「マホ☆ユミ」シリーズ 第2弾 「祐巳の山百合会物語」
第1部 「マリアさまのこころ」
【No:これ】【No:3408】【No:3411】【No:3413】【No:3414】【No:3415】【No:3417】【No:3418】【No:3419】【No:3426】
第2部 「魔杖の名前」
【No:3448】【No:3452】【No:3456】【No:3459】【No:3460】【No:3466】【No:3473】【No:3474】第二部完結
第3部
【No:3506】【No:3508】【No:3510】【No:3513】【No:3516】【No:3517】【No:3519】【No:3521】第3部終了(長い間ありがとうございました)
※ このシリーズは「マホ☆ユミ」シリーズ 第1弾 「祐巳と魔界のピラミッド」 の半年後からスタートします。
※ 4月10日(日)がリリアン女学園入学式の設定としています。(カレンダーとはリンクしません)
※ 設定は第1弾から継続しています。 お読みになっていない方は【No:3258】から書いていますのでご参照ください。
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「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
さわやかな朝の挨拶が、澄みきった青空にこだまする。
マリア様のお庭に集う乙女たちが、今日も天使のような無垢な笑顔で、背の高い門をくぐり抜けていく。
けがれをしらない心身を包むのは深い色の制服。
スカートのプリーツは乱さないように、白いセーラーカラーは翻さないように、ゆっくりと歩くのがここでのたしなみ。
もちろん、遅刻ギリギリで走り去るなどといった、はしたない生徒など存在していようはずもない。
私立リリアン女学園。
明治三十四年創立のこの学園は、もとは華族の令嬢のためにつくられたという、伝統ある魔法・魔術学園である。
東京都下。武蔵野の面影を未だに残している緑の多いこの地区で、神に見守られ、幼稚舎から大学までの一貫教育が受けられる乙女の園。
時代は移り変わり、元号が明治から三回も改まった平成の今日でさえ、十八年通い続ければ日本中で、いや世界各地で活躍する魔法使いや魔術騎士が巣立っていく貴重な学園である。
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〜 4月10日(日) リリアン女学園入学式 〜
「新1年生のみなさん、ご入学おめでとうございます。 山百合会を代表して・・・」
壇上ではロサ・キネンシスと呼ばれる生徒会長が新入生を迎える歓迎挨拶を行っている。
周囲の同級生たちは、みな一様に眼を輝かせながら生徒会長を見上げている。
その瞳に浮かぶ色は、尊敬、憧れ。
・・・どうも、このロサ・キネンシスという方、リリアンの大スターのようである。
漆黒の美しい髪、涼やかな瞳。 他を圧倒するようなオーラに、抜群のプロポーション。
なによりも、整いすぎ、ともいえる大人びた美貌。
(いったいどこのスターだというの?)
あまりの圧倒的な雰囲気に新入生の彼女は目を瞠った。
「リリアン女学園高等部の生徒会は、マリア様にちなみ、『山百合会』と称しています。
高等部では、生徒の自主性を重んじ、山百合会に生徒活動が任されています。
その分、規律ある生活が求められます」
新入生を軽く見渡しながら挨拶する姿は本当に堂々としている。
このような場で挨拶を行う事がよほど慣れているのだろう、と思う。
「みなさんが、早くリリアンの生活になれるように努力してほしいと思います。
山百合会を代表しての挨拶でした。 3年松組 小笠原祥子」
新入生が一斉に拍手をする。 なかには瞳に涙まで浮かべ、拝むように見ている生徒まで。
そして、次に新入生生徒総代による宣誓。
総代になるくらいだからよほどの成績優秀者なのだろう。
一目見ただけで、才気煥発そうだ、と印象に残る女生徒。
おかっぱ頭のまるで市松人形のような子だった。
この学園は幼稚舎から大学まで、一貫したエリート教育がおこなわれている。
排他的、とも思えるが、中等部から、あるいは高等部にも外部入学してくる生徒がわずかながらいる。
ただし、それは恐ろしく狭き門。
中等部からの持ち上がりの生徒たちはみなエリートのお嬢様ばかり。
この中に、外部から入学することがどんなに難しいことか。
今年の総代の生徒は外部入学だそうだ。
・・・もっとも、自分も高等部からの外部入学であるが。
今年の新入生の一人である細川可南子は、冷静に周囲を見渡す。
約230人ほどの新入生。
このうち、外部入学の生徒は20名ほどしかいないらしい。
可南子は数ヶ月前の学校見学会で、この学園の校風を見、純粋に憧れをもった。
その後、この学園について詳しく説明を受け、ますますこの学園に入学したいと思い、必死に勉学と実技に打ち込んできた。
リリアンのスール制度には驚きを隠せなかった。
学校見学会に来た時に耳にした 「お姉さま」 という呼びかけの言葉。
最初聞いた時は、「この学園には姉妹が多いんだなぁ」 と。
しかし、姉が妹を導くように指導する、という制度を聞いてまるで別世界だと思った。
そして、生徒会である山百合会。
そこに君臨する3人の薔薇様。
時代を一つ、二つ間違えているのではないかとさえ思える古い習慣にも可南子は好感を持った。
(なにより、この学校には汚らわしい男どもがいない)
わずかに教職員の中に男性は数名いるが、共学の高校にない安心感を可南子は感じる。
細川流槍術の使い手、日本有数の強豪として、純粋に尊敬をしていた父親に裏切られた可南子は男性にひとかたならぬ嫌悪感を抱いていた。
そのための女子高進学。
どうせなら、と、日本最高峰の魔法・魔術学園であるリリアン女学園に進学することを選んだのは必然だったのかもしれない。
自分と母親を裏切った父親から仕込まれた槍術のおかげで、この学園の入学試験にほぼ満点に近い成績で合格できたことは皮肉なことではあったが。
☆
入学式が滞りなく終わり、生徒説明会のために新入生は各教室に向かう。
入学式の会場となった講堂から退場する時に、可南子は教職員と並んで新入生に拍手を送る数人の生徒を眼にした。
その中に、先ほど在校生代表で挨拶をしたロサ・キネンシスもいることから、この人たちが山百合会の幹部なのだろう、と思う。
漆黒の髪の大人びたロサ・キネンシス。
その隣に立つのは長身、短髪のまるで少年のような生徒。
さらに、ふわふわ巻き毛の美少女。
三つ編みの可憐な雰囲気の少女。
そして・・・。 この場にはそぐわない銀白色のセミロング、片瞳が金のオッド・アイの美少女。
可南子は不躾にもその銀髪の少女を見つめてしまう。
銀髪の少女は可奈子と眼があった、と、その瞬間ににっこりと微笑みながら軽く左手を上げひらひらと手を振ってくれた。
前後を歩いていた新入生たちが ハッ と息をのむ音が聞こえる。
可南子の後ろを歩く生徒たちの足取りが急に遅くなったのを可南子は感じていた。
講堂を出て教室に向かう新入生たちが小声で会話している。
「ねぇ、さっき ”紅薔薇のつぼみ” が手を振ってくださったわ」
「ほんとうに。 まるで天使さまのような笑顔でしたわ」
「ますますお美しくなっているんじゃないかしら?」
「わたくし心臓が止まるかと思うくらい感激いたしましたわ」
可南子は教室に向かって歩く生徒たちの会話に耳を澄ます。
新入生たちが小声で話をしている人物が、あの銀髪の少女であることはすぐに分かった。
在校生代表で挨拶を行ったロサ・キネンシスよりも人気が高く、新入生の憧れの対象のようだ。
『紅薔薇のつぼみ』 という聞きなれない言葉。
その言葉を胸に刻む。
一目見ただけなのに、銀髪の少女のことが知りたくてたまらない。
あどけないしぐさ、心を溶かすような笑顔。
可南子は崇拝の対象を得た、と感じていた。
この日を境に可南子の生活は一変する。
男性に対する不信感や嫌悪感、父親に対する怒りに彩られた負の感情を背負いながらも、美しい銀髪の少女に仕えることを夢見る日々が始まった。
☆
入学式の間、松平瞳子はロサ・キネンシス=小笠原祥子と、そのプチ・スール=福沢祐巳を見つめていた。
小笠原家と松平家は縁戚関係にあり、瞳子の祖父は日本有数の魔術医師としてその名を知られた存在である。
また、瞳子の父親も小笠原財閥の一企業の重役を務めており、祥子と瞳子の関係も深い。
何度も小笠原家主催のパーティに出席したことのある瞳子は、祐巳とも2度ほど顔を合わせたことがある。
一番最初の出会いは印象深かったあの事件の日。 瞳子が小学5年生の正月。
祐巳の魔法により、小笠原清子が大怪我を負った時のことである。
その時の祐巳はまだ小等部の6年生。
瞳子と同級の西園寺家や京極家のお嬢様から炊きつけられ見境も無く攻撃呪文で清子の足を奪った祐巳。
その時には祐巳のことを気の毒にも思ったものだが、毅然とした態度を取れなかった祐巳にも少なからず怒りの感情も持ったことを思い出す。
そして2回目は昨年のこと。
小笠原家主催のクリスマス・パーティで祐巳と再会した瞳子は、祐巳の激変ぶりに驚いた。
幼かった容貌は息をのむほどの美貌に変わり、なによりもその髪と瞳。
そして、信頼しきった顔で祐巳と接する清子と祥子の様子を見て、瞳子は、「かなわない」 と悟った。
幼稚舎からの純粋なリリアンっ子である瞳子は幼いころから薔薇様に憧れていた。
そして、高等部に進学したら自分自身も薔薇様になりたい、とさえ思っていた。
中等部2年生の時に、祥子が紅薔薇の蕾の妹になったことを知った瞳子は、高等部に自分が上がったら祥子の妹になりたい、と思っていたのだ。
そのため、週末には祖父の経営する「丘の上の松平病院」を訪問し、医療魔術を身につける修行までしてきた。
医療魔術は特殊にして専門的な知識を必要とする魔術であり、使いこなすには血のにじむような努力が必要であった。
しかし、そんな努力も一年前に見事に打ち砕かれた。
小等部6年生の時より小笠原家から姿を消していた祐巳。
その祐巳が再びリリアンに帰ってきてすぐに祥子の妹に納まった、と聞いた時は嫉妬で胸がいっぱいになったことを思い出す。
それに誰でもが知っている昨年起こった魔界のピラミッド事件。
この前代未聞の危機に祐巳が身を呈して現世を守り抜いたこと。
祥子たちの命を救ったのも祐巳の力であったこと。
それは、高等部のみならず中等部に在籍していた生徒であれば全員知っていることだった。
では、祐巳の妹になれば?
そうすれば憧れている祥子と同じ紅薔薇の系統に名を連ねることが出来る。
しかし・・・、と瞳子は思う。
それは、小笠原の親族各家が持つ祐巳への 「庶民の娘のくせに」 という感情。
松平家も小笠原家の親戚筋としてそれなりに地位も権力もある名家であるが、京極家、西園寺家、綾小路家のような外戚の名家とはまた一線をかくす。
瞳子が祐巳の妹になれば 『庶民の娘の妹に』 と、揶揄される恐れまであった。
(それに、祐巳さまは、祥子さまをめぐるライバルですし) と、瞳子は思っていた。
しかしその一方で、祐巳の柔らかな雰囲気に周囲の人すべてが祐巳に心惹かれていることを瞳子は知っていた。
☆★☆★☆★☆
〜 4月10日(日) = 入学式の行われた日の午後 薔薇の館2階 〜
「お姉さま、お疲れ様でした!」
にこやかに微笑みながらいつものように紅茶を祥子に差し出す祐巳。
「ありがとう。 蓉子様のように落ち着いて、と言い聞かせながら挨拶したのよ。
生徒の前での挨拶は卒業式以来だったし、少し緊張したわ」
「いいえ、とても緊張しているようには見えませんでしたよ?
ほんとに堂々としていて素敵でした! 一年生の中には感激で涙まで流している子がいたんですよ」
大役を終えた祥子に祐巳がねぎらいの言葉をかけている。
「ほんと、ほんと、さすが祥子だ。 卒業式のリベンジ、あっさり果たしたじゃないの」
と、こちらは能天気に笑う令。
「もぅ。 卒業式のことは言わないでくれる? あれは人生の汚点だわ」
ちょっと苦虫を噛み潰したような顔になる祥子。
「まぁまぁ、そんなに怒らないでよ。 あれはあれで先生方や親たちには受けたんだから。
それにしても、今年の一年生の総代の子、外部受験だってね。 わたしにも覇気が伝わってくるようだった。
何者なんだろう?」
「一年椿組、二条乃梨子さんですね。 昨年の祐巳さんと同様、学科も実技も満点だったようです」
新ロサ・フェティダとなった令に、新ロサ・ギガンティアとなった志摩子が答える。
「それはすごいね。 山百合会としても有望な人材は欲しいとこだけど・・・。
祐巳ちゃんのように以前リリアンに居た、という事でないのなら、スール制度は抵抗があるかな?」
「おやまぁ! お姉さまは、さっそくこの3人のうちの誰かに妹を持てと?!」
新ロサ・フェティダ・アン・ブゥトンとなった由乃が不機嫌そうに令に詰め寄る。
由乃がこの状況で 「お姉さま」と自分の事を呼ぶときは不機嫌の証拠。
それがわかっている令は、ちょっと肩をすくめた。
「お姉さまたちが卒業して、薔薇の館の住人は8人から5人に減ったんだよ?
それに、去年の今頃はすぐに由乃と祐巳ちゃんが薔薇の館の住人になったし、すぐに志摩子も手伝いに来てくれるようになったからね。
今年と去年では、だいぶ戦力に差があるよ・・・。 ああぁっっつ!!」
令は由乃の不機嫌の理由に気がついた。
今日は、令と由乃がスールになって一年目の記念日なのだ。
そのことをうっかり失念していた令は ”なにごともない一日” を迎えてしまった。
イベント好きな由乃が記念日を忘れるはずも、期待しないはずも無かった。
「え・・・えっと、由乃。 駅前のフルーツ・パーラーで新作のゼリーが販売されてるんだって。
に、日曜だし、会議が終わったら家に帰って着替えてから食べに行かない?」
プィッと横を向いていた由乃であったが、下手に出た令をチラリと横目で見ると、
「あ〜ぁ」 とため息をつきながらも、
「令ちゃんのおごりだからね!」 と、可憐に笑いながら答えた。
☆
「妹云々は置いておいて・・・。 ところで祐巳。 今年の一年生の中で覇気の強そうな子はいたのかしら?」
と、祥子が祐巳に問う。
祐巳は、人体に流れる覇気の流れを見ることが出来るのだ。
「はい。 先ほど話題になった総代の子。 この子は青白い覇気が流れていました。
性格はクールだと思います。 それと流れが一定してましたのでかなり修行していると思います。
それから、瞳子ちゃんですね。 クリスマスに会ったときよりもまた成長していました。
あと、瞳子ちゃんの前を歩いていた背の高い子。 その3人です」
「あぁ。 180cmくらいあった子がいたね。 わたしより背の高い子は珍しいから記憶にあるよ。
ふ〜ん。 全員一年椿組だね」
「そうですね〜。 瞳子ちゃんも椿組なので、その背の高い子もきっと椿組ですね。
ただ、由乃さんと同じで覇気をダダ漏らしにしてるから危ないですね〜。 覇気の強さも桁違い。 由乃さん並にあるようです」
「祐巳さんっ! わたしが何時覇気をダダ漏らしにしたのよ! もうちゃんとコントロールできてるでしょ!」
由乃が祐巳のセーラーカラーを掴んで詰め寄る。
「よ・・・由乃さん、くるし〜〜〜」
少し涙眼になる祐巳。
思いっきりじゃれあう2人の姿。
もうこの半年で何度目だろう・・・、とため息をつきながら2人の様子を止めるでもなく見守っている3人の新薔薇様。
(やっぱり、由乃は覇気のコントロールができてないんだね?)
(はい。 祐巳さんの言うところでは、戦闘訓練のときはだいぶ出来ているそうですが、日常生活では時々抑えがきかないと・・・)
(それって、結局周りに迷惑をかけてるんじゃない?)
(そうなんですが、それを言うとあの調子なので、ごまかしてたんです。 でも祐巳さん、迂闊だったわね)
(しょうがないわ。 今回はうっかりした祐巳が悪いんですもの)
(わたしでは由乃さんを止められないので、祥子さまか令さま、お願いします)
(わたしじゃ無理! 祥子、頼むよ)
(もぅ・・・。 仕方ないわね)
この状況になれてしまった3人はいつの間にかテレパシーで会話できるようになっていた。
まぁ、この状態に限って、のことではあるが。
☆
由乃と祐巳のじゃれあいが一段落した後、祐巳が祥子の袖を引きながら、
「お姉さま、今夜うちにおいでになっていただけませんか?
珍しいお客様もお見えになるし、みんなで食事をしたいんですけど」
と、声をかける。
「あら、祐巳の家に行くのも久しぶりね。
そうね。 今日はスールになって一周年ね。 わかったわ。 6時くらいでいいかしら?」
「はい! ありがとうございます。 志摩子さんと一緒に腕によりをかけて料理を準備しておきますね」
「それで、珍しいお客様、ってどなたかしら?」
「お姉さまです」 と、祥子の問いに志摩子が答える。
「昨夜、お姉さまから電話があって、久しぶりに話しがしたいので家においでになるとのことでした。
その電話を聞いていた祐巳さんが夕食に誘ったんです」
「そうなの? 聖さまのお話ってなんでしょうねぇ?」
「さぁ? 会って話をする、としか言われませんでしたので。
たぶん、電話では聞いてもお答えになっていただけないだろうと、無理に聞きませんでした」
「大事なお話だったら、わたくしが行ったら迷惑じゃないかしら?」
「いえ、祐巳さんと祥子さまの記念日のほうが大事ですのに。
それに、大勢のほうが楽しい、ってお姉さまも祐巳さんもおっしゃっていただいたので」
「わかったわ。 それでは祐巳、6時に行くわね」
「はい! お待ちしています!」
☆
薔薇の館での会議を終え帰宅する5人の薔薇たち。
令が祥子に小声で提案する。
「ねぇ祥子、3人のうちで誰が一番先に妹を作るか賭けない?」
「あら、そんなの祐巳に決まっているわ。 私の妹ですもの。 志摩子や由乃ちゃんには負けるわけがないわ」
「お、言ったね? じゃ由乃が一番だったら、わたしにイチゴ牛乳を奢りなさいよ」
「うふふ、それは楽しみ。 でもどうしてイチゴ牛乳なのかしら?」
「あはは。 去年からの伝統。 去年は引き分けで結局聖さまが蓉子さまとお姉さまにイチゴ牛乳を奢ったそうよ」
桜の花びらが舞い落ちる季節。
リリアンでは穏やかな一日が過ぎていこうとしていた。
☆★☆★☆★☆★☆★
日本において最も忍術の発達した時代、”戦国”の世。
しかし、徳川家康の打ちたてた徳川幕府が家光の時代を迎えると、忍術の進化が止まる。
世は太平を謳歌し、人殺しの術はその意味を失う。
大名は参勤交代や城普請など、徳川幕府の行った政策により戦う力を失っていった。
各大名が戦う力をなくしていくのと同時に、本体である徳川家もまた戦う力を失っていった。
無理に戦を引き起こすことは自らの領地を増やすこともあるであろう。
しかし、戦により、大事な家族や友人を失う痛みは人に復讐の心も与える。
復讐の心は武力となり、また無益な戦争が引き起こされる。
無益な戦を起こさず、日本全体に現状を維持することで平和をもたらした徳川幕府。
300年近くにわたり内戦もない国づくり。
それは、賛否両論があるにせよ、その時代に生きた人には幸せな時代であったと言える。
そして、忍術をもって闇の中で歴史を作ってきた影の者たちも、その術を失い、数を減らしてきた。
徳川時代の初期には隠里と呼ばれる忍者の里が次々に崩壊させられてきた。
忍術を伝えることは禁忌とされ、たとえ忍術が使用できたとしてもその力で生活の糧を得ることの出来ない世。
忍者も忍術も自然崩壊していった時代が徳川時代である。
☆
その忍者たちの中で、わずかに現代までその存在と術を伝える一族があった。
”お庭番”として、徳川本家の護衛として仕えていた者たち。
その者たちは徳川幕府崩壊後、徳川最後の将軍、徳川慶喜の命により、天皇家の護衛を行うことになった。
徳川慶喜は江戸城を明渡す時点で、今後日本の中心として立つことになる明治天皇の護衛を行うことを最後の命として、お庭番衆の実質的な元締めである勝海舟と当時の忍者集団の長に命じたのだ。
これからの日本で真に守らなければならないもの。 それはすでに自分ではない。
徳川慶喜は徳川最後の賢君であった。
歴史の舞台から去るにあたって、潔ささえ感じさせる漢でもあった。
当時の忍の長はこの命を受け入れた。
そして、この後の忍は、天皇家を陰で守護する存在となる。
しかし、政権を返上した徳川慶喜や、実質的に忍への指示を行っていた勝海舟には、本人たちに秘密で護衛を行うことにもしたのだ。
それは、忍としては間違ったことなのかもしれない。
しかし、どうしても守りたい存在、そういったものとしてこの2人には天皇家に次ぐ守護が闇から与えられていた。
もちろん、本人たちに気づかれることも無く。
明治の世になって、忍は陰からの守護者としてその力を少しずつ強化することになった。
これは、天皇家に仕える侍補で親政論者である漢学者元田永孚の考えによるものであった。
暗殺者がはびこり、大久保利通をはじめ多くの人物がこの世を去る。
一刻も早く近代化した日本を作るためにも、要人の警護は欠かせない。
忍の者たちは現在で言うSPとしてその任に当たることになった。
また、全国各地の神社・仏閣のうち山深く人の寄り付かない場所に隠里も復活する。
隠里の長は神社の神主や寺の住職となることでその身分を隠し、忍の長として若者たちを忍として導く存在であった。
時代は移り変わり、元号が明治から三回も改まった平成の今日、
隠里で修行を積んだ若者たちは、早いもので15歳、遅くとも25歳までには東京に集められる。
22歳以降、東京に集められるものは、ほとんどがいったん宮内庁に所属後、警視庁警備部警護課に配属されセキュリティポリスとして働くことになっている。
15歳から22歳までの若さで東京に呼ばれるものは稀である。
厳しい忍術の修行に耐え、術を自在に使いこなせるようになるには時間がかかる。
15歳から22歳の間に東京に行けるものはそれだけで天賦の才があるものと認められた者のみ。
若くして東京に呼ばれた者は要人の家族、主に子女と同じ学校に通いながら警護を行う。
一般警察や魔法・魔術騎士団とは一線を画し独立した組織、それが現代の忍者組織であった。
☆
昨年、日本各地に点在する忍者組織は驚愕の事実を知った。
それは、魔法・魔術騎士団の力をはるかに凌ぐ 『リリアンの戦女神』、薔薇十字所有者の力。
昨年、魔界のピラミッドが現れてから、魔物の出現を防ぐことが出来たのは、もちろん魔法・魔術騎士団の力によるものである、と世間には公表されているが、その影にリリアンの戦女神の力があったことは、情報世界に生きる忍者組織は当然知っていた。
そして、その薔薇十字所有者の力は忍者組織よりもはるかに上である、と結論付けるしかなかった。
いかに忍びといえど、C級の魔物に一人で立ち向かえるほと強いわけでも、愚かなわけでもない。
魔物を攻撃するのではなく、守護する対象を守りながら撤退すること、が忍者組織に求められることだったからである。
二条乃梨子は千葉の隠里の出身である。
昨年の魔界のピラミッド事件が起こったときにはまだ中学3年生であった。
このことが、乃梨子の進路を決定付けることになる。
日本各地の隠里にいる中学3年生の中からたった一人選抜され、リリアンに送り込まれることになった。
忍者組織に 『リリアンの戦女神』 の力を加えることで、忍者の底上げを図るための戦士として乃梨子は選ばれたのだ。
乃梨子の大叔母、菫子は、学生時代リリアンに通いながら宮家ゆかりの生徒の護衛任務についていたことがある。
つまり、菫子もリリアンの卒業生であり、乃梨子がリリアンに通うことになにも支障がないことが好条件となった。
それに、なにより乃梨子の忍びとしての実力はリリアンの入学試験で満点を取ったことでも示されたとおり、抜群のものがあった。
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ピンポーン、と福沢家のチャイムがなる。
玄関でドアが開くのを待っている女性。 薄い色素のその髪を軽く手で梳きながら佇む彼女。
「いらっしゃい」 と、ドアが開いてひょっこり顔を出したのは、祐巳と瓜二つの顔を持つ少年。
「やぁ、祐麒くん、久しぶり〜」 と、少年に笑顔で答える女性。
「最近、忙しいんじゃないの? あっちこっちにひっぱりだこだ、って聞いてるよ?」
「江利子さんですね? そんなこと言うの。 黄薔薇さんちからはあちらこちら連れ回されてますけどね」
祐麒はちょっと照れながら訪れた女性=佐藤聖を家の中に招き入れる。
「今、祐巳と志摩子さんが夕食の支度をしてますので、リビングでお待ちください・・・。 僕に話し相手になってろ、って祐巳が言うから」
「あはは。 あいかわらず祐巳ちゃんに頭が上がらないみたいね。 うんうん、いいことだ。 夫婦円満はカカア天下が一番って言うしね」
「夫婦じゃない!」 と、顔を真っ赤にして抗議する祐麒。
「あはは、ごめんごめん。 ん〜、それじゃ、重度のシスコン、ってことで」
「はぁ・・・。 まぁいいです。 どうせ聖さんに口で勝てるとも思ってませんから・・・」
がっくりと肩を落としながら祐麒は聖を案内してリビングに入っていく。
リビングのソファーには先客が。
美しくも清楚な薔薇の髪留めで艶やかな髪を飾った一輪の紅薔薇。
「やぁ、祥子、久しぶりだね。 卒業式以来か」
「ごきげんよう、聖さま。 ご無沙汰いたしております」
「祥子、顔がにやけてるよ。 ははぁ〜ん。 さてはその髪留め、祐巳ちゃんからのプレゼント、ってとこかな?」
「あら、わかりますか?」 と、顔をほころばせる祥子。
「祐巳が春休みを利用して京都に行った時に買ってきてくれたものです」
「京象嵌かな? 祥子の髪によく似合うよ」
「ありがとうございます」
久しぶりの再会に話がはずむ聖と祥子。
祐麒は、さすがに女性どおしの話には遠慮しているのか静かにソファーに座っている。
「あ〜。祐麒くんは、あれからどうしてたの? 忙しそうなのだけは知ってるんだけど」 と、祐麒に話を振る聖。
「えぇ、1月の令さんの黄薔薇の薔薇十字捜索のときに妖精王とも親しくなりましたので。
精霊たちとの接触も楽になりました。 それと、そのときの体験を江利子さんの研究に役立てるように言われてます。
だから毎日、夕方になると小笠原研究所に行っています。 あとは、由乃さんの修行のお手伝いですね。 江利子さんの相手をした後で研究所の訓練室で行ってます。
・・・ ただ、修行が終わった後、家まで送っていくことになっているので、それがどうも・・・」
「令の件については、改めてお礼を言いますわ。 あなたの捜索の能力が無ければ令はロサ・フェティダになれなかったのですから」
祥子は、3ヶ月前の 「黄薔薇十字捜索作戦」(※) を成功させた祐麒=マルバスに頭を下げる。
「いえ、あれくらいたいしたことじゃないです」 と、謙遜をする祐麒。
「ん〜。 由乃ちゃんを家に送っていくのが何か問題があるの?」 聖は祐麒が先ほど言いよどんだことについて不審そうに尋ねる。
「え・・・えっと、ですね。 ほら、その・・・。 夜道を若い男女がカップルで歩く、って図になるじゃないですか。
由乃さん、あのとおり、黙っていれば可愛い女の子なので・・・。
ときどき、地元の不良たちに絡まれることがあったんですよ」
「うぁ・・・。 絡んだ不良が可哀想に思えてくるわ」
「ま・・・まぁ、そうなんですが・・・。 由乃さん、わざと 「キャー怖い」 なんて僕を前面に押し出すんです。
それでしかたなく僕が地元の不良をシメることになっちゃって。 おかげで、この辺の不良に怖がられるようになってしまいました」
「う・・・。 ぷぷっ!」
思わず噴出す聖と祥子。
「あはは。 おかしすぎておなかが痛い。 そっか、魔王にけんかを吹っかける不良、ねぇ・・・。
なんかさぁ、人間のほうが魔物っぽいよね。 それ」
「人間界は平和だと思ってたんですけどね。 魔界よりひどいですよ」 と、ぼやく祐麒。
「おまけに由乃さんは、「ストレス発散にたまに暴れるくらいいいじゃない」 なんて言うし。
ストレスなんて精神をしっかり保っていれば起こることもない、って言うのに」
「リリアンの生徒が外で不良とけんか、なんてできないもんねぇ。
あれ、じゃ祐麒くんが小笠原研究所に行っている間、祐巳ちゃんはどうしてるの?」
「祐巳は、わたくしと令、志摩子の4人で学校の周囲の警備に当たっています。
魔界のピラミッドが消えた後も、余震のようにこの東京では異空間ゲートがたまに開きますので。
リリアンの付近では発生していませんが、関東一円を見ると3月後半からまた少し頻度が上がってきています。 それで生徒が全員帰るまで、リリアンの周囲をパトロールしているんです。
魔法・魔術騎士団の方も、リリアンの周囲はお任せしたい、とのことですので。
あちらも人手不足なのですから、リリアンの周囲だけは山百合会で警備することにしています。
幸い、今年の2,3年生はレベルも高く、各運動部からも協力者が多いので助かっています」
「そうか、今日が入学式だもんね。 新入生を守るためにも警備は必要だね。 さすが祥子。 ロサ・キネンシスとしての貫禄がついてきたじゃない」
「まだまだ、お姉さま方の足元にも及びませんが、努力していきますわ」
聖、祥子、祐麒の3人が談笑しているリビングに祐巳が顔を出す。
あいかわらず美しい銀髪。 しかし左目には眼帯をしている。
祐麒が人間として過ごしている間は、祐巳は眼帯をしなければならないのだ。
ただ、まったく本人は生活に支障はないようで気にもしていない。
「祐麒、お客様の相手してくれてありがとう。 あ、聖さまいらっしゃいませ。 食事の準備ができましたのでこちらへどうそ〜」
☆
〜 福沢家、ダイニング 〜
「お姉さま、プレゼントありがとうございます」
食後の紅茶を志摩子が入れていると、後ろで祐巳が祥子に礼を言っている声が聞こえてきた。
「いいえ、いいのよ。 祐巳からも素敵なプレゼントを貰ったんだもの。
あまり上手くないかもしれないけれど、二人のイニシャルを刺繍してみたの。 気に入ってもらえたかしら?」
祐巳は祥子からプレゼントされたレースのハンカチを嬉しそうに抱いている。
そのハンカチには、”S”と”Y”のイニシャルが組み合わされて刺繍されていた。
「へ〜、綺麗なハンカチだな。 そのマーク、まるでヤk・・・」
と、そこまでしゃべった祐麒が、急に顔を真っ青にしてあとずさる。
「ん? どうした、祐麒くん?」 と、聖。
「い・・・いえ、今、盛大に壁に激突する自分の姿が浮かんで・・・」 祐巳を見ながらガタガタ震える祐麒。
「あ〜聖さま、いま祐麒はお笑いにハマってるんですよ。 で、ボケの練習してるんですって。
ただあまりに下手なボケだと突込みが厳しくなるんで」
「えっ! 祐巳ちゃんがツッコミをするの?! いや〜、意外ね」
「そんな〜。失礼ですね」
と、急に 「これでもボケボケの志摩子さんのツッコミで鍛えてるんですよ」 と、内緒話のように小さな声になる祐巳。
「ゆ〜み〜さ〜ん!」 背後から暗黒のオーラを纏った志摩子の声・・・。
「だ〜れがボケボケですってぇ〜?!」
「そりゃ〜、白くてふわふわボケボケといったら志摩子さ・・・ん?」 と、笑顔で振り返る祐巳の目の前には眼光厳しく怒りの炎をふきあげる魔神。
「すみません! 調子乗りました! てへっ、許して?」 と可愛いこぶって謝る祐巳に、
「許すか〜!!」 と、盛大な志摩子の突っ込み。
「お〜、志摩子もきっちりとツッコミできるようになったんだ」
聖は、志摩子の成長に満足そうに頷いていた。 「な〜んてね」
福沢家のリビングは何時ものように花咲く乙女たちの笑い声が広がっていた。
〜〜〜 あとがき 〜〜〜
この作品、前作「祐巳と魔界のピラミッド」から時間を一気に進め、祐巳ちゃん2年生になった新学期時点からのスタートとしてみました。
今回は結末を決めずに書き進めていくつもりです。 というか、果たしてどのような結末になるか作者すら見えていません。
果たして続くのか、いつまで続けることが出来るか、まったく未知数です。
でも、前作同様、一生懸命頑張りますので、応援よろしくお願いいたします。
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