【選択権のない主人公蓉子】
会議室にマリみてのキャラクターが勢ぞろいしていた。
蓉子は縄でぐるぐる巻きにして縛られていて、他の人は輪になっている。
「えー、今日は蓉子シバリSSの詰め合わせです。内容は作者曰く『誰得で非日常的な内容のため、あなたの蓉子さまへの愛が試されます』だそうです」
司会進行なのか聖が仕切っていた。
「ちょっと、なんで私のこと縛り上げて勝手に変なこと決めてるのよっ! シバリってこういう意味じゃないでしょ!」
もちろん蓉子は黙ってはいない。
「では、皆さん演目をくじを引いて決めてください」
しかし、スルーされた。
「待ちなさいっ! なぜみんないそいそとくじ引いてるのっ!! 祥子、縄を解きなさい!」
「お姉さまと夫婦役か恋人役ある演目は……聖さまっ、姉妹じゃないんですから自重なさってくださいっ!!」
祥子は最近自分の欲望に正直になりました。こらっ!
「祐巳ちゃん! この縄をほどいてっ!!」
「あの、肉体的な接触ができる演目はどれですか?」
誤解されるようなことを言わないで、祐巳ちゃん。
「くじの中身選んだりできないから」
「ちょっと、私の話を――」
「折角だから濃厚に絡める役がいいですね」
「18禁はないんでしょう。じゃあ、適当でいいわ」
「あれ? セミヌードあるヤツどれだっけ?」
「あれは殺人シーンがあるからやめたんでしょう?」
「キーがキーだから12禁ぐらいまではOKですよね」
「あー、私の出番はどうなるんです」
……マリア様、私はどうなってしまうんでしょう。一発目なのに帰りたくなりました。というより、帰らせてください。
【蓉子さまのお言葉】
「聖とか祥子の詰め合わせキーがでたら同じ目にあわせてやるっ!」
【封印を解かれし蓉子】
南米のピラミッド。
探検家の築山三奈子はついに暗号を解読し最深部に辿り着いた。
「ここが隠し部屋……」
「ええ。噂では聞いていましたが、まさか本当にあるとは……」
同行している考古学者の武嶋蔦子が答えた。
「早く行きましょう」
助手の山口真美が急かす。
「待って。トラップがあってもおかしくない。今こそ慎重にことを勧めるべきだよ」
地元ガイドの支倉令が逸る三人を諌める。
「じゃあ、最後の暗号文の確認を。お願い」
「はい。『冬至の夜、天窓より見えるサザンクロスが南中した時、延長線にある紅い石を天側から左回りに叩け』」
真美が読み上げ、三奈子が三人を残して慎重に隠し部屋に入る。
「い、いくわよ」
ドキドキしながら見守る三人。
順番に紅い石を叩く三奈子。
――ゴゴゴゴゴ!
「な、何!?」
「トラップだったか?」
隠し部屋の奥の石が崩れ落ち、中から水野蓉子が出てきた。
「お待ちしておりました。私が水野蓉子です」
恭しく水野蓉子は臣下の礼をとった。
「おおっ、これが伝説の水野蓉子!」
「我々は、ついに水野蓉子を手に入れたんですね!」
はしゃぐ三奈子と真美。その時。
――バキュン!
部屋に響き渡ったのは銃声。
蔦子が銃を天井に向けて撃ち、令が剣を構えている。
「ど、どういうこと!?」
「そこまでです、築山三奈子。大人しく水野蓉子を私たちに渡しなさい」
口元をゆがませて銃口を向ける蔦子。
「ま、まさかあなたたちは――」
「そう。我々は水野蓉子を手に入れるため考古学者とガイドに扮してここまで来た。さあ、大人しく渡してもらえば命だけは助けてやる」
剣を向け迫る令。
「だ、誰が渡すものですかっ! 水野蓉子っ! この二人を倒して!」
三奈子が命じた。しかし。
しーん。
「ちょ、ちょっと。水野蓉子。早く助けてよ」
真美が言う。
「取扱説明書に書いてある通りにしてください。実行できません」
水野蓉子はそう答えた。
「と、取扱説明書?」
仰天する三奈子を蔦子は嘲笑う。
「私はちゃんと『水野蓉子』サイトにアクセスして、取説のPDFファイルをDLしてプリントアウトしてきました」
取説を見せる。
「そんなものがあったとは!」
「伝説なのにそんなものがあったなんてびっくりよ」
「取説に従って命じましょう。『水野蓉子、あなたの四時方向から五十cmの位置にいるポニーテールの築山三奈子の首の骨をへし折り、そこから三時の方向にいる七三の山口真美の呼吸を停止させなさい』」
蔦子は命じた。しかし。
しーん。
「あれ?」
「お、おかしい! 取説のとおりなのに!!」
すると、水野蓉子は蔦子の手から取扱説明書のプリントをひったくり、あるページのある行を見せた。
『……伝説の水野蓉子は必ずあなたの命令を忠実に実行してくれます。ただし、命令できるのは人並み以上の美少女に限ります』
「ちょっと、待ちなさいよーっ!!」
四人が絶叫したのは言うまでもない。
【蓉子さまのお言葉】
「これ、私じゃなくてもよくない? SRGでもいいでしょ」
【子供なのに紅薔薇さまの蓉子】
リリアン女学園。
スカートのプリーツは乱さないように、白いセーラーカラーは翻らせないように、ゆっくりと歩くのがここでのたしなみ。
この高等部の生徒会は紅、黄、白の三薔薇によって運営されている。
「ごきげんよう」
会議室に入ってきたのは三薔薇の一人、紅薔薇さまこと水野蓉子九歳である。
超天才児の彼女は飛び級で高等部への編入を許され現在三年生である。
「ごきげんよう、お姉さま」
そういうのは小笠原祥子十七歳。
歳も背も彼女の方が上だが、蓉子を姉と慕っている。
よいしょ、と椅子によじ登ろうとする蓉子を祥子はさりげなくエスコートして優雅に座らせる。
「紅茶になさいますか」
「ありがとう」
お気に入りのオレンジペコをもらい蓉子は上機嫌だ。
「では始めましょうか」
一緒に薔薇さまを務めているのは鳥居江利子十八歳、佐藤聖もうすぐ十八歳の二人である。
学年は一緒で、二人とも歳の差を気にせず蓉子とは友達づきあいをしてくれる。
「今日は学園祭の台本を配ります。私が書いた『シンデレラ』です」
(九歳じゃ『シンデレラ』だよね〜)
聖は内心そう思ったが、蓉子の機嫌をわざわざ損ねるのは得策ではないと考え黙っていた。
全員がもらった台本をパラパラとめくる。
「お姉さま、王子のところの名前が違っていますが」
祥子がぎろり、と蓉子を睨みつける。
「その人は花寺学院の生徒会長さんです。王子さまの役をやってもらうことに決まっています」
「どういうことですのっ、私は聞いてませんわよっ!」
バシン、と机を叩いて祥子は抗議する。
「そんなに怒らなくてもいいじゃない。祥子のお姫さま見たかったんだもん」
「私が男嫌いと知っててこんなキャスティングをするなんて! 横暴ですわ! お姉さま方の意地悪っ!!」
ハンカチをビリビリに破いて、祥子は蓉子の前にそれを叩きつけた。
「そ、そういうことはいけないのよっ!」
一生懸命に怒ってみるが、般若のような形相の祥子にじりじりと追い詰められて、蓉子は扉を背にして立っていた。
「あっ、蓉子!?」
不意に扉が開いて蓉子は扉の外へと倒れて行き、そこにいた人とぶつかってしまった。
「いたたたた……」
「ご、ごめんなさい」
蓉子は慌てて避けた。
「へ、平気です」
ぶつかったのは人懐こそうなツインテールの少女だった。たぶん一年生だろう。
「あなた、お名前は?」
「一年桃組、福沢祐巳です」
「漢字でどう書くの?」
「福沢諭吉って知ってる? その福沢に、片仮名のネの横に右って書いた字で祐、巳年の巳で福沢祐巳」
「全部わかるわ。福沢祐巳さんね」
「うん。よろしく」
「ちょっと、あなた。紅薔薇さまは三年生よ! 口のきき方に気をつけなさい!」
横で見ていた祥子が強い口調で叱る。
「あっ、そうでした! 失礼しました」
思い出したように祐巳は慌てて非礼を詫びた。
「いいわよ、別に慣れてるから。それより、お姉さまはいる?」
「へ?」
「ねえ、山百合会に入ってお友達になる気はない?」
「お、お姉さま?」
「祥子、この子妹にしようよ」
蓉子は祐巳を指差していった。
「な、何言ってるんですかっ!」
祥子と祐巳がハモる。
「だって。この子気に入ったんだもん」
「お姉さま、そういう問題では――」
蓉子は祥子のポケットからロザリオを引っ張り出した。
「え?」
そして、祐巳の首にかけた。
「え?」
「これで姉妹成立!」
唖然とする二人。江利子が蓉子に言った。
「蓉子、そのやり方じゃ蓉子が祥子と姉妹でいるのをやめて、祐巳ちゃんを妹にしたことになっちゃうよ」
「うわあ、どうしよう」
蓉子は涙目で江利子を見ている。
「とりあえず、祐巳ちゃんから返してもらって、もう一回祥子にかけたら?」
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
(こういうところが九歳だな)
聖はこれからの行く末に不安を感じながら紅薔薇ファミリーを温かい目で見守るのだった(見守るだけで何もしないけど)。
【蓉子さまのお言葉】
「祥子がどういう経緯で九歳の姉を選んだのかが気になるのは私だけ?」
【不良になった蓉子】
埠頭で真っ赤な特攻服をまとった蓉子が仲間を引き連れて仁王立ちしている。
そこにバイクに乗ってこれまた真っ赤な特攻服を着た祥子が仲間を引き連れて現れた。
「お呼びでしょうか」
「祥子〜っ!!」
叫びながら突進し攻撃をしかけると、祥子はそれをかわした。
「……何ですの。私、今夜は鎌倉の方まで走ろうと思っていましたのに」
祥子はブツブツ言っている。
「あなたね。男嫌いだからって理由だけでこちらの配下の『魔夷祁琉釈尊(まいけるしゃくそん)』を全滅させるって、なんなのよっ!」
鉄パイプで殴りかかるが、祥子はそれを真剣白刃取りの要領で受けた。
「ご自身の配下の軟弱ぶりを責任転嫁してわざわざ呼び出すとはウザくってよ! 一つ年上だからと言って調子に乗るの、およしになったら?」
押し合いの隙に祥子の足が出たが、それをかわして蓉子は間合いを取る。
「何がウザいよっ! 今日という今日はケジメをつけさせてもらうわよ!」
「はあっ? タイマンで私に勝てると思ってらっしゃるんですの? 私は『真出霊羅(しんでれら)』の総長として北関東をシメているんですのよ。見くびられては困りますわ」
「こっちだって『捕婁血威弐(ぽるちいに)』の総長として南関東をシメてるのよ。ちょうどいいわ。ここで白黒はっきりつけようじゃないの」
「メンチをお切りになりましたわね。もう、許せませんわ!」
こうして二人はタイマンの殴り合いを始めるのであった。
※このお話に出てくる団体は架空のものです。
【蓉子さまのお言葉】
「『捕婁血威弐(ぽるちいに)』のメンバーは団体名に納得しているのかしら?」
【革命の露に消える蓉子】
むかし昔。ある腐敗した専制君主国家があった。その国の女王は祥子といった。国内には革命の兆しがあった。
祥子には紅薔薇の騎士と呼ばれる者と蓉子ががかしずいていた。
「蓉子さまは陛下をお守りください。私は民衆と剣を交えてまいります」
紅薔薇の騎士は王宮の外に出て革命軍に備えていた。
「蓉子、いるのでしょう?」
「はい、ここに」
祥子に呼ばれ、蓉子は跪く。
「私が信頼できる部下ももう紅薔薇の騎士とあなただけになってしまったわ。それでも私を君主と崇めているのであれば私の命令を聞きなさい」
「なんなりと」
恭しく蓉子は答える。
「これから国民たちが私の首を取りに来るでしょう。私という女王がいなくなればこの国は他の国から言いがかりをつけられて攻められるのは目に見えている。しかし、国民が一致団結すれば外敵に立ち向かえる可能性がまだ残っているわ。そのために私は国民すべてが手を取り合って立ち向かう敵となれるよう、憎しみを一身に背負って処刑されるつもりでいてよ。国のためになるのであれば命など惜しくはないけれど、一つだけ気がかりなことがあって……それは、紅薔薇の騎士よ」
「あの方であれば陛下を救出し、陛下の思惑を砕いてしまわれそうですから……邪魔をしろと?」
蓉子は聞く。
「いいえ。紅薔薇の騎士は私と一緒に死ぬ気でしょうが、紅薔薇の騎士だけは助けてちょうだい」
「なぜです?」
祥子は深い息をしてから言った。
「紅薔薇の騎士は私の腹違いの妹祐巳なの。身分卑しい娘の子だったため名乗り合うことは許されなかったのに、運命のいたずらか自らのことを知ってか、私を守るため祐巳は紅薔薇の騎士となってくれた。私のためならば祐巳は国民と刺し違えるかもしれないのだけれど、たとえそう呼べなくてもあの子はたった一人の私の妹。姉が妹を思って助けようとする事が罪だというのであれば私はその罪を犯す覚悟」
「わかりましたが、一つだけ条件があります。紅薔薇の騎士は自分が助かっても陛下が亡くなればその後を追うかもしれません。陛下が紅薔薇の騎士をそこまで思っているのであれば彼女のために身分を捨てて一緒にお逃げください」
「しかし、それでは――」
「私が陛下の身代わりとして国民を引きつけましょう。国境を超えるまでの時間稼ぎくらいはします」
写真などない時代、背格好さえ似ていれば簡単に身代わりになることは可能だった。
「……その条件でしか紅薔薇の騎士を助けられないのであれば、それを飲むことにするわ。ありがとう。蓉子」
「いいえ。陛下のお役に立てて嬉しく思っております。それでは陛下、ごきげんよう」
蓉子は祥子と衣服を取り替え、紅薔薇の騎士こと祐巳を呼びだした。
「紅薔薇の騎士。あなたはこれから王宮の隠し通路を使って陛下を連れ出し、一緒にお逃げなさい」
「えっ」
死ぬ気でいた祐巳は驚いている。
「これは陛下のご命令。陛下はあなたと共にあることを望んだのよ。陛下を大事に思うならば陛下を守り抜くため一日でも長く生きなさい」
「しかし、蓉子さまの格好は……もしや」
「その通り。私は陛下の身代わりとして処刑されて死ぬ運命。さあ、革命軍が来る前に早く!」
蓉子は急かした。
「お待ちください。蓉子さまが死んでしまうというのであれば、その前にどうしても言わなくてはならないことがあります。蓉子さま、あなたは私の腹違いの姉でしょう。お姉さまと呼ばせてください」
「そのことを知っていたとは……いいわ。ただし、祥子は私のことは知らないの。絶対に言っては駄目よ。祐巳」
「お姉さまっ!」
二人は一度しっかりと抱擁し、そして別れた。
祐巳は祥子の待つ女王の間へ、蓉子は革命軍を迎えうつ王宮のバルコニーへそれぞれ向かった。
その後、その国は君主のいない共和国となったという。
【蓉子さまのお言葉】
「別れた後、背格好の似た侍女を女王に仕立てて革命軍に寝返るって残念なラストになってたらどうしましょう」
【紅薔薇仮面の正体は蓉子】(【No:3105】【No:3169】のプロローグ)
蓉子が自宅に帰ると玄関が解錠されていた。
「え……」
慎重に家に入るとリビングのテーブルにケースに入ったDVDが置かれていて「見ろ」とメモが添えてある。
恐る恐るプレーヤーで再生すると室内のようだったが、高いところにある窓から光が入っているものの薄暗い。少し見ていると映像に両親が出てきた。
『我が娘よ。これを見てしまったということはお前も戻れなくなってしまったようだ。お父さんとお母さんは若い頃「青薔薇仮面」という怪盗だったのだ。結婚を機にこの世界から足を洗って慎ましく今日まで生きてきたのだが、今はこのザマだ』
父が淡々とそう言っていた。
ぐいっ、と父を押しのけて、仮面の男が映った。
『ふん。裏切り者どもめ。お前たちが勝手にいなくなり私がどんな目にあったか。お前たちに同じ苦しみを味わわせるのは簡単だがそんなつまらないことはしない。お前たちの娘に苦しみを味わわせてそれをお前たちに見せることにしよう』
『うう、なんて事を……』
母が涙ぐむ。
『これを見ているお嬢さんよ。両親の命が惜しければ次に映る画面の地図の場所に来て私の指示に従え。従わなかったり、警察に通報したら……』
仮面の男は首を掻っ切るジェスチャーの後、親指を下にむけた。
『お嬢さんの両親はこうなる。それでもいいというのであればそうしても構わない。だが、そんな事がお嬢さんにできるかな? では、地図を映すぞ』
地図は去年廃校になった小学校の跡地を指していた。念のためメモを取る。日付は明日となっていた。
『地図にも書いたが、待ち合わせの時間は二十四時間後だ。お嬢さんとのデートを楽しみにしているよ!』
仮面の男の高笑いとともにDVDは終わった。
夜になっても両親は帰ってこない。残り時間はあとわずか。
あんな仮面の男の言うことを聞いてはいけない。しかし、友人の家にはきっと網が貼られているだろう。
朝を待ち、蓉子は網が貼られていなさそうな知り合いに匿名で警察に相談してもらうことにした。
「もしもし、祐巳ちゃん?」
『あっ、蓉子さま。どうなさったんですか?』
「ごめん。ちょっと相談があるの。これからお宅に伺ってもいい?」
『ええ。いいですよ』
仮面の男をまくために、バスに乗らずにタクシーで遠回りをしてもらって年賀状の住所を頼りに福沢邸にやってきた。
「ごきげんよう、蓉子さま。お待ちしておりました」
「ごきげんよう。突然おじゃましてごめんなさいね」
手土産のお菓子を渡し、祐巳ちゃんの家族に挨拶する。
「こちらが母と弟で――あ、お父さん。ちょうどいいところに」
祐巳ちゃんが呼んできた『お父さん』はどこかで見たことがあった。口元がDVDの仮面の男に似ている。
向こうも蓉子に気付いたようで変な顔をしていたが、はっとしたように外に飛び出していった。
「お、お待ちくださいっ」
蓉子は祐巳ちゃんのお父さんを追いかけた。
「蓉子さま?」
祐巳ちゃんも追いかけてきた。
行先は同じ家の敷地内に建つ『福沢設計事務所』の建物だった。祐巳ちゃんのお父さんはドアをロックしているようだったので、他に入れそうな所がないかぐるりと回る。
もし、祐巳ちゃんのお父さんが仮面の男だったとして、この小さな事務所に両親の隠れそうな場所は――地下室なんかあるんじゃないだろうか。あの高い窓は地面のギリギリについている窓だとしたら――。
「あの、何なさってるんですか?」
いぶかしんで祐巳ちゃんが聞いてくる。そりゃ、そうだ。いきなり外に出て行って建物の基礎の辺りを見ているのだからいかがわしいことこの上ない。
「あ」
一か所だけそれっぽい窓があった。かがんで中を覗き込むと人の姿が見える。両親だった。
「――」
蓉子はしばし考えてから、祐巳ちゃんの方を向いていった。
「祐巳ちゃん。祐巳ちゃんは知らなかったでしょうけど、私の両親と祐巳ちゃんのお父さまは実は知り合いでね」
「へえっ、そうだったんですか?」
驚いて声をあげている。
「ええ。実は相談っていうのは、うちの両親が祐巳ちゃんのお父さんの家を気に入って居座っちゃって困ってるって、祐巳ちゃんのお父さんから相談されたことなの」
「ええっ、そんな事が? 父は何も言っていませんけど?」
「色々あったんでしょう。と、いうことで両親を迎えにきたの。お父さまに取次いでいただけないかしら?」
「わかりました。どうぞ」
祐巳ちゃんに案内され、事務所の玄関に着いた。慣れたようにインターホンを鳴らし、祐巳ちゃんが事情を説明する。
「あの、父がなにかの間違いじゃないかって言ってますけど?」
「地下にいるのはわかっていますって言ってくれる」
言われた通りに祐巳ちゃんが言うと、スッと玄関が開いた。
「失礼するわ」
祐巳ちゃんの背中を押して先に入れ、何もないことを確認してから慎重に入る。祐巳ちゃんのお父さんの姿はない。
ざっと見まわすと、書斎のような作りで立派な机と本棚がいくつか、備品はパソコンの他にオーディオセットとコーヒーメーカーが見える。洗面所とトイレのマークがついたドアがあり、壁にはホワイトボードとカレンダー。本棚の本が一か所だけわずかに浮き上がっているようなのに気がついた。本を引っ張り出してみるとレバーがあった。
「よ、蓉子さま?」
「ああ、ごめんなさい」
レバーは左右に動くようになっているように見える。しかし、浮き上がっていた本だけ避けただけではレバーをどちらに動かしても当たってしまうだろう。レバーはよく見るとこすれたような跡があったが、これはもしかして……。
蓉子はレバーをつかむと、そのまま押し込んだ。
――ギッ、ギッ、ギッ、ギッ……。
ビンゴ!
隣の本棚が動いて隠し階段が現れた。
「うわ〜、何ですか、これ?」
祐巳ちゃんが目を白黒させる。
「祐巳ちゃん、お父さまに取次いでくれるんでしょう? たぶん、中じゃないかしら」
「え? はい。ただいま!」
娘には攻撃してこないだろうと祐巳ちゃんには申し訳ないが先に行かせてその後に続く。
階段を降りると両親がいた。
「お父さん、お母さん」
「蓉子!」
とりあえず元気そうでほっとした。次の瞬間、背中に固いものが当たった。
「……」
「詰めが甘いなあ。娘を先に行かせることはわかっていたよ」
なるほど。中で待ち伏せていないで後ろで待ち伏せて、入り込んだところを油断させたというわけか。感心している場合じゃない。
「チェックメイトだね」
祐巳ちゃんのお父さんが静かに言った。
「どうするおつもりですか」
「さあ、こうしようかな?」
背中に着きつけていた拳銃を蓉子のこめかみにあて、ぐっ、と首に腕を回してきた。
「……娘さんの前でトリガーを引くんですか?」
「僕の娘さんは大体のことは知ってるから大丈夫」
祐巳ちゃんは両親の横に立っていたが蓉子から視線をそらした。騙すための演技だったというわけか。
……ん? 騙すための演技? あれ?
「ちょっと待ってください」
「命乞いでもするのかな?」
「小父さまに言っているのではありません。お父さん、お母さん。元怪盗とDVDでは言ってたけど、元怪盗ならどうしてさっき祐巳ちゃんのお父さまが母屋に戻った時に脱出しようとしないで大人しく座っていたの?」
「そ、そりゃあ、確実に脱出するチャンスを狙ってだな――」
父が動揺し始めた。
「この事務所、見たところ仮眠を取るための寝具は見当たらなかったわ。小父さまが昨夜こちらで泊まってたとしても、二対一なら何とかできたんじゃないの?」
「あ、いや、その――」
「あと小父さま。銃口にモデルガンでお馴染のインサートが」
「あれ、取ったはずだよ?」
慌てて祐巳ちゃんのお父さんは銃口を覗いている。
「祐ちゃん、誘導訊問に引っかかって銃口覗いちゃ駄目じゃないの」
母がため息をついた。
「少々辛いけど合格点をあげましょう」
と言ったのは母だった。
「お母さんが首領なの」
「悪のボスみたいな言い方しないでせめてリーダーと言って欲しいわ」
なんて言って笑っている。
「その辺は家に帰ってからゆっくり聞くから、とにかくおいとましましょう」
「お待ちなさい、蓉子。あなたにはやってもらいたいことがあるのよ」
「まだ何か?」
「あなたには『青薔薇仮面』を継いでもらいたいの。『青薔薇仮面』の七つの秘宝は秘密結社から失敬したものなんだけど、お父さんのミスで保管場所がばれちゃって」
「はあっ?」
「いや〜、怪盗が泥棒に盗まれるとは思わなかったよ。はっはっはっ」
「笑い事じゃなくて――」
「そうよ。お父さんのおかげで大半の秘宝が小笠原財閥に買い上げられて、小笠原財閥は秘密結社に一人娘を誘拐されてもおかしくないくらいになっちゃったのよ」
「ちょっと待った、小笠原財閥って」
「祥子さんのお祖父さま、そういうののコレクターなんですって」
さらりと母は言う。
「蓉子、祥子さんを守りたいなら小笠原財閥から散った七つの秘宝を盗み返しなさい」
「娘を犯罪者にしないでよっ! 青薔薇仮面になんてなるもんですか!」
「ああ、そういえば学校じゃあなた紅薔薇だったわね。じゃあ、『紅薔薇仮面』でもいいわよ。そっちの方が可愛いし」
「可愛いし、じゃないっ!!」
「そうだ。祐巳ちゃんもこんどロサキネンシンスになるんだっけ? じゃあ、蓉子さんを手伝ってやればいい」
「お父さん、ロサ・キネンシス・アン・ブゥトンだってば」
「そっちも娘を巻き込まないっ!」
しかし、蓉子はやがて紅薔薇仮面として七つの秘宝を集める怪盗となるのであったが、それはまたの機会に。
【蓉子さまのお言葉】
「またの機会って……やめなさい!」
【歌う蓉子】
ある町では年に一度のコンクールが開催され、そこで優勝した者にはプロとしての将来が約束されている。
そのため、素人からプロを目指す学生からいろんな者がそのコンクールでの優勝を目指すのだ。
今年の話題は。
「ピアノ科の祥子さんとバイオリン科の優さんはやっぱり組んで出場なさるのかしら?」
というものだった。
ピアノの名手小笠原祥子はこの町一番の富豪で音楽学校の経営にも深く関わっている一家の一人娘、バイオリンで有名な柏木優はその一族の親戚で祥子の婚約者という関係だった。
(そりゃあ、組んで出るでしょうね)
小笠原一族に支援され、音楽学校に通わせてもらってる声楽科の水野蓉子もそう思っていた。
立場上小笠原家に招かれて歌を披露する機会もあって、そのときたまに柏木さんのバイオリンに合わせて歌う事もあったがその度に祥子がもの凄い目で睨むのだ。
(やきもち、妬かせちゃってるよね)
別に蓉子が進んで柏木さんを指名しているわけではなく、周りが一緒にと望むのでそうしているだけなのに、その度に祥子が不機嫌になっている。
柏木さんさえ絡まなければ一つ年上の蓉子のことを「お姉さま」と呼んで慕ってくれる可愛い子なのだ、祥子は。
それに祥子は努力家で、毎日ピアノの練習を欠かさない。きっと、柏木さんと組みたくて猛練習しているのだろう。
だから蓉子はコンクールには祥子と柏木さんが組んで出るべきだと思っていた。
「蓉子さん、いいかな」
パトロンである祥子の祖父に蓉子は呼ばれた。
「今年のコンクールは優くんと組んでみないか?」
「え……」
「祥子はソロで出るべきだと思ってね。君と優くんが組めば祥子は一人で出るしかない」
「申し訳ありません。私は別の方と組んで出ると約束をしてしまいました。柏木さんとは組めません」
とっさに蓉子は嘘をついた。
「そうか。では、後で組んで出る相手を紹介してほしい。君が選んだほどの相手であればよほどの名手か面白い相手なのだろう」
嘘なのだから相手などいない。
困った蓉子は「相手に聞いてみる」と空手形を切って組んでくれそうな相手を探しに行った。
ほとんどの出場者は一年、もしくはそれ以上前から準備しているので今どき相手を探しているようなものはいない。
都合が悪くなってコンクールに出ないという手は奨学金がもらえなくなってしまうので使えない。
さて、困ったと思った時に、酒場の壁に貼ってあるポスターを見つけた。
『歌手急募!! 歌えれば男女問わず』
グループのようだったが、この際何でもいいので混ぜてもらおうと蓉子はその人たちを訪ねた。
「すみません、こちらで歌手を募集なさっているとか?」
「はい。僕たちが歌手を募集しているものですが」
答えたのは男ばかり四人の集団の一人だった。
「私はあなたたちのお仲間に応募したいのですが、どうすればいいのかしら?」
「じゃあ、ちょっとアカペラで歌ってみてくれますか?」
というので一節歌ってみると、相手はちょっと驚いている。
「あのう、あなたは?」
「名乗るのが遅れましたね。水野蓉子と申します。それで、お仲間には」
「はっ、喜んで!」
どうにか体裁は整ったようだ。
「あの、皆さんは」
「僕はアンドレと言います」
「ランポーです」
「日光です」
「月光です」
「皆さんの担当は?」
聞くと、四人は蓉子の予想の斜め下をいく返事をした。
「トライアングルでカルテット。トライアングル以外の楽器はありません」
どうなるのかちょっと不安になったが、もう、やるしかない。
――チチーン
――チチーン
――チチーン
――チチーン
「あ〜……」
男ばかり四人の中に混じって蓉子は毎日練習した。男嫌いの祥子がみたら卒倒しそうな光景だが、男嫌いだからこそここにはやってこないだろうと蓉子は思っていた。
そんなある日。
「蓉子さん、失礼ですがあなたはリリアン音楽学校の生徒さんなんですか?」
アンドレに気づかれてしまったようだ。仲間に入れてもらっている以上嘘をつくわけにはいかない。
「申し訳ありません。訳あってあるお誘いを辞退してしまったのですが、コンクールに出ないと奨学金が貰えないので歌い手を募集している人を探してここにきたのです。黙っていてごめんなさい」
どうするのよ、というように四人は顔を見合わせる。
「差支えなければ辞退の理由を教えていただけませんか?」
蓉子は差し支えない範囲で答えることにした。
「私は貧しい村の出ですが、小さい頃から歌うのが好きで。ある時村にやってきたお金持ちの目にとまり、そのお金持ちが音楽学校に紹介してくれました。そのお金持ちの紹介で柏木優さんのバイオリンと私の歌でコンクールに出ろといわれたのですが、それを辞退しました」
「な、なぜそんなおいしい話を棒に振るんですか!? 僕ならしっぽを振ってセッションします。だって、僕たちは優さまのお目にとまりたくてコンクールに出るんですから」
ちょっと興奮してアンドレが言う。なんだか申し訳ない気になった蓉子はもう少し事情を話す事にした。
「実は、そのお金持ちには祥子という一人娘がいるのですが、彼女は柏木さんの婚約者で――」
がーん! という文字が見えたようにアンドレはよろめいた。
「ど、どうしました?」
「な、何でもありません。続けてください」
ランポーが続きを促す。
「祥子はピアニストでもあるのですが、彼女はコンクールで柏木さんと一緒に出るつもりでいました。ですから、私が辞退すれば丸く収まると思いまして、今に至るというわけです」
「なるほど、そういう事情でしたか」
どうするのよ、というように四人はまた顔を見合わせる。
「コンクールでは一生懸命に歌います。お願いです、一緒に出てくれませんか?」
蓉子は頭を下げた。
「わかりました。女性に頭を下げられて無下に断っては男がすたります。僕たちのトライアングルでよければ、一緒にコンクールに出ましょう」
こうして蓉子と四人は練習を再開した。
しかし、蓉子が毎日どこかにいっているというのをついに祥子が知ってしまった。
「ごきげんよう、遅くなりま……さ、祥子!?」
その日蓉子が練習に行くと祥子が男性四人と一緒に蓉子を待っていたのだ。
「お姉さま」
逃げようとした蓉子の手を祥子が捕まえた。観念して中に入った。
「あなた、男嫌いと言っておきながらどうしてこんなところに?」
「お姉さまと話をするためです」
不機嫌そうに祥子は言った。
「席をはずしましょうか?」
ランポーが気を使っているが、そのままいてもらうことにした。
「こちらの四人とは一緒にコンクールに出る予定なのよ」
「こちらの四人と? どんな楽器をなさっている方々なのです?」
「トライアングルのカルテットよ」
「お姉さま、そんな酔狂なことはおやめください。音楽学校の声楽科でベスト3にあげられるお姉さまがなぜわざわざこんな輩と色物の真似事をなさるのですかっ!?」
ばしいん、と祥子は机を叩いて蓉子を責め出す。四人は何も言えずにうつむいた。
「祥子、今すぐ取り消しなさい。この四人は今の私の仲間なのよ。私はともかく仲間に対する侮辱は許さないわ」
すると、渋々ながら祥子は四人に頭を下げた。
「失言でしたわ。気を悪くさせて申し訳ありませんでした」
「い、いいえ」
ぎこちなくアンドレが答えたので、蓉子は祥子との会話に戻る。
「お姉さま、どうして優さんとコンクールに出ないでこん……他のメンバーと出ることになさったんですのっ?」
「それは……あなたは柏木さんと婚約してるんだから、私と組むよりあなたが柏木さんと組んだ方が断然いいでしょう」
「音楽とそういうのは別のことです。どうして自分の実力を下げ……ではなく、無名のメンバーとの難しいチャレンジをわざわざなさるんですか?」
「それは……」
「正直におっしゃってください。お姉さまっ」
ヒステリックに祥子が問い詰めてきた。
「わかったわ。正直に言うわよ。あなた、私と柏木さんが練習している時に睨んでいたから、やきもちを妬かせてしまったのだと思ってそれで彼と一緒にいるのはよくないと思ってやめたのよ」
蓉子は白状した。
「それは誤解です! 優さんは私のことは愛していないくせに、他の人なら男性でも女性でも見境なく愛せる人なんです! だから、お姉さまに変なことをしないかどうか見張っていただけですっ!!」
「はい?」
祥子以外の五人の声がハモった。
「もう、こうなったら何もかも正直に言います。私は小さい頃からピアノをやってきましたが、家がああいう家だから仕方ないことだと思っていました。でも、ある時避暑地に向かう途中で立ち寄った村でお姉さまの歌を聞きました。その時に思ったんです。私はこの人の歌と一緒にピアノを弾きたいって!!」
「ちょ、ちょっと待ちなさい。あなた、あんなにピアノの練習をしていたのは、柏木さんとセッションをするためじゃ――」
「違いますっ!!」
確認すると祥子は泣きそうになって否定した。
「私はお姉さまと一緒にコンクールに出るのが夢だったんです! 優さんのバイオリンの方がお姉さまの声には合うって先生がおっしゃるからお姉さまのためにと身を引いたのに、お姉さまったら辞退なさるなんて!」
ついに祥子は泣きだしてしまった。蓉子は思わず祥子を抱き寄せる。
「ごめんなさい。私はあなたと柏木さんが婚約していると聞いたからあなたは私のことなんか見ていないと決めつけていたの。いいえ、そう思い込もうとしていただけで、本当はあなたが私のことを見つめていたのは気付いていたわ」
内心、好かれているのではないかとも思ったこともあった。
「でも、あなたは私のパトロンの孫娘で、私は田舎の小娘で、どうやって親しくていいのかもわからなかったのよ。だから、お姉さまと呼んでくれているのもお祖父さまにそう言われたからだと思っていたわ」
「いいえ! 私はお姉さまが大好きです! お姉さまと一緒にいたいです! ですから、コンクールには私と一緒に出てください!」
こんなにストレートに祥子に気持ちを打ち明けられたのは初めてで、蓉子はそれに応えたかった。しかし、それを許さない事情があるのも事実。
「で、でも。もう閉め切ってしまったじゃない、コンクールの出場者の募集は」
「メンバーチェンジであれば可能です。私がこちらに加わるというのはどうでしょう?」
「それじゃあ、柏木さんはどうなるの? 私かあなたのどちらかが一緒に出ないと彼が困ったことになるんじゃない?」
「待ってください」
その時、二人はすっかり忘れていたが、この場には四人の青年がいて、ランポーが割って入った。
「僕たちに妙案があります。受け入れられるかどうかはわかりませんが、こういうのはどうでしょう?」
ランポーの提案を聞いたアンドレは驚いていた。
しかし、蓉子は名案だと思ったし、祥子もそれがいいと乗り気になった。
「わかったわ。じゃあ、優さんには私の方から何とかします。皆さま、本当にありがとうございます」
コンクール当日。
「次の演目はバイオリン柏木優とトライアングルカルテットの皆さんです!」
ランポーの妙案とは祥子とトライアングルカルテットが交代してコンクールに出るというものだった。
アンドレは思わぬ形で願いがかない、昨日は一睡も出来なかったそうだ。
――チチーン
――チチーン
――チチーン
――チチーン
シュールな素人トライアングルカルテットをものともせず、バイオリンの演奏は滞りなく行われた。
「次の演目はピアノ小笠原祥子と歌唱水野蓉子です!」
二人で合わせた期間はわずかだったが、曲目はいつも祥子が練習していた曲で、それは蓉子が祥子のお祖父さまの目にとまったきっかけになった曲だった。
曲の間、ずっとこの時間が続けばいいのにと思ったが、あっという間に終わった。
【蓉子さまのお言葉】
「優勝は歌唱蟹名静、ピアノ藤堂志摩子ってオチを想像してしまったわ」
【紅薔薇家の長女蓉子】(【No:3061】の世界)
今年はあっという間に冬になってしまった。
「そろそろコタツの季節じゃない?」
と祐巳が言いだし、瞳子と祥子はそれに乗っかり、蓉子はバイトでまだ帰ってきていなかったが、コタツを出す事にした。
「どこにしまったっけ?」
「しっかりしてよ。そこのクローゼットの上の方」
「これ、足が三本しかないよ」
「祐巳お姉ちゃん、ここに落ちてる」
「あ……いたた!」
角に頭をぶつけて痛がる祐巳。
「何やってるのよ、もう。お姉さまがお帰りになるまでにセッティングしてしまいましょう」
ああでもない、こうでもないと言いながら三人で何とかコタツを出して蓉子を待つことにした。
「今日の夕御飯、どうする?」
「コタツ出したんだから、鍋にする?」
「私はオデンを主張するわ!」
祥子が張り切って叫ぶが。
「蓉子お姉さまのバイト先はコンビニです。オデンの横でレジ打ってるはずですよ」
突っ込みを入れ思い出させて却下する。
「玉子、食べたかったのに」
ブツブツと祥子は文句を言っている。
「よせ鍋にしようか」
「賛成」
「玉子入れてくれるなら賛成」
祥子が付け加えると、祐巳と瞳子は「よせ鍋にゆで玉子を入れろと?」という顔をしている。
「じゃあ、そろそろ作るか」
祐巳が立ちあがろうとした時、「ただいまー」と蓉子の声が玄関でした。
「あ、お姉ちゃんが帰って来た」
祐巳と瞳子が出迎える。
「あ、お姉ちゃん。それどうしたの?」
「早速支度しますわ!」
パタパタと妹たちが動いているのを聞きながら、祥子はコタツに入ってテレビを見ているとなんとなく眠くなってきた。
「……祥子、そろそろ起きなさい」
揺さぶられ、祥子は眼を覚ます。
目の前にはオデン。もちろん玉子がそこにあった。
「あ」
「今日は冷えたからコタツを出してるだろうと思って。コタツといえば我が家の場合オデンよね。店のを買って帰ってきたのよ」
蓉子が微笑んで言う。
「いただきまーす」
一度火を通したのか玉子はアツアツだった。
「デザートにアイスも買ってきてるから、ペース配分考えて食べるのよ」
「はーい」
嬉しそうにオデンを頬張る四人。
「でも、なんでウチってコタツといえばオデンなんだろう?」
祐巳が素朴な疑問として口に出す。
「お父さまとお母さまが生きてた頃からそうだったけど。単純に寒かったからではなくって?」
祥子が答える。
「ちょっと、お父さまとお母さまは海外にいってるだけで、生きてるから。ピンピンしてるから」
蓉子が突っ込む。
「祥子お姉さまってどうしてお父さまとお母さまを勝手に殺しちゃうんでしょ」
瞳子がため息をつく。
「根性が悪いからよ」
すかさず蓉子が指摘すると、祥子は蓉子の皿からハンペンを奪った。
「ほら、根性だけじゃなくて、お行儀も悪いでしょう」
「フン、だ」
嫌味を言われても気にせず祥子はハンペンを食べてしまう。
「あ〜、お姉ちゃんのハンペンが……」
「私はいいけど、祐巳ちゃん。今度はその大根が危ないわ」
「わああっ!」
指摘され、祐巳は慌てて大根にかぶりついたが、アツアツだったので、口の中を火傷した。
「ほら、落ち着きなさいって。祥子も、玉子はまだ鍋の中にあるからね」
もう一個目の玉子を取って祥子は食べ始めた。
先程適当に答えたが、祥子はなぜコタツにオデンなのかを知っている。
祥子が小さかった頃、祐巳は歩き始めたばかりで、瞳子は赤ちゃんだったような気がする、そんな頃。
紅薔薇家はコタツを買った。
真四角のコタツに潜ったりして遊ぶのが面白くて蓉子と一緒に遊んだ。
冬の定番メニューは父の好物のオデン。父はうまくとれない祥子に代わって皿に玉子を入れてくれた。
コタツでオデンを食べていると暑くなってくるので、母がデザートにってアイスをくれた。
祥子の中では家族で食卓を囲んでいた頃の温かい記憶の象徴が「コタツ」「オデン」「アイス」の三点セットで、「コタツにミカン」という他者の冬の風物詩とは違う意味合いがあった。
蓉子はそれをしっかりと覚えていて、更にアイスを買ってきた。やっぱり姉にはかなわない。
「そろそろアイス食べる?」
「はーい」
コンビニで売ってるカップアイスが四つ。
懐かしい気持ちで祥子が食べていると、横から蓉子のスプーンが伸びて来て、一口取られた。
「さっきハンペン取られたから、その分ね」
「お姉さまの意地悪!」
「どっちが意地悪いのよ。私は一すくい。あなたは全部食べたじゃないの」
こうしてお約束の喧嘩になったり、後片付けは結局下の二人がしたりして、紅薔薇家の普通の冬の一日が終わるのであった。
【蓉子さまのお言葉】
「苗字が『紅薔薇』ってどうなのよ?」
【収録が終わった蓉子】
SS専用のスタジオ。
「あ〜、さすがにこれだけのSSにいっぺんに出たら疲れたわ。途中たぶん一回死んだし」
最終シーンが終わり、体をほぐすようにして蓉子は呟いた。
「お疲れさまでした〜」
キャスト、スタッフに出迎えられ、お茶を勧められる。
「今回はネタ的に続編的なものもありましたが、基本的に全部書き下ろしです」
「そう。意味がわからないのばっかりだったわ。他にネタはなかったのかしらね?」
「他のネタとしては【飼育される蓉子】【幕末を駆ける蓉子】【宇宙の命運を握る蓉子】【三匹の子豚な蓉子】【堕ちる蓉子】などが候補だったそうです」
「もう、ろくなネタがなかったのね。じゃあ、これで良しとしますか」
蓉子はお茶を口にする。
「お姉さま、最後の一言が残っていますが」
「つぶやきというかぼやきというか突っ込みというか、あれね。トータルの最後でいいかしら?」
「構わないそうです」
「では」
【蓉子さまのお言葉】
「作者はここに病院を建てて即時入院しちゃいなさい」