【3206】 教えてほしいひょん叶えましょう君の願い駄目なんじゃないかな  (福沢家の人々 2010-07-17 13:57:28)


「ごきげんよう」

「ごきげんよう」

さわやかな挨拶が、澄みきった青空にこだまする。

マリア様のお庭に集う乙女たちが、今日も天使のような無垢な笑顔で、背の高い門をくぐり抜けていく。 汚れを知らない心身を包むのは、深い色の制服。

スカートのプリーツは乱さないように、白いセーラーカラーは翻らせないように、ゆっくりと歩くのがここでのたしなみ。

もちろん、遅刻ギリギリで走り去るなどといった、はしたない生徒など存在していようはずもない。


そしてここに、










長身で、腰まで到達する長い黒髪が外見的な特徴の少女が東京都武蔵野の丘の上にあるリリアン女学園の前の道をゆっくりと歩いている。

交差点に差し掛かる。

反対側からは、花寺学院の制服を着た少年が歩いて来る。

信号は赤。

横断歩道を挟んで対面する二人。先に相手に気がついたのは少年の方だった。

「へえ、背の高い子がいるな、俺より高いかも?」

信号が青に変わった。

ゆっくりと横断歩道に進み出る少女。

その時だった。信号を無視して突っ込んで来る大型トラック。目前に迫るトラックにも、少女は足がすくんでぴくりとも動けない様子だった。

「あ、危ない!」

少年はとっさにトラックの前に飛び込み、少女を抱きかかえるようにかばったのであった。

当たりに飛び散る大量の血飛沫。交差点にこだまする悲鳴。

少女を抱えたままトラックに跳ね飛ばされ地面に激突する少年。

当たりにいたリリアンの生徒たちも、あまりの惨劇に身体が固まって動けないといった表情であった。

ぴくりとも動かなかった少年だが、やがて意識を取り戻す。

「お、俺は、いったい……」

少年は額に手を当ててみる、その手にべったりと付着した血。

「血……」

少年は自分が流血しているのを悟ったが、痛みを感じていないことに気づく。

ふと首を振ると、そばに先程の少女が倒れている。

「お、おい。だ、いじょう、ぶか……」

少女は答えない。じっと横たわったままだ。

……死んだのかな……。もっとも俺の方も……だめかな……

次第に薄れていく意識の中で、少年は近づいてくるサイレンの音を聞いた、少年はゆっくりと目を閉じ、そして動かなくなった。









病室。

開け放たれた窓のカーテンをそよ風が揺らしている。

ベッドに起き上がっている少女。

「ここはどこ?」

きょろきょろとしている。

布団をはねのけて、ベッドから降りようとする。

「え?」

女物のパジャマを着ている自分に気づく少女。

「あんだ、これは! なんで、女物のパジャマなんか着てるんだ?それに!ピンクの生地に小さな子狸柄って」

さらに胸の膨らみに気がつく。

「こ、これは……」

そっと胸に手をあてる。

ぷよぷよとした弾力ある感触が返ってくる。

そっと胸をはだけてみる。

豊かとは言えないが少女にはふさわしいほどの胸の膨らみがあった。

「なんで胸があるんだあ」

合点がいかないようすの少女。

「まさか……」

下半身に手をあてる少女。

「ない……」

あまりのショックに声も出ないと言った表情。

そうなのだ。何を隠そうこの少女の身体には、少年の精神が乗り移っていたのである。

自分の身に一体何が起きたのか思い起こそうとして記憶の糸をたぐってみる。

横断歩道、少女、大型トラック、交通事故、血痕、信号機、サイレンの音。

次々と単語が思い浮かんでくる。

交通事故!

そうだ、それだ。交通事故にあったのなら、病院に入院している理由も納得がいく。

「お、思い出したぞ。事故の瞬間!」

交通事故の瞬間の情景が浮かんできた。

交差点で青信号で少女が横断歩道を渡りはじめる。そこへ信号無視した大型トラックが襲いかかる。

そこへ飛び込んで少女を抱きかかえる少年。

その事故の瞬間の情景が、果たして少女の視点なのか、少年の方の視点なのかはっきりしない。

ただイメージとして強く残っているのだ。事故という突然に起きた出来事である、はっきり記憶しているほうがおかしいのかもしれない。

『間違いない。今の自分の意識は、その少女を抱きかかえた少年の方だ』

大型トラックに轢かれそうになった少女を助けた少年が、自分自身の本当の姿に違いない。










数日後。

目が覚めてもしばし呆然としている少女であったが、ふと気が付いたように自分の身体を確かめはじめた。

しかしごく普通の女の子の身体に相違なかった。胸は小さめながらも形の良い膨らみと弾力を持っているし、股間には今なお見なれることのできない・・・。

「大丈夫、ごく普通の身体だよね」

冷汗を拭っている少女。

「夢かあ……今のこの少女になったことが、本当は少年がみている夢であってって、……どう考えてもこの少女が現実の世界だよ」

退院の日から、母に連れられてこの部屋で暮らすようになって、すでに一ヶ月がたっていた。

カーテンを通して朝の日差しが、部屋の中に差し込んでいる。

この部屋は南向きの一番日当りの良いところで、母が大事な一人娘のために当てがってくれた部屋である。

ベッドを降りてカーテンを開き、窓を開けると朝のすがすがしい空気が流れ込んでくる。

精いっぱいの背伸びをして新鮮な空気を深呼吸する。

改めて部屋を見回してみる。

少女の趣味だろうか、明るい色調を主とする壁紙や装飾が部屋を取り囲んでいる。

このベッドカバーもカーテンも……あれもこれもみんな以前の少女が選んだものであろうか、女の子らしい感性に満ち満ちていた。

本来なら相入れない感性のはずなのに、なぜかじっくり見つめているとなんだか落ち着いてくるような感じで、

もしかしたら自分のどこかに以前の少女が持つ感性が潜在意識という形で残っているのかも知れない。

感性だけでなく、ちょっとした自分の行動にもまさしく女の子らしい仕草が現れて、びっくりすることがある。

たとえば椅子に座るときには意識せずともスカートの乱れを直しながら座っているし、あまつさえ自然に膝を合わせ足を揃えているのだ。

いわゆる反射や条件反射とよばれるものに、女の子らしさが顕著に現れているのだ。

どうやら少女が十数年もの間に渡って身につけてきた癖とか仕草、身体で覚えているものはそう簡単には消え失せないものらしい。

窓の縁に腰かけて、ぼんやりと庭を眺める少女。











退院のおりに、福沢祐麒という少年つまり、自分自身の死を告げられていた。










後に少年だった頃の実の姉、福沢祐巳を物陰から窺う姿が・・・

某写真部のエースに撮られたのは別のお話。


一つ戻る   一つ進む