お釈迦さまも見てる?
お姫さまinリリアン、その弐。
【No:3369】【No:3394】
祥子に妹が出来ない。
小笠原家のご令嬢というだけでなく、紅薔薇の蕾と言う称号に一年生たちは尻込みするのかも知れないなんて思っていた。
別に、紅薔薇の血脈を残す意味はない。
立候補して当選すれば、その生徒が薔薇を名乗れば良いのだ。
ただ、祥子を支えてくれる妹が出来ないことを心配している。
祥子は正直、気難しいところがある。
子供のようなヒステリーを起こすこともある。
正直、祥子にピッタと合う一年生はなかなか現れなかった。
祥子も、頑張ってはいたと思うけれど、見つけ出せずにいた。
まぁ、当然だったのだ。
祥子の妹に、はまるべき生徒は、リリアンではなく花寺……男子校に居たのだから。
その証拠に……。
「ほら、祐巳。タイが曲がっているわ」
「ど、どうも!」
「貴女ねぇ、こういう時は『ありがとうございます』とか『すみません』でしょう」
「あ、ありがとうございます」
「ほら、言えるじゃない」
「あはは」
祐麒くん……祐巳ちゃんは笑う、祥子も笑う。
ほら、こんなにもピッタリとはまる。
祐麒くんの現保護者である花寺の柏木さんは、独自で調べたのか。どうも祐麒くんがどうして花寺に通っているのかその理由をしている様子。その上で、祐巳ちゃんをリリアンに編入させたがっていると思われる節がある。
大事な生徒会の跡取りだろうにとは思うが、こんなに祥子に合う生徒。
くれると言うのなら、手放しで喜んで貰う。
「でも、高そうよ?」
そう言ったのは黄薔薇さま。
「そうね、でもそのくらい払うわよ」
「蓉子、顔怖い」
「そう?」
「笑い顔が怖いと言うのもねぇ」
薔薇さま三人で、祥子と祐麒くんを見る。
「祐巳ちゃん、覚悟してね」
ゾクッとした。
慌てて周囲を見る。
皆さん笑っている。
微笑と言っていいが、この悪寒は何処から来るものなのか?
「それじゃ、祐巳ちゃんも来た事だし行きましょうか」
薔薇さまたちが先頭に場所移動。
リリアンの敷地なんて分からないから、はぐれない様に着いて行く。
着いた先は体育館。
中には制服の生徒たちが溢れていた。
「みんな遅れてごめんね〜」
白薔薇さまが軽いノリで入っていく。
簡単に挨拶の後、祐麒が前に引き出される。
「はい、祐巳ちゃんと言います。今日からお手伝いで入ることに成っていますので、皆さんよろしくしてやってね」
祐巳ちゃん挨拶と耳元で囁かれ。
「ご、ごきげんよう。皆さん、よろしくお願いいたします」
小笠原さんに教わったように挨拶する。
「あ、あの!薔薇さま方」
挨拶すると一人の生徒が前に出てきた。
「何かしら?」
「彼女は……もしかして」
「あぁ」
前に出た生徒がまだ何も言っていないのに、何かに気がついた様子の山百合会の皆さん。
「ふぅ」
「んっ」
何かを確認しあう薔薇さま方。
「そう、彼女がこの前の侵入者を退治した生徒だよ」
その瞬間、黄色い声が上がった。
ビックと体が跳ねた。
「な、なんだ?!」
「祐巳さん……今、祐巳さんはリリアンでは有名人なの」
藤堂さんが耳打ちしてくる。
それは柏木先輩から聞いてはいたが、まさか此処まで騒がれるのか?
「しかも、その正体が分からないから、更に拍車がかかっているのよ」
島津さんが今度は囁く。
「まぁ、あれだけカッコイイ姿を見せられては、騒がずにはいられないものよ。ねっ、志摩子さん」
「そうね、あの時の祐巳さんは本当にカッコ良かったから」
ニコニコ微笑む美少女二人。
「あ〜、でも、彼女のことはまだ秘密ね。学園祭のサプライズとして登場してもらうから」
白薔薇さまがそう言うと、生徒たちは声を潜めて「はい」と答える。
「サプライズって、よく口からそんな決まっていないことが出るものね」
「なに、思い付きってヤツよ」
紅薔薇さまと白薔薇さまが囁きあう。
「それじゃ、始めましょう」
紅薔薇さまの一言でダンスの練習が始まる。
祐麒も祐巳として参加。
ただ、男子パートなら練習したことがあっても、女性パートはやったことがないので四苦八苦しながら覚えていく。
「?」
相手をしてもらっている生徒から、何か熱い視線を感じるのは気のせいか?
「そう、もう少し足を閉じて……そう、そうよ」
上手ねと褒めてもらう。
「ところで……」
「?」
「貴女、お姉さまはいて?」
お姉さま?
姉は居ない。
「いえ」
相手は少し驚いた様子。
「それなら祥子さんの妹候補?」
祥子さんとは小笠原さんのことだが、養子に入る予定はない。
アレ?妹?
何だ?何か忘れているような気がする。
悩んでいると相手の人は何か嬉しそうな顔になる。
「やっぱり、そうなのね。あぁ、素敵だわ」
「??」
この人はどうしてこんなにウットリした表情をしているのだろ?
何か勘違いされたような気もするが……。
まぁ、気にすることもないか。
奇妙な感じを受けながら、初日の練習は終わった。
「んっ!はぁ!」
リリアンの制服から花寺の着慣れた制服に戻って体を伸ばす。
「祐巳ちゃん、どうだった。今日の練習は?」
「流石に男性パートは練習したことがあると言っていただけに、覚えるの早かったね」
「どうも」
褒められたので一応、お礼を言う。
「練習は、正直疲れました。お腹がすいたので、帰りにラーメンでも食って帰るつもりです」
アリスたちがいれば付き合わせることも出来るが、一人で行ったことがないわけでもないので帰りによることにした。
「?」
何だろうか?
彼女たちが何かキラキラした眼差しを向けてくる。
「面白いわ、そんな話は聞いたことは数え切れないくらいあるけれど、実際に行く人を見たのは初めてよ」
……え?
「うん、私も見たことないわ」
……いや、あの?
「帰りにラーメンて……楽しそうね」
「はい?」
ついに声に出してしまった。
「祐麒さん、私たちも付き合ってはダメかしら?」
「えっ?あの?」
呼び方が、祐巳ちゃんから祐麒さんに変わった?
リリアンのお嬢さま方が、帰りにラーメン?!
ダメだろう。
「ねっ、令たちも付き合わない?」
三人の薔薇さまは乗り気。
支倉さんと島津さんは顔を見合わせて、頷いた?!
「お姉さま、お供します」
「黄薔薇さま、ぜひ」
いや、いやいや!ダメだろう。
「志摩子は?」
「お父さまはきっと喜ぶことでしょうね。うふふ」
すみません、和尚。貴方の娘さん怖いです!
「それじゃぁ、祥子だけね行かないのは」
「お姉さま!誰が行かないと言いました?」
「行くの?」
何かもの凄く珍しいものを見るような視線の紅薔薇さま。
「問題はありません、花寺から預かっている生徒との交流ですので」
「うわぁ、無理やりだ」
「本当に予想外の面白さね」
「まったく」
三人の薔薇さまたちは、呆れながら笑っていた。
「さっ!祐麒さん、行くわよ」
「えっ?あの?本気ですか!?」
「ハーレム状態なんだから、喜びなさい」
逆らうことなど許されないまま、確保されたエイリアンよろしく連れて行かれる。なんだか、立場は逆転して祐麒が山百合会の寄り道に付き合うような感じに成ってしまっていた。
「いえ!女の子が帰りに寄り道なんて」
「あら、祐巳さんも女の子でしょう?」
藤堂さんが笑う。
「いや、あの!リリアンでは寄り道は禁止と」
「大丈夫、これはお手伝いの花寺の生徒さんとの交流だからね」
「そうよ、祐麒さん」
支倉さんと島津さんが笑っている。
「でもですね!?」
「祐巳!観念しなさい」
観念しなさいって何ですかと言い返したかったが、小笠原さんに睨まれ黙るしかなかった。
これが花寺のヤロー共なら、叩きのめして言い聞かせるところだが。
「それに、これはこの前、リリアンを救ってくれた英雄さんへの恩返しでもあるから」
と言いつつ満面の笑顔の黄薔薇さま。
「いや、それ!今思いついたでしょう?!」
「いいじゃない、奢ってあげるから、御礼になるでしょう?」
白薔薇さまもニヤニヤ。
「それでは祐麒さん、どちらに行くか教えてね」
最後の止めとばかり、優しい笑顔の紅薔薇さま。
もう、本当に観念するしかなかった祐麒であった。
「分かりました、でも!自分の分は自分で払いますので」
「あらあら、頑固」
そんな事を言われながら最近お気に入りのラーメン屋に向かった。
それで……。
祐麒がよく行くと言うことは、花寺の生徒も来るわけで……。
「に、睨まれている」
アレはテニス部の連中だ。
こちらに気がつき、睨んではいるが声をかけては来ない。その辺は、花寺のルールに従っていると言える。
変なナンパをしようものならボコ決定だから。
「祐麒さんは、何を?」
「俺は、塩で、麺は柔らかめ」
「祐巳ちゃんは塩か」
「!?」
慌てて周囲を見る。睨んでいるヤツラは今の言葉に気がついてはいない。
「し、白薔薇さま」
「んっ?」
楽しそうだ。
遊ばれている。
「私は祐巳と同じでいいですわ」
「ひぃ!?」
小笠原さんは、なに?て顔。これはきっと天然の発言だ。
くそぉ、これだけ弄ばれて明日はきっと柏木先輩にからかわれるんだ。
運動系が騒がしそうだ。
……制服やぶかないようにしないと。
顔に怪我くらい我慢しないといけないと感じながら、出来上がったラーメンに箸を伸ばした。
「へぇ、祥子もラーメン食べるんだ」
「このくらい私でも食べられます」
リリアン高等部の憧れの皆さんがラーメンと言うのもなんだが、姉御肌ぽい白薔薇さまもそんな事を言いながらハンカチで制服にスープが飛ぶのを防いでいる。
見れば皆さん、ハンカチで予防している。
違和感、この上ない。
それはさっきまで睨んでいたテニス部の連中が食べるのを止めて呆然としているのを見れば、よく分かることだった。
その中で、花寺の制服の祐麒は更に浮いていた。
うわぁ、これは何の罰ゲーム?
「祐麒くん、どうかしらこのハーレムでのラーメンは?」
紅薔薇さまの質問に、祐麒は顔を引きつらせながら笑うしかなかった。
……味、わかんねぇ。
「あははは」
次の日、花寺で唐突に笑われた。
笑っているのは、柏木先輩。
「朝から、何です?」
まぁ、理由は良く分かる。
「さっちゃんたちを連れてラーメン屋に行ったんだって?」
「良くご存知で」
「さっちゃんが楽しそうに教えてくれたからね。流石は祐麒だ、行動が面白い」
行動が面白いと言われても……。
「別に、俺は面白くないです」
「そう言うな。それよりもその顔の怪我は?」
「あぁ、そのお嬢さまたちに嫉妬した馬鹿どもを朝から押さえ込んだだけです」
「お前なぁ」
「何時ものことです」
「それはそうだろうが……今日もダンスの練習があるんだろう?」
「はい、何処かの誰かさんが行かないからですね」
「明後日は行くよ、まっ、俺はダンスくらい踊れるしセリフも覚えたからな」
うわぁ!嫌味だ。
「はいはい、所詮俺はオマケですので」
「オマケ……ね。」
嫌な笑顔を見せる柏木先輩。
「シンデレラ、お前も舞踏会に行きたくないかしら」
「……それ、俺のセリフです。しかも、続くのはシンデレラのセリフだし」
突然、この人は何を言い出したんだ?
「むっ、そうか。でも、覚えているじゃないか」
「まぁ、一応は貰った役ですから」
「うん、えらいえらい」
「て!だから人の頭を撫でないでくれますか?!」
祐麒の怒りなど、柏木先輩には通用しない。
とっとと教室に向かうのが一番の方法。
「俺はもう、教室に戻りますから」
柏木先輩の魔の手から逃げ出し、教室に向かう。
今日の放課後も、リリアンで劇の練習だ。
早く終わって欲しいものだ。
……たぶん。
「祐巳ちゃん!」
「どうしたの、その怪我?」
祐巳ちゃんが今日も劇の練習に来てくれたのだけれど、薔薇の館に入ってきた祐巳ちゃんを見てざわめきが起きる。
祐巳ちゃんは、左頬に大きな怪我をしていたのだ。
「あぁ、花寺で少し」
「少しって」
「いや、別に日常茶飯事ですから」
そんな事を言われても、はいそうですかと頷けるわけがない。
「祐巳!」
でも、祥子が先に動く。
「貴女は、女の子なのよ。そんな怪我してどうするの、しかも顔なんて」
「い、いや。でも」
祥子の迫力に祐巳ちゃんはタジタジ。
困っている。
オロオロする、その姿は可愛らしい女の子。
「制服は破けなかったから、問題はないと」
う〜ん、やっぱり何処か、話が噛み合わない。
いや、それよりも……。
「制服を破くようなことをしているの?」
「あ〜、いや。運動系の連中を抑えるには口よりも力なので」
「力って」
「祐巳ちゃん凄い」
侵入者を捕まえた時のことを思い出せば、確かに祐巳ちゃんには日常なのだろう。それは祐麒くんには必要なことなのだとは思うけれど。
「祐巳、貴女ねぇ」
祥子も呆れて頭を抱える。
その様子を見ながら笑うのは黄薔薇さま。
「何?」
「いえ、紅薔薇さまの提案に賛成したく成ったと言う事かしら」
「確かに、それで最終チェックする?」
「まぁ、大丈夫とは思うのだけれどね。一応は、山百合会主催だから」
ニヤニヤする二人の薔薇さまを置いて立ち上がって、祥子と祐巳ちゃんを止めてダンスの練習に向かう。
今日はダンス部は来ていない。
今から行うことは三薔薇と柏木さんしか知らない話。
「今日はダンス部の人たちはいないんですね?」
「えぇ、だから祐巳ちゃんは祥子と組んでくれるかしら?」
「男性パートは出来るんだよね?」
「出来ると言うほどでもないのですが」
少し困り顔の祐巳ちゃん。
「祥子、いいわね」
「あっ、はい。祐巳、来なさい」
祥子は祐巳ちゃんの手を取り中央に。
「それでは始めるわ」
音楽が鳴り出す。
白薔薇さまと志摩子。
令と由乃ちゃん。
その二組の中央に祥子と祐巳ちゃん。
「祐巳ちゃん、経験があると言うだけあって昨日よりも上手いわね」
「えぇ」
確かに、しかし、それ以上に感じるのは……。
「柏木さんはOKだって?」
「嬉しそうに承諾してくれたわ」
「問題はないわけだ。少し怖いけれど」
「そういうこと、まぁ、この前の花寺の女装よりもましでしょう」
「姉Bは柏木さんに変更して」
「そう、王子さまは」
音楽が止まり、皆、一息つく。
紅薔薇さまは立ち上がり、祐巳ちゃんの元に。
「ねっ、祐巳ちゃん」
少し溜めて。
「王子さまやらない?」
三度、花寺男装祐巳のお話。
せっかくなので祐巳は王子さま役?柏木さん女装!
クゥ〜。