【3360】 ごめんね、ありがとう凄い可愛い猫のように  (ex 2010-11-03 10:42:04)


「マホ☆ユミ」シリーズ   「祐巳と魔界のピラミッド」 (全43話)

第1部 (過去編) 「清子様はおかあさま?」
【No:3258】【No:3259】【No:3268】【No:3270】【No:3271】【No:3273】

第2部 (本編第1章)「リリアンの戦女神たち」
【No:3274】【No:3277】【No:3279】【No:3280】【No:3281】【No:3284】【No:3286】【No:3289】【No:3291】【No:3294】

第3部 (本編第2章)「フォーチュンの奇跡」
【No:3295】【No:3296】【No:3298】【No:3300】【No:3305】【No:3311】【No:3313】【No:3314】

第4部 (本編第3章)「生と死」
【No:3315】【No:3317】【No:3319】【No:3324】【No:3329】【No:3334】【No:3339】【No:3341】【No:3348】【No:3354】
【No:3358】【No:これ】【No:3367】【No:3378】【No:3379】【No:3382】【No:3387】【No:3388】【No:3392】

※ このシリーズは一部悲惨なシーンがあります。また伏線などがありますので出来れば第1部からご覧ください。
※ 4月10日(日)がリリアン女学園入学式の設定としています。

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〜 10月3日(火) 4時30分 暗黒ピラミッド内部 〜

「祐巳さん、感じはどう?」
 心配そうな志摩子の声。

「えっとね〜。 自分の腕なのにやっぱりちょっと変なんだよね〜。
 なんでかなぁ? 動きがワンテンポ遅い気がするんだよね」

「祐巳ちゃん、そのワンテンポの遅れが命取りになるかもしれないよ?
 すこし馴染ませたほうがいいんじゃない? あまり時間はないけどすこしトレーニングしよう」

「あ、はい。 お願いします。 じゃ模擬戦で・・・、って体術でいいですか?」

「そうね。 足は大丈夫みたいだから瞬駆とかの加速技は無しで上半身だけの組み手でいこう」

 聖と祐巳の体術での組み手。
 まさか、この二人の組み手を見ることが出来るとは思っていなかった。
 リリアン最強の体術使いとして君臨してきた聖。 そしておそらく体術においてもその力量は聖を超えているであろう祐巳。

 聖と祐巳はわずか2歩の距離で向かい合う。
 リーチは聖のほうが長いが、祐巳のスピードは尋常ではない。

「では・・・。 はじめ!」
 志摩子の掛け声で聖と祐巳の体術勝負が始まった。

 バババババッ! と一瞬にして左右の正拳5連撃を放つ聖。 しかしそのすべてを内側から回転するような腕の動きで叩き落とす祐巳。
 シュシュシュシュシュッ! と今度は体を左右に揺らしながらなぎ払うような手刀を振るう聖。
 しかしそのすべての手刀も祐巳の掌打によって叩き落とされる。

「ちょっと待った!」 聖の大きな声でほんの数秒の組み手が終わる。

「なるほど・・・。 ごめん、私が迂闊だった。 すべての動きの中でなければテンポなんてわかんなかったね。
 じゃ、全力でいこうか。 体術はやめだ。 『セイレーン』 と 『セブン・セターズ』、 真剣でいくよ」



 『セイレーン』 の風の刃が祐巳の頬のほんの数ミリ先を通り抜けていく。
 完全に見切った攻撃であったが、なぜか祐巳の頬に引っ掻かれたような感覚が生まれ熱を発する。

 見えない刃・・・。 『トリック・スター』=佐藤聖になんとふさわしい武器だろう。

 祐巳の右腕に握られた 『セブン・スターズ』 がブンッ、と唸りを上げて聖の喉に突き刺さる・・・と見えた瞬間、聖はその場から姿を消す。
 一瞬にして祐巳の背後に現れた聖は、下段蹴りを放つ。
 しかし、その下段蹴りを足裏で受けた祐巳はひねりこむように聖の膝裏に 『セブン・スターズ』 の柄を捻りこむ。
 しかしまたしてもその場から消える聖。

「聖さま、今の技、なんなんですか?」
 祐巳は聖の反撃に備え数歩分一気に後退しながら質問をする。

「下段蹴りからの突き技のことなら 『ブラッド・スパーク』 なんだけど、突きまでいけなかったな。
 消えたように見える技は ”風身” って言うの。 支倉流で 『幻朧』 って技があるけど、それの劣化版かな。
 『幻朧』 なんて一気に体力を半分近く削るような技はめったに使えないからね」
 一呼吸おきながら聖が答える。

「じゃ、次いくよ。 『マーシフル・アーク』ッ!」
 聖の必殺の攻撃が祐巳を襲う。
 しかしその攻撃をかるく捌き受け流す祐巳。

「『スレイ・カトラス』ッ!」
 これまでも幾多の魔物を屠ってきた聖の得意技が祐巳を追い詰める。
 
 祐巳は嵐のように吹き荒れる聖の攻撃を回避しつづける。 
 一瞬たりとも動きを止めず、前に、後ろに、右に、左に・・・。 ほとんど単純な動作のみで命に迫る危険を捌ききる。

「さすがだね・・・。 じゃこれで・・・『スパイラス・ブレイド』ッ!」

 魔王・アンドロマリウスの体をずたずたに切り裂いた聖の奥義。
 その技を見た志摩子は一瞬我が目を疑う。
 まるで本当に祐巳を殺しかねないほどの殺気がその技にはこもっていた。

「『雄渾撃っ!』 
 聖の繰り出すまるで超高速の電動ドリルのような攻撃の中心に祐巳の棒術による回転突きが突き刺さる。

 バキー!! っと耳をつんざくような音が響く。

 『セイレーン』 で起こした竜巻の中心に、祐巳の 『セブン・スターズ』 が一ミリのずれもなく叩き込まれたことで共鳴が起こったのだ。
 
「これも防ぎますか・・・。 参ったな。 この技、体力減るから使いたくないのに・・・。
 あ、祐巳ちゃん、これ終わったら 『癒しの光』 使ってくれるかな?」

「はい、いいですよ。 ちょっと寝すぎたんで体力はばっちり。魔力も回復してます。 まぁお薬のおかげですけど〜」

「ちょっと祐巳ちゃん、どうもその受け答え、力が抜けるんだけど・・・。 まぁいいわ。 次、いくよ」
 聖の体が純白の光に包まれる。 聖の最大級の奥義の準備・・・

「『クレッセント・ヒール』っ!」
 聖は祐巳に一瞬にして近寄る。 ”風身” を使って瞬間的に移動したのだ。
 そしてその勢いのまま後方回転をしながら足刀で祐巳の首を狙う。

 祐巳がバックステップでその足刀を回避した瞬間、ぞくり、と悪寒が祐巳を襲う。

(足刀はフェイク! 本体は・・・)
 
 聖は、後方回転しながらの攻撃を足で行うことにより祐巳の注意を足に集中。
 そして死角から 『セイレーン』 による飛ぶ斬撃を放ったのだ。

(もらったっ!)
 聖はこの組み手の終了を予測する。
 いくら祐巳でも、初見でこの攻撃をかわせるはずがない。
 魔王のように信じられないほどの強度がある体であればまだしも、小さな祐巳の体では例え防げたとしても壁まで吹き飛ばされるだけの力のある攻撃。

 しかし、その聖の圧倒的な嵐のような攻撃を・・・。

 祐巳は左手に握った 『フォーチュン』 で切り落としていた。

「あ・・・しまった」
 と、がっくりと俯く祐巳。

「やっぱり、とっさの時には左手が動いちゃうなぁ。 む〜・・・」

「ぷっ・・・、 くくく・・・。 あーっはっはっは」
 急に聖が笑い出す。 

「まいった、祐巳ちゃん。 それだけ動ければ言うこと無しだよ。 違和感の正体はきっと例のミサンガの影響だよ。
 ほら、魔法で再構築したところだけは鍛え方が違うでしょ? それだけ。
 動きは頭が覚えてるはずだからちゃんと動けるはず。 あとは体を慣らさないといけないけど、まぁ動かし続けておけばすぐ慣れるさ」

「う〜ん。 そうでしょうか? まだちょっと自信ないなぁ」
 ブツブツと呟く祐巳。

(だいたい、真剣勝負って言ったのに自分からはほとんど攻撃してこないじゃないの。 私が相手だから? それとも攻撃をする右腕が動かないの?)

 聖は、励ますような言葉で祐巳に笑いかけたのだが、その実、不安でたまらない気持ちを心の奥底に押し込んでいた。



〜 同時刻 暗黒ピラミッド 最下層の1階上 〜

 ここは、ソロモン王の玉座の間がある最下層の1階上。
 この階にはすでに回廊はなく、見渡しても端が見えないほどの広さを持っている。

 他の階を覆い尽くしていた漆黒の鉱物でできた壁もはるか遠くにしか見えない。
 しかも地面には土。 いやまるで砂漠のように砂地である。

 どういう仕組みなのかはるか高い天井から月夜のような明るさの光が。
 その光により広大なスペースは満月に照らされた砂漠のように明るい。

 この広大な間でかなりの数の魔王を倒した蓉子たち薔薇十字所有者。
 いま、ここに座っているのは蓉子と江利子の二人のみ。

 支倉令は昨日の朝、江利子に薔薇十字剣を捜しに行くように言われてから帰ってきていない。
 小笠原祥子はさきほど 『一人で”ベルゼブブ”を倒してくる』 と言って出て行った。

「なんでピラミッドの中に砂漠があるかなぁ」
 独り言のように江利子が呟く。
「それに岩山もあるし、なぜか植物もある。 天井も明るい・・・。 変な空間ね」

「明かりは多分”アガレス”の力でしょうね。 発光する鉱物を天井に使ってる、とか、そんなとこじゃないかしら」
 こちらも独り言のように江利子の問いに答える蓉子。

「もう残り7時間ほどかぁ。 どんな気分?」
 今度は本当に蓉子に問いかける江利子。

「まぁ、やるだけのことはやったわ。 覚悟ならついてる。 悪い気分じゃないわ。 どうせ正義なんて時代で変わるもの、そうでしょ?」
 穏やかに達観した表情で江利子に答える蓉子。

「うふふ。 蓉子らしい、と言えばいいのかしら?
 私は兄が死んだときに一度決めたことがある。 あなた、それを判っていながら私との付き合いを変えなかった。
 それも、あなたの言う 『時代によって変わる正義』 なのかしら?」

「あなたや聖とあえて楽しかった。 祥子に令、由乃ちゃんに祐巳ちゃん、それに志摩子も。
 わたしにとってあなたたちは宝物だった。 それだけよ。 いまさら綺麗ごとを言うつもりはないわ」

「そうね。 わたしも楽しかったわ・・・。 最後に令を抱きしめてあげたかったなぁ」

「令のこと・・・。やっぱりわかってたのね」

「さすがにね。 それにあなただって祥子を行かせたじゃないの」

「最後の姉心よ。 ”ベルゼブブ” に一人で勝てるかどうかわからないけど。 この時代最強の魔法使いとして最強の魔王と戦えるんだもの。 それこそ悔いは残らないでしょ」

「そうねぇ。 でもさ、由乃ちゃんたちが薔薇として花開くのを見てみたかったわね」

「あら、あなたらしくもない。 あきらめるの?」

「うふふ、そうね。 まぁここにきて足掻く気もないけどね。 ・・・あなたがいてくれてよかった。 ありがとう、親友」

「どういたしまして。 わたしもよ。 早くもう一人の親友にも会いたいわ」

 ロサ・キネンシス=水野蓉子、ロサ・フェティダ=鳥居江利子。
 二人は、お互いにとって最後かもしれない穏やかな時間を共有しながら語り続けていた。



〜 同時刻 暗黒ピラミッド 下層 〜

 祥子は蓉子たちと別れて一階上のフロアに来ていた。
 もちろん、最後に残った最大・最強の魔王・ベルゼブブと戦うためである。

 しかし回廊をいくら歩いても扉らしきものが見当たらない。
 魔王の気配はたしかにそこにあるというのに。

 30分近く行ったり来たりしながら祥子は考える。
(扉の無い部屋? 魔王・ベルゼブブの特技か何かで扉を隠しているの?)

 ルーモスの光を最大限にして照らしてみても見えない扉。
 これまで魔王のいる部屋の扉といえば巨大で分厚く、普通の人間ではこじ開けることも出来ない頑丈なつくりのものばかりだった。

(出てこないんなら、出て来れなくしても同じことよね)
 祥子は仕方ない、という表情で『ノーブル・レッド』を振るう。

「『アグアメンティ!』 (水流よ壁を覆いつくせ!)」
 祥子の杖先から噴出した水流が壁一面に水流壁を形作っていく。
「『マハブフダイン!』」
 壁に沿って走っていた水流が強烈な極寒魔法により氷壁となって壁を覆い尽くす。

(燃やして燻りだす、って方法もあるけど・・・。 さて、どうなるかしら?)

 祥子は油断なくあたりを見渡す。フロアの回廊全部を氷の壁が覆い、ルーモスの光を反射して美しい光景が浮かび上がっている。

 すると微かに、バッバババッ、ババッと氷に何かが衝突する音が始まった。
 しかも、一箇所からではなく、壁のあちらこちらから。

(なるほど・・・。 蝿にとっては扉なんて必要ない、小さな隙間さえあればいい、ってことなのね)

 氷の爆ぜる音がどんどん大きくなる。 祥子は極寒呪文を再度使用するかどうか少しの間逡巡していた。
 このまま再度凍らせてもそれはそれで面白そうだ。
 だが、祥子の目的は”ベルゼブブ”の封印ではなく倒すこと。
 それに、いつまでもここに居るわけにも行かない。

 祥子は氷にひびが入り、さらに乱反射を広げ続ける光のオブジェを見ながら、
(ここに祐巳が居たらなんて言うかしら・・・。 『おねえさま、素敵!』って目を輝かせるでしょうね)

 かわいい妹のことを思い出していた。
(あの子は、どんなものでも良いところ、素晴らしいところを発見するのが上手だもの。 その度にわたくしを驚かせてくれる)

 ふと、氷の壁に小さな穴がたった一つだけ開く。
 その小さな穴から蝿が一匹頭を出し、羽を広げる。

「『アギ』」 と小さく振るった 『ノーブル・レッド』 の先から小さな炎。
 その炎の球体が蝿を包み一気に蒸発させる。
 魔王の気配が一つ消えた。 恐ろしく弱い。

 しかし蝿たちは次々に氷のひび割れから姿をあらわしてくる。
「『マハラギ』」 祥子は顔色も変えず炎の球体を次々に生じさせ、現れる蝿を蒸発させてゆく。
 そのたびに消えてゆく魔王の気配。

(この蝿、一匹一匹が”ベルゼブブ”なのね・・・。 いったい何匹出てくるのかしら?)

 もう何回杖を振るい高温魔法を生じさせ続けているのか。
 蝿は後から後から引きも切らさずに出てきては祥子の魔法の餌食となる。

 10分・・・20分・・・。 いいかげん祥子も飽きてきた。
(わたしは害虫駆除をしに来たんじゃないわよ!)

 祥子は次第に魔王・ベルゼブブの脅威の正体に気づき始めていた。
 小さな蝿だがその力はおそらく毒蛇並み。 それが数万、数十万と現れていくのだ。

 たった一匹取り逃し、攻撃を受けただけでこちらの戦闘力は激減するだろう。
 ”ベルゼブブ”を倒すためにはこの数限りなく出てくる蝿を一匹残らず殖滅していくしかない。
 
 たしかに蓉子や江利子の攻撃ではその一撃一撃の威力がありすぎるがゆえに、このような戦いを仕掛けてくる”ベルゼブブ”には相性が悪いだろう。

 しかし祥子の高温炎熱魔法はこのような殖滅戦には有効だった。
 ・・・ただし、一切気を抜かないで長時間魔法を使い続けなければならないが。

(本体を叩かなければ埒が明かない・・・)
 次第に祥子にも焦りが出てくる。 ほんとに害虫駆除をしている気がしてきた。

 祥子は次々に出てくる蝿を退治するために高温炎熱魔法を唱え続けながらもう一つの魔導式を構築し始める。

「『Reveal Servant』!」
 『ノーブル・レッド』から高温炎熱呪文以外の青白い光がまるで蛇のようにうねりながら出現する。

「さぁ、”ベルゼブブ” いいかげんこの茶番は終わらせましょう。 あなたの秘密、ここに晒してあげるわ!」

 祥子の放った青白い蛇はピラミッドの回廊に沿って這い進む。
 そして、祥子から50mほど離れた氷の壁の隙間にもぐりこみ中に消えた。

 青白い蛇が氷の壁に吸い込まれるようにして消えた瞬間、あれほど引きも切らさず出現し続けた蝿も消える。

 祥子の顔に緊張が走る。
(いよいよ、本番ね。 さて、”ベルゼブブ”の本体、しっかり見せてもらおうかしら)

 最強の魔王・ベルゼブブとの戦いを前に、稀代の魔法使い・小笠原祥子は愛用のパートナーである 『ノーブル・レッド』 に魔力を集中し始めていた。



〜 10月3日(火) 7時 暗黒ピラミッド下層近く 〜

 聖、祐巳、志摩子の三人はピラミッドの下層に向け歩き続けていた。

 先頭を聖が歩き、すぐ後ろに志摩子が続く。
 祐巳は数歩下がった場所で後方を警戒しながら 『セブン・スターズ』 をまるでバトンのように回転させたり投げ上げたりしている。

 ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン、スタッ! ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン、スタッ!っと、小気味のいい音が聞こえる。
 スタッ! と音がした瞬間にはセブン・スターズの先端、光を象徴する宝玉からルーモスよりも明るい光が生み出され聖たちの前を照らす。
 再構築した右腕に『セブン・スターズ』を馴染ませるように動かし、そのついでに光を生み出し続けているのだ。

「次が71番目の扉です。 あと2つで魔王の部屋をすべて通過することになります」
 志摩子がアナライザーに記憶されていく記録に目を落としながら言う。

「う〜ん。 なんか変だよね・・・」
 聖が呻くように言う。

「蓉子の推測では18の扉を抜けたら最下層に到着する、ってことだったんだよ。
 でも、どうもおかしい。 部屋の作りが全部同じだったから気がつかなかったのかもしれないけど。
 まず、ベリアルの居た部屋の底に穴が開いていなかったこと。 こんなに簡単に修復が出来るのか・・・。
 同じところをぐるぐる廻っている気がしない?」

「多分、内部の構造は最初に蓉子様が推測していたときと変わっていると思います。
 南入口だけ残して他の入口が閉じたとき、すでに変わっていたのではないでしょうか?
 それに、私たちがここに入ってからも変わり続けているんだと思います」

 志摩子は自分の言葉に確信を持って聖に話しかける。

「これまでに通過してきた部屋はすべて同じように見えますがそれなりに匂いも気配も違っていました。
 上り坂も一切ありません。 すべて下ってきています。 構造は変わってしまっても確実に最下層に近づいています」

「志摩子・・・」
 聖は志摩子の変貌に・・・。 素晴らしい意味で変わっていく志摩子を眩しそうに見る。

「あなた、本当にいい軍師になれるよ。 蓉子とはまた違った意味で、ね」
 聖は安心したような顔で志摩子を見る。

「あの部屋で、”アモン” と ”グシオン” を倒してから全然魔王に出会っていないからね。 全然違う道に迷い込んだ気がしていたんだけど。
 志摩子がそういうんなら、きっともうすぐゴールだね」

「はい。 でもあまりにも魔王の数が少なすぎます。
 私たちが倒した魔王の数はたったの8体です。
 最初に倒したアンドロマリウス、それとフラロウス、ゴモリー、ベリアル。これで12体。
 あと、騎士団から送られたデータによるとここまでの階で、アスタロト、オセをはじめ7体が倒されていたそうです。
 まだ19体だけ。 残り53体の魔王が残っている計算になります」

「そうだね・・・。 それに出現の仕方も変だった。 一部屋に一人魔王が居ると思ってたけど、6体で一気に襲ってきたりしたからね。
 まるで私たちを襲いに来たんじゃなくなにかに追われて来たような感じだった」

「はい。 これって最下層付近に残り全部の魔王が集結しているか、ほとんどが倒されてしまったかどちらかだと思います」

「それって・・・。やはり蓉子たちが戦い続けている。 そういうことかもしれないね」

「そうであればいいんですが・・・。 もう蓉子さまたちがこのピラミッドに入って3日になります。
 食料もなく、50体以上もの魔王と戦い続けていられるでしょうか?」
 志摩子は心配そうな顔をして小さな声で聖に答える。

 志摩子とて、蓉子たちに生きていて欲しい。 必ず助け出すというつもりでこのピラミッドに入ったのだ。
 しかし冷静に考えてこの状況で生きていることがどれほど可能性が低いことかわかっていた。

 たしかに令は生きていた。 でもあれほどまでに変貌して。
 まるで魔王に作り変えられて。
 令がそうなっていたことを考えると、蓉子たちもそうなっている可能性が高い。 信じたくはないが・・・。

「さて、いよいよ71番目か。 ん? この気配は?」
 71番目の扉の前に到着した聖の顔が久しぶりに緊張したものに変わる。

「久しぶりに大きな ”気” だね。 やはりまだ魔王は残っていたか」

「はい。 すごい気を感じます。 さっきの魔王2体をあわせたのよりも大きい気・・・。
 さすがにこれほどの下層になるとよほど上位の魔王ではないでしょうか?」
 聖と志摩子は一瞬躊躇し、顔を見合わせる。

「聖さま!」 と、祐巳が聖のもとに駆け寄る。

「すみません、ここは私に任せてもらえませんか? どれだけ右腕が馴染んだか確認したいんです」

「わかったわ。 でも無理はしないでね。 いつでも助けに入れるように準備だけはしておくから」

「ありがとうございます! では行きます! 『雄渾撃っ!』」

 祐巳の 『セブン・スターズ』 から真っ赤な炎が生じ回転する突きが巨大な扉を破壊する。

(さっきの組み手のときの技と同じ? 全然威力が違うじゃないの!)
 聖は驚きながら祐巳を見る。

 そして扉が破壊された瞬間、 「グオォォォオォォォオオオ!」 とライオンの吼える声。
 ソロモン72柱の魔王、第5位に位置する巨大な地獄の総裁、ライオン王・マルバスの姿があった。

「さぁ、おいで」
 祐巳はまるで子猫に語りかけるように優しくマルバスに語り掛ける。
 『フォーチュン』 も 『セブン・スターズ』 も構えるでもなく、ただぶら下げているだけ。
 覇気をまったく出さずに一歩一歩マルバスに近づいてゆく。

 祐巳の隙だらけの姿勢はまるで自分を餌に差し出しているようなもの。
 その隙をマルバスが見逃すはずもなく、いきなり祐巳の頭よりも大きな前足の爪で襲い掛かる。

 ピュンッ! と空気を切り裂く音。 その瞬間、聖の目の前を切り取られたライオンの爪が転がる。
 眼にもとまらぬスピードで祐巳がセブンスターズを一閃したのだ。
 志摩子の目の前にはライオンに鼻先に 『セブン・スターズ』 を突き出す祐巳の姿。

「お痛をしたらダメだよ」
 
「グゥゥウゥゥウウ・・・」 とマルバスが唸る。

 グワッ! と祐巳を一飲みにしようとしたマルバスであったが、口をあけた瞬間、
 再度 ピュンッ! と空気を切り裂く音。 ライオンの牙が床に転がる。

 祐巳のセブンスターズを操るスピードと正確さはすでに神速・神業の域。
 魔王にすら手も足も出させないほどの攻撃。

 本気を出した祐巳。 魔王ですらこうまで祐巳と実力に差があるものなのか・・・、と志摩子は思う。
 まるで子猫を躾ているようなものではないか、と。

 祐巳の体が一瞬右にぶれ、マルバスの左足の爪を切り取る。 
 ピュン、ヒュン、ヒュン、と切り裂き音を残して祐巳がマルバスの体の回りを駆け巡る。

 次に祐巳が動きを止めたとき、そこにはすべての牙をもがれ爪を切り取られ、手足の腱を切断されたライオンの敷物が。

「お痛をした罰だよ」
 祐巳はマルバスに止めを刺すでもなく背を向ける。

「我ヲ 殺サヌノカ?」
 不意にマルバスが祐巳に言葉をかける。 マルバスは望めば人型もとることができる。
 そこにいたのは、床に倒れ伏す金色の肌をもつ黒髪の男。

 このピラミッドに入って始めて聞く魔王の言葉。

 聖も、志摩子も驚きを隠せない。
 祐巳も驚きの顔で振り返る。

「うわ・・・。 なんで日本語がしゃべれるの?!」

「フン・・・。 我モ 魔王ノ ヒトリ。 オマエタチノ 言葉グライ ワカル」

「すごいなぁ。 えっとね〜。 わたしライオン好きなんだよね。
 子供の頃お父さんとお母さんに動物園に連れて行ってもらった思い出があるんだ。 
 お父さんとお母さん、私が小さい頃からずっと眠ったまんまになっちゃって、思い出っていったらその動物園だけなの」

「ちょっと、祐巳ちゃん。 なに魔王と仲良く話しているのよ!」

「あ・・・そっか。 ついついライオンだったもので。 えへへ。 すみません。
 でも、全然悪い人じゃないです。 雰囲気が他の魔王と違います。 なんていうのかなぁ・・・。 自由に生きてる、ってかんじ?」

 聖と志摩子はあきれてものも言えない。

 祐巳は人型を取ったマルバスに語りかける。

「怪我をさせちゃってごめんね。 わたしたち、これからソロモン王を倒しに行かなくちゃならないんだ。
 さっきお話したわたしのお父さんとお母さんを救うためにも、ね。
 それに、仲間たちも探さないといけないの。
 あなたが他の魔王と違うことは雰囲気でわかるんだけど、急いでるから許して」

「ククククッ・・・。 我ガ他ノ魔王ト違ウノガ ワカルノカ。 オモシロイ 人間ダナ。
 ソウカ・・・。 ヨホド内面ヲ見ル眼ガアルヨウダ。 オマエニ 倒サレタノモ ナニカノ縁ダ。
 コノ 『タリスマン』 ヲ持ッテイケ。 ナニカノ 役ニハ タツダロウ」

 床に倒れたマルバスは、視線だけで自らの首に掛かるネックレスの先に光るタリスマンを示す。

 祐巳がマルバスの傍らに膝をつき、その首からタリスマンを受け取る。

「ありがとう。 痛かったでしょう? いちおう治療も出来るけど・・・」
 祐巳は聖と志摩子の視線を気にしながらマルバスに問いかける。

「えへへ。 聖さま、志摩子さん、この子、どうも敵だって思えなくって・・・。 ダメ・・・だよね?」

 祐巳はどうもマルバスを大きな猫としか見ていないらしい。
 聖と志摩子は顔を合わせて苦笑する。

「ダメ、って言いたいとこだけど・・・。 そうね、今すぐじゃなくソロモン王を倒した後、ってことにしたらどうかな?
 ソロモン王さえいなくなれば魔王も魔界に帰るだろうし。 それなら危険もないからいいんじゃない?」

「ありがとうございます! よかったね! そうだ、痛みだけはとってあげるね。 しばらくゆっくり眠っていて。 『癒しの光』っ」

「フフフッ・・・。 オモシロイヤツダ。 デハ ヒトツ教エヨウ。
 ソロモン王ハ 死ンデモ 復活スル。 不死 デハナイ。 ソレダケハ オボエテオケ」

 『癒しの光』 の純白の光に包まれながらマルバスは眠りにつく。

「さぁ、いこう! 聖さま、志摩子さん。 いよいよ次でラスト72番目だよ!」

(ほんとに祐巳ちゃんには驚かされる。 魔王まで手なずけるなんて、ね)
(それに、さっきの昆の動き・・・。 全く見えなかった。 心配して損したなぁ)

 三人は最後の部屋へと続く回廊のスロープを降りてゆく。

 その階は、最強の魔王・ベルゼブブの間である。

 そこで激烈な戦闘が繰り広げられていたことを聖たちは知る由もなかった。



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