【3358】 感謝の気持ちを込めて泣きそうになりながら  (ex 2010-11-01 19:29:42)


「マホ☆ユミ」シリーズ   「祐巳と魔界のピラミッド」 (全43話)

第1部 (過去編) 「清子様はおかあさま?」
【No:3258】【No:3259】【No:3268】【No:3270】【No:3271】【No:3273】

第2部 (本編第1章)「リリアンの戦女神たち」
【No:3274】【No:3277】【No:3279】【No:3280】【No:3281】【No:3284】【No:3286】【No:3289】【No:3291】【No:3294】

第3部 (本編第2章)「フォーチュンの奇跡」
【No:3295】【No:3296】【No:3298】【No:3300】【No:3305】【No:3311】【No:3313】【No:3314】

第4部 (本編第3章)「生と死」
【No:3315】【No:3317】【No:3319】【No:3324】【No:3329】【No:3334】【No:3339】【No:3341】【No:3348】【No:3354】
【No:これ】【No:3360】【No:3367】【No:3378】【No:3379】【No:3382】【No:3387】【No:3388】【No:3392】

※ このシリーズは一部悲惨なシーンがあります。また伏線などがありますので出来れば第1部からご覧ください。
※ 4月10日(日)がリリアン女学園入学式の設定としています。

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〜 10月2日(月) 12時30分 I公園騎士団本部 → 暗黒ピラミッド内部 〜

 瀕死状態に陥っている令と由乃。

 その2人をピラミッド入口まで『妖精の翼』で運んだ聖は騎士団本部に医療班を要請。

 すぐさま救護テントに運ばれた令と由乃の措置を指示する。
 祐巳の言う、『治療→拘束→結界』、という一連の手順を説明した聖であったが、その不可解な指示の説明を求められ説明に時間を取られてしまった。
 ただ、聖自身がほぼ無傷であったことが騎士団に安心をもたらす。

 祐巳の指示を伝えた聖は、医療品、ドリンク剤、食料などを持って再度ピラミッドに帰っていった。



〜 同時刻 暗黒ピラミッド内 〜

 小部屋の壁に掛けられた松明の明かりが祐巳の顔を照らしている。
 部屋の中央部に座った志摩子は、膝の上でかすかな寝息を立てている祐巳をぼんやりと見ていた。

 額に浮かぶ脂汗は相変わらずだが、安定したリズムで刻まれる寝息が志摩子をようやく安心させる。
 聖は令と由乃を運んで地上に戻っている。
 おそらく今頃は騎士団本部で治療の指示をしていることだろうな、と思う。

 祐巳の傍らには 『セブン・スターズ』 。
 それを振るっていた祐巳の右腕は本来あるべき位置にはなく・・・。 部屋の片隅に転がっていた。

 その腕を見つめる志摩子。
 しかしその瞳はあの時の光景を映していた。

 一連の映像として記憶にくっきりと刻まれたそれ。
 一生その記憶は志摩子の脳裏に刻まれるのだ。
 そしてずっとあとになってもあの瞬間のことを突然思い出し、後悔に叫びだしたくなるのだろう。
 自分自身のふがいなさと共に。

 気がつけば志摩子は祐巳の顔を見下ろしながら滲んでゆく祐巳の顔を眺めていた。
 握りしめた拳は祐巳の胸の上で微かに震えている。

 ぽたり・・・と涙が落ちる。
 一滴だけこぼれた涙はぎゅっと目を閉じた志摩子の瞳からあとからあとから流れ落ちる。

 山梨での祐巳との修業が思い出される。
 厳しい修業を耐え抜き、多少は強くなった気がしていた。 精神的にも肉体的にも。

 だがそれは単なる志摩子の自己満足だったのか。 自分が強くなったと錯覚していただけだったのか・・・。

 祐巳の力量は自分のはるか上をいく。 
 祐巳のおかげで自分自身が弱いことを自覚し、祐巳を守ることで強き者へとステップを上がってきたのではなかったのか。

 自分自身を高みへと導いてくれた祐巳に感謝してもしきれないのに・・・。
 その代償は祐巳の右腕を失う事という悲惨な結果となって志摩子にのしかかる。

 すっ・・・と。 柔らかな感触が志摩子の頬を撫でる。

 はっ、と志摩子は閉じていた瞳を開く。

「どうして泣いてるの?」
 ほほに触れた手のひらよりももっと柔らかな祐巳の声。

 涙でぼやけた志摩子の視線の先に、どこか夢を見ているような瞳でこちらを見つめる祐巳がいた。

「泣くことなんてないのに・・・」
 か細い声で祐巳が呟く。

「自分のために流す涙なんて意味がない。 そうでしょう祐巳。
 おばばさまに言われたじゃないの。 自分自身を悲しんで流す涙に意味はない、って」

「祐巳・・・さん?」
 志摩子はぼんやりと自分を見つめる祐巳を見て不思議そうに問いかけた。

 祐巳は志摩子にむかって 『祐巳』 と呼びかけたのだ。
 祐巳は夢を見ている? それも自分自身を諭す夢を?

「自分のために泣く涙があるのなら、苦しい時こそそれを堪えて、誰か他人が不幸になった時にその涙を流せばいいんだよ。
 泣くことで自分を慰めるつもりなの? そんなことに意味はないんだ。
 他人が悲しんでる時に一緒に泣いてあげなさい。 一緒に泣いて元気付ければいいんだよ。
 一緒に泣いてその悲しんでいる人を少しでも楽にしてあげられたのなら、それはきっと素敵なことなんだ」

 志摩子は悟った。
 祐巳の強さの秘密を。

 祐巳の精神の奥底には幼い日の祐巳がいまだに涙を流し続けているのだ。

 そしてその子を教え導くもう一人の祐巳。
 悔恨に打ちひしがれながら、それを一切表面には出さず周囲に優しさを振りまく祐巳。

「祐巳さん・・・。 わたし、あなたのように強くなれるかなぁ・・・。
 わたし弱いから泣くことで自分を慰めてないと生きていくこともできないの。 だから泣いてるんでしょうね・・・」

「あれ? 志摩子さん?」
 不意に祐巳が志摩子をよぶ。 
 それは、つい先ほどまでの夢を見ているような声ではなく・・・
 いつもの、のんびりとしたような祐巳の声だった。

「祐巳さん、夢を見ていたのね?」
 わずかに微笑みを浮かべ志摩子が祐巳の髪をなでる。

「あらら、わたし夢を見てたんだっけ?」
 また、なんともとぼけた祐巳の言葉。

 いつもながら驚かされる。 どんなに辛い気持ちになっても祐巳の声を聞くと微笑が浮かぶのを抑えられない志摩子。

「おはよう、祐巳さん。 そしてごめんなさい」
 志摩子は自分のおでこを祐巳の胸に押し当てて謝罪の言葉。

「え〜っと、どうしてわたしは謝られてるのかな?」
 祐巳は、本当にいつもと変わらない表情を浮かべたままで志摩子に問い掛ける。

 その顔に浮かぶのは優しい笑み。
 志摩子が愛してやまない暖かな祐巳の笑顔。

 この世の慈愛のすべてを体現するような祐巳。 その祐巳の細い指が志摩子の頬に流れる涙を拭う。

「志摩子さんは謝る必要なんてないんだよ。 むしろ感謝すべきは私なの」

 祐巳は幸せそうに笑いながら志摩子に心の底からの言葉を伝える。

「ありがとう。 志摩子さん。 私のために泣いてくれて。 私は私の全身全霊をこめてあなたに伝えたい。
 ・・・ 私の全存在を持ってあなたに感謝します」

 かすかな声。 でもそれは志摩子の胸に大きく響く言葉。 まるで詠うように語る祐巳を志摩子は優しく抱きしめる。

「志摩子さん・・・。 そんなに優しく抱かれると照れちゃうよ」
 祐巳はちょっと恥ずかしそうに言葉をかけると、上半身を起こそうとする。

「うぐっ! う・・・ううっ・・・」
 祐巳の口から押さえきれないうめきが漏れる。
 喪失してしまった腕・・・。 それが切り離された肩口に激痛が走る。
 上半身に力を入れたことで、心臓から送り出される血液が肩口の神経を圧迫したのだ。
 まるで、体の内部から鋭い錐で抉られるような痛み。

「祐巳さん! まだだめ! 動かないで!」
 あわてて志摩子が祐巳を支え、もう一度横にならせようとする。

「え〜ん。 志摩子さん、痛いよ〜」
 祐巳は傷みでぽろぽろと涙を流すが左手で体を支えたまま。 横になることは断固拒否している。

「痛いけど〜。 なんとか腕をくっつけとかないとお姉さまにあったとき心配されちゃうでしょ?
 それにバランスが取れないし〜。 え〜ん。 痛い〜」

「で・・・、でも祐巳さん、どうするの? 『理力の剣』でもう一度傷口切ったら痛いよ?
 それに、治療するだけの体力、あるの?」
 志摩子はどうすればよいのかわからない。
 祐巳の痛がりかたはちょっと普通の人とずれているが、ものすごい激痛が襲っていることはその額に浮かぶ脂汗でわかる。

「ん〜っと。 あそこに転がってる私の右腕・・・。 あれをくっつけようかなぁ・・・。 でも痛いの嫌だしなぁ・・・」
 情けないような困った顔の祐巳。

「とりあえず腕は取って来るから! それにどうするかは聖さまが帰ってから決めよう?! ね!
 もう痛み止め全部飲んじゃったから・・・。 もう少し横になってて!」
 志摩子はゆっくりと祐巳を横たえ、右腕を拾いに走る。

 さっと持った瞬間。 志摩子は祐巳のものであった右腕があまりにも細いことに気づく。
(こんな小さな腕で・・・。 それにもう血が流れきっている・・・。 冷たい・・・)

 本当にこの腕がもう一度祐巳の右腕として動くことがあるのだろうか?

 志摩子は不安を押し隠して祐巳のもとに戻る。
「祐巳さん、取ってきたから! とりあえずこれにも 『癒しの光』 流しておく?」

「え〜っと。 この段階で流し込んでも意味がないかなぁ・・・。 
 聖さま、輸血用の血も持ってきてくれるといいんだけど・・・」

「血なら。 ここにあるわ」
 志摩子が腕を差し出す。

「私の血でいいのならいくらでも使って!」

「志摩子さん! う・・・痛〜い〜。 も〜・・・。 こんなときに驚かせないでよ・・・。
 心臓が止まるかと思った。」

 わずかに志摩子の行動を咎める祐巳。 志摩子の血を流させることを祐巳が望むはずもない・・・。
 そんなことはわかりきっていたはずなのに、志摩子は自分の血を差し出そうとしたのだ。

「うん・・・。そうだったわね。 ごめんなさい。 祐巳さん。 やっぱりわたしダメだね・・・」

「ううん、志摩子さん。 志摩子さんの行動は尊いことなんだよ。 卑下しないで。
 ただ、わたしが嫌なだけなんだ。 大好きな志摩子さんに痛い思いはさせたくないの」

「祐巳さん・・・」

 志摩子は祐巳に近づいてもう一度その頭を自分の膝に乗せた。

「わかった。 わたしももうしない。 だから祐巳さんももう少しだけこのままおとなしくしてて」

「・・・。 うん。 えへへ。 なんだか志摩子さん、おかあさまみたい」
 ほんの少しだけ楽になったのか祐巳はまた穏やかな笑みに戻っていた。



 聖が再び祐巳と志摩子の待つ小部屋に戻ったとき、そこには穏やかに微笑み会う二人の姿が。

「ただいま、祐巳ちゃん、志摩子。 無事だったみたいね」
 ほっとした表情で聖が二人に声をかける。

「あ、聖さま。 お帰りなさい」
 と、小さな声で聖に返事をする祐巳。 志摩子は赤くなった目のまま静かに聖を迎える。

「とりあえず必要そうな医療品、大量に持ってきたから。 必要なものなんでも言って。
 無い物があればまた取りに戻るからね。 ここに来る間に定点ポイントを作ってきたから、今度はすぐに戻ってこれる」

「ありがとうございます。 えっと、まず痛み止めを。 やっぱり痛いんです〜」
 祐巳は聖から痛み止めを受け取ると一気にあおった。

 ふぅ、と小さくため息をついた祐巳は次に腕の復元に入る。

 切り取られた腕に輸血用の血液を注入。 志摩子の『理力の剣』をつかって傷口の切除。
 さらに、肩口に局所麻酔の注射を打ち、『癒しの光』で再結合を図る。

 2度も傷口を切り取ったため、そのまま結合すると約5cmほど腕が短くなる。
 そこで、祐巳はその部分だけを『フォーチュン』で再構築を始めた。

「これをしちゃうと、半日は腕が動かせないなぁ・・・。 ま、もっとも麻酔のおかげでどうせ半日動かせないんだけどね。
 ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」

 なんとか見た目だけは元の姿に戻りつつある祐巳。
 この状態の祐巳を動かすわけにも行かない。

「ま、ゆっくり行くしかないよ。 みんなを助けるのは急がないといけないけど。 でもこのまま進んでもやられるだけだよ」

「はい。なるべく早く元に戻しますね。 ここはじっくりと腰を落ち着けるしかなさそうです」
 祐巳も覚悟を決めたのかおとなしく聖の言葉に従う。

 しかし、その時、小部屋の外に不気味な唸り声が聞こえる。

「まずいね。 また魔王が近づいてきている。 志摩子、祐巳ちゃんを壁際に。 
 二人で迎え撃つよ!」

「はいっ!」
 志摩子の顔に覇気が戻る。

 もう迷わない。 わたしは祐巳の 『守護戦士』 なんだ。

 志摩子の体を包む 『ホーリー・ブレスト』 から純白のオーラが漂い始めていた。
 オーラは全身を覆い、背中でブワリ、と広がる。

「綺麗・・・」 少しはなれたところから祐巳の声。

 志摩子はまるで天使のような羽を纏っていた。 これこそが真の 『ホーリー・ブレスト』 の姿であった。



 聖は目を見張る。
 現れた魔王は2体。

 口元から炎を吐き出しヘビの尾を持つ巨大な狼の姿で現れた魔王・アモン。
 もう一体は、紫のローブをまとった猿面人型のグシオン。

 2体の魔王とも、ソロモン王の72柱のうち上位を占める魔王である。
 その凶悪で強力な魔王2体が広いとはいえない小部屋に姿をあらわした。

 志摩子は聖が攻撃を指示するよりも早く動き出す。

 一瞬にして魔王と自分、そして祐巳が横たわる壁際までの距離を計算。
 自分が死守すべき最終ラインを計算した志摩子は高速の横移動に移る。

 ぶんっ、と 『ホーリー・ブレスト』 から広がる翼が志摩子の体を浮き上がらせ、魔王・アモンの上空を取る。

 『旋回速漸!』 
 志摩子の高々度からの叩きつけるような斬撃。
 その一直線の切り落としは全く避けることが出来ないでいる魔王・アモンを脳天から真っ二つにし、さらに真横からなぎ払う回転切りで上半身と下半身を両断する。

 自分の後ろには、祐巳がいる。いつも自分を護ってくれた祐巳が、いまだけは自分に護られる存在になっている。
 理由はそれで十分だ。
 祐巳の視線が気配で訴える志摩子への絶対の信頼。

(絶対に負けるわけにはいかない! いえ・・・負ける気がしない!)

 旋回速斬の回転が終わった瞬間には羽を収め、今度は一直線に魔王・グシオンに挑みかかる。

 『虚空斬波!』
 地上すれすれにまで身をかがめた志摩子が、魔王の直前で上空に翔け上がる。
 まるで打ち寄せる波が岸壁に衝突し、上空にはじけるような斬撃。

 グシオンの首が一瞬にして虚空を舞う。

「すごい・・・」
 さすがの聖も感嘆の声を漏らす。
(この攻撃力・・・。 蓉子に匹敵する!)

 いったい何がここまで志摩子を変えたのか。
 ”疾風” と呼ばれる聖が何も手を出す暇もないほどの一瞬の攻防。

 いや、魔王は防ぐことさえ出来なかった。 一方的な志摩子の殺戮・・・。

「聖さま」
 と、志摩子が聖を振り返りながら声をかける。

「今まで足を引っ張って申し訳ありませんでした。 これからは本当の意味でわたしを仲間として認めてください」
 深々と聖にお辞儀をしながら力強く志摩子が語りかける。

「あ・・・。あぁ、もちろん、志摩子」
 志摩子からそんな言葉が出てくることを全く予想していなかった聖は少しうろたえながら答える。

「うん。 よかったね。 志摩子さん」
 後ろから祐巳の声。

「聖さま、もともと志摩子さんにはこれだけの力があったんです。
 でも、いつも自分自身に枷をはめたままで戦っていたんです。
 責任感の強さと・・・。 そしてほんのちょっとの遠慮。 わたしのせいだったのかも知れません。
 だから・・・。 聖さま、これからの志摩子さん、本物ですよ」



〜 10月3日(火) 3時30分 暗黒ピラミッド最下層の1階上 〜

 倒れ伏した魔王であった者たちの死骸。

「『マハラギダイン』!」 祥子の炎熱魔法が死体を覆い尽くし高温で燃やし蒸発させていく。

「今の魔王で一体何体になったの?」
 つまらなそうな顔で江利子が祥子に聞く。

「そうですね・・・。 もう40体ははるかに超えました。 そろそろ50の大台でしょうか?」
 こちらもすでに数を数える気も失せていた祥子。

「48体よ。 それにしてもいい加減飽きたわ」
 蓉子もうんざりした顔で二人を見る。

「それにしても嫌な匂いね。 焦げた肉の匂いって慣れないわ。 祥子、お願い」

「はい。 『ストーム・ウォール』!」
 祥子の杖先から暴風が巻き起こり、3人の周りから悪臭を吹き飛ばす。

「えっと、アンドロマリウス、ゴモリー、フラロウス、ベリアル、それとここで倒した48体で残り20体ね」

「ええ、それに朝から上階に行った令も多分何体か仕留めてるでしょ。
 聖たちに立ち向かえるとしたらせいぜい10体、ってとこでしょうね。
 この付近に魔王の気配はあと一体だけだし」

「あと残ってるので大物は?」

「”アスタロト”を取り逃がしたのと・・・。 ソロモン王の側近の”アガレス”と”ウェパル”の2体。 それに”ベルゼブブ”ってとこね」

「どうして ”アガレス” と ”ウェパル” の二人が側近なんでしょうか?」
 祥子が不思議そうな顔で蓉子に問う。

「そうね。 これは推測だから外れてればいい、と思うんだけど。
 まず、このピラミッドを作ったのが ”アガレス” だと思うわ。 もちろん維持しているのも、ね。
 ”アガレス" は大地・鉱物をつかさどる魔王よ。 それに万国の言葉を操るうえにその力はベルゼブブに次ぐ者。
 性格も穏やかなほうだし、言ってみれば執事みたいな感じかしら。
 もう一人の女性、”ウェパル” なんだけど・・・。
 これは本当に推測。
 このピラミッドは魔界においての『浮島』なんじゃないかと思うの。
 ”ウェパル” は魔王にして海神。 その力で浮島のピラミッドを現世まで浮き上がらせたんだと思うわ」

「ってことは、その側近二人を倒しちゃうと、このピラミッド自体が魔界に沈む、ってこと?!」

「そうなるわね。 この二人を倒すことで魔界からのソロモン王の侵略を阻止することが出来る。
 でも、そのときは私たちも一緒に魔界に落ちるわ」

「それじゃ、側近の2体はどうしようもないわね。 で、どうするの?残った ”ベルゼブブ”、倒しに行く?」

「嫌よ。 江利子と祥子は遠隔攻撃だからまだいいけど、私は剣で斬らなきゃならないのよ?
 蠅なんて斬りたくもないわ。 行くんなら2人で行って頂戴」
 心底嫌そうな顔で江利子に答える蓉子。

「お姉さま、蠅やゴキブリ、苦手なんですね・・・。 どうします? ロサ・フェティダ、私たちだけで行きますか?」

「い〜や! 私だってお断り。 聖たちにまかせましょ」

 女子高生にとってハエやゴキブリは天敵なのか。
 江利子も 『蠅の王・ベルゼブブ』 とは会いたくもないようだ。

「でも最強の魔王ですし・・・。 聖さまの手に負えないかもしれませんよ?
 それに、ソロモン王との約束の時間まであと9時間を切りました。 そろそろ到着しないと間に合わないと思いますが?」

「そうねぇ。 それに令も遅いわ。 まだ見つからないのかしら?」

「あなたが令に探しに行けって言ったんじゃない。 まぁ令のことだから見つからなくても時間には戻ってくるでしょ。
 それより、祥子。 あなた、まだ気付いてないの? それとも気付かないふりをしてるだけなの?」
 
 蓉子が試すような眼で祥子を見る。

「お姉さま・・・。 やっぱりそうなんですね。 信じたくはありませんでしたが・・・」
 祥子の顔に落胆の色が浮かぶ。

「聖が間に合うか間に合わないか。 私たちが聖に会えるか会えないか。 私たちが 『その時』 どうなっているのか。
 こればっかりは 『その時』 になってみないとわからないわ。
 でも、今の私は ”水野蓉子” 。 だから水野蓉子にできることをするわ。
 あなたも、”小笠原祥子” であるうちに自分の出来ることをしておきなさい」

「お姉さま・・・」 祥子の視線に先には偉大な姉。

「いい、祥子。 あなたがどのような行動をとったとしても私はあなたの姉であることをやめる気はないわよ。
 ”水野蓉子の妹” として。 そうね、それに ”福沢祐巳の姉” として堂々としていなさい」

 魔界の底にあっても水野蓉子の存在はあまりにも大きかった。

 祥子は自身の最大の誠意もって蓉子の言葉に応えようと心に決めた。

「お姉さま。 ではわたしは最後にできることをしてきます。 残り1体、私だけで十分です」

 祥子は蓉子にそう一言告げると、最後にして最大の魔王の部屋にたった一人で向かった。



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