【3389】 日常  (紅蒼碧 2010-11-18 23:16:27)


ここは、都立武道館。
今行われているのは、剣道の春季大会決勝戦。
現在、先方同士の対戦が行われている。

「メーーーーン!!」
「パシン!!」

相手の選手に綺麗な面が入った。

「一本!!」

審判の声が会場に木魂する。

「やった〜〜!!」

その瞬間、会場や控え選手から大歓声が沸き起こった。
その他にも、「おぉ〜〜〜!!」などのどよめきも混じっている。
それもそのはず、今行われていた先方同士の試合時間、二本合わせて10秒経っていなかった。
弱小チーム相手なら可能かもしれないが、都大の決勝戦が相手にこの速さは以上である。
そして、この偉業を成し遂げたのが、まだ入部したての一年だった。
それも驚きである。
入部して即レギュラー、試合の先手をとる重要な役目を任されているのだ。
試合が終わり、礼をして引き返してくると面を取る。

「キャッ〜〜〜!!」

っと言ったような悲鳴に似た歓声が広がる。
少女は、試合があったというのに汗一つ掻くかず、次の試合を見つめている。
その容姿は、大和撫子を体言するような、丹精の整った面持ちだった。
誰もが羨むような容姿を持ち、スポーツも万能、学力も高いと言うこの少女は・・・。

リリアン女学園高等部一年
島津由乃

であった。

・・・・・
・・・




由乃は、生まれた時には心臓に疾患を患っていた。
人並みの運動どころか、少しのことで体調を崩し、悪いときには直ぐに入院しなければならなかった。
入院生活は、由乃にとって退屈な時間でしかなかった。
お見舞いに来てくれるのは、両親と従兄弟の支倉家だけだった。
入院生活を繰り返しているため、学校にも行けず友達もいなかった。
することといったら、本を読む、テレビを見る、睡眠をとることしかできなかった。
テレビ番組でスポーツを見ては、自分も人並みに運動したいと、常に思っていた。

そんなある日のこと、由乃は何かに圧し掛かられているような感覚に目を覚ました。
そこは、当たり前だが病院のベットだった。
眠気眼でお腹の方を見ると、そこには自分と同じ年くらいの少女が由乃のお腹の上で眠っていた。

(この子、誰だろう?)

由乃は、長い入院生活の中で初めて見る女の子だった。

(こんな子、入院していたかな?)

しばらく、女の子を見て考えていたが、やはり分からなかった。
起こそうか迷っていると。

「んっ、うぅん・・・」

顔をこちらの方に向けて、そのまま眠り続けている。

(あっ、可愛い)

その容姿は、同年代の由乃が見ても可愛いと言わせる程だった。
寝顔は、笑みを浮かべ、まるで天使のような寝顔。
由乃は、少女が起きないように気をつけながら身を起こすと、少女の髪を撫でながらその顔を眺めるのだった。

一時間程たって、ようやく少女が目を覚ました。

「んっ・・・。ん??」

少女が、目を擦りながら辺りを見回している。

「目が覚めた?」

由乃は、少女の行動に微笑みながら問う。

「ごめんね、由乃ちゃんの寝顔を見ていたら眠くなっちゃって」

てへっ、と悪戯したのを見つかったみたいな顔をしているが、その顔がまた少女には似合っていた。

(んっ??)
「あなた、何で私の名前を知っているの?」
「ん?・・・あぁ〜〜、だってそこに書いてあったから」
(えっ?)

由乃が振り返ると、確かにベットの上のネームプレートに「島津 由乃」と書いてあった。

「なるほど、確かに・・・。」
「でっ、あなたのお名前は?」
「私?えっとね〜私の名前は・・・」

そのとき、「やっと見つけた!!」と叫びながら、看護師さんが入ってくる。

「あっ、まずい!?」

少女が慌てだした。

「えっ?どうしたの??」
「ごめんね。また今度!!」

っと言うと少女は風のように去っていった。

「こら〜〜!!待ちなさい!!」

看護師さんも少女を追いかけていく。

「・・・」

由乃は唯呆然と、少女と看護師さんを見送るしかなかった。


1時間程たった後、母がいつものように見舞いに来た。

「今日も元気?」

母がそう問いかけながら、病室へと入ってくる。
しかし、気づいていないのか由乃の反応が無い。

「どうしたの?」
「えっ!?」

そこでようやく母が来たことに気がついた。

「いらっしゃい」

母は由乃の顔を見て驚いた。
いつもだったら、ムスッとしているか、無表情のどちらかだが、しかし今日に至っては、何処かしら楽しそうな表情をしていた。

「どうしたの?」
「うんん・・・、それより何か良いことあったの?」

母が問いかけると、由乃は目を瞬かせた後、「うふふふ」と笑い出した。
そして、一言

「内緒」

と言ったのだった。
それを聞いた母は

「そう」

っとこちらも一言だったが、優しく温かみのある微笑を由乃に向けるのだった。


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