【3388】 天の信念いつまでも  (ex 2010-11-18 21:51:03)


「マホ☆ユミ」シリーズ   「祐巳と魔界のピラミッド」 (全43話)

第1部 (過去編) 「清子様はおかあさま?」
【No:3258】【No:3259】【No:3268】【No:3270】【No:3271】【No:3273】

第2部 (本編第1章)「リリアンの戦女神たち」
【No:3274】【No:3277】【No:3279】【No:3280】【No:3281】【No:3284】【No:3286】【No:3289】【No:3291】【No:3294】

第3部 (本編第2章)「フォーチュンの奇跡」
【No:3295】【No:3296】【No:3298】【No:3300】【No:3305】【No:3311】【No:3313】【No:3314】

第4部 (本編第3章)「生と死」
【No:3315】【No:3317】【No:3319】【No:3324】【No:3329】【No:3334】【No:3339】【No:3341】【No:3348】【No:3354】
【No:3358】【No:3360】【No:3367】【No:3378】【No:3379】【No:3382】【No:3387】【No:これ】【No:3392】+アフター【No:3401】

※ このシリーズは一部悲惨なシーンがあります。また伏線などがありますので出来れば第1部からご覧ください。
※ 4月10日(日)がリリアン女学園入学式の設定としています。

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〜 最終決戦 〜

「余が不死であることを知ってなお挑むと言うのか? おろかな娘よ」

 あきらめにも似た表情でソロモン王が呟く。

「余の行動すべてが正義である。 余の戦いは常に聖戦である。
 余が君臨する世界。 それは不幸も無く余に従うすべての人民が幸せに暮らす理想郷である。
 なぜそれがわからぬ。 寛大なる余もいつまでも暴言を無視することは無いぞ!」

「あなたの理想論は、あなただけのものでしかない、とわからないのね?
 ねぇ、ソロモン王。 人は死ぬものなの。 だから一度きりの人生を悔やむことなく生きようとするんだ。
 それにね。 自分の意志がなくなった世界で生きたとしても、それは牢獄の中で生きるのと一緒なんだよ」

 その強大なまでの威厳に満ちた王のオーラを受けてなお、毅然と言い放つ祐巳。

「そうか・・・。 愚か者には愚か者なりの理屈がある、ということだな。
 よろしい。 汝らには永劫の闇を与えよう。 転生もかなわず深き闇の底で永劫に苦しむ生を与えよう」

 ソロモン王は、脇に控える二人の魔王に何事かを語る。
 静かに頷いた二人の魔王は玉座のそばを下り、部屋の片隅へと移動する。

「へぇ、自分ひとりで戦うつもり? そっちの二人の魔王に戦わせるんじゃないの?」
 聖が挑発するようにソロモン王に声をかける。

「ふふふっ。 その二人に戦わせたら簡単に汝らを殺してしまうのでな。
 言ったであろう。 永劫の闇を与えると。 余に逆らった罰だ。 無様に這い蹲り闇の底へ落ちよ」

 ソロモン王は一声聖に声をかけると、玉座から立ち上がる。

 と・・・、次の瞬間、玉座からふわりと舞い降りたソロモン王は殺気を全く感じさせないまま右手に握った細い杓杖を振るう。

「デス・タッチ」

 それは、10年以上前、祐巳の父母を闇の底に落とした呪文。
 ソロモン王は杓杖に暗黒の呪文を乗せ聖を襲う。

「あぶない!」
 志摩子が真っ青になって叫ぶ。

「心配は要らない。 この程度、わたしにかすりもするものか」
 ”風身” でその死地から脱した聖が志摩子の隣に立って言う。

「でも、危険な攻撃だね。 あの杓杖には一切触れないほうがいい。 あれだけは受けちゃダメだ。 かわし続けるんだよ」
 聖は志摩子にアドバイスをおくる。

 志摩子の剣術はどうしても、相手の攻撃を受けてからの反撃を常とする。
 それが、この杓杖からの攻撃は受けてはならない、そう、聖は言っているのだ。

(攻撃は受けないでかわす・・・。 まさか・・・。 蓉子さまの動き・・・。 このためだったの?)
 志摩子は先ほどまで戦っていた蓉子の体裁き、攻撃手順を思い出す。

(蓉子さま、見ていてください! 蓉子さまの剣技、しっかり受け継いで見せますっ!)
 志摩子の心に炎が宿る。

「とりあえず遠隔攻撃で援護する。 隙を見て斬撃を叩き込んでみよう」
 聖は、ソロモン王から眼を離さず志摩子に言う。

「え・・・。聖さま、遠隔攻撃・・・って?」
 聖の武器は短剣。 しかも得意なのは近接戦闘である体術のはず。 志摩子は一瞬耳を疑った。

「ふふっ。 わたしの『セイレーン』は、まともな短剣じゃないからね。 こんなこともできる・・・ 『デトネイター・サイクロン!』」

 聖は、セイレーンの指輪と腕輪をつなぐチェーンを一気に引き伸ばし、すさまじい回転を与えながらソロモン王に突き出した。
 そのとたん、セイレーンから細く強大な竜巻が生まれ、まるで鞭のようにしなりながらソロモン王を切り裂く。

 聖のもつ唯一にして最大の遠距離攻撃奥義。

「わたしは ”疾風” どう、風の刃の切れ味は?」

 ソロモン王の体は、風の刃によりずたずたにされ、まるで土くれのように崩れ去る。

 しかし・・・ものの2,3秒もしないうちにその体は再生され、何事もなかったかのようにその場に存在する。

「なるほどね・・・。 蓉子が倒すのをあきらめるはずだわ。
 やはり、物理攻撃は全く効かないか」

「ようやくわかったか。 愚かな者どもよ。 余に逆らうなど無駄なことだと思い知れ!」
 ソロモン王は、再び杓杖を振るい聖に襲い掛かる。

「そうは言ってもねぇ・・・。 ねぇ王様、あなたの攻撃、ぬるすぎだよ。
 わたしたちもあなたを倒せないけど、あなたの攻撃もちっとも当たらないよ?」

 聖は ”風身” でかるく攻撃をかわしながらソロモン王を挑発する。

「ふむ・・・。 上手く行かないものだな。 まぁよい。 余には無限の時間がある。
 そして、汝らは無限の時に押しつつまれ無残に果てる。 それこそ時間の問題だ」
 ソロモン王は慌てるでもなく、余裕の表情で聖の挑発を受け流す。

「そりゃそうだ。 でもあなたはさっき一度死んだ。 そうでしょ?
 こっちの都合もあるんでね。 あなたには何度も死んでもらう。 行くよ、志摩子!」

「はい!」
 志摩子は聖の声が掛かると同時にソロモン王へ肉薄する。
 それは、聖が遠距離攻撃で援護してくれるのを確信しての突撃だった。

「絶・螺旋撃!」 「デトネイター・サイクロン!」

 聖の竜巻状の刃がソロモン王の腕を切り落とし、志摩子の 『理力の剣』 がソロモン王の頭蓋骨を粉砕する。

「ほ〜ら、又死んだ」
 聖が馬鹿にしたように笑う。

 しかし、志摩子が地面に着地したとたん、すでにソロモン王は復活を果たす。

「無駄、無駄、無駄、無駄ー!!」
 ソロモン王は激怒しながら杓杖を振り上げる。

 しかし、その都度、聖の風の刃に切り刻まれ、志摩子の剣で叩き潰される。

「すごい力を持ってることは認めるよ。 ソロモン王。
 だけどね、ここまで来る途中にあった魔王のほうが、よっぽどあんたより強かった!」

「ふむ、やむを得んか・・・」

 聖と志摩子に、十回を超える死を与えられたソロモン王は、ツーッ、と後ろに下がる。

「愚かな者とはいえ、その溢れんばかりの覇気に免じ、余への無礼を許そう。
 永遠の苦痛の生を与えようと思ったがな。 では、一瞬の死を与えることにしよう」

 ソロモン王の指に飾られた豪華な宝石に光がともる。

「ドライ・ハンド」
 その大きな腕を天にかざしたかと思うと、ソロモン王は志摩子に向かって飛び掛り、腕を上空から叩きつける。

 バシャッ! とまるで水面を叩きつけたような音。
 志摩子がその攻撃を間一髪かわしたその場が・・・。 硬い漆黒の鉱物でできた床が一瞬にして砂に変わる。

 そして、次の瞬間、杓杖で、志摩子の胴を薙ぐ。

「あぶない!」 と、聖が叫ぶより早くその場から半歩バックステップし、攻撃を避ける志摩子。

「蓉子さま直伝、寸距の見切り。 蓉子さまの攻撃に比べたらこんな攻撃、なんでもないわ!」

 志摩子の顔にも自信が浮かぶ。
 何ヶ月も祐巳と修行してきたのだ。 これくらい出来て当然。
 しかも、死を決意した蓉子に先ほどまでその身をもって薫陶を受けたのだ。

「あなたの武力、わたしには及ばない! 『利剣乱舞!』」

 志摩子の最強の攻撃がソロモン王を切り刻んでゆく。

 切り刻まれ、復活し、またも切り刻まれる。

「志摩子! 無茶だ! 体力を温存しろ!」
 
 休む間も無く剣を振り続ける志摩子に聖はあわてて声をかける。

「聖さま・・・」
 と、これまでまったく攻撃もせず、魔法を使うでもなく戦況を見つめ続けていた祐巳が声をかける。

「わたし、わかりました。 決着の方法が・・・。 作戦どおりお願いします」
 静かな・・・ほんとうに静かな祐巳の声。

「うん・・・。 わかった。 とりあえず志摩子を止めよう。 『ローズ・オブ・ヘブン』」
 パチン、と聖が指を弾く。

 ザーッと音がしたかと思うと、白薔薇が咲き乱れ、志摩子の体を覆い尽くしたかと思うと聖の傍らに引き寄せた。

「うわ・・・。 聖さま! なんてことするんですか!」
 と、驚いた声で志摩子が抗議する。

「いやね。 ちょっとしたイリュージョン。 綺麗だったでしょ?」
 と、こんなときだと言うのにニカッと笑う聖。

「祐巳ちゃんの準備ができた。 わたしたちは急がないといけないな。 じゃ、プレゼント作戦決行!」

 聖がわざと軽薄を装い、パチン、と指を弾く。

 その瞬間、どこにタネを仕込んでいたのか、3色の薔薇の花束がソロモン王、アガレス、ウェパルの目の前に現れる。

「それは、あなた達へ死をプレゼントする前のほんの心付け。 遠慮しないで受け取ってね」
 と、聖がソロモン王とその側近に花束を渡した瞬間・・・

「『ナウマク・サンマンダ・ボダナン・バルナヤ・ソワカ』・・・八大竜王・水流覇!!」
 祐巳が龍索印を結んで水天ヴァルナの力を使い、八大竜王を同時召還。
 
 ソロモン王の謁見の間は、ゴゥゴゥと耳を劈くばかりの水流の音。 その水流は壁にかけられた無数の松明を濡らしすべて消し去る。

「ルーモス・マキシマ!」
 『フォーチュン』 から生み出された太陽のように明るい光玉が天井に打ち上げられ、あたりを昼間のように明るく照らし出す。

 ボフッ、とくぐもったような音・・・。

「志摩子!今だ!!」
 麻痺薬を爆破させた聖の掛け声。 

「ホーリー・バースト! 秘技『影縫い・五色龍歯』っ!」

 バババババッ、バババババッ、と2回の音。 江利子直伝の技がアガレス、ウェパルの二人の魔王の動きを止める。

「ふん・・・。 小賢しい真似を・・・。 もともとそこな二人の魔王に手は出させる気は無いと言うのに。
 汝らなど、余一人で十分だ」

「ソロモン王・・・。 あなたこそこれで終わりです。
 カビの生えたような選民思想。 それを持って魔界にお帰りなさい。 
 それと、一つ教えておきましょう。 現代はね、民主主義、っていう世界なのよ。
 そこに、王様だとか、貴族だとか、生まれながらの身分の差なんて無いんだ。
 独裁者は要らないんです。 すべての人間が尊重されるの。
 一人の王様の下に人民がひれ伏す世の中じゃないの。
 わたしたちはね、みんなが王様なんだ。 自分と言う領地を持つたった一人の王様。
 だからみんな、シャン、と胸を張って生きているんだ。
 ”生きて” いるんだよ。
 あなたの世界は ”死” の世界だ。 わたしたちは、”生” を守るため ”死” と戦う!」 

「言うではないか、小娘・・・。
 だが、そんな大口は余の前から生きて帰ってから言うことだな」

「もちろんそのつもりです、ソロモン王」
 冷静に答える祐巳の額に脂汗が浮かんでいる。

 祐巳はソロモン王と話しながら、頭の中で複雑な演算を組み立てていた。
 それは、あまりにも膨大すぎる構成の魔導式を同時展開させるもの。

 複雑な魔導式をジグソーパズルのように組み立てながら、それでもしゃべることをやめない祐巳。

(この演算が終わるまでソロモン王の攻撃は受けちゃダメだ・・・。
 この場所から一歩でも動いたら魔導式が壊れる。 なんとか耐えなくちゃ・・・)

 幸いなことに、ソロモン王は話をしている間は襲ってこない。
 それが祐巳の狙いだった。

「人間はいつか死にます。 それが自然の摂理だからです。 死ぬことこそ完全な人間の証。
 あなたがわたしたちに与える、といった 「永遠の若さ、永遠の生命」 をもつ体になっても、それはすでに人間じゃない」

「馬鹿なことを。 死なねばならぬ人間が永遠に生きられるのだぞ! それこそより上位の種になること。 
 高みに上がることなのだ。 進歩することを止めた人間こそが完全だと? それこそ堕落だ」

「わたしはね、あなたの言っている意味がわかったんだ。
 永遠の若さを持つもの、それは人間じゃない。 じゃ何? それは死者でしょ?
 あなたは、生きた人間を屍とし、それを操って動かしている。 その時間に縛り付けて。
 どう? 正解でしょ? 
 そして魔界に落ちたあなたもそう。 3千年前にその頭脳も精神も縛り付けられている。
 だからいくら体を破壊しても精神が3千年前に縛られたまま存在し続けていて復活するんだ。
 ・・・。
 たいした精神力なのは認めます、王よ。
 精神を残し、肉体を復活させる呪法を完成させたその頭脳にも敬服します。
 でも、ほんとにこれが最後です」

 しゃべり続けていた祐巳の体がふらつく。

 あまりに難解で精密な演算に頭脳が耐え切れなくなっていた。
 精神力だけで立っているが、それもほぼ限界に近い。

(まだだ・・・まだ・・・。 志摩子さん・・・助けて!)

 それは、テレパシーだったのか。
 
 すでに口がきけなくなってしまった祐巳を見てソロモン王の顔に冷酷な笑みが浮かぶ。

「言いたいことはそれだけか? 愚かな小娘よ。 
 いや、余の呪法を見抜いたのは汝が始めてだ。 それに敬意を払い余の最大の技で黄泉へと送ってやろう」

 ソロモン王の両手にはめていた指輪が光り始める。

「ホーリー・バースト!」
 いきなり志摩子がソロモン王の頭を弾き飛ばす。

「志摩子さん、聖さま、1分でいい!! 耐えて!!」
 祐巳が必死で叫ぶ。

「OK!! 任せなさい!! うぉぉぉおおお! デトネイター・サイクロン!」
 聖が再び強力な竜巻で復活しそうになっているソロモン王を切り刻む。

「ホーリー・バースト! 刹那五月雨撃ち!」
 志摩子は江利子から最後に直伝を受けた技でソロモン王を撃ち続ける。
 
 その時、祐巳の足元に巨大な魔法陣が現れ始めていた。
 その魔法陣から上部へ眩いばかりの光の粒子が立ち上っている。
 
 その中心に居る祐巳は・・・。 祐巳の髪の毛の色が抜け落ちていく。
 もともと、やや色素の薄めだった髪が茶色から金髪を通りこし、白く脱色していく。

(脳が焼け付くように熱い・・・)
 
 これまでも、恐ろしく複雑な演算はこなしてきた。 だが今回の魔導式はレベルが違う。

 なにせ、3千年の時を超え、その場にとどまるたった一人の人間の精神を探し出さなければならないのだ。

(えへへ・・・。 わかっちゃった・・・。 これでチェックメイト・・・。
 でも、あとで志摩子さんに泣かれちゃうかなぁ・・・。 どうしよう?)

 ふっ、と祐巳がため息をつき、強大な呪文のための詠唱を始める。

「永劫の時を遡り我は求め訴える。 その者の精神を悼み、尊厳を持って埋葬しよう。
 眠りという名の安息をもたらすために。
 闇の精霊シェイドよ。我が前に道を示せ。汝の領域に踏み込むことを許せ。
 我が敵の心に潜み給え。 その意思を挫かんがため。
 永遠の精神の牢獄。 わが瞳を持って贖おう」

 祐巳は長い詠唱を終え、左手に持つフォーチュンを魔法陣の中心に突き立てる。
 硬い鉱物でできた床に深々と突き刺さる 『フォーチュン』
 
 祐巳の詠唱を受け、最大の魔力を込められたフォーチュンの柄に組み込まれた宝石がサーモンピンクの光を放つ。

「志摩子さん、手を貸して!!」

 真っ白に変色した髪、そしてなぜか片眼を瞑ったまま祐巳が志摩子に右手を伸ばす。

 その瞬間に、志摩子は祐巳が何をしようとしているのかわかってしまった。

「早く!!」
 祐巳が志摩子を怒鳴りつける。

「わ・・・。わかった!!」
 志摩子はあきらめに似た決意をこめ、祐巳ももとに駆け寄る。

「私の呪文と同時に宝石を割って! いくよ!!」 祐巳の叫び。 それに頷く志摩子。

「我が瞳を暗黒の牢獄に! ソロモン王!いきますっ!! 『ワープ・プリゾン!』 

 志摩子は 『理力の剣』 を振るい・・・ 『フォーチュン』 の宝石を叩き割った。

 ゴオォォォォオオォォォ・・・、と空気が振動する。
 祐巳を中心に描かれた魔法陣から大量の光の粒子と、さらに多い数の闇のかけら。

 部屋全体が振動し、ソロモン王を攻撃し続けていた聖のバランスが崩れる。

「祐巳・・・ちゃん、 志摩子!」
 攻撃が出来なくなった聖があせって二人に声をかける。 聖の目の前でソロモン王が復活を終える。

 しかし、復活したばかりのソロモン王の体に、砕かれた 『フォーチュン』 の宝石から生み出された光と闇の粒子がとぐろを巻く蛇のようにからみつき、その体を縛り上げる。

「むぅ・・・。 なんの真似だ! ふん! う・・・」
 ソロモン王は光と闇の粒子の縛りから逃れようとするが身動きが取れない。

 ソロモン王の体は光の粒子に縛られ、その体の中に闇の粒子が進入し始める。

「うぐっ・・・、ぐわぁあぁぁぁ」
 ついにソロモン王の口から苦しげなうめきが漏れる。

(まだ、足りない・・・。 光の精霊よ、闇の精霊よ、もっと力を貸して!)

 祐巳は右手に持つ 『セブン・スターズ』 で、まるで数字の8の字を横にしたようにな形を宙に描き始める。
 セブンスターズの両端にはめ込まれた光の宝玉と闇の宝玉が呼応しながら共鳴を始める。

 それは、祝部神社に古くから伝わる巫女舞、 『剣の舞』 であった。

 祐巳の舞が次第に熱を帯びる。
 祐巳は魔法詠唱を再度繰り返しながら舞い続ける。

 祐巳の魔法陣がさらに輝きを増し、ソロモン王の体内に大量の闇の粒子が入り込んでゆく。

 しかし、その時、宙に浮かんでいた 『ルーモス・マキシマ』 の明かりが力を失い、次第にぼやけてきた。

「まずい! タイムリミットだ!!」
 聖の顔に絶望が浮かぶ。

「聖さま! まだです! わたしたちが祐巳さんを守らないと!!」
 志摩子が叫ぶ。
 
 部屋の中は、祐巳の魔法陣とそこから伸びた光の粒子でまだ明るい。
 だが・・・ 。 部屋の隅で志摩子の 『五色龍歯』 で縫い付けられていた二人の魔王が動き出す。

「よし、わたしが ”アガレス” の相手をする。 志摩子は ”ウェパル” をお願い! ただし、絶対殺しちゃダメだ!!」

 聖と志摩子は、最後に残った大地の神と海の神に戦いを挑む。

 しかし、相手を倒してはならない戦い。 間違っても祐巳に攻撃をさせないような戦い。
 それをここに来てこなさなければならないのだ。

 聖の疲労は大きい。
 『デトネイター・サイクロン』 は本来決め技として、戦いの最後に一回きり、のつもりで使う技。
 その奥義をもう何発も・・・何十発も打ち続けている。
 正直、立っているのが不思議なくらいだった。

 だが、そんな状態でも聖の闘志は衰えない。 セイレーンを振るい、アガレスの攻撃を凌ぎきる。

 一方、志摩子は不思議な高揚感の中に居た。

(わたしが祐巳さんを守る! 今度こそ、本当の意味で守るんだ! 絶対に負けはしない!)
 
 志摩子の 『ホーリー・ブレスト』 が純白に輝き、背に大きな羽が広がる。

 ウェパルの攻撃を間一髪でかわす。 剣の腹で突き出された腕を弾き落とす。
 ウェパルの魔力により巻き起こされた水流を志摩子の羽が叩き落とす。

 凄絶な防衛戦。 つらい戦いのはずであるが、聖と志摩子はこの戦いに喜びさえ見いだしていた。
 「祐巳を守る戦い」である。
 守るための戦いがここまで精神を高揚させるとは思ってもみなかった。

 大事な人を守る、その気持ちがいつもより遥かに強い力を生んでいるのだ。

 そしてその防衛戦が佳境に達した時 ・・・  ドンッ!! と大きな音。

 祐巳の 『セブン・スターズ』 の一方の端、闇の宝玉から伸びた一条の鎖がソロモン王の体を刺し貫いたように見えた。

「囚われの魂に安らぎあれ・・・ 『スピリット・ブレイク・アイ!』」

 祐巳が 『セブン・スターズ』 を躍らせる。
 光の鎖と闇の鎖が今度は祐巳の体を取り巻き、収束していく。

「ぐぅ・・・。 ううぅぅぅ・・・・」
 それは、苦痛をこらえる祐巳の呻き。
 ボトリ・・・と小さな音がし、真っ黒な小さな球が祐巳の手のひらに落ちる。

 ずっと、片目を閉じたまま呪文の詠唱を行い、セブンスターズで 『剣の舞』 を舞い続けた祐巳が片膝をつき、開いていたはずの瞳から真っ赤な血が零れ落ちていた。

 ・・・ そして、その先・・・

 ・・・ 祐巳のセブンスターズから伸びた闇の粒子に刺し貫かれていたソロモン王の体は・・・

 ・・・ 土くれのように瓦解し・・・

 ・・・ 二度と復活することは無かった。

「祐巳さん!!」
 尋常ではない祐巳の様子を視界の端に捉えた志摩子は、ホーリー・ブレストの翼をはためかせ、祐巳のもとまで一直線に飛び、その体を抱きかかえる。

「えへへ・・・。 志摩子さん、終わったよ・・・。 ここ、もう持たない・・・。 早く逃げよう」
 祐巳の片目からはおびただしいまでの血が流れ続けている。

「わかった! 妖精王のリングで飛ぶわ! しっかりつかまって! 聖さま、こちらに!!」

 志摩子の叫びを聞いた聖は、一気に ”アガレス” から距離をとると右腕に志摩子、左腕に祐巳を抱きかかえ、 ”風身” で駆け抜ける。

 志摩子は聖に抱き抱えられながらピラミッドの入口に設置した定点ポイントをイメージすると、その場から一気に転移した。

 3人の消えたソロモン王の謁見の間に取り残されたのは、大地の神、魔王・アガレス。 そして海の神、魔王・ウェパル。

 ソロモン王の体は既に土くれと化し、もうどこが頭でどこが体であったかすらわからない。

 アガレスとウェパルは、顔を見合わせ思わず笑いあう。

 彼らを縛っていたソロモン王はもう居ない。

 3000年ぶりの自由を手にした二人は、地上に浮かび上がらせていたピラミッドの固定呪文を外す。

 暗黒ピラミッドは静かに魔界へと落ちていった。



 ピラミッドの入口に設置された定点ポイントにワープした志摩子たち三人。

 ワープを終え、その場に倒れこんだ三人は、巨大な腕に抱きかかえられ、地上に引き上げられた。

 その瞬間、ピラミッドの上空で稲光が光る。

 ゴゴゴォォォオオオオ・・・! と地響きを伴う大きな揺れ。
 その揺れに飲み込まれるように、暗黒ピラミッドが地下へと落ちてゆく。

 聖、祐巳、志摩子の三人を巨大な腕で引き上げたものは、三人を抱きかかえたまま池の底から一気に公園内に設置された仮設の騎士団本部に飛んだ。

 その者、姿は巨大なライオン。 そして祐巳の忠実な僕となったマルバスであった。

「マルバス・・・。 無事でよかった・・・。 あり・・が・・と・・・」
 祐巳は小さな声でマルバスに礼を言うと意識を手放した。

 聖はすでに気絶している。 無理も無い・・・。 体中の筋肉が悲鳴を上げ続けた中で戦い抜いたのだ。

 志摩子は気を失った祐巳を抱きかかえ、祐巳の瞳に手をかざす。

「マルバス! 祐巳さんの瞳から血が止まらない! なんとかして!!」

「ワカッタ。 ダガ・・・コレハ・・・」
 マルバスは人間の姿に変わると、その右手に青白い球体を生み出し、祐巳の瞳に当てる。

「コレデ、血ハ 止マッタ。 スグニ 治療ハ 終ワル。 ダガ、コノアト オマエハ 悲惨ナモノヲ 見ルダロウ」

 志摩子は、血の止まった祐巳の顔をハンカチで拭う。

 しかし、祐巳のまぶたの上を拭いたとき・・・。 絶望的なことに気づく。

 祐巳の左の瞳があった場所は・・・・・・ ポッカリと、虚が開いたように落ち窪んでいた。


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