映画なら2時間程度は時間が潰せて、その後は見た映画について話せば多少は会話に困らないだろう、という苦肉の策だった。
もっとも、祐麒が相手なら違う所にしたほうが良かっただろうか?
映画の上映中にいきなり手とか握られたらどうしよう、などとデートプランを考えている時に雑誌で得てしまった知識に志摩子は顔を赤くした。



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志摩子の変な危惧も空しく、デート開始から映画を観終わるまでの現在まで、祐麒はとても紳士的だった。
と言っても、ジェントルマンのような振る舞いではなく、乃梨子とデートしている時のように普通にフレンドリーなものであった。
なぜだか分からないが、少し残念な気がした。

映画館から出てきて、祐麒の第一声が先程の「ええと、それで。これからどうします?」であった。
「そうですね」と考える素振りを見せつつも、志摩子の中で既にプランは決まっていた。


「もし祐麒さんさへ良ければ、少しお茶でもしませんか?」

「はい、俺は構わないのですが、その志摩子さんの買い物は・・・」


大丈夫でしょうか?とまた可愛く首を傾げられた。
そうだ。そういえばすっかり忘れていた。
今日、祐麒さんにとっての目的はあくまで志摩子の買い物に付き合うってことになっていたのだった。

ちなみに祐麒さんには早い段階で、藤堂さんから志摩子さんへと呼び方を変えてもらっている。
深い意味はないが、名字で呼ばれるのは慣れてないせいか自分の中でしっくりこないからだ。祐麒にもそう説明している。


「そ、そうですね。では、先に買い物をしてからお茶にしてもいいですか?」

「はい、それで。じゃあ行きましょうか。どんな物を買うか決めてるんですか?」

「いえ、それはまだ。色々見てみようと思いまして」

「じゃあ、近くのデパートにでも入ってみます?」



会話しながら、志摩子と祐麒は歩き始める。

と、そこへ―――



「え?祐麒?ええっ?志摩子さん?え?え?何してんの?」

「な、祐巳!」

「ええと、ごきげんよう祐巳さん」

「あ、ごきげんよう。じゃなくて、え?何?どういうこと?」

「あーー、えーと。まぁなんだ。帰ったら説明してやる。だから、その」

「あのね、祐巳さんこれは」

「ちょっと、祐麒!志摩子さんに近すぎっ!」



そう言って祐巳は、並んで立つ志摩子と祐麒の間に割って入ろうとした、その時―――



「悪い、祐巳。行こう、志摩子さん」

「えっ?」

「あ、ちょっと待ちなさい!コラッ、祐麒!!」


いきなり志摩子は祐麒に手を掴まれた。祐麒はそのまま志摩子を引っ張って走りだす。
後ろからは祐巳の怒った声が聞こえてきた。


「ふふふっ」


突然のことに志摩子は驚いたけれど、今は何だか楽しい。
隣を走る祐麒の顔を見上げる。必死そうなその顔も、どこか楽しそうに見えるのは志摩子の気のせいだろうか?



そうだ、やっぱり先にお茶にしようと提案しよう。

だってこんなに走ったらきっと喉が渇くだろうから。

それに歩き回っていたら祐巳さんにも見つかってしまう。

今、仮初のデートが中断してしまうのは、ちょっぴり残念だ。

お茶の後にはショッピングもしよう。

父と兄へのプレゼントもいいけれど、祐麒さんに似合うものがあるかもしれない。

もしかしたら志摩子に似合うオシャレな物があるかもしれない。

祐麒さんに好みを聞いてみるのも面白いかもしれない。

ちょっと照れくさいが、もう少し祐麒さんとのデートを楽しんでみたいと志摩子は思う。



「あの、祐麒さん」



提案しよう。

そして志摩子は、照れた感じの表情で祐麒を―――





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月曜日。
薔薇の館の行くと、祐巳さんにしきりに謝られた。


あの後、帰って来た祐麒さんを折檻するかのごとく問い詰めたらしい祐巳さんは、今回のデート事件には由乃さんのも関わっていることを知ったという。
愚弟に目眩を覚えつつも由乃さんに連絡を取り、その背後に江利子さまと聖さまがいたことを知ったらしい。
すぐに江利子さま聖さまコンビに連絡を取り、あまりイタズラをしないようにと、祐巳さんにしては珍しく厳しいお説教があったと、由乃さんが語ってくれた。


結局、祐巳さんのお説教のおかげで今回の本当の目的である「由乃と志摩子のどちらがモテるか」という勝負の結末は有耶無耶になった。
祐麒さんが下すはずだった結果が気にならないでもないが、それは知らぬが仏であろう。
それとも、ここはリリアンだから知らぬはマリア様だろうか?


なお、現時点でも祐麒さんは勝負のことは知らないらしく、結局、土日に続けて姉の親友に付き合わされた、という認識程度のようだと祐巳さんは語ってくれた。
それについては、由乃さんと二人で顔を見合わせて何とも言えない気持ちになったが、まぁ何とも言えない。
志摩子自身、自分の心情に判断しかねているのだから仕方ない。
それに今回のことで、今後祐麒さんとどうこうなるとは思えないし。


余談だが、志摩子が祐麒さんと二人で出掛けたことを知った乃梨子が、オロオロしながら薔薇の館のテーブルの周りを回っていた。
時折コチラに視線を向けていたので、大体乃梨子が言いたいことは分かっていた。
けれどデートの内容は、誰にも言わず秘密にしていようと志摩子は思った。
同年代の男性との初めてのデートである。
理由やそこにいたるまでの過程はどうあれ、やっぱり気恥ずかしくも大切にしたい思い出であるというのが乙女心ではないだろうか。


乃梨子にはお詫びとして、今度デートする時は、昨日薄紅色のリップを買った店に案内しようと思う。




おしまい




【  あとがき  】

ご指摘を受けましたので、あとがきを変更しました。SSの内容自体は変わっていません。
このような交流の場で個人的な事柄を載せるのは軽率な行動だったと、私自身深く反省しております。
本当に申し訳ありませんでした。今後は、このような事をしないよう努めます。
また、たくさんコメントや投票して下さり、ありがとうございます。申し訳ありませんが、今回お返事は控えさせて頂きます。            
                                                         2009.12.18


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