『マリア様の野球娘。』(『マリア様がみてる』×『大正野球娘。』のクロスオーバー)
【No:3146】【No:3173】【No:3176】【No:3182】【No:3195】【No:3200】【No:3211】
(試合開始)【No:3219】【No:3224】【No:3230】【これ】(【No:3236】)【No:3240】【No:3242】【No:3254】(完結)
【ここまでのあらすじ】
大正時代に連れて行かれ、帰れなくなった福沢祐巳の帰還条件は大正時代の東邦星華女学院桜花会と平成のリリアン女学園山百合会が野球の試合をする事であった。
試合は現在東邦星華が4−0とリードしたまま三回の裏が終了。一方、祐巳はミス・アンナの説得で試合に向かう。
プロテクターを外しながら蓉子さまは指示する。
「瞳子ちゃんは60以上投げたからここまで。お疲れさま。志摩子、次お願い」
指示された白薔薇さまはうなずくと準備に取り掛かる。
ベンチにあるシャツをなでると蓉子さまはバッターボックスに向かって行ってしまった。
蓉子さまがなでていったシャツの背番号は9番。書体の関係で、祐巳さまの「巳」の字を鏡に映したように見えることから祐巳さまの分としてユニフォームシャツを作った。打席に立つ前はこのシャツを触るということになっている。そのお約束のために次の打者がやってきて、呟いた。
「……鏡ね。バッテリーって鏡みたいなものだと思わない?」
シャツをなでながら江利子さまは瞳子に語りかけた。
「どういう意味ですか?」
「そのままよ。キャッチャーが自信がなさそうだったら、ピッチャーも自信がなくなってくるじゃない」
「私が不甲斐ないから、蓉子さまにまで悪影響が出ると?」
「逆よ。蓉子が自信がないから瞳子ちゃんも不安になったでしょう?」
ちらりと打席に立つ蓉子さまを見て江利子さまは言う。
「まさか」
「蓉子がスポーツ得意そうに見える?」
瞳子は黙る。
「まあ、そういう事よ。でも、最後はどうなるかと思ったわ」
「申し訳ありません」
「そうじゃなくて。蓉子が瞳子ちゃんに優しくしたらどうしようかって事」
「ああ……」
あの時、もし同情されたり下手に慰められたりしたらどうにかなってしまっただろう。蓉子さまの喝に瞳子は反発し、一時的に立ち直ることが出来た。
「ああ見えて不器用なのよ。蓉子は」
そう言い残すと江利子さまは打席に向かった。
蓉子さまがヒットで一塁に出ていた。
「瞳子ちゃんはもうお姉さま方を応援してくれないのかな?」
背後から聖さまがそう言って抱きついてくる。
「そんなことはありません」
聖さまの腕から逃れると、瞳子は応援の一団に加わった。
ほんの少しだけ胸の中の重いものが軽くなった。
「勝ったような騒ぎね。勝つためには本塁まで行かなくてはいけないという規則を知らないのかしら?」
リリアンの応援を見て、巴はつぶやく。
「そうですか?」
三塁塁審、柳は言う。
「僕には楽しそうに見えます。守備につくときも全力で、常に声を掛け合って、団結力が素晴らしくて、とにかく一生懸命にやってるじゃありませんか」
「柳さんは、あんなはしたない人たちの味方をなさるの?」
じろり、と巴が睨むと柳は笑顔でそれをかわして答える。
「今日の僕は審判ですからね。どちらにも平等ですよ。第三者としての感想を述べただけです」
次の打者が打席に入るのを見て巴は構えた。
お嬢の二球目が打たれて環が追いかけている。一塁走者が頭から突っ込んで滑りこむ。
「セーフ!」
環から球が内野に戻ってきたときには一、三塁になっていた。
「頭から滑りこむとは随分とお行儀のいいこと」
巴が思わず口にすると彼女はこう返してくる。
「これは、勝つための作法よ」
汚れを払うと走者が数歩前に出る。確か捕手の蓉子といったか。足は速くないようだが、警戒するに越したことはない。
リリアンの四番打者が打席に立っているが、バントの構えを見せ、蓉子も大きく塁から離れる。警戒して、お嬢が牽制するが、素早く戻られる。警戒して外し、ファールで粘られ、ついに四球を与えてしまった。
苛立ったようにお嬢がマウンドを靴先で掘る。
「ボール!」
外れた。満塁になり、次はあの小笠原祥子である。前の打席は三振だったが、こちらはアウト一つとってはいない。バントの構えを見せている。静が三塁に入れることを確認すると、巴は前に出た。
お嬢の投球が内角寄りに入ったと思った瞬間、素早く小笠原祥子はバットを構え直して、鋭く振った。
「あっ」
打球の下で雪が構えている。走者が全員塁に戻った。
──パシ
捕球と同時に全ての走者が走り出した。雪から鏡子につないで本塁に投げるが、小梅が捕っている間に蓉子が滑り込む。
リリアン、一点目。
「ごきげんよう。審判さん」
三塁に来た走者は涼しい顔で柳に挨拶した。打席に次の打者が入る。
「何か?」
「ここだけの話、山百合会と桜花会、どっちの方が美人が多いとお思いかしら?」
くだらない雑談など始めるとは、なんという作戦だ。その手に乗るかと巴は試合に集中する。
「申し訳ないが、その質問に答えることはできません」
「あら、どうしてですの?」
「彼女が僕の恋人でして」
どさくさにまぎれて何を、と一瞬柳をにらんだ時だった。
「美人ね」
その言葉だけを残して走者は飛び出していた。巴が一瞬遅れで前に出ると、お嬢が捕って小梅に送球して触球を試みるが、走者はすでに本塁を踏んでいた。一塁に送球するも、それすら間に合わない。
「セーフ!」
まさかの二点目がリリアンに入った。
守備の時、柳に話しかけられ会話していたのを見られていて、巴との関係に気付いた彼女に利用されたと気づいた時は遅かった。
走者は一、三塁。1アウト。
次の走者は特に話しかけてはこなかったが、大きく塁から離れている。
またバントの構えだが、今度は当たり所が悪くて高く打ち上げる。
小梅が捕球し、飛び出していた三塁走者は本塁を踏むも、この場合は塁を踏み直さなくてはならなかったため、思わず天を見上げる。
一塁送球が間に合い、戻ってきた一塁走者もアウトに仕留める。
東邦星華は3アウトを取り引き揚げた。
志摩子が引き揚げてくると蓉子さまが声をかけた。
「いい? 打たれても気にしないで投げるのよ。一点や二点、取り返せばいいんだから」
得点した事で自信が出てきたのか、いつもの蓉子さまらしい言葉を志摩子は貰っていた。
山百合会がダッシュで守備位置につく。
瞳子ちゃんがピッチャー、江利子さまがショート、志摩子がファーストだったのが、この回の守備から瞳子ちゃんがショート、江利子さまがファースト、志摩子がピッチャーに変更となった。
桜花会側から打席に巴さんが入ろうとして、ふと足を止めた。
そして、急に主審に食ってかかっている。
「どうして、リリアンが四回の攻撃で三点とっているのです? 二点のはずです」
得点を記入していたボードの四回のリリアンの得点に三点と記されていた。
たしか、二得点しかあげていなかったような気がする。
異変に気付いた桜花会が全員で審判を取り囲む。
心配そうに様子をうかがう蓉子さまの横に祥子は向かった。
「いいえ。先程の第三のアウトはフォースプレイによるものではないので、それ以前の得点は有効になります。三塁走者は一塁走者がアウトになる前に本塁を踏みました」
毅然と主審の荘介──後の祖父が言う。
「でも、三塁走者は一度塁を踏み直さなければいけないのでしょう?」
「そのことに気づいていたのであれば、桜花会は第三のアウト成立後でも塁もしくは三塁走者に触球して得点が無効であることを確認しなくてはいけません。しかし、桜花会はそれをせずにベンチに引き揚げたため、得点が認められる事になったのです。審判はそれに気づいていても教えることはできません」
「それって、なんとかならないものなんですの?」
祖母が声を荒げる。
祥子は口をはさんだ。
「あら、あなた。公平な審判を用意するって言ったくせに、知り合いだからって泣きついてなかったことにしてもらう気?」
きっと祖母が睨みつけて、前に出ようとした時に、祖父がそれを制していった。
「僕は今日の試合を公平に行うと大切な人と約束しました。大切な人との約束をたがえることはしません」
聞かされたこちらが赤面しそうになる。
「では、こちらが四回は三得点で、よろしくて?」
満足して祥子が確認する。
「結構よ! こちらはまだ勝っているんですもの」
祖母がそう言い返すと、納得したのか、桜花会は打者の巴さんを残して引き揚げた。
きっ、と巴さんが志摩子を睨んでくる。
プレイの声がかかり、蓉子さまのミットが低めのアウトコースギリギリに構えられる。
ゆっくりと振りかぶり、ミットめがけて投げた。
巴さんのバットが当たった。
──カキーン!
右中間方向への場外ホームラン。
また二点差につき放される。
次は小梅さんだが、乃枝さんと巴さんが熱心に何か指示している。
小梅さんは打席ギリギリに立った。
ツーストライクから一球様子をみて、アウトコースギリギリのところに構えたミットに志摩子が投げる。
──カキーン!
ライトに向かって飛んでいくが、由乃ちゃんが捕りこぼして聖さまがそれを拾っている。
結構足が速く、小梅さんは二塁に滑り込んだ。
次は送ってくるか、エンドランか。
「ストライク!」
インコースボールになるギリギリの球がうまく入る。
「この調子で!」
蓉子さまの指示が飛ぶ。先頭のホームランは仕方がないが、下位打線はきっちり押さえたい所である。アウトコース低め、高め、インコース低め、高めの四か所に投げ分けるので精一杯だが、志摩子の場合は足腰が強いので、意外としっかりとした球を投げる。しかし、その分荒れ気味の瞳子ちゃんとは違って慣れてくると打ちやすいということにもなりやすい。
ツーストライクまで追い込む。
「フレー! フレー! 雪さん!」
急に声が聞こえてきた。見なくても誰の声だか祥子には十分わかる。
ここからが本番である。
「ゆ、祐巳!?」
静は慌てて祐巳の口を手で押さえた。
「え? 何?」
「何? じゃないわよ。何してるのよ」
「応援には応援で対抗しないと。向こうに負けてるじゃない」
「……って、遅刻した人が何言ってるのよ!」
お嬢がちょっと怒ったように言う。
「あはは。ごめん、ごめん。でも、もう大丈夫だから」
祐巳の視線の先にはミス・アンナがいた。
「祐巳、早速だけど打席に立ってもらうわよ。もう一点追加点が欲しいの」
「ストライク! バッターアウト!」
雪が引き揚げてくる。
「雪、大丈夫だった? うるさかったでしょう?」
当てつけのように乃枝が言うと、雪は笑って言った。
「いいえ。とても心地よく聞こえてきたわ」
「そ、そう」
「で、いつ私は打席に立てばいいの?」
祐巳が聞き返す。
「いけない。環!」
打席に入ろうとしていた環が振り向く。
「祐巳が来たから、あなたは交代」
「ええっ! 何を言うんだ、川島! せめて先程の雪辱の機会をくれ! 交代なら守備についてからでもいいだろう!?」
顔を真っ赤にして環は反論する。しかし、乃枝の見たてでは肩に力が入りすぎていてアウトを増やして終わりだろう。今は確実に一点が必要だった。
「主審、石垣に代わり福沢を代打に起用します!」
乃枝は大声で主審に告げた。
主審に告げられてしまっては環であってもどうしようもない。
悔しそうに環は祐巳にバットを渡す。
「祐巳、なるべく一塁よりのヒットをお願い」
「うう、わかった。やってみる」
バットを持って、祐巳が打席に入ろうとした時だった。
リリアンの全員がグラブを外して拍手して祐巳を迎えたのだ。
祐巳は帽子をとって、丁寧にお辞儀をしてそれに応えて打席に入る。
「ストライク」
初球はボール。二球目はストライクだったが悠然と見送り、三球目は外れてボール。
四球目。
──カキーン!
投手の上にボールが飛び、投手は跳ねるものの届かない。二塁手がボールに追いつき、送球するが、小梅は本塁に迫っていた。
「セーフ!」
東邦星華にタイムリーヒット。1点追加。
一塁に祐巳がいる。
自分も一塁に生きて、二塁まで送りたい。乃枝は左打席に立った。
打つ気満々で一球目を大きく空振り。印象付けて二球目を狙う。
バットを横にする前から投手が読んでいたのかマウンドを駆け降りる。
それならば打撃妨害を狙ってとバットを引こうとするが、そのバットに運悪くボールが当たってしまう。
──キン!
中途半端に飛んだ打球を投手が拾って二塁へ。
「アウト!」
それを二塁が一塁へ送球。
「アウト!」
こんな事なら、自分の打席の時に代わるべきだっただろうか。
次の守備から、祐巳は二塁へ、二塁の鏡子が一塁へ、そして胡蝶を中堅に据えて万全の守りで臨み、攻撃でしっかりと突き放さなくては。
乃枝は作戦を立てながらベンチへ引き上げた。
リリアン3−6東邦星華(四回裏終了時)
【No:3240】へ続く