もしも桂さんが勇者だったら
最初から【No:3054】
->セーブしたところから【No:3060】【No:3063】【No:3070】【No:3073】【No:3081】【No:3085】【No:3098】【No:3104】【No:3114】【No:3116】【No:3118】(黄)【No:3119】(白)【No:3120】(紅)
【これまでのあらすじ】
桂は勇者として、蔦子、真美、ちさととともにリリアンを救うため山百合会と戦う事になり、つぼみを急襲するが、その姉である薔薇さまの乱入で敗北する。
祐巳に『ペナルティ』を与えられる直前に瞳子が『紅いカード』を使用した。
「……ん」
桂は目を覚ました。
ぼんやりと直前の出来事を思い出す。
たった一組の薔薇さま姉妹に敗れたのだ。
(ごめん。みんな。私じゃ駄目だった。駄目だったんだよ)
あんなに嫌がっていた勇者だったのに、気が付いたら蔦子、真美、ちさとという仲間がいて、四人で放課後に活動するのが当たり前になっていた。
時に戦い、時に苦しみ、数々の試練を乗り越えて──そして、敗北。
気がつくと桂の目に涙が浮かんでいた。
(私は所詮、庭の隅に咲く雑草、並薔薇ですらない名もない雑草だったんだよ)
「うっ……うっ……」
(でも、悔しい……悔しいよぉ……)
「桂さん」
側で声がする。
見ると、蔦子がいた。
「蔦子さん」
起き上ってみると、真美とちさともいた。
「真美さん……ちさとさん……うわああぁ……」
桂は三人に抱きつくと泣いた。
「桂さん……」
どれくらい泣いていただろうか。
落ち着いてきて、桂はあたりを見回した。
「……ここは?」
そこは小さな物置小屋のようなところだった。
「どうしてこんなところにいるのかな?」
「わからない。気がついたらここにいたのよ」
ちさとが答える。
祐巳さんが何かスキルを使っている気配がして、瞳子ちゃんが『紅いカード』を使って、目の前が真っ赤になったのまでは覚えている。
「瞳子ちゃんの使った『紅いカード』かな?」
桂はぽつりとつぶやいた。
「瞳子ちゃん?」
真美が聞き返す。
「ほら、負けた後祐巳さんがスキルか何か使おうとした時に瞳子ちゃんが──」
「ごめん。そこは倒れてたから覚えてない。私が覚えてるのは由乃さんの出した令さまの技で倒れたあたりで──」
「え? 何を言っているの? 志摩子さんと乃梨子ちゃんを倒すために『パンダの着ぐるみ』の効果で一緒に戦闘不能になったじゃないの」
「ちょっと待った。『カマドウマ』のスキルと怪しい日傘で戦う祐巳さんが相手だったじゃない」
ちさと、真美、蔦子の言うことが食い違う。
「あ、あのっ。前回上がった三本連続のうち、真面目に一本だけ読んで済ませた人はちょっと戻って三本とも読んでから来てください」
蔦子、真美、ちさとは黄薔薇編【No:3118】白薔薇編【No:3119】紅薔薇編【No:3120】を熟読して戻ってきた。
「……一体どうなってるの?」
「どんなルートを通ったとしても、あなたは敗れたのよ、勇者さん。なぜなら、あなたは『負けた世界』の勇者さんだからよ」
不意に声がして、入口の方を見ると、ウサ耳ウサシッポをつけた美しい女性が立っていた。
「あの、あなたは?」
桂はどこかで見たことがあったような気もしたが、全然思い出せなかった。
「そうね……もし、私のことを呼びたいというのであれば、スーパー・ウサ・ギガンティアとでも呼んでちょうだい」
「ああっ! 思い出した! あなたは佐藤聖さまのお姉さま──」
SSでは残念ながらお聞かせ出来ない特徴的なバーロな声に思い当って桂は叫んだが、全部言わせてもらえないで遮られる。
「たとえそれがそうだったとしても、ここではスーパー・ウサ・ギガンティア、長いのであればSRG(Super Rabbit Gigantea、超・ウサ・ギガンティア)とでも呼びなさい」
「ええっ!? SRG(Supernumerary Rosa Gigantea、端役のロサ・ギガンティア)?」
じろり、と視線で制される。
普通は(Super Rosa Gigantea、超白薔薇さま)であろう。
「あ、あの、その、SRGは他の大学にいかれたんじゃなかったでしたっけ?」
真美が聞く。
「ウサ耳をつけている人間にその辺を突っ込んではいけないわ。もの凄く『痛い人』みたいじゃないの」
不機嫌そうにSRGは答える。
「で、SRGは一体何のご用でしょうか?」
蔦子が聞く。
「なんの、って。ここはトラップ『ウサギ小屋』の中なのよ」
さらり、とSRGは言った。
「えっ! あの、三ターン行動不能トラップですよね? でも、私たちはいつトラップに入ったんですか?」
「心当たり、ない?」
逆にSRGは聞いてくる。
「……『紅いカード』?」
桂はそれ以外の心当たりは思いつかなかった。
「その通りよ」
桂の言葉をSRGは肯定する。
「『ウサギ小屋』は時空の狭間にある特殊空間のようなものよ。彼女は勇者さんたちが『ペナルティ』を受ける前に『紅いカード』の力を利用してなんとかここに避難させたの」
「瞳子ちゃんが……どうして……」
瞳子ちゃんにとって、桂は瞳子ちゃんのお姉さまである祐巳さんの敵、つまり瞳子ちゃんにとっても敵といっていい。その敵である桂を助ける意味がわからない。
「そのあたりの経緯は後で彼女に聞けば?」
肝心な事はいつもわからない。
「あの、よろしいでしょうか?」
蔦子が割って入る。
「たとえ、『ウサギ小屋』に私たちを避難させたとはいえ、三ターン経ったら戻されて、結局同じことになりますよね? これって、意味ないんじゃないんですか?」
「このまま三ターンほど後に出ていけばあなた達は『負けた世界』の勇者さんで終わってしまう。でも、今すぐこっそり出ていけば『負けなかった世界』に出られる。そして、そこで山百合会を倒せばいいのよ」
「そんな事が出来るんですか?」
ちさとが聞いた。
「アイテム欄に怪しいものはなかった?」
桂は【No:3116】の下の方を見る。
「……あっ! そういえば、『黄色い鍵』と『白い鍵』って、一体どこの鍵何だろうって気になってたんですよね!」
「もう一本、『紅い鍵』があれば出られるわ」
SRGは微笑んだ。
「でも、『紅い鍵』は持ってません……」
桂はうなだれる。
「ここにあるわよ」
ばたん、と扉を開けて入ってきたのは江利子さまのお姉さま、SRGのように呼ぶのであればSRF(Super Rosa Foetida、超黄薔薇さま)だった。サイの角をつけてるのでSRF(Super Rhinoceros Foetida、超・ロサイ・フェティダ)とでもいう感じだろうか。苦しいが。
「これは『薔薇の館』にあるの。でも、あなた達は入ることができないでしょうから。はい」
SRFは桂に『紅い鍵』を渡した。
「ありがとうございます! でも、どうしてお二人が力になってくれるんですか? 私たちは山百合会幹部、つまり、お二方の妹の妹、もしくはその妹と私たちは戦っているんですよ?」
桂は疑問を口にする。
「それは、あなた達にしか出来ない事なの。歴代のリリアンOGが挑んで、失敗したことにあなた達は挑んでいるのよ」
「自分たちには出来ない事をやらせる酷い先輩だと思ってくれても結構よ。でも、どうしてもあなた達の力が必要なの」
「私たちの……」
その時、もう一人が入ってきた。蓉子さまのお姉さま、SRC(Super Rosa Chinensis、超紅薔薇さま)である。タヌキ耳タヌキシッポをつけているからSRC(Super Raccoon Chinensis、超・タヌ・キネンシス)というつもりなのだろう。
「あなた達はこれから『紅薔薇さま』と戦うことになるわ。彼女を倒すための『禁断の書』がここにある。この『禁断の書』の取り扱いは大変危険だから、あなた達に渡すわけにはいかないけれど、その『コピー』なら渡せるわよ。でも、約束して。『紅薔薇さま』以外にこの『禁断の書のコピー』を使ったり、渡したり、見せたりしないって」
SRCは言った。
「見せてもいけない!? そ、そんなすごいものなんですか?」
桂は聞く。
「ちょっと、先に話を進めないでSRC。まだ私は彼女たちに聞いていないの」
SRGが言う。
「何をですか?」
桂は尋ねた。
「『負けますか? 負けませんか?』って」
「……あの、その質問の後、扉をくぐったら掲示板も変わってた事はありませんよね?」
「そんな心配しなくていいからっ! うp主はここしか知らないし」
SRFが突っ込む。
元総理大臣ご愛読伝説漫画は『巻いた世界』で行き詰まり、『開けますか? 開けませんか?』と聞かれた後に『巻かなかった世界』で再開するのだが、『巻かなかった世界』は『巻いた世界』とは別の出版社なのだ。
「……私、もう『負けません!』」
桂は宣言した。
「いい子ね。じゃあ、『紅い鍵』『黄色い鍵』『白い鍵』を使って『負けなかった世界』に行きなさい」
優しい目でSRGが言う。
「『禁断の書のコピー』を」
SRCが差し出す。
「お預かりします」
桂は『禁断の書のコピー』を受け取った。
桂は三人の指示で『紅い鍵』『黄色い鍵』『白い鍵』を使って解錠した。
「行く前に聞いておきたいのですが、どうしてその動物の耳とシッポをつけているんですか?」
蔦子が聞く。
「これ? これをつけておくと『ウサギ小屋』に自由に出入りできるのよ」
SRFが答えた。
その時、扉が開いた。
四人は慌てて扉をくぐった。
扉をくぐるとそこは古い温室だった。
中には一人の生徒がいた。
「ごきげんよう。あなた達は……?」
「桂です」
「桂さんね。で、どうしてその扉から現れたのかしら?」
穏やかに生徒は聞く。
「あ、と、え、と……そうだ! こういう事情からです!」
桂は牛乳瓶のふたに「ゆうしゃ」と書かれただけの勇者のしるしを見せた。
生徒は首をかしげた。
「あ、あ、あ、あれ?」
桂は動揺した。
SRGの話ではこの世界は『負けなかった世界』、では、勇者のしるしも違うのか──一瞬そう思うが、彼女の言葉は違っていた。
「勇者って、シーと同じクラスの美冬さんじゃなかったかしら?」
「いいえ。桂です。三年藤組○○桂」
「え? まさか。そんな人藤組にいないわよ」
「でも──」
「待って、桂さん」
二人の会話に蔦子が割り込んだ。
「生徒手帳見て。なんか変」
桂が蔦子の生徒手帳と覗き込むと、そこには『一年桃組 武嶋蔦子』と書かれていた。
慌てて桂も生徒手帳を見ると、所属クラスが『一年桃組』になっている。
「あ、あれ?」
「どう言う事?」
「そういえばSRGはここは『負けなかった世界』って言っていたわよね」
「時系列で言うと『負けなかった世界』は『負けた世界』の二年前なのかしら……」
桂たちは困惑する。向こうも首をかしげる。
「あのっ、私たちは『負けた世界』の勇者なんです。ここは『負けなかった世界』だと聞いてきましたが──」
思い切って真美が聞くと、相手の生徒はポン、と手を叩いて言った。
「私が待っていたのはあなた達ね」
「待っていた?」
桂が聞き返す。
「私は温室の妖精フェ。あなた達を導くようにSRGから仰せつかっているわ」
「あの、でも」
桂は何か聞こうとしたが、言葉がうまく出てこなかった。
「桂さん、いつだって妖精は問答無用で勇者に手を貸すものよ」
そう言ってフェが微笑んだので、桂はフェの力を借りることにした。
「これからあなた達には山百合会メンバーと、『降誕祭の奇跡』でやり直す事が出来ない一発勝負をしてもらうわ。タイムリミットは今日の下校時間まで。今は早朝だから、朝拝までの時間や昼休みを活用して倒す手段を見つけたり、仲間を募ったりするのよ」
「うわ、厳しい……」
一組の姉妹でも苦戦したというのに、山百合会メンバーをどうやって倒せというのか。
「勝ってここに戻ってくれば次のポイントに行けるけど、負ければこの世界はたちまち『負けた世界』に代わってしまい、『負けた世界』のあなた達はこの時系列に組み込まれて、普通に過ごさなくてはならなくなる」
「げっ! もう一回一年生からやり直しですかっ!」
敗北イコール単なる逆行SS化である。
「そう。下校時間までにこの場所に戻ってこれなかった場合もタイムオーバーとして『負けた世界』になってしまうから注意して」
「容赦なしですかっ!」
「だが、面白い!」
蔦子がキラリ、とメガネを光らせた。
「ゲーマー根性見せないでよっ!」
「それで?」
ちさとが尋ねる。
「それだけよ」
全員が沈黙する。
「今は早朝。これからの全員の力で逆転する方法はいくらでもあるわ。すでに、あなた達は何か切り札を持っているんでしょう?」
「……『禁断の書のコピー』だ!」
四人は一斉に叫んだ。
「まずはそれをうまく使うこと、仲間をうまく募ること、何らかの手段を見つけること。あと、山百合会メンバーは一度に全員倒さずに、個別撃破でも構わないわ。私からはこれ以上は言えないけど、頑張ってね!」
「あ、あのっ! 最後に一つだけ」
蔦子が聞いた。
「今日は何月何日ですか?」
フェは日にちをさらりと教えてくれた。
「いいかしら?」
「ありがとうございます」
蔦子は何か思い当たったようだ。
「とりあえず、『禁断の書のコピー』を調べて、それから行動方針を決めようか」
四人は『禁断の書のコピー』を読んだ。
そして。
それが『禁断の書』であるという本当の意味を知った。
「じゃあ、行こう!」
四人は温室を出た。
行動パターンからアタリをつけ、銀杏並木で標的の人物を待ちかまえる。
バスを利用して登校してきた生徒の一団の中に、その人を見つけた。
この時代の紅薔薇さま、水野蓉子さまである。
「紅薔薇さま、ごきげんよう」
「ごきげんよう」
さわやかに挨拶をかわして通り過ぎようとする蓉子さまの前に四人は立った。
「何か、用でも?」
「あの、ある生徒に関わる重要な問題の事でぜひ紅薔薇さまにご相談したい事があるんです」
真美が切り出す。
「人前ではどうしてもお話しできない事なので、出来ればちょっとお時間をいただけたらと思いまして」
蔦子が補足する。
「何? 隠し撮りやら内偵でもしておかしなことに首を突っ込んじゃったわけ? そんなの自分で責任をとりなさい」
ふう、と蓉子さまはため息をつく。
「その生徒とは、水野蓉子さまの事なんです」
踏み込んで、蔦子が切り出す。
「……何? 隠し撮りの写真か何かで脅す気? 悪いけど、私にはやましい事なんてないわ」
冷ややかな目で蓉子さまが言う。
桂とちさとはやっぱり『禁断の書のコピー』を使わなくてはいけないのかとドキドキしてくる。
「あの……」
「あのね、私は忙しいの。悪いけど」
蓉子さまが通り過ぎようとしたその瞬間、桂は蓉子さまの目の前に『禁断の書のコピー』の一部を突きつけた。
蓉子さまは怪訝な表情でそれをちらりと見て通り過ぎようとしたが、何かに気づいたらしく、はっとした表情で『禁断の書のコピー』を二度見した。
そして。
蓉子さまはぶっ飛んだ!
それはそれは華麗に、カンフー映画のやられ役スタントマンみたいにぶっ飛んだ。
なんとか起き上ってきたが、顔色は真っ青、身体はわなわなとふるえていた。
「ど、ど、ど、ど、ど」
どうしてそれを? と聞きたかったのだろうが、それも出来ないぐらい蓉子さまは動揺していた。
「お付き合いいただけますか?」
蓉子さまは首を縦に振ると古い温室の方に向かって歩きだした。
大人しく歩きだした、と思った次の瞬間、素早く桂の手から『禁断の書のコピー』を奪い取ろうとしたが、そんな事など読んでいた桂は。
「『シャドウ!』」
隠密状態になるスキルを発動した。
「おっと、おかしな真似をしたら……おわかりですね?」
「それにこれはコピーです。原本はここにはありません」
蓉子さまはがっくりとうなだれて今度は本当に大人しくついてきた。
古い温室の周囲は誰もいなかった。
「なぜ、あなた達がそんなものを持っているの?」
泣きそうな顔で蓉子さまが聞いてきた。
「逆に聞きたいのはこちらですよ。どうして蓉子さまがこんなものを」
「そうですよ。全校生徒の憧れのお姉さまである蓉子さまが。こんなものとは一番縁遠そうだったのに」
「これって、マリみて史上、最悪のスキャンダルじゃないですか」
「本当に残念です。私たちの蓉子さまが、こんな破廉恥な行為をなさっていたとは」
桂たち四人はがっかりしたように言う。
「言わないでよ! そんな風に! 仕方がなかったのよっ!」
蓉子さまは思わず声を荒げた。目には涙が光っていた。
「中等部の一斉クラブ、読書部、囲碁部、書道部、卓球部などいろいろあるのに、どうして、どうして……」
桂はいやいやというように首を振りながらついに言ってしまった。
「どうして文芸部なんかお選びになったんですかっ!」
いとしき歳月(後編)97p参照。
「ま、まさかこんな事になるなんて思わなかったのよ」
蓉子さまは目を合わせてはくれなかった。
「蓉子さまは大変真面目で努力なさる方でそれは尊敬できます。でも、それが裏目に出たんですね」
悲しそうにちさとが言う。
「こんな『ノート』作っちゃって……」
「せ、先生が『各種設定とかプロットはちゃんと紙に書きなさい』っておっしゃったのだもの! 仕方なかったのよっ!!」
『禁断の書』、それは中学時代の蓉子さまが文芸部で書いていた小説のプロットを記したノートだった。
中学生の青いノート、若気の至りで思いついたことが散らばめられているあのノート、成長して何かのはずみで間違って出てきちゃったら本人限定デスノートと化すあのノート、突っ込みどころ満載の設定やらカオスとしか言いようのないポエムやら構図崩れもいいところのイメージイラストやらが添えられているあのノート、きっとこれを読んでいる何人かは「やべっ、オイラのアレ処分したっけ?」と思っちゃったあのノート、築山三奈子さまはまだ現役バリバリで書いていそうな痛々しいあのノートである。
似たようなものに『自作の歌のテープ』などがある。が、それはまた別の話である。
「それをリリアンかわら版で公表する気なのっ!? そんな事するなら舌噛んで死ぬわよっ!」
蓉子さまは動揺していた。
「落ち着いてください蓉子さま。舌を噛んでも意外と死ねません」
蔦子が冷静に言う。
「それに、私たちは蓉子さまが私たちに協力してくれればこれを公表することなく、お返ししても構いません。あ、原本は別のお方が保管しているので何とも言えませんが」
真美が優しく言う。
「それは誰なのよっ! 言いなさいよっ!」
蓉子さまの動揺は止まらない。
「それは言えません。ですが、私たちの要求を飲んでいただけなかったり、私たちに不本意な結果になるように蓉子さまが行動するようでしたら、残念ですが、このノートの公表も視野に入れなくてはなりません」
可哀想になってきたので、あなたのお姉さまがこれを用意したんですよ、とはさすがに言えなかった。
「な、な、な、何を要求する気かは知らないけど、世の中すべてが思い通りに行くなんてことはあり得ないのよっ!! これ以上脅すなら、あなた達のこと調べ上げて本気で報復するわよ!」
強い口調で蓉子さまが迫ると静かにちさとがこう言った。
「蓉子さま、ノートを音読しましょうか?」
蓉子さまはぶっ飛んだ!
それはそれは美しく、車田正美の漫画みたいにぶっ飛んだ。
「もういや……いっそ殺して……」
蓉子さまはべそをかいていた。
「とにかく冷静に話し合いましょう。まずは私たちの要求を聞いて、聞き入れられるかどうかを判断してください」
蓉子さまは地べたに座り込んで泣きながら桂たちの話を聞いていた。
「まず、一つ目の要求は私たち『勇者への降伏』です。私たちは山百合会メンバーを倒すために集まった勇者なんです」
桂は勇者のしるしを見せてそう告げた。
「私たちは蓉子さまと戦いたくありません。お願いです、降伏してください」
目茶苦茶強そうだから、戦っても勝ち目がなさそうだからが本当の理由だがそこはあえて伏せる。
「……一つ目の要求というからには他にも要求したい事があるのでしょう? 何を私に求めているの?」
蓉子さまは伏し目がちに聞いてきた。
いつもの威厳と自信に充ち溢れた蓉子さまではなかった。
「二つ目は降伏したうえで、私たちと一緒に山百合会メンバーとの戦いに協力してください」
「蓉子さまが力を貸してくだされば、山百合会メンバーを確実に倒す事が出来ます」
蓉子さまはうつむいてしばらく何か考えていた。
刻々と朝拝の時間が近づいてくる。
「蓉子さま、ご決断を」
真美が決断を促す。
「……」
「蓉子さま」
「……」
「お姉さまにこれ、渡し──」
「降伏します! 協力します!」
力強く蓉子さまは言い放った。
桂たちは蓉子さまを降伏させた!
さらに、桂たちは蓉子さまの協力を得た!
「わかりました。では、決戦は放課後ですので、その時に」
そろそろ教室に戻らなければ朝拝に間に合わない。
桂たちは校舎に向かって歩き始めた。
「ちょ、ちょっと。コピー返して」
蓉子さまはすがるようにそう言った。
「それについては『いとしき歳月(前篇)』110pの蓉子さまの台詞で返させていただきます」
真美は言った。
「『切り札をとられた上に門前払いさせられるばかがいますか、って』」
蓉子さまはがっくりと落ち込んだ。
朝の活動はここまでである。
->ここでセーブして【No:3136】だね!
モウヤメマショウヨ、ウpヌシサーン