「マホ☆ユミ」シリーズ 「祐巳と魔界のピラミッド 」 (全43話) のアフター
このお話は、長期にわたって連載したシリーズの後日談になります。
身に余る高評価をいただいきました。 投票してくださったすべての方に感謝しています。
みなさまに感謝の気持ちを表したくて書きました。
【No:3258】【No:3259】【No:3268】【No:3270】【No:3271】【No:3273】【No:3274】【No:3277】【No:3279】【No:3280】【No:3281】【No:3284】【No:3286】【No:3289】【No:3291】【No:3294】【No:3295】【No:3296】【No:3298】【No:3300】【No:3305】【No:3311】【No:3313】【No:3314】【No:3315】【No:3317】【No:3319】【No:3324】【No:3329】【No:3334】【No:3339】【No:3341】【No:3348】【No:3354】【No:3358】【No:3360】【No:3367】【No:3378】【No:3379】【No:3382】【No:3387】【No:3388】【No:3392】 の、アフターとして
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〜 10月27日(金)からのことを少しお話ししましょう。 〜
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K病院でのソロモン王の過去への転移消滅とともに、完全復活を果たした7人。
祐巳の両親、蓉子、江利子、祥子、令、由乃は祐巳の行った儀式により精神の根幹を支配していたソロモン王の呪がすべて消え去り、詰め掛けていた家族たちと歓喜の再会を果たしたのだ。
その日は、病院で簡単な検査を行い体調を確認。
山百合会のメンバーは、お互いに話したいことは山ほどあったのであるが、まずは家族を優先しそれぞれの家庭に帰っていった。
しかし、志摩子だけはこれまで半年間共に暮らしていた祐巳の家を出ることになった。
元々、魔界の脅威により通学がままならなくなったことでリリアンに近い祐巳の家を頼ったのである。
魔界のピラミッドが消失し、通学に支障がなくなったことで下宿する理由も消えてしまった。
それに、祐巳の家にはもちろん両親が戻ってくる。
さらに祐巳には新しく、祐麒という弟(マルバス)までできたのだ。
祐巳の家に下宿することを快く許してくれていた志摩子の両親は、祐一郎とみきにこれまでの事情を話す。
祝部家と藤堂家のことも。
はるか過去から続く両家の関係に驚きながら、家族ぐるみの付き合いをすることを約束した。
「家族ぐるみのお付き合い、って、なんだか恋人同士みたいだねぇ」
なんの気なしに言った祐巳の言葉に真っ赤になる志摩子。
しかし、祐巳と離れて暮らさないといけない、そう考えると寂しさが募る。
志摩子は口に出来ない思いを必死で押し殺し、ただ祐巳を抱きしめるしかなかった。
「志摩子さん、毎日学校では会えるし〜。 それに、時々は志摩子さんのおうちに遊びに行ってもいい?」
「うん・・・。 うん」
志摩子はこぼれそうになる涙を祐巳の肩で隠して頷く。
こうして、志摩子は半年振りに小寓寺へと帰ることになったのだが・・・。
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〜 10月29日(日) 小笠原邸 〜
この日、小笠原家では薔薇十字所有者とその家族が全員集合していた。
小笠原家主催のパーティ。
魔界のピラミッド消失に力を尽くした人々たちも集まったのであるが、ごくごく身内の慰労会、といったものである。
パーティーの冒頭に、それぞれがピラミッド内部に持って行ったアナライズシステムによる魔界探索の映像も編集され、紹介された。
あまりにも悲惨なシーンが多すぎたため、魔界探索の映像はごくごく断片的なものではあったが。
最初の映像は、ピラミッドに進入する前の祥子の7呪文同時詠唱。
何度見ても惚れ惚れとするようなその呪文。
あらためてパーティに集まった人々から感嘆のため息が漏れる。
次に、魔王・フラロウス、魔王・ゴモリーとの戦闘シーン。
しかし、その後の魔王・ベリアルとの戦闘シーンはあまりにも悲惨な状況であるため、公開はされなかった。
そして、蓉子を守って散った騎士団員、聖を守った保科栄子先生への弔辞が読み上げられ、涙する人も多かった。
そして、蓉子のアナライズシステムに記録されていたソロモン王。
3000年の時を飛び越え、現代に現れた偉大なる王。
その荘厳とした佇まいに、一同は圧倒される。
しかし、蓉子の啖呵に一同から大喝采がわきあがった。
そして、ベルゼブブと対決する祥子の映像。
最強の魔王と、現代最高の魔法使いの娘の一戦。
その戦いは見るものを夢中にさせる。
そして、祥子の最後に使用した静かなる最強呪文、『メルト・ダウン』
小笠原清子をはじめ、この場に集うすべての魔法使いを唸らせる呪文に会場はシーンと静まり返る。
たしかに、現代最高の魔法使いの娘として 『爆炎の淑女』 の異名を取る祥子。
清子と祐巳が感極まったように祥子に抱きつく。
「お姉さま!! すごい! こんな精神もギリギリの状態で・・・。 ほんとにすごいです!」
「祥子、あなたはすでにわたしをはるかに超えたわ。 ほんとによく頑張りましたね」
祥子は少し困ったように笑う。
「いいえ、お母様、これもお母様の教えと、お姉さまの指導があったからです。
そして、わたしの心の中には何時も祐巳がいました。
祐巳に恥ずかしくない姉になれるように、そう言い聞かせながら戦ったんです」
それに・・・、と祥子が言う。
「この魔法を使った時にはすでに精神的に壊れそうになっていました。
そんなとき、祐巳が現れたんです。 あのときはほんとに嬉しかったわ。 だってもう二度とあなたの笑顔が見れないかと思っていたのですもの」
「お姉さま・・・」
「でも、そこまでがわたしには限界でした。 祐巳と二人で麻痺薬を作り始めていたとき、その時からわたくしの心に暗闇が広がっていきました。
祐巳、本当にごめんなさい。 わたし・・・。 あなたを刺したのに・・・」
祥子は祐巳を抱きしめながら悔恨の涙を流す。
「いいえ、お姉さま。 わたし大丈夫でしたよ? あの状態なら簡単に終わらせることが出来たのに・・・。
それでも、お姉さまはそうしなかった。 お姉さまはギリギリで踏みとどまれたんです。
お姉さまの強い心で。 わたしを守ってくださる強い心で」
「うふふ。 祥子、祐巳ちゃん、あなたたちの絆の強さはここにいる皆さんがわかってくださっているから。
あまり、熱いラブ・シーンを見せられると、他の方が困ってしまうわ」
「あ! すみません!」
思わず真っ赤になって離れる祥子と祐巳だった。
その後、映像は進み、再度ソロモン王の映像。
今度は、聖、祐巳、志摩子の三人がソロモン王と話しをする場面。
画面に映し出される祐巳たちの台詞に一同はあっけにとられる。
「ソロモン王。 わたしは福沢祐巳。 あなたを倒しに来ました」
「同じく、藤堂志摩子。 ソロモン王、もう終わりにしましょう」
「佐藤聖だ。 これまでのわたしたちの苦しみ、そっくり返してやるから覚悟しな」
そして、最後の祐巳の台詞。
「ソロモン王・・・。 あなたこそこれで終わりです。
カビの生えたような選民思想。 それを持って魔界にお帰りなさい。
それと、一つ教えておきましょう。 現代はね、民主主義、っていう世界なのよ。
そこに、王様だとか、貴族だとか、生まれながらの身分の差なんて無いんだ。
独裁者は要らないんです。 すべての人間が尊重されるの。
一人の王様の下に人民がひれ伏す世の中じゃないの。
わたしたちはね、みんなが王様なんだ。 自分と言う領地を持つたった一人の王様。
だからみんな、シャン、と胸を張って生きているんだ。
”生きて” いるんだよ。
あなたの世界は ”死” の世界だ。 わたしたちは、”生” を守るため ”死” と戦う!」
その瞬間、パーティー会場は割れんばかりの拍手と喝采に包まれる。
ところが、聖と志摩子、そして祐巳は恥ずかしさで真っ赤になってうつむく。
(あっちゃ〜。 自分で聞くとよくもまぁこんな恥ずかしい台詞を・・・)
(・・・。 こんな・・・。 恥ずかしすぎます。 ・・・ どうしましょう?)
(ひえ〜〜。 まさかこんなこと言ってたなんて・・・。 ダメ・・・もうダメージ大きすぎ・・・)
まるで、公開羞恥刑にあったかのように顔から火が出る思いの三人であった。
☆
映像の公開が終わると、このパーティーの主催者である小笠原融、清子夫妻から、薔薇十字所有者たちにねぎらいの言葉が。
そして、ホール、リビング、中庭を使い、立食で自由な移動の出来るパーティーを行うとの開催挨拶があった。
鳥居江利子はこの席で小笠原研究所への入所を志願した。
江利子は、今回の映像解析を行うチームに配属されることを希望。 その分析に力を注ぎたいと小笠原清子に訴えた。
清子は高校卒業と大学への進学を条件にその希望を受け入れることにした。
江利子の持つ類まれな分析力は、彼女自身の強い好奇心のもと、魔界研究に大きな役割を果たすであろう。
☆
水野蓉子は、今回の件で最も重要なソロモン王の精神支配について独自の見解を述べた。
ソロモン王が、魔王や人間を支配するために埋めこんだ ”ソロモン王のスペル”。
ソロモン王は、魔王たちを支配しその力を操るために、ある道具を使用していたこと。
一つは、自身の指にはめられていた「ソロモンの指輪」。
もう一つは、自身の玉座の下に刻まれた六芒星の魔法陣。
最後に、支配する対象に直接埋め込む五芒星と、それにスペルを書き込んだ魔法陣。
ソロモン王は配下の魔王・ブエルを使い、その分身を五芒星として、支配するものに取り付かせ操っていた。
ブエルを取り付かせることで魔界に適用する体になり、ブエルの力を本人の力として使用できるようになるため、強力な力を得ること。
さらに、ブエルと同化することで精神の一部が支配され、理性が次第に抑圧されていくこと。
その支配は、取り付かれたものの精神の強さにより時間差が生じることも。
普通の人間であれば、ブエルが取り付いた瞬間、ソロモン王の言いなりになってしまう。
自己を確立していなければ、完全に取り込まれてしまう。
薔薇十字所有者にもブエルの支配が及ぶまでの時間に差が見られた。
水野蓉子、鳥居江利子の二人は、ほぼ3日間自己を保つことが出来た。
蓉子の目には、令は2日目の夕方から行動が過激になり、3日目の朝にはかなり支配が進んでいるように見えた。
祥子も同様であったが、そばに蓉子がいることで自己を律する気持ちが強まったのだろう。
令よりはやや長時間持ったようだ、と。
そして、自分自身にもソロモン王の支配の影響が表れ始めていたことが述懐された。
行動がいつもより残酷になっていったこと、そして感情の起伏が次第になくなっていったことも。
ソロモン王のスペルを組み込まれた魔王・ブエルの分身が背中に浮かび上がれば、完全にソロモン王の支配下に置かれるようになるのだ。
また、本人の意志がいかに強くても、ソロモン王の意志により、支配されることになる、と。
これは、3日目の12時に蓉子と江利子が同時に自己を失ったことでも証明される。
実際に、令の話を聞くと、江利子から黄薔薇の十字剣を捜しに行くように命じられた直後から意識が変化したことがわかる。
祥子も、ベルゼブブを倒した直後にその状態になったが、祐巳と再会することで、また自己を少し取り戻したのだ。
ベルゼブブを倒した後、その部屋で蹲っていた時、あのときには祥子はソロモン王の支配と自己の理性との間で、静かな戦いをしていたのだ。
蓉子の見解を聞き終わった祥子は少し拗ねたような声で蓉子に問う。
「お姉さまはいったい何時そのことに気づいたのですか?」
「ソロモン王が 『何時まででも待つ』、って言った時。 あのときソロモン王は ”どうせ一日も持たないだろうが” って考えたのがわかったからよ」
「わたしは蓉子の態度、かな。 それに令の様子と祥子の様子、見てれば行動が変化していくのは簡単にわかったわ。 だからこのことを研究すれば面白そうだと思っているのよ」
さすがに薔薇様方二人は以心伝心だったようだ。
その言葉を聞いた令と祥子は顔を見合わせ、
(やっぱりお姉さま方にはかなわない・・・)
と思う。
「まぁ仕方ないわ。 二人とも二日以上もよく持ったと思う。
令は薔薇十字を失ったショックを抱えていたし、祥子は魔力の使用しすぎと、そうねぇ体力不足もあったかも。
わたしたちとの差といったらそれくらいなものよ。 自信を失わなくてもいいわ」
水野蓉子、あいかわらず人の内心を読む力はますます健在なようである。
☆
小笠原融、清子夫妻と、福沢祐一郎、みき夫妻は10年ぶりの再会を喜び合う。
そして祐巳の成長の過程を写真や映像を通して4人で感慨にふけっていた。
「清子さま、祐巳がお世話になりました。 ほんとうの娘のようによくしていただいて感謝の言葉もありません」
「いいえ、みきさん。 祐巳ちゃんは良い子だから、本当はこのまま養子にほしいくらいなのよ」
と、清子は笑う。
「それに、祐巳ちゃんは祥子のプチ・スールになったんですもの。 もう我が家の家族も同様と考えてくださればいいわ」
「我が家、といえば、家の管理もしてくださって。 重ね重ねありがとうございます」
「いいえ。 あなた方を10年もベッドに縛り付けてしまった事故。
あれは小笠原の責任です。 それを果たしただけですのよ。 気になさらないで」
清子とみきが話をしている間、融と祐一郎もなにやら小声で話をしていた。
「ええっと、みきさん、祐一郎君には今承諾をもらったんですが・・・」
と、融がみきに話しかける。
「実は、現在京都で新研究所の建築計画が進んでいるのです。
すでに用地の買収も終わっていますので、祐一郎君にそこの建築スタッフの責任者として行って頂きたいのですが」
「ちょっと、あなた!」 と、驚いた声で清子。
「みきさんたちはやっと祐巳ちゃんと再会できたのよ? 祐一郎さんを単身赴任させる気なの? それとも祐巳ちゃんを転校させるおつもり?」
「おや? 清子は反対なんだねぇ? 困ったな。 この仕事は祐一郎君が一番の適任だと思ったんだが」
どうも小笠原融、人情の機微には疎いようである。
「ごめんなさいね、みきさん、祐一郎さん。 この人、思いついたらすぐ話を進めてしまうんだから」
と、みきと祐一郎に謝る清子。
「いいえ、お待ちください、清子さま。 融様は主人のことを考えておっしゃってくださるのですから。
それに・・・」
と、祐一郎を見ながら、
「この人は行きたそうですし。 そうなんでしょう?」
「あぁ。いいチャンスだと思うんだ。 僕自身は時間がたっているように思えないんだが、もう10年も経っている。
時代に取り残されないためにも、もう一度建築の勉強をかねて新研究所の設計に携わってみたいんだよ」
祐一郎はやはり仕事の魅力に惹きつけられている様だ。
「そうですか・・・。 みきさんはどうなさるの?」
「ええ。 主人が行きたい、というのに止める理由はありません。 わたしもついていこうと思います」
「そう・・・。 わかったわ。 二人がそのようにお決めになったのでしたら私も反対しませんわ。
ただ、祥子が悲しむわねぇ。 あの子、祐巳ちゃんに随分依存しているから。 それに祐巳ちゃんも寂しがると思うわ」
「いいえ、清子さま。 親の都合で子供の心に傷をつけるわけには参りません。
京都へは二人で行こうと思います。 幸い祐巳には支えてくださる皆さんがいらっしゃいます。
特に、祥子さんと志摩子さん。 水野蓉子さんたちも素晴らしい方々ではないですか。
わたしたちは安心して京都に行くことができます」
「そんな・・・。 あなたたちやっと10年ぶりに祐巳ちゃんと暮らせると言うのに。
それこそ、家族の団欒を断ち切るようなことは出来ませんわ」
「はい。 でも清子様。 わたしたちは10年離れていても気持ちは繋がっていたんですよ。
それに外国に行くわけではありませんもの。 たかが京都と東京。 すぐに帰ってこれます。 安心してください」
「それでは祐巳ちゃんはまた独り暮らしになってしまうわ。 どうしましょう?」
「そのことなのですが、志摩子さんのご両親にまた同居してくださらないかお願いしようかと思うんです。
昨日の志摩子さんと祐巳の様子を見ていたらいたたまれなくって。
祐巳と相談した後、志摩子さんとご両親にお願いに行ってまいります」
「わかったわ。 あなたたちが京都に行っている間はわたくしが祐巳ちゃんの後見人になります。
では、さっそく祐巳ちゃんたちと相談しに行きましょうか」
清子とみきは仕事の打ち合わせに入った融と祐一郎をおいて祐巳たちを探しにいった。
☆
祐巳と志摩子、由乃の三人は広い小笠原邸の探索中。
「ここがお姉さまの部屋でね、その隣がわたしの部屋だったの。
懐かしいなぁ。 子供の頃はこの廊下で迷子になったこともあるんだ」
「お帰りなさいませ。祐巳お嬢様」 と、使用人が声をかける。
「ただいま。 今日はお世話になります」 と、ぺこりと挨拶する祐巳。
「祐巳さん、お嬢様をしてたんだね〜。 こんなに広いお屋敷に住むってどんな感じだったの?」
「ん〜。子供だったからよくわからないままだったかも。 でも、松井さんとか優しくしてくれてとても楽しかったなぁ。
毎日、お姉さまが魔法を教えてくださったり、おかあさまがミルフィーユを焼いてくださったり。
わたし、おかあさんとおとうさんがずっと入院していたから、きっとわたしを寂しがらせないようにって気を使ってくださっていたんだと思う。
わたしはね、ずっと誰かに守られていたんだ。 だから、今度のことでみんなを守ることが出来たからすごく嬉しいの」
大きなお風呂、来客用のトイレ、煌びやかな装飾を施された茶室、美しい中庭・・・。
志摩子と由乃は歓声を上げながら祐巳についてゆく。
中庭を散策中に母屋のほうから使用人の一人が現れ、「祐巳お嬢様」 と、声をかける。
「奥様がお探しでしたよ。 リビングでお待ちする、とおっしゃっておりましたのでそちらへ」
「わかりました。 ありがとうございます」
祐巳は使用人に礼を言うと志摩子と由乃を振り返る。
「えっと、わたしリビングに行くけど二人はどうする?」
「お邪魔じゃなければご一緒したいわ。 それにこのまま放り出されても迷子になりそうだもの」
「あはは、それ言えてるかも〜。 じゃ、こっちだよ」
三人は清子たちの待つリビングに向かった。
☆
祐巳と志摩子、由乃の三人がリビングに入ると、そこには小笠原清子、祥子親子、福沢みき、それに志摩子の両親が揃っていた。
その席で、祐一郎、みき夫妻が京都での仕事のために東京を離れることを聞かされた祐巳。
祐巳はさすがに両親と離れたくない、と訴えたが、みきは、
「祐巳ちゃんには、リリアンを卒業してもらいたいの。 それに祥子さんも祐巳を支えてくださる、とおっしゃっているわ。
それに、さきほど藤堂さんには許可をいただいたのよ」
と、志摩子の両親に視線を移す。
「志摩子さんさえ了承してくだされば、また志摩子さんを福沢家に住まわせてくださるそうよ」
「本当ですか! お父様、お母様!」
と、志摩子が驚いた顔で両親を見る。
「えぇ。 昨日涙の別れをさせたばかりなのにごめんなさいね。 お願いできるかしら」
みきは、志摩子の答えを聞く前から笑顔を浮かべている。
「ねぇ、おかあさん。 それで京都へは何時出発するの?」 と、祐巳。
「引越しの準備もあるから、来月の中旬になるかしら。 まだ二週間ほど先ね」
にっこり笑いながら祐巳に語りかけるみき。
「二週間の間に、祐巳ちゃんの成長した姿を私たちに見せて頂戴」
「うん、わかった。 京都だもんね。 すぐに会えるよね?
志摩子さん、これからもよろしくお願いします」
「こちらこそよろしく。 祐巳さん。 また一緒に暮らせるのね。
お父様、お母様、許してくださってありがとうございます」
それに、と志摩子が微笑む。
「なにかあれば、妖精王の指輪があるわ。 すぐ飛んでいくことができますから。
おばさま、安心してください。 きちんと祐巳さんは送り届けますから」
「そっか! そうだね! さすが志摩子さん。 頼りにしてます〜」
こうして、二週間後には、再度福沢家で暮らすことができるようになった志摩子であった。
☆
中庭の一角で、聖と令が二人でテーブルに座っていた。
「お姉さまから黄薔薇の十字剣を探しに行くように言われてから先の記憶がどうも曖昧なんです。
ベルアルに弾き飛ばされた剣を探し続けて、邪魔な魔王を狩って、その後、由乃に会って・・・。
自分のしてきたことはぼんやりと覚えているんですが、なぜそんな行動をとったのかわからないんです。
わたしは、ソロモン王に完全に支配されていたんでしょうか?」
「蓉子の言うとおりならそうなるんだろうね。 時間を追うごとにだんだん精神が支配されていった、ってとこかな。
でも剣を弾き飛ばされたのは令の責任じゃない。
べリアルは強大だった。 みんなの力を合わせたから倒せたけど、1対1で勝てる相手じゃなかった。
私だってね・・・。 栄子センセに守られていなかったらあの場で死んでいたでしょう。
毎晩夢に見るんだよ。 眼の前で炎に包まれた栄子センセの姿をね」
「聖さま・・・」
「でもね。 私たちは前を見て進んで行かなくちゃいけない。
江利子のお兄さまが亡くなったときに学んだでしょう? 尊い犠牲を無駄にしないためにも、しっかり生きていかなくちゃ。
それに、由乃ちゃんを見てみなよ。 あの子は守られるだけであることを良しとはしない。
あの子に恥ずかしくない姉になるためにも・・・。 ほら、しゃんと胸を張って!!」
「そうですね・・・。 ありがとうございます、聖さま。
でも、どうしても考えてしまうんです。
薔薇十字剣を失った私がこのまま黄薔薇の蕾でいいのか、由乃をあんな目にあわせた自分が由乃の姉でいいのかって」
「おいおい・・・。 去年、妖精王に薔薇十字を返したり、今だに妹もいない人の前でそれを言うかなぁ?」
「あ! すみません!」
「ふふっ。 あっはっは! そこで謝られると余計傷つくんだけどな。
まぁ、気にするなって。 薔薇十字のことはまた妖精王に会いに行けばいい。
妖精王なら、令の薔薇十字がどうなったか知っているでしょう。
そうだね。 令がこれからしなくちゃいけないことは由乃ちゃんを立派な薔薇十字所有者として鍛えること。
それが出来たら二人で妖精王に会いに行きなさい。
なにもしてあげなかった先輩だけどね。 これだけはロサ・ギガンティアとして言っておくよ」
令はじっと聖を見つめる。
佐藤聖、この人は、一体どうしてこんなに鋭いのだろう。 他人に対する洞察力が異常すぎる。
どうして、こんなに簡単に自分の求めている答えを見いだせるのか。
普段から自由人として自由気ままに過ごしているこの人。
この人もまた、自分よりも遥かの高みにいるのだ。
令はこの時、改めて聖がロサ・ギガンティアとして君臨している理由を悟った。
同時に、水野蓉子、それに自らの姉である鳥居江利子の偉大さも。
あとほんの数ヶ月で自分と祥子はこの偉大な薔薇たちの後を継がなければならない。
令は、最大限の敬意を込め、その場で頭を下げるのだった。
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〜 10月30日(月) リリアン女学園 〜
リリアン女学園の正門前に黒塗りの高級車が止まり、ドアが開く。
中から出てきたのは、セミロングの銀髪が美しい少女と、艶やかな黒髪の大人びた少女。
二人は連れ立って背の高い門をくぐり抜けてゆく。
歩調を合わせながらマリア様の中庭まで歩く二人は小さな声で会話していた。
「お姉さま、すみません。 わざわざうちに寄っていただいて。
昨日のパーティでお疲れじゃないですか?」
銀髪の少女が黒髪の少女を見上げながら問う。
「いいのよ、気にしないで。 だってあなたがこの格好でバスに乗ったらパニックになってしまうわ。
あなた、もう少し自覚を持ちなさい。 ただでさえ目立つのに・・・。 しばらくはわたくしと一緒に登校しましょう」
にこやかに銀髪の少女を見る黒髪の少女の目は優しい。
「う〜。 やっぱりそうなんですかねぇ・・・」
と、こちらは少々困り顔の銀髪の少女。
「あたりまえよ。 銀髪に金眼の女の子がバスに乗ったらどうなると思っているの?
それも飛び切りのびしょ・・・、う・・・ぅん。 とにかくすごい騒ぎになるわよ」
「はぁ〜。 やっぱり髪の毛を染めないといけないんでしょうか?
シスター、髪を染めるのを許してくださるかなぁ? でもなぜか1日と持たずにこの色になっちゃうんです。 困りました」
「そうねぇ・・・。 銀髪の祐巳もとても素敵よ? それに染めてもすぐに色落ちしてしまうのなら染めたって無駄よ」
「はい。 学園長に相談してみますね。 それにしても・・・。 やっぱり人目を引いてますねぇ」
祥子と祐巳の紅薔薇姉妹が久しぶりにリリアンに登校する風景。
やはり、この二人が並んで歩くと華やかさが尋常ではない。
「まぁ、紅薔薇の蕾ですわ。 それに祐巳さんも」
「お二人ともひと月ぶりの登校ですわね」
「本当に、紅薔薇姉妹は華やかですわねぇ」
「美しいですわ・・・。 特に祐巳さんの銀髪。 ねぇ聞きました?」
「えぇ、魔界のピラミッドですごい魔法を使ったとか・・・。 その影響であの髪色になられたそうよ」
「それにあのオッドアイ。 あれも魔法の影響かしら?」
「幻想的ですわねぇ。 憧れますわ」
リリアンのお嬢様方はけっして大声では話をしない。
それでも、さすがに大勢の生徒が祥子と祐巳の姉妹の話題で盛り上がれば自然に耳に入ってくる。
「ほら御覧なさい。 リリアンの生徒でさえこれだけ注目するのよ。 あなたしばらく一人では出歩かない方がいいわね。
落ち着くまでは、私と一緒に行動すること、いいわね」
と、なぜか嬉しそうに祥子は祐巳を見つめながら言う。
「あら祥子、祐巳ちゃんの独り占めは感心しないわね」
気配も感じさせず近づいて声をかける人。
「お姉さま!」
そこにいたのは、水野蓉子、鳥居江利子、佐藤聖。
なんと、三薔薇勢ぞろいである。
「ちょうどそこで江利子と会ったのよ。 そしたらマリア様の前でぶつぶつ呟く不審人物を発見した、ってわけ」
蓉子は、顔を赤くしてそっぽを向く聖を見ながら笑う。
「そうそう。 そしたら祥子と祐巳ちゃんが近づいてくるのが見えたから、この不審人物も引っ張ってきたの」
江利子も、いかにもおもしろいものを発見した時のようにキラキラした目で聖を見ている。
「なによ、人を不審人物って! たまたまちょっと考え事をしてただけじゃないの」
と、拗ねたように怒る聖。
「へぇ〜。 聖が考え事、ねぇ」 ニヤニヤ笑う江利子。
「まぁ、原因はわかってるけどね。 昨日の祥子の家のパーティでもウロウロしてたしね」
さすがの聖も、蓉子と江利子のタッグにはかなわないようで。
「あ〜、もぅ、わかったわよ! 人を晒し者にして! ちゃんとお昼休みには言うから!」
クルリ、ときびすを返して去っていく。
「あらあら。 ちょっといじりすぎたかしら?」
「まぁ、ちょうどいいんじゃないの? 聖ってああ見えて大事なところで奥手だしね」
クスクス笑いあう薔薇様二人。
「あぁそうだ、祐巳ちゃん。 由乃ちゃんと志摩子に会ったらお昼休みに薔薇の館に来るように言っておいてね。
もちろん、祥子も来なさい。 令にも言っておいてもらえると助かるわ」
蓉子は祥子にそう言い残すと、「ごきげんよう」 と言いながらその場を後にする。
「ふ〜。 嵐のように去っていきましたね〜。 ロサ・キネンシスの用事ってなんでしょう?」
と、祥子を見上げる祐巳。
「そうね。 今年は学園行事を何一つしていないし・・・。 その打ち合わせかしら。
あと2ヶ月で2学期が終わりだなんて信じられないわ」
「そういえば、体育祭に文化祭、お姉さまの修学旅行に・・・。 何一つ出来ていませんよね」
「5月のマリア祭も、その後に行う予定の新入生歓迎式もおメダイの授与もしていないわ。
ずっと魔界の脅威でそれどころじゃなかったもの。 なにを行って何を削るか。 いろいろ考えることが多くて大変だわ」
「そのわりに薔薇様方、けっこう余裕そうでしたよね〜。 3年生はそろそろ受験のことも心配な時期なのに」
「あの3人なら受験は心配していないでしょうけど。 それより祐巳、早くお祈りをしないと遅刻してしまうわ」
「あ〜〜〜。 お姉さま! 急がないと! 復帰早々遅刻は困ります〜」
「そうね、急ぎましょう! 祐巳、早く!」
お祈りを急いで済ませた二人。
祥子は祐巳の手を握り、スカートのプリーツを乱さないギリギリのスピードで校舎に向かった。
☆
祐巳は予鈴と共に教室に飛び込んだ。
とたんに、ワーッ!と騒然となる教室内。
うわっ、と驚き教室の入り口で止まった祐巳の背中に、ドン、とぶつかる人。
「ごめんなさい! 大丈夫だった?」
それは少し上気した顔の志摩子だった。
「うわ〜。 あいかわらず志摩子さん、綺麗だね〜。 それにしても志摩子さんがぎりぎりなんて珍しいね」
祐巳は、色っぽささえ感じさせる志摩子をぽ〜っと見る。
「そ、そんなことよりっ! ほら先生がお見えになるわ。 早く席について」
志摩子はさらに顔を真っ赤にすると、祐巳の背を押して教室に入る。
「祐巳さん! 志摩子さん! お帰り!!」
「ありがとう! 祐巳さん、志摩子さん!」
「祐巳さん、銀髪綺麗〜」
「志摩子さん、素敵〜」
「お二人はこのクラスの誇りですわ!」
二人が教室に入ったとたん、クラスメイトが全員起立し拍手と歓声で迎え入れた。
祐巳達が魔界のピラミッドに進入しこの世界を救ったこと。
それは厳重な報道規制により、メディアに流れることは無かったが、リリアンの生徒なら全員が知っている。
特に9月末からは放課後全員でお御堂に集まり、薔薇様方の無事を祈念し続けていたのだ。
リリアンの生徒の中には、騎士団員の家族も多数いる。
そして、魔界との戦闘で、兄や姉を失ったものも多い。
さらに、リリアンでは養護教諭の保科栄子先生が尊い命を散らした。
生徒に人気の高かった『栄子センセ』の追悼ミサが行われたのはもう一ヶ月も前であるが、リリアンの各教室には栄子先生の遺影が飾られている。
10月3日の午後に魔界のピラミッドが地上から消失したニュースからもすでに4週間。
この4週間の間、祐巳と志摩子は病院に缶詰状態で、水野蓉子、鳥居江利子、小笠原祥子、支倉令、島津由乃の5人の治療に当たってきた。
その二人が、こうして1年桃組に帰ってきたのだ。
しかも、薔薇様方の登校風景は何人もの生徒に目撃されている。
祐巳と志摩子の行った治療が無事終了したのだと言うことは、すでにリリアン中に広まっている。
教室中が歓声に包まれるのも無理はないだろう。
朝のホームルームのために教室に入ってきた渥美先生も、優しげな目でしばらくこの歓迎風景を眺めていた。
☆
〜 10月30日(月) お昼休み リリアン女学園 〜
お昼休みなるとすぐに祐巳と志摩子は薔薇の館に向かう。
教室では休み時間のたびにクラスメイトからの質問の嵐。
その一つ一つの質問ににこやかに答えていた祐巳であったが、志摩子のほうはかなり疲れ気味のようだ。
ようやくお昼休みの直前の休み時間に、
「お昼休みには薔薇様方から薔薇の館に召集がかかっているので昼食はご一緒できません」
と、クラスメイトに断りを入れて、やっと一息、といったところ。
「ふぅ〜。 志摩子さん、お疲れ様。 みんなの質問、すごかったね〜」
「わたしよりも、祐巳さんのほうが大変だったんじゃないの?」
「ん〜。 でもみんな笑顔だったし。 みんなの笑顔でこっちも癒されたからなぁ。 逆に楽しかったかな」
「うふふ。 祐巳さんならそう言うと思った。
わたしは大勢の人に話しかけられるのに慣れてなかったから・・・。 それで緊張したんだと思うわ」
「志摩子さんは美人過ぎてみんなから敬遠されていたのかなぁ?」
「あら。 祐巳さんのほうが綺麗なのに。 やっぱり祐巳さんには人を惹きつける力があるんだわ」
「ちょっと! そこで恥ずかしい褒めあいはしない! 聞いているこっちが恥ずかしいわよ」
後ろから声をかけてきたのは由乃。
「ほんとにもぅ。 天然娘が二人そろったら最強だわ。 ・・・やっぱりわたしが突っ込み担当なのかなぁ・・・」
と、小さな声でブツブツと呟く。
「ごきげんよう、由乃さん。 昨日はお疲れ様」
「ごきげんよう。 ねぇ、令さま、元気になった?」
志摩子と祐巳がかわるがわる由乃に声をかける。
「まぁ少しはましになったかな? 一昨日までは全然ダメだったけどね。 ウジウジしちゃってさぁ。 人前ではなんとかなってるけど、家に帰ったら最悪だったのよ。
あの調子だと思いつめて何するかわからない、って思っていたけど昨日祥子さまの家から帰ったらちょっとましになってたわ」
「令さま、責任感が強いから。 薔薇十字をなくしたことがよほどショックだったのねぇ」
志摩子が気の毒そうな顔になる。
「令さまの責任じゃない、って言われても本人はそうは思っていない、ってことね。
でも、薔薇十字はピラミッドと一緒に魔界に落ちた、と考えると探し出すのって無理なんじゃないかなぁ?」
と、祐巳も困ったような顔。
「なんとか令ちゃんを元気付ける手があるといいんだけど。 二人とも協力してよね!」
「わ・・・、わかった。 なにを協力したらいいかわかんないけど」
三人の子猫たちは難問に頭を悩ませながらも薔薇の館に急ぐのだった。
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こうして、祐巳がリリアンでほんとうに待ち望んだ ”日常” がはじまるのです。
大きな事件を乗り越え、逞しく成長した祐巳。
しかし、普段の日常こそ人間を成長させる糧がいくつも転がっているものです。
特別でないただの一日。
その一日一日を大切に過ごすことが今の祐巳にとって、一番幸せで素敵なことなんです。
あとがき
これで、マホ☆ユミ シリーズ 「祐巳と魔界のピラミッド」 は終了です。
全43話、4部構成の長い物語+後日談にお付き合いくださいましてありがとうございました。