【3325】 志摩子さんの居場所  (パレスチナ自治区 2010-10-15 00:10:49)


ごきげんよう。
今回はライトな雰囲気だけど寂しがり屋な志摩子さんです。

「やっぱり唯憂は基本だわ」
志摩子さんは自室でパソコンに向っている。自身のブログで公開しているSSの新作を書き終えたところだ。
「さてと…またいっぱいコメントを戴いたから返信しなければ…BQ様何時もありがとうございますっと」

「ふう、疲れたわ…」
数十分後、ブログの更新を終えた志摩子さんは勉強机に積んであるCDを適当に手にとってCDプレイヤーにセットする。
流れてきた曲は“ブルッフ・第2ヴァイオリン協奏曲”。
甘くロマンティックだが切ない旋律が志摩子さんの心に沁みていく。
志摩子さんはこの曲に自身の姿を重ねていた。
“ヴァイオリン協奏曲”すなわち“ヴァイオリンと管弦楽の為の協奏曲”、独奏ヴァイオリンはたった一人でオーケストラと対峙することになる。
美しいカデンツァや独奏部分で花形であることは云うまでもないが、その反面周りとは全く違う旋律を演奏することになる。
そんなところが自分と重なると考えていた。
どんなに溶け込もうと思っても周りからは距離を置かれてしまう。
その際立った美しい容姿と落ち着いた物腰でリリアンの乙女たちからは尊敬を勝ち得ている。
更には白薔薇様の妹になった事も要因の一つだろう。
だが、それは理由にしたくない。
お姉さまは私に居場所をくださったのだ、お姉さまの妹になれていなかったら私はとっくにつぶれていただろうから。
「そんな事を考えてしまうようではダメね…」
ちょっと落ち込んでしまった志摩子さんはお姉さまとの絆の証、ロザリオを取り出す。
それをしばし眺め、キスをする。
「……お姉さま」
寂しくなってどうしようもなくなった時の志摩子さんの癖である。
ロザリオをもう一度眺め今度はギュッと握る。
「明日はもっと頑張れるかしら…」
そんな事を呟きながら布団に入る志摩子さんだった。

《ごきげんよう》
リリアンに着くと聞くことのできる特有の挨拶である。
学園祭が迫っている、という事もあり今日も朝から乙女たちはその話題を種に話を咲かせている。
今年の山百合会幹部の出し物は花寺の生徒会長さんを招いての演劇である。
どんな物になるのか志摩子さん自身も楽しみにしている。
それをみんなに話してみたいが、そんな相手はほとんどいない。
『早く、クラスメイトの皆さんと打ち解けられますように』、とここ数日同じ事をマリア様に祈っている。

「し、白薔薇の蕾、ごきげんよう」
「はい、ごきげんよう」

挨拶してくれる人はいる。それもたくさんいる。
だけどほとんどの場合『白薔薇の蕾』と呼ばれてしまう。
さすがにクラスメイトは名前で呼んでくれるが、それでもどこか余所余所しい。
「ふう…」
少し寂しさを感じ深いため息をついてしまう志摩子さんだった。

教室に入り祐巳さんと桂さんが目に入った。
よし、まずは挨拶から始めてみよう。
「ごきげんよう、桂さん。ごきげんよう、祐巳さん」
「ご、ごきげんよう」
チラッと二人の表情を見てみると、どこか緊張しているようだった。
少し動作がおかしかったかしら、それとも声のかけ方を間違えたかしら?
自分と接した少女たちはいつも祐巳さんたちの様な反応をするので、志摩子さんは自分の一挙手一投足をいつも反省していた。
「ほんと、何がいけないのかしら…」
私はみんなと仲良くしたいだけなのに…

昼休み、志摩子さんはいつもの特等席にいた。
お御堂の裏だ。
志摩子さんは春と秋の間だけ、決まってここに来る。
以前、クラスメイトと一緒に食事をしたが、妙に気遣われて居心地が悪かったのだ。
彼女たちは悪くない。恐らくは自分も悪くない。
だが、それからというもの、積極的にお昼を共にしようという勇気が湧かなくなってしまったのだ。
みんなとの壁は自分でも作ってしまっていることに苦笑するしかなかった。

「ふふふ、あと少しよね」
あと少しなのは志摩子さんの好物、銀杏の時期だ。
木の上の方を見るとちらほらともうよさそうな実が生っている。
「幹を蹴って落としたらはしたないわよね」
そんな事をしたら周りのみんなはどんな反応をするだろう。

『志摩子さんったら何してるの?』
『ごめんなさい。食べごろの銀杏が落ちてこないかなって。はしたなかったわね』
『ふふふ、志摩子さんの食いしん坊〜』

……。こんな反応、してくれるわけ、ないわ…
お姉さまだったら、これに近い反応はしてくれるかもしれない。
そうだ、思い切って明日はお姉さまをここに誘ってみようかしら。
志摩子さんはお姉さまを思い浮かべ、ロザリオを取り出すといつものようにキスをする。
「……お姉さま、早く会いたい」
あと少し頑張れば放課後、お姉さまに会う事が出来る。
志摩子さんは残りの授業に向けて気合を入れ、教室に戻った。

午後の授業も掃除も終わって後は薔薇の館に行くだけ。
その間にも帰路に就く少女たちから挨拶を受ける。
彼女たちの自分を見る目にはやはり“親愛”と言うより“憧れ”が宿っている。
その証拠と言うわけではないが、自分と挨拶を交わし終えた少女たちはとりとめのない話に花を咲かせ笑い合っている。
「……、お姉さま」
やっぱり寂しくなった志摩子さんはロザリオを取り出す。が、首を横に振りロザリオを戻す。
「もうすぐお姉さまに会えるじゃない」
自分に言い聞かせ何とかいつもの癖を我慢する。
「ふう…」
落ち着く為に一度ため息をついてから前を向くと、薔薇の館の前で少女二人が困った風でたたずんでいた。
「蔦子さんと祐巳さんだわ」
理由は解らないが、薔薇の館にやってきたクラスメイトを見て心が躍る志摩子さん。
これは二人と仲良くなるきっかけになるかもしれない。焦りは禁物。
逸る気持ちを抑えゆっくり声をかける。

「山百合会に、何かご用?」

「はっ!?」

祐巳さんと蔦子さんは驚いてしまったのか、凄い勢いで振り返った。
しまった…もう少し柔らかく声をかけるべきだったかしら…
「あら、ごめんなさい。驚かせてしまったかしら」
「志摩子さんこそ、どうして……」
祐巳さんのそんな問いかけに蔦子さんは軽く肘鉄をする。
「志摩子さんは白薔薇の蕾なんだから、ここにいるのは当たり前じゃない」
「あ、そうか」
「………」
やっぱりこの二人も自分を特別視しているのか…少し残念に思ったが、気落ちしてはいられない。
薔薇の館に招き入れ、会議室のある2階に上がる。
すると…

「だからって、どうして私がそれをしなければならないのですか!」

と云う大きな声が聞こえてきた。
祐巳さんたちはかなり萎縮してしまっている。

「横暴ですわ!お姉さま方の意地悪!」

劈くような祥子さまの声が再び聞こえてくる。

「よかった。祥子さまいらっしゃるみたい」
とドアノブに手をかけながら祐巳さんたちに話しかける。
「え!?」
「という事は、今の声は祥子さまなの……」
失敗…祐巳さんたちは更に萎縮してしまった。
何とか落ち着いてもらわなければ。
「いつものことよ」
とノックをしないでドアを開ける。
その瞬間、向こうからもドアを開けようとしていた祥子さまが勢いよく飛び出してきた。
そして、
「あっ!」
「うわっ!」
祥子さまが祐巳さんをつぶしてしまった。

祐巳さんは何とか無事だったよう。
それから数分、あれよあれよと祥子さまは祐巳さんを妹にすると言いだした。
志摩子さんはそれを聞いて薔薇の館の前で二人を見た時よりも更に興奮していた。
クラスメイトからもう一人ここにやってくる人が増えるのかもしれない。
理由はどうであれ、祐巳さんと親しくなれるかもしれない。
しかし、いつの間にか、祐巳さんを祥子さまの妹として認める・認めないという話になっている。
祥子さまは祐巳さんの名前すら云う事が出来なかった。
だが、祐巳さんがここに来た理由は…
そう考えたら、いてもたっても居られなかった。
「待って下さい」
志摩子さんが立ちあがるとみんなの視線が一斉に向いた。
「祥子さまと祐巳さんは、今さっき初めてあったのではないと思うのですが」
「なぜそう思うの?」
お姉さまに問われる。
「だって祐巳さんは、祥子さまを訪ねてここにいらしたんですもの」
「志摩子が連れてきたんじゃないの?」
「確かに。祐巳さんたちがどうしてここにいるのか、聞くのを失念していたみたいね」
先ほど訊いておけばよかったと志摩子さんは思った。
祐巳さんたちはどうやら祥子さまに用があったみたいで、蔦子さんが撮った写真を公開する許可を貰いに来たらしい。
蔦子さんは今朝撮ったという写真を祥子さまに見せる。
写真を見てみんな納得したようだが、祥子さまだけは違っていた。
「どこで会ったかしら」
祥子さまは祐巳さんとの出来事を忘れているようだ。
祐巳さんはかなりがっかりしている様子だ。
そんな祐巳さんをよそに、祥子さまはこれ幸いと祐巳さんを妹であると押し通そうとしている。
終いには、祥子さまの姉である紅薔薇様から許可が下り、姉妹の儀式を始めようとしている。

このまま終われば祐巳さんは正式に祥子さまの妹となり志摩子さんたちの仲間となる。
クラスメイトで親しい友人が欲しい志摩子さんにとってこれ以上のチャンスは無い。
しかし、本当にそれでいいのだろうか?
祐巳さんは明らかに困惑している。
ロザリオを目の前にして躊躇している。
姉妹の関係は幸せでなければならない。
きっと今のままでは祐巳さんも、恐らく祥子さまも後悔してしまうだろう。

「あ、あのっ……お待ちになって」

この後結局祐巳さんは祥子さまのロザリオを受け取らなかった。
今日の会議はそのまま解散となった。

「さて、帰ろうかな」
とお姉さまも鞄を持って立ち上がる。
「お姉さま…」
「うん?どうした志摩子?」
沈んだトーンの志摩子にお姉さまが振り向く。
「全く…」
やれやれといった感じで頭を掻くと、お姉さまは館の鍵を受け取り再び椅子に座った。

志摩子さんは椅子に座ったお姉さまの背中に腕を回して抱きついていた。
お姉さまは甘える志摩子さんの頭を赤子をあやすように優しく撫でている。
「志摩子はクラスメイトのお友達が欲しいって言ってたよね?祐巳ちゃんって子、クラスメイトなんでしょ?チャンスだったじゃん」
「だって…」
更にお姉さまを抱きしめる腕に力を入れる。
「祐巳さん、困っていたし…」
「そうだったねぇ…志摩子は優しいね。だけど、もっと我儘になってもいいんじゃないかな」
「お姉さま…」
しばらくの間、志摩子さんはお姉さまに甘えていた。

帰る前にもう一度マリア様にお祈りをする。

―明日こそもっと積極的になれますように

後書き
甘えん坊の志摩子さんを書いてみたかったので…
原作の薔薇の館のシーンは結構長く、はしょるのが難しかったです。
まあ、はしょらないのが一番いいのかもしれませんが…
冒頭のブルッフは、『夕焼け小焼けの赤とんぼ〜♪』で有名な山田耕作の師匠だったりします。
ブルッフの楽曲は小粒ながら美しい曲が多く、とりわけ独奏ヴァイオリンを伴った管弦楽曲が魅力的です。
一度お聴きになってみてはいかがでしょう?


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