【3154】 そこに現れるは  (パレスチナ自治区 2010-04-05 01:00:15)


ごきげんよう。
今回は令ちゃんの視点です。
へたれ全開ですので、ご注意ください。

とっとっとっ

最近夜中になると誰かが廊下を歩く音がする。
お父さんではない。お母さんでもない。
だって足音が軽すぎるから。
気になって眠れない。

「うー…よしのー…」

「どうしたの?令。最近元気がないけど」
お昼休み。薔薇の館でいつものメンバーとお昼を食べていると祥子が話しかけてくる。
「え、ああ。最近寝不足なんだ」
「どうしてまた。また由乃ちゃんと喧嘩でもしたの?」
「いや、そんなことないけど」
「令ちゃんったら最近、夜中に変な足音がするとか言ってるんです。ばかばかしい…」
「だってほんとなんだよ。あれは子供の足音だよ」
由乃のきついフォローについ反論してしまう。
「毎晩怖くて仕方がないんだ。お父さんたちに話してもそんなの聞いたことないって言うし」
「令ちゃんの空耳なのよ」
「違うって!」
「令。あんまり怖がっているとそういうのが聞こえてしまうのよ」
「祥子まで!」
周りを見てみると祐巳ちゃんたちも苦笑いをしている。
「全く…そんなことで今日から大丈夫なの?おじ様たち一週間も旅行でいなくなるんでしょ?」
「あ…そうだった…よしの、一緒にいてくれる?」
「はあ?情けないわね。それでもミスターリリアンなわけ?」
「うう…」
「由乃ちゃんの言うとおりよ。シャキッとしなさい」
「わかったよ…」

「由乃、来てくれてありがとう」
「あんな捨てられた仔犬みたいな顔でお願いされて断る方が無理よ」
なんだかんだで由乃は夕飯を一緒に食べてくれている。
「今思ったら私の方が由乃の方へ行けばよかったわね」
「部屋が無いわよ」
由乃、冷たい…
「昔は一緒に寝てたじゃない」
「子供の時の話でしょ?ベッドが狭くて無理よ」
「それもそうか…」
「悪いけど、ご飯食べたら戻るからね」
「どうして?!」
「どうしてって…宿題あるし、やることもあるのよ」
「結局一人なの?」
「令ちゃんがお風呂を済ますまでこっちにいてあげるから、情けないこと言わないの」
「ありがとう」
やっぱり由乃は優しいな。

あの足音のおかげでお風呂に入っている間も怖くて仕方がない。
得体のしれない何かに襲われそうな気がしてならないのだ。
でも今日は由乃がいてくれているのでなんだか怖くなかった。

「ふ〜。さっぱりした」
「それはよかったわね」
「それで由乃、変な足音した?」
「まだそんなこと言ってるの?しなかったわよ。まあ、気にし過ぎだって祥子さまも言っていたでしょ」
「でも…」
「それじゃ、私もう戻るから」
「うん…」

こうして由乃は自宅へと戻っていった。

「絶対空耳なんかじゃ…」
そんなことを言いながら歯磨きをしている時だった。

ガサ、ガサ、ガサ

台所の方で音がした。

「ぇ…」
あまりの恐怖に私はそうつぶやくのが精いっぱいだ。
恐る恐る台所に行ってみる。

そしてそこで見たものは…

「令。昨日よりもさらに元気がないわね。由乃ちゃんが一緒にいてくれなかったのがそんなに悲しかったの?」
「………」
「昨日、私、令ちゃんと一緒に夕飯を食べて、令ちゃんがお風呂から出てくるまで令ちゃんちにいたんですけど、そのあと出たらしいんです」
「それ本当?!」
祐巳ちゃんが過剰な反応をする。
「祐巳さん、幽霊が怖いの?」
「志摩子さん…やっぱりいたら怖いよ…」
「そうかしら」
どうやら志摩子は霊的なものに対して恐怖はないようだ。
「令さま、どこに出たんですか?」
「だ、台所に…」
「お、おなかでも空いていたんでしょうか」
「祐巳、幽霊は物を食べなくてよ」
「そ、そうですよね…」
確かに正論だが私は見たんだ!
「でもね、祥子…私見たんだ」
「何をよ」
「な、中身のないバナナ…」
「令、何言ってるの?」
「だって!皮をむいて中身だけ食べてあったんだよ!」
それを言った瞬間みんなが噴いた。
「令さま、何ですかその落ち…」
乃梨子ちゃんに至っては呆れているみたいだ。
「バナナの皮むいて中身だけって、そんなの当たり前ですよ、令さま」
「祐巳ちゃんまで…」
「令ちゃんが食べたんでしょ?」
「違うよ!その時私歯を磨いていたの!それで物音がして台所に行ったら…」
「中身のないバナナの皮を見たのですか?」
「そう…」
「ふう…にわかには信じられないけど貴女に被害はないのでしょう?だから大丈夫よ」
「そうかなあ…」
今に私まで食べられてしまう気がするよ…
「まあ、この世には黒マリアとか仏像大好き座敷わらしが実在するんだからバナナ食べる幽霊がいてもおかしくないわよ」
「どういう意味ですか!由乃様!」
「そのまんまよ」
「まあまあ乃梨子。由乃さんだって心臓を改造したフランケンシュタインなのだから、私たちのお仲間よ」
「そうですね」
「何ですって!」
「そういうことだから、あまり気にしない方がいいわよ」
「そういうことって…」
みんなが賑やかにおしゃべりする中、私の気持ちは沈む一方だった。

今日の由乃は家族で出かけるとかでうちに来てはいない。
つまりは私一人だ。
テレビのボリュームを大きめにして夕食を食べた。
どっかのチャンネルで心霊番組をやっていたのは忘れたい…
お皿を洗うのはお風呂の後でいいかな。

お風呂の後、体を拭いていると、また台所で音がしている。

ジャー…

水が流れている。
蛇口は閉めたはず。

よし。正体を突き止めてやる。
なけなしの勇気を振り絞り…竹刀を持って…奴に気付かれないよう足音を殺して…

台所についた。
まだ奴はいる。

スー…ハー…
深呼吸して精神を統一する。
怖くない、怖くないぞ。
私は支倉令。リリアン女学園剣道部のエース。ミスターリリアン!

「やー!!!」
上段に構えて台所に踏み込む。
「めーん!!!」
思い切り振りおろす。

しかし、相手はやはり人外だったようだ。

「お主、わらわに何をする気か?」
「う…」

ここ数日私を恐怖に陥れていたのは私の家に昔から巣くっているらしい、座敷わらしだった。
この座敷わらしはよく聞くようなおかっぱ頭ではなく、三つ編みを二つ結っている。
勝気そうな瞳と相まって由乃を思わせる。
それに『座敷わらし』と言うだけあって姿は子供。小さいころの由乃みたいで可愛い。
名前は『オユノ』さんという。

私の行動について弁明するとオユノさんは申し訳なさそうな顔になった。
「やはりそうか…すまぬな。そなたを怖がらせてしまったか」
「すみません。今まで生きてきて無かった経験でしたので…でもどうして最近になって」
「それは…まあ…さみしかったのだ」
「さみしかった?」
「そうだ。この支倉家は昔はわらわの存在に気付いておったらしくてな、わらわによく供え物をしてくれていたのだ」
座敷わらしは昔を懐かしむように語りだした。
「わらわの事を気にかけていてくれてそれはそれは嬉しかったのだ。だからよく家事を手伝ったものよ。姿が見えぬはずのわらわの事も家族同然に扱ってくれていた。だがな…」
そこでオユノさんの表情が曇る。
「そなたも知っておるだろうが、大戦があった」
「第2次世界大戦ですか?」
「そうだ。このあたりも争いが激しくてな、支倉も随分と苦労した」
「そうなんですか…」
「そんなこともあって、大戦が終わった後も苦労続きでな、わらわの事を失念したようなのだ」
「すみません…」
「む?そなたが謝ることではないぞ。それにな、それでよいのだ」
「どうしてですか」
「本来、わらわなど知られるはずのない存在。支倉が優し過ぎたのだ。支倉は頑張っていたし、それを見守るのがわらわの楽しみであり、使命だからな」
さらにオユノさんの顔が曇る。
「だがな…一度味わったぬくもりは忘れられるものではなかった。気付いて欲しいと思ってしまった。それはわらわの心の弱さだ…しかもそなたを怖がらせてしまうなど…本当にすまぬことをしてしもうたな…」
「謝らないでください。それにあなただって知って安心しました」
「そうか…そなたは優しいな…」
そういったオユノさんの表情がすごく可愛くて思わず抱きしめてしまった。
ふにゃっとした感触が心地いい。
「バナナを食べたのもあなたですか?」
「すまぬな…わらわはそれが好物でな。我慢できんかった」
「ふふふ…」
「むぅ…笑うでない」
「ごめんなさい」
「うむ」
そのまましばらく笑いあった。

明りを茶色くした私の部屋。
今日はオユノさんと一緒に寝ることにした。
座敷わらしって寝る必要あるのかっていうツッコミはしないでほしい。
「狭くないですか?」
「うむ。でもな、狭いというのもよいものぞ。だだっ広いところに一人でいるより、狭くても誰かと一緒の方が幸せだろうて」
「そうですね」
「そうであろう」
体の小さいオユノさんは私の腕にすっぽりと収まってしまう。
「オユノさんはどうして支倉家に?」
「それはだな、支倉家は昔から隣近所にすごく優しくしていたし、努力家だった。わらわたち座敷わらしはそういった家に憑くのだ」
「なんだか嬉しいです」
「ふふふ、そうであろう。おそらくこれからもこの家にいつくだろうな。今日そなたと話をしてそう確信したよ。そなたは美しく心がきれいだからな」
そう言いながら私の頭をなでてくれる。
「あ、ありがとうございます」
「さて、そなたは寝不足なのであろう?怖がらせてしまったわらわが言うのもなんだが、わらわがそなたを守っておる。安心して眠るがいい」
「はい、おやすみなさい」
「うむ」
オユノさんの優しい感触とぬくもりに包まれながら眠りに就いた。

翌朝。
久しぶりによく寝たせいか、凄く気分がいい。

『令ちゃん、起きてる?』
どうやら由乃が起こしに来てくれたみたいだ。
「うん。今起きた所だよ。入ってきていいよ」
『わかった』

ガチャ

「おはよう令ちゃん。今日はずいぶん寝起きがいいみたいね」
「うん。問題も無事解決したんだ」
「そう。よかったじゃない。それで何だったわけ?」
「それはね」
と言いかけてハッとした。
昨日はオユノさんと一緒に寝たんだった。
今そのことがばれたら非常にまずい。
しかし、神様は意地悪で…

「う〜ん…座敷わらしたるわらわが夜中に眠ってしまうとはな」
オユノさん、起きちゃった…

「おはよう、令、よい朝だな」
「う、うん…」
「どうしたのだ?」
「い、いやあ…」
「…………」
寝起きが良く機嫌もよさそうなオユノさんと、おそらく衝撃を受けたであろう由乃を交互に見る。
由乃は明らかに怒っているような…
「令ちゃん…そのこはだれ?」
「由乃、怒らないで聞いて!この子が足音の原因で…」
「む?おさげ髪の娘。何故に怒っておるのだ?」
ああ…空気を読んでください…
「令ちゃんの…令ちゃんのばか!!!」
「よしの!誤解だよ!!」
「何が誤解よ!!現行犯じゃない!!どこぞの幼女を連れ込んで!!その子私の小さいころに似てるし、そういう趣味だったのね?!このロリコン!!!!」
「のう、令。ろりこんとは何だ?」
「えっと…今はそれどころじゃ…」
「どうぞその子と幸せになってください!!」
そういうと由乃は乱暴に部屋を出ていく。
「由乃待って!!ほんとに誤解だから!!」
「知らない!!!」
「よしの!!」

“賑やかなことよ。よい事だ。令、そなたのこの日常をいつまでも見守っておるぞ。”

「そんなこと言ってないで助けてよ!!うう…よしのーーー!!!」

あとがき
人外シリーズ第2弾。
オユノさんは漢字で書くと『御由乃』だったり。
バナナのくだりはドリフのネタです。






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