【3408】 誇り高き戦士たち  (ex 2010-12-07 21:00:01)


「マホ☆ユミ」シリーズ 第2弾 「祐巳の山百合会物語」

第1部 「マリアさまのこころ」
【No:3404】【No:これ】【No:3411】【No:3413】【No:3414】【No:3415】【No:3417】【No:3418】【No:3419】【No:3426】

第2部 「魔杖の名前」
【No:3448】【No:3452】【No:3456】【No:3459】【No:3460】【No:3466】【No:3473】【No:3474】第二部完結

第3部
【No:3506】【No:3508】【No:3510】【No:3513】【No:3516】【No:3517】【No:3519】【No:3521】第3部終了(長い間ありがとうございました)



※ このシリーズは「マホ☆ユミ」シリーズ 第1弾 「祐巳と魔界のピラミッド」 の半年後からスタートします。
※ 4月10日(日)がリリアン女学園入学式の設定としています。(カレンダーとはリンクしません)
※ 設定は第1弾から継続しています。 お読みになっていない方は【No:3258】から書いていますのでご参照ください。


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 〜 4月10日(日) 福沢家(つづき) 〜

「それで、聖さまのお話ってなんだったんですか?」

 そう、今日の集まりの目的の一つが聖の話だった。 全員の注目が聖に集まる。

「そんなに注目されると話しづらいんだけどな。
 え〜。 ひとつ発表があります。 わたくしこと佐藤聖、明日リリアン女子大に休学届けを出してきま〜す」

「「「ええぇ〜〜!!」」」 
 全員が聖の宣言に驚く。 なにせつい先日入学したばかりの大学に休学届けを出す、なんて大学生、聞いたこともない。

「なにかあったんですか? お姉さま!」 志摩子が悲壮な顔で聖に尋ねる。
 志摩子と聖が姉妹になってほんの5ヶ月ほど。
 短すぎる期間ではあったが二人の絆はどの姉妹よりも強い。
 その妹に何の相談も無くこんな大事なことを決めてしまう聖も聖だ。

 聖は、柔らかく微笑みながら志摩子に答える。

「わたしの正体、知ってるでしょ? わたしは ”かぜ”。 去年のピラミッド事件からずっと考えていたのよ。
 風の精霊シルフィードをその体に持つ存在。 それってさぁ、この世にわたしだけだと思う?」

「え? お姉さま以外にもシルフィードを体内に持つ存在がいる、ってことですか?」

「まだわからないけどね。 でも、山梨のおばばさまの話では、はるか昔には妖精と人間とのハーフが何人も居たんだって。
 その一族は迫害を恐れて世界各地に散っていった。 その末裔にして先祖返りがわたし、ってこと。
 でも、シルフィードだけじゃなく、水の妖精ウンディーネの末裔とか、わたしと同類がこの世にいるかもしれない。
 世界を回って、その人たちを探してみたい、って思っているの。
 まぁ、しばらくは日本各地を回りながら大学での最低限の単位を取りながら、ってかんじで。
 大学卒業したら世界中を回るつもりよ」

「お姉さまと同じように精霊を体内に持つ方々・・・ですか。 それで、その方たちを見つけるあてはあるんですか?」

「ん〜、はっきりいって全く無し。 大体わたし自身、自分が ”かぜ” だって自覚が無かったもの。
 ただ、この半年、わたしもわたしなりに自分自身を知ることを心がけてきた。
 今はもう、シルフィードと意思疎通ができているしね。 シルフィードの力を使えば同類がそばにいればわかるよ。
 だから「そばに行く」。 これがあて、と言えばあてかな」

「もし、その方たちが見つかったとして・・・。 お姉さまはその方たちをどうするおつもりですか?」

「そうだねぇ。 幸せに暮らしているのならそれを見て安心したい・・・かな。
 わたしは幸せだったから。 もし、わたしと同族が未だに迫害を受けている、とか辛い思いをしているのなら力になってあげたい。
 それに・・・。 今でも世界は不安定だわ。 異界は現世に出現し続けている。
 もしも、わたしと同族の人たちがわたしたちに力を貸してくれるとしたらとても心強いことだと思うのよ。
 本人の気持ち次第だけどね。
 まぁ、見つけても居ないうちからこんな話をするべきじゃないのかもしれないけれど」

 それに、とニカッと笑いながら聖は続ける。

「実はね、マジシャンとしてステージデビューしょうかな、って思っているのよね。
 わたしって、大学を出たとしてもOLとか向きそうな感じしないでしょう? 特技を生かすならこれよね!」

 聖は、パッと小さな薔薇の花束を出現させる。

「祐巳ちゃん、ちょっと遅くなったけど誕生日のプレゼントだよ〜ん」

「うわぁ、綺麗!」 と瞳を輝かせる祐巳。

「世界的イリュージョニスト、佐藤聖のデビュー。 ん〜。 シュガー・セイ、のほうがいいかな? まぁ、各地を回ってマジックの修行かたがた旅費稼ぎするつもりさ」

 だから、と、志摩子を見ながら、

「しばらく、傍にいてあげることは出来ない。 わたしを頼らず、しっかり白薔薇様を務めるんだよ、志摩子」

 優しく志摩子を見つめる聖に、志摩子はただ静かに頷いた。



☆★☆★☆★☆

〜 4月13日(水) = 入学式の3日後 リリアン女学園 〜

 早朝のリリアン女学園。 講堂に続くイチョウ並木を志摩子はひとりで歩いていた。

 いつもは祐巳と二人で登校する志摩子であったが、今日は環境整備委員会の早朝活動があるため先に家を出たのだ。
 祐巳は二人のお弁当を作らないといけないので何時ものバスに乗ってくる。
 週に一度の別行動の日。

 今年度から祐巳は2年松組に、志摩子は2年藤組にと別れてしまった。
 2年松組には祐巳と由乃が同じクラスになっている。
 それに、武嶋蔦子、山口真実といった一年生のころからの友人はすべて2年松組に。
 志摩子は、祐巳と離れてしまったことに寂しさを覚えていた。
 祐巳と由乃が同じクラスになったことにより、学校では由乃がいつも祐巳の側にいる。

「志摩子さんは学校以外ではいつも祐巳さんと一緒にいるから学校にいる間くらい譲りなさいよ」 というのが由乃の言い分である。

 由乃の言い分はもっともだ、と思う。
 だが、一年生の間、志摩子の側には常に祐巳がいた。
 クラスの友人との付き合いも、祐巳がいたから志摩子も違和感なくそこに溶け込めた。

 祐巳から離れてクラスに一人。 そしてロサ・ギガンティアの称号。 周囲から浮いてしまうほどの美貌。
 静かに席についている志摩子に積極的に話しかけてくるクラスメイトはいなかった。

 中等部の頃の志摩子は周囲と一線を引いていた。 引くことが当然と思っていたしそのことに寂しさも感じては居なかった。
 神に仕えることと、剣の道を究めること。 その二つだけありさえすれば志摩子には十分だったのだ。
 しかし、志摩子は知ってしまった。 
 祐巳という太陽の暖かさを。
 高等部の生徒の学校での時間は長い。
 いくら家に帰れば祐巳と一緒に居れる、とはいっても長い学校での時間を孤独の中ですごすことが志摩子には耐えがたい苦痛となっていた。

 そして、先日聞いた聖の 「大学をしばらく休学する」 という宣言。
 志摩子と聖のつながりは心での繋がり。 お互いが存在してさえいればいい、というような関係であるがやはりそばに聖がいること、その安心感があった。

 同じ薔薇となっても祥子には祐巳がいる。
 令には由乃がいる。
 自分だけが傍にいてくれる存在が無い。
 どうしようもない寂しさに、志摩子の足は自然に講堂の裏に咲く一本の桜の木に向かう。

 今日は少し風が強い。 花びらの舞い落ちる桜の木の下で志摩子は聖の後姿を見ていた。



〜 昼休み 薔薇の館 〜

「それでは、次の議題はマリア祭について。 一年生に授与する、おメダイは当日神父様がお持ちくださるので朝お迎えに出て受け取ることになっています。
 ブゥトンのお二人、お願いします」
「「はい!」」
 新学期の行事について新ロサ・キネンシスである祥子から説明が続く。

 新三薔薇のうち、志摩子は環境議化委員会との掛け持ちで二年生、令は剣道部との掛け持ち、ということもあり、生徒会活動に専念できる祥子が自然に議長に納まっていた。

「それから、ロサ・ギガンティア、私たちが胸につける薔薇ですが・・・」
 と、志摩子に声をかける。 

 が、返事が返ってこない。

 志摩子は、頬杖をついてテーブルの一点をぼんやりと眺めていた。

「し、志摩子さん? 志摩子さん!」
 皆がどうしたのか?といぶかしげな顔で志摩子を見つめる中、祐巳が志摩子に声をかける。

「あ・・・は、はい」 祐巳の声でわれに帰った志摩子は、自分を見つめる4人に、ぼぉっと視線を向けた。

 これが祐巳だったら祥子から、「なにをぼんやりしているの?!」 と叱責が飛んできそうなものだが・・・。
 志摩子がぼんやりして人の話を聞かない、なんて初めてのことである。
 志摩子を見つめる4人もどう声をかけていいかわからずに居た。

☆ 

〜 放課後 リリアン 講堂裏 〜

(わたしは彼女たちとは違う・・・)

 リリアンの中庭を歩きながら二条乃梨子は思う。
 クラブ見学にいこうだの、リリアンの制度を説明しようだの、煩く付きまとうクラスメイトから逃げているのだ。

 特にドリルのような髪型の口の達者な生徒、それに、「・・・かしら」「・・・かしら?」と、語尾の最後にかならず「かしら」をつけないと話ができないほんわかした二人組。

(あたま痛いなぁ・・・) とぶつぶつ呟く。

 当てもなく歩く乃梨子の視線の先には仲むつまじそうに歩く2人の生徒。 おそらく ”スール” なのだろう。

(入学する前からわかっていたこと・・・)
(去年、魔界のピラミッド事件さえ起こらなければ、ふつうに隠里で忍術の修行をする日々だったのに・・・)

 入学してたった三日しかたっていないからか、乃梨子はこの魔法・魔術学園の特異性といわゆる ”お嬢様” たちの生活習慣に違和感を感じていた。

 リリアンの生徒たちはみんな ”親切” であった。 乃梨子にとってはウザいほどに。
 外部入学で今年度の総代なのだから、ある程度は目立つのは当然だとは思っていた。

 乃梨子はこれまで目立たぬように生活する訓練を積んできていた。
 忍びである以上、周囲に自然に溶け込んで同化し自分の存在を消す。

 しかし、今の乃梨子の目的は ”リリアンの戦女神” たちの実力を知ることと、その力を自分のものにすること。
 自分が薔薇になれるかどうかは別問題として、リリアンの生徒として学年トップを保っていれば、自然に身につくのではないか、とぼんやりと思っていた。

(どうやら、薔薇様たちの ”妹” になるのが手っ取り早そうだけど・・・)
 休み時間に、クラスの中でとりわけ目立つドリルのような髪形の生徒がそのような話をしていた。

 日曜日の入学式でみたあの5人組のことだろう、と乃梨子は思う。
 遠くから一目見ただけなので顔までは覚えていないが、美人ぞろいだった、と思う。
(ロサ・キネン・・シス? だったっけ。 舌を噛みそうな名前・・・)

 それにしても頭が痛い。 
 「ごきげんよう」という挨拶も、”スール”なんていう制度も。
 血も繋がっていない先輩を ”お姉さま” と呼んで慕って尽くす、というか。
 そんな恥ずかしいこと、自分には出来そうもない。

 任務のことを考えれば、リリアンである程度 ”目立つ生徒” にもなるべきだろう。 ”忍び” であることは隠して。
 任務だから仕方がない、とはいえ、あまりにも生活環境が違うことに乃梨子は辟易していた。

 講堂の角を曲がった乃梨子は、そこに咲く桜の下に一人の天使を見つける。

 すーっとやや強めの風が吹き、その人の髪がふわりと広がる。
 その様はまるで天使が羽を広げたよう。
 散り逝く桜の花びらの中、一枚の幻想的な絵のようにその人は桜の下に佇んでいた。

「この桜も見頃は今日まで。 一人で見るにはもったいなかったからお客さまが増えて丁度よかったわ」
 静かで落ち着いた声。 このリリアンで聞いた中でも一番美しい声。

 その声の主がゆっくりと乃梨子に向かい振り返る。

「あまりに桜がきれいで、忘れてしまったのかしら?」
 一目だけ乃梨子と視線を交わした少女は目を瞑りそう呟く。

「えっ?」 と驚く乃梨子に、「言葉」 と。

「あっ」 と、小さな声が思わず漏れる。
 しゃべることが出来なかったのは桜の美しさに見惚れたからではなく、その少女に心の底まで一気に支配されたから。

「・・・たった今、思い出しました。 ご、ごきげんよう」
 乃梨子は、赤くなった顔を隠すように下を向く。
 動悸が早くなっていることを必死で押し隠す。

「ごきげんよう。 よかった、せっかくご一緒したのに、お話しできないかと心配したわ」

 多分、上級生なのだろう。 落ち着いた雰囲気。 優しく包み込んでくれるような微笑。

 乃梨子はその微笑に答えるように小さく笑い声を上げる。
 そして、そのまま二人は桜を見上げていた。

「あの、毎日いらっしゃってるんですか?」
 乃梨子は、またこの上級生と会いたい、と思っていた。

「ええ。桜が咲いてからはだいたい。 この木に誘われて」
 少女の答えに乃梨子はほっと胸をなでおろす。

「綺麗な桜は他にもたくさんあるわ。 でも、この木のように特別に引き付けられる事はないの。 どうしてなのかしらね?」

 それは、たわいもない疑問の言葉だったのかもしれない。
 しかし、その言葉を聞いた瞬間、乃梨子は自分の心の中に感じたこの天使のような少女のことをそのまま語っていた。

「銀杏の中にただ一本、独りきりなのに、こんなにきれいに咲けるから・・・?」
 それは美しい少女に対する精一杯の乃梨子の愛の言葉だったのか。

 しかし、初対面でこのような言葉を告げても驚かれるだけだろう。 いや、桜のことと勘違いしてくれたほうが今は助かる。
 案の定、その少女も桜のことと勘違いしてくれたようだ。

「そうね。 本当にあなたの言うとおりだわ」
 驚いたような顔を隠そうともせず、その少女は乃梨子を見つめて言う。

 しばらく見詰め合っていた二人であったが、その少女は用事を思い出したようだ。

「もう行かないと・・・」
 肩に落ちていた桜の花びらを手で払う少女。

(もう少し一緒に居たい) そう思った乃梨子は思わず声をかける。

「あ、あの、髪にも」 と、少女のふわふわの巻き毛に絡みついた花びらを愛おしそうに一つずつ取って行く。

 乃梨子の手の動き。 乃梨子に花びらを取ってもらっている間、少女は目を閉じる。

 美しい顔。 つやつやに光る唇。 すべてが完璧な美の女神。
 乃梨子は少女が眼を閉じている間、少女の顔をじっと見つめていた。

「ありがとう」 と、少女から告げられた言葉は別れの合図。

 乃梨子はこれ以上引き止めることは出来ないことはわかっていた。 せめて、と、その後姿を見送る。

 その乃梨子の心が通じたのか、少女は足を止め、乃梨子を振り返る。

「また、お会いしましょう」
 それは、「ごきげんよう」という、リリアン特有の挨拶ではなく。

「はい」 と、小さな声で答える乃梨子の頬はまた真っ赤に染まっていた。



☆★☆★☆★☆

〜 4月16日(土) リリアン女学園 12時(放課後)〜

 13日に初めて出会った桜の木の下。
 二条乃梨子と藤堂志摩子は誰も来ない講堂の裏で談笑していた。
 昨日も、今日も、お昼休みと放課後、二人は会うようになっていた。

 桜はほとんど散ってしまい、葉桜になっている。
 それでも、志摩子と乃梨子は惹かれあうようにこの場所で逢瀬を重ねていた。

 周囲から浮いてしまっているものどおし、心が惹かれあうことを二人は感じていた。

 志摩子は、乃梨子が ”忍び” であることを知らない。
 しかし、乃梨子が周囲と一線を隔してしていることはよくわかった。
 それは、祐巳と知り合う前の自分と同じような雰囲気を乃梨子も持っていたから。

「乃梨子は私と似ているわ。 まるで一年前のわたしとまるで同じよう」
 志摩子は若葉にさえぎられた日差しを見上げながら述懐する。

「わたしはお寺の娘なの。 だからカトリックのこの学校に通うことは矛盾だと思っていたわ。
 でも、たった一言でその枷を解き放ってくれた友人がいる。 その人のおかげで今もわたしはこの学校にいるの」

「その人って・・・」

「心配しないで。 その人はちゃんとこの学校にいるわ。
 大事な仲間なのよ。 でも今年クラスが離れてしまったの。
 ・・・ そろそろ時間だわ。 わたしはこれから会議があるので失礼するわね。
 乃梨子は気をつけてお帰りなさい」

「はい。 志摩子さん、また来週ね。 さようなら」

 二人は、いつしか、「志摩子さん」 「乃梨子」 と呼びあう関係になっていた。



〜 12時10分 薔薇の館 〜

「遅くなりました」 一声かけてビスケット扉をくぐりぬけた志摩子。

 すでに他の4人は揃っていた。

「ううん、志摩子さん、わたしたちも今来たとこだから。 お茶はなんにする?」

 流しに立っていた祐巳から声がかかる。

「ありがとう、祐巳さん。 じゃぁ緑茶をお願いできるかしら」
「うん、わかった」

「土曜日なのに集まってもらって悪かったわ。 でもマリア祭とそのあとの新入生歓迎会の相談もあったの。
 お弁当を食べ終わったら会議を始めるわ。 祐巳、わたくしにも緑茶をお願いね」
「はい、お姉さま」

「祐巳ちゃんの入れるお茶は美味しいからね。 わたしもお願い」 と、令。
「あ〜、祐巳さん、わたしの分と令ちゃんの分はわたし入れるから」
「わかった、由乃さんそっちは任せるね」

 今日は土曜日なので授業は午前中で終わり。
 お昼からは放課後となるが、来週からはクラブ活動も本格的に始動する。
 なるべく早めにすすめなければならない行事の準備のため山百合会の会議をこの日に開くことにしたのだ。

「志摩子も少しは持ち直したようね?」
 祥子がお弁当を広げようとしていた志摩子を見ながら言う。

「あ・・・、はい。 先日は申し訳ありませんでした」
 志摩子は寂しさに打ちひしがれていたときのことを思い出し、素直に祥子に詫びる。

「いいえ、いいのよ。 先代が卒業して間もないし。 わたくしもこの季節はあまり好きじゃないわ」
 桜の花があまり好きではない祥子はこの季節怒りっぽくなったりぼんやりしたりする。

 そのとき、「ビーッ! ビーッ!」 と、祥子の胸にとめてあったアナライザーから警告音が鳴り響く。
 一気に緊張が走る薔薇の館。

「もしかして・・・また?」 と、令が眉間にしわを寄せる。

『”爆炎の淑女”、警告です! 約一分後にリリアン正門付近に”異空間ゲート”が出現します! 繰り返します。約一分後にリリアン正門付近に”異空間ゲート”が出現します!』

 祥子がアナライザーのボタンを押した瞬間に魔法・魔術騎士団からの警告が告げられた。

「「「一分!!」」」
 5人は椅子を倒すほどの勢いで立ち上がる。

「お姉さま! わたしと志摩子さんで”飛び”ます。 二人なら早い! お姉さまたちは後で!」
 祐巳が叫ぶ。

「行こう、志摩子さん! 妖精王の指輪、よろしく!」
「わかった。 飛ぶわ。 しっかり掴まって!」

 この時間はまだクラブ活動をしていない一年生たちの下校時間のピーク。
 もちろん、先ほど志摩子と別れた乃梨子もバス停にいる時間だ。
 志摩子の脳裏に乃梨子の笑顔が浮かぶ。

(乃梨子、無事でいて!)

 志摩子は祈りながら祐巳の手をとり、一気に正門前まで飛んだ。



〜 12時15分 リリアン正門前 〜

 リリアン正門前に妖精王の紋章を描いた魔法陣が浮かび上がる。
 あわててその場から離れる生徒たち。

 次の瞬間、その魔法陣に祐巳と志摩子の姿が。

「ワーッ!」 「キャーッ!」 と生徒たちから悲鳴にも似た歓声が上がる。
 
 噂には聞いていたが、転移呪文のような高度な呪文はいくらリリアンの生徒といえどめったに眼にできるものではない。
 そして、その魔法を行ったのがロサ・ギガンティアとロサ・キネンシス・アンブゥトンという学園でも最も有名な二人。

「みんな、危ない! ここから離れて!」 祐巳が叫ぶ。

「ロサ・ギガンティアとして命じます! 至急ここから退避しなさい!」

 いつもニコニコと微笑んでいて絶大な人気を誇る祐巳と、おしとやかで清楚の言葉がよく似合う志摩子。
 その二人が緊張した顔で周囲の生徒に命じる。

 何が起こったのか? と、一瞬パニックに陥りそうになる正門前の生徒たち。

 そして・・・。 正門からわずか30mほどしか離れていないバス停に乃梨子の姿があった。

 そのバス停の傍に空間の揺らぎが。

「危ない! みんなバス停から離れなさい!!」 志摩子が絶叫する。

 誇り高き戦士たちの集うリリアンに、異空間ゲートが数ヶ月ぶりに出現しようとしていた。



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