【3204】 バスタオル1枚で天国は待っててくれる  (クゥ〜 2010-07-14 18:23:20)


天国のお話―後


 【No:3190】【これ】








 ……どうしよう。
 祐巳は目の前の幽霊に動けなくなっていた。
 「お姉さま、どうなさったのですか?」
 瞳子が、そんな祐巳を見て声をかけてくる。
 「祐巳、瞳子ちゃん、早くなさい!」
 祥子さまの声が響く。
 「祥子さまも怒っているようですね、急ぎましょう」
 瞳子は、祐巳の手を取って別荘の方に駆け出すが……反対の手を幽霊が掴んだ。

 「ひゃっわひぃぃぃぃ!」

 「きゃ!な、何ですか、突然!」
 瞳子が祐巳の声に驚き手を離す。
 「あっひ……と、瞳子ごめん……な、なんでもない……」
 幽霊さんが顔を近づけてくる。

 「うっきょきゃひゃぁぁぁぁぁ!」

 「きゃぁ!」
 祐巳の悲鳴に再び驚く瞳子。
 「ですから何なのですか!?」
 「うっひ!ひっく!……な、何でもないから…」
 「何でもないって顔ですか!?」
 「ううん、本当に大丈夫だから……ひっく!」
 と言いつつ涙目の祐巳。
 説得力ゼロである。
 「何でもないって……本当に大丈夫ですか?」
 「う、うん」
 祐巳は瞳子から顔を背けるが、そこには幽霊の顔があるのだから仕方がない。
 「……車に酔われたのですか?」
 「そ、そうみたい」
 決して車酔いではない。
 「それでしたら、祥子さまと一緒に少し横になられたらどうですか?」
 「う、う……い、いや、私、少し散歩してくるよ」
 このまま幽霊を祥子さまの別荘に連れ込むわけには行かない。
 「散歩ですか?」
 「うん、体を少し動かした方が良いかなぁてね」
 「祐巳!瞳子ちゃん!」
 再び祥子さまの声が響く。
 「分かりました、祥子さまにはそう言っておきます」
 瞳子は、祐巳の言い訳を信じてくれたのか、そのまま祥子さまの方に向かい。
 祐巳は、幽霊に手を握られたまま森の方に向かう。

 「祥子さま」
 「祐巳はどうしたの?」
 「どうやら車酔いのようで、少し散歩してくるそうです」
 「そう」
 少し心配そうに、祥子さまと瞳子は祐巳を見る。
 「あの祥子さま、お姉さま何だか泣いていたのですが……」
 「泣いていた?どうして」
 「さぁ、私には覚えがありませんし」
 「わ、私にも無いわよ」
 悩む二人。
 祐巳の涙に理由が思いつかない。
 「お姉さまは、まだ事故の事がありますし、少し見てますわね」
 瞳子は流石に心配になって、祐巳の後を追うことにした。
 「お願いね」
 祥子さまは、車酔いが残ってるのか瞳子にお願いした。
 瞳子が祐巳の後を追う。

 一方の祐巳は、ベソを掻きながら歩いていた。
 連れているのは幽霊。
 顔が近い。
 「ひっくひっく……ふぇぇぇん、怖いよ〜」
 楽しみにしていた祥子さまの別荘。
 今度は妹と成った瞳子も一緒なのだ。
 それなのに……それなのに……。
 最初が幽霊と一緒の散歩とは、凄くこれから先が不安で仕方がない。
 「……どうしよう、ひくひく」
 とにかく、この幽霊をどうにかしないといけない。
 「ひぃっぃぃ!」
 うっかり見てしまい悲鳴を上げた。
 「うっく!ひっく!」
 周囲に人影がないのを確認して意識を、白い世界に飛ばす。
 誰か居て!
 「……ひ〜ん、ここまで憑いて来ている」
 幽霊は、しっかりと白い世界まで憑いて来ていた。
 「誰かいます〜か〜」
 「……福沢じゃん……また、変なもの連れて来たなぁ」
 「あぁ、連句(レンク)さま」
 「さまは止めろ、さまは……で、久保の奴からはまだ昇華の仕方習っていなかったけ?」
 「はい、幽霊さん発見できなかっあもので」
 「幽霊にさんまで付けるか……まぁ、いいや。少し待っていな」
 そう言って連句さまは姿を消して、しばらく待っていると栞さまを連れて戻ってきた。
 「私が教えても良かったんだけれど、福沢は久保の後輩だしな」
 「栞さま、わざわざすみません」
 栞さまは修道着姿で来られていた。
 「いいのよ、祐巳ちゃんは私の可愛い後輩なんだから、さっ、その幽霊さんを昇華しに行きましょう」
 「はい!」
 栞さまは祐巳の手を掴むと、天使の姿をした祐巳とともに祥子さまの別荘近くに移動した。
 「それでは始めるわよ」
 「はい」
 栞さまの力強い言葉に、祐巳の恐怖も薄らいでいた。



 「もう、お姉さま。どちらに行かれたのでしょう」
 その頃、瞳子は祐巳の姿を探して彷徨っていた。
 「……何でしょう?」
 森の奥が白く輝いているように見える。
 だが、その場に来ても何もない。
 それは森が見せた幻影か。
 ……それよりも早く、お姉さまを探さないと。
 「?」
 そこには誰も居ないはずだった。
 だが、今、そこには探していた相手。
 瞳子の姉である祐巳と見知らぬシスターが立っていた。
 「な、ななな、何ですの!?あの方」
 驚きながらも、どうにか大声は防ぐ。
 瞳子も幼稚舎からリリアン育ち、シスターに対しては敬意を持っている。
 ただ、祐巳の様子がおかしい。
 隠れるように見ていると、祐巳と何か話しているようだ。
 祐巳は、もう涙を見せてはいない。
 そして……。
 シスターの姿が突然消えた。
 「んんっ!」
 今度こそ声を上げそうになる。
 どうにか持ちこたえ、祐巳を見た。
 目の前で人が消えたというのに、祐巳は笑顔さえ見せている。
 ……な、なにが起こったのでしょう?
 瞳子は、女優モードに切り替え冷静な判断を取ろうとしていた。
 それでも、どうにも理解が出来ない。
 この事を祥子さまに報告すべきか、瞳子は迷っていた。



 「お姉さま、大丈夫ですか?」
 「えぇ、祐巳も体調が良くなったようね」
 「はい、今、瞳子とお茶をしていたところです」
 祐巳はにこやかな笑顔で、車酔いから体調を取り戻したらしい祥子さまを迎え出た。
 祐巳は、瞳子が見ていたことなど知らない。
 「祥子さま、お茶をいかがですか?」
 「そうね、冷たい方を貰おうかしら」
 祐巳は熱いお茶。
 瞳子は冷たい麦茶を飲んでいた。
 夕食前ということで、祥子さまはコップに半分だけ瞳子に冷たい麦茶を貰い、口を付けた。
 夕食前の何気ない会話。
 祐巳は、やっと望んでいた時間を過ごす事が出来ていた。
 祥子さまと二人で居るのも良いけれど、横に妹が一緒に居るのも悪くない。
 そのうち、あの三人がやって来るだろうけれど、二回目。
 落ち着いていけそうだ。
 そして、その後の大奥さまの誕生日を、瞳子のバイオリンも入れて思いっきり祝福しよう。
 「……んっ?どうしたの、瞳子」
 祐巳は、ジッと自分を見つめる瞳子の視線に気がついて、声をかける。
 「い、いいえ」
 「変な瞳子、ふふふ」
 本当に優しい時間。
 こんな時間が持てることに、素直に天使に成ることを選んでよかったと思う祐巳だった。




 例の三人組は、予想通りやってきた。
やって来たのだけれど。
 「ごきげん……よ…」
 三人を見て祐巳は固まった。
 「あら、挨拶もなし」
 「まぁ、これでは祥子お姉さまに恥を掻かせるだけですわ」
 「本当、流石は松平さまを妹になさった方ね」
 三人は挨拶もないままに、祐巳の中途半端な挨拶を笑った。
 その様子を見て、祥子さまは戸惑い。
 瞳子は、三人を睨んでいた。
 だけれど、一方の祐巳はといえば……。
 ……嘘。
 目の前の三人……いや、三人の頭の上に乗っかっている。

 妙な生き物を見ていた。

 それは大きさは子供くらい。
 黒くツヤツヤしていてピョンと触覚が立っている。
 薄く平べったい楕円の生き物だった。

 ……ニッヤ。

 祐巳を見て黒いヤツが笑った。
 「ひっ!ひぃぃぃぃ!」
 そこに…何故……どうして、それが置いてあったのかは祐巳は知らない。
 だが、そこにあった強力と書かれた殺虫剤を掴み。
 「いやぁぁぁぁ!」
 三人に向けて一気に放出した。
 「祐巳!」
 「お姉さま!」
 「いやぁぁぁ!」
 「何をするの!?」
 「うっひ!」

 「いやぁぁぁぁぁ!」

 ……阿鼻叫喚。

 殺虫剤が空気に四散していく。
 「祐巳!何て事をするの!」
 当然、祥子さまはお怒り。
 「お、お姉さま!」
 瞳子もお怒り。
 「まったく、何ですのぉぉぉぉぉ!?」
 「本当にぃぃぃぃ!」
 「これ……だ…か…きゃぁぁぁぁぁ!」
 祐巳に文句を言おうとした三人が悲鳴を上げた。
 三人の頭の上から、普通サイズながら実体化した黒い物が落ちてきたのだ。
 お淑やかを旨とするお嬢さま達であっても、黒いものの前にはそのような意識は吹き飛んでしまった。
 「ひぃぃぃぃぃぃ!」
 「な、なんですのぉぉぉぉぉぉ!」
 祥子さまと瞳子は、祐巳と三人を見捨てて逃げ出していた。
 「……二人とも酷い」
 祐巳は流石に少しながらショックだった。
 「ひぃぃぃ」
 「あぁぁ」
 「おおおおお」
 それ以上にショックを受けている人たちがいた。
 「あの、大丈夫?」
 「あっ」
 少し涙目。
 まぁ、突然自分の頭の上からアレが落ちてきたのだ、涙目にも成ろうというもの。
 ハンカチで頭を拭いてあげる。
 「あ、ありがとう」
 「いいえ」
 どうも祐巳は瞳子を妹にしてから、この手の意地を張っている相手に対してかまって上げたいと思うように成っていた。
 特に、こんなに弱い素の顔を見せられては尚更。
 「貴女たちも大丈夫?」
 「えぇ」
 「大丈夫ですわ」
 どうにか最初のショックからは立ち直って来ているみたいだった。
 「良かった」
 三人を落ち着かせるように、優しく笑う。
 そこに逃げ出した祥子さまと瞳子が源助さんを連れて戻ってきた。
 「二人とも……逃げましたね」
 「い、いやぁね。祐巳ってば」
 「そうですよ、お姉さま。私たちは源助さんを呼びに向かっただけですわ」
 ジト目で、二人を見る祐巳に祥子さまも瞳子も焦っていた。
 「祐巳さま、私もお二人は逃げたと思いますわ」
 「えぇ、本当に」
 「私たちだけではなく、姉妹の祐巳さままで置いていくなんて」
 祐巳の側に突然三人がついた。
 「あ、貴女たち?」
 「……お、お姉さま?!」
 予想外のことに、祥子さまと瞳子は完全に当惑し。
 「ふふふふ」
 祐巳を含めた四人は楽しく笑い。お喋りに明け暮れた。
 ただ、その後方では……。

 「流石は、お姉さまは天然のたらしですわね」
 「祐巳……貴女、自重しないとそのうち血を見るわよ」

 ……なぜ? 
 祐巳は苦笑いを浮かべた。

 ただ、今回パーティに招待されたらきっと楽しいものになりそうな予感。


 「うふふふ」







 「うふふふふううふふふふふ!」
 「お、お姉さま……不気味です」
 「うひひひ」
 「ゆ、祐巳?!」
 祐巳の引きつった笑いがパーティ会場に木霊していた。
 向けられるのは当然ながら奇異の目。
 「祐巳さま?」
 仲良くなった三人も心配している。
 だが、祐巳にはそれどころではない。
 祐巳の天使の目に映っているもの、それはそろそろSS作家さんや読者さまたちのお部屋にも姿を現すかもしれない黒いヤツら。←失礼
 三人に取り憑いていたヤツらとは数が違う。
 会場いっぱいに徘徊しているのだ。
 「イヤァァァァァァァァァ!」
 祐巳がそれを何処から取り出したかは知らない。
 手にしたのは、業務用と書かれた殺虫剤大型缶。
 白い殺虫剤がパーティ会場を包んでいく。

 阿鼻叫喚。

 「はぁはぁ」
 殺虫剤の霧が晴れていく。
 次に起こるのは、実体化した黒いヤツらの雨だった。


 想像してみよう。
 黒いモノたちが落ちてくるときに、貴女はどうしますか?


 一、逃げる。
 二、気絶する。
 三、叫ぶ。




 答え?

 一を選んだ方。
  同じように逃げ惑う人にぶつかり、倒れたところに黒いヤツが落ちてきます。
 二を選んだ方。
  そのまま落ちて来たヤツらに体を徘徊されます。
 三を選んだ方。
  その口に入ってくることでしょう。



 ……まぁ、結局は阿鼻叫喚×∞


 パニックに陥る会場。
 普段気取っている紳士淑女も裸足で逃げ出していた。
 「お、おぉぉ」
 「おぉ、じゃないでしょう」
 「し、栞さま?!」
 「そうそう、変な力を祐巳から感じたから来て見れば、なにこの地獄絵図は?」
 「連句さままで」
 天使姿のお二人。
 逃げ惑う人々や側にいる祥子さまや瞳子には見えては居ない。
 「それにしても、殺虫剤でもあの手のヤツらだと効くんだ」
 「笑っている場合ではないでしょう?」
 「分かっているよ。さぁ、この混乱を鎮めよう」
 「祐巳ちゃんも手伝って」
 「えっ?ど、どうすれば……」
 手伝ってといわれても、祐巳にはこの混乱の収拾方法が思いつかない。
 「歌を歌いなさい、もともとそのつもりで来ていたのでしょう?」
 「それは、そうですけれど」
 「その歌に合わせてこの混乱を私たちが収拾するから」
 栞さまは優しく笑っていた。
 その笑顔に祐巳は、小さく頷く。

 ゆっくりと混乱の中に進み、声を上げた。

 祐巳の様子に気がついた祥子さまと瞳子がすぐに予定通りピアノとバイオリンを奏で、呆然としていた三人がそれぞれの楽器で合わせてくる。
 音楽に乗って、栞さまと連句さまの天使の力が広がっていくのが祐巳には見えていた。
 「……」
 歌い終わると、周囲は静かに成っていて、祐巳たちの前には殺虫剤の霧にも動じない一人の女性が車椅子に座って微笑んでいた。
 祐巳はゆっくりとその前に膝を着いて百合を差し出す。
 「ありがとう、天使さま。その白い翼、とても素敵ですよ」
 そう言った大奥さまは、視線を祥子さまたちばかりでなく。どうも栞さまたちにも向けているようだった。
 ……見えている?
 祐巳は少しだけ考えて。
 「はい」
 と、応えた。


 ……。
 「ゴキブリの残骸の中で天使さまもないだろうに」
 連句さま!名前言っちゃダメェェェェェ!






 「ふぅ」
 気を揉んでいたパーティも終わり、祐巳はお風呂から上がり。
 バスタオルを体に巻く。
 明日は、祥子さまと瞳子とのんびりする予定だ。
 天使に成って、ようやく心休まる時間が訪れたという感じ。

 「ふふふ」


 思い浮かべるだけで、素敵な時間に祐巳は笑顔を浮かべた。












 もうすぐ夏と言う事で、夏の風物詩。幽霊と黒い方を……違った?


                               クゥ〜。


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