【3142】 新たなる神話  (keteru 2010-03-06 20:26:05)


  取り合えず、一本だけ書いて見る……。 あとは……時間無いしな〜…。


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 星歴0104年07月21日13時06分……第3都市ジュライ消滅から11時間



 二つの灼熱の太陽に焼かれる第3都市ジュライの廃墟。

 その瓦礫の山の中に1人の少女が光を失った双眸で虚空を見つめていた。


 ボロボロの布をマントのように纏い、埃っぽい風にはためくに任せている。


 巨大な爪に引っかかれたように、地面に深く穿たれた傷跡。

 衝撃波になぎ払われた無数の建物。

 焼き払われた、平和な暮らし。


 倒れかけている建物の柱に虚ろな目をして膝を抱えて腰掛けている。



『 そ〜う〜〜♪ 一つ目の夜に〜♪ いずこから小石が世界に落ち〜る〜〜♪ 』



 虚ろだった目に意思の光が戻り始める。



『 そ〜う〜〜♪ 二つ目の夜に〜♪ 小石の子が手を取り〜 ワルツを〜描く〜〜♪ 』



 脳裏をよぎる懐かしい唄に、涙が一滴頬を伝った。



『 そ〜う〜〜♪ 三つ目の夜に〜♪ ワルツの子は〜 世界(よなも)にウエーブを打〜つ〜♪ 』




     HIGH NOON AT JULY



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 熱気と火傷する様な光を投げつけ、撒き散らす二つの太陽。

 『アイプリル・シティ』

 かつてはそれなりの大きさの街だったが、”プラント”と呼ばれるロストテクノロジーが、維持システムのバグにより死んでいき、砂漠に飲まれてしまうのを待つばかりの片田舎と言える街。

「ねえ、母ちゃん、鉄砲買ってよォ〜鉄砲〜」
「だったら今手に持ってるのは何なんだい?」
「ちがうよ〜、こんなのじゃなくて、ちゃんとしたエアガンがいいの〜!」

 昼下がりのカフェ&レストラン。 客は母親と子供、コーヒーをすすっている老人。 そして、顎の辺りまで襟のある赤いロングコートを着た少女が1人、真っ赤なコートは左腕が半袖になっていて、腕は黒い皮の長い手袋で被われていて肌は見えない。

「お待たせしました〜」
「お待ちしてました〜♪」

 ウェートレスが厚いステーキとサラダ、ドレッシングや調味料を、コートを着た少女の前に並べる。 待ってましたと、ナイフとフォークを手に取る少女。

「ダメですガマンしなさい」
「ねえ買ってよ〜、トマ小屋の掃除毎日やるからさぁ〜」

 カウンターに戻ったウェートレスはコップを棚に戻し始めた、子供は母親におねだりしながらサンドウィッチに手を伸ばす、その親子の会話を楽しそうに聞いている老人、店に流れる明るい曲を聴きながら付け合せのパスタに何を掛けようと考えつつステーキを頬張る少女。

 平和な昼下がり。

「ねえいいでしょ〜? ねえったら〜? ねえねえねえ〜?!」

 ドゥガァァン!!!

 蹴り開けられた入り口の扉に、平和な光景は打ち砕かれた。

 蹴り開けた男は散弾銃を構えて店内に入り込む。 続いて手に手に銃器を持った男が三人乱入してくる。
 母親は子供を抱き寄せ床に伏せる。 ウェートレスはカウンターの影に身を低くしゃがみ込む。 老人は頭を抱えて店の隅に転がるように退避する。 まるでそのようなことが日常茶飯事だと言うように。
 男達が手に持った銃を構える中、少女は肉を刺したフォークを咥え左手にケチャップを持ってパスタに掛けようとしていた。 男達が銃を少女に向けた頃になってようやく向けられた散弾銃の銃口に目をやる少女。 そして…。

 ドパァァン!!!

 ダダダダン!! ドゥゥン! ドォゥン! タンタンタタン!!

 銃弾が雷雨のようにバラ撒かれ、無数の弾痕が店内に破壊と言う絵画を描く。

 キ〜ン キ〜ン キ〜ン

「フ…フヘッ フヘヘヘヘヘ〜」
「やった…! はははははっ!!」
「やったぜ!! 600億$$(ダブドル)だ!!!」

 空薬莢が落ち硝煙と埃が舞う中、床に赤い液体を流して倒れている少女を見て男達が喜悦の混じった笑い声を上げ出す。

「ぅぅぅうわ〜〜〜〜ん〜〜〜! あああ〜〜〜ん!」

 火がついたように子供が泣き出す、店内の者は倒れている少女に目をやる。

「ふふ〜ん。 ヒューマノイド・タイフーン、アイプリル・シティーの片田舎に堕つか」
「「「「ふぁははははははは!!!!」」」」
「やったぜ! これで俺達の名前も星中に轟くってもんだ!! ははははは……。 ああぁ?」

 1人の男が銃を構えなおして床に倒れる少女に近づく。

「なんだよ? えらく慎重じゃあねえか?」
「大丈夫、仕留めたって!」
「ふふっ…相手が相手だからね〜…」

 そう言いながら、銃口を少女の頭に着けようとすると……。

 ”ぱすっ”

 銃口に入れられた指が一本。 男の表情が強張る。
 男の体の陰に隠れていて、他の三人にはそれは見えていない。

「よお〜、姉ちゃん達! しけた面すんなって! こんな店建て替えてやってもいいんだぜ〜! え〜〜?」
「ホント〜?」
「あたぼ〜よ! こちとら600億$$(ダブドル)の億万ちょ〜…じゃ…」

 銃口に指を突っ込んだまま、近づいていた男の肩を友達のように抱きながら、何事も無かったようにニコニコ笑って立っている少女に、男達は驚愕の表情を浮かべる。

「それはよかったわ〜、気になってたのよ、お店こんなにズタボロになっちゃったから〜」
「(クン…クン…)…トマト臭ぇ?」

 頭から垂れている液体の匂いはトマトケチャップだった。

「逃げようとした拍子に頭から被っちゃったのよ…。 クリーニング代請求してもいいかしら〜?」
「いいや! 別な物くれてやる!」

 ジャキ!

「天国への片道切符だ!!」

 散弾銃を構えなおして少女の額に銃口を押し付けてくる。

 ピュポポン!

 店内の人々が息を呑む中、散弾銃の轟音よりも早く気の抜けた音が店内に響いた。
 表情を引き締めた少女の手には、先ほど男の子が持っていたおもちゃの銃が握られている。 そして男達の額、鼻やアゴ、頬に吸盤付きの矢が当たっていた。

「はあぁぁ〜…、せっかちすぎるわ…。 まあ、そう結論を急がずに話し合いましょうよ」
「な…なにモンだよ、あんた?」

 ナプキンで顔に付いたケチャップを拭った少女に悪びれる様子も無い、銃撃の事なんかすっかり忘れてますというような顔をしている。

「いや〜〜、自己紹介なんててれちゃいますけどぉ〜〜。 あえて言うなら……愛というカゲロウを追い続ける平和の狩人……みたいな〜感じ?」

 ”キラ〜ン ピカピカピカ〜ン” っと効果音がどこかから聞こえてきそうな表情を浮かべる少女。

「ぇえええ?」

 賞金稼ぎの四人は真顔でそんな事を言う少女に、一様に驚きの表情を浮かべるが、ただ、最初に店に乱入した散弾銃の男は何か気に食わなかったようだ。 ギリギリと歯噛みしたかと思うと、また少女に銃を向ける。

「ぅぬぬぬおぉぉ〜〜〜!!! てんめぇ〜! ぶち殺してやる〜!!」
「よせ馬鹿〜! 命がいらねえのかよ?!」

 銃口に指を突っ込まれて何も出来なかった男が、散弾銃を構えた仲間を羽交い絞めにする。

「さっきので俺達ゃあ死んでんだ!! 今度はモノホンが来るぞ!!」
「あらあら、撃つなら撃ちなさぁ〜い。 ド〜〜ンとね(ハート)」
「ぅうぅおおぬぅぐげいごぐはあぎがほるぅるを!!!」
「うだぁぁああ! 挑発すんなよ、あんたもよ!!」

 我を忘れた男を制止しきれず引き金が引かれる…が…。

「ええ…?」

 銃口からは消えかけの線香花火ほどの火も出てこない。

「無理無理〜、だってこの人以外さっき全弾撃っちゃってるんですもの!」
「えええ?!」


「………何で…わかるんだよ?」
「数えてたから!」



 二つの太陽からの灼熱が荒涼とした砂漠を焼いている、そんな中を歩く四人の賞金稼ぎ。

「何も身ぐるみ置いていかなくってもいいのに……ムサイ物さらして何しようってのよ…」

 要求した覚えもないのに銃や着物を置いていったのだ、下着も脱ごうとしたがそれだけは必死で止めた。

「へぇ〜〜……。 あはっ」

 子供が興味深そうに、その服と銃の山を見ている、が、少女の手元にあるものに気が付いてうれしそうに笑う。 少女はそれに気が付いた。

「ふふふ、はい、助かったわ、ありがとう」

 自分の持っていた物が役立ってうれしそうだ。





「いや〜たいした腕じゃの。 あんた、ああして撃たずに生きてきたのかね?」

 先ほどの労をねぎらうように、老人が注文したのか四段重ねのホットケーキが少女に振舞われる。

「むぐむぐ…、だって勿体無いじゃあないですか。 弾丸一発のお値段でホットケーキ四枚は食べられるんですよ?」
「ははは。 変わった人じゃ」
「まあ、それは冗談としても。 誰だって痛いのは嫌じゃないですか…人死にや怪我人は、出ない方がいいに決まってますよ…」

 少し陰のある笑みを浮かべる少女に、老人は優しげに笑いかける。

「しかし、それでガンマンが務まるのかい?」
「ダメですよねぇ〜? そんなんじゃあ……あは、あははははは」
「ふ、はははははは」

 ガチャ!

「……ごめんなさい…」
「……えぇぇ?」

 後ろに控えていたウェートレスが、小型の拳銃を構えて少女の後頭部に狙いをつける。 正面に座っていた老人もゆっくりと良く使い込んだ銃を構える。 訳が分からぬまま少女はゆっくりと両手を上げる。

「あんた、ヒューマノイド・タイフーン。 祐巳・ザ・スタンピードさんなんじゃろ?」
「…はあ…まあ……一応…?」

 祐巳の額に銃口が向けられる。 後ろからも、そして窓の外にも銃だけでなくいろいろな得物を持った、見るからに普通の市民と思われる人々が集結している。

「すまんが、何も言わずに死んでくれ」
「えぇ〜…」
「ごめんなさい。 祐巳さん…」

 さらに近づく二つの銃口に、祐巳は引きつった笑顔を浮かべる。

「あぁぁのぉ〜〜〜。 な、なに、これは?」


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 OPENING SONG ”H.T ”

 http://www.youtube.com/watch?v=NzHe4U5c5Oc&feature=related


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 巨大な電球。 それの形はまさにそれで表現できる。 ロストテクノロジーの塊。

 水も資源も少ないこの星に辿り着いてしまった人類が、生きていくために頼っている独立生産システムである。

「なるほど、船(シップ)から飛ばされた『プラント』が偶然にも生きてるって訳ね」
「ちょうどいいですわ、寄って行きましょう」

 このプラントをオアシス代わりに街道が延びている。
 ベルナルデリ保険協会の瞳子・ストライフと可南子・トンプソンは、ある人物の調査のため、この場所までやってきた。
 都市部から少し離れた場末ともいえる場所に女性の姿は珍しい、それはこの場でも同じだった。 瞳子達が酒場の安っぽい扉から入ると、中にいた数人の男達の視線を一斉に受ける。
 視線に気づかない風を装いつつ、白いマントをひるがえしカウンター席に着く瞳子、インバネスコートの裾をパタパタ叩いて砂埃を落としながら、無表情のまま瞳子の後に続く可南子。

「……注文は?」
「…バナナサンデーをお願いしますわ!」
「ガトーミルフィーユとアイスミルクティーをセットで」

 マスターは肩をすくめて、注文に近い物が在庫にあったか確認しに裏へと下がる。もちろん瞳子たちも、こんな場末の酒場にそんな物がある訳が無いのは分かって注文したのだ、後ろで聞き耳を立てていた男達が一斉に笑い出す。

「へへへへっ、お嬢ちゃん達よォ、そーゆーのは『ミルク』で行くのがお約束だろうがよォ〜?」
「はっはっはっ! そーすりゃ『俺様の濃くって暖かいのをたんまり飲ませてやるぜ!』 ……ってこ〜なるんだよなぁ?!」
「『あああ! 混ざり物が多くって喉に絡まる所がおいしいわぁ〜』ってか?!」
「ははははは!! 裏声使ってんじゃね〜よ、きもちわりぃ! そ〜いうのはそこの嬢ちゃん達に言ってもらいてえな!」

 瞳子は『またか…』と言うように溜息を吐きつつ額に手を当てる。 この手の場末の店に来るのは何度目になるか? 何度同じ事を聞いたのか? 最初のうちこそ顔を赤らめたりもしていたが、相手を楽しませるだけだと分かった今、そんなものに乗ってやる気なんかさらさら無い。

「っとに下品なんだから、これだから男は!」
「?! なんだとぉ〜?!」
「下品を下品といったまでよ」
「およしなさいな、可南子さん」
「だってそうでしょ? 瞳子さんだってそう思…」

 げへげへ笑っている男達に向かって文句を言った可南子が瞳子の方に向き直った時、”ブチッ”っと言う音がしたかと思うと”ゴトッ!”と重そうな音を立てて、金属の塊が床に落ちた、その拍子に床板が勢い良くめくれ上がり、近くのテーブルと椅子の跳ね上げてしまう、飛ばされた椅子は不運な男にブチ当たってしまう。

「あら? またスリングが切れちゃったわ」
「替えはありますわよね?」
「ええ」

 床に転がるスタンガンを軽々と持ち上げる可南子に、店内の男達は言葉を失いすごすごと引き下がる。

「…悪いが、お嬢ちゃん達の注文には答えられねえな。 これでガマンしてくれねぇか?」

 そう言いながらマスターは瞳子と可南子の前に、ミルクティーとパンケーキを出す。 肩をすくめて見せる可南子、瞳子は特に気にも留めずにマスターに微笑みかける。

「かまいませんわ。 ……あら? 意外といいお味ですわね」
「そうかい? ずいぶん久しぶりだな、紅茶を淹れるなんて」
「…ところでマスター。 『アイプリル・シティー』までは、まだだいぶありますの?」

 瞳子はショルダーバックから地図を取り出して、マスターに目的の地を告げる。

「東へ10アイルも行けば船(シップ)が見えてくるよ。 だけど、ほれ……あそこは今〜、ヒューマノイド・タイフーンが来てるって話しじゃねぇーか」
「そうなんです。 その人に用があって私達…」
「やめときな!」
「え?」

 さっき男達にからかわれていた時、何も言ってこなかったマスターが、真剣な顔で瞳子と可南子に向き直る。

「あそこにゃ近づかねえ方がいいよ、ちょーど今頃、凄い事になってる…」



 凄い事の内容を聞いた瞳子は、代金をカウンターに叩きつけるように出すと、乱暴に戸を開けて店から飛び出していく。

「ちょっと、瞳子さん!!」

 飛び出した瞳子を追って可南子も駆け出してくる。

「急ぎますわよ、可奈子さん!!」
「分かってるけど、お腹空いたわ」
「ダイエットだと思えばよろしいですわ!」
「必要ないと思うけど、私達には」

 この砂漠の星で移動に広く使われる”トマ”と言う大型の鳥のような生物を駆って、あわただしく出発する二人。
 カウンターのコインを拾い、カップと手が付けられていないパンケーキを片付けるマスター。

「……いいのかい? 行っちまったぜ、お嬢ちゃん達」
「自ら危険な所に行こうってんだ、止めたって無駄だよ。 ……警告はしたからな俺は…」



 ―― * ―― * ―― * ―― * ―― * ―― *―― * ――



「街の半分が砂に飲まれているわね…」
「きっと壊れて機能停止したプラントがあるんですわ」

 酒場からアイプリル・シティーの途中にある街が一望できる崖の上で、瞳子と可南子は双眼鏡を片手に街の様子を観察していた。
 街の南東側に大きなかつての移民船の残骸がある、多くの街がそうであるように、この街もそこにある生産装置のプラントに依存していたのだろう。 制御する事は出来ても、プラントそのものを製造するすべは失われてしまって久しい。 プラントの機能停止は、水資源そのものが乏しいこの乾いた惑星では、街の、人々の死に直結する。

「直せばいいのに」
「プラントのメンテナンスに、いくら掛かるか知らない訳ではありませんでしょう?」
「そうね、ポンと出せる額だったらとっくに出してるでしょうね」
「そうですわ。 ポンと出せるような金額ならば、こんな命知らずなことも考えないですわね」
「…命知らずって…、脅かさないでよ…」
「情報収集してましたでしょ? 子供が核弾頭で野球をするようなものですわ、下手をすると街そのものが消し飛びますわよ」
「………」
「どうしましたの、可奈子さん?」
「…今辞表書いてもいいかしら?」
「書くのはかまいませんわ。 でも、受理されて有効になるのは、本部の人事部に届いてからになりますわね」


  ドッカ〜〜〜ン!!!


 二人がいる所まで轟音が響いてきた時には、街の一角から煙が上がっているのが見て取れた。 警戒警報のサイレンも鳴り響いている。

「始まっちゃったみたいね」
「っにへっ……」
「なに笑ってんのよ」
「え? ななな何でもありませんわ! それより早速情報の確認とリスク回避に掛かりますわよ! こんなことしても無駄になったっていうのに!! 行きますわよ可南子さん!」

 そう言いながら、トマに鞭を入れてアイプリル・シティーへと駆け出す瞳子。

「危険任務手当てって、無かったわよね……、はぁ〜、しょうがないわね…」

 少し遅れて可南子も、トマを駆け出させた。



 ―― * ―― * ―― * ―― * ―― * ―― *―― * ――



「にゃ〜〜〜?! お! あ! あ〜あ〜〜!!!」

 逃げ回っている拍子に、祐巳は建物と建物の間に頭を下にして落っこちていく。 両足を壁に踏ん張ってブレーキを掛け……られなかった。

 ゴォイ〜〜ン!!

「うぁたたたぁぁ〜っ〜〜……」

 祐巳は頭から地面に落っこちて頭と首を押さえて蹲る。

「いたぞ! 賞金首だ!!」
「まわり込め! そっちだ!!」
「ひょ? えぇっぇ?!! まっずぅぅ〜!!」

 パパパン パパパ 
          ドン パパンパンパパパン
   ドパパ パパン ドドン 
          パパパ パパパ  パンパ パパン


 変なダンスを踊るように、祐巳は乱れ撃たれる弾丸をギリギリで避けつつ建物の間から駆け出す。

 パパパンパパパン ドン パパンドン パパン

「あたれ! あたれ! あたれ〜〜〜〜!!!」
「わわわ〜〜?!」 


 通りを突っ切って建物の中に逃げ込み、必死で階段を屋上まで駆け上がる。
 別の出入り口が勢い良く開け放たれる。

「いたわ!」
「見〜つけたっ!!」

 隣の建物との間に何本も洗濯物を掛けてあるロープの内の一本を綱渡りよろしく渡っていた祐巳は、背後の女性達の声に振り返る。

「あらら〜、見つかっちゃいましたね〜。 え?! わたったっ?!」

 ダダダン パンドン パン ドダダダ
   パパパドン パパパダダン

「ちょったったっ?! た〜〜〜〜〜〜〜?!」

 ピョンピョンピョンと後ずさったが、弾丸の一発が祐巳の足元のロープに当る。 下のロープと洗濯物といっしょに下に真っ逆さまに落ちていく。 途中で絡まったロープが足に引っかかって、振り子のように窓を突き破り中に転がり込んでしまう。

 ダダダン パンドン パン ドダダダ
   パパパドン パパパダダン ダダダン パン
      ドン パンドダダダ パパパドン パパパダダン

「こっちだ〜! こっち! そこにいるぞ〜!!」
「殺せ殺せ〜!!」
「逃げたぞ〜!」

パパパンパパパン ドンパパンドン パパン
     パパドパパ パパン ドドン  パパパ パパパンパパパン

「何やってんだ! そこだそこ!!」
「追え! 追え〜〜!!」

ドン パパンドン ドパパ パパン ドドン 
  パパパ パパ   パパン ドパパ パパン ドドン パパパ パパ


 街中の人々を敵に回しての追いかけっこで、追われに追われた祐巳は教会の中に逃げ込む。

「なぜ私がこんな目にあうのママン?! 何も悪いことしてないのに、みんなが私をいじめるのよママ〜ン!! ……な〜〜んて ”おフランセ語”で、泣きいれてる場合じゃあないわね…って、うぎゃё×○おぉж☆うぅぅあω@!?」

 階段を駆け上がりながら、微妙な独り言を言いつつ汗を拭っていた布がトランクスだったのに気が付いた、それに気が行ってしまい鐘突き堂の一番上に吊ってある鐘に勢い良く頭をぶつけた祐巳は、フラフラと手摺に寄りかかる。

「あそこだ〜〜! あそこにいるぞ〜〜!!」

「He`s mine!!」

 グレネードランチャーを構えた男が、躊躇せずに祐巳のいる塔に向かってグレネードを発射する。


 ドッグウゥゥアァァン!!!


 狙いがいい加減だったのか、塔の下の方に命中したグレネードが炸裂。 倒壊した塔から祐巳は放り出される。

「も〜う! いや〜〜〜〜〜〜!!!!」


 ―― * ―― * ―― * ―― * ―― * ―― *―― * ――



 ドグウゥゥン グゥアァァン

 街の中に到着した瞳子と可南子は、爆風をあびて誇りまみれになる。 二人の足元に男が1人吹き飛ばされてくる。

「ぐぉぉぉああ! いてええええ〜〜! 体中無茶苦茶イテェェ〜〜〜!!!」

 男は手首を押さえて喚きまくっている。 少し離れた所では、出来たての建物の残骸をバリケードにして、市民が数名戦争よろしく銃器を撃っている。

「だれだ?! グレネードなんか使ったやつは?!」
「仕留めても誰だか解んなくっちゃ、意味ねぇんだぞ!!」

 殺気立って銃を撃ちまくっている市民達に、瞳子と可南子は完全に腰が引けている。

「ど、どうすんのよ? この人達理性無くしてるわよ?!」

 可南子に肩を叩かれた瞳子はハッっと我に返ると、意を決してマントの下から拡声器を取り出すとスゥ〜っと息を吸い込む。

『ご町内の皆さま! お取り込み中大変申し訳ございません!! わたくしベルナルデリ保険協会の、瞳子・ストライフと申します!!』

 ドグウァゥゥンバァ〜ン

パパンドン チュチュゥチュチュゥン ドドドパパン

「わひゃあぁぁ〜〜?!」

 及び腰に前へ前へと進んでいた瞳子と、瞳子を盾代わりにして後に続いていた可南子が、近くで起こった爆発と目の前で交錯していく流れ弾の群れに後ずさる。 しかし、すぐに自分の使命を思い出した瞳子は、再び息を大きく吸い込むと拡声器を構えなおす。

『皆様が追っている”祐巳・ザ・スタンピード”は…、大変な危険人物です! 皆さんの大切な生命や財産を守るためにも……』

 あまり効果の無い拡声器での呼びかけを続けている瞳子、すぐ近くでは相手の存在が確認できていないにもかかわらず、相手の名前のため撃たずに居られない市民が銃を散発的に撃っている。

 ―――その時、緊急時連絡用の町内会のスピーカーから、緊張感に掛けるチャイムが鳴り響く――

『対策本部より連絡します!』

 瞳子がいくら拡声器で呼びかけても反応が無かった市民が、一斉に聞き耳を立てる。 瞳子も拡声器を口元から離して連絡に耳を傾ける。

『祐巳・ザ・スタンピード捕獲作戦は一時中断します! 皆さん本部に集合してください!』

「一時中断?! 冗談じゃありませんわ! 『即刻中止ですわ!!』」



 ―― * ―― * ―― * ―― * ―― * ―― *―― * ――



 街の広場に設えられた本部と言う名の簡易テントを中心に三々五々市民達が集まって来ている。

「どうするんです会長?! このままでは怪我人や被害が増える一方です!」
「うぅ〜〜〜〜ん……、4時間以上追い掛けているのに、いまだに捕獲できんとは…」

 各種連絡係を担当している助役に問い詰められて、町内会長は机に肘を突いて頭を抱えてしまっている。

「それどころか、あの女は、我々に対して一発も撃ち返さずに逃げ延びています」
「…格が違いすぎたか……もしあの女が本気になったら…」
「会長、街が形のあるうちにやめるべきでは?!」
「う〜〜ん…」
「当然ですわ!!」
「ああん?」

 突然聞こえてきた意志の強い声に会長は目を向けると、腕組みをして会長を見下ろしている瞳子と、その後ろに控えている可南子の二人が目に映った。

「責任者の方はいらっしゃいまして?」
「誰だ君達は?」

『責任者を出してください!』

 どこからとも無く拡声器を取り出した瞳子は、躊躇せずにヴォリューム最大で叫んだ。


 ―  ―  ―  ―  ―  ―  ―  ―  ―  ―  ―  ―  ―


 ダダ〜ン     ダダ〜〜ン      ダダ〜ン


 なにか重くて、大きな者の足音が響き渡った。


 ―  ―  ―  ―  ―  ―  ―  ―  ―  ―  ―  ―  ―


「なんて大それた事をするんですの?!」

 祐巳・ザ・スタンピード捕獲作戦の為に、急ごしらえで作られたらしいジオラマのアイプリル・シティーに掌を叩きつけて、瞳子は町内会長を相手に作戦の即時中止を訴えた。

「ヒューマノイド・タイフーン相手に、あなた達が何千人集まったところで勝ち目なんかありませんわよ! いままで戦ってきてその事は分かりましたでしょう?!」
「た、確かにリスクの高い賭けかもしれん…。 しかし、ワシ達にはどうしても600億$$(ダブドル)が必要なんじゃ…」
「……あっ………プラントのため……ですわね?」
「その通りだ、維持システムのバグで半分以上のプラントが使い物にならなくなった。 その修理修正保守に莫大な金が掛かる。 今の町の予算にはそのような余裕は無いんだ」
「でも、祐巳・ザ・スタンピードに手を出して街がメチャメチャになったら、プラントどころの話では無くなるんじゃないかしら?」
「……やばい…もう手遅れかもしれん……」
「「…え?」」

 ダダ〜ン     ダダ〜〜ン      ダダ〜ン

 大きな者の足音が近づいてくる中、再び頭を抱えた町内会長に視線が集まる。

「わし、”毒には毒”と思って、最後の手段使っちゃったよ…」
「え? 最後の手段って、何なんですか?」

 助役が町内会長に詰め寄る。

「……あれ?」
「「「あれ?」」」

 下を向いて足音の方を指差す町内会長、その先には……。


『ぶうぅぅぅ〜ん ぶぶぶうぅぅぅ〜 ぶぶぅ〜〜ん ぶ〜〜ん!♪』

 身の丈30mはあろうかという人間の形をした者が歩いていた。 いや、人間ではあるのだが、生体改造とサイボーグ手術を施されている巨人が歩いていた。
 額は大きく前に迫出し目はサングラスに覆われて見る事は出来ない、なぜか頭の後ろには煙突が付いていて、そこから水蒸気を時々盛大に噴出している。 使い道は分からないが背中に円盤の様な物を背負っていて、右腕は肘の辺りで機械が露出している何か細工があるらしい。
 瞳子も可南子も、通りを闊歩していくわけの分からない巨人に目を奪われてしまう。 

「…終わりだ……終わった、この街は終わった……」

 町内会長の呟きなどもちろん知るはずも無く、巨人は足元など気にもせずに前進する。 足元の車の後部を踏みつけ跳ね上がった前部が向こう脛を強打するまでは。

『ぶるるるぐうぅおおあああああああ〜〜〜?!』

 脛の部分は強化されていなかったらしい、盛大に涙を流して痛がっている。

「な、ななっな〜! 何者ですの?!」
「ね、ネブラスカ親子?!」

 巨人の胸にホルスターをしつらえてそこに乗っている白衣を着た老人ががなり声を上げる。

「だ〜〜れだ〜〜?! こんな所に車止めたのは!! 息子が蹴躓くだろうが! どけどけ〜〜! 愚民あ〜んど愚車両ども〜!!」 

「ちょ、ちょっとお借りしてよろしいですか?」
「え? ええ…」

 助役が瞳子から拡声器を受け取り、脛を押さえて跪いている巨人に向かって怒鳴り出す。

『おまえ達なんでこんな所に居るんだ?! 700年の懲役で二人とも塀の中のはずだろ?!』

「じゃ〜か〜し〜わ〜〜!! 昨日自主的に切り上げてきたのよ!!」

『だ、脱獄だろうそれは!!」

「ひっへへへっ! せっかく静かな所でのんびりしてたのになぁ〜。 600億$$(ダブドル)が転がってくるとなりゃのんきに寝てる場合じゃあね〜よなぁ〜?! そうだろ、ゴフセフ?!」

『ぶああおおぉぉぉぉぉ〜〜!! (ブシュゥゥゥ〜〜ッ)』

 ゴフセフと呼ばれた巨人は、煙突から盛大に水蒸気を噴出して肯定の意を表しているようだ。

「…ね、ネブラスカ・ファミリー……A級犯罪150を数える重犯罪人…って?!」

 瞳子は町内会長の元へ飛んで行き、首を絞める。

「ま〜さか、あのビックマンをぶつけよ〜ってんじゃ…?」
「いい〜アイデアだと思ったんだよねぇ〜、思ったんだけどなぁ〜」

 あんまり悪びれずに言う町内会長に、瞬時に青筋を3っつぐらい浮かべた瞳子は町内会長を胸倉をつかんでブンブン振り回す。

「許せなぁ〜〜〜い!! 何でこ〜〜状況が悪い方へ行くんですの〜〜〜?!?!」
「祐巳・ザ・スタンピードを捕まえました!!」
「……え?」

 不意に飛び込んできた少女の声に、瞳子は町内会長をその辺に放り出す。
 
「祐巳・ザ・スタンピードを捕まえました!!」

「ああん?」

 ネブラスカ親子のじいさんも、少女の声に聞き耳を立てる。

「祐巳・ザ・スタンピードを捕まえました!!」
「え…つ、捕まえました…って…」


 ―― * ―― * ―― * ―― * ―― * ―― *―― * ――



 ――― 少し前のこと ――――……

 市民達に追われていた祐巳は、建物の壁を背もたれに荒い息を吐いていた。 さすがにハンデの大きい追いかけっこを4時間逃げ回るのは、ヒューマノイド・タイフーンと言えども辛いものがある。 しかも相手はこちらを殺す気満々なのだ。 一時中断のアナウンス後、周りは妙に静かになっている。

「はぁ…はぁ…はぁ… みんな…諦めてくれたのかしら? ……ん? ああ^▽^」




「ぷぁはぁぁぁぁ〜〜〜生き返ったぁぁぁ」

 ジョッキに満たした水を一気飲みして、テーブルに上体を預ける祐巳。 通りを隔てた所にサロンを見つけた祐巳は、そこに飛び込んで一息ついた。

 ジャキッ

「へっ?」

 コメカミに銃口を押し付けられ、目を開けてみれば、そこにはカフェ&レストランのウェートレスが、あまり慣れていない様子で祐巳のコメカミに銃口を押し付けていた。

「動かないで!」

 その声に反応するように、カウンター内から3人、店内の貯蔵用の箱の中から女性1人と少女が1人飛び出してくる。 一斉に銃を構える女性達に祐巳は両手を上げる。

「あらら……? あららら〜……?」
「サンディー! ”祐巳・ザ・スタンピードを捕まえた”って本部に伝えてちょうだい!」
「は〜い!!」
「急いでね!!」

 ウェートレスのお姉さんに言われて、サンディーと呼ばれた少女は、祐巳・ザ・スタンピード捕獲作戦本部に向かって駆け出した。
 扉が閉まり駆けて行く少女を見送ったウェートレスのお姉さんは、改めて銃を構えなおす。

「――……寒い光景よね…」
「本当に御免なさい。 なぜあなたみたいな人が600億$$(ダブドル)の賞金首なのか分からないのだけど…」
「………エプロン姿の賞金稼ぎ…ね……。 子供には見せられないわよね…」

 雰囲気を変えて言う祐巳の言葉に、カウンター側にいる三人の女性が及び腰になる。 しかし……。

「そうさ! 見せたくなんか無いよ!!」

 少女といっしょに貯蔵用の箱の中に隠れていた母親が祐巳に近づく。

「でもね、私達にはお金が必要なんだ! 家には病気の息子が寝てるんだよ、でも、死んでいくこの町を捨てて医者はどこかへ行っちまったんだ! あの子を診る人間がこの町には居ないんだよ!! だから…だから!」
「プラントの異常で、人も土地も何もかもダメになったの!!」
「だからと言って、街を出られる人間はそう居やしない! プラントを治す技師を呼ぶのにお金が要るのよ!」
「治さなければこの街は終わりよ! この街の皆もね!!」
「あなた1人でこの街を救えるの……、だからお願い、捕まって!」

 震える手で銃を握るウェートレスの声を聞いた後、祐巳はゆっくりと上げていた手を下ろして立ち上がった。

「動かないで!!」

「…事情はとても良く分かるわ……でも……」

 赤いコートに深く入っているスリットから覗いている銃架を握り締める。

「お願い! 動かないで!!」

 ゆっくりと引き抜かれる、祐巳の体格に不釣合いなほど大きな銀色のリボルバー。

「……あの人に…あの人に会うまで…」

 ”鬼気”を感じ取った女性達は後ずさる。

「私は……立ち止まるわけには行かないのよ!!」

 顔の前に掲げた銀色の銃と、狂気とも取れる目を見せつける祐巳に、その場に居る者すべてが凍りついたように動けなくなった。

「お願い…お願いよ……後生だから………撃たせないで」

 誰一人として動く事が出来ない店内、外でふく風の音が耳につく。

「……お願い…」

 静寂が支配する店内。 しかし、店外の雰囲気が変わる。

 ズシ〜〜ン

「…あぁ…」

 店全体が揺れる、棚の酒瓶やグラスがカタカタ鳴り、天井から木屑や埃がパラパラと落ちてくる。

「!! みんな伏せて!!!」

 祐巳がそう叫ぶと同時に表側に面した窓がブチ破られ、巨大な握り拳が飛び込んできた。
 店内の者達は、スローモーションのようにその光景を見入っていた。


 ―― * ―― * ―― * ―― * ―― * ―― *―― * ――


 ドグァゥゥァ〜ン

 街の一角から轟音と煙が上がる。
 騒ぎを聞きつけて市民達が現場に駆けつけていく、瞳子と可南子も騒ぎのあった方へと駆け出していた。 地面が大きく揺らいで瞳子たちはバランスを崩しかける。

「…あそこに……」
「瞳子さん!」

 煙を見上げていた瞳子は再び走りだす。

(あそこに、祐巳・ザ・スタンピードがいる……)

 ある種の期待と不安を胸に、瞳子はひたすらに走る。



 ―― * ―― * ―― * ―― * ―― * ―― *―― * ――



「ビンゴ〜〜〜〜〜!!!!」

 ネブラスカ親子のじいさんが、歯が三本しかない口をあごが外れるほど大きく開いて、喚起の声を上げていた。

「ちょろい! ちょろすぎるわ〜!! この一発でお陀仏か〜?!」

 ゴフセフの右腕、肘から先が無くなっていて太いワイヤーが崩壊した店に向かって伸びている。

「笑う! 笑うよなぁ〜!! にやははははははは〜!!」

『ぐぁあぁははははぁぁああ〜〜〜』

 ゴフセフは笑っているようだ。 背中の機械が動き出し、伸びているワイヤーを巻き取り始める。 店の残骸から肘から先の腕が凄い勢いで引っ張り出されて戻ってきた。 ”ガキッ”っと上下が逆さに繋がった腕が正常位置に回転して戻る。

「ああ〜ん?」

 手の甲にこう書いてあった。


『 BEAT ME JUST DO IT ! 』


「なんじゃぁ〜〜? ええ?!」

 崩壊した店の、大きな元壁だと思われるパネルが、土煙の中ゆっくりと動き出す。
 その場にいる全員が注視する中、押し倒されたパネルの向こうで人影が立ち上がった。

(居るんですわね……。 百万人都市を灰に変えた悪魔の使い…伝説の賞金首…祐巳・ザ・スタンピードが……あの向こうに!)

 土煙が治まって来る。
 こちらに背を向けている真っ赤なロングコート。
 小柄な体にもかかわらず、右手一本でウェートレスを軽々と抱え支えている。
 左足を一歩引き、クルリとこちらに向き直ると、何かを宙に放り上げた。 特に注視している様にも見えないが、落ちてきたその太いサインペンをしっかりとキャッチし、ネブラスカ親子を睨みつけながら、人差し指を挑発するように”クイックイッ”っと動かす。

「ふっ…へっへっへっへっへぇ〜!! そうこなくっちゃぁ〜!! 面白くねぇよな〜〜?!!!」

 ネブラスカ親子のじいさんが、狂気に満ちた笑いを上げているのを無視して、祐巳はウェートレスを抱きかかえたまま、瓦礫の中から歩き出し、少し離れた地面へそっと横たえる。

「どうする?! 祐巳・ザ・スタンピード〜?!」

 立ち上がった祐巳は、ネブラスカ親子を一瞥すると、またゆっくりと瓦礫へと歩き出す。

「ど〜した? え〜〜〜〜?! 逃げるのか〜?!」

 その声が聞こえていないかのように、残骸の中から適当な棒を見つけ出すと、折り重なっている瓦礫の一つの間に突き立てる。 棒に力をこめて瓦礫をどかすと、下から女性達が出てきた。 気絶しているらしく動かない。

「ひぃへぇぇ?」

 窮地とも言える中で一人一人女性達を助け出している祐巳の姿が、ある意味異常に見えるのか、誰もが見守るしか出来ずにいた。

「へぇぇ〜、やさしいんだねぇ〜?」

 ネブラスカ親子のじいさんは葉巻を取り出して、火力が強すぎるトーチで火をつける。 しばらく傍観を決め込むらしい。

 やがて、五人目を瓦礫の山の中から助け出して、女性達を寝かせている所へと抱えていく最中に、じいさんの吸っていた葉巻の灰がポトリと落ちた。

「タイムリミットだ! いっちょ脅したれゴフセフ!!」
『うぅぐおおおお〜〜!!』

 ネブラスカ親子のじいさんが号令を出す。 ゴフセフは何のためらいも無く女性を抱えたままの祐巳に向かって拳を発射した。

「お母ちゃ〜〜ん?!」

 本部に連絡に行った少女の目の前で、その母親を抱えたままの祐巳にゴフセフの放った拳がロケットのように飛んで行く。


  ドグオォァ〜ン


「ネブラスカのやつ無茶が過ぎるぞ!!」

 母親の元へ駆けて行こうとする少女を抑えている助役、しかし彼とてそれ以上の手出しは出来ずにいた。

「ああああ〜、死人だけは勘弁してくれ〜」
「なんてことを!!」

「ぎゃ〜〜ぁははははははははは〜〜……ああ?」

 土煙が治まる。 拳の狙いが正確だったらしいが、祐巳はしゃがみ込むことで拳をかわした。

「おお〜〜」「は、はははやった〜」「無事だったか」

 人々は喜びの声を上げる中、祐巳はネブラスカ親子を見据えたまま立ち上がる。

「なぁんだ、ピンピンしとるじゃないか〜。 いいとこ女を放っぽっといて逃げると思ったがな〜」

 祐巳は何も言わずに黙ってネブラスカ親子を見据えたままいる。

「あくまで”殺さず”ってわけかよ? 気持ち悪いヤツ!! だがな〜、おまえのそれは”偽善”だ!! 絶対どこかで、不都合並べて来たやつを消して来てんのさ! なぜなら! 現におまえは”消される側”にまわってねえ!! おまえに掛かってる600億$$(ダブドル)の賞金が何よりの証拠だ!!」

 ・
    ・
       ・

「えええ〜??!! どうなんだよ?!! 祐巳・ザ・スタンピード!!!」


「なんで彼女は黙ってる?」
「何であそこまで言われて何も言い返さないんだ?」

 何も言い返さず、黙ったまま、祐巳は少女の母親を他の女達と同様に、静かに横たえるとすっくと立ち上がる。 そして、彼女達から離れるように歩き出す。 左手で蔓が少し変わった形をした、プラチナゴールドの丸いシューティンググラスを取り出す。 安全な距離を取り、立ち止まると同時にシューティンググラスを掛け、ネブラスカ親子を睨みつける。

「やっとその気になったようだな〜?!」

 真っ赤なコートのスリットの間から、銃のグリップをあらわにする。

「おおお、抜くか〜? 意味ね〜ぞ! どんな大口径の銃でも200アイルで突っ込んでくる車は止められねぇ〜!! 2度も食らってんだ、息子の拳骨がそんなもんじゃあねえことくらい、てめえの薄ら頭でも分かるよなぁ〜?! 逃げるなら今のうちだぞ! 最もどんなに速く走ったって、気がついた次の瞬間バラバラだがなあ!!」

 祐巳は微動だにせず、ネブラスカ親子のじいさんの言葉を聴いている。

「いいか〜? これから俺様が、貴様がどれだけ愚かかレクチャーしてやる! ……こいつでな!!」

『ううるぉおおぉぉぉ!!』

 ネブラスカ親子のじいさんが指をパチンと鳴らすと、ゴフセフは拳を発射するために腕を上げる、そして、今度はその腕が高速で回転し始めた。 最初拳は祐巳を狙っていた、だが……。

「人間ミンチのスペシャルコースだ〜〜!!」

 狙いは祐巳から横へ。 離れて横たえられた女達の方へ向けられた。

「あぁ?!!」

「早く助けに行けぇぇ!! そして! 一番ミットモナイ死に様をさらせやぁぁ!!!」

『とぅおおおおおおお〜!!』



 迷うことなく高速回転する巨大な拳は発射された。


 スローモーションの世界で祐巳は地を蹴って走りだす。


 母の元へ行こうと、助役の手の中で暴れる少女。


 気がついて自分達に迫る危機に身を起こし逃げ始めた女性達。


 四歩、五歩、地を蹴った所で、祐巳は宙に身を躍らせる。


 銀色の銃が引き抜かれる、迫り来る拳と、女性達の間に割り込み、そのまま銃を撃つ。

 衝撃波を引いているのが見える弾丸が、吸い込まれるようにゴフセフの拳に命中する。


 ……二発……三発…。

 ほぼ同じ場所に当たったことにより軌道がわずかにそれる

 …四発………五発………。

 バランスを崩した拳は、完全に軌道をはずれた。



「う…うそ……」
「そ、そらせた?!」
「え? あぁぁ…あ〜……、な…て、鉄砲玉六発で息子の拳骨そらしやがった?!!」
「違うわ」

 驚愕しているネブラスカ親子に向かって、祐巳はあくまで冷静に銃を操作して、シリンダーから空薬莢”五発”をはじき出す。

「まだ一発残ってるわ。 スペシャルなのがね」

 そう言いながらシリンダーを弾いてクルクル回す。 中折れ式のリボルバー、しばらくシリンダーの回転を見てから少しい勢いをつけてバレルを起こす、シリンダーの回転も止まる、弾の位置は分かっている、周りから見ると無造作とも言えるほど簡単に狙いをつけてその弾を撃つ。 狙い違わずゴフセフの腕と拳の接合部に弾が吸い込まれていく。

『ぐぅうううがああああああああ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!』

 これにはゴフセフもたまらず、雄叫びのような悲鳴を上げるともんどりうって倒れてしまった。

「やっ…やっちまった……あの…ネブラスカ親子を…たった六発の銃弾だけで…」

 追い回され逃げ回っていた少女が、市民に対して一発も撃ち返していない事を助役は思い出した。

「……今ハッきり分かったよ…あの娘がヒューマノイド・タイフーンっと呼ばれている訳が……」

 カフェ&レストランで鉄砲を母にねだっていた男の子と、サンディーが祐巳の元へと駆けてきた。

「ありがとう! お母さんを助けてくれて!」
「すごいや〜!」
「すごくなんか無いわよ、ぜんぜんすごくなんか無いわ

 さっきネブラスカ親子と対峙していた時とはうって変わった、少しはにかんだような笑みを子供達に向ける祐巳。

「まだだ!! まだ終わってねえぇ〜!!」

 そう叫んでネブラスカ親子のじいさんは、杖に使えるほど長大なバレルの銃を構える。

 ひゅぽぽぽん

 気の抜ける音とともに、吸盤付きの矢がじいさんの顔に数発命中する。

「……え? …あ、あれ?……」

 呆然としているじいさんを他所に、祐巳は男の子に笑いかける。

「…今日、二度目ね!」
「へ、へへへへっ!」
「む、無視するな〜〜、おら〜! て、てめ〜…これで勝ったと…勝ったと!」
「え〜? もうやめましょうよ〜」

『はい! そこまで!! そこまでですわ!!』

 わざわざ屋根の上に登って出番を待っていたらしい瞳子が、拡声器で両者にストップをかける。

『取りあえず、皆さんわたくしの話を聞いていただきたいのですがよろしいでしょうか? あ、そこのビックマンとおじいさん、あなた方には退場していただきますわ!』

 瞳子が指を”パチン”っと鳴らす。 息子はひっくり返って気絶している、じいさんは喚き散らしているものの、どう話をつけていたのか、任務を思い出した保安官達に二人は取り押さえられた。


 ―― * ―― * ―― * ―― * ―― * ―― *―― * ――


「え?! な、何だって?!」
「もう一回言ってくれ姐ちゃん!!」

 瞳子は溜息をついて、もう一度話を繰り返す。

「ですから、昨日付けで連邦政府は、祐巳・ザ・スタンピードを局地的な”災害”として扱う決定をしたのですわ。 人間の範中ではとても扱いきれませんもの。 それに伴い、騒ぎの元の600億$$(ダブドル)の賞金は、その時点で失効致しました。 地震や台風に賞金なんてかけられませんもの」

「い、い…やったああああ〜〜〜〜〜!!!!」

 賞金の失効を聞いた祐巳は小躍りして喜ぶが、市民達はそれどころではない。

「ちょっと! そういう事ははやく言えよおぉ!!」
「手遅れもいいとこじゃんか!!」
「弾丸のストック空になっちまったよぉ〜」
「どうすんだよ〜? 賞金あてにして車買う契約しちまったよ〜」
「また洗濯物し直しだよ」
「建物壊したのは、この嬢ちゃんじゃないんだけど…」

「保険屋さんなんとかならんのかねぇ〜?」

 最初に拡声器を使って呼び掛けた時、説明しようとしたのに聞いてもらえなかった瞳子は、震えながら拳を握り締める。

「取り合えず、耐えなさいね瞳子さん」
「……分かって…ます…わ……」



『 そ〜う〜♪ 四つ目の夜に♪ 波の子は 岸辺にしぶきを上げ〜る〜♪ 』



「自由よおぉぉ〜!! わ・た・し・は!! 自由なのよ〜〜〜!!!!」
「チョッと、チョッと!! お待ちになってくださいませ祐巳・ザ・スタンピードさま」
「へっ?」
「浮れられては困りますわ、あなたが慢性的なトラブルメーカーであることに変わりは無いのですから」
「好き好んでそうなわけじゃあないんだけどなぁ〜」



『 そ〜う〜♪ 五つ目の夜に♪ そのかけら 幾度も世界面(よなも)を たたく〜♪ 』



「その割には収集された情報は、半端無い量なんですけど」
「そういうわけで………ベルナルデリ保険協会の瞳子・ストライフです」
「可南子・トンプソンです」
「お会いできた事を、星のめぐりに感謝するとともに、この仕事を回して来た人事部に怨嗟を送ることにしますわ」
「それは〜、私に言ってもしょうがないんじゃないかな?」
「これからは! 私達二人が24時間体制で祐巳さまの監視とリスク回避の任に付きますので…」
「…へ?!」



『 そ〜う〜♪ 六つ目の夜に♪ その合図に 旅人は集い合〜う〜♪』



「よろしくおねがいしますわ!!」
「よろしく…って! ちょっと待って! 何の話なのそれ……?!!」
「あら、最初から説明しなければいけませんの?」
「いいですよ、何度でも瞳子さんが説明してくれますから」
「いやいや、話は聞いて理解してるんだけどね…」
「ご理解いただけたんですわね、それは良かったですわ」



『 そ〜う〜♪ 七つ目の夜に♪ 重さの無い船は 空間(そら)へと走〜る〜♪ 』



「いやいやいや! そうじゃあなくてね!! 24時間監視ってそんなこと……え〜〜と……わ、私のプライバシーは?! 私の人権とかそれっぽいものは?!」
「ありません!」
「台風や地震に人権はありませんわ」
「そんなあぁ〜〜!!? 犬やアザラシに住民票発行する世の中なのよ?! 一応”ヒューマノイド・タイフーン”よ! ”ヒューマノイド”なのよ人権くらい認めてくれたっていいじゃない!! じゃ、じゃあ、あなた達はいいの? 24時間なんて労働基準法とか何とか、そんなものに違反じゃあないの?!」



『 そ〜う〜♪ 八つ目の朝に♪ いずこからの歌が 耳へと届〜く〜♪ 』



「なんですか? 労働基準法って?」
「昔々そういう法律があったのですわ。 心配は要りませんわ、サービス残業というものなのですわ、祐巳さま」
「ん? なんかいいわね、祐巳さまか…、フフフ、私もそう呼んでいいですか、祐巳さま?」
「もう呼んでいるじゃありませんか。 そうですわね、かつてそう呼んでいた様な気がするのです」
「いやいやいやいや! ちょっと二人とも私の言い分とかは? ねえちょっと! もしも〜〜し!!」



『 さ〜あ〜♪ 新しい空に♪ すべてを記した 組曲が響〜く〜♪ 』






                ―――――――…… 終劇 …――――


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