「はぁ……」
ベッドに横たわり、溜息を吐く少女が一人。
四日前に心臓の手術を無事終えた島津由乃は、術後の容態経過を診るための入院を続けており、退屈を余儀なくされていた。
窓から見える空は僅かな赤みを残し、ここ暫く見上げ続けてきた天井は、病院なのに病的な白さを醸し出している。
枕元に積まれた文庫本は既に読み終えており、睡眠も必要以上にとっているためか、眠くもならない。
あと少し。
明日いっぱいまで、特に容態に異常が無ければ、土曜日の午前中には退院し、自宅で日曜日を過ごした後、ようやく登校することが出来る。
新しい同僚、そして新しい友人である彼女に、会うことが出来る。
その日が待ち遠しくて、胸がドキドキする。
そのドキドキは、生まれた時から否応も無く付き合ってきたモノとは全く違う、とても新鮮なものだ。
その時。
コンコンと、部屋の扉をノックする音がした。
返事よりも先に、遠慮がちに開いた扉の影からは。
「祐巳さん!?」
「えへへ〜、ごきげんよう由乃さん」
はにかんだ笑顔の、福沢祐巳が現れた。
「どうして?」
「いやぁ、令さまからは、経過は順調だって聞いてたんだけど、やっぱりちょっと心配だったから、時間を作って来ちゃった」
はいお土産……じゃなくてお見舞いだねこの場合、と言いながらバスケットを由乃に手渡す祐巳。
「わぁ、ありがと!」
先ほどまで、会いたいと思っていた友人が、お見舞いを持ってやって来たのだ。
由乃の喜びもひとしおだ。
早速バスケットのパッケージを解いてみると。
「……なにコレ?」
中から出てきたのは、パンやチーズ、ソーセージ、卵、玉葱、リンゴやオレンジ等等、どんな意味があるのか分からない組み合わせの食べ物が諸々と。
そして更には。
「……葡萄酒?」
瓶に入ったワインまでが入っている。
「大丈夫だよ由乃さん」
「何が?」
「ホラ、緑のジャケットを着た日本で一番有名な泥棒さんも言ってたじゃない。『ジェット機だって、一晩あれば直らぁ』って」
そう言う祐巳は、満面の笑みを浮かべていた。
「いやあのね?」
「今日の面会は終了ですよ」
どうすりゃいいんだ?ってな困った顔をした由乃を尻目に、看護師が面会時間の終了を告げた。
「あ、は〜い。由乃さん、しっかり食べてしっかり治してね。じゃ、月曜日に学校で。ごきげんよう!」
唐突に現れて、あっと言う間に去ってゆく。
残された由乃は、呆れた顔で見送ることしか出来なかった。
「はぁ……」
小さく溜息。
再び静寂に包まれた病室。
ここも、あと少しで去ることになる。
「しっかり治してね、か……」
目の前には、祐巳が持ってきたお見舞い。
確かにそうだ。
早く、そしてしっかり治して、月曜日に。
由乃は、フンと鼻息を荒げて腕を捲くると、バスケットの中身に手を伸ばした。
その後彼女は、退院が四日ほど遅れたという……。