【3392】 薔薇の花冠  (ex 2010-11-20 22:10:47)


「マホ☆ユミ」シリーズ   「祐巳と魔界のピラミッド」 (全43話)

第1部 (過去編) 「清子様はおかあさま?」
【No:3258】【No:3259】【No:3268】【No:3270】【No:3271】【No:3273】

第2部 (本編第1章)「リリアンの戦女神たち」
【No:3274】【No:3277】【No:3279】【No:3280】【No:3281】【No:3284】【No:3286】【No:3289】【No:3291】【No:3294】

第3部 (本編第2章)「フォーチュンの奇跡」
【No:3295】【No:3296】【No:3298】【No:3300】【No:3305】【No:3311】【No:3313】【No:3314】

第4部 (本編第3章)「生と死」
【No:3315】【No:3317】【No:3319】【No:3324】【No:3329】【No:3334】【No:3339】【No:3341】【No:3348】【No:3354】
【No:3358】【No:3360】【No:3367】【No:3378】【No:3379】【No:3382】【No:3387】【No:3388】【No:これ】  +アフター【No:3401】

※ このシリーズは一部悲惨なシーンがあります。また伏線などがありますので出来れば第1部からご覧ください。
※ 4月10日(日)がリリアン女学園入学式の設定としています。

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☆★☆ 最終話 ☆★☆

 K病院の最上階には個室が並んでいる。

 その各部屋のプレートに、薔薇十字所有者たちの名前が掲げられていた。

 水野蓉子、鳥居江利子、佐藤聖、小笠原祥子、支倉令、島津由乃、藤堂志摩子、そして福沢祐巳。

〜 10月4日(水) 〜

 昨日まで激烈な戦闘をしてきたと言うのに、朝になると何事も無かったかのように起き上がったのは佐藤聖だった。

 その聖の傍らに、山梨のおばばの姿があった。

「聖さん、ほんとうにありがとうございました。 あなたのおかげで現世は救われました」
 深々と頭を下げる山梨のおばば。

「おばばさま! どうしてここに?」
 聖が驚いた様子で山梨のおばばに話しかける。

「それに、現世を救ったのは祐巳ちゃんです。 わたしはほんの少し手伝っただけですよ」
 と、照れたような答えを返す聖。

「いいえ。 あなたの働きが無ければ祐巳はこの世に帰ってこれなんだであろう。
 あなたにはいくら感謝しても仕切れないのです。 もちろん志摩子さんもですがのぅ」 

 と、再度聖に頭を下げるおばば。

「あなたのシルフィードたちに話は聞きました。 本当によく帰ってきなさった。
 あなたの傷はもうすべて癒えておる。 さすが、と言うべきですかのぅ」

「ところで、おばばさま、志摩子と祐巳ちゃんの様子は? それと他のみんなは?」

「志摩子さんも、もうすぐ起きてこれるじゃろう。 祐巳は大丈夫。 なにせ医術を極めた魔王・マルバスが一時もそばを離れんで祐巳の看護をしておる。
 不思議なものじゃ。 悪の権化のように思っておった魔王も、立場さえ変わればこれほど心強い味方はおらん」

「それでは、祐巳ちゃんは大丈夫なんですね?!
 わたしが最後に見たときは髪が銀白色に変わり、瞳からは血が噴き出していました。
 とても無事だとは思えなかったんですが・・・」

「うむ・・・。 よほど複雑な魔法を使ったのであろう・・・。 祐巳の髪はもう元のような髪には戻らんじゃろう。
 それだけならよかったのじゃが・・・。 瞳だけはもう戻っては来ぬ・・・」

 おばばの瞳に、悔恨の色が浮かぶ。

「な・・・。 なんですって!?」
 聖は飛び上がっておばばの肩を掴んだ。

「いつものように、フォーチュンと理力の剣で再生できないのですか?! 祐巳ちゃんの瞳!?」

「祐巳はようやった。 さすがわしの自慢の孫ですじゃ・・・。 祐巳はその瞳と引き換えにこの世に希望を残したのじゃよ。
 祐巳の左眼は、牢獄としてソロモン王を監禁したのじゃ」

 俯いたままで、聖の問いに答えるおばば。

「ソロモン王の牢獄となった祐巳の左眼だけはもう二度と帰ってこないのじゃよ・・・」
 しかし、と、おばばは話を続ける。

「祐巳には、本当に酷な戦いを強いてしもうた。 じゃがな。 祐巳は満足しておるじゃろう。
 その手で、本当に大事なものを守り抜いたのじゃから」
 
「おばばさま! 祐巳ちゃんはどこですか?! すぐにでもそばに行きたい!」

「うんうん。 そう言ってくださるのを待っておったのじゃ。 だが先に志摩子さんに会いに行かねばならん。
 あの子もあなたを待っておるのですよ。
 それに、あなたと、志摩子さん、お二人の力添えがなければ蓉子さんたちを助けることもかなわんのでな」

「わかりました。 志摩子もここにいるのですね?」

「すぐ隣の部屋が志摩子さんの部屋になっております。 では行きましょうかの」

 ベッドから起き上がった聖は、ふらつく様子も見せずおばばと共に志摩子の部屋に向かう。



 山梨のおばばと聖が志摩子の部屋に入った時、志摩子はまだベッドの中で安らかに眠っていた。

 志摩子の左手首には純白の薔薇が刻まれた白薔薇の薔薇十字。
 頬は抜けるように白く、穏やかに眠る姿は本当に美しい。

「まるで眠りの森のお姫様見たいですね」
 と、聖が微笑みながらおばばに笑いかける。

「志摩子はほんとうに頑張りました。 今回の一件で一番成長をしたのは志摩子でしょう。
 祐巳ちゃんを守りたい、という思いがここまで志摩子を成長させたんでしょうね」

「それもあるでしょうがの。 気付いておるのじゃろう?
 この子はあなたに認められたい、そういう思いが強かったという事を」
 山梨のおばばも、わずかに微笑みながら聖を見上げる。

「あらら・・・。 やっぱりわかっちゃいましたか。 
 おばばさま、わたしは今回の一件が終わったら志摩子を妹にしようと思っています。
 わたしには過ぎた妹ですけどね。 そのためにもみんなを救わなくっちゃ」

 二人が話を続けていると、志摩子が寝返りを打つ。
 少しだけめくれ上がった毛布に聖が手を伸ばし、整えていると志摩子の眼がかすかに開く。

「あ・・・」
 と、小さな声。

「聖さま・・・。 おはようございます。 すみません、わたし寝過ごしましたか?」
 何時も穏やかな志摩子らしく、どこかぼんやりとしている。

「いやいや。 疲れが取れないんでしょ? もう少し休むといいよ。
 でも、お互い無事でよかった」
 聖はニカッと志摩子に笑いかける。
「それに、かわいい寝顔も見れたしね。 ふふふっ。 先に起きたもの勝ちだったね」

「志摩子さん、よう祐巳を守ってくださいました。 ありがとうございます」
 聖の後ろに立っていたおばばが志摩子の前に進んで頭を下げる。

「いいえ! おばばさま・・・。 わたし・・・。 やっぱり祐巳さんを守れませんでした・・・」
 志摩子の瞳から涙がこぼれる。

「祐巳さん、私をかばって腕を斬り落とされたんです。 ごめんなさい・・・。
 それに、祐巳さんの左目・・・。 わたし、なんてお詫びしたらいいのか・・・」

 血だらけだった祐巳の顔。 その血を拭った時に気付いた瞳の喪失。 
 由乃に斬り飛ばされた右腕・・・。

 次々に祐巳を襲った悲劇を一つづつ思い出すたびに志摩子の瞳からとめどなく流れ落ちる。

「志摩子さん、あなたが自分を責める気持ちはわかる。 じゃがの、祐巳は一言でもあなたを責めましたか?」

「いいえ・・・。 祐巳さんはわたしに感謝するって・・・。 
 自分のために泣いてくれてありがとうって・・・。
 わたしは祐巳さんに救われました。 でも結局最後の最後で祐巳さんの眼が・・・」

「志摩子さん。 祐巳の眼は仕方のないことだったのじゃ。 
 もしも、そのことについて責められるとすれば祐巳にこの試練を課したわしじゃよ。
 そなたはよく祐巳に尽くしてくださいました。 祐巳が帰ってこれたのは聖さんと志摩子さん、お二人の力があってのことじゃろう?
 胸を張って堂々としていなされ。 誰もそなたを責めはせぬ。
 むしろ、感謝してもしきれない、わしはそう思っております。 本当にありがとう」

 山梨のおばばは再度志摩子に頭を下げる。

「それとの、まだ蓉子さんたちの治療が残っておる。 そのためにそなたの力が必要なのじゃ。
 もう少し、力をお貸しくだされ」

「わたしで出来ることでしたらなんでもします! なんなりとお申し付けください!」

「うむ、ありがとうございます。 では祐巳の部屋に行きますかの」

「それで、おばばさま。 祐巳さんの様子はいかがなんですか?
 苦しんでいませんか? 痛がって無いでしょうか?」
 志摩子が眉間にしわを寄せ、心配そうにおばばに尋ねる。

「ん? あぁ・・・。 そうじゃな。 見たほうが早いが・・・。 まぁ、あまり深刻に考えておると驚くかもしれん」

「「え?! それはどういうことですか?」」
 聖と志摩子の声が重なる。

「まぁ、なんというか。 少々、賑やかなことになっておる」

 山梨のおばばは頭にクエスチョン・マークを浮かべる二人を後ろに引き連れて志摩子の部屋を出た。



 聖と志摩子が山梨のおばばに連れられて、一番端の祐巳の部屋に向かう。

 部屋に近づくにつれ、部屋の中から何事か争うような声がする。

「だー・かー・らー! なんで俺が女の子の格好をしなくちゃならないんだよ!」
「だってしょうがないでしょ? わたしの妹になるのならリリアンに入学しなくちゃならないの!」
「女の格好なんて恥ずかしくて出来るかー!!」
「もー、わがままだなぁ・・・。 じゃ、弟になって花寺に行く?」
「馬鹿なことを言うな! お前、片目がないんだぞ! 俺がお前の眼になる、って言ってるだろうが!」
「怒ったってダメだからね。 ん〜、でも花寺に行くのは無理があるかなぁ。
 仕方ない、学校に行ってる間は眼になって、家に帰ったら今の格好で居ること。 それならどう?」
「う・・・。 仕方ない。 それで手を打とう。 だが、その名前はなんとかならないのか?」
「だ〜め! だっておかあさんがわたしが生まれたとき、もし男の子だったら、って考えてた名前だもん」
「なんでお前がそんなこと知ってるんだよ!」
「だって、おかあさまと、おかあさん、昔からの知り合いだったんだよ? おかあさまがそうおっしゃってたじゃない」

 廊下で、聖と志摩子は顔を見合わせる。

「あの・・・。 おばばさま、いま祐巳さんの部屋で男の子の声がするんですけど・・・」
「そ・・・。 そうだよ。 祐巳ちゃんにあんなに親しそうにしゃべれる男の子がいたんですか?」

 ふぅ、 と、おばばがため息をつきながら二人を見る。

「朝方から、ずっとあの調子なのじゃ。 いい加減うんざりして出てきたのじゃよ。
 まぁ、そろそろお二人とも起きるころかと思うての」

 コン、コン、と、部屋のドアをノックしておばばを先頭に三人が祐巳の部屋に入る。

 ベッドに座る祐巳。
 その髪は銀白色に脱色し、左目には眼帯。
 しかし、それ以外には特に外傷のようなものは見当たらない。
 驚くべきことに、肌の色艶もよく、見た目はとても元気そうに見える。

「「祐巳さん(ちゃん)」」 と、聖と志摩子が声をかけながら祐巳に駆け寄る。

「あ〜、志摩子さん、聖さま、おはようございます。 大丈夫ですか?」
 と、これまた何時ものようにのんびりとした祐巳の声。

「ちょっと、これ、誰なの!!」
 と、二人の指差す先にいたもの。
 
 それは、まるで祐巳を男の子にしたように瓜二つの少年。

「あ〜、この子ね、祐麒、って言うの。 よろしくね。 わたしの弟だよ」
 祐巳がにこやかに笑いながら答える。

「違う!!」
 と、その少年が怒鳴る。
「まだ、その名前を受け入れたわけじゃないぞ!」

「だ〜め! だって正体がばれたら大変だよ? それこそわたしと一緒に住めないよ?
 それに、ここではね、ライオンは動物園に入れられちゃうの。
 肌の色だって金色の人なんていないんだからね。 その格好が一番だし、名前もいいじゃない」

「う〜・・・。 納得いかん!」
 ふくれっ面になる少年。
「ふ〜ん・・・。 わたしの言うことが聞けない、っていうのね? 誰だったのかなぁ、わたしに忠誠を誓う、って言ったの」
 と、祐巳のほうはなんだか楽しそうだ。

「「えええぇぇぇぇぇぇ!! この子が”マルバス”なの?!」



 つまり、祐巳たちが病院に入院してからもマルバスは、金色の肌黒色の髪の青年の姿のままだったらしい。
 不審がる病院の医師たちを無視し、祐巳と、志摩子、聖の3人の手当てを献身的に行ったそうだ。

 もともとマルバスは 『医術の神』 とも言えるべき存在。
 そのマルバスが献身的に治療に当たったのだ。
 聖と志摩子の傷は瞬く間に回復し、安らかな眠りをもたらした。

 祐巳の外傷もすべてマルバスが治療を行ったのだが、祐巳の髪の色と、失われた瞳だけは戻らなかった。

 そして、祐巳が早朝に起きたときから、二人の言い争いが始まったそうだ。

 ちなみに、さすが魔王、というべきか、マルバスはたった一日でほぼ完全な日本語がしゃべれるようになったらしい。
 ただし、病室に設置されたテレビにより覚えたその言葉は、深夜番組が中心だった、ということもあり、なぜか現代の高校生の男子らしい、というか、かなりくだけたものになってしまった。

 その言葉を聞いた祐巳は、もともと、主人と僕(しもべ)、などの関係をマルバスに求めていたわけではなく、タメ口を利くように言ったのだ。

 そして、ライオンの姿や、金色の肌の青年に姿を変えるだけではなく、万物にその姿を変える能力を持つマルバスに、自分にそっくりな少年になるように言った。

 その理由は、さきほど祐巳がマルバスを説得する時に言った言葉どおり。
 たしかに、ライオンや金色の肌では不審がられるし、しかも、マルバス、の名前がばれたら大変なことになる。

 しかし、その提案を真っ向から否定するマルバス。

 祐巳の失われた瞳の変わりに、マルバスが瞳に変化し、祐巳の目の変わりになる、というのだ。

 ・・・ 一体どんな原理だ? と、聖と志摩子は思う。
 だが、この魔王の言っていることが本当だ、とすれば祐巳の瞳が戻ることになる。

 それは、聖と志摩子に希望をもたらす提案だった。

「あの、祐巳さん」
 と、志摩子が祐巳に語りかける。

「マルバスさんが祐巳さんの眼になってくれる、というのはとてもいい提案だと思うの。
 そうすれば、祐巳さんの普段の生活も楽になるし、マルバスさんの安全も保証される。
 良いこと尽くめだと思うのだけれど」

「うん、志摩子さん。 それはわたしも考えた。 でもね、わたしはマルバスに自由に生きて欲しいの。
 だって、3000年ぶりにやっと自由になったんだよ? だから家にいる間だけでも人間として生きて欲しいんだ」

「祐巳・・・」 
 と、すこし驚いた顔の少年。

「お前、そこまで我のことを考えていてくれたのか・・・。 さすが我が主と認めただけのことはある。
 わかった。 お前に忠誠を誓ったのだからな。 お前の言うとおり、家にいるときだけはこの少年の姿になろう。
 名前も・・・。 仕方ない。 祐麒と呼ぶがいい」

「こらこら、祐麒、言葉使いが元に戻ってるよ。 気をつけてね。
 じゃ、あなたの名前はこれから 『福沢祐麒』 わたしの弟だよ。 よろしくね、祐麒!」

 祐巳は本当に楽しそうに少し困った顔のマルバス=祐麒を見つめながら笑うのだった。



 いったいどんな仕組みになっているのか?
 マルバスの体が金色の細い糸のように変わり、祐巳の左目に流れ込んでいく。

「もういいのかな?」
 と、すべての金色の糸が眼の中に入り込んだことを確認した祐巳は、そっと眼帯をはずし、目を開ける。

「うわ〜。 思ったより綺麗。 右目が茶色で左目が金色。 オッド・アイっていうのかなぁ?」
 聖が祐巳の顔を見ながら感心したように言う。

「ねぇ、祐巳さん。 その眼、本当に見えるの?」
 と、志摩子が心配そうに祐巳の顔をうかがう。

「うん。 普通どおり見える」
 祐巳はパチパチと左右の目を交互に閉じながら確認する。

 と、 「うわぁ」 と、祐巳の声。

「どうしたの?!」 と、祐巳の声に志摩子が反応する。

「えっとね〜。 近いところは普段どおりに見えるんだよね。 でもさぁ。 ほら、外を見て」
 と、窓から見える空を指差す祐巳。

「ず〜っとむこうの茶色いビルがあるじゃない? そこの屋上に何か見える?」

「え? えーっと、茶色のビル・・・。 ひょっとしてあれかしら?」
 志摩子の眼には、どんな形であるかすらよくわからないほどの距離にあるビル。
 もちろん、そこの屋上など見えるはずも無い。

「あそこにね、鳩が二羽いるんだよ。 まいったなぁ・・・。 これじゃ視力2.0どころじゃないや。 マルバス、やりすぎ」
 と、困ったような顔で祐巳がぼやく。

「まぁ、よく見えることは確かなんだし・・・。 別にいいんじゃない?」
 と、こっちは能天気に返す聖。

「うん、そうですね。 これなら落し物とかもすぐに探せそうだし。 あはは、得しちゃったかなぁ」

「で、マルバスさんは窮屈じゃないのかしら? なんて言ってるの?」

「えっとね、マルバスは瞳になっている間は眠ったような状態になるの。 多分、照れ屋さんなんだよ。
 それか、気を使ってくれてるのかも。 だって、これからずっと女の子と一緒にいることになるから、ね」

「祐巳さん」 
 と、小さな声で呟くと、志摩子は祐巳にしがみついた。

「よかった・・・。 よかったー。 うわぁぁぁぁぁん。 祐巳さん、よかったね」
 
「志摩子さん〜。 もう、泣き虫だなぁ。 三人とも無事だよ? これでよかったんだ。
 だから、何も気にすることは無いんだよ。
 このあと由乃さんたちを治療に行かないといけないからその前に体力つけないと。
 わたし、お腹すいちゃった〜。 それに・・・。あいかわらず馬鹿力だね、志摩子さん」

「祐巳さん!! もぅ・・・ほんとに・・・」
 志摩子は祐巳を解放し、こぼれた涙を掬い上げた。



 祐巳たちは水野蓉子たちの部屋をひととおり見ておくことにした。

 志摩子は、病室を出てから感じていた違和感があった。
 このK病院の最上階は祐巳が入院していた病院であり、聖も入院していたので何度も来ていた。

 だが、自分が起きてから、この階に自分たち以外、人の気配がないのだ。

「あのう、この病院、わたしたち以外人の気配が無いんですけど。 他の方はどうなさったのでしょう?」
 志摩子が、状況を知っている唯一の人物である山梨のおばばに尋ねる。

 おばばは、苦笑しながら答える。
「そなたたちをここに運んだのは昨日の夕方なのじゃが・・・。 
 ここに着いたときに、魔王・マルバスが人払いをしたのじゃよ。 まぁ、想像どおりの方法で、じゃがな。
 おかげで、この階には誰も近づけんようになってしもうた。 わしだけは精霊の力で無理に入ったがの」

「それで・・・。 医者も看護士もいないし、家族の誰も見舞いに来ないので変だとは思ってたんですが」

「どうせ、面会謝絶になるところじゃったから、あまり変わらん。
 由乃さんと令さんの病室だけは最初は医者が入っておったが、あまりの惨状に家族の面会も断っておったそうじゃ」

 ☆

 まず、四人が最初に入った病室は水野蓉子の部屋。

 水野蓉子の体は氷の結晶に包まれ、完全に凍り付いている。

「ここまで見事な氷の彫刻は初めて見た。 まさか、氷の最高精霊 ”フェンリル” に頼んだのか?」

「はい。 ティターニア様から直接呪文を教えていただきました。
 『Suspend・Frow - The life is stopped in the place.』 、氷の精霊による仮死呪文です」

「驚いた・・・。 フェンリルは妖精王の力さえ及ばない精霊。 まして人の言うことなど聞くような精霊ではない。 よく力を貸してくれたものだ」
 信じられない顔でおばばが祐巳を見つめる。

「フェンリルだけじゃなく、闇の精霊・シェイドも力を貸してくれました。 魔界の底には他の精霊たちあまりいなかったみたいです」

「精霊や妖精たちは魔界の瘴気を嫌っておるのじゃ。 好き好んで入り込むものはおらんじゃろう。
 闇の世界だからなんとかシェイドは入れたようじゃがなぁ・・・。 あとは ”エアリアル”・・・。 それくらいかのぅ」

「はい。 エアリアルのいるところ、ティターニア様もおられるそうです。 でも、おばばさま・・・。
 わたし、『フォーチュン』 を壊しちゃったの。 『癒しの光』 を使うときには、おばばさまの杖を貸してね」

「馬鹿者! お前には 『セブン・スターズ』 があるじゃないか。
 セブン・スターズの7つの力、そのうちの”風”、”火”、”土”、”金”、”水”を使用すれば 『癒しの光』 は生み出せる。
 ふぅ。 まだまだ、その力を引き出しきれておらんようじゃの。 また修行に来るか?」

「え・・・、あ・・・、え〜〜っと。 たまに温泉に入りに行くね? それで許して〜」
 祐巳が困ったような顔でおばばに答える。

「それで・・・。蓉子たちは生き返るの? 内臓がごっそりなくなってるんだよ?」
 心配そうな顔で聖が祐巳に聞く。

「えっとですね〜。 まず皆さんの体からそれぞれ細胞の一部を切り取ります。
 それを、培養液の中で体にあうように内臓を形成します。
 その内臓を体のなかに収めた後、 『理力の剣』 でもう一度、体を切断してから再生内臓と結合させます。
 その途中に、聖さまのシルフィードを体の内部に進入させて、魔界の瘴気を取り除いていただきます。
 そうすれば、一応、体は元どおりになるはずです」

 すらすらと聖に手順を説明する祐巳。 ただ、どことなく心配そうな顔をしている。

「う〜ん。 難しいことはよくわからないけど、とにかく出来るんだね?
 で、志摩子は外科手術の手伝いをすることはわかったけど、わたしは何をすればいいのかな?
 わたしのシルフィードを使うのはいいんだけど、わたし、自分自身の意志でシルフィードを動かしたことがないから、どうすればいいのかわからないよ?」

「あのですねぇ。 実は一番大変なのは聖さまなんです。
 聖さまはしっかりと意識を保った状態で生体間輸血に耐えていただかなければなりません。
 それも、5人分も。 かなりの苦痛を伴います。 でも、これ以外に方法が無いんです。 すみません、よろしくお願いいたします」

「うん。 それくらいの負担で蓉子たちが元に戻るんならお安い御用だよ。
 生体間輸血、かぁ。 それでシルフィードが力を発揮できるんだね? ところで時間はどれくらい掛かるのかな?」

「再生内臓の形成に一人当たり2日くらいですかねぇ・・・。 で、結合手術にはおそらく1日ががりになると思います。
 途中休憩を入れながらになりますので、5人全員の手術が終わるまで、3週間は必要かも」

「けっこう長丁場になるわね。 じゃ、まずはこちらの体力をつけないとダメってことか〜。
 他のみんなの状態を見終わったら食事に行きましょうか。 では出発〜」

 一番大変だ、と言われたのに長丁場になるとわかるとすぐに食事へとその思考を変える聖。
 さすがと言うべきか・・・。 まぁ、基本能天気な人なのだろう。



☆★☆ この物語の最終日 ☆★☆

〜 10月27日(金) K病院 〜
 
 K病院の玄関に2台の救急車が到着した。

 それぞれの救急車から運び出されたのは、福沢祐一郎、みき夫妻である。
 10年間も植物人間状態であった2人がこの病院に搬送されたのは祐巳の指示によるものであった。

 K病院の大会議室に7つのベッドが円形に並べられた。

 福沢祐一郎、みき夫妻、それに、水野蓉子、鳥居江利子、小笠原祥子、支倉令、島津由乃。
 
 その円の中心に 『セブン・スターズ』 を顕現させた祐巳が立っている。
 その様子を小笠原清子を始め、それぞれの家族が部屋の壁に沿って立ち、見守っている。


 水野蓉子たちの治療がすべて終了したのは一昨日、25日のことであった。
 しかし、手術が終了したと言うのに誰一人目覚めるものはいなかった。

 そのことにそれぞれの家族、騎士団、リリアン女学園関係者は胸を痛めていた。

 ただ、この事態には祐巳は当然、とみんなに説明をしていた。

「この7人は、それぞれソロモン王による攻撃を受けています。
 一度は精神まで侵されていますので、体が元に戻ったからといって自分自身の意志で動くことは出来ません。
 そのために、最後に一つだけ、儀式を行う必要があります」、と。


 
 円の中心に立った祐巳が魔法詠唱を始める。

「精神の牢獄に囚われし魂よ。 さまよえる永劫の闇を汝の戒めより解き放て。
 我は光。 我は闇。 癒しの光を顕現せしもの。
 すべての精霊に求め訴えたり。 消滅は決して苦痛の海に潜むものではないことを示せ。
 解放せよ。 その力を手放すことは敗北ではないことを知れ。 安息の眠りにつくがよい」

 祐巳の詠唱が続く。
 祐巳を中心に巨大な魔法陣が生み出されてゆく。
 
 そして祐巳は舞い始める。
 この戦いの日々を思い出しながら。

 ・・・パピルサグに貫かれた江利子の兄。
 ・・・魔物に惨殺されてゆく騎士団員たち。
 ・・・魔王になぎ払われる人々。
 ・・・魔王・ベリアルに貫かれ立ったまま焼き殺された栄子先生。
 ・・・由乃に切り取られ宙を舞った自分の右腕。
 ・・・自らの手で姉の体を抉った感触。
 ・・・自らの半身のように大事にしていたフォーチュンの破壊。
 ・・・最後にこの手にボタリと落ちた左目。

 それは、辛く苦しい体験であった。
 二度と経験をしたくないほどの試練であった。

 だが、この戦いの中で数多くのものを得た。

 ・・・志摩子との友情・信頼。
 ・・・由乃とのたわいも無く楽しい時間。
 ・・・蓉子から教わった強く優しい心構え。
 ・・・江利子の隠された熱い情熱。
 ・・・聖のくじけない心。
 ・・・令のたおやかな心遣い。
 ・・・妖精王から授けられた薔薇十字 セブン・スターズ。
 ・・・ティターニアからの厚い加護。
 ・・・魔王・マルバスの忠誠。
 ・・・山梨のおばばからはすべての力を引き出してもらった。
 ・・・清子から受けたかけがえのない愛情。
 ・・・そして、最も愛する祥子との日々。

 詠唱を唱え舞い続ける祐巳の周囲に7つの精霊たちが集まる。

 いつのまにか、部屋の中に妖精王・オベロン、その麗しき妻ティターニアがクー・フーリンに率いられたフェアリー・ナイトの一団と共に姿をあらわす。

 そして・・・。 ついに祐巳の詠唱と舞が終わる。
 魔法陣は、立ち上る光により7つのベットを覆いつくしていた。

 祐巳は魔法陣の中心に、小さく黒い球体を置く。
 それは、祐巳の失われた左目。
 ソロモン王の監獄となり、祐巳の体から切り離された左目だった。

「ソロモン王に永遠の安息を。 そのあるべき場所に還られんことを。 
 『ファイナル・ブレイク!』」

 祐巳の持つ 『セブン・スターズ』 が真紅の輝きを放つ。

 祐巳は、セブン・スターズを高く掲げ、一気に左目に叩きつけた。



 そして、この長い物語は終わる。

 その左目に監禁していたソロモン王の怨念を過去に送り込み永遠の安息を与えた祐巳。

 すべての魔力と体力を使い果たした祐巳は一時的に気を失った。

 次に祐巳が目覚めたのは、あたたかな胸の中。

 かつて経験したことのない安らかな感覚。

(この感覚・・・。 懐かしい・・・。 おかあさんの匂いがする・・・)

「祐巳ちゃん。 ・・・・ 祐巳ちゃん ・・・」

 この声。 随分昔に聞いた声。

「おかあさん!!」

 祐巳を抱きしめていたのは、みきであった。

「えぇ、祐巳ちゃん。 随分大きくなったわねぇ。 ごめんなさいね。 あなたを一人にして。 そして・・・ありがとう」

 みきは、再度祐巳を抱きしめる。

「ううん、おかあさん、わたし一人じゃなかったの。
 ねぇ、見て。 ここに居る人たち。 みんなわたしの大事な人たちなんだよ」

 みきにそう告げると、祐巳は一人で立ち上がる。

 その祐巳を見つめるたくさんの瞳。

 祐一郎がいる。 祥子がいる。 清子がいる。 山梨のおばばが。 山百合会の仲間たちが。 数限りない妖精たちが。

 祐巳は両手を広げ、太陽のような笑顔でみんなを見つめる。

「みんな、ありがとう!! みんな大好き!!」

 大きな声で感謝の言葉を力いっぱい叫んだ祐巳。

 大きな歓声が沸きあがり、涙と拍手がいっぱいに広がる。

 祥子が、志摩子が、みんなが祐巳のもとに駆け寄り祐巳を抱きしめる。

 祐巳を中心に大きな薔薇の花冠があらわれた。



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 愛読者vさま、mkyさま、K2Aさま、bqexさま、素晴さま、レンさま、奈々氏さま、デネブさま、通りすがりさま、蘭さま、リヨウさま、クゥ〜さま、etoileさま、弥生さま、名無しさま、紅蒼碧さま、000さま、これまでの作品にコメントをいただいたこと、本当に感謝しています。 ありがとうございました。

 また、たくさんの投票をいただいたこと、感謝しています。
 後押しをされたことでここまで書き進められたと思っています。


 実はこの物語の最終日、10月27日は個人的に一番大事な記念日だったりします。

   ここまで支えてくれてありがとう。

ex



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