【3255】 ご冗談も程々に  (bqex 2010-08-19 23:26:48)


 放課後。
 白薔薇のつぼみこと二条乃梨子はビスケットの扉を開けた。

「……!」

 そこには黄薔薇のつぼみの有馬菜々ちゃんが死んでいた。

「……」

 いや、よく見ると死んだふりだった。静かに頑張っているつもりだろうが、呼吸をしているのがわかるし、見開いた目がぴくぴくしてきてる。

「……何やってるの?」

 乃梨子が話しかけると、ちッ、と小さく舌打ちして、菜々ちゃんは話し始めた。

「久し振りに某動画サイトに行ったらYah○o!知恵袋(伏字じゃねえ!)にインスパイアされた曲で家に帰ったら妻が死んだふりをしてるっていう内容のものが上がっていて、楽しそうなので真似してみたんです。皆さんの反応を楽しみたかったのですが……流石、乃梨子さまです」

 いやいや、内心かなり驚いたさ。
 剣道着姿で、首に刀が刺さっていて、血糊の上に倒れていて、更に口にも血糊を含んでいてタラリと血を流して、真っ赤になった口で喋るものだから、猟奇なことこの上ない。原理はバレバレだが、ホラー映画みたいで気持ち悪い。

「特殊メイクとか、凄いね」

 首のところにはめている刀が刺さっているように見えるオモチャがわかりづらいようにバックリと切り刻まれたようなメイクが施してあるのだが、初めて見た時は一瞬本当かと思って声も出なかった。

「師匠に教わったもので」

 師匠?
 その時、階段が微かに鳴って、次の瞬間にビスケットの扉が開いた。

「……」

 紅薔薇のつぼみこと松平瞳子だった。
 彼女は黙って菜々ちゃんの顔をのぞき見、菜々ちゃんは死んだふりをしている。
 いや、気持ちはわかる。私だって……。

「県警の松平ですぅ。あなたが第一発見者ですかぁ?」

 瞳子は駆け付けた刑事ですよという演技を始めた。

「こら、何故にノリノリ?」

「はは〜ん、さてはあなたが犯人でしたかぁ? 犯人が第一発見者を装っている。『リリアンの古畑○三郎』と呼ばれる私の出番じゃないほどのベタな事件でしたねぇ、ふっふっふっ」

「あんたが師匠なんだ」

「え〜、事情があるなら正直におっしゃってくださいぃ。お上も鬼じゃ、ありません」

「って、なぜ私が犯人役?」

「ちなみに、刑事ドラマのカツ丼は自腹なんですよぉ。1500円で代わりに出前して差し上げますので、遠慮なくおっしゃってください、ふっふっふっ」

「取調室に死体があるかっ。更に、ドサクサに紛れて自分の分も頼むなっ!」

 菜々ちゃんは死体の役ということを忘れてクククと笑っている。
 その時、階段がギシギシと鳴って、ビスケットの扉が開いた。

「……」

 黄薔薇さまこと島津由乃さまだった。
 由乃さまは床の惨劇(のように見せかけた演技中のご自分の妹)とこちらの二人を交互に見る。

「警視庁の島津警部ですかぁ? 私、リリアン署の松平と申しますぅ」

 敬礼しながら瞳子が言う。

「君が所轄の担当か。で、彼女が下手人……じゃなかった、容疑者かね?」

 この瞬間、菜々ちゃんの顔がぱああぁっと輝いた。死体が顔を輝かせてどうする。
 菜々ちゃんと瞳子の悪ノリに由乃さまは「いい役」で迎えられたのが気に入ったのかノリノリで応対してくれちゃっている。

「黄薔薇さま、あなたまで悪ノリしますか?」

「悪い乃梨子で略して悪ノリ? 面白くないダジャレだな」

「島津警部は『警視庁のホームズ』と呼ばれるほどの方ですぅ。あなた、正直に言った方がいいですよぉ」

「その物真似似てないし、疲れてきてるでしょ?」

 すると、由乃さまが急に乃梨子の腕と肩をキメるようにつかんだ。

「ええい、神妙にしろ! 吐け、吐いてしまえ!」

「ピカ〜! ピカ〜!」

 と、瞳子は今度はデスクライトの役に回ったらしく、人の顔の前で手を開いたり閉じたりしながらピカピカ言ってる。

「警部、もう少し穏やかにお願いできませんかぁ?」

 また刑事の役に戻ったらしく、似てない物真似を繰り出す。

「てやんでいっ! おめえが生ぬるいから下手人がつけ上がるんでいっ! ……ライト」

 小声で要求する由乃さまに応えて瞳子は再び「ピカ〜! ピカ〜!」とデスクライトの役に回る。

「残念なことに、あなたが今回の犯人ですぅ。え〜、こちらには動かぬ証拠があるんですぅ」

「ライト」

「ピカ〜! ピカ〜!」

 なんだこのカオス空間。
 後ろで死体は爆笑してるし、一人は似てない物真似とデスクライトの二役を始めるし、一人は岡っ引きだかホームズだかわからない人になってるし。
 と、そのとき不意にビスケットの扉が開いた。

「……」

 白薔薇さまで乃梨子のお姉さまの藤堂志摩子さんだった。
 相当面食らっている。
 床にはプルプルと震える死体の黄薔薇のつぼみが、彼女をほったらかしにして自分の妹を取り押さえる黄薔薇さまが、その横で手だけはピカピカを繰り返し続ける紅薔薇のつぼみがいるのだから、この状況をどう判断しろというのだろう。

「あのっ、志摩子さん、これは──」

 乃梨子が事情を説明しようとすると、素早く瞳子が口を塞いだ。

「あなたはどなたでしょうかぁ?」

「殺人事件の現場に素人が来るんじゃねえぜ!」

「……」

 志摩子さんはそっと引き返していった。ああああっ! せめて止めてほしかったっ!!

「?」

 と思ったら、すぐに戻ってきた。手にはハタキが握られている。

「な、何ですかっ!?」

 瞳子が聞く。

「……霊媒師の役よ」

 全員が瞬時に凍りついた。今まで聞いたこともないぐらい志摩子さんの声が冷徹なものだったからだ。

「れ、霊媒師?」

 由乃さまが聞き返す。

「犯人には悪霊がとり憑いているようです。私が払って差し上げましょう。悪霊退散!」

 と志摩子さんはハタキを振り上げ襲いかかってきた。

「うわああぁっ!」

 ハタキで思い切りぶたれた痛さと、今まで見たこともない志摩子さんの奇行にショックを受けて乃梨子はその場にしゃがみこんだ。

「犯人から悪霊を払う事には成功しましたが、今度はあなたたちに憑いたようですね」

「ひいぃっ!」

「待った、私が来た時はすでにこの状態で──」

 瞳子は思わず後ずさり、由乃さまは言い訳をするが、全部は言わせてもらえなかった。

「悪霊退散! 悪霊退散!」

 容赦なく志摩子さんはハタキで瞳子と由乃さまをぶち続ける。

「痛いっ! やめてっ! 悪かったってば! 乃梨子ちゃんの顔見てたら面白くなっちゃって──」

「ごめんなさい! ごめんなさいっ! 出来心だったんです!」

 ボッコボコにハタキで二人がぶたれ続けていると、そ〜っと菜々ちゃんが脱出を試みようとしていた。
 もう少しで脱出という時に、背後に目があるかのように志摩子さんが振り向いた。

「ああ、死体に悪霊が付いてしまいました。これは気合を入れて払わなくてはなりません」

「ゆ、許してください……」

 許されるはずがない。
 ついに菜々ちゃんは、本当の死体のように身動き一つできなくなるまでに叩きのめされた。
 笑う死体、古畑似てない三郎、岡っ引き警部、デスクライトピカピカ、恐怖の霊媒師が悪霊退散などいろいろなトラウマを残し、その日は終わった。



 翌日。
 乃梨子はビスケットの扉を開けた。

「……!」

 そこには紅薔薇さまこと福沢祐巳さまが死んでいた。いや、死んだふりをなさっていた。

「祐巳さま、あの……」

「いや〜、さすが乃梨子ちゃんだね。久し振りに某動画サイトに行ったらYaho○!知恵袋にインスパイアされた曲でウチに帰ると妻が死んだふりしてますっていう内容のものが上がってて、面白そうだったから……」

 そういえば、昨日の騒動の時に不幸にも祐巳さまはいらっしゃらなかった。
 ただ床に転がっていただけならフォローのしようがあったのかもしれないが、頭に刺さった矢、床に大量の赤い液体、血糊で真っ赤な口は、今、階段をギシギシいわせて上がってくる人たちの目から隠すことが出来ない。

「うわ、祐巳さん……」

「お、お姉さま……」

 何も言わずに由乃さまの背後に隠れて歯をガチガチ鳴らして震える菜々ちゃんのトラウマの重さがうかがえる。そして、もう一人分の足音は、妹である乃梨子の膝さえ震わせた。

「あ」

 その日、一人の紅薔薇さまが本当の血の海に沈んだとか、沈まなかったとか。
 後日、「薔薇の館からタヌキの悲壮な泣き声が聞こえてきた」という噂が広まり「たぬきのなく頃に」という漫画を漫画研究部が発表したとかしなかったとか。
 しばらくの間、紅薔薇さまが異様なほどにびくびくしていて、猛禽類に目をつけられた子ダヌキのようだったとか。
 いろいろなトラウマを残した事件だった。



 小寓寺。

「……」

 家に帰ると父が必ず死んだふりをしています。

「……」

 ちょっとでも反応すると調子に乗るので出来るだけスルーします。

「……志摩子」

「……死体が喋るとは、悪霊でも乗り移りましたか?」

 ブルブルと父が首を振るのを見て、志摩子はそのまま部屋に戻った。
 それにしても。
 きのこ型のチョコレートを大量に握りしめて死んだふりって、どうなのかしら?


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