【3128】 生きるためすっかり忘れて  (朝生行幸 2010-01-29 21:46:52)


「……という事があったのよねぇ」
『ヒィイイイイ!?』

 冬休み明けの始業日。
 早明けの上特に仕事もないので、二年松組の教室には、何となくいつもの顔ぶれ(+α)が集まっていた。
 このクラスに所属する紅薔薇のつぼみ福沢祐巳と黄薔薇のつぼみ島津由乃、写真部の武嶋蔦子、新聞部の山口真美、陸上部の軽部逸絵は当然ながら、たまたま通りがかった白薔薇さま藤堂志摩子とその妹二条乃梨子、演劇部の松平瞳子とバスケ部の細川可南子の凸凹コンビ、剣道部の田沼ちさと、先輩と姉を迎えに来た内藤笙子と高知日出実、総勢12名の、一年二年混成の大所帯。
 さらには、遠巻きにして美沙と里枝、敦子と美幸までが様子を窺っている有様。
 そんな中一同は、季節外れにも程がある、『怪談』なんぞで盛り上がっていた。

 志摩子がとっておきのネタ──実家が結構歴史あるお寺──を披露したかと思えば、入院生活が多かった由乃が、チビリ確定のめっちゃ怖い話を公開して、そりゃもうキャーキャー大騒ぎ。
 敦子と美幸はいつの間にか居なくなっており、美沙と里枝も教室の隅で、耳を押さえてフルフル震えている始末。
 結構剛毅な蔦子や乃梨子、可南子すらも、若干頬が引き攣っているのを見ると、かなりのオトロシー話だったのだろう。
「さ、次は祐巳さんの番よ」
「うーん、二人ほど怖い話は知らないんだけどなぁ」
「別にどんな内容でも良いから」
「そう? じゃぁ……」
 何か適当な話でも思い出したのか、祐巳が語り始めた。
「これは、蔦子さんも知っているけど、去年の冬休みに体験した話なんだ」
 おー、アレか。
 そんな表情で、蔦子は小さく頷いた。
「クラスの皆で、スキー旅行に行こうって話になって、参加したのは15人ぐらいだったかな?」


 信州のとあるスキー場。
 気温はかなり低いが、降り積もった雪と快晴の空の下、いくつかのグループに分かれて、めいめい自由にスキーや橇や雪遊びに勤しんでいたところ、夕方になって急に辺りが翳りだし、吹雪であっと言う間に視界が閉ざされてしまった。
 祐巳たちは、蔦子も含んだ5人でグループを組んでいたが、近くに小屋があったのを思い出し、とりあえずそこへ避難することにした。
 しかし、途中で一人を見失い、なんとか小屋に辿り着けたのは4人。
 戻って探そうと思ったが、この状態では二次遭難になる可能性が極めて高い。
 泣く泣く祐巳たちは、彼女を見捨て、小屋に逃げ込むことに。
 辺りは既に暗く、小屋には灯りもなく、しかも隙間風が吹き込むため、寒さもひとしお。
 真っ暗になった小屋の中、抱き合って暖を取ったり、運動して体温を維持したりと、とにかく凍えないように努力を続けたが、そう何時間も続くわけがなく、最後は角に寄り集まって、ひたすら寒さに耐えるだけとなって。
「ダメよ。このままじゃ、下手したら眠ってしまうわ。寝たら死ぬぞってヤツよ」
 慌てて蔦子が、寝てしまわないよう、全員に立つよう促した。
「こうなったら最後の手段よ。全員角に立って、反時計回りに次々とタッチして、室内を歩き回りましょう。ちょっとは吹雪も収まって来ているみたいだから、とにかく朝か救助が来るまで、これで凌がないと」
 蔦子の指示通り、部屋の角に全員が立った。
「それじゃ、私から祐巳さんに。その後は、順繰りで移動を繰り返すこと。では、始め!」


「夜中12時をちょっと過ぎた頃だったかな? いつの間にか吹雪もすっかり収まっていて、地元の青年団の人たちが来てくれて、私たち助かったの」
「はぐれてしまった子も見つけてくれていたみたいで、全員で無事、ようやくホテルに戻ることが出来たのよ」
 祐巳と蔦子が、ウンウンと頷きながら、当時の状況を語って聞かせた。
「……確かに怖い体験ではありますが、怖いの方向が違うのでは?」
 瞳子が疑問を口にした。
 それを聞いて、思わず顔を見合わせる祐巳と蔦子。
「うーん、やっぱり説明しないと分からないかな」
 蔦子は、鞄から下敷きを取り出し、真美から貰ったメモ帳を四つに切り分け、A、B、C、D、とアルファベットを書き込んだ。
「この下敷きを小屋とするでしょ。そして、それぞれの角にAからDを配置する」
 四つの角に、一人づつが立っている状態だ。
「で、AがBの角へ」
 順繰りに、BがCの角へ、CがDの角へ。
「そして、DがAの角に移動する。しかしAの角には、タッチするべき相手が居ない──」
「……!?」
 誰かが小さく息を飲んだ。
「なのに、救助が来るまで私たちは、誰を……と言うより、何を相手にしてグルグルと回っていたのかしらね……」
 ようやく合点が行った一同は、そのまま寂として声もなく、ただただ顔を青褪めさせるだけだった。

「うぅ、その小屋には、私も一緒に居たのよぉ〜……」
 廊下にて、その話を聞いていたとある生徒。
 滂沱として呟いたその少女の腕には、テニスラケットが抱えられていた。


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