【3272】 メロメロになる貴方と生きる未来光が射して  (星灯 2010-08-31 01:42:29)


朝、目が覚める。どういう訳か身体が軽い。

ベッドからの誘惑を断ち切り上半身を暖かい布団から出すと、まるで寒さが全身にまで行き渡ったかのように身震いがした。
それから私は窓を開け、小鳥のさえずりを合図に、両腕を上げ背筋をピンと伸ばす。毎朝の日課。これが一日の始まり。

軽く髪を整え、そして枕元にあるぬいぐるみに「おはよう」と一言。

ふと時計が目に入る。いつもより一時間も早く起きてしまったみたいだ。
外の景色はどんよりと暗く、どうやら冬のこの時期、この時間、お日様は眠っているらしい。

パジャマの上に暖かな上着を羽織り、モコモコのスリッパも履いて、私は一階の洗面所に向かう為に部屋を出た。

廊下には寒さがぎっしりと詰まっていた。

手摺りの冷たさに驚きながらも、階段を一段、また一段と、音を立てないようにゆっくりと降りる。
それでもギシギシと音が辺りに鳴り響く。静寂の所為だろうか、やけに大きく聞こえる。

……なんだろう、この違和感は?

階段を降りている最中に突然、心の中にとある感情が湧き出す。
これはそう、聖と江利子が何か碌でもない事を企んでいる、そんな光景を目の当りにした時に湧き出す感情と同一のモノ。

私の危険感知センサーが警告を発してる。

あの二人の顔がちらつくのは、高確率でとんでもない事が起きる前触れなのだ。
長年の経験が私にため息を吐かせる。まったく、朝くらいはゆっくりとさせて欲しいのだが。

そんな嫌な想いを振り切って、ようやく洗面台の前に辿り着く。

昨日までと同様、歯を磨き、顔を洗い、髪を梳かす。
乙女に必要な儀式を十分にこなし、最後の仕上げとして鏡に映った私をちらりと見る。ふむ、どうやら嫌な予感は杞憂だったみたいだ。



そう、昨日の時点では影も形も無かった「ネコミミ」と「しっぽ」が存在していたとしても……



……って、そんなわけあるかーーーっ!!!






『メロメロになる × 貴方と生きる未来 × 光が射して』






ごきげんよう、水野蓉子です。ネコミミとしっぽが生えてきました。

……朝からなにを言っているんだろう、私は。
というか、あまりにアレすぎて、身体だけでなく心まで冷めてしまったわよ。なんだコレ?

まぁ良いわ。それよりもまず初めに、このネコミミが本物かどうかを見分けないとね。
そう! 聖・江利子との付き合いで培ってきた、非常識に対するこの適応力! 今こそ発揮するチャンス!! ……チャンス?

どうやら私の心は冷めていながらも混乱しているらしい。
悲鳴をあげる理性と非日常に慣れた私の心。きっとこれも聖と江利子の調教の成果なのだろう。畜生。

……兎も角、二人との出会いを悔いるのは、それこそいつもの事だ。だから今はこのネコミミについて集中しましょう。
私としてはこのネコミミとしっぽが、紛れも無く偽物であって欲しいとは思っているのだが……

――ぴこぴこぴこ。

うん、自分の意志でぴこぴこと動かせる。触るとくすぐったい。引っ張っても外れないし痛い。もふもふとしてる。


やっぱり本物だ!? 本当になんだコレ?!


……あっ! も、もしかしてコレは、マリアさまからのプレゼントじゃないかしら?
うふふ、それだったら素敵。素敵過ぎてマリア像を破壊したいくらいに。

……いやまてよ。

マリアさまの趣味が、迷える子羊達にネコミミを生やす事だなんて流石に不自然すぎるし、嫌すぎる。
まったくもう、そんなにネコミミが好きなら、御自分の頭に生やせば良いのにね。

……うん、落ち着け私。とにかくシンプルに考えてみよう。

こんな馬鹿げた事をする動機があったり、ネコミミを生やすだけの力を持っている人間……


エロかデコしかいないじゃないかっ!?


――ピンポーン


ん? こんな時間に誰かしら。


――ピンポーン ピンポーン ピンポーン ピンポーン ピンポーン ピンポーン


はいはい、今開けるから静かにして……


――ガチャ


「「ごきげんよう」」

ドアを開けると、そこには満面の笑みを浮かべるエロ薔薇とデコ薔薇が肩を組んで待ち構えていた。

……●ねば良いのにね。

「まぁ蓉子さんったら。親友に向かって酷い事を仰るのね」
「人の善意を踏みにじるなんて…… 私は悲しいぜ」

親友? 善意? あんた達の辞書にそんな言葉が載っているなんて思っても見なかったわ。
そもそも迎えに来てくれなんて私、頼んで無いんですけども。

「愛しの蓉子ちんの為に迎えに来たのです」
「だって、その格好じゃあ学校に行き辛いでしょうから」

このネコミミとしっぽ、やっぱりあんた達二人のしわざなのかっ!?

「蓉子ったら、今頃気づいたの?」ニヤニヤ
「とても可愛いわよ」ニヤニヤ

……ネコミミの生やし方は怖いからあえて聞かない。それよりも何故こんな事をしたのかしら?

「「面白そうだから」」

今日、私は学校を休みます。だから帰ってください。つーか帰れ。

「「そうはさせるかっ!」」

いや、ちょ、離して、は な れ ろーーーっ!!!



☆★☆



本日最後の授業もようやく終わり、あとはHRを残すだけとなった時間帯。
先生や同級生、それに下級生の好奇に満ちた視線に曝された私は、身も心も疲れ果てていた。死に掛けていた。

百を越えた二人との出会いに対する後悔。いい加減、マリアさまはあのデコエロコンビに天罰を与えてくれないだろうかという思い。
そんな事を胸に秘め、机に突っ伏してぐったりとしている私に、クラスメイトの栄子さんが話しかけてきた。

「ねぇ蓉子。今更の様な気もするけどさ、そのネコミミはなに?」

本当に今更な質問。今まで何回聞かれた事か!
最早、顔を向ける力も無い私は、そのままの格好で一言いうのが限界だ。

そう、エロとデコの所為でこうなったのよと……

「エロと…… デコって…… 聖さんと江利子さんの事……?」

となりの席の鮎美さんが会話に参加してきた。
普段の彼女の声は小さくて聞き取りにくいのだが、ネコミミの為か、はっきりと聞こえた。

「それよりも、そのネコミミに触って良いでゲソか?」

さらにはイカ娘さんまでもが ……イカ? クラスメイトにこんな娘居たかしら?
ま、まぁ、それは兎も角、積極的に私のネコミミを触ろうとしてくる。

「あ、ずるいぞ! 私にも触らせてくれ!」
「わ、私も……」

あーもう、うっとうしい!





「あはは、それは大変でしたね」

放課後、私は祐巳ちゃんと二人きりになる機会に恵まれた。
そんな機会はめったに無い。だから私は今日一日の出来事を話した。祐巳ちゃんの太ももに頭を乗せて。

「今日の蓉子さまは特に目立っていますからね」

そう、祐巳ちゃんが言う様にこの格好は非常に目立つ。
私に注がれる視線のほとんどが、ネコミミとしっぽを捕らえて離さない。

仮にも紅薔薇の名を継ぐ私は、人に見られるという行為に対して慣れているつもりだった。
……のだが、あそこまで好色な感情を大量に受けたのは初めてだ。

まさに貞操の危機だったと、今では思う。

マリアさまのお庭に集いし乙女達が、そんなはしたない想いを持つ筈が無い!
そう信じたかったのだが、どうしても無理だった。

主にエロとデコの所為で。

それに加えて、普段は真面目なクラスメイト達の暴走も凄かった。
彼女達、隙あらばネコミミを触る。しっぽを掴むためにスカートを捲る。語尾に【にゃあ】を付けさせようとしてくる。

正にやりたい放題。リリアン乙女、まじ肉食系。

しかし彼女達だけを攻める訳にはいかない。
何故なら私も、祐巳ちゃんにネコミミとしっぽが生えていたら襲ってしまうからだ。

「ははは……」





しかしまぁ、なんだね。祐巳ちゃんの膝枕は凄いわ。疲れた心と身体が癒されていくのが感じるもの。
この適度なぷにぷに感が癒しの秘密かしら? しかも触ると肌すべすべ。

「蓉子さまったら…… 言っている事が白薔薇さまとそっくりですよ」

あはは、まぁ硬いこと言わないで。今日一日、がんばった私へのご褒美だと思って、ね。

「ふふ、そう言われたら断るわけにもいきませんね」

あら、私のお願いを断るつもりだったの?

「さぁ、どうでしょう?」

最近の祐巳ちゃんたら、私の扱いが上手くなったわよね。初めて逢った、あの頃の祐巳ちゃんは何処にいったのかしら?

「紅い薔薇の色に染まったんですよ、きっと」

私の髪をそっと撫でながら、そう言って微笑む祐巳ちゃん。
その幸せそうな笑顔が見るのが今の私にとって一番の幸せである事を、たぶん貴方は知らない。


やっぱり祐巳ちゃんは凄い。だって、こんなにも私の心を魅了しているのだから。


「……ねぇ祐巳ちゃん。今、しあわせ?」





祐巳ちゃんは誰にでも笑顔を振りまく。そう、魅了されたのは、なにも私だけではないのだ。
祥子は言うに及ばず、聖に志摩子に由乃ちゃんも。江利子と令は良く分からないが嫌ってはいないと思う。

彼女の事を知れば知る程、彼女に惹きつけられいく……

祐巳ちゃんには、そんな素敵な魅力が備わっていた。
だからこそ、彼女はよく弄られる。それはもう、とてつもない勢いで。

私は今日一日過ごしただけで精も根も尽きた。それなのに、祐巳ちゃんはこれをほぼ毎日行っていると言ってもいい。

多くは望まない。

ただ、困った顔は見たくない。貴方には笑っていて欲しい。それだけが私の願い。

「うーん……」

唐突過ぎたかな?

「幸せです」
「!?」

私のネコミミを触りながら、きっぱりと祐巳ちゃん。

……何故だか聞いて良い?

「ふっふっふっ、それはですねぇ……」

「リリアンにはお姉さまが居ます。志摩子さんに由乃さん、それに令さま、白薔薇さまや黄薔薇さま……」

……私は?

「ふふ、もちろんです。だから……」


「だから、幸せなんです」


……ふ、ふふふっ あっはははは!!!

あーダメだコレ。完全に私の負けだ。まったく、祐巳ちゃんには敵わないわ。

「???」

うん、私は貴方の事が大好きなんだなと思っただけ。

「!!!」

顔を真っ赤にしてあたふたする祐巳ちゃん。その姿はやっぱり可愛い。



☆★☆



結局、私の悩みは杞憂に過ぎなかったみたいだ。
当の本人は何処吹く風で、ただ真っ直ぐに健やかに伸びていく。

……そう、そうよね。

毎日が騒がしい薔薇の館。祥子が居て、聖と志摩子、江利子に令に由乃ちゃんも居る。

なにより祐巳ちゃんが笑顔が此処に在る。

自然と湧き上がるこの感情を、きっと幸せと呼ぶのだろう。

だから私も楽しむとしようか。このゆっくりと、そして激しく流れる日々を。


―――そう、特別でないただの一日を、ね。



.Fin?


一つ戻る   一つ進む