※2010.7.31追記 今回の話の中で筆者が野球のルールを勘違いしていたためのミス記述がありました。しかし、物語が進んでいたため、書き直すことはせずに、そのまま進めたバージョンと、ミスがなかった場合のバージョンを用意して途中で合流させることにしました。
そのため、今回の話の途中から分岐します。紛らわしくてごめんなさい。
『マリア様の野球娘。』(『マリア様がみてる』×『大正野球娘。』のクロスオーバー)
【No:3146】【No:3173】【No:3176】【No:3182】【No:3195】【No:3200】【No:3211】
(試合開始)【No:3219】【これ】【No:3230】【No:3235】(【No:3236】)【No:3240】【No:3242】【No:3254】(完結)
【ここまでのあらすじ】
大正時代に連れて行かれ、帰れなくなった福沢祐巳の帰還条件は大正時代の東邦星華女学院桜花会と平成のリリアン女学園山百合会が野球の試合をする事であった。
試合は小笠原晶子と松平瞳子が先発、現在一回裏が終了し、月映巴の3ランで東邦星華が先制しているが、祐巳は姿を消している。
「飛ばせ! 飛ばせ! 聖さま!」
二回表、リリアンの攻撃は聖から始まった。
「ごきげんよう。えーと、小梅ちゃん、だっけ?」
「は、はい」
ちょっと慌てたように返事をする小梅ちゃんは、薔薇の館に初めて来た頃の祐巳ちゃんを思い出させてつい、聖はいじりたくなった。
「可愛いね。モテるでしょう?」
「へ? いや、あの……」
ストライク。
「飛ばせ! 飛ばせ! 聖さま!」
山百合会から応援が聞こえてくるが、聖は無視して小梅ちゃんとの会話を続ける。
「人気あるでしょう、って意味だったんだけど」
「そ、そんなことはないです」
マスク越しの顔が赤くなって、可愛い。
「あれえ〜? そ〜かな〜?」
ストライクだったが、わずかに変化する。由乃ちゃんの予想通りナックル系のボールだろう。
祥子のご先祖さまはこの時代にしては頑張っているが、平成にはかなり性能のいいピッチングマシーンを常備してあるバッティングセンターもあるし、癪に障るギンナン王子との対決を二週間続けた成果で、バットに当てるだけならかなり自信がある。
「試合が終わったら、抱きついて祐巳ちゃんの抱き心地と比べちゃおうかな」
「ひいっ」
ファール。思った位置より手前に落ちた。回転数が少ないのか、見た目より遅いのか。
「そういえば、祐巳ちゃんはどうした?」
「えっ」
打ちあげて、失敗した。と思ったが、小梅ちゃんのスタートが遅れてファールになった。
「祐巳ちゃんに、何かあったの?」
聖は小梅ちゃんの目を見て聞いた。
「ゆ、祐巳はちょっと遅れているだけで、必ず来ます」
目をそらすと、小梅ちゃんは守備位置にしゃがむ。
「うん。それは私もそう思う。で、今は何を?」
「私は試合に出ているのでわかりません」
「うまく逃げるね」
「ちゃんと、アンナ先生が連れてきますから」
「アンナ先生?」
今度は本当に失敗した。セカンドに向かってボールが飛んでいく。マズイ。
慌てて聖は走り出したが、間に合わない。
「アウト!」
聖がベンチに引き返すと、入れ替わりで次の祥子が打席に入る。
「かっ飛ばせ〜! 祥子さま!」
聖はそのまま蓉子をつれて、ベンチの後ろにまで移動する。
「祐巳ちゃんのことで、何かわかったの?」
打席で小梅ちゃんとお喋りしていたことはお見通しらしい。
「向こうの生徒も祐巳ちゃんのことは把握してないみたいで、先生が探してるみたい」
「……何か、あったのかしら?」
「何かあったなら、真っ先にこっちに聞いてくるんじゃない? だって、祐巳ちゃんに何かしそうな人間がこっちにはそろってるわけだし」
「言い方に難はあるけど、それはその通りね」
蓉子がため息をついた。聖のやり取りに問題があったからではなく、ちょうど祥子が三振したところだったからだ。
祥子はまっすぐに聖たちのところに向かってきて言った。
「祐巳のことで、何かわかったのですか?」
姉妹揃って似たような事を聞いてくるので笑いそうになったが、そこは堪えた。
「いや。試合前とあまり変わってない」
「祐巳は一体……」
そう呟くと口元に手を当てたまま、祥子は考え込む。
「ごめんなさい、私はそろそろ」
蓉子は二人から離れると、瞳子ちゃんのところへ向かった。
その後、志摩子はサードゴロに倒れ、リリアンは三者凡退で二回の表の攻撃を終えた。
ここからミス記述になります。ミス記述していない続きは【No:3236】へ
瞳子の異変に乃梨子が気づき始めたのは二回の裏の東邦星華の攻撃中の事だった。
「ツーアウト!」
紅薔薇さまのお祖母さまの晶子さまをツースリーからファーストゴロに、先頭の胡蝶さんをノースリーからサードゴロになんとか打ち取ったところまではまだよかったが、続く鏡子さんへはストライクが一つも入らずフォアボール。
今対戦している静さんもファールとボールでツースリーと追い込みながらも次が九球目になる。次は先程ホームランを打たれた巴さんで、ここは抑えなくてはならない。
「あと一球!」
練習の時、ピッチャーに選抜されたメンバーは全体の守備の連携を練習する場面以外は別メニューであまり接点がなかったため詳しいことはわからないが、その頃から落ち込んでいるような様子だった。だから、始めは祐巳さまのことを引きずっているのだと思った。
ところが、今日の瞳子はまるでおかしい。
思い返すと、応援の時も何か空回っているような感じがした。学園祭前に演劇部で瞳子がもめて飛び出した時の感じにちょっと似ている。あの時は祐巳さまの説得で演劇部に戻ったのだが、今はその祐巳さまがいない。
もしかして、元々落ち込み気味で、接触する機会が少なかったから気付かなかっただけで、瞳子自身が別の問題でも抱えているのだろうか。
「ボール!」
ランナー、一、二塁で巴さんが出てきた。
「頑張れーっ! 瞳子!」
乃梨子は精一杯の声援を送る。蓉子さまは先程のバッターあたりからしゃがみ込まずに中腰の姿勢で、どこにどんなボールが飛んできても対応できるように構えている。
「ボール!」
アウトコースを大きく外れ、ワンバウンドするボールに蓉子さまが飛びつき、すぐに二塁にボールがくる。
「はい!」
乃梨子が二塁に入り、江利子さまがバックアップに回るが、二塁ランナーの胡蝶さんは余裕で戻っている。一塁ランナーの鏡子さんも塁に貼りついている。
瞳子にボールを返すが、弾きそうになって、慌てる。
「落ち着いて!」
紅薔薇さまから声がかかり、瞳子は小さく頷くと二球目を投げた。
「ボール!」
このままでは満塁だな、と乃梨子は思った。
瞳子はポケットに手を当てた。中には祐巳さまのリボンと硬貨が入っている。
ずっと思っていた不安。
いついらないといわれるか、いつ捨てられてしまうのかという不安。いつの間にか何かから切り捨てられて『お前はいらない』といわれることを極端に恐れるようになっていた。
学園祭の時、演劇部に戻れと言われた時ですら、山百合会にはいらないといわれたようで傷ついた。あの時──
『今から演劇部に行こう。私ついていってあげる』
『こっちの劇もちゃんと出てもらうからね』
『私、時間つくって瞳子ちゃんの練習相手になるから。そうだ、家に来れば?』
引導を渡す役目を放棄して暴走した祐巳さまの言葉が今でも忘れられない。
「ボール!」
「瞳子ちゃん、落ち着いて」
生まれてすぐに実の両親が死んだ。縁があって松平家に引き取られ、松平の家を継ぐために、松平家の跡取りとして恥ずかしくないように、そのためだけに生きてきた。だから、清子小母さまのお母さま──晶子さまではない祥子お姉さまのお祖母さま──が入院しているのを口実に何度も祖父の病院に通ったりもした。
なのに、病院は他の人が継ぐという。
法律的に結婚できる歳なのだから、医師と結婚してでも継ぎたいと申し出たら、馬鹿馬鹿しいと一蹴された。
その瞬間、瞳子は頭に血が上って言ってはいけないことを言った。
『代わりが出来たから私なんてもういらないのっ!? じゃあ、どうして私なんかのこと引き取ったのっ!!』
『瞳子っ!!』
瞳子が出自のことを知らないと信じ切っていた両親を傷つけ、悲壮な叫びを背に飛び出すように練習に向かった。
優お兄さまは聞かされていたのだろう。その日の練習を終えると車で家に送ってくれた。それ以来、家の中が気まずくなっている。
「ボール!」
大正時代から初めて戻る時、瞳子は自分が取り残されることを恐れた。
だが、残されたのは祐巳さまの方だった。
(どうして……)
身勝手なもので、あれほど取り残されたくないと思ったのに。あれほど捨てられるのが嫌だったのに。
実際祐巳さまが戻れなくなって瞳子は取り返しのつかないことをした事を激しく後悔した。
「瞳子ちゃん」
はっと気付くと目の前には蓉子さまがいた。周りには内野の全員が集まっていた。
「どうしたの? どこか痛いの?」
見ると塁はすべて埋まり、五番打者の小梅さんがベンチから指示を受けて打席に向かおうとしている。
「も、申し訳ありません。大丈夫です。五回までは投げ切ります」
二回の裏の守備の前に蓉子さまから制球に気を使って投げるよう指示されていたのだが、完全に無視する格好になっていた。
「五回は目安よ。言われてる球数で交代させるから」
祐麒さんから怪我を防ぐために60〜70球投げたら交代するようにと言われている。
「次は打ち取ります! お任せくださいっ!」
「……とにかく、相手に得点されないように。あと1アウトをとりましょう」
「はい!」
「もちろん!」
全員が戻っていき、マウンドは瞳子一人になった。プレイが再開し、瞳子は一球目を投げた。
「デッドボール!」
満塁押し出し。
帽子をとって頭を下げる。
東邦星華、1点追加。
試合開始前、山百合会のメンバーが到着し、桜花会のメンバーが祐巳の部屋の扉の前に集まり始めた頃、祐巳はある人物を追っていた。
東邦星華のチャペル、リリアンのお聖堂にあたる建物の中に彼女が入っていくと、祐巳もそれに続いた。
中に入ると、彼女はマリア像を背にこちらの方を見ていた。
「ありささま」
「山百合会のみんなが来てるわ。試合ですってね」
「はい」
「祐巳さんはどちらのチームで試合に出る気なの?」
ありささまは思わぬことを言う。
「えっ。な、何を今さら!? 私は桜花会と一緒にお姉さまと戦うんですよね?」
「祐巳さんは本当にそれでいいと思っているの? 野球の試合とはいえ、お姉さまと戦えるの?」
「そ、それは……」
本心でいえば、野球の試合とはいえ戦いたくはない。いつでも、お姉さまの側に寄り添う祐巳でいたいのだ。
ありささまがゆっくりと近づいてくる。
「ねえ、戦わなくてすむ方法を教えてあげようか?」
耳元で、ありささまがささやいた。
「あるんですか? そんな方法が」
「ええ。こちらに瞳子さんも来ているんだけど、彼女を妹にして、妹と一緒に帰るって、皆の前で宣言すればいいのよ」
「ととと瞳子ちゃんを妹に!?」
祐巳の叫び声がチャペルに反響する。
ありささまは祐巳の背後に回り込む。
「ええ。ロザリオ持ってるでしょう? それをかければいいだけよ」
「そ、そんなっ! 何を言ってるんですかっ!?」
「今祐巳さんに妹はいないし、いいじゃない。それとも、他に妹にしたい下級生が他にいるのかしら?」
「いません、けど」
「じゃあ、いいでしょう。瞳子さんなら手伝いにだって来てくれてるし、それに憎からず思ってるんじゃない?」
「そ、それは、その……」
「妹にしちゃいなさいよ」
瞳子ちゃんを妹に? 周りの人はみんなそう言うが、祐巳はそんなことを考えたことはなかった。
「あなたは紅薔薇のつぼみ。いい加減妹を作らなくてはならないのでしょう? 由乃さんの妹は瞳子さんたちより一年下の子の予定だし。あなたまでぐずぐずしていていいの?」
確かに妹を作るように祥子さまからも言われてはいるが。
「別に深刻に考えなくたっていいじゃない。嫌いじゃないんでしょう。気に入ってるならその子にしておきなさいよ」
笑いながらありささまは言う。
「あの」
「決めた?」
「はい。これだけははっきりと言っておかなくてはいけません」
「本当。嬉しいわ。じゃあ、瞳子さんのところに──」
ありささまが祐巳の手を取ろうとするが、祐巳はその手を払った。
「私は、そんな理由で瞳子ちゃんを妹にしません。他の誰であろうと、それは一緒です」
「な、何を言ってるのっ!?」
ありささまは狼狽する。
「そんな風に、何かから逃れたいだけで誰でもいいから妹にするなんてこと、絶対にしません」
祥子さまと出会い、初めて「妹に」と言われた時がそうだった。
あの時の祥子さまはシンデレラを降板したいだけで初対面同然の祐巳を妹にと望んだ。『誰でもいい』の『誰でも』に選ばれてしまった者がどれだけ傷つくか、祐巳は知っている。
「……あなた、あくまでも松平瞳子を妹にしたくないというのっ! 嘘つかないでよっ!」
ありささまが豹変した。いや、今まで隠し持っていた何かが表に出ただけかもしれないが。
「瞳子ちゃんが嫌、というわけではなくて──」
「あなたの妹は松平瞳子なのよっ!! 嘘つきっ!!」
「え……」
瞳子ちゃんが、祐巳の妹? どうしてそんな話に?
「あの──」
「そうやって、歴史を変えるから、あなたは帰れなくなったのよっ! あなたなんて、一生大正時代にいればいいんだわっ!」
「あ、ありささま?」
なだめようとありささまの肩に手を触れた瞬間、激しい電撃が祐巳の体を襲う。
「あああああっ!!」
意識を失った祐巳を置いて、ありささまは消えてしまった。
しばらく時間がたち、祐巳は意識を取り戻した。
目を開き、身体を起こし、ここがチャペルであることを理解すると、その場所を出た。グラウンドの方が賑やかになっている。
(あれは……!)
東邦星華のグラウンドで、もう山百合会と桜花会の試合が始まっていた。
桜花会の攻撃中らしく、鏡子さんがバッターボックスに立っていた。
「ボール!」
フォアボールらしく、鏡子さんが塁に出て、巴さんが打席に向かう。
山百合会のマウンドにいたのは瞳子ちゃんだった。
(瞳子ちゃん……)
「頑張れーっ! 瞳子!」
乃梨子ちゃんの声援を受け、瞳子ちゃんがセットポジションからひねり気味に投球するが、アウトコースを大きく外れ、ワンバウンドするボールにキャッチャーが飛びつき、二塁に送球するも、セーフ。
「落ち着いて!」
祥子さまの声に瞳子ちゃんは小さく頷いて投げるが、ボール。
瞳子ちゃんはかなり疲れているようで、どのくらい投げているのだろうとスコアボードを見ると、まだ二回の裏だったが、桜花会が3点リードしていた。
「ボール!」
「瞳子ちゃん、落ち着いて」
祐巳は瞳子ちゃんから目が離せなかった。
何故なら、祐巳の目には瞳子ちゃんが泣いているように見えたからだ。
もう一球ボール。
フォアボールで巴さんが歩き、桜花会は乃枝さんが小梅さんに指示を出している。
リリアンの内野陣がマウンドに集まる。
そこで初めて祐巳はキャッチャーが蓉子さまで、江利子さまもいたことに気がついた。外野の方に目をやれば、聖さまを中心に、由乃さんと令さまが何やら話しあっている。
プレイが再開する。
「デッドボール!」
小梅さんにいきなりデッドボールを与えて押し出しで一点献上。雪さんが打席に向かい、リリアンのピンチが続く。
祐巳は今すぐにでもマウンドにいって瞳子ちゃんを励ましてやりたかった。
「祐巳さん」
背後から肩を叩かれ声をかける者がいた。
この時代風の洋装だったが、知った顔ではない。
「……どなたですか?」
「令さんのクラスメイトの三田今日子。山百合会の皆さんに協力してこの時代に来たの。よかった。見つかって」
「え?」
「祐巳さん、お願い。試合に出て。この試合に出てくれないと本当に祐巳さんが帰れなくなっちゃう」
「……あなたも、ですか?」
「何が?」
「あなたも、瞳子ちゃんを妹にしろというんですか?」
「え? ……まさか、あの人があなたにそんなことをっ!?」
今日子さまは明らかに動揺していた。
その頃グラウンドでは雪さんの打球を追った乃梨子ちゃんがファインプレーを見せていたり、祥子さまが引きあげる間際にこちらをちらりと見たりしたのだが、祐巳はそれどころではなかった。
リリアン0−4東邦星華(二回裏終了時)
【No:3230】へ続く