クゥ〜様SS
(ご注意:これは『マリア様がみてる』と『AQUA』『ARIA』のクロスです)
【No:1328】→【No:1342】→【No:1346】→【No:1373】→【No:1424】→【No:1473】→【No:1670】→【No:2044】→【No:2190】→【No:2374】→【No:3304】
まつのめ様SS
(ご注意2:これはクゥ〜さまのARIAクロスSSのパラレルワールド的な話になると思います)
【No:1912】→【No:1959】→【No:1980】→【No:1990】→【No:2013】→【No:2033】→【No:2036】→【No:2046】→【No:2079】
ケテル版SS
(まつのめ様のSSをベースに、クゥ〜様のSSと連結させたもの。 乃梨子視点進行のつもりのSS)
乃梨子視点
【No:3091】>【No:3101】>【No:3111】>【No:3126】
由乃視点
【No:3156】>【No:3192】>【No:3256】】>【No:3559】
由乃視点で姫屋編スタート……でいいと思います。
ヴォガ・ロンガから3日。
住民票の解凍手続きの後、ヴォガ・ロンガのゴールで祐巳さんを待ってたんだけど、何やってんだかなかなか来やしない。 時間ギリギリになってゴールした祐巳さんに『なんなのこの体たらくは?!』っと、たぶん間違ってるだろうもんくを一つ言ってから、住民票の事と私が姫屋にやっかいになる事を伝えてから少し話をして別れた。 まあ、聞いた話だとこれから合同練習でちょくちょく顔を合わせるだろうとのことだし、ペア・パーティーの時間も迫ってるいたしね。
そのペア・パーティー、どうやら私と乃梨子ちゃんの歓迎パーティーにしようってことだったらしいんだけど、私が姫屋に行くって事を話したら、急遽……『乃梨子ちゃん歓迎&由乃さんお元気で パーティー』……なんか納得のいかないネーミングなパーティーになっちゃったのよね、主催者に二言、三言、四言くらいもんく言ったけど、私としてはおとなしすぎるくらいの妥協の仕方だったわね。
翌日、曲がりなりにも門出だしとリリアンの制服に袖を通して、乃梨子ちゃん、アテナさん、アリス、それと仲良くなったペアの娘達に見送られて、迎えに来てくれた晃さんと藍華さんの操るゴンドラに乗って姫屋へ。
波も穏やかな運河を滑るように進む白いゴンドラ。 頬をなでる風、制服越しに伝う冷たい空気に気が引き締まる。 ………んだけど……。
「すわっ!! 藍華、いつも言ってるだろ、おまえはスピードの出しすぎに注意しろと!」
「そんな〜?! 今のこの状況で、しかもカナル・グランデでくらいいいじゃないですか!」
「普段から気をつけていない事を、お客様の前で出来るわけないだろう?!」
「今はお客様は乗せてません!」
「乗せてるだろ?! 由乃ちゃんを! そうだ、久々におまえの観光案内を聞いてやろう、由乃ちゃんをお客様に見立ててやってみろ!」
「え〜〜〜?! そんな〜〜」
その途中であるにもかかわらずプリマの藍華さんに指導をする晃さん、回りまわってあれが私の所に来るのか……あるいは直接……………失敗したかな?
晃さんに言われて、藍華さんが速度を落として観光案内を始める。 教本とも、修学旅行の時のイタリア語での案内とも違うわかる言葉での生の案内は新鮮だ、そう言えばちゃんとした案内を聞いたのって初めてかもしれない。 藍華さんの操船と案内と晃さんの厳しい注意を聞きながら、白いゴンドラは私の新天地『姫屋』へと進む。
姫屋で私にあてがわれた3階の私室は、藍華さんの部屋もそうだけど1人部屋と考えるとかなり広い、収納スペースには困らないだろうけど気を抜くと際限無く物が増殖しそうだわね。 あと掃除が大変そう、ちょっとづつやるしかないわね。
毛布や布団はベットの上にたたんで置いてあって手で触れるといい感触、ちゃんと準備してくれていたらしい、クローゼットに古着を納めて、あれ? 靴置き場ってどこだろ? 部屋の片付けなんかは、手荷物が殆んど無い今だからすぐ終わっちゃった。 掃除はされていたが、こういうものは気分だと軽く雑巾掛けなんかしていると、藍華さんが入社関係の契約書を持って来た。
そして…。
『私の使い古しで悪いんだけど…』
と、ちょっと照れくさそうに紙袋を手渡してきた、中身は目覚まし時計。
『ほら、まだ何にも持ってないじゃないあんた、時間がわかんなきゃいろいろ不都合があるから…』
そう言えば時間を合わせるの忘れてるけど腕時計は持ってるし、携帯も持ってる。 でも、充電器が無い携帯は遠からず使い物にならなくなるだろう、方式の違いからだと思うけど通話できないんだから無用の長物だ。 腕時計だって電池の規格がどうなってるか分からない、ひょっとしたらアンティークショップで売ったら高値が付くかも知れないけど……もちろんそんな気はない。 ありがたく頂戴することにした。
書類へのサインが済んだ後、藍華さんに連れられて本社社屋内と寮内の案内、それとサンタルチア駅前支店にも連れて行ってもらう、支店長の藍華さんの下での修行となると、ここにも頻繁に顔を出す事になるだろうしね。
あっちこっち行った様な気もするけど、比較的のんびりした時間感覚で2日目も終わる。
そして………。
《その、金色に輝く朝日の中には・・・・・・》
藍華さんから貰った古い目覚まし時計に目をやると、まだ5時少し前。
リリアンに通っていた時は早く目が覚めると、なんか損したような気がしていたっけ。
寝直そうと思って布団を被り直したけど、妙に目がさえてなぜか寝ているとかえって息苦しい感じ……。
あ〜あ・・・なんだろ……。 ため息をついて天井を見上げる。
「・・・姫屋・・・か・・・」
不意に、脳裏に浮かびかけた二つの顔を打ち消すように、勢いをつけてベットから起き上がる。
朝食・・・には?
もちろん早すぎるわ。 社食だって、まだ朝食の準備をしているとこじゃないかな。
また寝る?
二度寝は本来気持ちいいはずだけど、今はなぜだか息苦しく感じてしまう、そういう時もあるんだろう。
まあ、このまま部屋でグズグズしているのももったいなすぎる。
リリアンの制服を除けば、現時点での私の唯一の私有財産ともいえる服数点の中から、ニットの白いシャツとクリーム色のチュニックワンピ、クロップドデニムに、ベージュのストールをマント風に巻いて。 髪は…三つ網は面倒だから今はパス。 袋の中からスニーカーを出す。 あ〜〜、そう言えば靴置き場考えて無かったわね。
のんびり着替えていたら5時10分ちょい過ぎ。 音をたてないように注意してそっと部屋から出る。 そう言えば、あの目覚まし時計時間合ってんのかしら?
ヴォガ・ロンガが終わるとネオ・ヴェネツィアは冬に入るということだ、確かに頬をなでる空気は冬を感じさせる冷たさだ、薄手のチュニックワンピとクロップドデニムで失敗したかと思ったけど、防寒性能がいいのか寒さは感じない。
なんか昨日までは居なかったフワフワした白い綿毛みたいな物が飛んでる、羽があるからなんか虫っぽいんだけど良くわかんないわね。 ま、害はなさそうだし見てて可愛いからいいか。
フワフワフワフワ白い綿毛が飛ぶ中、早朝散歩に繰り出す……は良いんだけど。 さて、どこへ行けば良いのやら、徒歩でネオ・ヴェネツィアを歩くって、アリスに案内されて古着を買いに行った時だけだわね。 もっともついて歩いただけで地図が頭に入るほど地理が得意なわけじゃないし、ネオ・ヴェネツィアはそんな単純な街じゃない、むしろ複雑怪奇? 迷宮?
取り合えず近場だし、サン・マルコ広場(Piazza San Marco)へでも行ってみますか。 その後は気の向くまま・・・・・・あ、藍華さんと朝食の約束してたっけ、それまでに帰らなきゃ。
アクアの水先案内業界一の老舗姫屋の本店。 地球(マンホーム)のヴェネツィアに有った有名ホテル『 ダニエリ 』がモデルなんだとか。
姫屋の本店から右へ50mも歩けばパリア橋(Ponte della Paglia)。 ドゥカーレ宮殿(Palazzo Ducale)と牢獄(Prigioni)の間の運河に架かっているのが溜息橋(Ponte dei Sospiri)。 もちろん、この時間に観光している物好きはいない、白み出した空をバックに陰影が強調された溜息橋、少し靄が立ち上る運河には逆さ溜息橋……ま、逆さ富士みたいにそんな名物があるかどうかは知らないけど、風の少ないこの時間、運河が波打ってると見えないわけだかしちょっとラッキーと思っておこう。
歩みを進めるとドゥカーレ宮殿・・・マルコポーロ国際宇宙港なのよね・・・宇宙港・・・宇宙・・・港・・・・・・。
う〜〜ん・・・・・・。 自分が『宇宙港』なんて単語を使うことになろうとは…、剣客小説の人だった私が『宇宙港』なんて言葉をまともに使う人見たら、2週間前だったら鼻で笑ってただろう。
でも目の前にあるのは、紛れもなくマルコポーロ国際宇宙港。
ここって…広いようでいて空港として使うには狭いように思うんだけど、その辺りどうなってるんだろ? 観光産業で成り立っているネオ・ヴェネツィア、発着する宇宙船の数だって見ている限りかなりの数だし、宇宙船の大きさだってやっぱりそれなりに大きい、どうやって捌いてるんだろ? 乗降口と宇宙船の出入り口だけここで、後は地下施設にでもしてるのかしらね? 別の場所に広いとこ造って、そこから鉄道や船で旅客輸送すればいいと思うけど、別料金で。
ヴェネツィアとマルコ・ポーロ空港みたいに、そうすればここを本来のドゥカーレ宮殿に改装できて観光名所に出来ると思うんだけど……、まあ、私がそんなこと考えたってしょうがないわね。
サン・マルコ広場に入る前にカナル・グランデ・・・・・・お〜っと、ジューデッ…何とか…運河…? (ジューデッカ運河 Canale Della Giudecca) と合流してサン・マルコ運河(Canale Di San Marco)って言うんだっけこの辺から。
朝靄の起つサン・マルコ運河越しに・・・・・・え〜と・・・あ、サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会(San Giorgio Maggiore)・・・を見る、この辺りから見るともっともきれいに見えるように創られているってオレンジ・ぷらねっとの教本に書かれていた・・・ような記憶があるけど、白み始めた空をバックに金色の朝日を浴びている姿は、運河に起つ靄やフワフワの綿毛なんかと相まって幻想的に見える。
独り占めだわね、この景色。
さて、フワフワがフワフワと飛び回り、鳩が昨日蒔かれた餌の残りを啄んでいるサン・マルコ広場に入って来たわけだけど…。
宝探しの時乃梨子ちゃんと一緒にさんざん見て回った、見新しさは無い・・・・・・はずなんだけど・・・光の感じが変わっただけで、雰囲気も大きく変わってしまうものだと改めて感じる。
”世界一美しい広場”ナポレオンがこれを見たのかどうかは知らないけれど、ま、3時間しか睡眠時間を取らなかったっていうナポレオンが、朝も早くからこんなん見に来るほど暇人なわけないだろうけど。
雨の日とか夜なんかもまた違った感じに見えるんだろうな、楽しみが増えたってことか……。
こうしてこっちの世界にじょじょに染まっていくのかな?
帰るあてなんか・・・・・・止そう、頭を振って、また浮かびかけた顔二つを打ち消す・・・ダメだ・・・消せない・・・・・・。
「令ちゃん・・・菜々・・・・・・」
とうとう口をついて出てしまった名前。
……会いたい…、でも……隔てられた時間と空間は、あまりにも大きい。
切られてしまった絆は、どうすれば手繰り寄せられるんだろう?
未来世界から過去へ、この思いを伝えるにはどうすればいいんだろう?
「あ〜〜〜もおぉぉ〜〜!!」
私の叫び声に驚いた鳩が一斉に飛び立つ。
大鐘楼(Campanile)の尖った屋根を見上げながらそんなことを考えていたが、視線を落として背を向ける。 乃梨子ちゃんと一緒の時は”年上っぽく”が頭にあったからこんな考え浮かぶ余裕がちょっとなかったけど・・・マイナス方向の考えばかりが浮かんでくる、そんなの願い下げだ。
サン・マルコ寺院(Basilica di San Marco)の近くの通りへと足を踏み入れる。
ここから先は、乃梨子ちゃんとの宝探しの時には探索対象外にしていたところ。 サン・マルコ広場の裏通りはブランド物のお店が立ち並んでいた。 シャネルにグッチ、カルティエ…ふ〜〜ん、私が知ってるような有名ブランドは今でも存続してるんだ。
ウィンドーショッピング……って言えるのかな?
さらに運河と小道が入り組むネオ・ヴェネツィアと言う名の未知の空間に足を踏み入れていく。 あ〜菜々が喜びそうなシチュエーションだわ。
そして・・・・・・。
「……どこよ、ここ?」
大鐘楼(カンパニーレ)を目印にすれば大丈夫だろうと思っていた……。
ところが、狭い所に建物がひしめき合っているもんだから、5分もすると建物の谷間に沈む道から目印の大鐘楼(カンパニーレ)は見えなくなる。
引き返せばいいものを何となく、もと来た道を戻るのは癪に障る……難儀な性格してると自分でも思うけど、そのまま突き進んでしまう自分が可愛い、誤解かしらね? 変に角を何度も曲がったりしたもんだから方向感覚が狂いまくってさらに迷う。
藍華さんと一緒に朝食をとる約束をしてるんだし、その後は練習に付き合ってもらえることになっている。 再三思い出していることだけど、それまでには帰りたいところ…だけど……。
広場→小道→橋→小道→広場、このリズムにはまると楽しいとかアリスは言ってたような気がするけど、それは自分の現在位置をしっかり把握できている人の話。 地図を見てても迷えるだろうネオ・ヴェネツィア初心者にとって、リズム云々は迷いの螺旋(スピラーレ)の中へ誘いこむ罠の一つじゃあないかな?
……………まあ、いいか。
慌ててもしょうがないから開き直ることにする、もう少しすれば人も出てくるだろうし、そしたら道を聞けるはずだしね。
……現実逃避とも言うわね。
まあ、言わば言え。 基本的な解決になってないが、今はこの街を包み込んでいる雰囲気に乗ってみることにした。
慌てないと思い込んだからか周りを見る余裕が出てくる。
商店などは当然まだ閉まっているわね。 この辺りまで来るとブランドとは無縁の普段使いの商品を扱っている、まあ一般人の私達には安心感の高めな地域だわ、扱っている服や靴、帽子などをモチーフにした看板の店、店の前に樽が積んであったり、イタリアンなスパイスの香りを周辺に振りまいている店、甘い残り香を漂わせているのはお菓子屋さんかな? あ〜、パンを焼いている良い匂いが漂ってくる。 出し汁の匂いがするんだけどお蕎麦屋さんでもあるんだろうか、ネオ・ヴェネツィアに? 食べ物関係の店ばかりが気になるって、おなか空いて来てるのかしらね〜。
裏路地の入り口で三匹の小猫が遊んでいるのが目に留まった。
身を屈めて眺めていると不意にピタリと動きを止めて、私の方を注目する三匹。 ジ〜〜〜ッとこちらを注目しながら、そろりそろりと建物と建物の隙間に入って行ってしまった。
なんか気に障ることでもしたかな? 子猫達が消えていった方の樽の陰に少し大きな猫、やっぱりこちらをジ〜〜ッっと見ている。
・・・・・・…?
あ〜、なんか警戒されてる?
頭を掻きながら立ち上がると、屋根の上からこちらを見ている猫が2匹、橋の欄干の上から見ている猫、堂々と道の真ん中をノシノシと歩いてくる猫、ゴミ箱の陰からも3匹の猫。
猫 猫 猫 猫
警戒の視線を向けてくる猫、猫、猫……。
私、猫と相性悪かったかな? 誰かに『ネコ・フェティダ・アン・ブゥトゥン』って言われた事があった気はするんだけど、って関係ないか。
ネオ・ヴェネツィアって猫が多いわね、どんどん集まってくる。
ちょっと怖くなって一本路地を移動・・・しようとしたら、その路地にも猫達がいて、私を注視している。
え〜・・・と・・・。 ここもまずい・・・の・・・かしら?
基本的に猫は嫌いじゃないんだけど、これだけそろうと正直怖い。
裏路地の一本に猫がいないのを見て取って、そこに入り込む。
建物が迫って来て妙な圧迫感を感じる薄暗い裏路地をゆっくりと進む。 同じ様な高さの建物が多いネオ・ヴェネツィアだけど、こういう細い裏路地に入ると建物が高く感じる。 いやいや、実際この辺りの建物今までの所より高くないかな? 運河の音も聞こえず、生活観も感じない。 ”シ〜ンッ”としていて、私の足音だけが大きく響いている。 これはこれで怖いんだけど複数の猫に見つめられるよりはまし……なのかなぁ〜?
気がつくと、後ろから複数の猫の声が迫ってくる。 後ろを気にしつつ早足で角を曲がって見ると目の前に猫の群れ、大多数は普通の猫なんだけど、二頭身のとかボールみたいに丸いのとか招き猫なんじゃないのってのとか……そんな所に踏み込む勇気があったら今現在逃げ回ったりしない。
角を曲がらずに生活感の一切無い路地をさらに真っ直ぐ進む、しばらく進むと……私、地上を歩いてたはずなんだけど、いや、今は早足なんだけど。 頭の上に見える道っぽいものは、建物っぽい物は何? 運河も橋も見えるんだけど? どういう世界? 上に鏡があるみたいだ、ひょっとしたらそれを見上げて間抜け面してる私が見えるかもしれない。
出口の無い騙し絵みたいな世界の中を、グルグル回っている訳じゃないでしょうね? 『鍋島藩化け猫騒動』なんてのもなぜか頭に浮かんできてしまう。 別に猫に恨みを買うようなことしてないはずなんだけど?
朝日も昇ってこようかって言う時間のはずなのに裏路地はますます暗くなり、ポツンポツンとある街灯の灯が頼りと言うほど暗くなる、建物の窓は黄色く光り…窓と言う窓が影絵のように同じ光を出している……そんなことあるわけ無いじゃない…チラッと中を覗くと窓の向こうには黄色い空間が広がっているだけ。
ちょっとおぉぉ〜〜! 冗談じゃないわよ!!
このまんま私だけ、祐巳さんや乃梨子ちゃんと、また別れることになるなんて……。
怖い考えが浮かび、慌ててその考えを打ち消す。
そんなことある訳無いわよね?!
早く、早くこの裏路地から抜け出したい! いつしか小走りになっていた。 かなりの距離を走っているつもりなのに橋にすらたどり着かない、そんなバカな!! ネオ・ヴェネツィアでこんなに走らなきゃならない所なんて…私が知っている所だとネオ・スキアヴォーニ河岸(Neo Riva degli Schiavoni)くらいだけど確実にそこより長く走ってる……ような気がする…。
時折思い出したように現われる街灯が灯りをなげかけているけれど、そんな所に立ち止まるなんて怖すぎる。
ようやく向こう側が見えてきた、走る速度が上がる心臓の鼓動も上がる。
逃げ切れると思った瞬間、目の前の道幅いっぱいに猫の顔が現われてニタリとチェシャ猫みたいに笑った。
だあぁぁぁ〜〜〜?!
目の端に引っかかった扉へ何も考えずに飛び込んむ……そこは……。
朝日とはちょっと違う金色の光り、床が頭上から来る光を綺麗に反射していて、それがどういう作用か金色に見えるんだ。
路地……違うわ、どちらかと言うと神殿の廊下を思わせるような所だ。 急な登り階段がどこかへと繋がっているらしいが、当然その先は窺えない。
なんだろここ? ネオ・ヴェネツィアの街並みと違うのは分かるけど。
ひょっとしてさっき考えてた、別次元とかに飛ばされてしまったのかしら?
不意に、私の隣に何か大きな物が現われた様な気配がした。
怖い気配ではないが、何かに似てる。 頭に浮かんだのは……。
いや…今雨降ってないし……ここバス停じゃないし……さっきのはチェシャ猫で猫バスじゃないし……似てたけど……。
そろ〜〜っと右側をうかがうと、”似てなくもない者”がノソッと立っていた……。
大きな大きな猫が立っていた。
リリアンに居ついてた猫だと言う。
私もたまにお昼分けてあげたりしたっけ、憶えてるだろうか?
つい最近、乃梨子ちゃんと一緒に会った時は、知らなかったから”きゃあきゃあ”騒いじゃったけ。
私の知ってる猫の成れの果て(?)なら怖がることもないだろう。 少なくともこの場で頭からバリバリと食べられる…って事は無いはず…よね?
「……ご、ゴロンタ?」
ゆっくりとゴロンタ=ケットシーの方を向き直る。 ゴロンタ=ケットシーは目を細めて右手を胸に当てて舞台劇のようなお辞儀をする。 案外器用ね。
「…ずいぶん大きくなったもんね、リリアンにいた頃は普通の大きさだったのに」
そうお弁当を分けてあげた時、放課後薔薇の館に行く前に頭を撫でた時も極普通の猫だった。 何をどうすれば、猫の妖精になれるんだろ?
「そう言えば、乃梨子ちゃんと二人して、びっくりして叫んじゃったわね。 気を悪くしないでね」
『………』
ゴロンタ=ケットシーは喋っている訳じゃない。
目が優しげに細まり少し小首をかしげる。 どうやら気にしていないらしい。
「でもさ、日本生まれの猫なんだから”猫又”になるのが筋でしょうに、なんで”猫の妖精のケットシー”なわけ?」
……あ、苦笑してるし。
「…ところで……さっきの猫の群れを使った、ちょっぴりホラーチックなのは、やっぱりあなたの仕業なわけ?」
『 ……… 』
「はぁ…まあ、…いいか。 何か用事なの? おかげで迷っちゃって、今何処だか分かんないのよ。 用事が済んだら戻してくれる?」
まあ、それ以前に迷子だったことは棚に上げておこう。 知らないわけじゃないだろうけどね。
なんだろ、普段だったら怒るところなんだろうけど、怖かったしね。 でも…なんかなぁ〜。
………え? ゴロンタ=ケットシーは、スッと手(前足とは言わない気がするから…)を伸ばして、プニプニの肉球で私の頬に触れる。 ……おっきくなっても、ここはプニプニしてて良い感触なのね……でも…。
「……でも、何かごまかそうとしてない?」
そして次の瞬間。 風景が、頭の中が、スパークする。
……流れ込んでくる……。
ゴロンタ=ケットシーの思い、感情、青、青い水、青い海のヴィジョン。
祐巳さんを巻き込んでしまったことへの後悔。
私と乃梨子ちゃんをやむを得ず連れて来た理由。
そのことに対する謝罪。
帰してやる事の出来ない現状。
ちょっとしたおまけの事。
そして……。
……そして……私は……意識を失った……………。
― * ―― * ―― * ―― * ―― * ――
「――……乃ちゃん!! ちょっと〜! 由乃!!」
「…あえ? 令ちゃん? ……あ……、姫屋…藍華さん……」
「令ちゃん? ここは姫屋ですよ〜、私は藍華さんですよ〜! で? 何だってあんたはそんな服着てそんな格好してるのかにゃ?」
姫屋の3階、私に宛がわれたワンルーム。 私は床に座り込んでベットにもたれている。 いつのまに帰ったんだろ? ……お散歩に出たの自体が夢とか言うことはないわよね?
「ホントに、なかなか食堂に顔出さないからどうしたのかと思ったら……。 普段着に着替えてあ〜にしようとしてたのよ?」
「……早朝の散歩に出てたんですよね…」
「…寝てたじゃない」
制服姿の藍華さんは、腰に手を当てて私を覗き込む。
「……いま、何時ですか?」
「はい」
ベットのサイドテーブルの上から目覚まし時計を取って、私に見えるように掲げる。
「8時5分…、3時間経ってるんだ…」
「ちょっと、まだ寝ぼけてるんじゃない?」
ベッドにポンと腰掛けた藍華さん、私の額に手を伸ばす。 寝ぼけるのと熱とは関係ないんじゃないかな? とすると……。
「……化かされたかな?」
「ん? なにによ?」
「……ケットシーに…」
「…………」
藍華さんの手は、私の額に触れる直前でピタッと止まる。 あ、顔が引きつってる。 なんか遭ったのかなケットシー=ゴロンタと。
「ほ、ほら! さっさと朝ごはん食べよう。 その後、実力の程見せてもらうから…」
「…はい」
『ケットシーの話しはここまで!』っと言うように話を切り上げて、そそくさと部屋を出て行く藍華さん。
まあ、藍華さんに言ってもしょうがない。 何か大切な事をケットシー=ゴロンタから聞いたと思う。 でも……。 なぜだろう、その内容を私は思い出せないでいた。
― * ―― * ―― * ―― * ―― * ――
「うん、まあ〜、にあってるわよ普通に」
「そうですか?」
社員食堂でBランチ(ご飯、味噌汁、ホウレン草とベーコンのオムレツ、お漬物てんこ盛り。 藍華さんはAランチ、オムレツがムロアジの干物に代わってるだけ。 ってか、マニアックな干物が出るのね)の朝食を食べた後、姫屋の制服に着替える。
マーメードラインの白いワンピース、フロントのデザインラインは赤。 後ろから見ても”姫屋”と分かる小さな帽子。 ストールのようなマントようなこれってなんていうんだろ? ハイヒールを履いて出来上がり……。
宝探しの時、藍華さんの部屋に潜り込む時の変装道具として渡された物、つまりこれも古着なわけだけど。
「まあ、新品は明後日くらいには出来てくるはずだから」
「しかし…これ……」
ハイヒールは滑るわけじゃないから今の時点で問題なさそうだけど、ゴンドラの上で履くにはどうなんだろ? 慣れの問題だと思うけどちょっと不安だわ。
問題はどっちかと言えば、このワンピース。 オレンジ・ぷらねっとのやARIAカンパニーのよりスリットが深めに入っていて結構恥ずい、乃梨子ちゃん良く平気だったわね。 ……しかし、オレンジ・ぷらねっとのもARIAカンパニーのもそうだけど、このウンディーネの制服ってのは体のラインばっちり出ちゃって………はぁあぁあぁ〜〜…。
……胸大きくするのはどうすりゃいいんだろ……。
「さあ〜それじゃあ、張り切っていきましょうか! 祐巳ちゃんはともかく、後輩ちゃんトコの乃梨子ちゃんに負けないようにビシビシいくから覚悟しなさいよ!」
「なんで『祐巳ちゃんはともかく』?」
「灯里がメインで見てるけど、なんたってARIAカンパニーには三大妖精の一人アリシアさんがいるわ、そこで約15ヶ月間修行してるのよ祐巳ちゃんは。 このハンデは大きいわ! 大きすぎるのよ!! でも、スタートがほぼ同じ乃梨子ちゃんとなら…」
そうだ忘れてたけど、祐巳さんがネオ・ヴェネツィアに来たのが4月末頃。 私と乃梨子ちゃんは18月末に来たから、私達と祐巳さんの間には14ヶ月の差が存在する。 なにげに私より年上になってるのね祐巳さんは……え? 祐巳さまかな……いやいやそれはちょっと……。
そんな事を考えていたら、盛り上がっている藍華さんの肩越しに奥の階段を登って来る人に気がついた。
「姫屋にも三大妖精の一人晃さんがいらっしゃいますが? 乃梨子ちゃんのとこのオレンジ・ぷらねっとにもアテナさんがいますし。 そう言えば、アリスの方が先にプリマに成ったんだとか…しかも飛び級昇格だったとか」
「……誰から聞いたのよ…私はあんまり気にしてないわよその事については。 とにかく、オレンジ・ぷらねっとには負けられないって事よ!」
「はぁ〜…、乃梨子ちゃん優秀だから、2代続けて飛び級したりして…」
「ふふふふふ…”優秀”だけじゃウンディーネは務まらないのよ。 たゆまぬ努力と向上心、やっぱこれよ!」
「そういうおまえは”たゆまぬ努力と向上心”に磨きをかけてるんだろうな?」
「ぬなっ?! 晃さん!」
後ろから接近してきた晃さんに気が付かなかった藍華さんを、晃さんは軽く小突く。
「無駄に風呂敷広げるの好きだよな藍華」
「ぅぁっ……やっぱキャラ被ってるわ……」
「うん、なかなか似合ってるじゃないか由乃ちゃん、藍華が初めてそれ着た時よりよっぽど様になってるな」
「って、私が初めて着た時も『似合ってるって』言ってましたよね、自分が初めて着た時よりも〜〜って!『…ちょっと! 晃さん来てたの気がついてたでしょ?…』」
「『…当然じゃないですか…』ありがとうございます。 どうかしたんですか?」
「『…あとで憶えてなさいよ…』これから由乃にゴンドラ漕がせて、今後の練習プラン立てようと思ってたんですけど」
「ふふ〜〜ん、本当ならいいんだけどな。 おまえ達だと漫才道中にならないか心配だな」
「「漫才道中ってなんですか?!」」
見事にハモッた私と藍華さんの抗議の声に晃さんは笑い出した、失礼な!
ひとしきり笑った後、晃さんは、私にまだ少しニヤけた顔を向ける。
「それはそうと由乃ちゃん、アテナから電話があったぞ『ゴンドラの修理が終わったけれど、どうする?』って。 どういうことだ?」
あ〜、そう言えばすっかり忘れてたわ。 どうしましょうね?
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜 2話へ つづく 〜・〜・〜・〜
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冬 | 春 | 夏 | 秋 | 冬
AQUA 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24
冬| 春 | 夏 | 秋 | 冬 | 春 | 夏 | 秋 | 冬
Earth 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
ッてことらしいですよ。