【3269】 ごくごく普通の降って湧いた未曾有の大事件  (エクメネ 2010-08-29 02:11:02)



「由乃さんの乃は〜、乃梨子ちゃんの乃〜♪」

それは、あまりにも唐突で、予想すらつかない出来事でした。
乃梨子が放課後も早よから鼻歌を歌いたいと思うほどの機嫌の良さで、薔薇の館の二階の扉の前に辿り着いた時のことです。
自分が一番と思っていたのですが、中から物音がします。
どうやら先客がいたようです。
誰だろう、志摩子さんだったら嬉しいな。と少しドキドキしながら、扉を開けた矢先に、その歌が乃梨子の耳に飛び込んできたのです。
「ごきげんよう」の挨拶も、部屋の中に身体を入れるのも忘れて、ただ乃梨子は呆然としながらその鼻歌の歌い主を見つめていました。

「祐巳のYは〜蓉子さまのY〜♪ もう一つついでに由乃さんのY〜♪」

シンクに立って、皆のコップを用意し、やたらと丁寧にシンクを洗いながら気持ちよく歌っていらっしゃるのは、我らが山百合会幹部、紅薔薇の蕾。
もはや天然を通り越してちょっとアフォなのではないか、とちらりと疑ってしまった。
いや、さすがに祐巳さまと雖もアフォなわけはない。ただ、少々抜けているだけだ。
などと随分失礼なことを乃梨子が考えている間も、祐巳さまは小さく腰を振りながら、歌うのを止めない。

「聖さま〜祥子さま〜志摩子さんのS♪ 乃梨子ちゃんと瞳子ちゃんは仲良しさん♪」

なんちゅー歌だ。ぼへっとそんなことを考えていた乃梨子はふと気付いた。
私はどうすれば良いのだろうか?
とりあえず見なかったことにして、隠密の如く静かにかつ速やかに扉を閉めてもう一度出直すか。
それとも、キリの良いところで今入って来ましたなノリで爽やかに挨拶しながら入室を果たすか。
さあ、時間はもうあまりないぞ。いつ振り向くかも知れない。決断の時だ、乃梨子。
自分にそう言い聞かせて、乃梨子はしかし答えを先延ばしにした。
何だか、見なければ損な気がしてきたからだ。いくら祐巳さまがぼけぼけでも、実際にその場面に出会うことはそう無い。

「およ? これは…」

ん? どうしました? 祐巳さまは不可思議な行動をとった。
流しに顔を近づけて、そして…。

「◎×▽*%#=□¥!!!!!!!!!!」

乃梨子の耳をつんざくような奇声を発して、そしてそのまま気を失われ遊ばされた。
そのわりに随分ふんわりと頭を打たないよう床に横たわられた気がするけれど。
まあ、さすが、とだけ言っておくとして。
問題は、祐巳さまが何に対してそんなことになってしまったのかだ。
乃梨子はさすがにぼうっとしているわけにいかず、部屋の中に大人しく入った。
部屋の中には当然、乃梨子と祐巳さましかいない。
とりあえず鞄を椅子の上に置いてから、祐巳さまが倒れているシンクの方へ向かった。
あまり良い気はしない。まさかの予感がひしひしとしている。
さて、今、乃梨子は流しの前に立っている。蛇口からは申し訳程度に水が流れていたのを止める。
流しを覗き込む。何もない。何も。否、ポットだ。ポットがある。
そういえば、ポットを洗おうとしていたっけか。
きっと祐巳さまは、このポットの中を見てこうなったのだ。見たくない。見てはいけない。そんな気がする。
ごくり、と咽喉が鳴る。
と、いうか。なんか、もうわかってしまった。
それでも!! 乃梨子はなけなしの勇気を振り絞って、遂にその中を覗き込んだ。
ああ、やっぱり……。くそう、わたしのお馬鹿……。
そうして、乃梨子は薄れゆく意識の中、頭を打ったりしないよう、ゆっくりと倒れていった。祐巳さまの上に。



「え?」

志摩子が部屋の扉を開け、中の光景を見た時の一言目。
由乃さんと一緒に薔薇の館に来た。
そして、見てしまった。
信じたくない。何をしているの?
志摩子も由乃さんも、固まってしまって動けなかった。
まさか。
祐巳さんと乃梨子が、白昼堂々と、いえ、乃梨子が祐巳さんに乗り掛かって、その、接吻をしている。

「ちょ…ちょっと、あなたたち何してんのよっ!!」

志摩子よりも早く立ち直った由乃さんが二人に近づいていく。
由乃さんはキスしたまま動かない二人に激怒した様子で、何かを叫んで…でもそれを聞き終わる前に志摩子の意識は途絶えた。


ばた。後ろから派手な物音が聞こえて振り返れば、志摩子さんが倒れていた。
無理もない。こんなものを見てしまったら…。
もう一度、前を見てみる。この二人は!
未だに止めようとしない二人に、由乃の怒りのボルテージが最高潮に達しようとして。
そして、一気に下がった。
よく見てみれば、二人の顔の位置が微妙にずれている。近くで見れば何の事は無い、変なことはしていなかったのだ。
ということはだ、さっきから微動だにしないこの二人は。
由乃は、一度深呼吸をして、部屋の状況をよくよく観察した。
由乃の中で全てが一本に繋がった。

「なるほどね」

シンクの前で重なるように倒れている二人。流しの中にぽつんと取り残されたポット。
それに背後で倒れている志摩子さん。は今はどうでもいいんだけど。

「謎は全てまるっとお見通し的に解けた。ばっちゃん(:江利子)の名にかけて」

名探偵さながらの口ぶりで、誰も聞いていないのに、由乃は語りだした。



「つまり、この事件はいくつもの要因が積み重なって起きた悲劇といえるわ」

誰も聞いていない、薔薇の館の一室で、由乃は雄弁に、喋る。

「そう、この事件の全ての発端は志摩子さんだったのよ。彼女こそが、この事件の真犯人だったの」

由乃は、いまだに扉の前で寝転がっている彼女を指差す。犯人はお前だ。そう言わんばかりに。

「彼女は恐らく、気付けなかったのよ。そして、何より抜けていたの。あまりにも考え無しだったといえるわ」

部屋の窓を開け放つ。新鮮な空気がとてもおいしい。

「第一の被害者は、現場の状況からいってまず間違いなく祐巳さん。悲劇は続く。乃梨子ちゃんもまた、志摩子さんの悪辣な罠にかかってしまった……」

シンクの前で重なり合う二人を一瞥し、由乃もまた、シンクの前に向かう。

「そう…。この、ポット。……志摩子さんの遺した全ての元凶……どうしてこんなことに…」

由乃が嫌々ながら、ポットの中を確認しようとしたその時、更なる悲劇が生まれた。
乃梨子ちゃんの重みのせいか、祐巳さんが寝返りを打とうとしたのだろう、きっと。其の時、なんと祐巳さんの足が由乃の足を払った。

「ちょ、おまっ」

足を払われた由乃は当然、体勢を崩す。ポットを持ったまま。由乃は後ろ向きにそのまま倒れていった。
そのついでにポットの中身も由乃の顔に降りかかった。
そして、由乃は動かなくなった。



「ごきげんぅわっ!!」

扉を開けた矢先に右足が何か大きなものに躓いた。
転ばないように咄嗟に出した左足も、その大きなものを踏んでしまい、しかも微妙に柔らかくへこんだ。故に、令はそれこそ盛大に転んだ。
もっとも、そのときに「っ!!」と声にもならない声をあげて限りなく本当に黄泉への旅路に出かけた人物がいたが、令はそれどころではなかった。
人よりも優れた運動能力も無駄だった。それでも令は、転ばぬ先の杖よろしく、腕をばんと前に着こうとしてそこにも何かがあるのに気付く。
人の顔!! 由乃!! 周りに転がる何か!!
ついた両手が何かを潰す。足が完全に取られているため、令の顔はそれこそ由乃とキスしそうなほどに近づく。
それを剣道で培った凄まじい精神力と集中力、腕力、あらゆる力を使って全力で留める。(ついでに理性も)
腕立てのような変な体勢ながら、令はほっと一息ついた。何が何だか。
状況を整理しようと、令は顔面の下にある由乃の顔を見る。何か、濡れている…。

「んま゛ぁ!!!」

そのとき、冷静になった令の鼻腔を猛烈な何かが穿った。
あまりの衝撃に腕の力が一瞬抜ける。同時に、掌がその中で潰れた何かのために滑った。
再び近づく由乃の顔!!でも何か濡れている!!
ピカチュウ。令は逝った。色々な意味で。



その日、祥子は機嫌が悪かった。理由はもちろんないわけでもないが、敢えて言うならば、運が悪かったということだろうか。
だからこそ、怒りを発散できていないともいえる。

「まったく、とんだ災難だわ…」

薔薇の館に向かう途中で、靴に鳥のフンがかかってしまったのだ。
その処理に少し時間も取られた。
大人気ないとは解っていても、どうしようもなく腹立たしい。
こうなったら、可愛い妹でも観賞して鬱憤を晴らすしかない、そう思いながら薔薇の館の階段を上る。
いつもだったら少しは物音やら話し声やら、気配がしてもおかしくないが、その異変に祥子が気づくはずもなく、祥子は何の警戒もせずに、
先の犠牲者よろしく、勢いよく扉を開け放った!

「ごきげんよおっ!!?」

勇んで足を踏み出していたためか、何かに思い切り躓いた。
転ばぬ先の杖よろしく、祥子はすぐに余った右足を踏み出すが、高さが足りなかったようでその足まで躓いてしまう。
そして勢いのままに祥子の身体は前方に倒れこんだ。
もっとも、そのときに「っ!!」と声にもならない声をあげて今度こそ間違いなく黄泉への旅路に出た人物がいたが、祥子はそれどころではなかった。
おそらくは、その人物が此度の惨劇の発端にして、最大の被害者であろうことは知る由もない。


その後、何が起きたかは、誰も知らない。ただ、六人の無残な肢体が薔薇の館に転がっていた。
それだけが、唯一の真実。







お目汚しをば。
PCがご臨終しそうなので、埋没していたモノを思い切って投稿してみマシタ。
これだから私にはギャグはムリだって言ったのよ…(注:男です)


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