【3382】 歯を食いしばって  (ex 2010-11-12 19:08:57)


「マホ☆ユミ」シリーズ   「祐巳と魔界のピラミッド」 (全43話)

第1部 (過去編) 「清子様はおかあさま?」
【No:3258】【No:3259】【No:3268】【No:3270】【No:3271】【No:3273】

第2部 (本編第1章)「リリアンの戦女神たち」
【No:3274】【No:3277】【No:3279】【No:3280】【No:3281】【No:3284】【No:3286】【No:3289】【No:3291】【No:3294】

第3部 (本編第2章)「フォーチュンの奇跡」
【No:3295】【No:3296】【No:3298】【No:3300】【No:3305】【No:3311】【No:3313】【No:3314】

第4部 (本編第3章)「生と死」
【No:3315】【No:3317】【No:3319】【No:3324】【No:3329】【No:3334】【No:3339】【No:3341】【No:3348】【No:3354】
【No:3358】【No:3360】【No:3367】【No:3378】【No:3379】【No:これ】【No:3387】【No:3388】【No:3392】

※ このシリーズは一部悲惨なシーンがあります。また伏線などがありますので出来れば第1部からご覧ください。
※ 4月10日(日)がリリアン女学園入学式の設定としています。

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〜 10月3日(火) 11時45分 暗黒ピラミッド 最下層の1階上 〜

 ぎぃん、ぎぃんと剣のぶつかり合う音が立て続けに響き、火花が散る。
 一方的に打ち込む蓉子の斬撃を必死で振り払う志摩子。

 逆袈裟に切りかかってくる蓉子の一撃を剣の腹で受け止め、流す。
 蓉子は、戦いの中で成長を見せる志摩子に驚愕しながらも精神を集中させ、流れるように攻撃の動作に移る。

 得意の回転切りを一時潜め、左右への突きをフェイクに志摩子の剣を弾き上げる。
 
(まずい!)
 志摩子は必死に体をひねって腹に迫る蓉子の斬撃を防ぐ。

(こんなんじゃダメだ・・・。 打開策はっ?)
 次々と迫る蓉子の攻撃を全て危ういところで防ぎつつ、志摩子は胸のうちで叫んだ。

 志摩子が攻撃できていたのは最初のころだけで、いまは防ぐだけで精一杯だ。
 それはつまり蓉子が手加減していた、ということに他ならない。 ・・・それとも単にこちらの力量を測っていただけなのか?

 いったい、幾つの攻撃を防いだだろうか。
 意識はだんだんと遠くなりかけている。
 剣のぶつかり合う音は鼓膜を破るのではないかと言うほど大きな音のはずなのに、その音が遠くに聞こえる。

 自分の体を動かしている感覚すらなくなってきていた。
 すでに、反射神経だけで蓉子の攻撃を捌いている。

 しかし、そのことは蓉子に大きな驚きを与えるものだった。
 蓉子の強さ・・・。 それは普段の鍛錬による純粋な強さもあるが、このレベルに達する人間は他にも居るだろう。

 それなのに、なぜ蓉子が絶対不敗なのか。
 先読みの力、相手の考えるその先を見ることが出来ることが大きいのだ。

 しかも、相手の考えを知ることで、自分の手の中で相手を踊らすことすら出来るのだ。
 わざと隙を作って、そこを攻めさせることでカウンター攻撃を行う。
 あらかじめ攻撃が来る場所、タイミングがわかっている蓉子にとって、それにカウンターを合わせるのは容易なこと。

 しかし、その蓉子を持ってして、志摩子を仕留めることが出来ないでいた。

「ほんと、しぶといわね・・・。 まさかここまでやるとは思わなかったわ」

 震える腕で蓉子の力にかろうじて抗う志摩子に、『無敵なるもの』=水野蓉子は純粋な敬意を持ってそう声をかける。
 ・・・・・・ もっとも、一切手を抜く気は無いが。

 志摩子のほうには、言葉を返す余裕などない。
 一瞬でも気を抜けば、たぶん蓉子の剣が深々と身体に突き刺さるだろう。 いや、両断されたとしても不思議ではない。

 それが、両者の溝。 埋めることの出来ない絶対的な差。

「祐巳ちゃんとの修行が身になっているのかしら? それとも薔薇十字を授けられた自信なの?
 そういえば、聖からも修行を見てもらっていたそうね?」

 蓉子は次々に志摩子に声をかける。
 これも蓉子の常套手段。 耳に入る情報を一瞬でも考えてしまうとそれだけ反応が遅れる。

(耳を貸しちゃいけない! 勝機を探すんだ!)
 志摩子は自分に言い聞かせ、現状を分析する。

 ・・・しかし、結論は絶望でしかない。
 この窮地を脱出する手段なんてはたして自分にあるのか・・・。 志摩子の心を暗い絶望が覆う。

(・・・ここまで・・・なのかなぁ・・・。 祐巳さん・・・)

 志摩子の体から覇気が薄れていく。
 一瞬、あきらめてしまった心が体の動きを止める。

 と・・・。 その時、何の脈絡も無く蓉子がバランスを崩す。

 はっ!! とそのことに気づくより早く、志摩子は剣士としての本能のまま蓉子に襲い掛かる。

「『利剣乱舞』っ!」
 志摩子は蓉子の一瞬の隙を逃さず、自身最強の技を蓉子に繰り出す。
 右から、左から、上から、下から・・・。 まるでいくつもの体に分身したかのような手数で蓉子の体を次々に引き裂いてゆく。

 そして、その攻撃の中で志摩子は蓉子がバランスを崩す原因になったものを発見する。

 それは、左のくるぶしに深々と突き刺さったナイフ。

「はぁぁぁぁあああぁあ!!!!」
 裂帛の気迫を纏った 『螺旋撃』 が蓉子の腹をなぎ払った。



 聖は、背後で志摩子が一方的に蓉子から攻め立てられている気配をずっと感じていた。

 キーン、キン、キン、と、ナイフ特有の硬質な音が続けざまに響く。
 ナイフの利点は体の動きをそのまま武器に伝える敏捷性。

 聖の最も得意とする攻撃であるが、その攻撃のすべては江利子に防がれる。

 江利子とて体術に自信があるのだ。 伊達に黄薔薇を名乗っているのではない。
 もともと、無手で聖と互角に渡り合えるのは自分か、令くらいだと思っている。
 しかも、今はソロモン王から、 『永遠の若さ、永遠の生命』 を与えられた上に、魔王を超える力を持っているのだ。

「さすがに、埒が明かないわね」
 つまらなそうに、江利子が舌を打つ。

 ひゅっ、と空気を切り裂いて繰り出される江利子の攻撃。
 手の中で翻ったナイフは間違いなく聖の瞳を狙っている。
 その動作はまさにナイフを使用した体術の教科書に乗せたいような攻撃。
 流れるような身体の運びには、無駄と思えるところが一つもない。

 しかし、その完璧と思える斬撃を、聖はわずかな動作で避けてみせる。
 聖にとって、この距離は自分自身にとっての絶対領域。
 ナイフ程度のリーチの短い攻撃は ”風身” で避けるのが聖の得意パターンだった。

「時間稼ぎでもしてるつもり? まさか祐巳ちゃんを待ってる、なんて言うんじゃないわよね」

 江利子が再度ナイフを繰り出しながら聖に言う。
 一度伸ばした腕。
 それを簡単に避けながら、聖は攻撃してこない。
 攻撃する気なら、江利子が腕を引く瞬間に行うべきだ。
 その時なら聖のスピードを持ってすれば江利子に一撃を入れることも可能であるはずなのに。
 しかし、あえて聖はその隙をついてこない。

「つまらないわね」
 内心、聖が攻撃してこないのは聖の気弱さが原因だ、と江利子は読んでいた。
 頭に血を上らせるように挑発して戦いに引きこんだ江利子であるが、次第に聖に冷静さが戻るのを感じていた。
 冷静になった聖が、元々親友である自分に攻撃するのに躊躇している、そう見ていたのだ。

 いいかげん飽きてきた江利子は、自分の注意が聖のナイフだけに引きつけられていることに気付かなかった。

「江利子のば〜か」

「えっ?!」

 油断していた・・・。 江利子がそう気づくより、聖の動きは早かった。

「『クレッセント・ヒール』っ!」
 聖は一瞬にして江利子との距離を縮めると後方回転をしながら足刀で江利子の首を狙う。
 
 その攻撃を江利子がバックステップでかわした瞬間、聖の投げたナイフが江利子の手首を掠める。

 そう・・・。 掠めるだけで十分だった。 わずかに手首を切られた江利子は思わずナイフを取り落とす。

 聖は右手で腿に仕込んでいたもう一本のナイフを取り出し、身体のひねりを最大限に利用してナイフを投げた。

 音も立てずに飛翔する小さな刃は、狙ったとおり蓉子の左足のくるぶしに突き刺さる!!



 『螺旋撃』 で蓉子の腹をなぎ払った志摩子はさらに追撃の攻撃に移る。

 しかし、その志摩子の眼前を蓉子の 『インヴィンシブル』 が通り過ぎた。

 あわててその場を飛び退く志摩子。

「やって・・・くれるじゃない・・・」
 体のあちこちを志摩子の剣で切り裂かれながらも、凄絶な笑みを浮かべ蓉子は足に突き刺さったナイフを引き抜く。

「本当によく修行してきたわね。 でも悪あがきもたいがいにしないと痛い目見るわよ」

「本当にそうですね・・・。 ロサ・キネンシス」

 蓉子の言葉に答えたのは志摩子ではなく・・・。

「「「祐巳ちゃん(さん)!」」」

 その場に相応しくない困ったような笑顔を浮かべる祐巳の姿。

「祐巳ちゃん・・・祥子はどうしたの?」
「すぐに来ると思います。 足止めしただけですから」

 静かに答えながら、祐巳は悠々と戦場を横切り志摩子の隣に歩み寄る。

「志摩子さん、よく頑張ったね。 聖さまも・・・。 ここから先はお任せください」

 『フォーチュン』 の杖先に純白の癒しの光を生み出した祐巳は志摩子と聖の治療を行う。
 それは、ほんの一瞬。 祐巳がかるく杖を振るっただけで志摩子と聖の体のを純白の光が包みこむ。

「ロサ・キネンシス。 そろそろお時間を確認してください。 タイムリミットまで後何分ですか?」

「うふふ、わかっていたようね。 もう後2,3分しかないわ」
 蓉子が戦闘態勢を解きながら答える。
 江利子も蓉子に付き添うように近づいていく。

「では・・・。 薔薇十字はお返しくださいますか? お持ちになったままでもかまいませんが」

「そうね・・・。 愛着はあるんだけどね。 もういいわ。 聖、二人の薔薇十字を預かってくれるかしら?」

「え? どういうこと?」
 薔薇十字を差し出す蓉子と江利子に聖は戸惑う。

「聖さま、蓉子さまたちはギリギリまでわたしたちに覚悟を決めさせようとなさっていたんです。
 それほどの覚悟が無ければ、ソロモン王に対峙できない・・・。 そういうことです。
 ここに来るまでわたし、走りながら考えていました。
 そして、さっきの蓉子さまと江利子さまの戦い方を見て確信しました」

「まぁ、よくわかったわね、祐巳ちゃん。 でも、どうして?」

「蓉子さまも、江利子さまも、ご自身の必殺技は一切使わなかった。
 まるで志摩子さんを鍛えるように。 江利子さまはただ楽しんでいただけのようですけど・・・。 でも昔を懐かしんでいらっしゃるような雰囲気でした。
 精神の底に殺気がこもっていませんでしたから。 だからわかったんです。
 ここまで・・・。 ここまで私たちのことを考えていてくださったんですね」

「そう・・・。 でも、もう時間よ。 これから先は躊躇無しでお願い。 わたしたちを憶えていてね。
 残念ながら、わたしたちはあなた達を忘れてしまうけれど」

「ロサ・キネンシス。 ロサ・フェティダ・・・」
 志摩子は二人の様子にすべてを悟る。 

「蓉子・・・。 江利子・・・」
 聖の眼にも涙が浮かぶ。

「さぁ、泣かないの。 すべてはあなた達に託していくんだから。 しっかりしなさい!」
 
 水野蓉子は最後の最後まで自分らしいな、と思っていた。

(ほんとにもう・・・。 聖ったらわたしが怒鳴らないと、何にもしないんだから・・・)

 ・・・・・・ そして、ソロモン王との約束の時間 ・・・・・・

 約束だった3日目の正午を時計が指そうとしていた。



 そこにあるはずも無い正午の鐘が聞こえた気がした。

 蓉子と江利子の顔から表情が消える。

 殺気などまるで無いと言うのに恐ろしいまでの存在感でそこにいるのは、先ほどまで祐巳の憧れた二人の薔薇の姿。

「オン・キリク・マユラ・キランデイ・ソワカ・・・ 『孔雀明王退魔曼荼羅結界』っ!」

 不意に祐巳が退魔結界で聖と志摩子を覆い隠す。

「「祐巳ちゃん(さん)!」」
 聖と志摩子が驚いて祐巳に叫ぶ。

「すみません。 お二人はそこで治療に専念していてください。 こんな思いをするのは・・・わたしだけで十分です」
 祐巳は穏やかに二人に声をかけると蓉子と江利子の二人に対峙する。

 祐巳の力は、圧倒的だった。

 たとえ剣を手放したとしても蓉子の体術もまた聖と匹敵する。
 しかも、志摩子と対峙したときのような配慮も何も無いほどの残虐な攻撃を仕掛けてくる。

 正拳での突き、回し蹴り、瞬駆をはるかに凌駕するスピードで襲い掛かる蓉子。
 祐巳の周りを縦横無尽に駆け巡りながら殺意の網で祐巳を絡めとろうとする。

 しかし祐巳はその暴風のような攻撃を必要最小限の動きですべてかわしきって見せた。

 びゅん、っと空気を切り裂く音。

 祐巳と蓉子の二人から距離をとっていた江利子が助走をつけ一気の瞬駆で祐巳の首を狙う。

 江利子自身がその得意とする弓矢の攻撃のように飛び掛る。

 しかし、その攻撃も祐巳は体をわずかに捻ることでかわしてしまう。

 と、その瞬間今度は蓉子の手刀が真上から祐巳の脳天めがけて振り下ろされ、祐巳からかわされた、と見るや今度は眼を狙った刺突へと変化する。

 ふっ、と困ったような笑顔を祐巳が浮かべる。

「さすがですね〜。 お二人とも攻撃が外れてもほんの少しも背中を見せてくれない。
 やはり、少しはお怪我をさせちゃうかもしれません」

 さきほどまで体捌きだけで二人の攻撃をかわし続けていた祐巳が七星昆を構える。

 その構えを見た蓉子と江利子の動きが止まる。

 ぶんっ、と音が聞こえた気がした。

 蓉子と江利子の姿が一瞬にして掻き消え、祐巳の左右に瞬間的に現れる。
 この動きは、令の支倉流禁術奥義 『幻朧』。

 考えてみれば、令の姉である江利子もこの技を使うことに不思議は無かった。 
 それに、すべてを見抜く蓉子がこの動きに後れを取らないためにも知っていることは当然だったのかもしれない。

 二人の薔薇は祐巳を挟むように出現すると、その手に強大な覇気を乗せた攻撃を仕掛ける。
 これも支倉流の禁術奥義 『冥界波』 である。

 さすがの祐巳もこの二人の格闘術最強とも言える技をその身に受ければ無事では済まされない。

 ぐしゃっ・・・、と嫌な音が響く。

 両手をそろえて祐巳の左から掌底を突き出した蓉子。
 その対面から同じように掌底を突き出した江利子。

 しかし、その中心に哀れにも潰された、と思われる祐巳の姿が無かった。

 蓉子と江利子の掌底はまともにぶつかり合い、お互いの体を弾き飛ばす。

「ひえ〜〜。 さすがに今のは危なかった・・・」
 志摩子たちが守られている結界のすぐそばで祐巳の声。

 祐巳もまた 『幻朧』 に匹敵するスピードで二人の攻撃を避けたのだ。 ・・・ しかも、攻撃が当たる寸前までその場から逃げずに。

 江利子がゆっくりと立ち上がる。
 
 そして、先ほど蓉子と相討ちとなったダメージを感じさせること無く、再度 『幻朧』 で祐巳の背後を取る。

「『太極光輪』っ!」
 祐巳の七星昆が、ぶん、と回りその回転のあまりのスピードにより大気に眩いばかりの光輪が浮かび上がる。

 江利子の 『冥界波』 と祐巳の 『太極光輪』 が火花を散らす。

 江利子は自身の放った技の衝撃に加え、祐巳の 『太極光輪』 がカウンターとなり、二重の衝撃を受け弾け跳ぶ。

 ダンッ、 バタンッ、 ダンッ、 と派手に転げまわった江利子の体がうつ伏せで止まり、背を見せて動かなくなった。

「封神術、『四天王・鬼神楽』っ!!」
 祐巳は七星昆を地面に突き刺し、両手で印を結んで四天王を呼び出した。
 
 毘沙門天が江利子の右腕に宝剣を突き刺す。
 広目天がが江利子の左腕に宝剣を突き刺す。
 持国天がが江利子の右足に宝剣を突き刺す。
 増長天がが江利子の左足に宝剣を突き刺す。

 ハッ、と気合を込め、祐巳は江利子に飛び掛ると馬乗りになり、背中を切り開く。

「やっぱり・・・」
 江利子の背中には令の背にあったものと同じ、ソロモン王のスペルの浮き出した五芒星。

 祐巳は 『フォーチュン』 に金色の覇気を込め、そのスペルを切り離しに掛かる。

「・・・あぁあぁ・・・。 令さまのときより、もっと根が深い・・・。 内臓まで達してる・・・。
 これじゃ、お腹ごとなくなっちゃう・・・」

 祐巳が 『フォーチュン』 で五芒星を切り離したとき、江利子の背中から腹まで大きな穴がぽっかりと開いた。
 
(江利子さまをこんなにするなんて・・・。 ここまで根を張られるまで自己を保ち続けるなんて・・・
 江利子さま、強すぎです・・・。 それにしても酷すぎるっ!!) 

 やり場の無い怒りが湧き上がる。
「うぁあああぁぁあぁぁぁ!!!」
 その怒りをぶつけるように祐巳は切り取った”五芒星”=魔王・ブエルの分身を切り刻む。

 その一瞬だけ、祐巳に隙が出来たのか・・・

 ぶしゅ・・・。 と切り裂かれた祐巳の肩口から血が迸る。

「蓉子さま・・・。 死んだ振りなんて酷いです・・・」

 祐巳は切り裂かれた肩口を押さえながら蓉子を睨みつける。

「でも・・・。 もうこれで終わりです。 『震天紅刺』っ!」
 
 祐巳の体が一瞬にして赤く燃え上がり、「幻朧」を超えるスピードで蓉子の体の脇を突き抜けた。

 祐巳は左手一本で蓉子の腹に大きな風穴を開ける。 

 その左手には”五芒星”=魔王・ブエルが握り締められ・・・。 祐巳の握力で握りつぶされた。

 蓉子の体はしばらくその場で立っていたが、やがて、ふらりと揺れたかと思うとばたっ、と倒れた。

「蓉子ー!! 江利子ー!!」
 戦いの一部始終を結界の中から見ることしか出来なかった聖の口から悲鳴が上がる。

 志摩子は、口をおさえたまま祐巳の様子を食い入るように見つめていた。
 しかし、聖の悲鳴を聞いたとたん、思わず立ち上がり、『理力の剣』 を振るう。

「結界消滅! 『破界』っ!」

 ピキーン、と甲高い音をたてながら、結界が胡散霧消する。

「聖さま! 止血剤を!! 祐巳さん! 『癒しの光』 を頂戴!!」

 志摩子の大声が響く。 祐巳はあわてて 『癒しの光』 を生み出そうとして・・・ 固まった。

 志摩子はその瞬間、気分の悪くなるほどの悪寒に襲われる。

 その悪寒と同じものを祐巳も感じていた。

 後ろを振り向いた祐巳の視線の先にいたものは・・・。

 よく知った容貌に全く見知らぬオーラを纏った、かつて ”姉” だったものの姿だった。



〜 10月3日(火) 12時10分 暗黒ピラミッド 最下層の1階上 〜

「お姉さま・・・」

 やはり、纏うオーラが違っていたとしても、そこにいるのは祐巳の最愛の姉だった人。

 祥子はその天才的な魔法でここまで上り詰めてきた。
 あまりにも魔力に特化してきたので、蓉子や江利子のような体術は持ち合わせていない。

 魔力を振るう上で自分自身を常に安全な場所に置くだけの体力は求められる。
 しかし、祥子の武力なんてそんなもの・・・。

 その祥子が祐巳に近づく。

 祐巳はその場を一歩も動かない。 いや、動けないのか・・・。

 まるで、いつものように・・・。
 乱れたタイを優しく直してくれるときのように近づく祥子を見つめることしか出来ないで居る祐巳。

 祥子の右腕が振り上げられ、まるで平手打ちをするように祐巳の顔に打ち下ろされる。
 ビシッ、と頬を張る音。
 その手に握られているのは 『ノーブル・レッド』。

 その本来なら強力な魔法を生み出す薔薇十字最強の魔杖が、ただの棒切れのようにしか扱われない。

「おねえさま・・・。 魔物に落ちたら・・・。 こんなもんなんですよ! もとに・・・。 もとに戻ってください!!」

 祐巳は祥子の振り下ろした攻撃を一切避けようとしなかった。
 真っ赤にはれた頬のまま祥子にすがりつく。

「ね・・・。 もう、ここまでにしましょう・・・」

 祥子の背に回した祐巳の手。 その左手に握られた 『フォーチュン』。

 グサッ・・・。 と小さな音。

 祐巳は大粒の涙をこぼしながら、くず折れる祥子の体を抱きしめていた。



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