【3254】 シャルシェ  (bqex 2010-08-16 00:09:34)


『マリア様の野球娘。』(『マリア様がみてる』×『大正野球娘。』のクロスオーバー)
【No:3146】【No:3173】【No:3176】【No:3182】【No:3195】【No:3200】【No:3211】
(試合開始)【No:3219】【No:3224】【No:3230】【No:3235】(【No:3236】)【No:3240】【No:3242】【これ】(完結)

【ここまでのあらすじ】
 大正時代に連れて行かれ、帰れなくなった福沢祐巳の帰還条件は大正時代の東邦星華女学院桜花会と平成のリリアン女学園山百合会が野球の試合をする事であった。
 ついに守護神小笠原祥子が登板、島津由乃の振り逃げなどでリリアンが8−7と逆転。試合の決着は小笠原晶子の打球の行方に託された。



 確実に三振を。と祥子が投げた一球を晶子は思い切り振った。

 ──カキーン!

「えっ!?」

 祥子と蓉子さまの驚きをよそに晶子は走り出した。
 右中間に打球がふらふらと飛んでいく。
 一、二塁、ライトをカバーするために寄っていた聖さまが下がり、塀にぶつかる。

「捕って!!」

「捕らないで!!」

 聖さまは塀に登った。
 入ればサヨナラホームランで負ける。
 祐巳が二塁に戻り捕球に備える。
 聖さまが塀の上から身を乗り出す。

 ──パシ!

 捕った。晶子アウト。祐巳スタート。
 聖さまはバランスを崩し、一度堪えてからグラウンドの中に落ちた。
 なかなか返球出来ない聖さまを見て祐巳は一気にホームへ。

「バックホーム!」

 祥子はすでにホーム後ろにきていた。
 ボールがくる。祐巳が走る。
 どっちが先か。

「祥子っ!!」

 蓉子さまが届かず、祥子が捕ってブロック。
 祐巳が飛び込んでくるのと同時だった。

「……っ!!」

 何がどうなったのか。
 目の前には青空が広がっている。

「ゼー、ハー、ゼー、ハー……」

 目の前から聞こえる荒い息遣い。
 気がつくと、祥子は仰向けに倒れていて、上に祐巳が乗っかるように倒れている。
 どうやらかなりの勢いでぶつかったらしい。

「ゼー、ハー、ゼー、ハー……」

 全力疾走して、祐巳は息をするのがやっとのようだったが、やがて状況に気づいたように祥子の顔を見てきた。

「ゼー、ハー、ゼー、ハー……」

 祥子も祐巳の顔を見た。土埃で汚れていたが、満足そうに輝いている。

「ゼー、ハー、ゼー、ハー……」

 荘介が二人を覗き込む。
 ああ、と祥子はゆっくりとグラブに目をやった。

「ゼー、ハー、ゼー、ハー……」

 祐麒さんから借りているグラブをゆっくりと広げた。
 祐巳も覗き込む。

「ゼー、ハー、ゼー、ハー……」

 グラブにはしっかりとボールが入っていた。
 祐巳の体はホームにわずかに届いていなかった。

「アウト!」

 勝った。
 なんとか勝ったのだ。

「祐巳!」

 祥子は起き上がりながら祐巳を抱きしめた。

「お、姉、さま……」

 祐巳がすがりついてきた。

「ひぃっく、お姉さま、ひぃっく……」

「祐巳……」

 祐巳が泣きだした。祥子の目からも涙がこぼれてきた。

「祐巳ちゃん……」

 お姉さまが側に崩れ落ちて絞り出すように名前を呼ぶとぐしゃぐしゃに泣き崩れて言葉が続かないでいた。
 みんなが集まってきていた。

「祐巳さん……」

 志摩子は支えられ、涙を流している。

「祐巳さま……」

 支えながら、乃梨子ちゃんもボロボロと涙をこぼしている。

「祐巳ちゃん……」

 江利子さまがそっと涙を拭いた。

「祐巳ちゃん」

「祐巳ちゃん」

 足を引きずる聖さまと、肩を貸す令の目にも光るものがあった。

「祐巳! 祐巳!」

 由乃ちゃんが号泣する。

「祐巳さまっ!!」

 目を真っ赤にした瞳子ちゃんが叫ぶ。

「瞳子ちゃん……」

 祐巳が振り向いた。
 瞳子ちゃんは次の言葉を探しているかのように口元を動かすが、次の言葉は発せられない。

「いいでしょうか」

 祐巳の言葉に祥子がうなずくと、祐巳はそっと祥子から体を放して立ち上がり、瞳子ちゃんの前に出た。

「瞳子ちゃん、平成に帰ってからゆっくりと話がしたい。瞳子ちゃんといろいろなことを一緒に考えたい。いいよね?」

「は、話だけでしたら……」

「よかった」

 祐巳が瞳子ちゃんに抱きついた。

「な、何をっ!?」

「あっ、ずるい!」

 由乃ちゃんが祐巳に飛びつき、それを合図のように全員で次々と祐巳に抱きついた。

「うわあっ!?」

 全員で団子のようになってはしゃいでいると、後ろから咳ばらいが聞こえてきた。

「……あの」

 荘介が困ったように言った。

「そろそろ試合終了の挨拶をしたいのですが」

「あ」

 全員が並んで挨拶した。
 こうして、大正時代での試合が終わった。

 リリアン8−7東邦星華(試合終了)



「お待たせしました」

 リリアンの制服に着替えた祐巳が寮から出てきた。
 昼を回り、一番暑い時間帯に冬の制服はかなり暑そうだった。
 手には差し入れした時の紙袋があった。
 桜花会の皆さんに一礼して祐巳が挨拶する。

「皆さま、短い間でしたが、本当にありがとうございました。皆さまのこと、今日の日のこと、私は絶対に忘れません」

「祐巳!」

 桜花会の九人が祐巳を取り囲む。

「小梅さん、ごめん。私が走りすぎたから、勝てなかった」

「いい。わかってる。わかってる」

 泣きじゃくる小梅さんと握手を交わす。

「巴さん、寮ではお世話になったわ。これからも頑張って」

「祐巳。巴、でしょう?」

「そうでした。巴」

 しっかりと巴さんと握手を交わす。

「静、あなたと組んだ二遊間は忘れないわ」

「な、何を言っているのよっ! いつか私たちはもっと強い二遊間にしてみせますわ!」

 涙をこらえる静さんと握手を交わす。

「鏡子さん、怪我が治っても無理しちゃ駄目よ」

「祐巳さあん!」

 抱きついて泣きじゃくる鏡子さんをよしよし、となだめる。

「胡蝶さん、年下だって気にしないでみんな事を支えてあげてね」

「あっ、はい!」

 顔を赤くして胡蝶さんが握手をする。

「雪さん。たまちゃんとお幸せに」

「もちろんよ」

「こら、誰がたまちゃんだ!」

「決まってるじゃない」

「こら、離せっ!!」

 環さんと両手で握手を交わした後、雪さんと握手をする。

「乃枝さんは毎朝……あ、起こしてもらう人が出来たみたいだから、いいわね」

「な、なんてことおっしゃるのよおっ!?」

 真っ赤になった乃枝さんとじゃれあうようにして、最後は握手を交わす。

「お嬢。最後にお願いがあるのだけど、聞いてくれる?」

「何かしら?」

「これを預かっていてほしいの。大切なものだから、なくさないでね」

 祐巳は生徒手帳を差し出した。
 着替える直前に、祥子がそうするように耳打ちしたのだ。

「わかったわ」

 そう言って、晶子は生徒手帳を受け取った。
 二人はしっかりと握手を交わした。

「アンナ先生、ご指導ありがとうございました」

「祐巳、あなたは数日間でも東邦星華女学院の教えを学んだ者です。このことを誇りに思ってください」

「はい!」

 アンナ先生は祐巳をしっかりと抱擁した。

「あ、アンナ先生!?」

「アメリカ流です」

 クス、とアンナ先生が笑った。
 門のところに停めてあったフォードTTに乗り込む。

「祐巳!」

 桜花会の皆さんが呼びかける。

「ごきげんよう!」

「ごきげんよう!」

 全員で手を振る。
 今日子さんの運転するフォードTTから桜花会の皆さんが見えなくなる。

「時空移動を開始します」

 今日子さんが告げると、祐巳は祥子の手を握ってきた。
 祥子は手を握り返して微笑んだ。
 絶対に帰れる。
 ゆっくりと揺れ、景色が変わり、空気が冷たくなってくる。
 平成の冬、自分たちの時代に戻ってきた。

「……帰って来たんですね」

「言ったでしょう。私は必ずあなたを連れ帰ると」

「はい。お姉さま!」

 運転している今日子さん以外が全員祐巳の方を見て次々と言った。

「おかえり、祐巳ちゃん」

「おかえりなさい、祐巳ちゃん」

「おかえりなさい」

「おかえり」

「おかえりなさい。祐巳さま」

「おかえりなさい」

「おかえり!」

「おかえりなさい」

「おかえり。祐巳」

 最後に祥子がそう言って微笑みかけると、嬉しそうに微笑みながら、でも、目には涙を浮かべながら祐巳は大きな声でいった。

「……みなさん、ただいま!」

 これで本当にすべてが終わったのだ。



 福沢祐巳失踪事件は本人が戻ってきたことで決着した。
 関係者たちは祐巳の無事を喜び、一方、警察など誘拐として動いてくれた各方面には謎の力でこの件が曖昧にされてしまった。
 それがどうしてこうなったのかを知るものは一部である。

 ◆◇◆

 平成。
 明けて正月二日。
 小笠原邸にはあの試合に出た者が集まって新年会が行われることになっていた。

「あけましておめでとうございます。お姉さま」

「あけましておめでとう。祐巳。ご家族は大丈夫?」

「はい。何か脅迫状のようなものが小笠原家にも届いていたから、小笠原家の皆さんにも元気な姿を見せるようにって言われて許可されたんですが、一体どうなってたんですか?」

 祥子は失踪直後の手紙の件を説明する。

「ええっ!? 確かに心配しないようお姉さまと家と学校に連絡をお願いしたんですが、そんなことになっていたんですかっ!?」

「ええっ!? じゃあ、あれはあなたが頼んだものだったというの?」

 二人でおかしくなって一通り笑った後、皆の待つ和室に向かった。

「明けましておめでとうございます。皆さま!」

「おめでとう。二人きりじゃなくてごめんなさいね」

「私たち、お邪魔虫だったかしら」

「そんなことありません!」

 いつもの年より賑やかな小笠原邸の正月に母も嬉しそうに笑っている。

「祐巳ちゃん、おかえりなさい」

「清子小母さまにもご迷惑とご心配をおかけしました」

「いいのいいの。祐巳ちゃんがこうして元気な姿を見せてくれたのだから」

 コロコロと笑う母。
 席についた祐巳が、ふと部屋の隅を見て首をかしげた。

「あの、どうしてこれがあるんですか?」

 不思議そうにクリスマスツリーを指してきいてくる。

「祐巳ちゃんが帰ってきたら全部一緒にやろうってことにしてたの」

 はい、と令がブッシュドノエルを置いた。

「志摩子と一緒に作ったのよ」

「ふーん、志摩子さんと?」

「祐巳ちゃん、私の誕生日も祝ってよ」

 志摩子に祐巳が視線を送った瞬間、聖さまが抱きつく。

「ぎゃうっ!! だから、不意に抱きつくのはやめてくださいよっ!!」

 全員が笑う。

「では、祐巳が無事帰ってきたことと、新年と、クリスマスと、聖さまの誕生日を祝う会を始めましょうか」

「あら、祐巳ちゃんと瞳子ちゃんの記念はなし、なの?」

「ななななな何言い出すんですかっ!?」

 祐巳が真っ赤になる。

「そういえば、瞳子ちゃんは?」

「ここですが、何か?」

 奥から乃梨子ちゃんと一緒に瞳子ちゃんがお寿司を運んできた。

「とっ、瞳子ちゃん。あの……」

「なんでしょうか?」

 真っ赤になる祐巳と平然としている瞳子ちゃん。

「ほら、あとにしていただきましょうよ。これから時間はいくらでも作ればいいじゃない」

 ウィンクして由乃ちゃんがフォローしたので、祐巳は、そうですね、とようやく元に戻った。
 おしゃべりしながら食事をしたり、ゲームに興じたり、本当に楽しい時間が過ぎていく。
 そして、二人きりになった時、祥子は祐巳を自室に連れてきた。

「はい」

 差し出したのは、失踪直後に蔵から出てきた祐巳の生徒手帳だった。

「これは……」

「あなたが晶子お祖母さまに渡したもので、今まで小笠原家にあったのよ。これがなかったら、たどり着くまでにかなりの時間が必要だったでしょうね」

 祐巳は感慨深げにページをめくる。

「小笠原の家は、大正時代には東邦星華の近くにあったのは知っていて?」

「はい」

「大正十二年に関東大震災が起きて、ここに移ることを考えてこの家を建てたのだけど、諸事情でしばらくここは別荘として置かれていたそうよ。その後、戦争が始まってこちらに移ってきて今に至るのだけど、その間も生徒手帳をお祖母さまが大切にずっと保管していてくれたからここにこうして私たちがいられるのよね。本当に感謝しなくては」

「お嬢……」

 祐巳が目を細める。

「それから、調べてわかったのだけど、お祖父さまが年賀状をやり取りしている方で、桜花会の方と思われる名前の方が何人かいらっしゃったわ」

「え」

 驚いて祐巳がこちらを見る。

「もしも、あなたが会いに行きたいと思うのであれば祖父にお願いして連絡をとることが出来るけど」

 どうするの、と祥子が聞くと、祐巳は即答した。

「折角ですが、そのままにしておいてください。私はあの時と同じ姿形なわけですから混乱させてしまいますし。もし、もう一度出会う運命なら何もしなくても必ず出会うことになると思います」

「そう言うと思ったわ」

「それに、平成の時代から見れば過去のことですが、私の時間では、桜花会の皆さんが今どうしているかはずっと未来の話ですから」

「そうね。でも、あなたに、いえ、皆にこのことだけは報告をしなくてはならないわ」

「何をです?」

「晶子の許嫁の荘介がその後どうなったか、つまり、私の祖父の話をね」

 祖父の名誉のため、今日、なぜ祖父が留守なのかを皆に告げて、遠く時空の離れてしまった好敵手たちに思いをはせるくらいは許されてもいいのでは。祥子はそう思った。

 ◆◇◆

 大正十四年八月二十三日。
 すず川。
 小梅はあれ以来、くさくさしていた。

「小梅、まだ落ち込んでいるの?」

 母の八重が聞いてきた。

「そ、そんなことは……」

 ないと言いきれなかった。
 あんなに悔しい思いをしたのは初めてで、ちょっとやそっとじゃ立ち直れそうにない。

「辛気臭い顔しやがって。そんな顔してたら、客が寄りつかなくて困る」

 父の洋一郎が言う。

「三郎、小梅をどこかへ連れて行ってやれ」

「はい」

 父に言われ、三郎は小梅と一緒に外に出る。
 不意に追い出されて、三郎は困っているんじゃないだろうかと小梅は三郎の顔を見る。

「小梅さんは笑顔の方が似合いますよ」

 微笑んで三郎が言う。

「三郎さん、急にこんな事言われて困っているんじゃない?」

「まさか。小梅さんとでしたら、いつだって喜んで出かけますよ」

 小梅の顔が火照ってくる。
 三郎が手を差し出してくる。
 小梅は三郎の手を見つめて、それから直接手を握ろうとしたが、手を伸ばしかけたまま固まってしまった。
 それを見て三郎がハンカチを取り出す。

「きょ、今日はハンカチは使いません!」

 そう言って、息を止めて三郎の手を直接つかんだ。
 三郎が微笑んで言う。

「資生堂にいきませんか?」

「え?」

「嫌ですか?」

「いいえ」

 タクシーに乗っている間も二人は手をつないでいた。
 小梅の顔は恥ずかしいのか照れくさいのかよくわからない感情で真っ赤になっていた。
 もう、さっきまでのくさくさはどこかへ行ってしまったようだった。
 銀座の資生堂前で降りると、見たことのある車が止まった。
 オートモ号。お嬢が普段乗っている車だ。
 そう思ってみていると、中から岩崎が、そして、岩崎に手を引かれてお嬢が降りてきた。

「お、お嬢!?」

 つい声が出て、お嬢ははっとしたように振り返る。

「小梅さんも資生堂なの?」

「お嬢も?」

「ええ……」

 お嬢の隣で頭を下げる岩崎はなんだかものすごくイイ人な雰囲気になっていた。

 ◆◇◆

 平成。
 ありさがため息をついていた。

「ああ、どうする? どうする? 祐巳さんにあんな風に拒絶されたら、もう──」

 今日子は、ポン、とありさの肩を叩くと、ありさは飛び上がらんばかりに驚いていた。

「ひゃ、ひゃあっ!?」

 無言で今日子は指をさした。
 そこに見えた光景は。
 マリア像の前に立つ祥子さん。その前には向かい合って立つ祐巳さんと瞳子さん。祐巳さんの手にはしっかりとロザリオが握られている。向かい合う二人の頬が微かに赤い。

「あ」

「まあ、あの二人もいろいろあったけど、晴れて姉妹になったみたいね。これであなたも思い残すことなく──」

 今日子が見ると、ありさは時空移動を開始していた。手を伸ばすが、わずかに間に合わなかった。

「あー、逃げられちゃった」

 自分の時間に戻っただけなのか、再びどこかで騒動を起こしているのかは今日子にはわからない。

「……仕方ない。今日は諦めましょう」

 去り際にもう一度マリア像の方を見ると、誕生したばかりの姉妹が手をつないで駆け出した。
 二人の未来がどうなっているのか今日子は知らない。だから純粋に祈った。
 頑張れ、頑張れ。




─おジャンでございます─



【大正野球娘。派へのフォロー】
『Chercher〜シャルシェ〜』OVA『マリア様がみてる』(通称3期)のエンディング曲。原作者による歌詞は私(祥子)があなた(祐巳)がどんな境遇にあっても必ず見つけて救い出すというもので、『涼風さつさつ』のエピソードが元になっているがOVA『涼風さつさつ』のEDは別の歌という罠。歌はKOTOKO嬢。

【マリア様がみてる派へのフォロー】
『おジャンでございます』大正時代、最後の授業が終わると級長がそう声をかけ、教室内で拍手をするのが流行っていた。学習院の言葉らしく、授業終了後に鐘が鳴るのでそう言ったらしい。『大正野球娘。』では雪の台詞として登場する。つまり、終わりということである。


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