No314 真説逆行でGOの続きです。
「志摩子さん」
「え」
昼休み、祐巳は一人で教室から出て行こうとする志摩子さんを呼び止めた。
「ごきげんよう、ご一緒してよろしいかしら?」
「ええと……」
志摩子さんは困った顔をした。
「あ、ごめんなさい、迷惑だったよね」
だめだ。我ながらちょっとストレートすぎた。
嫌われないうちにと退散しようとしたら志摩子さんが声をかけた。
「あ、あのっ」
え、もしかして?
「あんな顔されたら断れないわ」
ここは銀杏並木に一本だけある桜の下。
「そんな顔してたかな」
私は志摩子さんとお弁当を広げていた。
「ええ、あんなに落ち込んだ顔してたのに、呼び止めた時の嬉しそうな顔ったら。もう『一緒に行きましょう』としか言えなかったわ」
ころころと楽しそうに笑う志摩子さん。
「ごめんなさい、無理に誘わせちゃったみたいで」
「いいえ、祐巳さんがこんなに楽しい人だったなんて、今日、声をかけてもらってよかったわ」
お世辞じゃなく、本心でそう言ってくれてるみたいで嬉しかった。その対象が百面相だったとしても。
でも話題が途切れた時に見せるどこか遠くに思いを馳せているような表情は祐巳にちょっとだけ寂しさを感じさせた。
〜 〜 〜
まだ殆ど生徒が登校していない早朝。祐巳はお姉さまとの密会の場所である古い温室に向かっていた。
ロザリオを受け取り、朝会うことと約束をしたのは昨日のこと。お姉さまと普通にお話できるのはこの時間だけということもあり、つい約束の時間より三十分も早く学校に着いてしまった。
温室に向かう途中、講堂に差し掛かったところで足元に少しだけ桜の花びらが落ちてるのに気づき、ふと足を止めた。
講堂の裏手の銀杏並木の中で一本だけ咲いている桜の木。昨日、志摩子さんと一緒にお弁当を食べた場所だ。
どうせ時間もあるしと思い、祐巳はなんとなくそちらに足を運んだ。
花は今満開で、件の桜は朝から豪快にピンク色の雪を降らせていた。
「あれ、志摩子さん?」
「え……」
桜の木の下に志摩子さんが佇んでいた。
志摩子さんは一瞬驚いたように目を見開いたが、目の前に居るのが祐巳と判ると「あら、ごきげんよう」と花を咲かせるように微笑んだ。
「こんな早くから来てるんだ」
「ええ、祐巳さんも?」
「えっと、私は今日は特別かな?」
「どうしてここに?」
「うーんと、なんとなく。この桜、思い出したから。志摩子さんは?」
「私もよ。この桜に惹かれるものがあるの」
「ふーん」
そんな会話を交わしながら二人で並んで桜を見上げた。
何故だろう。最初に交わした言葉を最後にずっと二人とも黙ったままなのに、こうして花びらの舞い散る中、桜を見上げているのは不思議と心地よい。
そうして十数分が過ぎただろうか、ふと風が止み桜吹雪が途切れた。
祐巳の視界に志摩子さん以外の第三者の姿が浮かび上がった。
「あ……」
声をあげたのはどちらが先だろう。
「あなたは……」
その人は二メートルくらい先に立ち、目を見開いてこちらを見つめていた。
祐巳はその人の顔を認識すると親しみを込めるような笑顔であいさつした。
「ごきげんよう」
それは今という時間を紛れもなく祐巳はまだ一年生であるとを再確認させるお人、リリアンの制服に身を包んだ佐藤聖さまだったから。
「せっ、あの、どうかなされましたか?」
祐巳と聖さまはまだ出会っていないはずだから。思わず言いそうになった「聖さま」という言葉を飲み込んで声をかけた。
満開の桜下のの聖さまはずいぶん弱々しく在りし日の元気いっぱい祐巳に絡んでいた『親父女子高生』の片鱗もなかった。
「え? いや、君は?」
ちょっと焦ったようにそう聞いてくる聖さま。
なんかますます聖さまらしくない。
「私ですか? 私は――」
ここで自己紹介していいものか。『志摩子の居場所が出来るまでは』とお姉さまの言葉が頭をよぎった。
「えっと、こちらは志摩子さん」
聖さまに見えるように隣に居た志摩子さんの肩に手をかけてそういった。
「えっ」っと驚いて聖さまの方を見た志摩子さんは今度は困ったような顔をして祐巳に言った。
「ちょっと祐巳さん、どうして私を紹介するの?」
「えーっと、なんとなく?」
「ユミちゃんか。苗字も教えてくれない?」
「えっ? わっ、私?」
困ったことに聖さまは志摩子さんより祐巳に興味を持ってしまったようだ。
祐巳は志摩子さんと聖さまの出会いの詳細は知らなかったが、もしかしたらまずいことをしてしまったのではないかと思った。
「そうよ。あなたよ」
聖さまの目は祐巳しか見ていなかった。
「あの、福沢祐巳です。こちらは藤堂志摩子さん。二人とも一年桃組です」
仕方が無いので一緒に志摩子さんも覚えてもらうことにした。
「祐巳さんたら」
もっと色々聞いてきそうな雰囲気だった聖さまは、何故だか話を途中で切り上げるように「それじゃあ」と言って講堂の方へ歩いていってしまった。
聖さまが去った後、祐巳は用があるからと志摩子さんを桜の木の下に残して古い温室に向かった。
温室には既に祥子さまが来ていた。
「ごきげんよう、祐巳」
「ごきげんよう、お姉さま。お待たせしてすみません」
「いいえ、今来たところよ。それより何処にいたの? 花びらがたくさん付いていてよ」
祥子さまは祐巳に近づいて頭や肩に乗っていた花びらを払った。
「いえ、その、たった今私、聖さまにお会いして……」
「白薔薇さまに?」
そして桜の木の下での聖さまとの一件を話したところ、祥子さまは何を思ったのか眉を下げた。
「志摩子とは仲良くなったのね?」
「ええ。それは昨日から」
「それは良かったわ。聖さまと志摩子のことはしばらく様子を見るしかないわね」
新入生歓迎会以降もし志摩子さんより先に祐巳が薔薇の館に呼ばれるようなら、そのときは志摩子も誘いなさい、と祥子さまはそう言った。