「マホ☆ユミ」シリーズ 「祐巳と魔界のピラミッド」 (全43話)
第1部 (過去編) 「清子様はおかあさま?」
【No:これ】【No:3259】【No:3268】【No:3270】【No:3271】【No:3273】
第2部 (本編第1章)「リリアンの戦女神たち」
【No:3274】【No:3277】【No:3279】【No:3280】【No:3281】【No:3284】【No:3286】【No:3289】【No:3291】【No:3294】
第3部 (本編第2章)「フォーチュンの奇跡」
【No:3295】【No:3296】【No:3298】【No:3300】【No:3305】【No:3311】【No:3313】【No:3314】
第4部 (本編第3章)「生と死」
【No:3315】【No:3317】【No:3319】【No:3324】【No:3329】【No:3334】【No:3339】【No:3341】【No:3348】【No:3354】
【No:3358】【No:3360】【No:3367】【No:3378】【No:3379】【No:3382】【No:3387】【No:3388】【No:3392】+アフター【No:3401】
※ このシリーズは一部悲惨なシーンがあります。また伏線などがありますので出来れば第1部からご覧ください。
※ 4月10日(日)がリリアン女学園入学式の設定としています。
--------------------------------------------------------------------------------
〜第1部スタート〜
リリアン女学園高等部の入学式の日。
生徒説明会を終え、帰路に着く一年生の波を眺めている一人の女生徒がいた。
つややかな黒髪の女生徒の瞳が、マリア像の前でお祈りを始めた新入生を見つけると、
やわらかく微笑みながら、新入生の後ろに近づき声をかける。
「ごきげんよう」
凛としたその声に、一瞬の間をおき、新入生が振り返る。
「ごきげんよう、お姉さま」
微笑を称えて黒髪の女生徒を仰ぎ見るのは、ツインテールのかわいらしい少女。
とたんに、「キャッ」と、数名の新入生から声が上がる。
「まぁ、紅薔薇のつぼみですわ・・・・」
「お美しい・・・・」
感嘆の声が上がるのも気にせず、小笠原祥子は振り返った新入生の前に立った。
「祐巳、入学おめでとう」
「ありがとうございます。お姉さま」
☆
「3年待ったわ」
「あは・・・、お待たせしました。お姉さま」
周囲のひそひそ声が聞こえる。
「紅薔薇のつぼみを、お姉さまって・・・いったいどなたかしら?」
「もう、スールになられたのね?うらやましいわ」
「今年の総代で挨拶した娘でしょ?」
「なんでも、外部入学だとか・・・」
「え〜〜っ!それでなんですぐに、スールになっているの?」
「知らないですわ・・・でも興味がわきますわね」
☆
「お姉さま、ちょっと・・・」
慌てて祐巳が祥子の袖を引く。
「ここでは、目立ちすぎですよ。もう少し場所を考えて・・・・」
顔を真っ赤にして抗議する祐巳に、
「あら?私は気にしないわよ?」と、にこやかに返す祥子。
「も〜〜〜私が気にするんですっ!」
思わず右のこぶしを作って「怒ってます」という顔をしてみる。が、
「では、行きましょうか?」と、祐巳の手をとって、祥子が誘う。
「へっ?どこへですか??」
疑問符を頭に浮かべる祐巳。
「どこって、薔薇の館に決まってるじゃないの。早くお姉さま方に紹介したいわ」
「あ・・・決定ですか・・・」
やれやれ、といった顔で、祐巳がうなずく。
祐巳も覚悟はしていたようで、おとなしく薔薇の館まで共に歩く。
「あの、お姉さま、手は・・・」
「あら、嫌だった?」
手を引っ込めようおする祐巳に、不思議そうな顔をしながら祥子が尋ねる。
「いえ、恥ずかしいというか、なんと言うか・・・・」
「いいじゃない。3年分のサービスをしなさい」
「はぁっ・・・」
もはや、ため息しか出ない祐巳であった。
☆
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
さわやかな朝の挨拶が、澄みきった青空にこだまする。
マリア様のお庭に集う乙女たちが、今日も天使のような無垢な笑顔で、背の高い門をくぐり抜けていく。
けがれをしらない心身を包むのは深い色の制服。
スカートのプリーツは乱さないように、白いセーラーカラーは翻さないように、ゆっくりと歩くのがここでのたしなみ。
もちろん、遅刻ギリギリで走り去るなどといった、はしたない生徒など存在していようはずもない。
私立リリアン女学園。
明治三十四年創立のこの学園は、もとは華族の令嬢のためにつくられたという、伝統ある魔法・魔術学園である。
東京都下。武蔵野の面影を未だに残している緑の多いこの地区で、神に見守られ、幼稚舎から大学までの一貫教育が受けられる乙女の園。
時代は移り変わり、元号が明治から三回も改まった平成の今日でさえ、十八年通い続ければ日本中で、いや世界各地で活躍する魔法使いや魔術騎士が巣立っていく貴重な学園である。
☆
「祐巳」
薔薇の館を前にして、祥子が祐巳に暖かな視線を向ける。
「ほんとに、綺麗になって。見違えたわ」
「あら、私だって、今日から高校生ですよ?少しは・・・って、お姉さまの足元にも及びませんけど」
祐巳は少し照れたようにうつむく。
それに笑みを深くして見つめる祥子は、
「あら、祐巳はほんとに綺麗になったわ。それにとても可愛いわ」
俯いたままの祐巳を正面に見据えて、祥子は心に決めていた言葉を継げる。
「祐巳、ロザリオ、受け取ってくれるわよね?」
「わたしなんかでいいんですか?」
少し潤んだような眼で祥子を見上げる祐巳。
「わたしより、相応しい娘がいるかもしれませんよ?」
「私が嫌なの。祐巳以外に『お姉さま』って呼ばれたくないわ」
それに、と言葉を続ける。
「さっきのあれ、きっともう明日には噂になるわね。すぐにでも新聞部が飛んで来るわよ」
「狙ってやりましたね・・・。」
ちょっとジト眼で祥子を見上げる祐巳だが、祥子は「してやったり」の顔をして笑うばかり。
「もう、覚悟を決めて頂戴。3年も待ったのに、これ以上待てないわ」
それにね。
「令だって今夜には、由乃ちゃんにロザリオを渡しているわ。令よりも妹ができるのが遅れるなんて、許せないことよ」
「あいかわらず、負けず嫌いなんだから・・・」
は〜〜っと、ため息をつく祐巳。
でも、と決意をこめた眼で祥子を見上げる。
「お受けいたします。お姉さま」
薔薇の館の前、入学式のため他の生徒の目のない中、二人はスールになった。
☆
祐巳と祥子が最初に出会ったのは、祥子がリリアン女学園小学部1年、祐巳が幼稚舎年長組の時であった。
当時、新進気鋭の建築家として名を知られ始めた祐巳の父親が、武蔵野にある小笠原魔法魔術研究所の増築工事の指揮を執ることになった。
小笠原魔法魔術研究所は、国内最大の魔法魔術研究所であり最古の歴史を誇る。
小笠原家の次期当主である小笠原融と祐巳の父親である福沢祐一郎は高校時代の先輩後輩であり、法力でも国内有数の力を持っていた祐巳の父親に、小笠原家が研究所の増築を発注したのだ。
そして、その増築工事のさなか、不幸な事故が起きる。
魔界と現世をつなぐ異空間の操作装置を据え付けていたときに、装置が暴走し・・・
めったに現れない、A級の魔物が異空間から出現し、祐巳の父親とアシスタントでそばに居た祐巳の母親が襲われたのだ。
魔物に襲われた時に、祐巳の父親の法力と母親の神通力でなんとか魔物を魔界に追い返すことが出来たのであるが、魔物は魔界に追い返される瞬間に祐巳の父親と母親に最後の攻撃を加えた。
「デス・タッチ」
その魔力の影響で、祐巳の父親と母親はこん睡状態にはいり・・・
生ける屍となっていた。
たしかに、呼吸はしている。
心臓も動いている。
しかし、呼びかけにこたえることは無く、植物人間状態になってしまったのだ。
祐巳は、病院で答えることのない両親のそばでずっと泣いていた。
「おかぁさん、おとうさん・・・ううっ・・・」
見ている大人たちが辛くなるほど祐巳は憔悴しきっていた。
そんな彼女を放っておけず、祥子の母親、清子は融に頼んだ。
「祐巳ちゃんを小笠原家の養子に迎え入れてください。みきさんの代わりに私が母親になります。」
しかし、植物人間状態とはいえ、祐巳の両親は生きており、養子にすることはかなわなかった。
しかも、名門の小笠原家に養子が入るということは、なにかと面倒になることが多い。
渋りに渋る宗家の人たちを清子が説き伏せるのには容易な事では無かった。
でも清子は、どうしても祐巳を迎えいれたかった。
同情心というのもあるけど、それだけではなかった。
清子は、祐巳に運命的な何かを感じたのだ。直感として。
それは具体的なものではないけれど、確信に近いものが、清子の中にあった
祐巳を養子にすることは出来なかったが、祐巳は小笠原家に引き取られることになった。
祐巳の両親が元に戻ったときに、元気な祐巳を両親に返すという清子の願いを小笠原家が許したのだ。
こうして、祐巳と祥子は、小笠原家で一緒に育つことになった。
小笠原家に来た当初は、祐巳は誰にも心を開かなかった。
突然両親が植物人間になり、そして突然別の家に引き取られたのだ。
目まぐるしく変わる環境に、祐巳は戸惑っていた。
清子は辛抱強く祐巳に接していった。
最初は話し掛けても返事さえ返ってこない有り様だった。
ある夜、トイレから帰る途中、祐巳は迷子になった。広い小笠原家。
祐巳は不安に心臓が押しつぶされそうになり、駆け出した。
見覚えのあるドアにほっとし、扉を開けた瞬間、部屋から出ようとした祥子にぶつかった。
小さな体がお互いの衝撃で転ぶ。
「もう、あわてんぼさんね」
祥子の言葉に、「ごめんなさい」と小さな声で返す祐巳。
なんと、それが小笠原家に来て、初めて祐巳が発した言葉だった。
涙を浮かべていた小さな祐巳に、祥子は、
「怖かったの? 私の部屋においでなさい」
と、声をかける。
祐巳は、その優しい言葉に、思わず祥子に抱きつき、大声で泣いた。
その泣き声は悲しげで、そして・・・わずかな喜びがあった。
それから祐巳は祥子に心を開き、本当に仲の良い姉妹のように育っていった。
ほんとうの祐巳は、健康的な魅力を備えている子だった。
祐巳の花も綻ぶような笑顔に、小笠原家の家族はみんな惹かれていった。
☆
小笠原家は、国内最高の魔法使いの一族である。
世に出没する魔物、モンスターをその魔力で狩る。
そしてその力は、現当主の娘、清子が最強であった。
魔物やモンスターに対抗するため、人間は様々な力を研究し、身に着けている。
小笠原家に代表される魔力の他にも、法力、神通力など、様々な力がある。
また、剣術、格闘術などの武道には、人間のまとう覇気の力もある。
その様々な力を系統化し、分析、強化の目的で作られた組織が国内にいくつかあり、その最高峰が小笠原魔法魔術研究所であった。
小笠原魔法魔術研究所では、古今東西を問わず、世の魔法すべてが研究されている。
そして、小笠原家を筆頭として寄付金を募り明治34年に設立したのがリリアン魔法・魔術女学園である。
☆
小笠原家の娘は6歳になったときから魔法の修行にはいる。
すでに祥子は清子からいくつかの魔法を習っていた。
祥子が小さな杖をかまえ「ルーモス」と唱えると、杖先から周囲を照らす灯りが生まれた。
簡単な魔法だが、祐巳はそれを見てぱっと顔を輝かせる。
「きれい!」
祥子は得意になって「ルーモス・バルーン」と唱えると、灯りがシャボン玉のようにいくつも浮かんだ。
「わ〜〜っ!」さらに祐巳が喜ぶ。
そして・・・
「るーもす」
まだ、たどたどしい言葉で祐巳が唱える。
そばで見ていた清子は驚愕した。
「この子は天才だ・・・」
杖も持っていない祐巳の指先に、灯りが浮かんでいた。
清子の祐巳を見る眼にわずかに恐怖さえ浮かんだ。
祐巳の母親であるみきは、神通力に秀でた女性だった。
山梨の祝部家の娘。高位の神通力を受け継いできた一族の末裔であった。
その神通力が幼い祐巳にも顕現していた。
しかも、である。
小笠原家に婿として迎えられた融の法力も国内最高クラスだが、花寺学園時代はその融をして敵わない、といわしめた福沢祐一郎の血も祐巳には流れているのだ。
ただでさえ、神通力と法力のサラブレッド。それに自分の教える魔法が加わったなら。
「ひょっとして、祐巳ちゃんは、みきさんをすくうことができるかもしれない。」
あきらめかけていた希望の光を、幼い祐巳に清子は見ていた。