【3298】 まさかの展開今までで最大の嘘  (ex 2010-09-24 18:38:43)


「マホ☆ユミ」シリーズ   「祐巳と魔界のピラミッド」 (全43話)

第1部 (過去編) 「清子様はおかあさま?」
【No:3258】【No:3259】【No:3268】【No:3270】【No:3271】【No:3273】

第2部 (本編第1章)「リリアンの戦女神たち」
【No:3274】【No:3277】【No:3279】【No:3280】【No:3281】【No:3284】【No:3286】【No:3289】【No:3291】【No:3294】

第3部 (本編第2章)「フォーチュンの奇跡」
【No:3295】【No:3296】【No:これ】【No:3300】【No:3305】【No:3311】【No:3313】【No:3314】

第4部 (本編第3章)「生と死」
【No:3315】【No:3317】【No:3319】【No:3324】【No:3329】【No:3334】【No:3339】【No:3341】【No:3348】【No:3354】
【No:3358】【No:3360】【No:3367】【No:3378】【No:3379】【No:3382】【No:3387】【No:3388】【No:3392】

※ このシリーズは一部悲惨なシーンがあります。また伏線などがありますので出来れば第1部からご覧ください。
※ 4月10日(日)がリリアン女学園入学式の設定としています。

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☆★☆ 5月14日(土曜日)のその後 【祐巳とその周囲 その2】 ☆★☆

〜5月21日(土) 山梨県 祝部家〜

 古来より、祝部家は日本最強の神通力の一族として奉られ、恐れられ、そしてあるときには迫害されてきた。
 祝部に神通力の顕現した娘が現れれば、時の権力者がこぞって自分の手の中に置きたがる。
 祝部の娘は、権力者から権力者にいいように振り回され、自由などない生活が待っている。
 このため、祝部一族は一時歴史の舞台から忽然と消える。

 この世の片隅で、ひっそりとした生活を選ぶ祝部一族であったが、歴史は残酷なもの。
 戦国の世、人心が乱れこの世に魔物が跳梁跋扈する時代があった。
 魔物から村人を守るための力を持つ祝部の一族。

 その神通力で世の中を救う道があるのに使わないこと、自らの一族の平穏か、世の平穏のために力を尽くすか。

 この命題に悩んだ祝部家を救ったのが藤堂家本家であった。
 祝部一族にその領地の一角を 『祝部神社』 の境内として寄進。
 以来、時の権力者から祝部神社と祝部家を守護してきた。

 藤堂家ははるか五〇〇年以上前から富士山麓を守護する、日本には珍しい両刃の両手剣を使用する秘剣の一族であった。
 藤堂家にこの秘剣を伝えたのはイエズス会の宣教師であるとも、その護衛の一族であるとも言われているが定かではない。

 藤堂家の武力は天下を取るものではない。
 あくまでも、自らの領民の安寧を守ること、これに費やされてきた。
 そして、祝部一族もその神通力を持って藤堂家を導いてきたのだ。

 時は移り、藤堂家本家と祝部家との 『武力で守り、神通力で導く』 という繋がりは薄くなってきているが、それぞれの血は引き合うものなのか。
 藤堂家の傍流である志摩子の両親も、祝部家への思いは、何かしらあったのかもしれない。
 祝部の最長老であるおばばさまは、藤堂に連なる者のいく末をすべて見ていた。
 それに藤堂に連なるものたちも未だに山梨の祝部神社の氏子の関係だけは切っていない。

 志摩子が、祐巳の家に下宿する、と聞いた時、祝部の血を受け継ぐ福沢祐巳のことだとすぐにわかった志摩子の両親は不思議な運命を感じながら、何も言わず許可をしたのだ。

 山梨のおばばの語るその不思議な運命を聞いた志摩子は、
「おばばさま、お任せください。 わたしが祐巳さんを支えます」
 と、力強く約束するのだった。



「それとの・・・」
 おばばの視線がもう一人。
「そなた、御苦労じゃが、毎週ここと東京を往復してくれんじゃろうか?」
 おばばが声をかけたのは、なんと聖であった。
 これには聖が驚いた。

「え・・・? わたし?」
「そうじゃ、そなた、『かぜ』であろう?」
「ええっと。 たしかに『疾風』と、二つ名はつけられていますが・・・。 『かぜ』、と言われたことはありません」
「ほう、本人は知らぬのか・・・。まぁよい。 ぜひお願いしたいのじゃが」
「え〜っと。 毎週祐巳ちゃんに会えて温泉にも入れる・・・ので不満はないですけど。
 どうして、わたしなんですか? それと『かぜ』ってのと、『私が知らない』ってのもわかりません」

「それは、追々話そう。 わしも詳しくは知らん話でもあるしの。ではお願いできますかの?」
「はい・・・。 そのうち話していただけるなら。 お受けいたします。
 それで、毎週通ってなにをすればいいのでしょう?」

「まずは、東京の皆さんに祐巳と志摩子の様子を報告してくだされ。
 清子さんも祥子さんも祐巳のことを大事にしてくださっておる。 回復の具合は知りたいじゃろう?
 それと、わしも東京の状況が知りたい。 なかなかこの土地を動くわけにいかんのでの。
 そなたなら、間違いのない情報を伝えてくださると思うての。
 まぁ、年寄りの話し相手になってくだされ」

「わかりました。 お任せください」
 聖はにっこり笑って了承した。



 志摩子は祐巳の世話で毎日一緒にいられる。
 聖も、週に1回であるが祐巳に会える。
 収まりがつかないのは祥子であった。

 蓉子、令、由乃の3人も不満げではあるが、山百合会の主要メンバーがこの時期に抜けるのはまずい。
 そう思い自重して、この決定には従う気だったのだが。

「おばばさま、祐巳はわたくしの妹です。 妹の世話は私ではだめなのですか?」
 悲痛な顔でおばばにせまる祥子。

「祥子さん、そなたが祐巳のことを本当の妹のように、いや自分以上に大事にしてくださっているのは十分わかります。
 ただ、今、大事な身なのは清子さんじゃ。 清子さんが要となっているから小笠原もしっかりしておるのじゃ。
 それを支えるのがそなたの役目。 それを忘れず、しっかりお励みなさい」

 山梨のおばばにそこまで言われては祥子も引き下がるしかなかった。



 清子は、次に異空間ゲートの状況を説明。
 今後の見込みと対策を山梨のおばばに問う。

「どうして、異空間ゲートはI公園に集中するのでしょう?
 もしも、現世の支配をするつもりなら、彼方此方から侵略をしてくるのではないでしょうか?」

 清子が不自然に思っていること。
 それは、魔界との接点である異空間ゲートが一地点にだけ集中することだった。

「わしも、確たることはわからん。 しかし真実を話そう」
 山梨のおばばの長い話が始まった。



「魔界と現世が繋がるのは時間の問題じゃ。 おそらく早くて三ヶ月後。 遅くても六ヶ月後には繋がるじゃろう。
 どのような形で繋がるかはわしにも分らぬ。
 ただ、魔界はどこに繋がっても同じこと。 それがたまたまI公園だったというだけじゃ。
 東京でも、山梨でも、どこかよその国でも同じことじゃ」

「本来、魔界と現世は繋がってはならんものじゃ。
 それが繋がる、ということは何者か大きな力を持った者の仕業じゃ。
 異空間ゲートができておるのは、繋がる前触れに過ぎん。
 そこから現世に現われる魔物たちは、自分の意思で現世に来ておるのではない。
 繋がる前触れとして、世界が”揺れ”、歪が起こった。
 その歪の近くにおった魔物が、たまたま現世にあふれただけのことじゃ。
 今現われている魔物に、現世を支配しようなどという意思はない」

「魔界と現世がつながるこのの一番の恐ろしさは、魔物が出てくることではない。
 魔界の瘴気が現世に蔓延することが問題なのじゃ。」
 
「魔界の瘴気はわずかに漏れただけでも、それは一両日中に世界に満ちる。
 すでに、武蔵野付近で何度も異空間ゲートが開いた。
 これから漏れ出た瘴気はすでに世界中に広がっておる。
 異空間ゲートがわずかにあいただけですでに影響は出ておる。
 完全につながってしまったら、常に濃い瘴気が現世にあふれるじゃろう。
 これだけは絶対に防がねばならぬ。
 もしも繋がってしまったら、すぐに障壁で覆い、漏れ出さぬようにせねばならん。
 そして・・・繋がった原因を根本的に潰さねばならん」

 話を聞いている一同は驚きを禁じえない。

 これまで、散々てこずらせてくれた魔物たちが、ただ『巻き込まれただけ』、と言うのだ。
 そして、その背後に居るであろう、もっと危険なものの存在。
 そして、『魔界の瘴気』とはなんなのか・・・。

 蓉子が問う。
「おばばさま、『魔界の瘴気』とはいったいなんでしょうか? そしてそれを受けるとどうなるのでしょうか?」

「そなたは、 『パンドラの匣』 の話を知っておるじゃろう?」
「はい」
「パンドラの匣から出てきたものも魔界の瘴気と同じものじゃ。
 嫉妬、憎悪、妬みうらむ気持ちや、他人の不幸を喜ぶ心、自尊心、傲慢、嘘、裏切り、などじゃ。
 そもそも生物にあったものは生存本能のみ。
 されど知恵がついた人間に忍び寄り支配するもの。 それが瘴気の正体じゃ。
 自然に生きるものは瘴気には支配されぬ。
 ライオンでさえプライドなどないであろう? 生存本能の前ではハイエナの残した死肉さえ食らう。
 人間だけなのじゃよ。この世の正義の化身と呼ばれるものさえこの瘴気に支配されるのじゃ。
 戦争を起こすものも、自分が正義と信じておる。
 賢い人間ほど瘴気に支配されやすいものじゃ。
 昨日まで仲の良かった友人が瘴気に支配され裏切ってゆく。 これほど恐ろしいことはあるまい」

「そう・・・ですね・・・。 恐ろしいことです」
 その場の全員が身震いする。 自分自身が瘴気に支配されるかもしれない、と、おばばは言うのだ。
 誰も信じることが出来なくなる世界。
 それは、どんな世界よりも地獄なのではないだろうか・・・。

「それで、おばばさまが言っていた魔界と現世をつなごうとしている『何者か大きな力を持った者』とは?」

 あまり聞きたいことではないが、それこそ最も知らなくてはならないことだった。

「まぁ、当たりはついておる・・・。
 この世と魔界をつなげることが出来るものなど、A級の魔物にしか出来んことじゃからの。
 そなたら、A級の魔物はどれくらい知っておる?」

「え? えぇ、神話でしか知りませんが・・・。 ルシファー、サタン、クトゥルーあたりでしょうか」

「うむ、そうじゃが・・・。 その者たちはそもそも現世に興味などもっておらぬじゃろう。
 A級の魔物にして、現世に未練を残し・・・。そしてフラロウスを使役した」

「それは・・・?」

「ソロモン王に間違いあるまい」



 イスラエルの王ダビデの子、ソロモン。
 世界最高の知恵者にして初めてエルサレム神殿を築いたイスラエル最大の王。
 晩年、臣民に重税を課し、享楽に耽ったため財政が悪化、ソロモンの死後、イスラエルは分裂、衰退していくことになる。
 その魔力は強大で、72柱の魔王を使役したと伝えられる。

「ソロモン王が、魔界から、現世に帰ってこようとしているのですか?!!」

「ソロモン王は最高の王であった。 じゃがその最高の知恵者であったものでさえ魔界の瘴気に支配されたのじゃ。
 その結果、ソロモンの望んだ千年王国は瓦解に帰した・・・。
 今のソロモン王が何を考えているかわからぬが、この世に再度魔界の力による千年王国を打ちたてようとしているのかも知れぬ」

「おばばさま・・・・。おばばさまは、なぜそのようなことがお分かりになるのですか?」
 蓉子たちは、不思議で仕方なかった。

 自分たちがこれまで必死に考え、原因を探っていることをこの老女はいとも簡単に言ってのける。
 いくら、日本最強の神通力の持ち主だ、と言っても、あまりに信じられないことだった。

 ふっ、とゆるやかに相好を崩す山梨のおばば。

「今はまだそれを語るときではあるまい。 そうじゃ、祐巳」
 と祐巳を呼ぶ。

「フォーチュンをもっておるの?」
「あ、はい、おばばさま」

「その杖は、大事にするのじゃよ。 わしの杖の子供のようなものじゃからのう」
「おばばさまの杖?」
「わしの杖も、エルダー・ワンドなのじゃよ。 もっとも、名前は違うがの」
 このときだけは、楽しそうに笑うおばばだった。



 長い話が終わる。夜もふけたころ、祝部家の玄関にマイクロバスが着いた。
「清子様、旅館からのお迎えでございます」
 祝部家の家人から連絡が入る。

 さすがに、この人数を祝部家で受け入れるわけには行かず、山麓にある旅館に宿を取ったのだ。

「祐巳・・・すぐに帰って来るのよ」
 祥子は残念そうに祐巳を抱きしめて告げる。
「はい、お姉さま。 早くよくなって帰りたいです」
「では、祐巳、志摩子さん、聖さん、あなたたちは母屋でお泊まりくだされ。
 清子さん、今日はお疲れじゃったのう。 祐巳のことはわしに任せてくだされ」
「ありがとうございます。 おばばさま。 では・・・ごきげんよう」

 祝部家に祐巳と志摩子、聖の3人を残して、清子、祥子、蓉子、令、由乃の5人は麓の旅館に下りていった。



 清子たち一行が祝部家を辞してすぐ・・・
 山梨のおばばは、少し苦笑いをしながらいう。
「さて・・・。それでは、本当のことを話そうかの」

「「「えっ!!!」」」
 残された3人は思わず声を上げた。

「本当のこと、ですか?」

「うむ。 祐巳、少し辛い思いをさせてすまなんだ。 ちょっと待っておれ」
 そして、口の中でなにやら呪文のようなものを呟く。 最後に白木の杖で祐巳の左手と右足を撫でる・・・。

「あれれ・・・・っと。 え〜? なぜ?」

 不思議なことに・・・祐巳の動かなかった左手と右足は・・・自由に動くようになっていた。

「だから言ったであろう? この薬湯に漬かればすぐによくなると」
「いや、おばばさま・・・それって、二月か三月かかるって言ったじゃない」
「ん? 三月かけて欲しかったのか?」
「いや・・・そうじゃなくて・・・。 今、おばばさま、なにか呪文唱えたよねぇ」
 祐巳がジト目でおばばを睨む。

「すぐによくなったら、東京に帰れるじゃない! お姉さまと一緒に帰る!
 聖様、志摩子さん、早く帰りましょう!」

「待ちなさい、祐巳ちゃん」
 普段では見られない真剣な顔で聖が止める。

「おばばさま・・・。ここに私たち3人を残した・・・そこになにか訳があるんですよね?」



「祐巳、おまえミサンガをどうしたのじゃ?」
「あ・・・えっと。 病院で気が付いたら無くなってました」
「ミサンガを付けていた時と今と、体の調子はどうじゃ?」
「体が軽くなって・・・。呼吸もすごく楽になりました」
「うん・・・うん・・・」
 不思議そうに答える祐巳と、なぜかわずかに涙を浮かべるおばば。

「あのミサンガにはのぅ。 ランダマイザの呪文を練りこんでおったのじゃ。
 ランダマイザの呪文はのぅ、体の自由を奪い、苦痛を与える呪文。
 長い間、よう耐えた。 おまえの罪は許されたのじゃ・・・」

「あ・・・・・」
 祐巳の脳裏に、精神世界のその奥で交わした山梨のおばばとの約束が浮かぶ。
 そして、清子を打ち抜いた自分自身で放った魔法。
 罰を求めた自分の心も。

「おまえは、清子の教えをよく守り、強い心を身に付けた。
 もうよい・・・。もうよいのじゃ・・・。 お前はわしの自慢の子じゃ。
 フォーチュンの言葉を聞いたであろう。 お前はこの世の 『幸運』 を託されたのじゃ」

「おばばさま・・・」 涙を浮かべるおばばを見る祐巳の目にも光るものが・・・。

「それは、辛い辛い試練になる。 他のものでは耐えられん。 唯一お前だけが希望なのじゃ」

「祐巳さん・・・。それ、わたしも清子様から聞いたわ」
 志摩子が祐巳の手を取って言う。

「祐巳さんがこの世の 『幸運』 を守るなら・・・。私が祐巳さんを守る!」

「ありがとう、志摩子さん。 祐巳を守れるのは・・・そなたしかおらんと思うておった。
 じゃが・・・。聖さん。」

「あ・・・はい。」
 いきなりの話の展開に呆然として見ていた聖は、急に話しかけられて驚いた。

「そなたは 『かぜ』 じゃ。 じゃから・・・。このとおりお願いいたします。
 祐巳を・・・祐巳とこの世界を守ってくだされ」
 聖を前に、畳に頭を擦りつけて頼み込むおばば。

 そんなふうに必死にすがるおばばの姿をこれまで祐巳は見たことがなかった。
 いや、おばばもこのような姿をさらすのは生れて初めてのことであっただろう。

「あ・・・頭をおあげください。おばばさま。 わたし、そんなに頼られるほどのものじゃありません。
 それに、祐巳ちゃんのためなら、どんなことがあっても味方です。わたしは」



 ロサ・ギガンティア=佐藤聖。
 ロサ・フェティダである鳥居江利子とは、リリアン幼稚舎時代からの喧嘩友達。
 また、ロサ・キネンシスである水野蓉子とは、中学1年時以来の付き合いである。

 はるか過去から歴史に名を残す水野家・鳥居家とは違い、ごく庶民の家庭に生まれる。
 父親は会社を経営しているため、社長令嬢である。

 薄い髪色、抜けるように白い肌。 鳶色の瞳。 ギリシャ彫刻のように整った彫りの深い顔立ち。
 日本人離れした容姿で、幼稚舎時代から江利子に「アメリカ人!」と言われてきた。

 しかし、その容姿からの素性は不明。
 外国の血が混じっているのは確実だと思われるが、本人すらそのことは知らない。

 頭脳明晰、容姿端麗、スポーツ万能。 同級生のみならず、下級生に絶大な人気を誇る。
 しかし、その本質は、人の心に違和感なく入り込み、その洞察力は蓉子の上をいく。
 ずぶとい神経、無神経のように見せているが、その実恐ろしく繊細で他人の緊急信号は見逃さない。

 中等部時代は、剣術部門で蓉子、江利子に次ぐ実力者。
 弓道ではトップであった。
 しかし、その本来の力は体術に現われる。
 無手での体術こそ江利子と互角であったが、短剣、ナイフを持った時の聖はまさに無敵。
 まるでトリックのような動きは他の追随を許さない。
 変幻自在の動き、激しく叩きつけるような力とそよ風のように消える気配を併せ持つことからつけられた二つ名が『疾風』

 性格はひょうひょうとしており、つかみどころがない。 まさに自由人である。
 高等部2年の時にある事件があり、人間関係に一時不安を抱いていた時期がある。

 高等部2年生昇級と同時に薔薇十字を授けられた。
 しかし、クリスマス時に一度返すという事件を起こす。
 蓉子と、聖の姉のとりなしにより、再度生徒投票の前に薔薇十字を手にしたという、前代未聞の過去を持つ。

 顕現する薔薇十字は短剣であると言われているが、煌めく光以外、その姿を見た者はいないという。



「ランダマイザは、身体の機能を著しく低下させる。
 その状態から、急にランダマイザを解くと、急激な変化に体がついていくことができぬ。
 祐巳は本来、ゆっくりとランダマイザの縛りをとくべきじゃった。
 それができなかったために、筋肉は炎症をおこし、断裂したのじゃ。
 わしは、それを危惧しておった。 そこで、急にランダマイザが解かれた時のために”呪”をかけておったのじゃ。
 じゃから、”呪”を解いた瞬間、元に戻った、というわけじゃ」

「その”呪”が、左手と右足を動かなくする、というものだったんですね」

「うむ。 左手だけ動かなくても、また右足だけ動かなくても祐巳は普通に生活してしまうじゃろう。
 そのために、左手と右足を同時に封じたのじゃ。
 ま、そうすれば清子さんならわしの”呪”に気付くと思うての」

「う〜。 おばばさま、他人任せなんだから・・・」
 祐巳がぷ〜っとふくれる。

「でも、それと、3ヶ月もここにいないといけない理由が繋がらないよ。おばばさま」

「それはの、理由が三つある。
 まず、祐巳の体をならすこと。
 いま動けば、これまでの数倍のスピードで動ける。力も何倍にもなっておる。
 この動きに体をならすことが必要じゃ。 まず、これに時間がかかる。

 それから、志摩子さんじゃ。
 志摩子さんは十分に強い。 しかしまだまだ足りん。
 志摩子さんの修行は、祐巳、おまえが共に行わなければならん。
 志摩子さんは、祐巳のたった一人の 『守護剣士』 になるのじゃ。

 最後に、聖さん。
 そなたは、『かぜ』。 何物にもとらわれず、自由な風じゃ。
 そなたにだけは、魔界の瘴気も影響を与えることはできぬはずじゃ。
 本当に最後の最後にわしがすがるのは、あなたなのです」

「わたしなんて・・・。わたしより蓉子のほうがよほど頼りになりそうだけど」

「もちろん蓉子さんも、祥子さんも今日ここに来た皆さんのことをわしは信頼しておる。
 だが、他の人とそなたは違うのじゃ。 なにせかたや『人』、かたや『かぜ』じゃからの」

「まるでわたしが人でないみたいな言い方ですけど・・・」

「うむ・・・。正確には 『人ではないところを持っている』 なのかのう。
 時が来れば自分自身でその答えを見つけることが出来よう。
 いかに、わしの言葉といえど、信じられんことはあるしのぅ」

 山梨のおばばの不思議な言葉に、聖も祐巳も志摩子も首を傾げるばかりだった。



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