『ロサ・カニーナ・アン・ブゥトン』シリーズ
【これ】【No:3330】【No:3362】【No:3385】【No:3405】【No:3425】【No:3442】【No:3458】【No:3494】
※パラレルワールドです。乃梨子は本編のお姉さまとイチャイチャしてなきゃ嫌という方はお戻りください。ごめんなさい。
最悪だ。
二条乃梨子は背の高い校門を見上げながら心の中でそうつぶやいた。
私立リリアン女学園高等部、乃梨子が昨日入学したこの学校は実家の千葉から遠く離れた武蔵野にあり、大叔母の菫子さんの顔を立てて受験しただけで、本来入学予定ではなかった。
ちょっとしたきっかけで乃梨子の運命の歯車は大きく狂った。
乃梨子の趣味、仏像鑑賞。
京都で行われる玉虫観音の二十年に一度の御開帳の情報をゲットした時に手元にあったすべり止めの高校の受験費用を迷わず使い込み、眼福までは計算通りだったのに。
帰りの新幹線が大雪で止まり、本命の高校を受験できなかった。たとえ模試で絶対合格の判定を貰っていても、先生が太鼓判を押しても、本人に相当の自信があっても、受験しないことには話にならない。
こうして、乃梨子は東京の菫子さんのマンションに下宿しながら貴重な高校の三年間をキリスト教の学校で過ごさなくてはならなくなった。
キリスト教の学校で、趣味が仏像鑑賞だなんて大っぴらにいえない。
(逆隠れキリシタンだよなあ)
せめて希望の学校じゃなくても、普通の学校だったら。いや、なにが普通の学校かと聞かれたらよくわからないが、乃梨子にとってここは異世界で間違いない。
深い色のワンピースのセーラー、指定の革靴というクラシックな制服はまだいい。
「ごきげんよう」
これが挨拶というのだから嫌になる。今どき、「ごきげんよう」が挨拶だなんて。
昇降口で上履きに履き替え、クラスに向かう。一年椿組が乃梨子の所属である。しつこいようだが『ABC』でも『123』でもなくて『椿』がクラス名である。
(体育の鉢巻きの説明書きだけじゃわかんないよ、そんなの)
「ごきげんよう」
とりあえず、乃梨子は異世界の事を理解するまでは当たり障りのない目立たぬ平凡な学生生活を送り、部活、委員会には入らず地道に勉学に励み、三年間を寄り道とはいわせないようにしようと思う。
「ごきげんよう、乃梨子さん」
隣の席の子が微笑んで乃梨子に挨拶してきた。
「……ごきげんよう」
「外部入学だと驚くかもしれないわね。挨拶は『ごきげんよう』、呼ぶ時は苗字ではなく下の名前で、が慣例なのよ」
「そうなんだ。ありがとう。ええと――」
向こうが乃梨子の名を知っているのは昨日の入学式で代表として挨拶したからであろうが、乃梨子は彼女の名前を知らない。
「さゆりよ。み――」
「ごきげんよう、乃梨子さん! 何かお困りのことでもあって?」
さゆりさんの前の席の子が割って入ってきたおかげで乃梨子はさゆりさんの苗字を聞きそびれた。まあ、必要なさそうな情報ではあったが。
「あ、いや。別に」
「乃梨子さん。お困りの事やご存知ないことは瞳子に聞いてくださいね」
瞳子、と名乗った彼女は両耳の脇に縦ロールという「本当に実在するんだ、この髪型」と感動すら覚える特徴的なヘアスタイルであった。
「瞳子さん、前の席の……可南子さんだったかしら? 彼女も外部入学ですから可南子さんのことも――」
割り込まれたさゆりさんは瞳子さんの前の席の生徒を指して言う。
「まあっ! さゆりさんは乃梨子さんを独占するほど仲良しだったの? ひどいですわっ! 瞳子だって、乃梨子さんとお友達になる権利くらいありましてよ!!」
大げさなんじゃない? というジェスチャー付きで瞳子さんは目に涙を浮かべて叫んだ。
「そ、そんなことは――」
さゆりさんはどうしてよいかわからずに、乃梨子に視線を送ってきた。
(気持ちはわかるけど、助けを求めてこられても――)
教室中の視線を感じた乃梨子はこの場を収めるために大人になることにした。
「別に私は誰かに独占されてるわけではなくて、たまたま会話してただけだし――」
「嬉しいっ! 乃梨子さん。お友達になってくださるのね」
ぱあああっ、と顔を輝かせて満面の笑みで瞳子さんは乃梨子の手を取った。
(どうしてそうなる?)
だが、それを口に出してはこの騒ぎが余計にひどくなる。
その時、放送が流れてきた。
「朝拝だわ」
全員が席に着く。
「朝拝?」
「乃梨子さん、これを出して。今日のところは皆さんをよく見て覚えてください」
瞳子さんの言うがまま、乃梨子は皆と同じ本を出し、それに倣った。
いかにもキリスト教らしいメロディを聞きながら、乃梨子はとんでもない場違いな場所に紛れ込んだことを実感していた。
「これより、皆さんには自己紹介をしてもらいます」
一年生はまだ授業らしい授業はなく、オリエンテーションで時間が過ぎていくが、大半が中等部からの生徒なせいかあっさりと終わって、新学期のお約束のイベントが始まった。
だいたいが名前と中等部時代のクラスや部活を言って終わる。日本舞踊や薙刀などが特技というプロフィールを聞いて本当にここは平成の女子校なのだろうかと思う。更に皆、同じような印象の生徒ばかりで、乃梨子は始めに自己紹介した生徒が何という名前だったかもう忘れていた。例えるならば、牧場の子羊の名前を一気に紹介されている気分である。名札なり背番号なりがないと覚えられないかもしれない。
そんな事を考えながら自分の番を迎えた。
「二条乃梨子です。外部入学で千葉出身です。難関大学の受験勉強に専念するため委員会、部活動のお誘いは辞退します」
それだけ言うと乃梨子は席に着いた。
この時間でわかった事はこのクラスには外部入学の生徒は細川可南子さんと乃梨子しかいないことだった。
そして、放課後。
「乃梨子さん、これから一緒に部活見学に参りませんこと?」
待ってました、というように瞳子さんが誘ってくる。
「だから、部活には入る気はないって」
「まあまあ、そうおっしゃらずに」
「……悪いけど、用があるから」
逃げるなんて自分らしくない。そう思いながらも逃げてしまった。瞳子さんをまき、時間をつぶすため講堂裏の桜で一人お花見をして帰った。
翌日から瞳子さんの攻勢が本格的に始まった。友達二人(名前忘れた)を引き連れ、授業の合間はもちろん、昼休みにもぴったりとくっついてきて乃梨子に絡む。
本を読んでいたらその本を取り上げられて話しかけられた時は流石に閉口した。
そんなやりとりが何日か続いたある放課後。
「乃梨子さん、中学時代はどんな部活を」
「部活はやってなかったかな」
「では、委員会などは」
「特には」
「まあっ、では、中学時代は何をなさっていたの?」
「何をって……生徒会を少々……」
ぴたり、と瞳子さんとその友達二人は一瞬止まったが、すぐに。
「まあっ! では、大変優秀だったんですのね。そのお力を何かに生かさないのはもったいなさすぎですわっ」
なんて瞳子さんを中心に勝手に盛り上がっている。
「悪いけど、私、自己紹介の時に高校では受験勉強に専念するって言ったはずだけど?」
「乃梨子さんのほどの方なら、両立できますとも!」
「無理。難関大学だから」
具体的に希望の大学があるわけではなかったが、そうでもいわなければ引かないだろうと乃梨子は言った。
「リリアンにだって、過去にはいろいろなさりながらも難関大学に合格されたお姉さま方がいっぱいいらっしゃいますのよ。そう不安にならないでもよろしいのに」
不安ではなく、関わりたくないだけなのだが。
「そうですわ! 私、聖書朗読部に入部することに決めているんですけど、乃梨子さんも見学にいらっしゃらない?」
ぽん、と一人が手を叩いて提案してくる。
「それは名案ですわ! 入部なさらなくても、リリアンの部活動がどんなところなのか知っていて損はないと思いますもの」
「聖書朗読部に興味がおありでないなら、演劇部はいかが? 瞳子さんは中等部から演劇部に入ってましたから、先輩にもちょっとしたツテコネがありましてよ」
瞳子さんは乃梨子の手を引っ張ってどこかに連れて行こうとする。
冗談ではない。
「あ、いや、ちょっと困るんだけど」
必死に乃梨子は手を振り払う。
「いいじゃありませんの。他に入りたい部も委員会もないのでしょう?」
それはそうなのだが。
「とにかく、今はそういう気がないから。これで」
乃梨子は鞄をつかむと逃げるように教室を出た。
「乃梨子さん!」
何と瞳子さんたちは乃梨子を追ってきた。
まずい。
中等部出身の彼女たちには地の利がある。
数日前に異世界に迷い込んだばかりのよそ者の乃梨子はあっというまに追い詰められるだろう。
(とにかく、どこかへ――そうだ、確か図書館が――)
乃梨子は図書館に逃げ込んだ。
見つかっても大声で喚き散らされる危険はない。
瞳子さんたちは乃梨子を追ってすぐに図書館に現れた。
(うわ、どうする?)
乃梨子は閲覧室のテーブルの下に潜り込んだ。
高校生になってまで、かくれんぼをする羽目になろうとは。
「え?」
その時、乃梨子の隠れている席の椅子が引かれた。
もうバレたのかと観念したら、誰かがその椅子に腰かけた。乃梨子が隠れていると気づかずに腰かけたのだろうか。息を殺して隠れているが、見つかったらどう言い訳をすればよいのか。
「――ティア!」
瞳子さんの話し声がする。
ここに座っているのは知りあいなのだろうか。テーブルの下から引きずり出されて笑いものにされてへんてこな部に放り込まれるなんて御免だ。しかし、乃梨子には心臓をバクバクさせながら大人しくしている以外やりようがない。
「失礼いたします」
意外なことに瞳子さんたちは二、三言葉を交わしただけで去っていった。
ほっと溜息をつくと、上から声が降ってきた。
「いったわよ」
席に座っていた人が立ち上がって、乃梨子に出て来いというように椅子を引いたので、のそのそとテーブルの下からはい出た。
そこに立っていたのはクールな美人で、落ち着きぶりからいってたぶん上級生であろう。黒い髪が短めに切りそろえられていたが、その顔立ちに似合っている。
「ありがとうございました」
ぺこりとお辞儀をしながら乃梨子は礼をいう。
「お礼を言うのは早いのではなくて? 私が見ず知らずのあなたを無条件に匿ったとでも?」
「え、と。それはどういうことでしょうか?」
身構えて、乃梨子は聞いた。
「ふふ。ちょっと変わった事をしている一年生がいたから訳を聞いてみたくなっただけよ」
悪戯っぽくその先輩は笑った。
匿ってもらった以上、事情を話さないわけにもいかず、乃梨子は瞳子さんに無理矢理部活に連れていかれそうになった事を話した。
「リリアンは部活動に力を入れているから種類も多いのよ。嫌なら幽霊部員として籍だけでもどこかに入れておけば? 委員会も短期の活動で終わるものもあるし」
確かにそうすれば身辺は落ち着くかもしれない。しかし、一生懸命活動している他の部員の事を思うと幽霊部員として所属するのはなんだかとても申し訳なくて、乃梨子には出来ないのだ。委員会だって同じことである。
「いえ。私は元々ここに来る予定じゃなかったんです。ですから、受験勉強に専念しようと思って」
「そう? でも、人生には意外と無駄がなくて、寄り道も後になってみると必要なことだったりするものよ。部活や委員会に入らなくてもあの子たちとお友達になってあげたら? 悪い子じゃなさそうだし」
初対面のはずだが、先輩にはだいたいの事情が読めているらしい。
「悪い人じゃないのはわかります。わかっているからあまり関わりたくないんです」
「どうして?」
「どうしてって……大きな声じゃ言えませんが、私の趣味は実は仏像鑑賞で、いってみれば逆隠れキリシタンみたいなものでしょう?」
どうして大きな声じゃ言えないことを堂々と言ってしまったのか。まあ、言ってしまったものは仕方がないのだが。
「仏像鑑賞が趣味でもキリスト教の学校に行ってはいけないという道理はないでしょう。信仰は自由だし、敬虔なクリスチャン以外もいっぱい通っているし。お墓はお寺にある家の生徒だって珍しくないわよ」
大した問題ではないでしょう、と先輩は乃梨子が悩んでいた事をばっさりと切り捨てた。
「たとえそうだとしても、どうも彼女たちは……」
「お友達は作った方がいいわよ。居心地もだいぶ変わるでしょうし。希望の学校に入れなかったから、いじけていると思われる事もなくなるわ」
カチン!
そこは乃梨子にとって触れては欲しくないところであった。
「余計なお世話です」
乃梨子は恩人だということも忘れて突っかかる。
「先輩のいうことは聞くべきね」
「たかが一年二年の差じゃないですか」
「たった一年か二年でも、学生時代の一年二年で得られる経験は大きいものよ。リリアンが希望の学校ではないから部活にも委員会にも入らず、お友達も作らず、自分の世界に引きこもって三年間を過ごして何も得られないのは、つまらなすぎるわ」
「つまらなくても、私の人生です。匿っていただいた事は感謝します。ですが、私は私ですから。失礼します」
先輩の脇を通って乃梨子は図書館を後にし、帰宅した。
さて、乃梨子は知らなかったのだが、その日某所でこんなやり取りが行われた。
「紅薔薇さま、黄薔薇さま。折り入ってお話が」
「何かしら、白薔薇さま」
「私はある下級生と関わろうと思っているのだけど、その下級生がたとえここにきても親切に世話を焼いたり、いろいろな事を教えてあげないでほしいの。そうね、失礼な事があれば叱りつけるのは構わないわ」
「面白い事をいうね。何をたくらんでいるの?」
「まあ、人聞きの悪い言い方をするのね。事実、たくらんでいるのだけど」
「あなたにはあなたの考えがあるのね。いいわ。それで、その下級生は一体どこのどなたかしら?」
「この子よ」
白薔薇さまは一枚の写真を見せた。
そこには入学式で挨拶する乃梨子が写っていた。
「ああ。たしか、今年の新入生代表で挨拶した――」
「二条乃梨子さん。一年椿組」
「わかったわ。紅薔薇のつぼみ、黄薔薇のつぼみ。あなたたちも白薔薇さまの言うとおりになさい」
「はい」
「わかりました」
謎の称号で呼ばれる五人の事を乃梨子が知るのはまだ先のことである。
翌日。
「ごきげんよう」
下駄箱から上履きを出し、履き変えようとして乃梨子はすぐに異物の存在に気付いた。
「ん?」
上履きの中から出てきたのは飾りの鎖が綺麗な十字架とカードが入っていた。
カードにはこう書かれている。
『二条乃梨子さんへ
受け取りを拒否するならば
一週間以内にお返しください。
そうしなければ
これはあなたのものになります。
ロサ・カニーナより』
「なに、これ?」
不幸の手紙の十字架バージョン? と、乃梨子が首をかしげていると声をかけられた。
「ごきげんよ……乃梨子さん!? それは――」
びっくりしたような顔で瞳子さんが固まっている。
「いや、これは――」
「そういえば、昨日……まさか!?」
しげしげと瞳子さんは乃梨子の手にしていたものを眺めている。
「……何?」
「おめでとう、乃梨子さん」
ぽん、と瞳子さんは乃梨子の肩を叩く。
「はあっ!?」
「乃梨子さん。たとえ薔薇の館の住人になられても瞳子の友情に変わりはありませんわ!」
きらっきらと目を輝かせ、瞳子さんは肩に置いた手に力を込める。
「薔薇の館? 何のこと?」
「またまた、とぼけなくても……あ、猶予期間の間は内密にしなくてはいけなかったのかしら? でしたら余計なことはいいませんのでご安心を!」
瞳子さんはほーっほっほっという高笑いと共に去っていった。
「何なんだろう?」
とりあえず、乃梨子は落し物としてその十字架を職員室の横の落し物係という、校内の落し物の管理をしているところに持ち込んだ。
「すみません。これを拾ったのですが」
「まあ、ロザリオ!」
係の人は乃梨子の差し出した十字架を見て驚いたように声をあげる。
「どこに落ちていたのかしら?」
「下駄箱です」
「下駄箱?」
「正確には、私の下駄箱の上履きの中に入っていました。これと一緒に」
乃梨子は一緒に入っていたカードを係に差し出した。
「ロサ・カニーナ……えっ、ええっ!?」
なんだかとても驚いた表情で係は乃梨子の顔をじっくりと眺めてきた。
「あ、あの?」
「あなたは二条乃梨子さんで間違いないのね?」
「はい」
返事を聞いて、なんともいえないような表情になった後、係は言った。
「では、これは預かることはできないわ。たとえ何かの間違いだとしてもこれはあなたが返さなくてはいけないものよ」
「え?」
「ここに書いてある通り、これをロサ・カニーナに返す事が出来るのはあなただけなの」
と、カードを提示して係は乃梨子の手に十字架とカードを握らせる。
十字架とカードを押し付けて帰るつもりだったのに、係は頑として譲らず、乃梨子は諦めて十字架とカードをポケットに入れた。
「ごきげんよう」
教室に入ると、何故か全員が乃梨子の顔を一斉に見る。
次の瞬間、大半のクラスメイトに囲まれた。
「ロサ・ギガンティア・アン・ブゥトンになられたんですって!?」
「おめでとう、乃梨子さん」
「さすが乃梨子さんですわ」
「ロサ・ギガンティア・アン・ブゥトンとクラスメイトだなんて光栄よ!」
「優秀な方だから、薔薇の館の住人になって当然ですわよね」
謎の呪文と祝福の声に面食らい、はっ、と乃梨子は昇降口での瞳子さんとのやり取りを思い出した。
「ちょっと――」
クラスメイトをかきわけ、乃梨子は瞳子さんの席の前に辿り着く。
「の、乃梨子さん。誤解ですのよ! 瞳子が言ったわけではなく、瞳子とのやり取りを運悪く見られてしまっただけで。ちゃんと猶予期間中は内緒だって言ったんですのよっ! 皆さんも、ほら、乃梨子さんが御迷惑でしょう?」
瞳子さんは一方的にまくし立てる。
乃梨子が聞きたいのはそんなことではないのに。
移動時間。
他のクラスの生徒か上級生かは知らないが、多数の生徒が教室の外に集まっていて乃梨子の方を指さしてひそひそと噂話をしている。とても気分が悪い。
「さゆりさん、ちょっといい?」
瞳子さんが席をはずしている間に乃梨子は隣のさゆりさんに小声で話しかけた。
「な、何?」
「みんな、一体どうしちゃったの?」
「どうしたも、こうしたも。乃梨子さんがロサ・ギガンティア・アン・ブゥトンになったからでしょう?」
「何それ?」
「中等部からだとだいたいの同級生はわかるけど、外部入学の乃梨子さんのこと、知らない人も多いし」
「いや、その……じゃあさ、ロサ・カニーナって知ってる?」
「それは乃梨子さんの方が詳しいんじゃない?」
駄目だ、全然この人たちに話が通じなくなってしまったみたいだ。おかしい、昨日まではなんとか通じていたのに。
そうこうしているうちに瞳子さんが戻ってきたので、話はそこまでにした。
乃梨子は必死に考えたが、よくわからない。十字架とロサ・カニーナだけでも厄介なのに、ロサなんとかっていう呪文のおかげで乃梨子の望む平穏な学生生活がどんどん遠のいていくようだった。
(あれ?)
必死にヒントを探す乃梨子は激変した教室の中で唯一変化しないものを見つけた。
「可南子さん、ちょっと」
昼休み。
強引に可南子さんの腕をつかむと乃梨子は教室を飛び出した。
「あの、私はあなたと関わりたくないのだけど」
心底迷惑です、という顔で言い返される。
「でも、可南子さん以外にまともに会話が通じるクラスメイトがいなくて。貸しにしてくれてもいい」
必死に乃梨子は頼む。
「貸し借りも作りたくないのだけど……そうね……じゃあ、私が頼んだ時にあなたのノートを見せてくれるってことでいいわ」
やれやれ、という表情で可南子さんはようやくそう言った。
人の少ないところ、ということで、二人は講堂裏に辿り着き、お弁当を広げる。
「で、私に何を聞きたいの? 私があなたの知りたい事を知っているとは限らないのよ?」
眉をひそめ、可南子さんが聞く。
「たとえ何も知らなくても、『ごきげんよう』と『なんとかですわ』以外の会話ができれば十分」
それを聞いてなんとなく可南子さんは納得したような表情になった。
乃梨子は今迄に起こった事を簡単に話した。突然下駄箱に入っていたロサ・カニーナからの十字架、周りで飛び交う知らない単語。
「で、この中の何でも、ちょっとでもいいから知っていることがあったら教えてほしくて」
可南子さんは始めきょとん、とした顔をした後に、呆れた、といった。
「あなた、人と関わらないようにしてきた私でさえ知ってる事を知らないのね」
「何が?」
「まず、リリアン女学園の高等部にのみある『姉妹』――」
そこで乃梨子は初めて先輩と後輩が一対一で姉妹のように干渉しあうという『姉妹』というシステムを知った。
「なんて面倒な……」
大きく乃梨子はため息をついた。
「それでその十字架だけど、ロザリオといって、それをお姉さまになる上級生から妹になる下級生が受け取ると姉妹成立の証になるわけ。結婚指輪みたいなものね」
「ちょ、ちょっと待った。じゃあ、私は見ず知らずの上級生の妹とやらになっちゃったってわけ?」
慌てて乃梨子が聞き返す。
「見ず知らずって、お相手はカードに書かれている方なんでしょう?」
「全然心当たりないんだけど」
「心当たりがなくても、周りはきっとそう思うわよ。そして、一週間以内に見つけないと本当に姉妹成立になるんじゃないの?」
ざっと背筋に冷たいものが走る感触がある。
「可南子さん、ロサ・カニーナに心当たりは」
「ないわ」
ばっさりと切られてしまった。
「ああ……あ、でも。みんなは違う風に言ってたような……ロサなんとかって」
「ロサ・ギガンティアね。生徒会長の一人よ。ここの高等部には――」
生徒会の名称は『山百合会』といい、そこの幹部は薔薇さまとよばれる三人で、その妹たちがアシスタント兼次期薔薇さまとして動いているという。
その本部の事を薔薇の館といい、呪文のようなロサなんとかというのは称号であった。ちなみに、薔薇さまは紅、白、黄といて、ロサ・ギガンティアとは白薔薇さまという意味であり、白薔薇さまの妹は白薔薇のつぼみ、ロサ・ギガンティア・アン・ブゥトンというらしい。
「はあっ!? 私、白薔薇さまなんて人、知らないけど?」
瞬きして、乃梨子は聞く。
「う〜ん、ロサなんとかといえば薔薇さまだからみんな誤解してるとか?」
可南子さんもよくわからないようで首をかしげた。
「そうか……」
「いずれにせよ、ロサ・カニーナさんとやらにお会いして確かめるのが一番手っ取り早いんじゃない?」
「やっぱりそうなるか……」
くしゃくしゃと乃梨子は長めのおかっぱを手で掻いた。
「そういえば、松平瞳子が紅薔薇さまの親戚だって自慢してたから、彼女に聞けば? それじゃあ」
いつの間にかお弁当を食べ終わっていた可南子さんは行ってしまった。
ぽつんと一人取り残された乃梨子は葉桜を眺めながらお弁当を食べた。
教室に戻って、午後の授業を受け、放課後になった。
「では、ごきげんよう。乃梨子さん、頑張ってね」
昨日まで熱心に部活に誘ってきたクラスメイトたちが、不思議なことに今日は挨拶するとそれぞれの目的の場所へと向かってしまった。
今日はロサ・カニーナを探すためにいろいろと断る口実を用意していたため、乃梨子は拍子抜けした。
(ま、いいや。とにかくロサ・カニーナを探さないと)
生徒の集まっていそうな場所を探して話を聞こうとするだが、皆、乃梨子を見つけると一様に同じ挨拶をする。
「おめでとうございます、白薔薇のつぼみ」
(だから、誤解だってばーっ)
とぼとぼと中庭を歩いていたら、いきなりシャッター音がした。振り向くとカメラを片手に眼鏡をかけた生徒が近づいてくる。
「ごきげんよう、白薔薇のつぼみ」
「ごきげんよう。って、私は白薔薇のつぼみじゃありませんから」
「あれ? じゃあ、あの噂は?」
「誤解です。私が申し込まれたのはロサ・カニーナさんで、一週間以内にお断りしないといけないんです」
すると、相手はキョトン、とした顔になり、次にとても面白いという表情になっていった。
「じゃあ、あなたはロサ・カニーナ・アン・ブゥトン候補ってわけね」
「……まあ、それは否定しませんが」
「そう。じゃあ、姉妹成立の時は記念写真を撮ってあげましょうか? 私は武嶋蔦子。こう見えても、写真部のエースなのよ」
胸を張って先方は言う。
「遠慮します」
丁重に断って、乃梨子はその場を離れた。
ロサ・カニーナは見つからない。白薔薇のつぼみと誤解される。まともに話の出来そうな相手はいない。
疲れた乃梨子は図書館でちょっと休むことにした。
「あら。ごきげんよう」
図書館でばったりと昨日の先輩に会ってしまった。
昨日の今日なので顔を合わせたくはなかったのだが、もう、逃げる気力もないほど疲れていた。
「ごきげんよう」
「なんだかお疲れのようだけど?」
「いろいろとありまして」
先輩はいろいろの中身をまだ知らないのか乃梨子におめでとうとは言わなかった。
「いろいろね。お友達に相談したら? あ、お友達がいないんだったわね」
しっかりと昨日の事を根に持っていてチクリと刺してくる。
「この学校で必要ないだけで、千葉に帰ればちゃんといますから」
反論しても向こうは余裕で笑っている。
「強がらないで、『お友達になってください』っていえばこの学校の生徒なら皆あなたと仲良くなってくれるわよ」
「結構です」
「強情なのね」
「もう、用がないなら構わないでください」
「そうね。そうすることにするわ」
意味あり気に先輩は微笑むと図書館を去っていった。
(ああ〜っ、もう、今ので数倍は疲れたっ)
ちょっとだけ休むつもりが閲覧室の椅子に腰かけた途端睡魔に襲われて、図書委員に起こされたのは閉館の時間だった。
結局、その日は何の成果もなく終わってしまった。
乃梨子がそれに思い当ったのは捜索を開始してから三日もたってからだった。
(そうだ。白薔薇さまに『私たちが姉妹だって言うのは誤解だ』って言ってもらえばいいんじゃないのーっ! ああっ、なんだってこんな簡単なことに気づかなかったんだろう)
ロサ・カニーナ捜索はひとまず置いておいて、今日は白薔薇さまを攻めることにしよう。と、方針を決めたところで乃梨子はふと重大な問題に気づいた。
(白薔薇さまって、どこの誰?)
乃梨子は白薔薇さまの本名もクラスも知らなかった。
妹と誤解されている乃梨子が聞いて回ってもふざけていると取り合ってもらえないかもしれない。
(可南子さんに聞こうか――いや、待て)
そういえば、可南子さんが生徒会の本部は薔薇の館と言っていた。本部なら幹部はいるはずである。
薔薇の館の場所は知っていた。乃梨子がロサ・カニーナを探していると、道に迷ったと勘違いした『ご親切な子羊』が薔薇の館はあちら、と中庭の隅の方を指して教えてくれたのだ。
乃梨子は中庭の隅の方に向かった。
その建物は館といえば聞こえがいいが、教室の半分ほどの大きさの古い建物だった。
「失礼します」
一階の方には一人もおらず、階段を昇る。ギシギシと音が鳴り、ちょっと不安になるが、話し声が聞こえてきたのでほっとした。
「失礼します」
ノックして呼びかけると、どうぞ、と返事があり中に入った。
部屋にいたのは二人の人物で、一人は三つ編みの勝気そうな目が特徴的な人、もう一人はツインテールの人懐っこそうな人だった。
「どうなさったの?」
三つ編みの方が問いかける。
「あの、失礼ですが、白薔薇さまはおいででしょうか?」
「今日はいらっしゃいません」
「いらっしゃらない」
いない、なんて考えなかった乃梨子はちょっと動揺して復唱していた。
「ええ。今日はこちらにおいでの予定はないわ」
微笑んでツインテールの方が答える。
「そうですか。あの、どちらにいらっしゃるかご存知ありませんか?」
「え……と……」
「さあ……」
二人は曖昧に微笑む。
「どうしよう……あ! では、言伝をお願いできますか?」
乃梨子が頼むと、二人は顔を見合わせる。
「ごめんなさい」
申し訳なさそうにツインテールの方がそう言った。
「どうしてですか?」
「こっちにも、いろいろ事情があってお教えできないの。だから、今日のところはお引き取りを」
笑顔で三つ編みの方が立ち上がると、乃梨子をくるりと振り向かせ、そっと部屋から押し出した。
ばたん、と扉の閉まる音がする。
何という不親切な人たちだ。言伝ぐらいいいじゃないの。と思ったが、すぐに思い直した。
(もしかして、白薔薇さまは誤解されたことを相当不愉快に思っている? それとも、私が勝手に名乗ったとでも思っている?)
どちらにしても会って誤解を解かなくてはならない。
「あの、白薔薇さまがどちらにいらっしゃるかご存じありませんか?」
中庭を歩いていた生徒を捕まえて乃梨子は聞いた。
「あら、お姉さまをお探しなの? 薔薇の館にいらっしゃらないのなら、音楽室ではなくって?」
誤解されたままだが、否定すると教えてくれなさそうなのでここは流す。
「ありがとうございます」
礼を言って、乃梨子は音楽室に向かう。ノックして、音楽室の扉を開けた。
「失礼します……」
乃梨子は驚いて目を見開いた。
「……Sancta Maria,Sancta Maria,Maria……」
中にいたのは二人の生徒で、一人は長い黒髪の美人でピアノを弾いていて、もう一人は図書館で出会ったあの先輩で、歌っていた。歌の事に詳しいとはいえない乃梨子にも先輩の歌がプロのオペラ歌手並に上手い事がわかる。
先輩ともう一人は乃梨子に気づいて曲を止め、乃梨子に注目している。
「……歌、上手ですね」
「あら、そんな事を言いに来たの?」
クスリと先輩が笑う。
「あなた、何かご用があるのではなくって?」
ピアノを弾いていた方が聞いてくる。
「は、はい。こちらに白薔薇さまはいらっしゃいますでしょうか?」
「ええ」
と、先輩が進み出る。
「ええと?」
「私が白薔薇さまで間違いないわ」
微笑んで先輩は答えた。
(白薔薇さまって先輩だったのかーっ! そうか、だから誤解されたわけ!)
驚きつつも納得して乃梨子は白薔薇さまの顔を見る。
「……席をはずしましょうか?」
ピアノの前にいたもう一人がそう聞いてきた。
「ありがとう、紅薔薇さま」
白薔薇さまがそういうと、紅薔薇さまと呼ばれた彼女はピアノの蓋を閉め、音楽室から出ていった。
「それで、私に何の用かしら?」
二人きりになり、白薔薇さまが言う。
「あの、いろいろと迷惑しているので、私が白薔薇のつぼみだっていうのは誤解だって皆さまに言っていただけませんか?」
「……あなたの用件はそれだけ?」
じっと白薔薇さまは乃梨子の目を見てそう聞いた。
「え? ……それだけ、ですが?」
まさか、白薔薇さまってば私が『お友達になってください』と頭を下げに来たとでも思っているの? と、乃梨子は混乱したがそうではないようだ。
「……そう。じゃあ、いいわ」
「あの、何か?」
「私からは特にないわ」
「そうですか」
「用事がすんだのならもういいでしょう。外で待っている紅薔薇さまに声をかけるのを忘れないでね」
そういわれて乃梨子が音楽室の扉を開くと、前の廊下に寄りかかるようにしている紅薔薇さまがいた。
「お邪魔しました。中で白薔薇さまがお待ちです」
「そう」
すれ違いざまに紅薔薇さまは乃梨子の事を上から下まで眺めるように見て、音楽室に入っていった。
(なんか、嫌われてる?)
とにかく、これで誤解は解けると安堵した乃梨子はロサ・カニーナ探しを再開したが、その日もお目当ての人物は見つからなかった。
土日をはさんでいよいよ今日が最終期限の日である。
「見つかったの?」
事情を知っている可南子さんが掃除の間に聞いてきた。人と関わらないと言っておきながら、この件は相談されたせいかさすがに気になるようだ。
「全然駄目」
うつむいて、乃梨子は首を横に振った。
「じゃあ、諦めて妹になっちゃいなさいな」
「それは嫌」
「じゃあ、松平瞳子あたりにもう一度頼んで教えてもらったら?」
「もう一度って……」
言いかけて、乃梨子は大変な事を思い出した。
ここのところ向こうが大人しかったのと、こちらが大変な目に会っていたので忘れていたが、乃梨子は瞳子さんに一連の事を聞くことを忘れていたのだ。
「瞳子さん。相談があるんだけど」
「まあ、乃梨子さんからお話って何かしら?」
部活に行く前の瞳子さんを捕まえて、乃梨子は隅の方に連れていった。
「なんだか、いろいろと誤解があるみたいなんだけど私が妹にって申し込まれたのは白薔薇さまではなくって、ロサ・カニーナって人で、今日までにロザリオ返さないとロサ・カニーナの妹にされちゃうことになってて。もし、ロサ・カニーナって人を知ってたらどこの誰だか教えてっ!」
この通り、と乃梨子は瞳子さんを拝んだ。
「えっ、乃梨子さん。今から白薔薇さまをお断りするんですの?」
驚いて瞳子さんは聞いた。
「違う。断るのは白薔薇さまじゃなくって、ロサ・カニーナの方!」
「乃梨子さん、落ち着いて」
「もう! こっちは時間がないの! 友達だって言うなら、意地悪しないで知ってるか知らないかだけでもいいから教えてよっ!」
一週間前から入れっぱなしになっていたカードとロザリオを取り出して瞳子さんに見せた。
「ほら、ここに書いてあるでしょう? 時間がなくって。もう、頼れるの瞳子さんしかいないんだから、お願いしますっ!」
「だから、落ち着いて! ロサ・カニーナって、白薔薇さまのことでしょう」
瞳子さんは言った。
「はあっ!?」
驚きすぎて理解力がついてこない、ええと、それはつまりどういうことだ。
「ご存知ないの? 白薔薇さまこと三年藤組蟹名静さま。合唱部所属。通称、『リリアンの歌姫』もしくは『ロサ・カニーナ』」
「白薔薇さまがロサ・カニーナだってっ!」
乃梨子は走り出した。
音楽室、図書館と回って、最後に薔薇の館に向かった。
玄関の扉を開け、ビスケットの扉をノックする。
「失礼します!」
中の返事を待たずに乃梨子は扉を開けていた。
中にいたのは五人。驚いて一斉にこちらを見たのは四人。驚かずにこちらを見なかったお目当ての人はカップをテーブルに置くと初めて乃梨子の顔を見て優雅に言った。
「あらあら。中の返事を待ってから開けるものでしょう?」
「あなたが『ロサ・カニーナ』だったんですね」
部屋に踏み込んで乃梨子は言った。
「そうとも呼ばれているわね」
涼しい表情でロサ・カニーナは答える。
「これ、お返しします」
乃梨子はポケットからロザリオを取り出した。
「残念ね。タイムリミットは過ぎているわ」
「そんな! 今日いっぱいは期限のはずです」
「いいえ、証拠ならあるわよ」
そういうと、ロサ・カニーナは写真を一枚撮りだした。
そこには楽しそうに乃梨子の下駄箱にロザリオを入れるロサ・カニーナと写真を撮ったと思われる日付と時間が写っていた。その日付を信じるのであればたしかにタイムリミットには間に合わなかったことになる。
「それ、撮るの大変だったのよ。蔦子さんが『デジカメは使いたくない』っていうのを日付が写るのはこのカメラしかないって押し切って無理矢理撮らせたんだから」
「……」
「……あら、ぐうの音も出ない?」
乃梨子は無言で写真のある部分に注目していた。
よ〜く見ると写り込んでいる、ロールした髪の毛の束。こんなヘアスタイルの人間はリリアンに二人といない。
「……なんで、瞳子さんが?」
「ごめんなさ〜い。白薔薇さまに乃梨子さんが気づかないふりをしてロザリオを捨てるのを阻止してほしいとお願いされちゃって。白薔薇さまのお願いなら断れませんもの」
乃梨子の呟きに応えるように、しなを作るような声がすぐ後ろからした。
「どうしてここに!?」
不意に登場した本人に乃梨子は詰め寄った。
「だって、瞳子は紅薔薇さまとは親戚だし、白薔薇さまにもお願いをされましたし、それに、何よりも乃梨子さんに頼られちゃいましたからー。放っておけませんわ」
両手を頬に当てて『可愛いポーズ』を作って、瞳子さんは言う。
「それにしても、お困りの事があったら瞳子に何でも相談してくださればすぐに解決したのに。まあ、瞳子と乃梨子さんはお・と・も・だ・ちですから、これからは遠慮せずに頼ってくださいね〜っ」
「瞳子ーっ! 知ってたんなら先に言えーっ!!」
乃梨子は現在の持てる力のすべてで瞳子に突っ込んだ。
「さて、折角だからかけてあげましょうか」
そういって立ち上がった白薔薇さまことロサ・カニーナこと静先輩は乃梨子にロザリオをかけた。
「何するんですかっ?」
「ちゃんと書いたでしょう。間に合わなかったらそれはあなたのものだって」
悪戯っ子のように笑って静先輩はそう言った。
「書いてましたけど」
「では、姉妹成立って事でいいのね?」
紅薔薇さまが確認してくる。
「ええ」
静先輩が返事をしてしまう。
「先輩、勝手に返事しないでくださいよ!」
乃梨子は抗議した。
「先輩? まだよくわかっていないようだから教えておくわ。リリアンでは上級生は名前に『さま』をつけて呼ぶのよ」
「静さまと呼べばいいんですか?」
「ここにいるメンバーは称号で呼んでもいい事になっているわ」
「では、白薔薇さまと?」
「あら、お友達が教えてくれたのではなかったの?」
その時、瞳子が乃梨子の耳に「そういうときは……」とささやいた。
「そ、それで呼ぶの?」
「当たり前でしょう」
乃梨子が確認すると瞳子がうなずく。
深呼吸してから、乃梨子は言った。
「お姉さま」
「おめでとう」
お姉さまと乃梨子以外の全員が拍手して、乃梨子は本当に白薔薇のつぼみになってしまった。
最悪だ。
乃梨子は心の中でそうつぶやいた。
【No:3330】へ続く