──とある科学の超電磁砲SS
「待ちなさい黒子!」
一人の少女が、前方を駆けるもう一人の少女に呼びかけた。
「今回ばかりは、いくらお姉様でも、聞き入れられ、ませんわ!」
しかし相手は、多少覚束ない足取りで、息を切らせながらも、必死で逃げを打つ。
街中を疾走するこの二人の少女は、屈指のお嬢様学校、私立常盤台中学校の生徒であり、学園都市でも結構名の知れた存在でもある。
追いかけているのは、学園都市230万人の中で七人しかいないレベル5(超能力者)の第三位、御坂美琴。
追われているのは、美琴の後輩にしてルームメイト、レベル4(大能力者)の空間移動能力者、白井黒子。
彼女らは、期末試験の最終日、たまたま試験のスケジュールが合った二人の友人、柵川中学に通う初春飾利と佐天涙子と共に、昼食でも一緒に摂ろうと約束していた。
しかし、試験明けで気が抜けたのか、それとも何か拾い食いでもしたのかは知らないが、試験終了後に黒子が腹痛を訴え、今尚苦しんでいる有様なのだ。
約束の時間が近づいていたため、美琴が薬を飲まそうとしても、頑なに拒む黒子。
力づくで飲まそうとしても、相手は空間移動能力者、あっさりと美琴の手からすり抜けてしまう。
痛みや怒り、動揺等、精神を不安定にさせる要因が絡むと、例え能力者といえども、その力を100%発揮するのは難しくなるが、よっぽど嫌なのか、黒子は痛みに屈することなく、自らの能力で逃げまくる。
まぁそれもそのはず。
何故なら、美琴が黒子に飲ませようとしている薬とは、赤いラッパのマークが描かれたオレンジの箱に入っているヤツで、しかも糖衣じゃないほう。
逃げるように寮を飛び出した彼女を、美琴が追跡しているという状態だった。
脚は、運動神経が良く、健康体の美琴の方が速い。
しかし、風紀委員(ジャッジメント)を勤める黒子も、身体能力では負けていない。
腹痛というハンデを背負っていても、空間移動能力というアドバンテージでほぼ相殺しており、一定の距離を保ったままでの追いかけっこが続く。
(ったく……。良く効くのになぁこの薬)
効く効かないの問題ではないのだが、美琴はそのことに気付いていない。
よたよたと逃げる黒子の背中を追いかけながら、トンチンカンなことを考えていた。
(あれは……!?)
美琴の眼に映ったのは、まだ大分離れているが、談笑しつつ歩いてくる約束の相手、飾利と涙子。
黒子は二人に気付いておらず、向こうの二人もこちらの様子に気付いていない。
あの二人に手伝ってもらえれば、黒子を捕まえることが出来るかもしれない。
美琴は、タイミングを見計らいつつ、黒子との距離を詰めるため速度を上げた。
「あ」
先に黒子に気付いたらしい涙子が、彼女に向かって手を振ったその瞬間に。
「涙子! 飾利!」
あえて呼び捨てにして、美琴は二人の名を呼んだ。
驚いた表情で、こちらに視線を向けてきた相手に向かって。
「黒子を捕まえて!!」
『は、はい!!』
学校は違うが、美琴は二年生であり、あとの三人は一年生。
先輩の命令口調に、涙子と飾利は思わず即答。
そして、黒子を確保するべく、迷うことなく彼女に接近した。
しかし、やはり実戦経験が豊富な黒子のこと、寸でのところで二人の手を交わし、その間をすり抜ける。
「あやぁ!?」
「ぬわっとぉ!?」
勢い余って涙子と飾利は、縺れ合ってすっ転んでしまった。
(くっ、こうなったら……!?)
美琴は足を止め、右半身を前にし、相手に向かって右手を真っ直ぐに伸ばす。
それは、彼女が得意とする必殺技、『超電磁砲(レールガン)』を放つお決まりのポーズ。
「黒子!!」
本来なら敵対者やスキルアウト等に向ける凛とした声音で、黒子の名を叫ぶ。
振り向いた黒子は、全身が青白い電気のオーラに包まれた美琴を見た。
その姿に本気を感じとり、思わず脚が止まりそうになったが、ここで諦めるわけには行かない。
後ろの様子を窺いつつ、息を切らせて力ない足取りで更に走り続ける。
逃げる後姿に向かって美琴は、終に必殺の一撃をお見舞いした。
いつもなら、ゲームセンターで用いられるコインを砲弾としているが、今回は違うモノを利用し、そして当然ながら、ある程度の手加減はしている。
何故なら、例え1gに満たなかったとしても、20mもない距離で、音速の三倍以上で加速された砲弾を食らおうものなら、その衝撃は人間に耐えられるはずも無いのだから。
電磁力によって加速された砲弾が、凄まじい轟音と共に迫り、
「あがっ!?」
恐怖で歪んだ黒子の口に、ドンピシャリで飛び込む。
レベル5の精密で精緻な計算により、対象はノーダメージだ。
黒子は、そのままソレをゴクリと飲み込んでしまった。
更にまるで駄目押しの様に、帯電して膨張した空気の塊が彼女を襲い、
「にゃぁあ!?」
ズッテンとその場に押し倒した。
「白井さん!?」
「大丈夫ですか!?」
涙子と飾利が、慌てて黒子に駆け寄った。
答える暇もなく、そして立ち上がる暇もなく、美琴が黒子のもとに辿り着く。
美琴はニッコリと微笑むと、黒子の鼻を摘まんで無理矢理口を開かせると、更に何かを二粒ほど放り込み、ペットボトルの水を流し込んだ。
「うぅ、酷いですわお姉様。私、穢されてしまいました……」
「何変なこと言ってんのよ。まったく、世話焼かせるんじゃないわよ」
よっこいせと言いながら、むせる黒子の手を取って立ち上がらせる。
「あの、一体何が……?」
おずおずと問いかける涙子に、美琴は。
「あー、ゴメンね佐天さん、初春さん。黒子ったら、お腹が痛いくせに、薬を飲むのを嫌がるもんだから、無理にでも飲まそうとしたら、逃げ出しちゃって」
「逃げたくなるような薬って……」
「ん? ほら」
美琴は、右手の平を、相手の鼻先に突き出した。
「んわぁ!?」
「んひゃぁ!?」
涙子と飾利は、美琴の手の平から漂う臭いに、思わず仰け反った。
「あぁ、なるほどね」
「そうだったんですかぁ」
どう説明すればよいのか分からない、ある意味禍々しさすら感じさせる臭いを放つその薬は、更に丸めたハナクソのような薄汚い外観まで伴っており、そりゃ黒子も口にしたく無いのは当然だ。
もっとも、逃げ出してしまうのはどうかと思うが。
道路沿いに設けられた公園のベンチで黒子を休ませ、手を洗って戻ってきた美琴。
「どう? 少しは落ち着いた?」
「そんな、いくら薬を飲んだところで、十分十五分で効くワケが……」
そこまで言ったところで、黒子のお腹がグゥウと鳴った。
一瞬黒子は、口を〜〜〜の形にして硬直したが、軽く咳払いすると、
「さ、さぁ、お昼に行きますわよ。皆さんは何が宜しいですかしら?」
顔を見合わせて微笑みあった涙子と飾利は、
「私、カレーライスが食べたい!」
「私はうどんが良いですねぇ」
「私は、パスタをいただきたいですわね」
照れて赤くなった顔を美琴に見られたくないのか、涙子と飾利の手を取って、黒子は先頭を切って歩き出した。
「やれやれ、現金な娘ねぇ……」
苦笑いで佇む美琴。
「お姉様、何をしてらっしゃいますの? 参りますわよ」
美琴は、背を向けたまま促す真っ赤な耳の後輩を、
(まぁ、どうせいつもの店になるんだろうけどね)
と思いながら、ゆっくりとした足取りで追いかけた。
とある医学の正露丸── 終わり