理事長室。
「お姉さま、事件です!」
「菫子さん、その出は予告SSシリーズの二条乃梨子さんにそっくりすぎて誤解を生むのでやめましょう。その前に、なぜあなたがリリアン女学園にいるのです。『ロサ・カニーナ・アン・ブゥトン』の中で乃梨子さんが見に来てると疑ってましたが、本当に彼女を観察に来てるんですか? 更にいえば、私はあなたのお姉さまではありません」
理事長、上村佐織は入ってきた二条菫子にきっちりと突っ込んだ。
「突っ込みどころの多い台詞にきちんと対応ありがとう、佐織さん。それより、今日のタイトルを見て」
佐織は菫子の指示に従いタイトルを見た。
「こ、これはまるで【No:3331】【No:3355】【No:3420】の話ようなキー配列ではありませんか! なるほど、それであなたと私がここにいるのですね」
「たぶん、企画者と立案者として名前を挙げられていたから、何とかしろと」
「無茶です。このキーはケータイで引いてしまいました。諦めましょう」
「本当に流す!? 一度流すとその確率は3.15608×10の−9乗%とも言われているのに」
「この作者の計算高さと計算能力は別物だと考えた方がいいでしょう。こんな確率とは思えません」
作者、涙目。
「加えて無理がありすぎる組み合わせですよ。この作者に回せるのですか?」
「回させるのがキャラクターの役目でしょう」
「……仕方がない。未公開部分の登場人物も出ていない卒業生も含めて卒業生総動員で何とかやってみましょう」
と、いうわけでまさかのBGNです(笑)
福沢家の電話が鳴って、みきが応対する。
『もしもし、福沢さんのお宅でしょうか』
「はい、福沢です」
『いつも娘がお世話になっております。私、リリアン女学園の島津由乃の母でございます』
「まあ、由乃さんの。こちらこそ娘がお世話になっております。祐巳の母でございます。今、娘に代わりますので――」
『いえ、用があるのは祐巳さんではなく、みきさんの方です』
「え?」
みきは自分が名乗っていないのに向こうに名前を言い当てられたことに驚いたが、聞き覚えのある声と、娘の会話を総合して、一人の人物に思い当った。
「……支倉先輩?」
『ピンポーン!』
リリアンの風習に従えば下の名前にさまをつけて呼ぶしきたりでもちろん彼女の下の名前も知っているのだが、みきはいろいろあって彼女の事をそう呼んでいたのだ。
『娘が親の旧姓の話で盛り上がったらしくて『祐巳さんのお母さんの旧姓は「祝部」』っていうから、もしかしてと思って思いきってかけてみたの。そうしたらみきちゃんだったってわけ』
「はは、それはどうも。まさか、先輩が『由乃さん』のお母さまだとは思いませんでした」
『こっちだって思わなかったわよ。娘同士がクラスメイトになるって偶然でもすごいのに、みきちゃんの娘さんが「紅薔薇さま」でうちの由乃が「黄薔薇さま」にななんてもの凄い確率よ』
「それは私だって思いませんよ。学生時代は薔薇さまとは縁もゆかりもない平々凡々な生徒だったんですから」
『お互い、そんなの全然関係なかったのにね』
電話の向こうは笑っているが、みきは黙った。
「あの、ちょっと聞いてもいいでしょうか?」
『どうしたの?』
「うちの娘、学校ではどうなんでしょうか? 自分で自分の評判なんて言わないので、本当は志摩子さんや由乃さんの足を引っ張ったり、おみそになってないか不安に思う事があるんです。だって、蛙の子は蛙っていうでしょう?」
『何を言ってるのよ。祐巳さんは学校ではみんなをまとめるのに相応しい人だって言ってたわよ。うちの由乃の方こそ、我儘言って祐巳さんを困らせたりしてるんじゃないかしら?』
「いいえ、由乃さんは常に先頭に立ってみんなを引っ張ってるって言ってますよ」
二人は黙った。
薔薇さまとは全く無縁だった自分たちの娘たちははたして薔薇さまとしてふさわしい子に育ったのだろうか。
「はあ、薔薇さまに相応しいかどうかを計る機械でもあれば、こんなに不安にならないのに」
『そんな機会ないわ……待って』
支倉先輩は何か思いついたようだ。
『みきちゃん、同窓会の出欠の葉書って出した?』
「いいえ、これからですが」
『じゃあ、そこで一度会って話さない?』
まだ夫に聞いてもいないのに、みきは『はい』と答えていた。
◆◇◆
某ホテルのリリアン女学園同窓会の会場。
みきは同窓会に来るのは初めてだった。
何を着ていけばいいのかわからず、結局無難なスーツを着ていったのだが、派手な着物の出席者を見て帰ろうかと振り向いたときに待ち合わせをしていた先輩に会って会場に連れ戻された。先輩もみきと同じようなスーツを着ていたのでみきは少しほっとした。先輩には連れがいた。
「みきちゃんたら心配性ね。うちの令だってちゃんと黄薔薇さまが務まったんだから大丈夫よ。それに、令も祐巳さんの事は働き者だってほめてたわ」
そう笑うのは先輩の連れ、支倉令さんのお母さまだった。先輩のお兄さんと結婚したため彼女が現支倉先輩、元支倉先輩は現在島津先輩である。
「そうなんですか」
島津先輩はみきを安心させようと現支倉先輩を誘って連れてきてくれたのだ。
「ええ。祐巳さんのお姉さまの小笠原祥子さんも一目で気に入ったそうじゃない」
「そ、そうなんですか?」
祐巳が薔薇の館の住人になった経緯を今イチ把握していないみきはあやふやに微笑んだ。
「そうよ。あなたは福沢祐巳さんのお母さまであることを誇っていい!」
ビシッ、と島津先輩はみきを指差した。
「どなたが福沢祐巳さんのお母さま?」
背後で不意に声がして、振り向いたみきは固まった。
「……さーこさま?」
「あら、あなた……みきさん、だったわね?」
「はい!」
卒業以来何年ぶりかの再会にみきはちょっと嬉しくなった。
「あの、あなたは?」
「あら、ごめんなさい。娘の名前が聞こえたようだったので目をやったら祐巳ちゃんの名前まで聞こえて声をかけてしまいましたけれど、自己紹介がまだでしたわね。小笠原清子です。娘は祥子と申します」
「ええっ、祥子さんの?」
と全員が名乗りあう。
「まあ、ではあなたが祐巳さんのお母さまで、あなたが令さんのお母さま。あなたが由乃ちゃんのお母さま」
「いつも娘がお世話になっております」
「いえ、こちらこそ」
「電話では話した事がありましたが、お目にかかるのは――」
などと一通りの挨拶を済ませたところで島津先輩が言った。
「そうだ。折角だから、祐巳さんの事を聞いてみればいいじゃない」
「え」
「あら、祐巳さんがどうなさったの?」
微笑んでさーこさまが聞く。
「いえ、娘は学校ではどうなのだろう。薔薇さまとしてうまくやっているのかどうかと不安になりまして」
「たしかに学校では目が届かないこともあるから不安になる事もあるでしょう。でも、安心なさい。祐巳ちゃんは立派な紅薔薇さまよ。祥子の方が頼りなかったくらいだわ」
それは謙遜じゃないか。
みきは褒められれば褒められるほど不安になってきた。
「まったく、みきちゃんは心配性なんだから。この前も薔薇さまに相応しいか調べられるチャンスがないかなんて言うのよ」
島津先輩がからかうように言う。
いや、みきはマシンのつもりで言ったのだが。
その時、みきたちよりずっと世代が上の女性がこう、声をかけた。
「そのチャンス、作ってみたいとは思わないのかい?」
「え?」
全員がその女性の顔を見る。
「あの、あなたは?」
「二条菫子。うちの二条乃梨子がお世話になってます」
「ああ、乃梨子ちゃんの!」
と、その場にいた全員が綺麗にハモった。
「面白そうな話をしてたので、ずっと聞いていたんだよ。そういうチャンスが必要なら親のあなたが作ってあげないと」
「で、でも、どんな風に?」
「大事な嫁入り前の娘をキズモノにするような事はお互いにしたくないだろう。だから、これから綿密に決めばいい。私は実は学園長とちょっとしたコネがあってね。多少の無茶は効く」
「そ、そこまで大げさな――」
「お待ちなさい、みきさん」
断ろうとしていたみきにさーこさまが割って入る。
「私も実は祥子は祐巳ちゃんから独り立ちできてるのか不安になる事があるのよ。ええ、いい機会だわ。協力しましょう」
「おおっ!」
「私も乗った!」
「せ、先輩!?」
こうして、みきの希望とかけ離れた何かが暴走を開始した。
みきの知らないうちに、あれよ、あれよ、と企画は進み、最後にはテレビ番組のような凝った内容のイベントになっていた。
「あの学園長は意外とお茶目なところもあるからね。ノリノリで企画者に名前を貸してくれたよ」
書類を見せながら菫子さんはそういった。
「だ、大丈夫でしょうか?」
オロオロしながらみきは言う。
「あんたの娘がちゃんとした紅薔薇さまならちゃんとなるさ。さて、いよいよ最後の仕上げだよ」
菫子さんが呼び出したのは祐巳たちより何代か前の紅薔薇さま、白薔薇さま、黄薔薇さまの三人だった。
親子ほど年下の彼女たちにうまく言って書類を持たせる。
「あの子たちは今就職して忙しい歳だろうから、たぶんこちらの思惑通りになるよ」
「そ、そうですかね……」
「そうさ。あんたは何食わぬ顔をして運動会だと思って黙ってみてればいい」
「運動会」
「そうだよ。いいね、絶対当日まであんたが首謀者だってばれるんじゃないよ」
「は、はいっ!」
みきは『夢の対決! 現役山百合会vs卒業生山百合会』とプリントされた書類をバッグにしまった。
後は当日まで祐巳にばれないように過ごし、当日は決められた役割をするだけである。
娘の成長ぶりが不安なような、楽しみなような日々をみきはすごすのであった。