【3216】 銀髪碧眼になった祐巳指を絡めて  (クゥ〜 2010-07-23 14:57:55)


 朝の冷たい空気の中。
 一人、お御堂で祈りを捧げている生徒が居た。
 ステンドグラスから差し込む光を身に浴びて、生徒は静かに祈りを捧げている。
 二つに分けた銀色の髪は、光を受けてキラキラと輝いている。
 ゆっくりと明けた瞳はエメラルドのような碧色。
 「……」
 後ろでお御堂の扉が開く音がするが、今は何も言わなくても構わないと思い。祐巳は祈りの方に集中する。
 「誰!?そこに居るの」
 「……」
 まさか後から入ってきて、祐巳に気がつかないなんてと思いながらゆっくりと振り返った。
 そこに立っていたのは、長い黒髪の生徒だった。


 「うふふ、ごめんなさい」
 楽しそうに笑っている、彼女の名は、小笠原祥子さまと言った。
 祥子さまは二年生で、このリリアン高等部の生徒会である山百合会の幹部である紅薔薇さまの蕾ということ。
 そう言えば新入生歓迎会の時にピアノを弾かれていたのを思い出した。
 祥子さまは少し嫌な事があって、一人に成りたいとお御堂に来られたらしい。
 まさか、祈りを捧げている生徒が居るとは考えずに、お御堂に入って人影に驚いたらしい。
 「それにしても、まさか志摩子並の生徒が居るなんて思ってもいなかったから」
 「志摩子さんですか?」
 「知っていて?」
 「同じクラスですから……それに、ここでもよく会いますし」
 そう言って、お御堂を見渡す。
 「そうなの」
 「えぇ」
 祐巳は頷く。
 「ここは静かですから」
 祥子さまはジッと祐巳を見る。

 祝部祐巳。

 祥子さまも噂で聞いたことのあった名前だったらしい。
 「確かに、貴女の姿では注目を集めてしまうものね」
 「あはは、そうですよね。私、成績も運動も普通なのに、この髪と瞳だけで目立つみたいで……」
 「それでここに?そのわりに真剣に祈っていたみたいに見えたけれど」
 「勿論、祈るためでもありますよ」
 祐巳は立ち上がると、ゆっくりと膝をついて祈りを捧げる姿をとった。
 「私にとって祈るのは大事な事ですから」
 そう言って黙ってしまった祐巳。
 祥子さまも口を閉ざした。
 「……そう言えば」
 口を開いたのは祐巳だった。
 「最近、志摩子さんの様子が変ですね」
 祐巳は振り返らずに、祥子さまに質問する。
 「夏前に山百合会のお手伝いをするように成ってから、ここに来る回数は減ったのは仕方ないですけれど。来ても何処か上の空で……」
 「そう、貴女。志摩子のことよく見ているのね」
 「たまたまです。志摩子さんとはよく会いますから」
 「そう、でも、その心配はもうしなくてもいいわ。彼女には包み込んでくれる相手が出来たから」
 後ろから聞こえてくる祥子さまの声は凛としていた。
 「そうですか」
 祐巳が、言葉だけで安心できるほどに。


 「志摩子」
 「祥子さま、どうなされたのですか?」
 祥子さまは、薔薇の館の入り口で志摩子さんを捕まえると裏に誘う。
 「ごめんなさいね、貴女に聞きたいことがあって」
 「私にですか?」
 「えぇ、その……祝部祐巳さんて知っているわよね。お御堂の銀天使」
 「銀天使……えぇ、祐巳さんですよね?」
 志摩子さんは祥子さまから出た名前に少し驚く。
 「はい、クラスメイトですので」
 「それだけではないでしょう?この前、お御堂で彼女に会ったの、貴女とよくお御堂で会うと言っていたわ」
 「祐巳さんがですか……そうですね。確かによく一緒になります」
 志摩子さんは祐巳との事を思い出す。
 確かにお御堂で一緒になることが多い。
 「そうですね……それで祥子さまは祐巳さんの何をお知りに成りたいのでしょうか?」
 「……」
 そこで祥子さまは言いよどむ。
 「あの祥子さま?」
 「あっ、ごめんなさい。何でもいいの、貴女が知っている彼女の事なら」
 祥子さまは少し照れたように、聞き返す。
 「私の知っていることですか?」
 志摩子さんもこの質問には少し困った様子だった。
 「そう……ですね。見た目は有名ですから今さらですね」
 「そうね、後は信仰心は志摩子並みかしら」
 「……よくご存知ですね」
 志摩子さんは苦笑する。自分が祥子さまに教える事が無いように思えたからだ。
 「ただ、信仰心は彼女の方が強いかも知れません。祐巳さんは卒業後はシスターに成りたいと仰っていましたから」
 「同じじゃないの、それにしても、そこまで強いの?……本当に志摩子や……あっ、いえいいわ」
 祥子さまは慌てて口を閉じ。
 続けてと促す。
 「花寺に弟さんがいるようです、あと、学園の近くみたいですね」
 志摩子さんは祐巳との他愛無い話から祥子さまに情報を摘まみ出して渡した。
 「この程度でしょうか」
 「そう、参考になったわ」
 祥子さまは満足そうに頷いた。
 「ところであの祥子さま」
 「志摩子、申し訳ないけれど。彼女の事は、お姉さまたちには内緒にしておいて欲しいの」
 祥子さまのその言葉に、志摩子さんは頷いたがハッと何かを思い出したように顔を上げ。
 「祥子さま……!」



 「また、来られたのですね」
 「仕方ないでしょう、ここに来ないと貴女に会えないのだから」
 真っ直ぐな祥子さまの言葉に、祐巳はその言葉にクスッと笑って、祈りの姿勢を解いた。
 「そうそう、志摩子さんの話聞きました。白薔薇さまが問題だったのですね」
 「あら、白薔薇さまの事は志摩子が蕾に成った事しか書かれていなかったと思ったけれど」
 「それ以上に噂は聞こえてきますから」
 「あら、そう」
 「はい、祥子さまが志摩子さんに振られた事も」
 「もう、嫌だわ」
 そう言いながら祥子さまは笑っている。
 それで答えが分かってしまった。
 「そうですか……志摩子さんの友人としてお礼だけ言わせて貰いますね」
 「……どうしてそこでお礼を言うのかしら、まったく、私が恥ずかしいわ」
 祥子さまは苦笑いを浮かべていた。
 「貴女、ときどき聡い所があるわよね」
 「そう……でしょうか」
 祐巳も苦笑いを浮かべる。
 「買いかぶりすぎの気もしますけれどね」
 少しずつ。
 祐巳は祥子さまと何気ない会話をするように成っていた。



 「えっ?それでは祥子さまは花寺に行かなかったのですか」
 「そうよ、蕾だし、これという仕事は無かったからいいじゃない」
 「まぁ、そうですけれど」
 何気ない会話をしているうちに、何故か話が花寺の学園祭の事に成っていた。
 「そうね、その時に行っていたら、もしかすれば貴女の弟さんに会えたかも知れないわね。弟さんが花寺にいるのよね?」
 祥子さまは祐巳の家族の事を聞きたいのか、積極的だ。
 「はい、いますよ。でも、あの子に会っても私の弟だとは分からないと思いますけれど」
 「あら、どうして?」
 「あの子は……いえ、私の家族は、私以外は普通に黒髪に黒い瞳ですから」
 「そうなの」
 「えぇ、一応、母方の祖先に外国の方がいらしたことは分かっていますから、私の場合は隔世遺伝とでも言いましょうか。突然的に血が出てしまったようです」
 祥子さまの表情が曇ったことに祐巳は気がつき、直ぐに言葉を足す。
 よく聞かれたので、祐巳はこの手の事には慣れていた。
 まぁ、逃げ方が上手くなっただけだと祐巳は思っていたけれど。
 それでも……。
 「どうかした?」
 「あっ、い、いえ!……何でもないです」
 祥子さまは祐巳の様子に少し違和感を感じたが、祐巳が話したくなさそうなので聞かないことにした。
 「そういえば、祐巳のお家は学園の近くと聞いたけれど」
 祐巳が話したくない以上聞く気のない祥子さまは、気を使って話題を変えられた。けれど……。
 「は、はい……」
 「どうかした?」
 「い、いえ……」
 祐巳は自分の事を話すのが嫌らしい事に、祥子さまは気がついたようだ。
 「自分の事話すの苦手?」
 「……」
 祐巳は、祥子さまからそんな言葉が来るとは思っていなかったので、驚いた表情で祥子さまを見る。
 「そう……そうですね。好きではないです」
 祐巳は立ち上がり。祥子さまも続くように立ち上がる。
 「それでも貴女のことがもっと知りたいと思うのは、私の我侭かしら」

 祥子さまは手を伸ばし祐巳の手を取り指を絡め、手を繋ぐ。

 そのまま手を繋いで、お御堂を出てそのままマリアさまのお庭の方に向かって歩く。しばらくの沈黙の後、祥子さまは振り返り祐巳を見た。
 「ねぇ、祐巳は……」
 何かを言いかけて、祥子さまは言葉を止めた。
 「……ごめんなさいね。少し、そのまま」
 「えっ?」
 祥子さまの手が、ソッと祐巳の制服のタイに触れた。
 「身だしなみ、気をつけないとね」
 結局、止めた言葉は続かなかった。





 その日、祐巳は珍しく教室にいた。
 教室の祐巳はどちらかといえば浮いた存在だ。
 「祐巳さん」
 そんな祐巳に話しかけてくるクラスメイトは少ない。
 その少ない一人が、志摩子さんだった。
 「あの、少しいいかしら?」
 「あっ、あぁ、うん」
 志摩子さんが祐巳を呼び出し廊下に向かう。
 「伝言があるの」
 「伝言?」
 祐巳は、自分に伝言を頼むような人に心当たりが無い。
 「誰から?」
 「白薔薇さまからなの」
 「はっ?」
 我ながら間抜けな返事だと思ったけれど、一度口に出した以上はもう戻らない。
 「……志摩子さんのお姉さまだよね?」
 「えぇ」
 「何で?」
 「私も詳しく教えられていないのだけれど、放課後に薔薇の館に連れて来て欲しいと言われたのよ」
 「ば……薔薇の館」
 しかも、白薔薇さまから……。
 「何か用事がおあり?」
 「志摩子さん……」
 志摩子さんは知っているはずだ。
 祐巳はどの部にも入ってはいないし、放課後は常にお御堂にいることを。
 「あの、祐巳さん」
 「なに?」
 「もしかすると祥子さまの事かも知れないわ」
 志摩子さんは少し言葉をためてからそう言った。
 さらに話を聞くと、志摩子さんが白薔薇さまとの事で山百合会のお手伝いをするように成ったときに似ているらしい。
 ……そう言われても、私は。



 「ごきげんよう、お姉さま方」
 「ごきげんよう、ようこそ山百合会へ」
 放課後、祐巳は志摩子さんと薔薇の館に来ていた。
 祥子さまの姿は見えない。
 「ねっ、この娘なら」
 「そうね、確かに噂では聞いていたけれど。噂以上ね」
 「と言うか、主役しても良いんじゃない?」
 突然、三人の薔薇さまに囲まれる。
 「あ、あの……それで御用は?」
 「あぁ、ごめんなさい」
 謝りながらも、どこか楽しそうな紅薔薇さま。
 祥子さまのお姉さまだ。
 「その前に一つお聞きしたいのだけれど、祐巳さんにはお姉さまはいて?」
 「血のつながった、実の姉じゃないよ」
 紅薔薇さまの後に白薔薇さまが付け足す。
 「いえ、いませんが」
 「そう、よかったわ。それで話なのだけれど、貴女に、山百合会の劇に出てもらえないかしらと思ってお呼びしたの」
 「や、山百合会の劇にですか?!」
 山百合会が、例年、学園祭で行っている演劇。
 今年の内容は、まだ発表されてはいなかったと祐巳はなけなしの情報から思い出す。
 「あの……」
 祐巳が返事に戸惑っていると、下の方で何やら大きな音がした。
 続くのは階段を急いで上ってくるらしい足音。
 「お姉さま方!」
 ビスケットに似た扉を音を立てて開いて入ってこられたのは、祥子さまだった。
 祥子さまは入ってくるなり、キッと祐巳を睨んだ。
 「なぜ、祐巳がここにいるのですか!それに今日は、活動はないと仰っていたではありませんか」
 「活動はないわよ、ただ、劇の事で少しあったから、私たちは残っているだけ」
 「そうそう、だから令たちはいないでしょう?」
 「それよりも祐巳さんのこと呼び捨てなんだ」
 お怒りの祥子さまに詰め寄られても、余裕でかわす薔薇さま方。
 「……それで、祐巳に何をさせるおつもりですか?」
 「姉Bよ」
 祥子さまの質問に答えたのは、白薔薇さまだった。
 「姉B?」
 「元の予定では意地悪な姉は一人だったけれど、やっぱり意地悪な姉は二人いた方がいいと言う意見があってね。それならこれ以上人数が増えることのない、白薔薇で応援を頼む事にしたの。それで祐巳さんを指定したのは志摩子の友人ということと容姿ね。祐巳さんの、その銀髪は舞台栄えすると思ったからよ」
 確かに祐巳の銀色の髪は、舞台でも目立つ事だろう。
 「勿論、祐巳さんはお手伝いだから、祥子が正式な妹を連れてくればそちらを優先するわよ」
 姉である紅薔薇さまの余裕の笑み。
 祥子さまは黙ってしまう。
 一方の祐巳は、あぁと思っていた。
 薔薇さまたちは祐巳と祥子さまが会っていたのをご存知なのだと。
 「お姉さま方は、私に祐巳を妹にしろと?」
 「あら、どうしてそこで祐巳さんが出てくるの?祐巳さんは、たまたまお手伝いとして呼ばれただけよ?」
 「御戯れもいいかげんにしてください!」
 祥子さまが切れた。
 「知っておいでなのでしょう!私が祐巳に会いに行っていたのを!」
 祥子さまのお怒りは凄かったが、薔薇さま方は笑っている。
 「紅薔薇の蕾とお御堂の銀天使。目立たないと思っている方がおかしいのよ」
 黄薔薇さまが祥子さまの話を認められたが、お御堂の銀天使って何?
 「あの」
 「何かしら祐巳さん?」
 嫌な予感はするけれど聞かないと怖い。
 「お御堂の銀天使って……」
 「祐巳さんの隠れたあだ名に決まっているでしょう。ふふふ、本人は知らなかったのね」
 「祥子は知っていたでしょうに」
 薔薇さまの言葉に祥子さまを見る。
 「それは……知っていましたけれど。知り合うまでは、本当にいるなんて思ってもいませんでしたから。祐巳、そんな目で見ないの、志摩子だってしていたのだから」
 志摩子さんを見れば、少し困り顔で笑っていた。
 何時の間にか、そんなあだ名で呼ばれていたことに祐巳は顔を赤くする。
 「だから、こんな写真も届くわけだ」
 そう言って白薔薇さまが取り出したのは、祥子さまと祐巳がマリアさまの前でタイを直された時の写真だった。
 「蔦子女史が、これを学園祭に使いたいと許可を取りに来たところに偶然会ってね。無理やり預かったの」
 蔦子さん……。
 「まっ、こんないい写真持っていてウロウロ薔薇の館前を行き来していたのが、彼女の運のつきね……いや、悪運かもね」
 白薔薇さまは何やら嬉しそう。
 それは届いたと言ってもいいのかな?
 「まぁ、一先ずは祥子の妹問題は置いておくとして、祐巳さん」
 「は、はい!」
 「舞台手伝ってもらえるかしら?」
 「正直、貴女と祥子を野放しにしていて新聞部あたりに騒がれても困るのよ。でも、祐巳さんが手伝ってくだされるなら、山百合会の劇の関係上秘密ということで押し切ってしまえるのよね」
 「うちの新聞部、インタビューとか……」
 「そうそう、大変なのよね」
 手伝ってと言いつつ逃げ場が無くなっていた。
 「お姉さま方!」
 祥子さまも気がついて声を上げるものの、それ以上は何も言えない様子。
 「分かりました」
 基本、祐巳は普通なのだ。
 薔薇さま相手に断るなんて事は出来なかった。



 「はぁ」
 祐巳は家に帰るとそのままベッドに倒れこむ。
 「何で……」
 薄暗い部屋。
 見えるのは備え付けのキッチンと机に小さな本棚。
 テレビやパソコンはなく。
 ヌイグルミとかも見えない。
 質素な部屋。
 そして、ここが今の祐巳の家だった。
 祐巳は実家から出て、リリアンに近いアパートで一人で暮らしていた。
 いくら言い訳が立ったところで証拠があったところで噂は絶えない。
 薔薇さまや祥子さまさえ、同じだった。
 起き上がって、リボンを外して鏡を見る。
 何よりも目立つ銀色の髪とエメラルドの瞳。
 「はぁ」
 祐巳は、溜め息をついてもう一度、ベッドに倒れこんだ。
 「夕食、どうしよう」
 お腹は空いている気もするけれど、食べなくても別に構わない感じ。
 考える事が多すぎて、感覚が鈍っているようだった。
 まさか自分が志摩子さんと同じ立場に成ってしまうなんて、考えてもいなかった。
 こんな髪でなかったら、基本は平均点の祐巳に祥子さまたちは興味を持ったのかさえ怪しい。
 だからといって今さら断る勇気は祐巳にはない。
 芝居の稽古は、祥子さまたちの修学旅行後に本格的に開始するとの事。
 「祥子さま……無言だった」
 やはり怒っていらしたのだろうか?
 着替えないといけないと思いつつ、疲れていたのだろう。
 祐巳は、そのまま眠りに落ちていった。









片手つないで紅薔薇風味?
いや、キーがちゃがちゃしたらつい、あははははは。
                            クゥ〜。


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