【3189】 こんな人だったのガールミーツガール後ろから蹴り入れる  (福沢家の人々 2010-06-22 22:29:07)


 とある朝の福沢家での食事の風景。
 食卓を囲んで、母親のみき、長女の祐巳、そして長男である祐麒が仲良く食事をとっている。
 つと、祐巳が口を開いた。
「祐麒も、明日から冬休みだよね」
「うん」
 それに祐麒が答えると、さらに言葉をつなぐ。
「というわけで、レストランを手伝て」
 福沢家では、建築設計事務所と武蔵野駅前の一角にてメイドカフェレストランを経営していた。
 父親の祐一郎がオーナーで、母親のみきが店長、そして長女の祐巳が現役高校生ながらマネージャーという経営陣となっている。
 祐麒はもう一つの家業の建築設計事務所を継ぐつもりなので、レストランには関与していないのだが……。
「なんでそうなるの?」
 と聞き返すのは当然だろう。
「どうせ暇だろう」
「うちの学校はバイト禁止だよ」
「家業を手伝うのにバイトはないでしょ。バイク免許取得禁止の花寺だって、ラーメン屋とかすし屋とかの家業を手伝う生徒には、出前のために免許取得と乗車を許可しているよね!」
「そりゃそうだけど……。受験勉強しなきゃいけないし……」
 現生徒会長の祐麒、現紅薔薇の祐巳も大学進学はほとんど推薦で合格確定している。
 祐麒は高校生活最後の冬休み、家業の手伝いなど頭になかった。
 しかし、それは無論承知の祐巳は切り札を取り出した。
「手伝うならバイト料を出すよ。家族でバイト料もないけど……。時給千二百円でどう?」
 それを聞いて祐麒の目の色が変わった。
 時給千二百円!
 大学生だって、そうそうその金額を出してくれるバイト先などないはずだ。
 祐麒は身を乗り出した。
「やる!」
 高額なバイト料に、俄然張り切りだす祐麒だった。
 しかし……。
 この一言が、祐麒の人生を狂わせることになるとは……。
 知る由もなかった。
 



 食事を終えてのひととき。
 祐麒はレストランで着用する真新しい制服を渡された。
「サイズは合っていると思うけど、一度袖を通して確認してくれる?」
 祐巳に言われてケースに入ったソレを取り出してみて驚く祐麒。
「で、ちょっと聞きたいんだけど……」
「なに?」
「渡されたこの制服なんだけど……」
 いかにも疑心暗鬼といった口調の祐麒。
「見ての通りの、うちのレストランの制服だけど?……」
「それはわかるけど……」
 祐麒は納得がいかなかった。
 いや納得できるものでもなかった。
 袖を通してみてくれと言われても、素直に従えるものではなかった。
 躊躇している祐麒を見て祐巳が尋ねる。
「なにが言いたいの?」
 祐麒は制服を突き出すように差し出して尋ねるのだった。
「どうして、メイド服なのかな?」
 そうなのだ。
 祐麒が渡されたのは、レストランのウエイトレスが着ることになっているメイド服のようなユニフォームだった。
 親が経営するのは、メイドカフェレストランであった。
 今流行となっているウエイトレスのユニフォームにメイド服を取り入れていた。
 上流家庭での使用人として着用され、上質の生地、たっぷりのフレアーやレース飾りの施されたもの。
 その業界においては、一種ステータスシンボル的アイテムとなっている。
 来店した客に対して「お帰りなさいませ! ご主人様」とか呼称して、客とバイトという関係から主人と使用人という、一種のイメクラ的存在の店舗も存在すると言う。
 そのメイド服を何ゆえに男の子である祐麒が着なければならないのか?
 祐麒の問いかけに、祐巳は事もなげに答えるのだ。
「似合うと思うけど?」




「つまり……メイド服を着れと?」
「他に何がある。目の前に渡されたメイド服があって、ここには祐麒しかいない」
「い、いやだよ。なんで女の子の制服を着なくちゃいけないの?」
 当然だろう。
 祐麒は、双子と見違えるくらいの姉の祐巳に似て可愛い顔をしていて、ズボンを履いて男の子のヘアスタイルをしていても、女の子と間違えられる。だからと言ってメイド服を着てバイトする理由にはならないだろう。
「文句があるならお母さんに言ってよ。言い出しっぺはお母さんなんだから」
 と言われて、母親のほうに目を向ける祐麒。
 すると……。
「祐麒ちゃん、お母さんのお願いよ。ユニフォームを着てくれないかしら」
 手を合わせて拝むようにしてお願いポーズをとる母親だった。
「なんでボクが女の子の格好しなくちゃいけないの? 女の子みたいな顔していてもれっきとした男の子なんだからね」
 自分でも女の子みたいな顔であることを自覚している祐麒だったが、だからといってメイド服を着て人前に出ることなどできるわけがなかった。
「そんなこと言わないで。もし、お願いを聞いてくれたら、お小遣いを増やしてあげちゃう!」
 祐麒が拒絶することは考慮に入っていたらしく、二の矢を放ってくる母親だった。
 バイト料を払ってくれる上に、小遣いの増額。
 つい触手が動いてしまいそうになるのをこらえる祐麒だった。

 そもそも、この母親が祐麒にメイド服を着てほしいとこだわるのにはわけがあった。
 もう一人女の子が欲しかった。
 その一言につきる。
 祐麒を妊娠したとき、ぜひとも女の子でありますようにと胎教にも取り組んだ。
 しかし生まれてきたのは男の子だった。
 あきらめ切れず【祐麒】という女の子でも使えそうな名前をつけて、あまつさえ幼児期の玩具には人形を買い与えていた。
 そんな母親の切ない願いを神が聞き入れたのかどうか……。
 祐麒は女の子みたいに可愛く育ってしまったというわけである。
「お母さん! そんなに甘やかしてどうするのよ。家業を手伝うのは子供の義務じゃない。ただ飯食わしてやってるんだから。そこまでする必要はないでしょう」
「でも、この場合は特別だから……」
 そりゃそうだろう。
 男の子に女の子の格好させるのだから、慰謝料的な意味合いを込めて小遣いの増額をするのは当然と言えた。
「で、祐麒はどうする? バイト料とお小遣いの増額よ」
 祐巳が、祐麒に決断を迫った。
 さあ! どうする祐麒。
 バイト料と小遣い増額が目の前にぶら下がっているのだ。
 ちょこっとメイド服を着るだけじゃないか。
 どうする! どうする!




「と、言ってるけど……。お母さん、どうする?」
「困ったわねえ……」
「バイトが足りなくて、シフトが満足に組めない。緊急にバイトを入れなきゃならないが、受験シーズンでなかなかバイト募集に応じてくれる娘がいない」
「そうねえ……。ここはやっぱり祐麒ちゃんに入ってもらうしかないのよね」
「やるか?」
「しようがないわね……。ここはどうしても……」
 顔を見合わせてから、祐麒に向き直る二人。
 異様な雰囲気が漂う。
「な、なんだよ。何する気?」
 祐麒も背中にぞくぞくとする悪寒を感じて尋ねる。
「決まったことよ。いやだと言うなら力づくでやるだけよ」
 と、言いながらメイド服を片手に、ジリと擦り寄る姉だった。
「ごめんね。こうするよりないのよ」
 母親も同じように、紙袋を抱えて近づいてくる。

「ちょっと待って!」
 後ずさりして逃げ出す機会を伺う祐麒だった。
 しかし姉と母親の包囲網は完璧だった。
 隙を与えず、じりじりと祐麒に擦り寄っていく。
 そしてとうとう壁際にまで迫られ、逃げ場を完全に失った。
「あきらめなさい!」
 姉が飛び掛ってきて、祐麒を押し倒して馬乗りになった。
 母親もそれに加勢して、祐麒の衣服を引っ剥がしにかかった。
 シャツが剥ぎ取られ、ズボンを脱がされ、やがてすっぽんぽんとなってしまった祐麒。
「まずは、これを履きましょうね」
 と言いながら、母親が持っていた紙袋から取り出したものは、
「な、それは女物の下着じゃないか」
 女の子好みの可愛い絵柄のショーツだった。
「当たり前だ。制服はミニのスカートだ。屈んだときにショーツが見えるだろう」
「い、いやだ! ボクは男の子なんだ!」
「うるさいわね。おとなしく言うことを聞きなさい」
 姉が押さえつけている隙に、母親がショーツを履かせていく。
「や、やめてくれ」
 しかし、二人掛かりで寄ってたかって着替えをされては、いくら男の子の祐麒でも抵抗ができなかった。
 次第次第に女の子の姿、メイドカフェレストランのユニフォーム姿へと変身していく。

 十数分後。 女性用のランジェリーを着せられ、メイド服を着せられ、完璧に女の子の格好となった祐麒であった。




 それから数時間後。

「紹介します。今度新しくお仲間になりました。祐麒さんです」
 メイドカフェレストラン【メイド・ラテ】内。
 店長(みき)同席のもと、マネージャーの祐巳が、バイト一同の前で新人を紹介していた。
 もちろん新人とは祐麒のことである。
 メイド服に身を包む見覚えのある二人の少女と目が合いうつむき加減で頬を赤らめている祐麒。
 祐麒を凝視する少女二人に気き軽い咳をする祐巳
「かわいい!」
「わーお♪ 食べちゃいたいくらい」
 額に嫌な汗を浮かべる二人を除いた、兵藤さつき・ほのか・すばる・エリカが異口同音に、祐麒の可愛らしさに感嘆していた。
「この祐麒は私の妹 ”こほん” です。この冬休みの間、家業手伝いということでウェイトレスをやってもらうことにしました、」
「よく見ますと店長とマネージャーに似ていらっしゃいますね」
「でしょでしょ。この娘は箱入りなんですけど、少しは世間に出してみようと思って……」
 似ていると言われて、気をよくしているみきであった。
「この娘のメイド姿、どう思います?」
 ついと祐麒を前に押し出して訪ねるみき。
 祐麒に対するバイト達の評価が気になるようであった。
「とても似合っていますよ」
「きっと、来客数が増えると思います」
「でしょでしょ。そうよねえ」
 顔を紅潮させて、すっかり悦に入っている。
「店長(お母さん)……いいですか?」
 こほんと軽い咳をしてみせて、話題を元に戻すマネージャーの祐巳。
「あ、ああ。そうね、続きをどうぞ」
 と、みきは場を祐巳に譲った。
 一同を見回してから、シフトの説明に入る祐巳。
「それでは、祐麒さんにはキャッシャーからはじめてもらう事にします。フロアリーダー!」
「はい!」
 長身と、腰まで到達する長い黒髪が外見的な特徴の少女と、長い髪の両側につくった縦ロールの髪型が特徴的な少女。
 嫌な汗を額に浮かべながら二人のバイトが一歩前に進んだ。
 現役高校生バイトの二人で、バイト達の教育係りを担っており、フロアの責任者でもある。
「いつも通りに、祐麒さんをお願いします。もちろん私の妹 ”こほん” であることは一切考慮しなくて結構です。他のバイト達と分け隔てなく扱ってください」
 いたずらぽい微笑みを浮かべながら二人の少女が…
「判りました」
「祐麒さん。フロアリーダーの言うことをよくお聞きになって、早くお仕事を覚えてください」
 マネージャーとして言葉使いも丁寧に、いつも通りの指示を出している祐巳であった。
 家族である祐麒を、他のバイト達と同じ立場に置いておこうとする祐巳なりの考えのようであった。


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