【3273】 優しさに包まれてまた逢いましょう  (ex 2010-08-31 14:12:38)


「マホ☆ユミ」シリーズ   「祐巳と魔界のピラミッド」 (全43話)

第1部 (過去編) 「清子様はおかあさま?」
【No:3258】【No:3259】【No:3268】【No:3270】【No:3271】【No:これ】

第2部 (本編第1章)「リリアンの戦女神たち」
【No:3274】【No:3277】【No:3279】【No:3280】【No:3281】【No:3284】【No:3286】【No:3289】【No:3291】【No:3294】

第3部 (本編第2章)「フォーチュンの奇跡」
【No:3295】【No:3296】【No:3298】【No:3300】【No:3305】【No:3311】【No:3313】【No:3314】

第4部 (本編第3章)「生と死」
【No:3315】【No:3317】【No:3319】【No:3324】【No:3329】【No:3334】【No:3339】【No:3341】【No:3348】【No:3354】
【No:3358】【No:3360】【No:3367】【No:3378】【No:3379】【No:3382】【No:3387】【No:3388】【No:3392】

※ このシリーズは一部悲惨なシーンがあります。また伏線などがありますので出来れば第1部からご覧ください。
※ 4月10日(日)がリリアン女学園入学式の設定としています。

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 事故から3ヶ月、すでに4月になり、祥子は中学2年に進級していた。
 その頃、ようやく清子が退院し、小笠原家に帰ってきた。

 清子は車椅子を押す祥子に、祐巳の様子を尋ねる。
「祐巳は、事故のあとからずっとベッドにくくりつけられたままです。
 いったん眠りについても、すぐに悲鳴を上げて飛び起きます。
 いえ・・・最近は飛び起きる体力もないのか、わずかに体を動かすだけです。
 体も土気色で・・・わたしにはどうしていいか・・・うっ・・・・」

「そう・・・」清子も悲しげな顔で祥子を見つめる。
「でも、祐巳ちゃんを責めないで上げてね。こんな事故が起きてしまったのも、私の不注意のせいでもあるわ」
「おかあさまは、祐巳のことを・・・」
「えぇ、もちろん許しているわ。あなたと同じ、私の大事な娘ですもの」
「でも、どうすれば祐巳をもとにもどせるでしょうか?」
「そうね・・・
 もう、元どおり、というわけにはいかないわね。祐巳ちゃんはどんなことがあっても自分自身を責め続けるでしょう。いくらわたしやあなたが許す、って言ってもね」
「それでも・・・わたしは元の祐巳にもどってほしいんですっ!」
祥子は涙ながらに清子に訴える。
「私は、祐巳の笑顔が好きなの。いつも祐巳に見ていて欲しいんです。祐巳のそばにいたいの!」
「わかっているわ。私も同じだもの」
「私は、祐巳がいて良かったと思わない日なんて、一日もなかった!
 祐巳が初めて私に言葉を返してくれた時、祐巳が初めて私に抱きついてきてくれた時、この世の中で一番の幸せ者になったような気がしたんです!」
「わかったわ。なんとか祐巳ちゃんを目覚めさせないとね。
 だって、私たちにはもう、祐巳ちゃんのいない生活なんて、考えられないんだもの」

 清子は、たった一人だけ祐巳を救えるかもしれない人物を思い描いていた。



 清子は、これまでの事情を手紙にしたため、使者に託す。
 使者の向かった先は、山梨の祝部神社。
 ここの神主は日本最初の女性神主であり、浄階の位を持つ女性。
 祐巳の曾祖母にして日本唯一のサイコ・ダイバーである。

 祐巳の現状を切々と訴える手紙の内容を一読した老女は、留守の間のことを一切家中のものに指示し、その足で小笠原家を訪れることにした。

「おばばさま、ようこそいらしてくださいました」
 深々と頭を下げる清子に老女は、
「なんの。そなたのほうがよほど辛かったじゃろう。さっそく祐巳にあわせて下さるかの?」
 と、小笠原家についた早々、祐巳のもとに向かった。

 祐巳の寝ているベッドの横に立った老女は、しばらく祐巳の額に手を当て瞑想していた。
「ふむ、これはよほど根が深い・・・かなり壊れておるようじゃ」

 数分後、瞑想を解いた老女に清子は問いかける。
「おばばさま、祐巳は目覚めますでしょうか?」
「うむ、目覚めさせるだけならば、そう難しい話ではない・・・。
 じゃがな、このまま目覚めさせてどうする?このままだと、すぐに祐巳はまた壊れてしまう。それどころか、自ら命を絶ちかねん」
「では、どうすれば?」
「そうじゃの・・・わしに3年ほど預けてみんか?何とか自分の足で立てるようにはしてみせるがの」
「3年も・・・・。そんなに?」
「3年でも短いくらいじゃが・・・。それに祐巳を救うため、わしの言うことにはすべて従っていただく。よいの?」
「わかりました・・・。祐巳のためです。すべてお願いいたします」
もはや、他にすがるもののない清子は老女にすべてを委ねることしかできなかった。

「では・・・。ゆくぞ!」
 老女は、祐巳の額に再度手をかざし、サイコ・ダイブを試みる。
 祐巳の精神に入り込み、祐巳と対話をするのである。



 暝い、暝い洞窟のような穴の中。
 小さな少女が泣き叫んでいる。どう見ても5,6歳にしか見えない。
 そばには、焼け爛れた女性の姿。
 その女性にすがりつき、ひたすら謝り続ける少女。これが深層心理下の祐巳なのであろう。
「おかあさま・・・ごめんなさい・・。ごめんなさい、おかあさま・・・。ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」

「祐巳」と、老女が呼びかける。
 その声に、びくん、と震え振り返る少女。
「おばぁちゃん?だれ?」
「山梨のおばばじゃよ」
「おばばさま?」
「そうじゃ、祐巳、お前は許されんことをした」
「ひっ!」
 ただでさえ泣きはらした顔を恐怖にゆがめ、幼い少女があとずさる。
「ゆみは、ゆみは、そんなつもりじゃなかったの!!」
「ゆみは、おかあさまに見て欲しかっただけなの〜!」

「そうじゃの。だから祐巳には罰をあたえる」
「え?」
 とたんに、祐巳の顔色が変わる。
「ゆみ、罰をもらえるの?」
 その顔に浮かぶのは喜び。
 祐巳は、罰して欲しかったのだ。誰かにこの罪を裁いて欲しかった。
 どのようにして清子に償えばよいかわからない祐巳は、ただただ断罪されることを願っていたのだ。

「お前に与える罰は4つじゃ」
「よ、よっつも・・・」急に情けない顔になる祐巳。
「まずは、このミサンガを風呂にはいるときも寝るときもつけておくのじゃ。これは、お前をとことん苦しめるじゃろう」
 老女は、純白の刺繍糸で編みこまれたミサンガを取り出し、祐巳の手首に巻きつける。
 とたんに、その場に這いつくばる祐巳。
「う・・うぁ・・体が重い。息が苦しい・・・」
「清子の苦しみはこの何倍もあったのじゃ!これくらい、耐えてみせい!」
「は・・・はい・・・。ありがとうございます、おばばさま」
 祐巳は、どんなに苦しくても、これが償いになるのなら・・・と歯を食いしばった。

「2番目の罰は、『常に笑顔でいること』じゃ」
 ふたたび、祐巳の顔に恐怖が浮かぶ。
「ゆみ、笑わなくちゃいけないの?」
「そうじゃ、お前が笑うたび、他のものはおまえを『恩知らず』だの『恥を知れ』だの言うじゃろう。
 それに、すべて笑顔で答えるのじゃ。おまえは笑顔を作るたび、こころに傷を負うじゃろう。
 それに耐えてみせよ」
「う・・うぅ・・ひどい・・・ひどいよ」
「ほら、笑うのじゃ!」
「わ・・・わかりました」
 どう見ても泣き顔であるが、祐巳は必死で笑顔を作った。

「3番目の罰は、『清子の教えを守ること』じゃ」
「おかあさまのおしえ?」
「清子は、祐巳に何を教えたのじゃ?」
「は・・・はい・・・。魔法を教えてくださいました」
「それだけかの?」
「あとは・・・守り、慈しみ、愛するこことを教えてくださいました。わたしは、いっぱい愛をいただいたのに・・・」
「そうじゃ、お前は清子に多くのことを教わった。それを無にするつもりか!
 教わったことをきちんと返すのが一番の恩返しとなぜ気づかんかったのじゃ!」
「は・・・はい!!教わったことを守っていきます!」

「よし、最後じゃ。これからわしと山梨に行く。そこで、修行をするのじゃ」
「え、おかあさまやおねえさまとは?」
「無論あえん。じゃがの、修行は辛いぞ。それに耐え抜いてこそ罰じゃ」
「わかりました・・・おばばさま、罰してくださってありがとうございます・・・」

 祐巳の意識が急激に失われてゆく。



 山梨のおばばがサイコ・ダイブを終え現実世界に返ったとき、深層心理下の祐巳の意識が無くなったことで、現実世界の祐巳が目を覚ました。

「おばばさま」
 祐巳がかすかな声で呟く。
「ありがとうございます」
 一言だけ感謝の言葉を呟いた後、祐巳は3ヶ月ぶりに安らかな眠りに落ちていった。

 山梨のおばばは、傍で心配そうに見ていた清子に祐巳の深層心理下での出来事を事細かに伝えた。
 そして、祐巳の体力が回復し次第、山梨へ旅立つことを告げた。

 祐巳が山梨家と旅立つ朝、清子と祥子が見送りに出ていた。
「祐巳、きっと帰ってくるのよ。わたしはあなたを待っているわ」
「はい、おねえさま、きっと・・・」
「祐巳、体に気をつけてね・・・」清子はそれ以上言葉を告げることができなかった。
「はい、おかあさま、行って参ります」
「毎日、手紙を書くわ。祐巳、元気にしているのよ」
「はい・・・はい!おねえさま、ありがとうございます」
 祐巳はおばばさまとの約束どおり、笑顔を祥子に向ける。
 でも、どうしてもその顔は笑顔とは程遠いものだった。

 こうして、祐巳は小笠原家を去り、辛く厳しい修行のため、山梨の祝部神社へと旅立っていった。

「祐巳は大丈夫でしょうか?帰ってくるでしょうか?」
「今は、山梨のおばばさまを信じましょう。祐巳は私の自慢の娘ですもの。きっと帰ってくるわ」

 祥子と清子は祐巳の帰りを一日千秋の思いで待ち続けることになる。



 祐巳は、山梨に来てからは、地元の中学校に通いながら、神社の巫女として修行を続ける。

 おばばさまから手首に巻いて置くように言われたミサンガは「ランダマイザ(全ての身体能力半減)」の呪文が組み込まれたもので、普通に立って歩くだけで辛い。
 自分と同じ体重のものが頭に乗り、呼吸は半分しか出来ない。そんな状態に常時置かれるのだ。最初のうちは走るだけで死ぬかと思った。
 その状態で、巫女の修行だけでなく、掃除、薪割り、水汲み、など、すべての雑事をこなし、棒術、格闘術などの武術までも仕込まれていった。
 健全な精神は健全な肉体に宿る、と、精神と肉体の鍛錬は過酷を極めるものであった。

 祥子からは約束どおり、毎日手紙が送られてきた。
 清子も、祥子も、祐巳のことはとうに許していること、どれだけ祐巳を愛しているかということ、祐巳の体を心配していること、そんな優しさにあふれた手紙。
 祐巳は嬉しさと悔恨に涙を流したかった。
 でも、泣くことはおばばさまに罰として禁止されている。
 祐巳は心をずたずたにしながらも、笑顔を浮かべていた。



 祐巳が山梨の祝部神社に来てから3年の月日が流れ去ろうとしていた。
 その頃には、表面上は、以前の快活さを取り戻していた祐巳であった。
 ランダマイザを常にかけられている状態でも、普段どおりの生活が出来るまでに体力もついている。
 もともと素直な性格は、罰を負い、罪を償うことで癒されてきていた。
 清子の教え、『守り』、『慈しみ』、『愛する』こと。
 それを3年間必死に考え、たどり着いた答え。

 「山梨を去り、東京へ戻る。」

 さすがに、小笠原家へ戻るわけには行かないだろうが、祥子のそばで祥子を支えていきたい。
 清子に明るい顔を見せて安心させたい。
 どんなに傷つけられても跳ね返せるだけの強さを祐巳は身につけていた。

 3月になり、リリアンの編入試験が行われる。
 山梨を去る日が近づいていた。



 軽く真上に投げ上げたスポンジボールが、その軌道を上昇から下降に代えて目線の高さまでに舞い戻ってくる。
 握りこぶしほどの大きさしかないそれを、祐巳は杖を軽く握りながら静かに見据えていた。
 緩やかな風が吹き、スポンジボールの軌道が揺れる。

 スポンジボールは不規則な軌道を持って落下する。
 腰の高さを過ぎ、膝の高さまで来たとき・・・・・・初めて、祐巳は動いた。
 ほんの小さな動き。
 必要最低限の動作で、彼女は使い慣れた杖の石突きを軽く跳ね上げる。

 ポン、とかすかな音がした。
 スポンジボールが再び、祐巳の目線より高く弾かれる。
 僅かながらの時間をかけてまたしても落下してきたそれは、祐巳のほぼ同じ動作によって三度空に跳ばされる。
 祐巳が3年間も続けてきたその修行は、最初はテニスボールだった。
 次に硬式野球ボールになり、ただの石になった。
 そして現在はスポンジボール。
 軽くなれば簡単になる・・・わけではなく、風の影響を受け不規則に揺れるボールは硬式球や石よりもはるかに難度が上がる。
 今では、かすかな音しかぜず、不規則な軌道をもつスポンジボールを跳ね上げる行為は目をつぶってもできるようになっていた。

(これは何度目の懺悔だろう……?)
 ふと、そう思う。
 ポン、ポン、と単調な音はオルゴールのように繰り返し奏でられている。
(わたしは、永遠に懺悔し続けるんだろうな・・・)
 いつしか彼女は、スポンジボールを弾き上げながらその瞳を閉じていた。
 肌に感じる空気の揺れだけを頼りに、それでもボールは舞い上がる。
(苦しいよ・・・おねえさま・・・おかあさま・・・)

 ポーン、という音の感覚が長くなる。
 スポンジボールが始めたころよりも高い場所にまで跳ね上がっているからだ。
 ますます風の影響を受け不規則に揺れるボールであるが、不思議に落下点は同じ位置にくる。
 祐巳が風の動きすら先読みし、瞳を閉じたままでも同じ落下点に来るように弾き上げているのだ。
(最初から許していただいているのはわかっているんです・・・それでも・・・わたしは、わたしが許せないっ・・!)

 愛情のすべてをかけて愛してくれた清子さま。
 「『おかあさま』って呼んでくれると嬉しいわ」、と言って下さった清子さま。
 一つ魔法を身につけるたび、嬉しそうに微笑みながら
「祐巳ちゃん、よく頑張ったわ」
 そういって温かく抱きしめてくれた人・・・

(そんなおかあさまを、わたしはっ・・・!)
 胸中で自分を罵倒しながら、祐巳はスポンジボールを跳ね上げた後、杖をゆっくりと振りかぶった。
 神経の全てを周囲の気配に向ける。
 とくん、とくん、と耳に届くのは、他でもない己の鼓動。
(わたしは・・・・大馬鹿だ〜っ!)
 それは裂帛の気合。
 祐巳が自分自身を叩きつけ、切り捨てたいと思う自虐の刃・・・。
 風を切り、杖の細い先端がまっすぐに振り下ろされる。

 胸中で絶叫した祐巳は、杖を振り下ろした格好のまま目を開いた。
 闇に慣れていた瞳が、太陽の日差しに痛みを訴える。
 微かに浮かんだ涙をぬぐいながら、祐巳は自分の足元に転がる二つに割れたスポンジの破片を見下ろした。

 「ほう、そこまでできるようになったか」
 「おばばさま」
 横手からかけられた声に、祐巳は驚きもせずに顔を向けた。
 そこに彼女が居ることぐらい、ずいぶんと前から気付いていたのだ。

 「3年間頑張りましたからね。えらかったでしょ〜」
 お日様のような笑顔を老女に向ける祐巳。

 「そのわりに、心の中の泣き顔は隠しきれておらんようじゃの」
 「これくらいで、勘弁してよ」
 泣き笑いのような顔で答える祐巳。

 「もう、大杖夫かの・・・・」
 ふっ、と表情を和ませる老女。
 「はい、もう決心しました」
 決意をこめてうなずく祐巳。
 「では、これでお別れじゃ。もう帰ってくるのではないぞ」

 振り返らずに去っていく老女の姿を、いつまでも頭を下げて見送る祐巳の姿があった。



 リリアンの編入試験を受ける前日、祐巳は東京に帰ってきていた。
 向かう先は、小笠原家ではなく、福沢家。
 10年もの間、主のいない家であったが、清子の手配でいつでも住めるように管理されていた。

 「うん、今日からここで暮らそう。ありがとう、おかあさま!」
 「本当は、小笠原に帰ってきてほしいんだけど・・・」
 清子は、祐巳が帰ってきたら、小笠原家に再び迎えたいと思っていた。
 しかし、融や父親の立場、小笠原家を取り巻く関連の諸家のことを考えると、祐巳を同居させるのは困難だと判断した。
 もちろん、それは祐巳も十分に理解している。
 「えへへ、そこまでお手を煩わせるわけには行きませんよ〜。
 それに、こちらになら時々は遊びに来てください。えっと、一所懸命掃除しておきます!」
 ぺこり、と清子に頭を下げる祐巳。

 「それに、使用人の皆様を怖がらせるわけにいきませんですし。
 ほら、わたしって『切れたら危険な子』とかって思われてませんか?」
 それが、あながち嘘だ、とも言い切れないので、清子は苦笑を浮かべる。
 「仕方ない子ね。でも、帰ってきてくれて嬉しいわ」

 「それと、おねえさまにはこのこと、黙っておいてくださいね。おねえさま、強引だから拉致されちゃうかも」
 「そうか、その手があったわね。」
 「やめてくださいね・・・本気で怖いから」
 笑いあう清子と祐巳。

 祥子が、祐巳が別居することを知ったら、どんなに怒ることか、簡単に想像できてしまうだけに怖い。
 しかし、祥子が周囲の反対を押し切り、祐巳を強引に同居させる、などしてしまえば、それは単なるお嬢様のわがまま、しかも乱心としか受け取られかねなかった。

 「それと、おかあさま、もう一つお願いがあります」
 「なあに?」
 「おかあさまのこと、これからも二人だけの時だけでいいんです。『おかあさま』って呼ばせてください。
 もちろん、ほかの人たちがいるときは、『清子さま』って言いますけど・・・」
 清子は、祐巳の言葉に驚き、その成長を感じ取った。
 「これは、おばばさまに感謝しなければならないわね」
 「ええ」とにっこり微笑む祐巳。

 祐巳には、どんなときでも『おかあさま』と呼んでもらいたい。
 しかし、現在の状況を考えるとそれは許されないことだった。
 祐巳が山梨に去ったことで、小笠原グループはさらに一枚岩の結束を固くする、という状態になっていた。
 やはり、祐巳、という異分子を排除することが、小笠原グループの結束に必要だった、ということは否めない。

 祐巳はそのことを理解し、その上で清子のことをたとえ二人きりのときだけだとはいえ『おかあさま』と呼んでくれるというのだ。
 清子のことも、小笠原のことも考えて出した答え。
 「あなたは、本当に強くなったわ。でも辛くないの?」
 「そんなことないです」
 ゆっくりとかぶりを振りながら恥ずかしそうに笑う祐巳。

 「でも、祥子のことはどこにいても、『おねえさま』と呼んであげてちょうだい」
 「え、でも・・・さすがにそれ、難しいです」
 「あら、祥子があなたから『おねえさま』って呼ばれずになんて呼ばれるの?
 あの子のことだから、『祥子さま』なんて言ったら怒るわね。そうね、ハンカチを破るくらいじゃすまないわよ」
 「そうですね、おねえさまが怒ったら誰よりも怖いですもんね」
 祥子がヒステリーを起こしている姿なんて簡単に想像できるだけに怖い。
 
 「それに、あなたたち『婚約』してるじゃないの」
 「え・・・あ・・・う・・・・えっと・・・」
 (こんなところで、急に幼児期の勘違いを持ちださないでください・・・)

 「リリアンに入学してスールになれば、おねえさま、って呼べるわ。
 わたしたちは、それを楽しみにしていたのよ。
 それに、あなたが小笠原で同居しないことを、これから祥子に説得しなければならないのよ。わたしは。
 すこしくらい見返りをよこしなさい。覚悟を決めてね」
 (なんの見返りですか)
 祐巳は苦笑するしかなかった。
 どうも、清子はさらにパワーアップしているようだ。

 「はい、考えておきます。でも結論を出すのはおねえさまです。
 わたしは・・・おねえさまの口から直接おねえさまの気持ちを聞きたい」
 もう決まっているわ、と清子は笑う。
 その顔が余りにも自信にあふれていて、思わず祐巳も笑顔を返した。
 
 「ところで、編入試験は大丈夫なの?リリアンの編入試験は難しいわよ?」
 「えっと、以外に勉強は大丈夫です。これでも山梨の中学では主席だったんですよ。
 勉強しないと、おばばさまが怖くって」
 「あらあら、それは頼もしいわね」
 実は主席、などというものではなく、この1年間、満点以外の答案がない祐巳であった。

 「祐巳ちゃんが帰ってきてくれた、それだけで私は幸せよ。さぁ抱きしめさせて頂戴」
 「恥ずかしいですよ」 苦笑しながらも清子に抱きつく祐巳。
 「ほら、ね。わたしには祐巳ちゃんを抱きしめる腕が残っているわ」
 嬉しさに涙を流す清子に、祐巳は、ただぎゅっとしがみついた。

 そして、リリアンの入学式の午後、祐巳と祥子は再会することになる。


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あとがき
 これまで拙い作品を読んでくださった読者の皆様、ありがとうございました。
 これで、このシリーズの第1部(過去編)は終了です。
 途中、悲惨なシーンもありましたが、掲示OKでしたでしょうか?
 第1部は「マリみて」のSSでは珍しく清子さまをリスペクトした作品になりました。
 第2部以降は、バトル中心になります。
 当然、暴力的なシーンが増えますので、規約に沿うよう注意しつつ書き進めたいと思っています。
ex


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