【3270】 あなたに近づきたい私についてきて  (ex 2010-08-29 09:46:47)


「マホ☆ユミ」シリーズ   「祐巳と魔界のピラミッド」 (全43話)

第1部 (過去編) 「清子様はおかあさま?」
【No:3258】【No:3259】【No:3268】【No:これ】【No:3271】【No:3273】

第2部 (本編第1章)「リリアンの戦女神たち」
【No:3274】【No:3277】【No:3279】【No:3280】【No:3281】【No:3284】【No:3286】【No:3289】【No:3291】【No:3294】

第3部 (本編第2章)「フォーチュンの奇跡」
【No:3295】【No:3296】【No:3298】【No:3300】【No:3305】【No:3311】【No:3313】【No:3314】

第4部 (本編第3章)「生と死」
【No:3315】【No:3317】【No:3319】【No:3324】【No:3329】【No:3334】【No:3339】【No:3341】【No:3348】【No:3354】
【No:3358】【No:3360】【No:3367】【No:3378】【No:3379】【No:3382】【No:3387】【No:3388】【No:3392】

※ このシリーズは一部悲惨なシーンがあります。また伏線などがありますので出来れば第1部からご覧ください。
※ 4月10日(日)がリリアン女学園入学式の設定としています。

--------------------------------------------------------------------------------



 祥子とともに清子の魔法英才教育を受けることになった祐巳であるが、それをこころよく思わないもの達もいた。
 上流階級にありがちな、妬み、僻み。
 それを清子は何よりも恐れたのだ。
 そんな愚にもつかないことに祐巳を巻き込みたくは無かった。
 素直な祐巳の心が壊れないように。
 それが清子の願いであった。

祐巳が小学部へ上がってしばらく、清子は祥子と祐巳の教育方針を考えていた。

 母親である清子から見ても、祥子がたぐいまれな魔法使いの資質を持っていることは十分に見て取れた。
 その魔法は教科書どおりの正確さで、大人顔負けの精度を見せている。
 さらに、清子が教えてもいない発展を見せることもよくあった。
 まさに、「一を聞いて十を知る子」であった。

 いくら難易度の低い魔法とは言え、小学1年生にして「ルーモス」を正確に発生させることは難しい。
 祥子はさらに、そこにアレンジを加え「ルーモス・バルーン」の魔法を生み出した。
こんな、発展を考えるなどということは思考の柔軟性とともに、高い演算力とそもそも基本的な魔力の高さが必要である。
天賦の才を祥子は持っていた。



 清子は祥子と祐巳の魔法教育に当たり、まず祥子に教えることにした。
 自然に祥子と二人きりとなる時間を作り、祐巳には魔道式の構築、演算、展開を見せないようにして。
 祥子がその魔法を使いこなせるようになると、祥子に祐巳を教えるように。

 祐巳は、祥子から魔法の手ほどきをうけ、それを清子がそばで見守る。
 直接清子から魔法を教えるのではなく、祥子を通じて教えるようにしたのだ。

 これは、祥子より先に祐巳が魔法を覚えないように。
 祥子のプライドを傷つけないように。
 祐巳が祥子を敬い、祥子が祐巳を導いていけるように。

 祥子より、一歩引いた位置に祐巳を立たせること。
 そうすることが、祐巳を疎ましく思っている外部の目から守るために必要なことだった。
 ましてや、祥子が祐巳を疎ましく思うようなことだけは絶対にしてはならないことであった。



 祥子が新たに覚えた魔法を祐巳に見せる。

「ウィンガーディアム・レビオーサ!」
 祐巳のまわりを、タヌキのぬいぐるみがくるくる廻りながら飛び回る。

「うわ〜、おねえさま、すごい!」
 素直な祐巳は、祥子に尊敬と憧れのまなざしを向ける。

「オーキデウス!」
 祥子の呪文が終わると同時に、杖先に可憐な花が咲いた。

「きれい!おねえさま、もっと!」
 祐巳の驚いたような、はしゃいだ声に、祥子が「うん・・・」と少し考える。
 そして
「オーキデウス・ブーケット!」
 結婚式で花嫁が持つようなブーケが祐巳の手の中にポトンと落ちた。

「すご〜い!それにいいにおい!」
 祐巳は単純に喜んでいるが、清子は「また・・。」と驚かされる。

 杖先に花を咲かせる呪文は教えたが、花束を生み出す呪文なんて教えても居ない。
 それを、少し考えただけで何の気なしにこなしてしまう祥子の才に改めて感心する。

「じゃ、祐巳も練習よ」
 祥子が、祐巳の指導に入る。

「最初は、「ウィンガーディアム・レビオーサ」よ。これは浮遊呪文っていうの。
 ものを浮かせて、自由に操るの。
 まずは、このぬいぐるみから練習しましょう。
 ぬいぐるみは、布と綿からできているでしょう・・・・・」

祥子は教え方が上手かった。
 自分自身が覚え、使いこなした呪文をわかりやすく祐巳に解説する。
 祐巳も、間もなく祥子に追いつくように呪文を覚えていくが、なにせ力量が違う。
 祥子が大きなぬいぐるみを浮き上がらせても、祐巳は小さなぬいぐるみを浮き上がらせるのがやっとだった。

それは、清子の施した、祐巳の魔力を4分の1に抑える「マカンダ」の影響。
 実際には祥子を上回る力を発揮している祐巳であるが、
「えへへ、おねえさまにはかなわないや」
 と、姉を憧憬の瞳で見つめる姿は、仲の良い姉妹そのものだった。



6年の年月が流れ、祥子が中等部へ進学し、祐巳は小等部6年生になっていた。

 その頃には、祥子は清子の教える攻撃系呪文を除くほとんどの呪文を身につけていた。
 もちろん、祥子から同じ呪文を習っていた祐巳も同様である。
 攻撃系を除く呪文すべて、といってもその種類は多岐にわたり、通常の魔法使いでは一生かかってもその10分の1も使いこなせるかどうか、ということにもかかわらず、である。
 それをわずか、12歳と11歳の子が成し遂げる、という快挙であった。

攻撃系呪文は、いわば破壊の呪文である。
 炎熱系、氷結系、衝撃系など、様々な種類があるが、破壊を行うことに他ならない。
 魔物やモンスターと戦うためには必須の攻撃呪文であるが、攻撃系であるということはその分危険性が高い。
 なにより、ものを大事にするように躾けられている子供に「壊す」、ということを教えるのは大人としても抵抗がある。
 それに、破壊衝動に魅入られてしまうと、人間に対してまでその力を振るいかねない。
 相手を傷つけるという実感も、罪科さえも感じずに、ただただ公式の演算がうまくなり展開の技術に喜びを見出すこともある。
子供とは、無垢で残忍なものである。
 何がきっかけで、他人に対し危険な魔法を使ってしまうかもしれない。
 それを恐れ、通常は、高校生以上になり、心の正しいと認められたものにしか攻撃系呪文は教えてはならないこととされていた。



 清子は、祥子が品行方正で、礼儀正しく、正義感にあふれ、潔癖症に育ったことに満足していた。
 そんな、祥子に清子は絶対の信頼を置いていた。

 もちろん、清子の指導・躾のたまものでもあるが、なにより、そばで見ている祐巳の存在が大きかった。
「祐巳に恥ずかしくない姉になりたい、
 祐巳に常に尊敬し続けられる姉になりたい」との思いが、祥子をここまで成長させていた。

「祥子なら大丈夫」
 その確信があったからこそ、清子は祥子の中等部入学と同時に攻撃系呪文を授けることにした。
 ただし、祐巳にはその講義風景は一切眼に触れないようにした。

 祐巳の才能は、祥子に一歩劣っているように周囲には見えている。
 使える魔法の種類は同じでも、パワーが違う、と思われていた。
 しかし、それはあくまで魔力値だけの問題。実際には4分の1しか発揮できていないのだから。

 祐巳は、一度見ただけの魔法をその場で理解することができた。
 その覚える速度は異常。つかいこなす能力も異常であった。
 本人はそのすごさに気づいていないが。
 「天才」とすでに周囲に認知されている祥子ですら、祐巳の覚えの早さには舌を巻いていた。

(祐巳が攻撃魔法を見たら、その瞬間に使いこなすことが出来るだろう)
 そのことを一番危惧していたのが清子であった。



祥子が中等部へ進学してから、祥子が祐巳に魔法を教えることがなくなっていた。
 攻撃系呪文を祐巳に教えることは清子に禁止されているので仕方ないことであったが。

 なによりも、中学生と小学生では時間割が違いすぎる。
 クラブ活動や、習い事の数が増えていった祥子と祐巳では自由になる時間が違いすぎた。

 暇をもてあました祐巳を見て、清子は考えていた。
(攻撃魔法以外は覚えてしまったし・・・あとは体力をつけるのも大事かもね)

そこで、清子は祐巳に
「祐巳ちゃん、なにか習い事をしてみる?水泳でも、剣道でもなんでもいいのだけれど?」
 と、何気なく問いかけてみた。

祐巳はしばらく考えていたが、先日見た時代劇を思い出していた。
「おかあさま、祐巳、剣道を習いたい」

清子は、かつての融も通っていた、都内最古といわれる有馬道場に祐巳を通わせることにした。
 剣道で精神力と体力を鍛えることも大事なこと。
 祐巳はおっとりしている性格なので武術には向かないかも、と清子は思いながら、祐巳が魔法以外に興味を持つことはいいことだと思っていた。

「祐巳ちゃん、剣道は楽しい?」
 祐巳が有馬道場に通い始めてしばらく後、清子は祐巳に尋ねてみた。

「はい、とても楽しいです。でも、対戦相手の竹刀が当たると痛そうなのが、ちょっと嫌です」
「あらあら。打たれるのは嫌ねぇ」
「はい、だから打たれそうになるとすぐによけちゃいます」
「よけてるだけでは、勝負にならないのではなくって?」
「はい、だから打たれる前に対戦相手の胴を払って勝つ様にしてます。負けるのは嫌だもの」
「まぁ、祥子みたいな負けず嫌いさんね」
「えへへ、わたしだって、おねえさまに負けないよう頑張ります。」

清子は、祐巳が剣道を楽しみ、日々体力が向上していくさまを見て満足していた。

「祐巳は武術向きではない」 その思い込みで、清子は油断していた。
 そのため、祐巳が剣道の基礎練習から進んだときから、練習風景を見ることはなかった。

 だが、その清子の「思い込み」は大きく覆される。

とにかく、祐巳の動きは尋常ではない。

 祐巳に向かう竹刀は、祐巳を捕らえることが出来ない。

 すべて、「わっ」「怖いっ」「嫌っ」と、聞いている分には情けない言葉を叫びながらよける。

 対戦相手は、祐巳の声に最初はがっくりとなるが、すぐにその顔に焦りが浮かぶ。
 とにかく当たらない。
 なんだ、こいつは。
 小さな体で、ちょこまかと動きやがって・・・。

 と、いつの間にか脇をすり抜け、抜胴を払われている。
 では、と竹刀をはじき、下がった小手を叩こうとする。
 すると、さらりと巻き落としで竹刀を叩き落とされてしまう。
「柳に風」、無段の祐巳に有段者が翻弄されている。
 半年もしないうちに、有馬道場に通っていた道場屈指の強豪である田中姉妹の長女ですら祐巳の敵ではなくなっていた。

 祐巳の剣術は、先読みによる相手の攻撃を避けることと、瞬間の高速移動によるカウンターである。
 有馬流剣術の奥義である、「瞬歩」を教えわってもいないのに、ほぼ同じ動きをする。
 相手の打ち込みと同時に、脇を駆け抜け、抜胴を放つ。
 決して相手を叩きのめす力の剣術ではない。
 あえて胴しか狙わないのも、胴が防具の中で一番強いから。
 相手の痛がる顔を祐巳は見たくなかった。
 抜胴と、巻き落とししか攻撃手段を持たないのに、スピードと先読みの力だけで有段者すら凌駕して見せた祐巳であった。

 ただし・・・祐巳自身は逃げ回っている時間のほうが多いので、自分自身が強い、とはまったく思っていなかった。



祥子が中学1年、祐巳が小学6年の元旦。
 小笠原家は華やかな雰囲気に包まれていた。

 清子と融の結婚15周年、ということもあったが、この年は
対魔訓練施設の落成、魔障療養病院の新築、
5年前から収集を急いできた薔薇十字の全10本の集結、
 と、次々に清子が心血を注いできた成果が現れた年でもあった。

 この祝いも含め、久々に小笠原関連の名家が集まり、元旦パーティが開かれていた。
 冬のさなかであったが、小春日和の心地いい日であった。

祐巳は、この日の朝起こされると、小笠原の館に隣接する『中書院』に連れて行かれた。
 『中書院』の座敷を回り込み、 入側縁の突き当たりの『鳳凰の間』に入る。
 そこには黒漆に金で雅やかな秋草の蒔絵が施された、揃いの衣桁と衣装盆それに姿見が置いてあり、 祐巳の和装一式が用意してあった

それは、清子が祐巳のために準備した着物。
 清子が若い頃好んで着ていた加賀友禅の逸品である。
 色は加賀五彩といわれる、蘇芳、黄土、藍、緑、墨を基調としており、豪華で精緻な格調高い中振袖。
 それに紅地に蜀江錦の袋帯。
 髪飾りは縮緬の押絵による椿の花。
全体として華やかで可愛らしい中にも少し落ち着いた感じにまとめてある。

 清子は愛しそうに衣桁にかかった着物を撫でながら、
「私が若い頃のお気に入りだった着物よ。もう古い物だけれど、祐巳ちゃんが着てくれたら嬉しいわ」
「すごい!素敵です。でも、こんな豪華な着物、私に似合うでしょうか?」
「もちろん、似合うに決まっているわ。着付けと、髪結がすんだら本館にもどっていらっしゃい」

 祐巳の支度をメイドに任せ、清子は来客の対応の準備のため、本館に戻っていった。



 小笠原家の本館には、柏木家、松平家などの親戚筋のほか、京極家、西園寺家、綾小路家、有栖川家などの名家も揃ってきていた。

清子と祥子はホステス側として、来客の対応を行っていた。
年始の挨拶とお祝いに、にこやかに応接をしていく。
 祥子も昨年までは小学生だったため、パーティに出席することは無かったが、中学生になった4月以降、度々このようなパーティに参加していた。
 本来なら、まだ小学生である祐巳はパーティに出席させないつもりであったが、自宅でのパーティであり、参加者が親族関係ということもあって、今年中学に進学する祐巳の披露も兼ねて、出席させることにしたのだ。

 祥子の周囲には、同年代の柏木優、松平瞳子、西園寺ゆかり、京極貴恵子、綾小路菊代などの子供たちが集まり、歓談していた。

「祥子おねえさま、聞きましたわよ。もう魔法全般履修なさったとか」
「そうそう、すでに攻撃系魔法も学習なさっていらっしゃるのでしょう?」
「本当かい?まいったなぁ、僕なんてさっちゃんより年上なのに、攻撃呪文はまだ早い、って言われてるんだよ」
「祥子おねえさま、素晴らしいですわ」
「ぜひ、拝見させていただきたいですわ」

 子供たちの関心は、祥子の攻撃系呪文にあるようだった。
 自分たちのはるか高みを行く祥子への羨望、嫉妬、憧憬、様々な感情をそれぞれの子供が持っていた。

 それぞれ名家の子息である、というプライドと、小笠原家に対する微妙な親の感情に敏感な子供たちばかりである。

そして・・・・
「おねえさま」
 と、豪華な加賀友禅に身を包んだ祐巳が、祥子に近づいたとき、その嫉妬の感情が子供たちの間にひそかに広がっていった。

「まぁ、祐巳、とっても綺麗よ」
祥子の花も綻ぶ満開の笑顔を向けられた祐巳を嫉妬の眼で見る周囲の子供たち。

この瞬間、祐巳は子供たち共通の敵と認識されることになった。


一つ戻る   一つ進む